2021年01月03日

罪の轍/奥田英朗

 奥田英朗、すごく久し振り。 図書館から年末ぎりぎりに来たんだけど、なんでこれを予約したんだろう? あ、前の年の『このミス』を見て予約を入れたのか。 一年も待っちゃったらしい。 まだ待ってる人がいるだろうから、年始に返さねば、と思ってすぐ読んだ。 厚みはあったのだが、日本人作家、しかも読んだことのある人のは速く読めるなぁ。

  罪の轍 奥田英朗.jpg 表紙の写真に、時代が出てる。
 東京オリンピックを翌年に控えた昭和38年のこと。 北海道で、何もうまくいかないことにうんざりした若者はある事件をきっかけに町を出る。 その後東京で、空き巣狙いが頻発するさなかに起きた強盗殺人事件を担当する刑事は聞き込みで北国訛りの男の存在を知る。 その後、浅草で男の子が誘拐される事件が起き――という話。

 昭和38年の日本ってこんな感じだったのか・・・戦後の傷痕から立ち直りつつある部分と、前時代的な部分がそのまま残っている部分と。 「腹いっぱいメシが食べられるってすごいな」と感嘆する人・・・飽食ニッポンになったのはいつからなんだ。 人権意識なんて不十分だし、左翼的連中もマスコミもまともなのは誰もいないみたいに描かれている。 まともなのは普通に働いて普通に生きている人たちなんだけど、テレビと電話の存在が情報の伝達の速さと匿名性の発言力を与えることで“社会”が得体のしれぬものになった時期。 オリンピックが開催されるが故に進むこともあるけれど、国民性がついていけない無力感というか。 その他大勢の物見高さは60年近くたっている今も変わってないですよね・・・かなしい。
 「これ、よしのぶちゃん事件じゃないの!」と誘拐事件に対しては冷や汗が。 現実に起きた事件がモデルであるとすぐわかってしまうのはフィクションの弱さを突きつけられているようで悲しい。 特にこの事件は生まれる前のことなのでリアルに知らないんだけど、「日本初の報道協定が結ばれた誘拐事件」に対してやりきれない思いを自分自身が抱えているのかもしれない(子供の頃、泉谷しげるが犯人役のドラマを観たのがトラウマかも)。 「これ、扱っていいのか」という気持ちが物語への没頭を妨げたというか、まぁ感情移入すべき人物もいなかったので、より時代の描写的なもののほうに重点がいったというか。 だから謎解きミステリと言うより、社会派として読んだほうが満足度は高い。
 若者の感じる、「自分はこんなにもひどい目に遭ったのだから、少しぐらい好き勝手したっていいのではないか」。 この気持ちの積み重ねが戦後から今につながる日本をつくったのではないか、と感じたときの重みたるや。 『霧の向こう』という題で連載されていたようですが、単行本時に『罪の轍』と改題、『霧の向こう』だったらこれは響かなかったかもしれない。 タイトルって大事!

ラベル:国内ミステリ
posted by かしこん at 17:13| 兵庫 ☁| Comment(0) | ☆ 読んじゃいました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする