2019年05月26日

罪の声/塩田武士

 気になっていたので読んでみたわけですが・・・初めて読む作家の文章はすんなり入ってくるものと入ってこないものがあり・・・これは入ってこない方だった。 プロローグと第一章のはじめのほうで四苦八苦。 関西弁の会話を文章で読むことにも微妙に違和感があったり。
 こちら側にも「グリコ・森永事件の真実」を求めたいのか、「小説としての面白さ・すごさ」がほしいのかわかってなかったかもな、と読後反省することに。

  罪の声 文庫版.jpg 結局、読み終わってみてこのタイトルがしっくりこない・・・。
 父親の遺品の中から古いカセットテープを見つけ、再生してみたら自分の子供の時の声が入っていた。 その中に、<ギン萬事件>と呼ばれる昭和の未解決事件で使われた男児の声が。 あれは自分だったのか、父は事件に関係したのかと考える男と、年末企画で昭和・平成の未解決事件を追うことになった新聞記者。 二人の追跡は交差するのか、果たして事件の真相とは・・・という話。

 脅迫電話に使われた子供の声、あの子供たちは自分が何をしたのか記憶があるのか。 もしあるのなら今はどう生きているのか、という話のとっかかりはすごくいいと思うのですよ。 あたしもそこを聞いて「読みたい!」と思ったので。
 しかし文章がすんなり入ってこなくて・・・カセットテープを見つけた曽根さんはテーラーなのだが、次に店が描写される場面では「あれ、クリーニング屋だっけ?」と混乱。 いや、あたしの読解力が足りないだけなのですが・・・テーラーだと初めに把握していなかったから起こる誤解。
 プロローグは曽根さん視点で始まり、第一章は新聞記者の阿久津くん視点で始まる。 そのまま第一章は阿久津視点なのかと思いきや、5節から曽根さん視点に(つまり1〜4は阿久津視点)。 この統一性のなさはなに?! 程よい分量のところで切ってるだけか? だったらそこは空白行を使い、視点が変わる・時間の経過が明らかなところで変えたらいいじゃない!
 ・・・まぁ、それがこの作者のスタイルなのかもしれませんが、あたしが好んで読んできた作家たちは章立てに意味を持たせていたことが多かったと思うので、そこでまず物語にのめり込めなかったのがひとつ。
 前半で多く割かれる阿久津が追う<ギン萬事件>の詳細――それは実際のグリコ・森永事件で起こったことを会社名と固有名詞だけ変えてあとはそのまま描いているが、<NHKスペシャル・未解決事件:グリコ・森永事件>を観た身としては特別新しいことはなく・・・。
 「子供を犯罪に利用すれば、その子の未来は閉ざされてしまう(だから、そんなことはあってはならない)」という作者の言いたいことに賛同するけれど、前半のルポルタージュタッチと、後半のフィクション部分がうまいこと融合していないというか・・・「あぁ、ここからはフィクションなんですね」とわかってしまうのがせつないというか。 「もしかしたらこれが真実かも?!」みたいな身に迫るものがないから、急に他人事になってしまうというか。

 実際のグリコ・森永事件の記憶はありますが、子供だったのと、その当時は北東北に住んでいたため毒入りのお菓子が身近に置かれることがなかったのであたしも他人事のように事件報道を見ていたような。 「かい人二十面相」を名乗るのが江戸川乱歩に失礼だ!、という方向に真剣に腹を立てていた記憶がある。
 でも神戸に暮らすようになった目で事件を見ると、近畿エリアでは非常に大きな事件だったことが実感としてわかるし。
 この事件のルポルタージュを読んでみるか。

ラベル:国内ミステリ
posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | ☆ 読んじゃいました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする