2019年11月18日

永遠の門 ゴッホの見た未来/AT ETERNITY'S GATE

 ウィレム・デフォーがアカデミー賞主演男優賞のノミネートされたゴッホの映画、やっと日本公開。 いやあ、ウィレム・デフォー、いいよねぇ。

  永遠の門P.jpg ゴッホの瞳を通して描く、新たな真実の物語。

 弟のテオ(ルパート・フレンド)に支えられながら絵を描き続けるフィンセント・ファン・ゴッホ(ウィレム・デフォー)。 しかし彼の絵は売れず、周囲の人間ともうまくいかず、テオ以外に信頼できる人間がいず、常に孤独の中にいた。 絵の才能を互いに認め合った唯一の相手、ゴーギャン(オスカー・アイザック)と共同生活を送ることになるも、それは長くは続かなかった。 精神的に更に病んでいくゴッホだが、絵は描き続けた・・・という話。
 ジュリアン・シュナーベル監督作品だけあって、わかりやすい伝記映画ではなかった。 むしろフィンセント側にかなり寄った視点で、内省的っぽくもあり、主観のようで客観ぽくもあり・・・ストーリーよりも映像で語るやつだった。

  永遠の門5.jpg ゴーギャンとの初対面
 フランス語で話していたのが英語に変わる・・・フランス語と英語が入り混じっているのがちょっと不思議な感覚だった。 アルルなど現地の人はフランス語しか話さないけど、画家や医者など知識階級は英語も話すのかなぁ、的な。
 テオ役のルパート・フレンドがすごくよかったのだが、この映画はウィレム・デフォーありきなので・・・彼ものちのち評価されてほしいなぁと思う。 すっかり甘えるフィンセントとそれを受け入れるテオの姿は、きらきらと輝く宗教画のようだった。

  永遠の門7.jpg 自然のパノラマ。
 ゴッホが絵を描く筆の動きが丹念に追われる。 そういえば、この仕事が決まったときにまず身につけたのは絵の描き方だった、とインタビューでウィレム・デフォーは言ってなかったか。 絵を描くシーン、吹き替えなしか! 筆の運びの迷いのなさ、すごい! あたしは絵が描けない人間なので、「あぁ、そうすればそう描けるのか・・・」とかなり勉強になりました(できるできないは別として)。
 ゴッホの個展ではあの梅の絵が目立つところに飾ってあり、「日本に行きたい」とも言っている。 あぁ、もし日本にゴッホが来ていたら・・・とつい夢を見てしまいそうになる。

  永遠の門2.jpg ゴッホの絵がそのまま映像に。
 テオの妻の姿も「あの絵!」と叫びたくなるほど、ところどころゴッホのいろんな絵が構図と色彩で再現されるので盛り上がる。 しかしフィンセントの状況や精神状態はどんどん追い込まれ・・・観ていてかなりつらくなってくる。 『ジョーカー』より個人的にはきつかった。
 もしテオがそばにいたらよかっただろうけど、テオは仕事をしなければならない。 絵に没頭するフィンセントの日常は誰かとともにできるものではないし、だからゴーギャンとの時間は、彼にとって初めて得た“友と過ごす最上の時間”だったんだよね・・・と泣きたくなるくらい。
 自分には才能があると信じつつも、「絵が売れない」という事実を前にどう考えるのか、についてはちょっと喋りすぎかな・・・という気がしないでもないけど、そう思っていたと信じたい、ということですかね。
 マッツ・ミケルセンの登場に度肝ぬかれました。
 そしたらマチュー・アマルリックも出てくるんだもの。 御贔屓役者が続々出てきて、あたしはうれしかった・・・(そういえばマチューは『潜水服は蝶の夢を見る』がシュナーベル監督だった)。

  永遠の門4.jpg フィンセントにも幸せな時間。
 医者が絵画の理解者で、モデルにもなってくれて、絵について穏やかに語り合うことができる。 まとめてしまえばささやかなことなのに、フィンセントはやっと幸せな時間を手に入れる。 その相手がマチューで、ほんとにあたしも幸せな気持ちになりましたよ・・・。
 でも、かなしいかな、その時間も長く続かなくて。
 フィンセント自殺説をとらないエンディングには安堵しつつも、運命のいたずらには打ちのめされずにはいられない・・・。
 フィンセントの視界が観る世界などがかなりスクリーンに展開されたが、ちょっと酔いそうになってしまった。 でもこれがずっと彼の見えるものなら、精神を病むだろうなと納得。 画家としての視点というのもあるだろうけど。
 いろいろ気持ちのすれ違い・かけ違いがあって・・・過去の出来事だからこそ、せつなかった。
 しかし彼の絵は残っている、今もこれからも。

posted by かしこん at 01:12| Comment(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする