2012年06月18日

冬のデナリ/西前四郎

 多分、児童書(小学校上級以上と書いてある)なのですが、まったく意識することなく読んでしまいました。
 1967年、冬。 アメリカ大陸最高峰のデナリ峰(6194m)・厳冬期初登頂を狙う8人の若者たちの姿を、それに参加した一人の日本人青年ができるかぎり客観の立場でまとめたもの。 この本が出来上がったときには著者はもう青年ではなくなっていましたが。

  冬のデナリ.jpg 日本では<マッキンレー>という名前で知られていますがもともとアラスカ先住民は<デナリ>と呼んでいたのでそう呼ぼう的意識が強まっていると、本文中に説明あり。

 著者の分身である“ジロー”のアメリカ留学と、のちに仲間になる青年との出会い、冬のデナリに魅せられて無謀な挑戦だと知りつつも実現に向かう姿、そしてデナリに踏み込んだ日々。 自分の経験・記憶だけではなく他のメンバーの手記も引用しつつ<あの日々>をリアルに回顧。
 なにしろアラスカです、エベレストより2000m低いとはいえ高緯度(だから酸素も薄い)、一年中雪が降り、真冬には−70℃を下回るのが当たり前。 現地の人々が「冬のデナリは人間が踏み込めるところじゃない」とおっしゃるのにいちいち納得。
 なのに山にあらがえない若者たちは登ってしまうんですよね。
 だからセスナでカヒッナ氷河に降り立ってからすぐはみんなに危機感がなかったり、という描写があるある感に満ちております。 そのうち、すぐに一人がクレバスに落ちて死に、また一人がクレバスに落ち(どうにか救助し、下山させる)、メンバーはこの登山が死と隣り合わせであることにあらためて気づいて愕然とする。
 みなさん登山の素人じゃないのである程度の経験はあるのにそうなるか、と意外な感じに。 残ったメンバーでの頂上アタック、ブリザードに閉じ込められた長い時間、と後半は息苦しさ全開。 さらっと書いてあるけど燃料も食料もない中でビバークって、かなり生命の危機ですけど! 読んでる方はハラハラなのに中の人たちは冷静というか(エネルギーも酸素も少なめだし、いろいろ考えている余裕もなかったのかもしれない)、一部では死を受け入れているようなところがあったように感じたり。
 だから多くのアルピニストは仲間の死を山登りをしない人たちとは別の次元で受け入れられるのかも。

 下山後、終章では“ジロー”は筆者に戻り、時間も30年近く流れる。
 帰って来た人たちの<その後>、冬のデナリのあと一体どうやって生きてきたかという重みにうなる。 文章としては短いのですが、いやいや、こっちの方が重要では!、と読者としては思うのだけれど、やはり<冬のデナリ>の体験が大きすぎたのかな、と。
 筆者はあのパーティーの中で唯一の東洋人だったけれど、「誰か一人でも無事に登頂できたらそれはチーム全体の勝利」という考え方は他のメンバーになかなか理解してもらえなくてつらかったが、それは教育や素地がもともと違うんだから仕方がない、と納得していたのも興味深かった。 今では日本人の意識も変わっていたりするし、外国人とパーティー組むのも当たり前になってきてるもんなぁ(そういうのが苦手だったりする人は単独行にいくのかなぁ)。

 あーあ、と読み終わったら、<マッキンレーで日本人遭難>のニュース・・・。
 こんなシンクロニシティ、いりません・・・。

posted by かしこん at 07:53| Comment(0) | TrackBack(0) | ☆ 読んじゃいました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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