2019年05月31日

今日は6冊。

 あぁ、5月がもう終わりますよ。 この一か月もあっという間だなぁ、ところどころ長く感じたけど。

  摩利と新吾 完全版3.jpg摩利と新吾 完全版4.jpg 摩利と新吾【完全版】 3・4/木原敏江
 持って帰るのがすごく重たかった・・・でもこのサイズだからこそのヨロコビがあり。
 4巻に<木原敏江×松田奈緒子 師弟対談 前編>が載っていて・・・後編は5巻なのだが、それを一か月待たせるとはひどいと思う。 また4巻もすごくいいところで終わっており、続きを探してしまったじゃないか・・・。

  血の収穫【新訳版】.jpg 血の収穫【新訳版】/ダシール・ハメット
 ダシール・ハメットといえば『マルタの鷹』のほうがイメージが強く、『血の収穫』は読んでいなかった。 コンチネンタル・オプのことは知っていたけどさ。 田口俊樹で今新訳、ということに、この作品の歴史を感じるわ。

  ネクロスコープ1.jpgネクロスコープ2.jpg ネクロスコープ 死霊見師ハリー・キーオウ/ブライアン・ラムレイ
 ブライアン・ラムレイって<タイタス・クロウ>の人だよね。 他にもそういうのあるんだ! というか、こっちのほうが先なのか!
 死霊見師:ネクロスコープ、死骸検師:ネクロマンサー、とあるだけで盛り上がるよね。
 しかも「冷戦下、ソ連と英国の霊的諜報戦」なのですよ!

  星から来た船1.jpg 星から来た船 上/新井素子
 <星へ行く船>シリーズ番外編も、完全版としてこの形で。
 多分読んでいるのだが・・・本編と比べるとそこまで繰り返し読んでいないので(もしかしたら一回しか読んでないかも)、記憶がいまひとつ。 この完全版は上・中・下で出るそうなんだけど、そんなに長かったっけ?、という驚きすらある。

ラベル:新刊 マンガ
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2019年05月28日

轢き逃げ ー最高の最悪な日−

 主なロケ地が神戸市内、しかもあたしがわりと行くところで撮っている、という噂を聞きまして・・・。 しかも最初はヒューマンドラマ路線の予告編だったのに、途中からサスペンス色を押し出してきているのも気になり。 でも明らかに「ラストにどんでん返しがあります」と伝えるようなCMは、逆効果なんだけどな・・・。

  轢き逃げP.jpg なぜ、愛する娘は死んだのですか?
  あなたは、この映画の罠に嵌る。

 舞台は地方都市である神倉市。
 神倉市に本社を置く大手ゼネコンに勤める宗方秀一(中山麻聖)は、大学のときからの親友で職場も同じ森田輝(石田法嗣)を助手席に乗せ、結婚式の打ち合わせに向かおうと車を運転していた。 結婚相手は副社長の娘の白河早苗(小林涼子)で、約束の時間に間に合わなくなる、と近道をとり、カーブを急に曲がったところで若い女性を轢いてしまう。 森田の「誰も見てない」という言葉に、宗方はそのまま車を出し、約束の場所に向かう。 家に帰ると、ニュースが「轢き逃げ事件で女性が死亡」と流していた。
 刑事の柳公三郎(岸部一徳)と前田俊(毎熊克哉)はひき逃げ事件の捜査を開始、逃げた車の後を追う。 一方、被害者の父親(水谷豊)は一人娘を失ったことを受け入れられず、母親(檀ふみ)は夫を気遣うあまり悲しみを表には出せない日々が続く・・・という話。

  轢き逃げ2.jpg “お嬢様”との時間。
 前半は轢き逃げ犯となった宗方、その従犯となった森田視点で進む。 <倒叙もの>の雰囲気たっぷりであるが、計画殺人と違って交通事故は誰の身にも起こることであり、宗方だって望んでこんなことになったわけではないし、車を運転する者にとっては「加害者になるかもしれない」可能性はゼロではないわけで、また最近大きな事故の報道が相次いだせいもあり、結果的にタイムリーな話題になっているのがなんとも。
 新元号が発表される前の撮影だったためか、平成30年5月と固定されているのも興味深い。

  轢き逃げ4.jpg このポストはシネマ神戸の前にあるやつ。
 そんな感じで、「あ、ここは!」とわかる場所が結構あって・・・冒頭の空撮から路地に視点が降りてくるところから「あそこじゃないか!」と知っている場所だったのだけれども、<架空の地方都市:神倉市>という設定であることはわかっているのだが、「えっ、その道を曲がったのに次にそこに行くのおかしいよ!」とつい思ってしまい・・・物語よりも物理的な位置の違いが気になって仕方なかった。
 たとえば、追いかけっこが水上警察あたりで始まったのに次は元町駅西側の高架下で、センター街を通って南京町、更に東遊園地とテレポートが半端ないよ!、みたいな。 「いやいや、ここは神戸ではない」と心の中で言い聞かせながら風景を気にしないようにするも、紅茶エスプレッソの店UNICORNが大映しになったり、シネマ神戸(シネマ神倉に変えられていたが)が出てきたりすると、「あっ!!」って思っちゃうわけですよ。 ロケ地が知っている場所なのは物語に集中できないわ・・・そして行ったことのない都市がロケ地の場合は、映画に映っていることがそのままだと思ってはいけないな、と思わされました。

  轢き逃げ1.jpg <事故現場>は北野のほうですね。
 後半からは被害者の父視点となり、映画は違う景色に。 これをトリッキーなあざとさと感じるか、世界観を広げるための意外性と捉えるかでこの映画の評価が変わりそう。 あたしは本を読んでいて章が変わったような感じが。 映像を見ているのに、ちょっと小説を読んでいるときの気持ちになった。
 でも原作なしのオリジナル脚本なのよね。 現代設定なのに20代の若者のセリフに時代を感じたけれど・・・水谷豊、結構ミステリを読んでいるのか! この感じは『相棒』や二時間ドラマの経験からだけでは得られるものじゃないぞ、と感じた。 あたしも長年のミステリ読みですが、マニアックにはならず過剰なトリック重視にも陥らず、意外性とインパクトに重きを置いてむしろ基本に忠実につくっていることに驚きを禁じ得ない(ただし、ミステリに慣れていない人にはアンフェアととられる可能性もある・・・説明しないことと説明しすぎの境界線は難しい)。 たとえ「『相棒』の余禄」と言われても、オリジナル作品をこの規模で公開できるのは日本映画界の現状では簡単じゃないから(とはいえ、バックにテレビ局がついているから可能だというのも事実)。 語られない余白が多いというのも日本映画の伝統的な特徴で、その余白をどう受け取るのかは観客次第、なこともメジャー映画では多くない。 水谷監督には、この勢いであと何作か撮っていただきたい。 そうすれば少しは、日本映画界の構造に影響を与えられる?

