2011年01月25日

ソーシャル・ネットワーク/THE SOCIAL NETWORK

 なにしろ見たかった作品である。 予告は去年の夏終わり頃から見ていたから(予告編の歌にやられてしまったのがいちばん大きいけど、あとからデヴィッド・フィンチャー監督作品だと知ったから)。
 フェイスブックのことはなんとなくしか知らず。 実名原則は日本にはなじまないだろうなぁ、とぼんやり思っていた程度だが、“フェイスブック”の成り立ちを描いたこの映画はフェイスブックの一方的な広告にも宣伝にはまったくなっていなかった(実際、脚本家はマーク・ザッカーバーグとの対談は断られ、映画自体もフェイスブック本社からの協力は得られなかったとのことである。 なので「実話をもとにフィクションとして構成」と断り書きが出る)。 これはすごいことだぞ!
 冒頭、若き男女のかみ合わない会話で始まる。

  ソーシャルネットワーク3.jpg やたら不穏な空気で。
 どうやら男マークはハーバード大生、女子エリカはボストン大生であるようだ。
 まさかと思うが、キミら彼氏彼女じゃないよね?、と思ってしまうほど剣呑な会話なのだが、なんと二人は付き合っていたのである!
 だがそれもこれまで、怒ったエリカは「もう別れましょう」と帰る(それで正解だ!)。
 そこまでの数分のシークエンスで、この男マーク・ザッカーバーグ(ジェシー・アイゼンバーグ)が嫌なヤツもしくはバカということがわかり・・・弾丸トークも相まって、テンポよく一気に世界に引きずり込まれる。
 しかしやはりマークはバカなので、割り切れない気持ちをブログにぶつけ、なんと実名でエリカへの罵詈雑言をまき散らす(でもブログというよりツイッタ―並みの投稿量&速度だったけど)。 それだけでは飽き足らず、ハーバードの寮のデータベースにハッキングして学生名簿から写真データを集め、「見た目で女子どっちを選ぶか」投票サイトを親友のエドゥアルド・サヴェリン(アンドリュー・ガーフィールド)の手も借りて作り上げる。 女子からは非難殺到・白い目で見られる日々が待っていたが、その即席サイトにはハーバード大学のネット環境をダウンさせるほどのアクセスが集中したのだった。 それが、“フェイスブック”を生み出すきっかけとなるのだが、同時にその後の泥沼訴訟を生み出すことに。

  ソーシャルネットワーク5.jpg この数式が、すべてのはじまり。
 マークがエリカとけんか別れするのは2003年。 名門ハーバード大学とはいえ、ネチケットなってねー(いや、すべてにおいてなってないと後でわかるが・・・)。
 エリート大学の低俗化はいわゆる先進国どこも一緒のようです。
 この「エリート意識丸出し」感は、こんなやつらがのちのちアメリカ社会の支配者層になっていくなんてうんざりする、と思わせると同時に大学内のソーシャルクラブ(スカルズ&ボーン的な)がまだまだ社会的なコネを発揮している実情を表している。
 どこが“自由の国アメリカ”だろう。

  ソーシャルネットワーク1.jpg ナードでなにが悪いのか。
 それにしてもデヴィッド・フィンチャーが「いかにも普通っぽい」映画を撮るなんてね〜(勿論全然「普通」ではないのだけれど、「一見普通に見えてしまう」感じの。 センスを活かすためには多少の調和を乱してもかまわない、ぐらいのかつてのとんがったところが身を潜めているようだ。 老練な映画作家の道を彼も歩み始めているのだなぁ)。 なんかすごい時間の流れを感じるわ。
 ただ残念なのは雪の降り方と、寒い日の屋外で喋り合う二人の口元から吐き出される白い息が不自然だったこと。 ボートレースシーンでの画像加工は効果を出していたので一概にCGを責めることはしませんが、もうちょっと気を配ってほしいなぁ。 違和感あったのはそこだけです。
 時間軸は交差し、とりあえず巨大訴訟で訴えられているらしいマークの事情と訴訟中の今の様子がわかってくるにつれ・・・これはフェイスブックの物語ではなく天才的頭脳を持ちながらも社会常識のない(言いかえるなら人の気持ちを気遣わない・目的のためなら何をしてもかまわない)男の成功と挫折とはかない希望と、人生のすべてを短時間で経験してしまった男の物語なのでは、ということだった。 
 つまり、『ベンジャミン・バトン』と相互関係にあるというか・・・あっちが人生逆回しならこっちは人生早送り、みたいな。 そして天才のすることはどこまでだったら許されるのか、という問いかけでもあるような。 マークはエリカをどれだけ傷つけたのかほんとにわかっているのだろうかと感じたので、社会常識のない天才ははっきりいって近くにいたらすごく迷惑な存在だろうけど、そういう存在のおかげで何かが変わったり新しくなるわけで・・・関わり合ってしまった人々は「運が悪かった」とあきらめるしかないのか(まぁ相手にお金がある場合は賠償請求できますけど、それと精神的苦痛は引きあうのか?)。

  ソーシャルネットワーク4.jpg 左:ジャスティン・ティンバーレイク
 ナップスターの創始者ショーン・パーカー(ジャスティン・ティンバーレイク)と出会わなかったらまた変わっていたのかもしれないが・・・それにしてもこいつのおかげでCDが売れなくなったのかと思うと個人的にむかつく(CDが売れなければブックレットに金はかけられなくなる、アートワークもおざなりなものになるじゃないか!)。 彼もまた「大人になりきれてない大人」。
 ジャスティン・ティンバーレイクはこの演技が高く評価されてるらしいですが、「え?、地じゃないの?」と思ったよ。 だったらエドゥアルド役のアンドリュー・ガーフィールドのほうがずっとよかった。 プライドを傷つけられたことよりも、親友と思っている相手に裏切られたと知ったときのほうが傷ついている、という目!
 男同士は自分の気持ちや何を考えてるかをはっきり言葉にしないから誤解が誤解を生むんだよなぁ・・・、と、憐れさがこみあげる。
 すっかりナード代表のようなジェシー・アイゼンバーグはあれだけ喋りまくっているのに心の中が全然見えない、ラストシーンになってやっとわずかに気持ちが垣間見える謎の人物そのままで、今までもオタク系の役多かっただけに今後の彼のキャリアが心配になる(これを超える役に出会えるだろうか)。 それくらい、熱演だったしはまっていたということです。

  ソーシャルネットワーク2.jpg 親友だったのにね。  
 そして、ソーシャル・ネットワークで何人の友だち&知り合いができようが、それは“現実の世界とはまったく違うもの”だという痛烈な皮肉のようなものを感じたのはあたしだけかしら(それは同時に「映画見て世界を知った気になるな」という自分への戒めでもあるのだが)。
 これもまた、“青春の痛みと喪失”なのですね。

  ソーシャルネットワーク6.jpg 失ったものと引き換えに得たものは・・・わずかな成長?
 テンポよすぎの台詞と同様(字幕の人、すごく大変だっただろうなぁ)、「えっ、もう!?」という勢いで映画は終わる。
 だれる隙なし。 これだけ内容詰まってて、上映時間が2時間切ってるなんて!
 あたしは幸運にも『エイリアン3』から彼の映画はすべて劇場で見てきましたが、同時代の映画監督が巨匠に近づいていく過程を見ていけるってそれもまた幸運なことかもしれない、と思う。
 アカデミー賞・・・どうかなぁ。 他に候補に挙がりそうな作品多分見れてないから比較できないんですけど、これが作品賞をとったらとったでアカデミー協会は少し保守色が弱まるかも。 ま、賞レース関係なく、面白かったです!
 『ミレニアム』のリメイクは大丈夫か、デヴィッド・フィンチャー!

ラベル:映画館 外国映画
posted by かしこん at 01:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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