2011年09月23日

日輪の遺産



 すみません、例によって堺雅人目当てです!



 実は浅田次郎ってちょっとあざとい感じがしてあたしは微妙なんですが・・・まぁ



そこは映画的にどう料理されるのかを楽しむことに。



 冒頭、穏やかな卒業式の光景に“2011年3月”と出る。 え、これって3・11前?



後? それでかなり印象が変わってしまうが・・・どうなんだろう(実際撮影されたのは



昨年なので深い意味なく決められた年号なのだと思うが)。 そしてあまりの地味さ



加減に「低予算か?!」とはらはらさせられる。 しかも「“歴史のIF”と呼ぶには荒唐



無稽すぎないか!?」とこれまたはらはらしてしまったのであった。



 実はツッコミどころが結構あります。



   いつか、この国が生まれかわるために



 だが、物語が進むにつれて出演者の熱演にこちらも徐々に感化され、いつしか



のめりこんでいる自分がいた。



 終戦直前、日本の敗戦は避けられないと悟った人々がこの先の日本のための資金を



ため込んでおかなければ、とマッカーサーの財宝に目をつける。 <マッカーサーの



財宝の隠匿>という密命を下されたのは帝国陸軍の真柴少佐(堺雅人)・大蔵省からの



出向の小泉主計中尉(福士誠治)・たたき上げの軍人望月曹長(中村獅堂)。



   意外にこの三人、いいコンビである。



 そして極秘任務の実行に選ばれたのは、疑うことを知らない純真無垢な少女たちで



あった。 軍の内部にも作戦を邪魔しようと思う者もいるかもしれず、誰も信じられない・



誰に助けを求めたらいいのかわからない孤独な戦いもまた同時進行。



 むしろ、主役は八千草薫では・・・と思ったり、いやいや、中村獅童おいしすぎでは・・・と



はらはらしたり、福士誠治くんこんないい役者とは思わなかったよ!、と開眼したり、



ユースケ・サンタマリアはバラエティの印象はよくないのだがなんでちゃんと役者を



やろうと思うとちゃんとできるのか!(失礼な話である)



   野口先生(ユースケ)は進歩的な

       考え方を持ち、女学生にその知識を分け隔てなく伝えようとしている。



 いやいや、真の主役は女学生たちだよ!、とうるうる泣いてみたり(少女たちの



リーダー格、森迫永依さんがまたうまいというか、他の子たちもよくいまどき昭和の



似合う女の子を探してきたなぁ、とニヤリ)。



 映画の鍵を握るのは8月15日をめぐる数日間なのだけれど、現在からの視点が



長い年月を浮き彫りにし、自分の生まれるはるか前の時代について否応なく思いを



巡らせてしまう。 他の映画に喰われて興行成績は苦戦してしまったようですが



(神戸ではそろそろ終わります)、そして観客の年齢層も高いですが、中・高校生



ぐらいの年齢の人にむしろ見てもらいたいかも・・・(しかしそういう人たちは『神様の



カルテ』を見に行ってるのよね・・・)。



 そこまでの犠牲を払って、守らなければならないものなどあるのか?、と左翼よりは



右翼のほうがずっとましだと思うあたしですらも、平和主義・個人的人権の尊重は



根深く心に張っている。 けれど、そこまでしても守りたいものがあった人たちを否定



できないし、時代のせいにもしてはいけないと思う。



   彼女たちの鉢巻きに書かれている言葉は

    「七生報国」・・・七度生まれ変わってもお国のために尽くす、という意味。

    なんだかもう、それだけで泣けてくる・・・。



 ただミッキー・カーティスと中野裕太のシーンは必要だったのか・・・(すっごく顔を



見たことがあるのだが、俳優じゃないこの人は一体誰?、とずっと気になっていて



エンディングでひっくり返った。 『コスモポップスベストテン』の人だ!)。 そのへんが



低予算と感じてしまった、いまいちメジャーになり切れてない感がありました。



 ちょっと残念。



 堺雅人ファンとしては、彼は二番手・三番手の役どころでいちばんパワーを発揮



する役者なので、人気があるからといってあまり彼を主役に使っていろんなイメージを



消耗させないでほしい、というのが本音です。 実際、この映画ではシーンごとに主役が



違うというか、それぞれの立場の人たちが輝く瞬間があるので、一概に彼が主役という



のはちょっと違う部分も感じる。 しかし、物語の中で最初から最後まで(それこそ



描かれていないが彼が亡くなるまで)真柴少佐は“謎を秘めた人物”であり、その謎故に



他の登場人物とは違う何かを持っていて、下手するととっちらかりがちなこの映画を



スパイスのように引き締める存在になり得ている。 そこがもしかしたら監督が堺雅人を



キャスティングした理由なのかな、と感じた。 織田裕二のような「オレがスターだ!」



ばりの主役オーラ全開の役者も貴重ではありますが、自分が表に出すぎないけど



あとから振り返ってみればこの人がまとめてたんだな、という主役もあるってことよね、と



あらためて考えてみたり。



   頭脳派として苦悩する軍人・・・でも最後まで責任は取る。



 次回作『ツレがウツになりまして』は同じく佐々部監督と堺雅人が組んでいるわけで



(主役はあくまで宮崎あおいでしょうが)・・・気に入られたのね。 スケジュールきついのに



続けて仕事できるとは、それはそれで何かの縁もあるのでしょう(原田眞人監督もまた



彼と仕事をするのを希望しているが、スケジュールが合わないと言っていたし)。



 すべてはタイミングだ。 映画も、人生も、歴史も。


posted by かしこん at 03:52| Comment(2) | TrackBack(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
LEMMONさま<br>
<br>
こんにちは。<br>
実は、現代パートもあります。<br>
ただどうしても過去パートの比重が大きいというか・・・真柴少佐の手帳も不動産屋さんが手にするのではなくて、生き残ったただ一人の少女(それが八千草薫)がずっと持っていた、という設定になっていました。<br>
マッカーサー側のことは、当時の通訳だった人物がジャーナリストの問いに対して答える、という形で「幽窓無暦日」について語っています。<br>
それなりにまとめようと思えば3時間の大作になるでしょうに、この映画は2時間14分でした。そのためか、いろいろとつながりに唐突さが・・・。いっそのこと過去パートだけにして、現代パートは最小限にしたほうが映画としてよかったのではないか、という気がしました。<br>
いいところもあるだけに、もったいない・・・。<br>
そしてこのマッカーサーは物分かりのよすぎるいい人だなぁ、と思ってしまいました(ここは原作通りですが)。
Posted by かしこん at 2016年12月04日 13:13
おはようございます。かしこんさん。<br>
「日輪の遺産」、映画は見ていませんが、本は最近読みました。かしこんさんも読んでいらっしゃるとは思いますが、読みごたえのある内容でした。本では現代と終戦間近の時代が交互に描かれていました。現代場面では真柴少佐が残した当時の手帳メモをもとに、お宝探しのスペクタルを楽しませながら展開していきます。「日輪の遺産」を少女たちが命をかけて守ろうと、自ら決意する場面では久々に鳥肌がたちました。<br>
映画では戦争中の場面だけのようですね。<br>
Posted by LEMMON at 2016年12月04日 13:13
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