2011年12月10日

やがて来たる者へ/L'UOMO CHE VERRA

 これはポスターを見て、「いかにもミニシアターな作品だなぁ!」と感じたので特に予備知識もないまま。

  やがて来たる者へ2.jpg 光のように 歌があらわれる―。
    “マルザボットの虐殺”と呼ばれる実際の出来事が題材。

 1943年12月、イタリア北部の小さな山村で。 8歳のマルティーナは比較的大規模な農家の一人娘である。 以前、生まれたばかりの弟がすぐに死んでしまったショックで口がきけなくなっているが、まわりの大人たちはいつかよくなるだろうと温かく見守っている(が、学校のバカなガキどもは調子に乗っていじめたりする)。 そんなマルティーナから見た静かな農村の日々がドキュメンタリータッチでつづられる。
 このポスター写真の映りはいまいちだが、映画の中のマルティーナはもっと美少女ですぐに折れそうな細い手足で山の中を駆け回る様子は季節を描写し少女の成長を描く映画と言っても差し支えないのだが、時代はそれを許してくれないのである。
 母の妹は都会に憧れ大きな町に出ていってまた帰ってきたり。 毎日の農作業の様子や家畜の世話。 時に急病人が出たときの対応、嵐が近付いてきたので通りすがりの商人を泊めてあげたり、それぞれの家長が集まっての村の話し合いの様子など。 まったくBGMがないので余計にドキュメンタリーっぽく感じてしまう。 
 だがこの静かな村にも確実に戦火は迫ってきている・・・というハラハラ感がすごい。

  やがて来たる者へ1.jpg 奥、マルティーナ。 手前は母の妹、彼女もまたマルティーナが大好きな人。

 この映画から音楽が流れ始めたとき、ドキュメンタリーは寓話へとシフトを開始する。
 ドイツからの攻撃が身近に迫ってきて、村の若者たちは一部パルチザンとなり、村はパルチザンを匿う者たちとなってしまった。 ただ自分たちの生活を守りたいだけなのに。
 食料を求めてやってくるドイツ兵にはいい人もいる、パルチザンは自分がよく知っている村の人と思っているマルティーナは、両者が殺し合うところを偶然見てしまい誰がいい人なのか悪い人なのかわからない。
 静かに、けれど着実に映画は不穏な方向へと進んでいく。
 1944年9月、ドイツ軍はパルチザン掃討作戦を決行。
 このあたりから、「うわ、なんだか見たことある感じが!」という意識に激しくとらわれる。
 ・・・『サンタマリアの奇跡』だ! 同じ事件なの? いや、確か村の名前が違う。 それに『サンタマリアの奇跡』のほうは連合軍側の視点だったから・・・つまり、あのときはイタリアでは同じようなことがどこで起こっても不思議ではなかったということか。 しかも、村人の殺し方が一緒・・・ナチス・ドイツには大量殺戮における手段マニュアルがあったのではないかと思うほどである。
 映画の前半で、マルティーナの父と地主はある会話をする。
 「歴史は今、戦争だよ」
 「歴史は農民には関係ない」
 だが、歴史は日々の積み重ねが結果的につくるもの。 ある日の選択が人生を、歴史の流れを大きく変えていくことになると気づかなかったのがよくなかったのか。 けれどそんなことを意識せずに一生を送る人たちだっているだろうに・・・「生きてる時代が悪かった」って言葉で片付けるしかないんだろうか?
 マルティーナの無邪気な強さだけがこの映画の救いとなる。
 “やがて来たる者”とは物語の進行によって変わっていく。 はじめは、忍び寄るナチの足音。 そしていつしか、すべてが終わって訪れるであろう未来、希望へと。
 時の流れもまた、数少ない救いではあるだろう。
 2時間越えの映画だったのだけれども、まったく長さを感じることなしにエンディング。
 最近のイタリア映画の充実ぶりもすごいなぁ、と考えて重たい気持ちを少しでも軽くしようとする。 美しくて繊細だが、大変へヴィな内容でした。

ラベル:映画館 外国映画
posted by かしこん at 16:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:


この記事へのトラックバック