2019年05月08日

ヨーゼフ・メンゲレの逃亡/オリヴィエ・ゲーズ

 東京創元社の新刊案内でこの本のことを知ったとき、「おぉ、読みたい!」と思ったのだけれど・・・ハードカバーだったので文庫化を待つか、ということに。 でもしばらくして図書館で検索すると、「予約者の数は多少いるけど、ものすごい数ではないなぁ。 あたしも予約しようかなぁ」となってからしばらく、忘れた頃に連絡がやってくる。
 ヨーゼフ・メンゲレといえば、アドルフ・アイヒマンとよく対比されるナチ逃亡犯。 以前、『マイファーザー』という映画も観ましたが、あれは息子から見た父・ヨーゼフの話だった。 彼の逃亡中のことについては謎が多いイメージなので、物語を逆につくりやすいのかなぁ、とぼやっと感じていましたが、かなりドキュメンタリータッチの“ノンフィクション・ノベル”(カポーティの『冷血』のような)でした。

  ヨーゼフ・メンゲレの逃亡.jpg 右下に羅列された名前は、メンゲレが逃亡中に使っていた偽名。
 1945年、アウシュヴィッツ解放時のどさくさに紛れて研究資料を持ち出して逃げ出した、優生学を金科玉条にしている医師ヨーゼフ・メンゲレは、名前を変えてアルゼンチンへ渡る。 その後、南米を流転しながら潜伏し、追手から逃れたまま79年にブラジルで死亡する。 公開裁判にかけられたアイヒマンと違って、何故彼は逃げ通すことができたのか? その間、彼はどんな生活を送っていたのか?

 本編が250ページなく、章立ても81と各章が短いにもかかわらず、一文の情報量と書かれていない行間から感じられることに「おおっ!」となること多く、序盤は結構早めに読めたのだが、だんだんじっくり読み込まずにはいられなくなってきて、このページ数にしては時間がかかった。 訳文が読みにくいということはない、むしろわかりやすく短い文章でリズムよく畳みかけてくるような感じなのだが、それ故に読み逃すところがあってはならないとこちらが過剰に神経質になってしまって。
 メンゲレが見つからなかったのは、彼が特別な大きな力に守られていたからではなく、ただ追う側の状況が整ってなかっただけ、というのは・・・なんだか肩透かしですね。 それもまたアイヒマンとの対比になるわけだけど。
 アイヒマンは<凡庸な悪>と言われた。 ではメンゲレは?
 「自分は言われた通りのことをしていただけ。 悪いことだと思ってやっていない」というのはこの二人に共通の認識なのだが・・・メンゲレは自分の手でメスを持ったからね。 助手(というか部下?)によりひどいことをさせていたけど、双子を自分で選別し、どういう方法をとって調べるのか決めていたわけで・・・それってもう、「悪のマッド・サイエンティスト」そのままだよ。
 後半の読みどころは息子のロルフがブラジルの父のもとに会いに行くところ。 映画『マイファーザー』とは逆の視点で描かれるため、よりロルフの苦悩は強くなりつつも、彼の本心は見えづらい。 親と子だからって関係ないとは言い切れないからこそつらい・・・まして相手は遺伝がなにより重要という相手だもん。 家族であるからには見捨てるわけにはいかない、という常識に縛られてしまってて、ヨーゼフはそんな苦しみにも気づかずにつけこめるところに全部つけこむ。 それは相手が息子だけではなく、出会うすべての人たちに。
 裁判を受けずに寿命まで逃げ切った、と思われがちだけど、それが恵まれたものだとはいえないと感じられるのはあまりに<宿命>的でしょうか。
 勿論、これは事実そのものではない。 取材したりのちにわかったことをつなぎ合わせて、いかにも事実のように、できるだけ事実に近づけるようにまとめられたもの。 100%か0か、で決められるものではなくて、グレーな部分をどこまでと見るかだけど。
 ゴングール賞をとれなかった作品の中から選ばれるルノードー賞を受賞し、さらに賞の中の賞(プリ・デ・プリ)も受賞したというまさにフランス文学最前線。 歴史小説でもあるのだけれど、それが<広義のミステリ>というジャンルにくくれるのがうれしい。

posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | ☆ 読んじゃいました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする