2012年03月22日

シャーロック・ホームズ シャドウ・ゲーム



 原題は“SHERLOCK HOLMES:A GAME OF SHADOWS”。



 一作目では馬車が行きかうロンドンの石畳がモチーフになったようなカンパニー



マークに気持ちが盛り上がったけれど、今回はまるでストランドマガジンの挿絵の



ような雰囲気に。 シックといえば聞こえがいいが、地味? ちょっと気分が下がる。



 翌日に結婚式を控えたドクター・ワトソンが久し振りにベーカー街を訪れると、



ホームズは一騒動終えたあと。 とてつもない悪事を企んでいる人間について語り



合うが、ワトソンが結婚してしまうことに寂しさを禁じえないホームズは独身最後の



パーティーにと彼を連れだす。 それがすさまじい戦いの始まりだった。



   その時代にグリッド捜査法なんですね。



 前作で、「あ、これは原典とは別物。 舞台をスチームパンクの並行世界に移した



SFだ」と割り切ったあたしはワトソンさんのかっこよさを含めてそれなりに楽しめました。



しかし今作は予告編からやりたい放題で、いくら別物とはいえやりすぎでは・・・と不安に



なっていたのも事実。 でも、ワトソンさんのかっこよさを期待して、ロバート・ダウニー・



Jrとジュード・ロウの息の合ったコンビぶりだけを期待することで目的をすりかえることに



成功。 何故そこまでして見に行かなければならないのかと問われれば、これはお祭り



騒ぎだからです。



   この二人のとぼけたやりとりがあればいい。



 しかも今回はあのモリアーティ教授(ジャレッド・ハリス)が登場!、となれば更に



見なければならない気持ちに。 ライヘンバッハという地名が聞こえるだけでわくわく。



 ただ、ホームズの想い人と目されるアイリーン・アドラーが教授の下で働いている



くだりが前作以上に不二子ちゃん化しているところがなんだかな(手を切ったんじゃ



なかったのね)。 で、そういう人がいながらもホームズさんは結局ワトソン先生



LOVEなのね、という・・・ま、それはそれでありだと思うのですが、だったら女性の



登場人物は出してこなくてもいいんじゃないの?(ワトソンの婚約者・メアリとミセス・



ハドソンはシリーズキャラクターだから別)。 そのあたりのバランス感覚が今一つ



割り切れてない感がありました。



 謎解き要素が少ない!(ホームズ的純粋推理は炸裂しますが扱いが小ネタ的)、



という最大の欠点はあるものの、そこはSFだと思うことでクリアしてあげているの



だから(アクション多すぎという部分もそこに含む)、マーケティング的に女性も多く



登場させなきゃみたいなお約束は忘れていただきたい。



   というかレイチェル・マクアダムスの

    次にノオミ・ラパスではむしろ彼女の地味さが目立ってしまってかわいそうでしょう!

    存在感自体がまったく違う女優さん同士なんだからさ!(ちなみん彼女が

    オリジナルの『ドラゴン・タトゥーの女』、リスベットである)



 で、やりたい放題のアクションシーンですが、「この時代にテロリストという言葉が



なくて残念ですね」というくらい非常に現代的で、これは前作にも言えたけどさらに



磨きがかかって今回は『24』か『ミッション・インポシブル』かというぐらい。 あんまり



がんばるとロバート・ダウニー・Jrがホームズさんではなくてトニー・スターク



(『アイアンマン』のね)に見えてきちゃうんですけど! ま、そこをジュード・ロウが



助けてくれるんですけど、どんどん額が広くなってきている哀しさ・・・ここはちょっと



かつらでもかまわないので、ワトソンさんのかっこよさを若さとともに残しておいて



いただきたいものです。



 とはいえまったく原作から遠ざかっているのかといえばさにあらず、“犯罪界の



ナポレオン”という「いまどき、おいおい」のモリアーティ教授のニックネームは



そのまま使われているし、彼とホームズの強引な初対面のシーンはほぼ原作通り



なのですよね。 忘れた頃に出てくる“原典リスペクト”が、このシリーズを切って



捨てられない理由かもしれません。



   教授の著作にサインをもらうところも

    原作にあったような。 モラン大佐まで登場したのはびっくりだったよ!



 そういう意味ではグラナダTV制作の『シャーロック・ホームズの冒険』(ジェレミー・



ブレッドが主演のやつね)がホームズファンに与えた影響は絶大というか、原作の



雰囲気をそのまま活かした映像化という評価が固まっているから、それから離れる



ためにはスチームパンクに行くしかないということなのかも(あ、一作目のときもそんな



ようなことを考えたような)。 モリアーティ教授ももうちょっと年上の印象だったけど、



それもグラナダTV版の影響かもしれないしなー。 ライヘンバッハの滝もこんなの



ではないわー、と思ってしまったし。



 しかし、副題『シャドウ・ゲーム』(字幕では「影遊び」)の意味がわかったときは



・・・脱力。 てっきりホームズとモリアーティは同じ天才として光と影、表裏一体の



存在ってことかと思ったのに〜。


posted by かしこん at 05:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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