  轢き逃げ3.jpg この二人のガチ演技、観たかった。
 石田法嗣は子役出身で、あたしは『カナリア』がすごく印象深いけど、一般的には「無名」なのか・・・とちょっと切なくなる。 これを機に飛躍してくれたらうれしいなぁ、と。 売れている・名前の知られている役者さんに仕事が集中している感があるので、というか知られている人しか話題にならないような気がするので、入り込み系の役者が好きなあたしとしては、「いわゆる無名の中にもいい役者はいっぱいいるのに」といつも思っているので、そういう人が脚光を浴びるのはうれしいです。 この役、難しかったと思うし。
 お父さんも走り方がよたよたで、年相応の感じが出ていたのがよかった。 右京さんじゃない水谷豊も観たいですもの。

  轢き逃げ5.jpg この三人、特に一徳さんの安定感たるや!
 岸部一徳ってこんなにうまかったのね・・・というのをあらためて実感。 しかしラストシーンで全部檀ふみが持っていく!
 人は誰しも加害者になりうる、だからといって被害者はすべて許せる・・・わけじゃない。 時間はかかるけど、双方が歩み寄るための準備として加害者側の誠意は絶対必要で、でも反省も誠意もない加害者だったらどうしたらいいのか、という問題全部入れ。 感情的になる時期を過ぎて人としてどう振舞うか、個人の成熟がより求められているわけですね。
 エンドロールに流れる曲で・・・しみじみする。 手嶌葵の声でだまされてるのかもしれないけど、あぁ、誠実な映画だなぁ、と感じた。
 結構すすり泣いている人もいて、「あぁ、子供がいる人はより刺さるのか」と納得。 子供がいなくて、自動車免許も持っていない(車を運転したことのない)あたしは共感ポイントがないな!、と思ったものの、だからこそ「映画として目指したもの」・「ミステリとしての構成」を楽しめたのかなぁ、という気がする。 あたしはキライじゃないんだけど、評価がすごくわかれそう!
 あ、そうだ! 日本映画って音響にだいたい不満が出るんだけど、これは全然。 小さな音もくっきり聴こえて、つまりそういう音にも意味があるということがよく伝わってすごくよかった! なんでも日本映画初のドルビーシステム採用ということらしい・・・え、今にして初なの? 音へのこだわりを示したことだけでも、この映画の意味はあるなぁ。

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2019年05月26日

罪の声/塩田武士

 気になっていたので読んでみたわけですが・・・初めて読む作家の文章はすんなり入ってくるものと入ってこないものがあり・・・これは入ってこない方だった。 プロローグと第一章のはじめのほうで四苦八苦。 関西弁の会話を文章で読むことにも微妙に違和感があったり。
 こちら側にも「グリコ・森永事件の真実」を求めたいのか、「小説としての面白さ・すごさ」がほしいのかわかってなかったかもな、と読後反省することに。

  罪の声 文庫版.jpg 結局、読み終わってみてこのタイトルがしっくりこない・・・。
 父親の遺品の中から古いカセットテープを見つけ、再生してみたら自分の子供の時の声が入っていた。 その中に、<ギン萬事件>と呼ばれる昭和の未解決事件で使われた男児の声が。 あれは自分だったのか、父は事件に関係したのかと考える男と、年末企画で昭和・平成の未解決事件を追うことになった新聞記者。 二人の追跡は交差するのか、果たして事件の真相とは・・・という話。

 脅迫電話に使われた子供の声、あの子供たちは自分が何をしたのか記憶があるのか。 もしあるのなら今はどう生きているのか、という話のとっかかりはすごくいいと思うのですよ。 あたしもそこを聞いて「読みたい!」と思ったので。
 しかし文章がすんなり入ってこなくて・・・カセットテープを見つけた曽根さんはテーラーなのだが、次に店が描写される場面では「あれ、クリーニング屋だっけ?」と混乱。 いや、あたしの読解力が足りないだけなのですが・・・テーラーだと初めに把握していなかったから起こる誤解。
 プロローグは曽根さん視点で始まり、第一章は新聞記者の阿久津くん視点で始まる。 そのまま第一章は阿久津視点なのかと思いきや、5節から曽根さん視点に(つまり1〜4は阿久津視点)。 この統一性のなさはなに?! 程よい分量のところで切ってるだけか? だったらそこは空白行を使い、視点が変わる・時間の経過が明らかなところで変えたらいいじゃない!
 ・・・まぁ、それがこの作者のスタイルなのかもしれませんが、あたしが好んで読んできた作家たちは章立てに意味を持たせていたことが多かったと思うので、そこでまず物語にのめり込めなかったのがひとつ。
 前半で多く割かれる阿久津が追う<ギン萬事件>の詳細――それは実際のグリコ・森永事件で起こったことを会社名と固有名詞だけ変えてあとはそのまま描いているが、<NHKスペシャル・未解決事件:グリコ・森永事件>を観た身としては特別新しいことはなく・・・。
 「子供を犯罪に利用すれば、その子の未来は閉ざされてしまう(だから、そんなことはあってはならない)」という作者の言いたいことに賛同するけれど、前半のルポルタージュタッチと、後半のフィクション部分がうまいこと融合していないというか・・・「あぁ、ここからはフィクションなんですね」とわかってしまうのがせつないというか。 「もしかしたらこれが真実かも?!」みたいな身に迫るものがないから、急に他人事になってしまうというか。

 実際のグリコ・森永事件の記憶はありますが、子供だったのと、その当時は北東北に住んでいたため毒入りのお菓子が身近に置かれることがなかったのであたしも他人事のように事件報道を見ていたような。 「かい人二十面相」を名乗るのが江戸川乱歩に失礼だ!、という方向に真剣に腹を立てていた記憶がある。
 でも神戸に暮らすようになった目で事件を見ると、近畿エリアでは非常に大きな事件だったことが実感としてわかるし。
 この事件のルポルタージュを読んでみるか。

ラベル:国内ミステリ
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2019年05月25日

今日は3冊。

 5月も残りあと一週である。
 でもなんだかもう暑いので・・・もう6月以降のような気もするし、大型連休もかなり前のことのようにも感じるし、「まだ5月下旬なんだ」と改めて驚くことも。 いや、まだ暑くならなくていいんだよ!

  スウィングしなけりゃ意味がない 佐藤亜紀.jpg スウィングしなけりゃ意味がない/佐藤亜紀
 佐藤亜紀新刊。 とはいえ2年前に単行本として出たものの文庫化だが・・・加筆修正されているとのこと。
 1939年、ナチス政権化のドイツ・ハンブルグにて、頽廃音楽と呼ばれる”スウィング”に熱狂していた若者たちの物語。 思想ではなく、音楽と自分の好みのために戦うやつらを佐藤亜紀が描く、というだけで楽しみ。
 しかも角川なんだよね・・・意外。 講談社は『吸血鬼』を早く文庫にしてください。

  少女の時間 文庫.jpg 少女の時間/樋口有介
 「いいタイトル!」と思う。 私立探偵・柚木草平シリーズ新作。
 いつも以上に美女がいっぱい出てくるらしい・・・。

  栗本薫と中島梓.jpg 栗本薫と中島梓 世界最長の物語を書いた人/里中高志
 リアルタイムで知っている人(勿論、個人的には知り合いではないし、あたしが知っているのも彼女の後半生でしかないのだが)の評伝が出る、というのは不思議な気分だ。 とても一冊では足りないことはわかってる、あたしの知っている時期のことはきっと物足りないだろうな、という予感もありつつ・・・それでも単行本を買ってしまったのは、<没後10年>というこの時期に読む意味があるからだ。

ラベル:新刊
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2019年05月24日

ラ・ヨローナ 〜泣く女〜/THE CURSE OF LA LLORONA

 ううむ、これはどうしようかな〜、と悩みましたが・・・ジェームズ・ワンの名前があるとちょっと素通りできないかなぁ。
 それに、「ホラー映画を金曜の夜に観る」ってものすごく正しい週末の始め方という気がする!

  ラ・ヨローナP.jpg 生き延びたければ、決して、水に近づいてはいけない。

 1673年のメキシコのある悲劇が描かれる。
 時は移り変わって1974年のロサンゼルス。 シングルマザーながらソーシャルワーカーとして働くアンナ(リンダ・カーデリーニ)は、自分が担当しているシングルマザーのパトリシア(パトリシア・ヴェラスケス)に児童虐待の疑いが出たことに困惑する。 二人の息子はクローゼットに閉じ込められていた。 パトリシアは「子供を守るためにはこれしか方法がない」と泣きわめくが、アンナは子供たちを施設に収容する。 が、その夜、兄弟は近くの川で溺死体で発見される。 「外に出したせいで子供たちは死んだ」とパトリシアは嘆き悲しみ、アンナはただ困惑する。 その後、アンナの子供エイプリル(マデリーン・マックグロウ)とクリス(ローマン・クリストウ)は白い服を着た髪の長い女性の幻影を見るようになり・・・という話。
 <ラ・ヨローナ>は中南米に昔から伝わる怪談らしい。 日本でいう四谷怪談や番町皿屋敷的な?
 スリーアミーゴズだけじゃなくて、メキシコの文化がアメリカで広まっている・受け入れられる土壌ができてるってことでもあるんですかね。

  ラ・ヨローナ4.jpg また、あなたですか。
 『グリーンブック』・『ハンターキラー』に引き続き登場のリンダ・カーデリーニさん。 今回は「シングルマザーで、かつ人助けの傾向のある仕事についついのめり込みすぎる」という『ER−緊急救命室』のときと同じような役柄で、「またですか!」と思っちゃう。 あのときもちょっとやな人の印象だったせいもあるのか、今回もイヤな人な感じがしてしまい・・・同情できないんだよなぁ。
 なのでその分、子供たちのほうに同情。
 仕事のために夜遅くに突然外出せねばならず、子供たちを家に置いていけないからといって車に乗せてきて、でも結局「ちょっと待っててね」と車に置き去りってのもどうなの・・・それがありなのも、女性の肩に仕事と育児の責任がのしかかって苦悩するのも成立させるための70年代設定なのかしら、と思っちゃった。 のちのち、『死霊館』ワールドとリンクするシーンが出てくるので、そのための70年代だったわけですが。

  ラ・ヨローナ3.jpg 兄と妹。
 特にお兄ちゃんがけなげで・・・怖い目に遭ったのに、「母を心配させてはいけない」と話さない。 アンナも何があったのかつっこんで聞かないしね! 事実を全員が把握しないためにどんどん事態は悪化してしまうのだが、親に気を遣うが故に子供は喋らないという空気を親が作ってしまうことに問題ありだな、と感じてしまいましたよ・・・そのほうが親としては日常は楽なんだろうけど。
 ホラーとしてのショッキング描写は、『死霊館のシスター』と似ていて音で驚かす系ではあるものの、ピントの合っていないところに音もなくいるなどという“J−ホラー的”な要素は完全に換骨奪胎されてしまった感じ・・・。 『貞子』はどうなんでしょうか、J−ホラーは復活もしくは新しく生まれ変われるんでしょうか、気になります。

  ラ・ヨローナ2.jpg あ、『ER』の人!
 ウォーレン夫妻に頼むには大教区の許可が必要で、それには時間もかかりすぎるため、元神父の呪術医ラファエル(レイモンド・クルス)を紹介される、という流れ。 このラファエルさんも『ER』に出ていた人なので・・・話の筋と関係なく、なんだか個人的にほっこりしてしまった(彼は全然違う役柄でした)。
 で、アンナが自分勝手というかなんというか・・・助けを求めている側だというのに呪術医をインチキ呼ばわりですよ。 無神論者であることと超常現象を信じないことは別だと思うんですが・・・キリスト教圏では違うの? ともかく、そんなこんなでアンナは自分しか信じていない人(自分の都合のいいことしか信じない人)に見えてしまい、この災厄も彼女の自業自得のように見えてしまう。

  ラ・ヨローナ1.jpg <ラ・ヨローナ>にも事情はあるが・・・。
 結局のところ、アンナと子供たちがきちんと話し合えば状況は解決できるはず、なのにそれをしてくれないというもどかしさ。 そこが原因だとわかっているのか、ラファエルも仲介者として説得を試みない(見る人によっては、彼は頼りにならないと思われそうである)。 なので余計にイライラするという・・・<ラ・ヨローナ>に怖がっていられないのである。 むしろ、「母親である前に自分自身」である二人の共通項に戦慄する。 霊というか・・・いちばんコワいのもヤバいのも人間だよね。
 『インシディアス』から続くロジカルなトリックもちょこっとあって、ニヤリでした。

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2019年05月23日

家蝿とカナリア/ヘレン・マクロイ

 図書館予約本が落ち着いたので、またヘレン・マクロイに戻ってみる。
 『幽霊の2/3』に並ぶ、もしくはそれ以上とも評判の高い、『家蠅とカナリア』。 これはちょっと厚めだし、あたしは『幽霊の2/3』に衝撃を受けてしまったクチなので、ずっと読むのをためらっていたのよね・・・でもそんなこと言ってたらいつまでも読めない! このタイミングで読んじゃえ!、と勢いがつきまして。

  家蠅とカナリア ヘレン・マクロイ.jpg “Cue for Murder”:<殺人の合図>?
 1942年。 ニューヨークのある劇場にて上演中に、舞台上の一人が殺されていることがわかる。 舞台初日に招かれていた精神分析学者でニューヨークの警察顧問も務めるベイジル・ウィリングは、犯行の前から劇場周辺で起こっていた奇妙な出来事が気にかかっていた。 衆人環視の中で起こった殺人にウィリングはどう挑むのか・・・という話。

 ベイジル・ウィリング博士モノ第二弾ということで・・・ウィリング博士のキャラクターがまだ硬いというか、一人一段高みにいる感が強くてあらためて驚く。 まだ恋人のギゼラも登場していないため、ある時期の少年探偵団ものの明智小五郎のように、完全無欠のスーパーヒーローなのだ。 真実がわかっているのにあえて口に出さない、みたいなところもあって。
 で、いつものように<人間の心理>に重きを置いた話ではあるのだが、演劇界を舞台にしているのが他の作品とはちょっと違うところ。 才能のあるなしにかかわらず、芸術というジャンルに身を置こうという人々はそうじゃない人たちとはちょっと違う。 キャロル・オコンネルの<キャシー・マロリーシリーズ>の『死のオブジェ』あたりをつい連想してしまい、登場人物のキャラの濃さが似ているのかな、と感じたりする。 でも割とステレオタイプな登場人物も多いような気もするのだが・・・なんだろう、この「読まされてしまう」感じは。 それが好きということかしら。
 時代も古いし、心理分析もいまと比べたらちょっと・・・というところもあるのに妙に納得もできてしまうのは、80年ぐらいでは人間の本質は変わらないということなのかも。 20年ぐらいだと文化的な古さが中途半端に強調されてしまうのかもしれないけれど、ある程度以上古い分にはまったく気にならない。
 しかも古典的な本格ミステリのように始まってそのまま続いていくのに、終盤サスペンススリラーに雰囲気がガラッと変わる鮮やかさ!
 勿論、犯人当てやトリックの解明は本格ミステリなのだけど。 このサスペンスの匙加減がロマンティックなのだよ!
 もしかしたら著者が女性というところもちょっと関係しているのかしら(読者のあたしも女性だから?)。 あまり作者の性別を意識することはないのだが・・・ファンだから、ということでしょうか。
 あぁ、残り作品が少なくなったなぁ! ちょっと間を置こうか。

ラベル:海外ミステリ
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2019年05月22日

ザ・プレイス 運命の交差点/THE PLACE

 イタリア映画も最近公開されるの増えてきたよね〜。 ラテン系好きとしてはうれしい、かつてイタリア語会話をEテレで学んでいた身としても耳を鍛えるいい機会である(とはいえ勉強はすっかりやめてしまっているのだが)。 というわけでイタリア映画、できるだけ観に行きたいのだがうまいこと日程が合わず、やっとこれに。 しかもジャンルとしてはサスペンス、アメリカのテレビドラマのリメイクだという。

  ザ・プレイスP.jpg 欲望の代償は、他人の運命。
  ローマにあるカフェ「ザ・プレイス」に居座る謎の男。彼と契約を結べば、どんな願いも叶えられるという。たとえそれが、見ず知らずの人の命と引き換えになったとしても――。

 コピーがほぼあらすじだという・・・物語はカフェ・バール<ザ・プレイス>のみで展開される。
 奥の席に一日中座り、分厚いノートに何かを書いている男(ヴァレリオ・マスタンドレア)。 彼に自分の願いをかなえてもらいたい男女が、店に入れ代わり立ち代わり現れては彼に悩みを打ち明け、状況を報告する。 たとえば、「以前のように神を感じられなくなった。 また神を感じたい」とやってきた若きシスターには、「妊娠しろ」と言い、「シスターだからそんなことはできない」と返せば「では神を感じられなくてもいいのだな」と・・・数日悩んでまたやってきた彼女と会話し、彼女は「ではどういう相手がいいか」と考え始める。
 たやすい悩みならこんなところまで来ないため、それぞれの願いは切実でありながら実現が難しいものばかり。 だから男もまたそう簡単にはできない条件を出すのであろうか。

  ザ・プレイス1.jpg 舞台となるカフェ・バール<ザ・プレイス>。
 バールがそもそも「昼はカフェ、夜はバー、簡単な食事もとれます」というお店。 一時期定着しかけたのだが、日本では最近<バル>の勢力が強くなってきて(スペイン語、バルとバールはほぼ同じもの)、バルは西洋風居酒屋っぽく使われることが多いような。 <ザ・プレイス>はイタリアにはよくあるバールっぽく、広くもなく狭くもない。 カウンターの奥のガラスケースにはフォカッチャ的なパンや乾燥パスタなどが並んでいて・・・わぁ、おいしそう、と思う。
 しかし物語には食べ物はほとんど出てこない。

  ザ・プレイス4.jpg 男はいつも店にいる。
 帰ることはないのか。 店のオーナーの知り合いなのか、むしろオーナーなのか。 合間に彼が飲んだり食べたりするシーンはあるが、すぐに客がやってくるので食べ物がクロースアップされることはない。 「食べること」はこの映画ではまったく重視されていない。
 そのかわり(?)、この映画はほぼ会話劇。 何が起きたか・どう考えたか客が話すことを男は詳細に聞きたがり、記入する。 話の内容が再現フィルムになることもないが、なんとなくその映像はこちらがイメージできるものになっている。 これも、ワンシチュエーションドラマになるのかな?

  ザ・プレイス3.jpg テーブルの上にあるもの、店の外側の明るさなどで時間の経過を表現。
 依頼に訪れるのは9人の男女。 説明はほぼなく、会話を重ねることでどういうことかわかっていく・・・のでずっと観ていないといけないのだが、無茶な願いに無茶な提案の繰り返しなので「次はどうなる!」とぐんぐん引き込まれる。 顔で区別できればいいから名前も気にしなくていいし(それが主要登場人物が少ない映画のいいところ)。
 依頼人の希望に対し、男はノートを見て「ならばこうすればいい」と提案する。 「なんでそんなことを!」と依頼人たちは驚き、「それ以外のことならなんでもいい・別の方法にしてくれ」と懇願する。 それ以外では無理だ、と男は答え、イヤならやめていいと言う。 最終的に納得し、依頼人と男は握手を交わす。 これって、<契約>ですか?
 実際、完了報告に来た依頼人とは「願いはかなう、これで終わりだ」とまた握手を交わす。
 男は誰かの代理人のような立場なのだろうか。 無茶なことをしなくてはいけない依頼人はプレッシャーに耐え兼ね、男を悪魔呼ばわりする。 でもそもそも決めたのは自分なのに・・・感情をぶつけられる相手がいれば、そこに責任を押し付けたがるのもまた人間ということか。

  ザ・プレイス5.jpg 店員アンジェラ(サブリーナ・フェリッリ)の存在が清涼剤のような、危険の始まりのような・・・。
 いかにもなイタリア美女!、の登場にわかりやすくドキドキする。 しかもアンジェラって天使って意味じゃない?
 依頼人たちの運命が交錯するのは想定内だったが、もっと厳密なジグソーパズル風になるかと思っていたらそうじゃなかった(結構大雑把なざっくり系)。 それと同時に男の存在について迫る部分の多さに驚く(そこはスルーか放置かと思っていた)。 男の苦悩がじわじわと浮かび上がってくる感じ、表情のうまさだなぁ。 めちゃめちゃハンサムというわけでもなく普通によくいそうな感じの人で、でもその目で普通の人ではないとわかる、みたいな。
 神・悪魔・運命・人間・・・と大きなものについて否応なく考えさせられる内容で、勿論「答えは見る人の心次第」ではあるものの、エンディングでは不思議と妙な爽快感があるという。
 名前はわからないけどなんとなく見たことがあるような人もいて、イタリア映画界の実力派アンサンブルキャストなのではないかと推測。 うまい人が集まるとそれだけで見ごたえあり! ただ日本語字幕がちょっと残念というか、文字数制限のせいかかなり訳が足りていないところを感じ・・・だからちょっとわかりにくいところがあるように感じた。 特に話が観念的になるところは。 あぁ、もったいない。 豪華声優キャストでの日本語吹替版を観たいなぁ、としみじみ思う。

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2019年05月20日

グレン・フィリップスのソロアルバム、届く。

 先日、頼んでいたアルバムが届いていた。
 YouTubeの沼(Toadを聴いていたら関連動画として90年代洋楽がぞろぞろ出てくるので、つい観て聴いてしまうが終わりがない)から抜け出すために、さっそく聴きます。

  グレン・フィリップス 2006 ミスターレモンズ.jpg MR.LEMONS/Glen Phillips
 なんか味もそっけもないジャケット(特に裏、ブックレットも中身なし)だなぁ、グレンはこういうのこだわる人かと思っていたのに、とよくよく見たら、裏のバーコードのところにManufactured By Amazonとある・・・もしかして再生産品? だから安かったのか、と納得(シングル盤かと思うようなお値段だったので。 というかMP3ダウンロードよりCDのほうが安いという・・・)。
 全11曲、約39分。 やっぱり一曲が短いな!
 2006年の作品らしく(2004年という説もあるが)、歌声はToad時代と違和感なし。
 全編、アコースティック。 バンドのようにベースやドラムが響くビートはないが、しみじみと弾き語り・・・という感じ。 だからって歌詞やメロディーが弱いことは全然なく、つま弾くギターの一音一音もくっきりと聴こえる。 アップテンポでつい歌い出したくなるような曲から、静かに漂うような曲までバリエーション多し。 おまけに時間が短いから、結果としてずっとリピートして聴いてしまう。
 歌い手としてのグレン・フィリップスは大好きなんですが、サウンド的にはToadのほうが好き、だと思っていましたが・・・このアルバムはバンドに匹敵するくらい、いい曲ぞろい!!

  グレン・フィリップス 2016 スワロウドバイザニュー.jpg SWALLOED BY THE NEW/Glen Phillips
 2016年作品を2018年に紙ジャケットで再リリース? これはちゃんと歌詞カードついてるし、グレンらしい感じがする。
 とはいえ、紙ジャケットの角の部分がちょっとつぶれ気味だし、レコード盤を入れるようにCDが収まっているのだが袋もなくそのままむき出しってところがアメリカっぽいぜ。
 12曲、約41分。 やっぱり短い・・・。
 む、ということはToad再結成後に発表された、ということか! “California Wasted”の流れにある今の声です。
 『MR.LEMONS』にくらべると使われている楽器の種類やサウンド加工などは増えているような気がする。
 そして、時間がたっているせいでしょうか・・・なんというか、<精神性>とか<癒し>とか、<赦し>、<慈愛>などをこれまで以上に表に出してきてるような気がする。 かといって暗いわけではなく、はじけているところははじけている。
 内省的になるのは年齢によるものかなぁ。
 そんなわけで、これもリピートで聴いてしまっています。

ラベル:洋楽
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2019年05月19日

監禁面接/ピエール・ルメートル

 「ピエール・ルメートル新作!」と言われましても、ハードカバーなのはちょっと・・・。
 そのうち文庫になるだろう、と思っているうちに、図書館の予約者数が減ってきたのでとりあえず申し込んでみたら・・・忘れてた頃にやってくるという。 まだ予約の人がいるから早く読まないと!、でもハードカバー抱えて通勤電車で読むのもちょっと重いんだよな・・・と危惧していたけれども、週末のうちに一気読み。

  監禁面接 ピエール・ルメートル.jpg 明らかに物騒な表紙&装丁だが、残酷描写は今回ほぼなし。
 人事畑一筋で歩いてきたアランは、リストラで職を失い、また同じような仕事に就けると再就職活動を頑張ってきたが、それももう4年目で、57歳になってしまった。 早朝の製品梱包のバイトなどをいくつか掛け持ちし、必要なお金を稼いでいる状態。 が、そんなある日、アランに一流企業の人事副部長職の応募のチャンスが! 何かの間違いだと感じつつも一時の筆記試験を受けたら、通ってしまった! これでやっとまともな仕事ができるのではと夢見るアランだったが、提示された最終選考は予想もしない恐ろしいものだった・・・という話。

