2020年10月29日

シカゴ・ブルース【新訳版】/フレドリック・ブラウン

 薄い本はうっかりするとすぐ読み終わる。 カバンにはさっと入るけど、「もうちょっとで読み終わってしまう」となれば念のためもう一冊も持ち歩いたほうがいいよね・・・ということであたしの荷物は増え、カバンは重くなる。
 しかし『シカゴ・ブルース』は解説含めて332ページ、「あ、これ、もう読み終わっちゃうよ!」と気づいたのは映画を待っているとき。 一人称青春ミステリはこちらの予想以上に読みやすく、ぐんぐんページが進んでしまいました。

  シカゴブルース【新訳版】フレドリック・ブラウン.jpg “The Fabulous Clipjoint”
 “ぼく”はエド、19歳、見習いの印刷工。 植字工である父親と一緒に出勤しようとしたある朝、父親がまだ帰っていないことに気づく。 呑みに出かけた父がこんな時間まで帰ってこないのはおかしい、と思っていたら警察が訪ねてきた。 強盗に襲われて殺されたと聞かされる。 ショックを受けた“ぼく”は、父の弟、おじのアンブローズに会いに行く――。

 出版されたのは1947年、書かれていたのは終戦直後あたりではないかと思われる。 そんな時期に「両親ともアルコールに問題を抱えている、機能不全家族」を青春ミステリに登場させるって斬新。 それ故に、今読んでもそんなに古くは感じないのだ。 目覚まし時計のねじを巻かないと止まってしまう(クウォーツ時計じゃない)、という描写に時代を感じるくらい。
 が、ミステリとしては当然、その後の時代を生きているあたしは犯人が誰なのかすぐわかってしまうのだが、犯人当てだけがこの作品の骨子ではないので、読んでガッカリということもない。 19歳の、大人の階段を登ろうとするエドのとまどいとためらいはある種の古典とされてもいい風格。 またアンブローズおじさんがメンターというか、素敵で頼りになる大人として存在してくれるのがかっこいい。
 そのかわり、出てくる女性たちの姿があまりに悲しい・・・誰かに養ってもらうために自分の美しさや若さを利用する。 でもそれが当時の価値観というか、よくある形だったんだろうな。 今はそうではない道が選べる、時代は変わってきた、と実感できた。
 フレドリック・ブラウンはSF短編のイメージだったけど、普通の小説(教養小説と呼ばれるジャンル、ベストセラーになる文学)も書くんですね、と今更知った。 エドを主人公のシリーズがあり、ミステリ的にも新機軸ありと解説に描いていた。 気になるじゃないか・・・。

ラベル:海外ミステリ
posted by かしこん at 02:16| 兵庫 ☁| Comment(0) | ☆ 読んじゃいました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする