2019年06月10日

意味がよくわからないこと

 最近、勤務先が変わったので電車通勤もルートが変わった。
 これまでは快速・新快速を利用していたが、普通列車だけで済むようになった。 なのでもっぱら普通列車を、しかも女性専用車を使っているのですが・・・二ヶ月以上たって、つくづく不思議だなぁ、と思うことが。
 女性専用車に普通に乗り込んでくる男性が多すぎる。
 しかも朝(ラッシュ時)はいないのです、帰りの電車、しかもぎゅうぎゅうのときはいなくて、そこそこすいているときはかなりの確率でそういう人を見かける。
 絶対乗るな!、ということではないのです。 体調不良とか、特別な事情とか、心は乙女とか理由があるのでしょう、とは思うんだけど。
 でもなんていうんですかね、「まったく意識してません」みたいな本人の感じに「おいっ!」とつっこみたくなるというか。
 女性専用車が導入された当初に比べれば駅員さんたちのチェックもそんなに厳しくなくなったし、乗り合わせる側も「事情があるのかも」と推測するようになったからかもしれない(女性専用車に乗っている男性がいたら、大体まわりの女性たちは見ない振りをする)。 それをいいことに、「1、2駅だからいいか」と思っているような。 いや、わざとやっているのならそれはそれでいいんだけど、ほんとに気づいていない人がいるような。
 まわりを見ていないし、まわりに見られることも気にしていないのではないか。
 それって社会の中で生きる人としてどうなの?、と思ってしまうわけです。
 まぁ、男性は基本「見る側の性」であり、見られる側に立つなんて意識しない、と言われてはいます(それも個人差あるけど)。 そういう人が性差別的な視点を持っていることを意識しないまま発言するので、炎上したり周囲から冷たい目で見られたりしているのでは?(で、何故悪いのが本人は理解しない)
 もし、あたしが乗ろうとしている・乗った車両の乗客が男性ばかりだったら、「えっ、なにか、ありました?」とつい思って、乗らないか車両を変えると思う。 多分、そういう女性は結構いるのではないか。 女性として生きる上で、こういう感覚を身につけざるを得なかったから(それはいいことではないかもしれないのだが)。 こんなのの積み重ねが、“生きづらい”を作っていってるんですかね。
 性別関係なく、必要な時に空気が読める感覚を身につけるのが大事なのかと。 勿論、必要であればあえて空気を破って発言・行動することも重要だと。 もう年齢的にいい大人だが、そういう人をあたしは目指そう、と思ったのでした。

  201906アジサイ1.JPG ついに梅雨に突入ですね・・・。
 アジサイがきれいなのはうれしいけど、蒸し暑いのはつらいんですけど・・・。
 でもまだ、最高気温が30℃を超えていないだけましなのか。 この先、秋まで長いなぁ。 もう冬がなつかしい。

posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | 日記のようなもの | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする