ヘレン・ミレンとイアン・マッケラン共演、監督ビル・コンドンという布陣。 もうそれだけで職人芸とか名人芸とか言葉が浮かぶ。 さぞ、いい感じのものを魅せてくれるんだろう、という暗黙の期待に、あたしは事前情報をなにも入れずに(最初の予告編だけは観ちゃったけど)、ただ映画館へ。
出会い系サイトで会う約束をした二人、ロイ(イアン・マッケラン)とベティ(ヘレン・ミレン)は、レストランで楽しい時間を過ごしたあと、お互いサイト内では名前を偽っていたことを謝罪する。 そのうえでまた会う約束をして、美術館や映画館を訪ねる日々が続く。 だが、ロイはベテランの詐欺師で、資産家の夫の遺産を持っているベティに近づいたのだ。 ベティの孫スティーヴン(ラッセル・トヴェイ)の心配をよそに、ベティはロイに親しみを感じていく・・・という話。
もうこの二人の共演というだけで、ニヤニヤ笑いが止まらない。 ベティはほんとに気のいい(いささかお節介気味の善意の持ち主で)、ロイときたらやたらチャーミング。 勿論、ロイの裏の顔は徐々に見えてくるものの、中盤過ぎまで「詐欺師」という言葉自体出てこない(ロイを詐欺師と呼ぶ人もいないし自分でそう言ったりもしない)。 彼が仲間とやっているひどいことがただベティの知らないところで展開していくだけ。 あぁ、無駄のない脚本ってこういうのか、とほれぼれ。
ほんとにロイはひどいやつなのだ。 なのにやっぱりチャーミングでどこかにくめない。 イアン・マッケランだから? それがロイの詐欺師としての才能ならば、天職ということになるのか。
ベティ、いい人過ぎる! 過去の苦労などを全く感じさせないベティのどこか浮世離れしたお嬢様的な気質がかわいらしくて。 スティーヴンもベティが大好きだからいろいろするし、いいところも見せたいし、でもベティに嫌われたくないし・・・という葛藤もいい具合。 主な登場人物が多くないので脇役もしっかり描かれる感じ、大変あたしの好みです。
要所要所で演劇的手法がとられるのもニヤリ。 そう思うとキャスティングも舞台劇っぽい。 散りばめられる謎と生まれる推測、じわじわと提示される事実。 ミステリとしては完全なるフェアではないんだけど、「そっちへ行くか! でも手掛かりは確かにあった!」の繰り返しに(多少予測はできるけど)気持ちが翻弄されてしまい、ひどい話だというのに明らかになる謎に奇妙な爽快感が。
あぁ、これぞミステリの本領!
この語り口、この騙し方、好きです! 『ナイブス・アウト』よりも好みだ。
それでもやはりロイはチャーミングで、あっけにとられるほど。 老醜を晒すイアン・マッケランに役者魂を見る。
あぁ、やはり名人芸だった。 ビル・コンドン作品としては『ゴッド・アンド・モンスター』に匹敵する出来栄えだよ。