2019年07月09日

いつかの夏 名古屋闇サイト殺人事件/大崎善生

 買ってすぐに読み始めたのだが・・・前半で一回止めてから、長いことほったらかしにしてしまっていた。 悲劇に至ることをわかっていながら描かれる幸福な日々に、なんかこう・・・つらくなってしまったというか。
 カバーをかけた状態で置きっぱなしにしていた。 「あれ、これってなんだっけ」とふと気づいて取り上げ、「あ」と気づく。 それをまた戻すのも、なんとなく不誠実のような気がして、最後まで読み通すことに。

  いつかの夏.jpg タイトルはGRAYの曲から。
 2007年8月に起こった、ありえないほど残酷な<名古屋闇サイト殺人事件>。
 本書は徹底的に被害者側の視点で、彼女の生涯を描き出す。 母と母の姉、彼女の恋人の視点も踏まえつつ、ほぼ「娘と母の物語」。

 結末を並走させる前半のほうが、読んでいてつらかった。
 読むのを再開させたのがちょうど大学に進学するあたりで、「このままではこの娘と母の関係、ヤバくない?」と別の視点が入ったので最後まで読むことができたかも。 親のために自分の希望をあきらめる・妥協する子供って地方都市にはいっぱいいるが、名古屋という大都市でもあるのだなぁ、という。 いや、そこそこ大都市だからそれなりのものがある程度手に入るから、かもしれない。
 しかし、彼女の大学選びはあまりにも短絡的すぎる・・・特に興味がない学部に入って講義がわからない・つまらないはさすがに(彼女の言葉は聞けないから推測でしかないのだけれど)。 これがある種の<大学全入時代>の実情なのか、もはや大学はモラトリアムとも呼べなくなっているということなのか、ということを考えてみて少しつらさから離れてみた。
 犯罪のルポルタージュは加害者側に重点を置くものが多いが、本作は徹頭徹尾被害者側である。 加害者たちのことは書く価値もないからだそうだが、完全に筆者の思い入れで成立しているので、これを犯罪ルポルタージュと分類するのが間違い。 たまたま悲劇的な死を遂げてしまった、ある女性の伝記である、と考えるべきでしょう。
 この筆者の作品は以前、『パイロットフィッシュ』と『アジアンタムブルー』を読んで「・・・同じ話じゃないか!」と本を床にたたきつけたくなって以来小説は読んでいないんだけど、ノンフィクション系の『ドナウよ。静かに流れよ』・『聖の青春』のほうがまだ読めた。 それでもどこか小説っぽいのだが、事実がベースだからロマンティズムが過度になりすぎないのがまだいいのかもしれない。
 被害者側である辛さについて、加害者側のプライバシーが保護されすぎている点について何度も言及があるが、2019年7月時点においてそれらは普通の人たちの共通認識になっていると思う。 だから若干の時間のずれを感じるが、それもまたおかあさんの努力の結果だと知る。 「つらい経験は人を成長させる」というけれど、それは結果論で、そこまでつらい目に誰も遭う必要なんてないのだ。

posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | ☆ 読んじゃいました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする