2011年05月19日

アンチクライスト/ANTICHRIST



 「カンヌ映画祭騒然!」・「日本国内での公開は絶望視か?!」と騒がれたことで



記憶していた問題作・・・ですが、ラース・フォン・トリアーの作品が“問題作”と



呼ばれなかったことがあるだろうか、いやない(反語)。



 しかもこの作品は、『ドッグヴィル』・『マンダレイ』に続くアメリカ三部作の



完結編がつくれない故に鬱が深まった監督の自己セラピーのために制作されたという



・・・いやはや、芸術家とは実にめんどくさい存在である。



 ミヒャエル・ハケネが「全部わかった上で観客を不快にさせる・映像で観客に暴力を



ふるう」監督だとしたら、観客を不快にさせるという意味では近いのだが本当の意味が



わかっていないのがラース・フォン・トリアーではないか、という気がする(何故ならば



彼は精神を病んでおり、実際に世界がこのように見えているのかもしれないからだ)。



   ウィレム・デフォー、かつて『最後の誘惑』と

   いう映画でキリストを演じてそれも各方面から非難を浴びたように記憶してますが

   ・・・それを踏まえての出演だろうなぁ。 その分歳もくったのに、チャレンジし

   続ける役者魂に敬服します。



 プロローグ、と題された、モノクロで台詞もない一連のシークエンス。



 この映画のすべてはここにあるというか、この部分を見るだけでこの映画には



価値がある、頭おかしいけどトリアーが天才だと呼ばれる意味がわかります。



しかも、そこで止めておいても十分その先推測がつきますよ、というところも容赦なく



違うカットを挿入しつつ最後まで描いてしまう冷酷さ。 こういう変質狂めいた



ところが見る者(この場合あたしですが)の気分を著しく滅入らせる。 だが、そういう



部分を客観的に見ることで、これもあたしにとってはある意味セラピーに近い体験



だったかもしれない。 かなり荒療治でしたが。



 夫婦の思わぬ不注意により、年端もない息子を事故で亡くしてしまう。



   このタイルの色! 他にも、強調される色合いが独特。



 妻(シャルロット・ゲンズブール)はその罪悪感から自分をどんどん追い込み、



精神的におかしくなっていく。 夫(ウィレム・デフォー)もまた事故の責任を



感じていながらもセラピストという自分の職業柄、妻を救おうと二人で思い出の森に



ある小屋“エデン”に行き、外界との接触を断って治療を試みる・・・という話。



 はっきり言えば、こういう問題を当事者だけで解決しようと思うのがそもそもの



間違いなのである。 夫と妻、それぞれ別のセラピストにかかるべきだった。



 でもそんなことしたらこの映画は成立しないわけで、妻を自分の手で救おうとして



しまった夫の側もかなり精神的にまともでなかったといえるだろう。 まとも度が



違えども、どちらもおかしな二人がずっと一緒にいたら、待っているのは悲劇で



しかない。



 問題は、その悲劇が「どういう種類か」というのがこの映画のストーリー。



 『プロローグ』に続き、『第一章 悲嘆』・『第二章 絶望』・『第三章 苦痛』・



『第四章 三人の乞食』・『エピローグ』と章立てで構成されているのも



『ドッグヴィル』以降と同じで、わけわかんないなりに区切りがあるおかげで



見やすい構成となっておりますが、だからといってそれが「わかりやすい」と



同義ではなかったり・・・。



   しかしシャルロット・ゲンズブールは

     ほんとに「どんどんやばい感じ」になっていっており・・・撮影中と

     その後の精神状態がほんとに心配になるほどであった。



 なんとも評価に困ってしまう映画で、「そうですか」と頷いて終わってしまう



こともできるし、細かいことにいくらでも言及しようと思えばできるし・・・



どうしたらいいのかわからない、というとても珍しい映画でもある。



 「人間の本質って所詮こんなもの」でもあり、「自然を前に人間は無力であると



同時にその本質がむき出しになる」でもあるし、「愛し合っているとはいえ夫は妻を



無意識のうちに自分の望む枠におしこめており、妻はそのことに不満を常々感じて



いたのだがはっきり言語化できずにいて、それが爆発した」とも読み取れるし、



「結局、いっちゃった人には理屈など通じない」し、「人間の欲望に終わりがない



ように、悪夢が終わったかと思ってもそれは一瞬で、救いは永遠に訪れない(悪夢は



また繰り返す)」ということでもある。



   三人の乞食・・・?



 映画館のバイト君(ボランティア?)が「この映画、重いっすよね・・・」とスタッフの



人に呟いていたが、大学生ぐらいの彼にはそういう表現しかしようがなかったのかなぁ



(まぁ一言でいおうとすれば、そうなってしまうのであろうが。 いや、あたしには



“とにかく痛い”映画ではある)。



 しかしあたしにはあまり堪える重たさではなかった。



 見ごたえのある二人芝居、と受け取りました。



   こんなシーン記憶にないんだけどな・・・寝てたのか?



 「あーあ、やっぱりトリアーって人間嫌いなんだなー」と思った次第(あたしも



慣れてきたのか?)。



 でもこのタイトルを『アンチクライスト』にした意味はよくわからない・・・



やはりキリスト教的素養がないとダメか。





 余談ですが、元町映画館に初めて行きました。



 なんとなく敷居が高くて・・・ボランティアに参加してないと行ってはいけないの



だろうかとか、神戸映画サークルの会員じゃないとダメなんだろうか、という気が



していたので(実際には普通の映画館なので、もちろん誰でもOKなわけですが)。



 開館前の「ボランティアの手でほとんど運営されます」的アピールがどうも



そのようなイメージをあたしの中でつくってしまったらしい。



 映画館自体は「新しいけど、ちっちゃくなったパルシネマ」、って感じかな。



 ラインナップを見れば、神戸アートヴィレッジセンター〜シネ・リーブル神戸



(〜テアトル梅田)の隙間って感じがする。 シネフェニックスの志は継いで



くれないらしい・・・(でもミントが「明らかにこれ、シネフェニックスで予定



してたやつじゃないのかなぁ」という作品を公開予定に組んでいるのでありがたい)。


posted by かしこん at 03:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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