 <ノンストップ再就職サスペンス!>とあるのですが・・・このコピー、合っているような合っていないような。
 確かにアランはかつて働いていたような状態に戻りたい、という強い一念で<常識外の最終試験>に取り組むのだけれど・・・その取り組み方が尋常ではないというか、明らかに常軌を逸している。
 第一部“そのまえ”はアランの一人称であるというのに、彼の苦境や苦悩がしっかり描かれているというのに、どうも彼に寄り添えない。 勿論、感情移入できないから面白くないということではなくて、アランのこのキャラは作者の計算なのではないか、とつい勘ぐってみたりして。
 第二部“そのとき”はページ数も少なく、また語り手も違う人になるのでアランのヤバい感じがより浮き立ち。
 第三部の“そのあと”で再びアランの語りに戻るわけですが、その流れで彼が相当壊れてきているのにあまりそれが目立たない効果になっており・・・どのようなとんでもない展開になろうがあっさり受け入れられる準備が整っておりましたよ。
 それなのに、描かれているテーマは意外と道徳的で、求めるものが違う男と女の悲劇・自分が価値を重く置くものを家族全員が同じように思うはずと思い込む悲しさとむなしさがより響く。
 「働く」とはいったい何だろうか、ということを改めて考えさせられる感じというか・・・アランは57歳だからもう変えられなかったのかな。

 帯で「最新作」と謳っておりますが、実際は『その女アレックス』の前に書かれたもの・・・ピエール・ルメートルの長編3作目。 なるほど、こういうのを書いていたのなら、のちに『天国でまた会おう』を書いたのも納得。

ラベル:海外ミステリ
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2019年05月18日

やっぱり、値上げか・・・。

 しばらく前に、TOHOシネマズが映画料金値上げを発表したが・・・業界大手のTOHOが値上げをすれば、他も値上げになるなぁとはわかっていたのだが、109シネマズとMOVIX系列もこの6月1日からほぼすべての料金規定に+100円とすることを発表。 他の全国展開シネコンもそうかもしれないけど、とりあえず自分が行くところを確認しまして。
 やっぱりか・・・ファーストデーもレディースデイも1200円になるのか〜。 レイトショー1300円(ここは据え置き、でも全国的に場所によってはレイトショー制度自体が廃止になったところあり)とそんなに差がなくなってきたじゃないか、いや、レイトショーだって消費税が8%になる前は1200円だったんだけどね。 あ、映画の日である12月1日の1000円は守られます。
 とりあえず、OSシネマズミント神戸・ハーバーランドとシネ・リーブル神戸は変わらないらしい。
 しかし異変を感じたのは、昨日OSシネマズに行ったからなのだが。
 チケットの半券を切らなくなり(表記を見るだけ。 神戸国際松竹では昨年秋ぐらいからそうなっていたが・・・ゴミになるから?、ちぎるのが手間だから?)、ブランケットの貸し出しをやめていた。 あと、予告編などを流すモニターが減っていた。 売店の横で映画と関係ないものを置いて売っていた。 これって経費削減の結果?
 なんだかすごく切なくなってきたわ・・・映画業界の衰退を更に見てしまっているようで。
 もし同じ映画を上映しているなら値上げしていない映画館のほうを優先するだろうけど、上映時間と自分の都合の兼ね合いで高いほうを利用することもあるだろうな・・・それにそのうち、他も値上がりするのかもしれず(1000円から1100円になったときのように)。
 映画を観ることはどんどん「贅沢な趣味」になっていってしまうのだろうか・・・「少数派のための限られた娯楽」になるのだろうか。
 あぁ、むずかしい。

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2019年05月17日

今日は8冊。

 気がつけば五月も後半! 大型連休の記憶ももはやはるかかなた・・・なんで毎日こんなにドタバタしてるんだろ、と思っちゃいますね。 ・・・暑くなってきているせいもあるのかも。 外に出ると汗だくになるし、なんか疲れが取れない〜。

  指名手配 ロバート・クレイス.jpg 指名手配/ロバート・クレイス
 <『容疑者』・『約束』に次ぐ第3弾>とあるから、てっきり警察犬マギーが出てくるものと・・・コール&パイクものでしたよ! それはそれでいいんだけど・・・誤解させる表現はいかがなものか。 と思ったら、訳者あとがきにその旨お詫びが。

  声のお仕事 文庫.jpg 声のお仕事/川端裕人
 なんだかお久し振りの川端裕人の“小説”。 しかもお仕事もので、題材は声優!
 さぞきっちり取材したんでしょう、ということで。 あたしは外画系の声優さんのほうが好きな人は多いけど、声優にまつわる知識はアイドル声優登場前で止まっているから、興味があるなぁ、と。

  罪の声 文庫版.jpg 罪の声/塩田武士
 これは単行本刊行時に「面白そう!」と思ったものの、「ま、文庫が出るのを待つか」となったもの(図書館の予約数がすごくて参加する気になれず)。 めでたく文庫に、思っていたよりも早くなった感じ。 映画化決定だそうで・・・その前には読み終わりたいかな。

  死人狩り.jpg 死人狩り/笹沢左保
 これは買う予定ではなかったのだが、本屋で実物を見て・・・というか帯の文句にあおられてしまって。
 笹沢左保は中盤以降通俗に流れてしまった(エロ多し)というイメージがあるのだけれど、初期の頃は純粋謎解きを書いていたというし、これはその境目時期の作品かなぁと。 大量殺人、でも犯人の目的はその中の一人?、という大仕掛け具合が気になる。

  ケルン市警オド4.jpg ケルン市警オド 4/青池保子
 4巻目。 『修道士ファルコ』の5巻を超えてしまいそうではないですか!(オドはファルコの修道士仲間で、これはオドが修道士になる前の話)、いや、面白いからいいんですけど。
 3巻から続いていた連続殺人事件の解決編。 その真相に打ちのめされ、神に祈ったオドの姿は、もしかしたら修道士への道の第一歩だったのかも。

  人生を変えてくれたペンギン.jpg 人生を変えてくれたペンギン/トム・ミッチェル
 おー、ペンギンだ! しかもこのイラスト、マゼランペンギンでは?!、ということで思わず手に取った。
 なんとペンギンを拾って(?)、一緒に暮らしていた日々の回想録(実話)だというではないか! ペンギン好きとして、そりゃ読むでしょ。

  バラカ1.jpgバラカ2.jpg バラカ/桐野夏生
 これは今年2月発売だった模様・・・気づいていませんでした。
 福島第一原発がすべてメルトダウンし、より被害の大きいもう一つの日本が舞台、と言われたら気になるわけです。 桐野夏生が311後の世界をどうとらえたのか、ですよ。

ラベル:マンガ 新刊
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2019年05月16日

魂のゆくえ/FIRST REFORMED

 今年のアカデミー賞で脚本賞にノミネートされてたもの。 他の候補にはあがっていなかったので、脚本がよほどよいのであろうか、と気になっていた。 『タクシー・ドライバー』のポール・シュレイダーが監督・脚本だと知り、しかも「キリスト教をわかってないと難しい」という噂も耳にし、怯むけど結局観に行くことに。 神戸では上映期間ギリギリだったが、なんとか時間に間に合った。
 なんだか、イーサン・ホークはいつも苦悩しているようなイメージがあるんだけど。

  魂のゆくえP.jpg 巨匠ポール・シュレイダーが構想50年の末に完成させた“いま”を射抜く渾身作!

 牧師のトラー(イーサン・ホーク)はニューヨーク州北部の教会<ファースト・リフォームド>に所属している。 ある日、信徒のメアリー(アマンダ・セイフライド)から「夫が心配だ」と相談を受ける。 メアリーの夫マイケルは環境活動家で、地球の未来を悲観し、そんな世界に自分たちの子供を送り出していいのかと悩み、妊娠中のメアリーに子供を産むのはやめようと言っているのだ。 トラーはそんなマイケルにメアリーの出産を、子供が生まれることを受け入れるよう説得するのだが・・・という話。
 まるで左右対称の構図を引き立てるかのような4:3の画面(いやもっと横狭いかも、正方形に限りなく近い)。 じわじわとカメラが動くのは最初だけ、あとはほぼ固定で、まるで舞台を見ているかのような気持ちになる。
 原題の<ファースト・リフォームド>は“カルヴァン主義を採用する改革派教会”のことだった・・・「最初に形作られたもの」と自分で勝手に訳してしまったじゃないか。 牧師だからプロテスタントなんだろうけど、細かな流派の違いはわからないぜ。

  魂のゆくえ2.jpg 左右対称に近い構図が多かった。
 マイケルを説得する過程で、トラーが元軍人で子供を失っていて・・・とバックグラウンドがわかってくるのだが、逆に、「あなた、自分の信仰に疑問を感じてますよね?」と訊きたくなること多々。 だからマイケルへの説得がうまくいかないし、言葉も響かない。
 日記に書く、という形でトラーのナレーションが入るのだが、ナレーション部分と他の人との会話部分とが全然トーンが違う。 むしろ、ナレーションのほうがトラーの本質のような。
 地球環境問題とカネは昔から絡み合っているものだが、宗教のほうがヒトとカネにもっと昔から絡んでいるものだったよ・・・と思い出させてくれるものの、癒着や利権の構図を個人でどうできるかはまた別問題。 そんな話が延々と会話で繰り広げられます。 これやばい、疲れているときには寝てしまうパターンだよ、コーヒー飲んでてよかった。

  魂のゆくえ4.jpg 妊婦が自転車乗っちゃダメ・・・。
 トラー視点で描かれるので、メアリーは「神を信じる、迷える弱き信徒」のお手本のように見えるのだが・・・それはトラーが見たい姿であって実際は違うのでは?、と感じることしばし。 アマンダさん、大変かわいいですが。
 全体的に静かな映画なれど、ところどころでショッキング展開があり、マジカル・ミステリーツアーで不意を突いてもくる。 でもこの映画はほぼナレーションと会話が重要なんだろうな。
 教会と牧師を取り上げたのは、思索することに必然がある職業だからかな。 宗教がなければ成立しない話ではないし、カルヴァン主義を知らないとまったく理解できないということもない。 教会のような巨大なものも、資本主義社会なら置き換え可能だろう。
 <教会>が信徒の意図せざる形に大きくなっていく、というのはロシア映画『裁かれるのは善人のみ』でも描かれていたけれど・・・。

  魂のゆくえ1.jpg やっぱり苦悩してます。
 ラストシーンで「えっ!」となるが・・・これって多分、現実じゃないよね、幻覚か妄想だよね。
 というか、彼女はもはや救いの天使ではなくコナーを堕落させに来た悪魔じゃないかという気がしている。 キリスト教でも、最近は「自分の中に神がいる」(神の名は同じだが、あなたの中にいる神と私の中にいる神は違う)ことを普通に公言するようになってきて、絶対唯一神ってよくわからない多神教派の人間にも理解しやすくなってきたように思う(昔からそうで、ただあたしがわかっていなかっただけかもしれないが)。
 世界の変容は、救いを提示する絶対唯一神の存在を肯定できないところに来ているのでは。 いや、そもそも救いというのは人間が期待してしまうものとは違うのでは。
 もやっとしたままエンディングだけど・・・いろいろ考えさせられる。 思うことがぐるぐると頭を回っている。 しばらく続くんだろうな、これ。 そういう種類の映画でした。

posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年05月15日

また、すっかりToad The Wet Sprocketに、はまる。

 土曜日の新発見以来、ずっとToad The Wet Sprocketを聴いてしまっている。
 もう、彼らはあたしにとって90年代最高のバンドです!
 懐かしいのはその頃の記憶−曲を聴いているときに浮かんでくる光景とか、誰と「Toad The Wet Sprocketはいいねぇ」という話をしていたとか、同じ頃に聴いていた他の音楽のことなどのせいで、決してトードの音楽が<懐かしいもの>ということではない。
 勿論、今聴いても古くないし、ピアノなしの4ピースバンドというシンプルで直球の音楽はいつ聴いても耳に飛び込んできて胸に刺さる。
 で、90年代ということもあり、MVがショートフィルム化していった最先端、アートの域まで来ていた時期で、トードも実に特徴的な、社会問題提起しつつのシュールなブラック要素のあるMVを作っていた印象がある。 それも当時はカッコよかったのですよ。

 たとえば、あたしがFMラジオで初めてToad The Wet Sprocketのことを知ったのは、“Fly From Heaven”。

  

 シュールすぎるMVが話題になった“Something's Always Wrong”と、“Fall Down”。

  
  

 映像はちょっと古いですが・・・でもそのサウンドは伝わりますよね!
 これらを観た(聴いた)うえで、新作“California Wasted”のMVを観ると・・・メンバーが年を重ねているのがわかる!

  

 でもそれは、すごくいい感じの年の取り方だよなぁ、と思っちゃう感じ(メンバーの年齢がわかりません)。
 別口で、グレン・フィリップスのソロアルバムを調達予定(一枚目は持ってたけどそこで止まっていた。4枚くらい出ているようですが、ひとまず2枚目と3枚目をオーダー、そのうち届くはず)。
 こうなったらCDラックからToad The Wet Sprocketのアルバム全部出してきて、PCに読み込ませてガンガン聴けるようにしちゃおうかな! YouTubeは途中でCMが入ったりするから・・・。
 MVは動いて歌うメンバーがみられるのはうれしいんだけど、あたしはアルバムで没頭して聴きたい(聴きながら作業をしてしまったりしますが、集中の手助けをしてくれるのよ)。 トードの新しいアルバム、届くといいんだけど・・・。

ラベル:洋楽
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2019年05月14日

『きのう何食べた?』がもう6話です!

 海外も含めてドラマをいっぱい観ていますが、結構ため込んでしまったり、「前のシーズンまた観終わってないのに、もう次のシーズン来ちゃった!」ということもあり、つねにHDDの容量を圧迫しています。 だから今期は最初に何話か見て、録画の続きをするしないを判断するつもりなのに・・・思ったより進まない。 「うーん、話はいまいちだけど好きな役者さん出てる」となると切るには忍びない・・・あたしの優柔不断な性格が出るよ!
 しかし、今期、比較的高画質で録画して、リアルタイムも観ちゃう(時によってはPCで見逃し配信まで観ちゃう)ほど楽しみにしているのが『きのう何食べた?』ですよ。
 それがもう6話、半分まで過ぎてしまったことに焦る。 4月から、もう一か月半がたったのかと・・・。

  きのう何食べた?ドラマ4.jpg 二人が思いがけず再会した場面、キュートだった・・・。
 第6話はついにジルベール登場!、で盛り上がってしまいますが、自意識過剰すぎるシロさんのやっちまい方があまり笑えないあたしだが(なんでそんなにも自意識過剰なのかがよくわからない・・・ゲイだとばれたくないからなのか、イケメンで周囲からもてて当然扱いされているけど実際はそうではないことは自分でわかっているはず。 そこはやはりシロさんが男性だからなのか?)、コメディ要素が強い回であるが故に医療訴訟の和解を勧める場面がよりしみじみしてしまうじゃないか。
 鶏手羽先ってそんなふうに食べるの?!(丸ごと口に入れて、骨に対して縦に引っ張るの!)、と新鮮に感じた今日此頃。
 あぁ、雑炊がねばついてしまうのは、お米を洗う手間をあたしが省いてしまっているからか・・・でもぶわぶわとだしを吸い込んで膨張するごはんも好きなんですよ。 油断すると水分を全部とられて焦げ付きそうになりますが。
 第5話では、ついケンジのサッポロ一番味噌ラーメンに盛り上がりすぎてしまうけど、あの回でいちばん心が動くところは、シロさんの「孫の代わりに、お隣の子供たちをかわいがることに決めたのか」ではないかと思う。 自分が子供を持ちたいと思ったことがないシロさんだが、両親が孫を欲しがる気持ちに対して折り合いをつけていることに気づくというのは、多分大きなことだったよね〜。
 ケンジに怒られたせいもあるけど、シロさんの気持ちがより明確に「他人を気遣う」方向にベクトルが向かったのはこのあたりからだし、同性愛者じゃなくても子供を持たないことを自分の親にどう言うかでもやもやする人、結構いるし。

  きのう何食べた?ドラマ5.jpg シロさん、笑顔だ・・・。
 それにしても、原作マンガでは不愛想&クールで表情があまり動かないシロさんが、地の文でさらっと流されてしまう部分も映像化されたことで「ケンジと一緒にいて楽しそうなシロさん」が見られたのはなんかうれしいよ! そこはやっぱり西島さんの存在だよね。 原作では最初のほうケンジがちょっと不憫だったけど、こういう過程があるなら納得だよ・・・みたいな。
 二次元のマンガでもこちらの想像を追加して読んでいるけれど、いい役者がキャラクターを体現してくれるすごさは「こちらの想像を超えてくる」ところ。 小日向さんの山本耕史もビジュアルだけ並べたら違うけど、普段喋るときは悠然と低い声、でもワタルくんの前ではほぼ別人のリアクションで甲斐甲斐しく尽くすタイプというのが両立しちゃってるところが素晴らしい。
 当たり前だけど、いい話にいい役者がそろえば、当然いいものができるってことよね〜。
 でも、「俺は小動物か!」とあきれるシロさんに、「でもいま中の人、ピカチュウですよね」と思わずつっこんでしまったあたし。 まぁ、確かピカチュウは電撃を発するから、そう簡単にやられはしないでしょうけど。

posted by かしこん at 02:55| Comment(0) | テレビ・テレビドラマ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年05月12日

キングを探せ/法月綸太郎

 「あ、これ読んでなかったぞ」と今更ながらに気づく。
 <名探偵・法月綸太郎モノ>、長編第8弾であるにもかかわらず(しかも年末のミステリランキング上位に入っていたにもかかわらず)、いまひとつ個人的な盛り上がりに欠けたのは、彼があまり悩んでる感じがしなかったからだ。 <名探偵・法月綸太郎>は悩めば悩むほどキャラクターとして輝くような気があたしはしていて、とは言っても悩んでばかりでは事件は解決しないのでそのバランスが難しい。
 これもあたしの勝手な受け取りだが、『生首に聞いてみろ』で法月綸太郎の悩みの方向がちょっと変わった(開き直った?)ようで、それを成長と見るか変化と見るかどうしよう・・・のまま結論は出していなくて。 新装版『頼子のために』で悩んでいる彼をまた読んでしまったので、そのまま紛れてしまった。
 先日、出かける準備をしていたときに読みかけの本を入れるとカバンの中身に余裕がなさすぎる、と思って薄めの本から急遽選んだ。 それがこれだった。 読み始めると一気なんだけど。

  キングを探せ.jpg のりりん(作者のほう)は考えすぎているために寡作。
 前代未聞の<四重交換殺人>を実行に移すため、おかしなニックネームの4人の男たちがカラオケボックスの個室に集う。 トランプのカードを引くことで、殺す相手と順番を決めていく。
 一方、都内で起こった「一見単純そうなのに解決できない事件」に頭を悩ませる法月警視から事情を聴いた息子の綸太郎は、ある可能性を考える・・・という、倒叙もの&本格謎解きのミックス。

 四重交換殺人が最大の売り?
 犯人たち側の視点で描かれる分量が多いので(特に前半)、<法月綸太郎モノ>である必然性は薄い。 でも警視とのやり取りはクイーン父子ものを連想させ、ニヤニヤしちゃう。 ある時期のクイーンの雰囲気も当然踏襲。
 ただ320ページそこそこなので、ストーリー性を重視すると物足りない感じ。 ロジックに比重を置き、ミスディレクションの鮮やかさにニヤニヤしたいのならば十分満足できます。
 ほんの少しだけど、法月綸太郎の苦悩の一片も見られたし。
 あっさり読み終わると、続きというか他の作品がないのが困る・・・短編集をまだ残していたはず。 読みたくなって困るわ。

ラベル:国内ミステリ
posted by かしこん at 18:14| Comment(0) | ☆ 読んじゃいました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする