2019年03月31日

今日は5冊。

 おそろしや、3月ももう終わりではないか・・・明日から4月って、マジか?!、としか言いようがないぜ。 そして今月、やたら本を買ってしまったな。 来月以降、ちょっと考えよう。

  11人いる! 復刻版.jpg 萩尾望都スペースワンダー 11人いる! 復刻版/萩尾望都
 『ポーの一族』に続き『11人いる!』まで大判で復刻(カラーページ・2色印刷や綴じ込みポスターも再現)・・・でもこれは<プレミアムエディション>ではないようだ。 紙質が違う(マンガ雑誌のものと似ている)ため、本体は大きい割に軽い。 だけど大判で読めるのがやはりうれしいのですよ。 『11人いる!』と続編『東の地平 西の永遠』収録。 できれば『スペース・ストリート』も入れてほしかったけど・・・『東の地平 西の永遠』のシリアス具合を考えるとバランスが・・・かしら。

  はじめてのひと04.jpg はじめてのひと 4/谷川史子
 新章に入り、博物館勤務の北別府さんがついに主役に! しかし、ここで終わりじゃないですよね! この先、5巻に続きますよね!、と叫びたくなるような北別府さんの自己完結でこの巻は終わっており・・・あぁ、困った、という感じですよ。 5巻、早めにお願いします。

  あさドラ!01.jpg あさドラ! 1 連続漫画小説/浦沢直樹
 久し振りに浦沢直樹の本を買いました。 『BILLY BAT』ははじめのほう週刊モーニングで読んでいたんだけれど、それ以降はそのままという『きのう何食べた?』と同じパターン(浦沢作品は電子版が出ていないし、単行本20巻で完結だから簡単に手を出せない)。
 まだ1巻だけでは全貌がつかめませんが、『BILLY BAT』が現実の歴史的事件・出来事をモチーフに進めていったのに対して、『あさドラ!』は虚構の中にある戦後日本の歴史を現実として描いているのでは?、という雰囲気がする、ような。

  いつかの夏.jpg いつかの夏 名古屋闇サイト殺人事件/大崎善生
 以前、筆者の小説『パイロットフィッシュ』と『アジアンタムブルー』を読んで・・・「同じ話じゃないか! しかもなんて男性に都合のいい恋愛もの!」と若かったあたしは憤慨したのですが、その後、ノンフィクション・ルポルタージュ系なら大丈夫と気づき、また読むようになりました。 とはいえ、事件記者のような方々が書くものよりもはるかに感傷的なテイストですが。 多分これもそんな気がするけど。

  シンプル・プラン 文庫新版.jpg シンプル・プラン/スコット・スミス
 なんと約25年振りの復刊! なのに表紙もフォントサイズも変わらず・・・値段だけが上がりましたか?
 でも実家においてきて手元にないので、これを機に買っておこう。 この当時、<イヤミス>という言葉はなかったが・・・いや、そんな言葉でも表現しきれないほどのどうしようもない後味の悪さ、忘れられません。 再読する気持ちになれるかどうかわからないけど、まぁあたしもトシをとったから。 サム・ライミ監督の映画版もあたしは好きというか・・・どん底に落ちていく感じに胸が苦しく、涙が止まらなかったですが・・・訳者あとがきによると映画は「中途半端」な出来という評価らしく。 映画もあれ以来観れてないけど、機会があれば観たいなぁ、と思うのであった。

ラベル:新刊 マンガ
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2019年03月30日

今日のkindleの日替わりセール、すごく悩む。

 アマゾンの<kindle日替わりセール>を覗くのがなんとなくの日課になっている。
 <月替わりセール>も見ますが、一か月に1・2回ですね(一回見て、どうしようかな、と思ったやつを二回目で見てどうするか決める)。 キンドル本体を買い始めた時期、年末年始・夏休みなどに特定の出版社がいきなり始めるセールに出くわしたりすると「うおぉ!」とすごく買ってしまうこともあったけど、最近はすっかり落ち着いてきました。 セールとして出てくる本も、何回も前に出てますよね、と見覚えあるものも増えてきたし。
 しかし本日の<日替わりセール>には、あの『クリスマスに少女は還る』が!
 しかも、電子版の表紙が紙書籍のものと違う!

  クリスマスに少女は還る 電子版表紙.jpg なんか、復刻後の<キャシー・マロリーシリーズ>と雰囲気を合わせてきた!
 これはこれでいいじゃないですか・・・。
 しかし、あたしは紙書籍を持っている。

  クリスマスに少女は還る.jpg 紙書籍の表紙はこっち、今も変わっていないと思う。
 勿論、内容は同じなのだが・・・心を鷲掴みにされた物語なので、バックアップとして電子版を持っているのもいいかもしれない。
 基本、最近のあたしはkindleを寝る前か旅行に出る時しか使っていないので、いつでも読める懐かしくも重要な物語をkindleに入れておくのは、本体一個だけで動くときに読み物のバリエーションを増やすためである。
 でもあたしが持っているのはkindle Paperwhiteの第2世代と第8世代。 せっかくの新しい表紙もカラーでは見れないのだが・・・。
 ¥599。 紙の半額以下である・・・厚さと出版社の事情を考えれば今のところ最安値なんだろうなぁ。
 どうしよう。 今日の23時59分まで悩むか。

ラベル:海外ミステリ
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2019年03月29日

キリング・イヴ/KILLING EVE シーズン1(全8話)、観終わる。

 2月から始まったWOWOWの新海外ドラマ、『キリング・イヴ』シーズン1が一足早く終了。
 『グレイズ・アナトミー』を卒業し(?)、またテレビドラマに戻ってきたサンドラ・オー主演として話題だったけど・・・やはりメレディスの相方クリスティーヌのイメージが強いですよね。 日本語吹替版は『グレイズ・アナトミー』と同じチームなのかしら。
 サンドラ・オーはやはりというか当然沢海陽子さんだったけど、他にも『グレイズ・アナトミー』を卒業した人担当の声優さんがレギュラーにおり、海外ドラマスペシャルのときに『グレイズ・アナトミー』を推していた新納慎也も出てる! 日本版『グレイズ・アナトミー』への目くばせが微笑ましくてついニヤニヤである。
 こういうのが、吹替版を観る楽しさでもあるよね。

  キリングイヴ シーズン1P.jpg でも話は“微笑ましい”とはかなり遠い。
 MI5で働いてはいるものの、地味仕事が多いイヴ・ポラストリ(サンドラ・オー)。 あるとき、ウィーンでプロの暗殺者とおぼしき相手にロシアの政治家が殺される出来事が発生。 事件が土曜日だったから(?)、イヴは分析チームの一人に招かれる。 が、「暗殺者は女性である」というイヴの分析に上層部は賛同せず、仲間内でこっそり捜査を開始する。 しかし上層部の一人はイヴの分析に興味を覚え、こっそり連絡を取ることに。
 そこへ登場する若く美しい華麗なる暗殺者・ヴィラネル(ジョディ・カマー)。
 二人の運命は初めは意図せず、その後は<追うものと追われるもの>が入れ替わりながら関係性が進んでいく。
 ヴィラネルは自分のことを知ってしまったイヴを殺せるのか、イヴは自分のことをヴィラネルに知られてしまい狙われてはいるけれど、それを逆手にとって逮捕・拘束できるのか・・・という話。

  キリングイヴ シーズン1.jpg ヨーロッパ・オールロケ!
 いかにも観光地を避けての路地裏などで撮影、説明をあまりしない描写、台詞も最小限で皮肉とユーモアを漂わせつつ殺すときはあっさり殺し、レギュラーメンバーであってもあっさり死ぬときは死ぬ。 昨日は信用できると思った相手も、今日は信用できなくなる。 敵だと思っていた相手と利害が一致することもある、
 アメリカのドラマっぽくないな・・・と思ったら、製作はBBCアメリカ。 テイストは確かにイギリスのドラマっぽい!
 ヴィラネルはサイコパス気質なんだけど、それだけじゃない。 イヴとヴィラネルとの間に生まれる感情(ある種の友情だったり同士愛だったりいろいろ)もまた興味深い!
 カギを握る人物として登場した女性の吹替が三石琴乃だったことにも盛り上がりましたよ! やっぱり『グレイズ・アナトミー』を踏まえてる! イヴの夫ニコ役の新納慎也くんも吹替キャリアが浅いとは思えないほど周囲のトーンになじんでる!
 勿論、シーズン1では決着はつきません。 シーズン2に持ち越し。
 話数が少なくても勢いのあるドラマは作れる、ということで・・・10〜12話で終わりがちの日本のドラマは深みがないと言われがちですが、刑事ドラマだけじゃなく他のドラマもシーズン制を取り入れたらいいのに。 好評だったから続編、ではなくて、最初からシリーズ化を見込んで企画を立てる感じであれば、キャスティングももっと幅広いセレクトになるんじゃないかなぁ。

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2019年03月26日

アンフレンデッド:ダークウェブ/UNFRIENDED:DARK WEB

 あ、もう公開になってたんだっけ、『アンフレンデッド』続編。
 早いうちに観に行かないとあっという間に終わってしまいそうな気配が漂っているからね・・・。

  アンフレンデッド ダークウェブP.jpg 決して踏み入れてはならない危険領域<ダークウェブ>――

 マタイアス(コリン・ウッデル)は耳の聞こえない恋人アマヤ(ステファニー・ノゲーラス)のために、マイクが拾った言葉を画面に表示するアプリを作成するが、これまでのPCではスペックが足りず、新しいPCを調達してくる。  アマヤや仲間たちとスカイプなどを利用して会話していたが、新しいPCに前の持ち主あてらしいメッセージが次々表示されてくる。 PCの動きがおかしいので調べてみると大量の隠しファイルがあり、そこには恐ろしい動画の数々が・・・という話。
 前作同様、PC画面上ですべては進行する。
 ネットいじめの果てに自殺した少女の怨念・怨霊が復讐する、から“アンフレンデッド”というタイトルだったんだろうけど・・・今作の友情は比較的普通というか・・・薄すぎもせず厚くもない感じ。 相手が怨霊的なものならば何をするかわからない、という部分は今回、<ダークウェブ>が一手に引き受ける。 

  アンフレンデッド ダークウェブ1.jpg 今作は全作よりも文字に頼らず、映像で見せることが多くなった感じ。
 必ずお調子者キャラがいるよなぁ、正義感強めの女性も欠かせない、とか、性格の違いを踏まえたキャラ設定ですが、それが類型的の罠にも陥りがちという・・・。 まぁ、あまり感情移入させないほうがいいから、かな。
 なにしろ一応主人公であるマタイアスくんのダメさ加減ね!
 冒頭のシークエンスで「おや? 何故?」と思わされることで途中の展開にすべて合点がいくという・・・ミステリのロジック要素が活かされているのが『Search/サーチ』をふまえた流れっぽい。

  アンフレンデッド ダークウェブ2.jpg ダークウェブに潜む人々(?)のあまりのヤバさに泣くしかない人たち。
 PC画面上ですべてが展開する、のいちばん最初はイライジャ・ウッド主演『ブラック・ハッカー』のような気もするんだけど、あれ微妙に破綻してたところもなくはなかった・・・でもアイディアはアイディアだから。 勢いもあったし。
 『アンフレンデッド』チームは勢いよりも話の整合性を重視したような雰囲気。 だからダークウェブに集うカロン(冥府の渡し守)たちのネットワークがものすごいものになってしまっているというか、「ハッカー無双」になってるなぁ、と。
 最初のきっかけはマタイアスくんが招いた、ある意味<自業自得系>の話ではあるんだけど、そこまでされるほどのことか?、という悲しい面もあり・・・「友達はよく選ぼう」という教訓なのかな?

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2019年03月24日

王とサーカス/米澤穂信

 読みたかったのだが、「読み終わるのがもったいない」と隠し持っていた。 『真実の10メートル手前』のときとは違って「次にこれがある!」という状況ではないから。 でも『さよなら妖精』を再読し・・・あたしは太刀洗さんにそうあるよう期待してしまっているところがあったなぁ、と反省した。 太刀洗さんなら何でも知っているだろう、常に適切な判断ができるだろう・・・太刀洗さんはそういう人であってほしい。 過剰な期待は、ご本人にすれば迷惑なこともまたわかっているのに。
 だから、やっと読む気になった。 ありのままの彼女を、至らない面もある、戸惑い、悩み、自らのふがいなさに歯ぎしりするような、そんな太刀洗さんに会うために。

  王とサーカス 文庫版.jpg それは2001年、ネパールでの出来事。
 日本の月刊誌の依頼で、旅行に関する記事を書くつもりでネパールにやってきたフリーランスの記者太刀洗万智。 トーキョーロッジという小さな宿に落ち着き、現地の土産物売りの子供にも声をかけられた。 何事もない、ありふれた取材になるはずだったのだが・・・王宮で起こった銃乱射により国王他王族があわせて8名死亡という大惨事が起こる。 記者として太刀洗は、この出来事とどう向き合い、どういう記事を書くのか。

 ネパールについてすべてを知っているわけではない旅行者が、何を書けるのか、どこまで書いていいのか。
 町に流れている噂はいくらでもあるけれど、裏は取れない。 つてを頼って取材を申し込んだ相手には何も答えてもらえず、むしろ取材者としての根本を問われ、口ごもる。 マスメディアのできることはどこまでか、その報道はそもそも現地に意味のあるフィードバックをもたらすのか、など、フリー記者として思い悩む太刀洗さんのことがガツンと出てくる事件。 それはそもそも<マスメディアとは>という答えのない疑問のようなもの。
 そこに思いもかけない殺人事件が起き、自分の身の危険を感じる経験も。 “マスコミ”に向けられる悪意も真っ向からぶつけられ、それでもこの世界で生きていく覚悟と、生きていける自分の中の冷たさを知る。
 それは多かれ少なかれ、社会で働くことになった若者が否応なく身に着けていかなければならないもの(自覚があろうとなかろうと)。
 太刀洗さんは、その痛みを覚えておける人だ。 だから、『真実の10メートル手前』へと続いている。
 いろんな意味で、この本は米澤穂信の集大成という意味合いで語られるだろうし、まさにそういう存在になるだろうな、と感じる。
 人は多分、自分ではなく誰かのために祈るように。

ラベル:国内ミステリ
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2019年03月23日

シンプル・フェイバー/A SIMPLE FAVOR

 これもだいぶ前の<ハリウッド・エクスプレス>で紹介されたのを見て「面白そう」だと思っていた。 ようやく日本公開なんだ〜、しかも本国では結構ヒットしてたのに、こっちではミニシアター扱いなのね・・・主演女優二人とも有名なのに。 しかしやはり『ゴシップ・ガール』のブレイク・ライブリーのせいか、思いのほか若い女性客で混んでいました! シネ・リーブル神戸のいちばん小さいスクリーンだったから余計にそう感じたのかしら。

  シンプル・フェイバーP.jpg 消えた女、消せない秘密。

 舞台はニューヨーク郊外のある静かな町。 息子を小学校に通わせているステファニー(アナ・ケンドリック)は夫を事故で亡くしてその保険金でギリギリの生活をしているシングルマザーで、料理や育児をテーマにした動画ブロガーでもある。 学校行事にも積極的に参加するステファニーだが、ある日、息子と同じクラスの友だちのママに初めて会う。 それがニューヨークのファッション業界で働くエミリー(ブレイク・ライブリー)だった。 現在スランプ中とはいえ過去にベストセラーを出している作家ショーン(ヘンリー・ゴールディング)が夫で、豪華な邸宅に住み、ブランド品に囲まれていながらもミステリアスでアンニュイなエミリーと、ステファニーはまったく正反対ながら惹かれ、お互いの秘密を話し合うほど親しくなっていった。
 いつものように、放課後子供たちが一緒に遊ぶのをおもりする役目を引き受けるステファニー。 しかしいつになってもエミリーは迎えに来ず、いろいろ探すが見つからず、ショーンは警察にエミリーの失踪届を出す。 親友の行方が心配で、ステファニーは自力でエミリーを探し出そうとするが、彼女には秘密ばかりで・・・という話。

  シンプル・フェイバー2.jpg 正確もファッションも正反対の二人。
 アナ・ケンドリックが小学生の子供を持つママとは・・・『トワイライト〜初恋』では女子高生だったのに。 でももともと優等生っぽく見えるためか、真面目過ぎてこじらせちゃったちょっとヤバいやつとかやるとすごくはまる人で、このステファニーもその延長線上にあるキャラ。 いろいろやってくれそう!、というこちらの期待以上に真剣で、それでいてぶっ飛んだところを見せてくれる。
 一方、ブレイク・ライブリーも「いつの間にこの人、こんなに貫禄があるようになっちゃったのか」というくらいどしんと構えていてふてぶてしくて。
 若くてうまい女優二人の完全対決、それがこの映画の見どころすべてで、その魅力も十分!

  シンプル・フェイバー1.jpg “A SIMPLE FAVOR”=<ちょっとしたお願い>
 「ちょっと子供預かってくれる?」というのがそのお願いでしたが・・・それを頼めるようになる関係性や背景を考えると、「ちょっとしたお願い」(原作の邦題は『ささやかな頼み』)って人に言えなくなるし、言われるのもなんか怖いな・・・と考えてしまう。
 「学校の卒業アルバム用のスナップショット写真に」とエミリーを撮ったステファニー、「その写真、消去しないと殺すわよ」と言われたり(ブランド広報の仕事をしてるから権利問題があるのね、と早合点して納得してくれるステファニー)。 ファッションアイテムとして見せているけれど手袋を日常的にしていたり、絶対写真や個人を特定させるものは残さない意識を最初から感じさせるエミリーは、観客にとっても危険な存在。
 ジャンルとしてはサスペンスなのだが、かなりオフビートなコメディの味わいも。 でも、ただのシュールなサスペンスコメディで終わらないのは、ふたりの<女の友情>をきっちり描いているから。 表面的な関係じゃなく、美しいだけでもない、打算も入り混じりつつも相手を相手として尊重するしたたかな関係。 「女はコワい」といわれてしまうかもしれないけど、そういうのも含めての<女>ですから。
 スピーディーな展開とカット割り、お互いが影響し合うように変化していく服装、鮮やかでパンクな色使いと音楽の使い方も楽しい!
 シネコンで大規模公開してもいい内容だし、ヒットできると思うんだけどな・・・。

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2019年03月22日

今日は7冊。

 気づけば朝ドラ『まんぷく』もあと7回で終わりである・・・半年、早いですなぁ(朝ドラ、『花子とアン』以来、比較的リアルタイムで観ています)。

  赤い館の秘密【新訳版】.jpg 赤い館の秘密【新訳版】/A・A・ミルン
 創元推理文庫の新訳プロジェクト第二弾。 A・A・ミルンが『くまのプーさん』の作者であることよりも、江戸川乱歩推薦の探偵小説リストでこの存在を知ったほうがあたしは早いかも・・・しかもこの時代の探偵小説って題名に色が入っていることが多かったのも懐かしい。
 新訳のこの表紙、イギリス的ユーモアが感じられていい感じ!

  ビール職人の醸造と推理.jpg ビール職人の醸造と推理/エリー・アレクザンダー
 なんとなく、『ヴァイオリン職人の探求と推理』を思い出させるタイトルです・・・あのシリーズは続きどうなっているの?
 こちらは作者違いの新シリーズで、コージーでビール職人は初めてかも。

  終焉の日.jpg 終焉の日/ビクトル・デル・アルボル
 スペインの歴史大河ミステリ。 なんと原題は<サムライの哀しみ>という意味だとか!
 これも翻訳者持ち込み企画のよう。 スペイン内戦のことがいまいちよくわからないあたしである。

  アイルビーゴーン.jpg アイル・ビー・ゴーン/エイドリアン・マッキンティ
 <ショーン・ダフィ>シリーズ第三弾。 なんと島田荘司が解説を書いている。 え、ノワール小説なのに、と思ったら、本作には密室トリックが扱われており、しかもそれは著者が英語版の『占星術殺人事件』を読んで影響を受けたためとのこと。 “本格”にあたる言葉が欧米にはない・本格ミステリを日本が愛しすぎという事実をあらためて知らされますなぁ。

  宇宙兄弟35.jpg 宇宙兄弟 35/小山宙哉
 ついに、月面天文台は完成するのか!、の巻。 前の巻に戻って読んでいないのだが、「おおっ!」と最初の頃のエピソードがよみがえってくる感覚につい泣きそうになってしまう。 まだまだハラハラの展開ですが、なんとなくゴールが見えてきた感じもして・・・感慨深いよ。

  ランド08.jpg ランド 8/山下和美
 毎巻、急展開が続いている『ランド』。 8巻は特に「ここで終わられても!」がどれよりも強いかも・・・この巻だけでは評価できない。 そしてアンが描かれると杏のほうが描かれない(勿論、逆もあり)という悲しさ。 やっぱり続けて読んでこそ、の物語で、1・2巻の頃とはインパクトもテーマも変わってきてるし。 ほとんどカタルシスがないので重苦しいんだけど、だからこそ行き着く先を見届けなければ、と思う。

  きのう何食べた?15.jpg きのう何食べた? 15/よしながふみ
 いつもより新刊出るのが早い気がする。 ドラマ化を前に新刊出す!、という流れかしら。
 連載開始当初は週刊モーニングを読んでいたため、コミックスを買っていませんでした。 数年前、電子書籍のコミックセットがセールのときがあって、『大奥』とともに買っちゃいまして、続きが出るたび電子で追加をしていたんですが・・・『きのう何食べた?』は紙書籍と電子書籍に発売のずれがあると気づき、14巻を紙で買ってしまいました(で、電子の13巻と続けて二冊分読めたわけ)。 そんな15巻ですが、この巻から紙と電子が同時発売になっていました・・・うう、紙で買っちゃったよ。
 でも、結構いろいろな決断がなされる重要な巻だったかも。
 読者と一緒に年をとる登場人物たち、彼らはあたしより年上だけど、でも最初の頃のシロさんやケンジの年齢をあたしは追い越してしまったわ。

ラベル:新刊 マンガ
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2019年03月21日

ビール・ストリートの恋人たち/IF BEALE STREET COULD TALK

 ジェームズ・ボールドウィンについては、『私はあなたのニグロではない』で知った。 作家としてアメリカの黒人文化について語った人で、その後に与える影響も大きかったということで。 『ムーンライト』のあと、バリー・ジェンキンス監督が選んだのがジェームズ・ボールドウィンの原作と知り、その影響は今も続いていてやはりすごい人なんだな、とあらためて感じて。
 とはいえ予告編から受けたイメージは、結構ヘヴィな感じで・・・こりゃ覚悟して行かないといけませんね、と心構えが必要だったのでかなり出遅れ、神戸では上映終了ギリギリに滑り込むことになった。

  ビールストリートの恋人たちP.jpg 愛があなたをここに連れてきた

 ニューヨーク、ハーレム、1970年代。 ティッシュ(キキ・レイン)は幼馴染のファニー(ステファン・ジェームズ)に愛されていること、自分も愛していることに気づいた。 その時、ふたりは19歳と22歳。 こんなにも毎日が美しいことを驚き、実感していたが・・・ある日、ファニーが突然逮捕されてしまう。 途方に暮れながらもファニーを信じる両家族、特にティッシュの家族は無実の証拠を手に入れようと奔走する。 ティッシュは妊娠しており、生まれてくる子供のために。
 といってもこの映画は時間軸通りに進まない。 主にティッシュの視点として、悩み苦しむ現在と、美しい記憶と現在につながる不穏な空気が回想として展開していく。

  ビールストリートの恋人たち1.jpg 『ムーンライト』のときは青みを帯びた光が常にあったけれど、今回は黄色の幅のあるバリエーション。 肌の色がすごく美しく見える。
 ティッシュとファニーのふたりのシーンはとても正統派のラブストーリーで、若さ故の純粋さやあやうさにドキドキするが、“身に覚えのない罪で逮捕される”というファニーの置かれた状況が徐々に見えてくるにつれ、その美しさが痛々しくも哀しくて・・・棒で殴られる・足蹴にされるといったわかりやすくてひどい暴力シーンなどはないのだが、黒人だというだけで疑われる、警官が白人ならいくらでも証言を捻じ曲げられる可能性があるという恐怖におののく。 はっきりとした形をとっていないけれど、ひたひたと迫る、すぐそばにある“差別”。 70年代でもこうなのか・・・。 なるほど、スパイク・リーが『グリーンブック』に起こる理由がわかる気がした。

  ビールストリートの恋人たち3.jpg ティッシュを支える母と姉。
 父親もだが、ティッシュの一家のまとまりというか、強さがとても印象的。 ファニーの家族は母親が狂信的で、「まだ正式に結婚していないのに妊娠するなんて許しがたい」というタイプ。 こういうとき、何故責められるのはティッシュのような女性の側なのだろうか。 女性一人では妊娠できないんだから、責任は男性側にもあるじゃないか。 自分の息子は別なのだとしたらあまりに身勝手すぎる。 ファニーの父親は母親の意見に反対で、ティッシュの父親と親友だから完全に反目していないのが救い。

  ビールストリートの恋人たち2.jpg お母さん(レジーナ・キング)はファニーの無実の証言を引き出すためプエルトリコに向かっちゃう。
 このおかあさんがすごくて・・・パワフルで、強くて、でも自分の中にある弱さを自覚したうえでの強さ。 人生いろいろあることをわかりつつ、それでも希望を持ち続けようという姿勢で生き抜くことを体現してる。 まさに“肝っ玉母さん”であった。 かっこいい! ただ、弁護士を通さずにそこまでやっちゃっていいのか、という気もした。

  ビールストリートの恋人たち4.jpg ファニーを引き込んだ警官との過去の因縁。
 ファニーに科せられた無実の罪問題が非常に気になるところであるが、二人のラブストーリーに比べて描写が少ない。 勿論弁護士がつき、懸命に調査をしてくれているのであるが・・・彼が若いペーペーで白人である、という理由でティッシュたちは彼を信用していない。 この間でもっと情報を共有していれば何かが変わるかもしれないのに・・・どうせ白人は黒人のために何かしてくれはしない、という決めつけもそこにはある。 ティッシュとファニーの物件探しに協力してくれたユダヤ人、ファニーの友人のレストランで働くイタリア系の人、行きつけの雑貨店の店主など、黒人差別をしない人たちもいるのだが。
 どんな状況にあろうとも、どんな苦難が待ち受けていようとも、それに立ち向かう愛は美しい、という話なのだけど・・・美しさを引き立たせるためにそこまでしなくとも、という気もするし、それでもやはりそのひたむきさが必要だと思う部分もある。
 語られないことが多すぎる! でもそこが社会派なところ・・・。

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2019年03月20日

天国でまた会おう/AU REVOIR LA-HAUT

 映画になる、とは聞いていたけど・・・もう日本公開になるくらいになっちゃったのね!
 時間の確実な経過を、最近はこういうことでよく知らされる感じがする。 ピエール・ルメートルの原作が日本語に翻訳される段階で本国発表から時差が存在するわけで、待たされる期間は本国よりずっと短いんだろうけど。

  天国でまた会おうP.jpg 共に生きた時間に、一生分の輝きがあった。

 1918年、フランス対ドイツの西部戦線は休戦目前ながら、戦いをやめるのが不本意なプラデル中尉(ロラン・ラフィット)のため、その一団は戦闘を強いられた。 爆発の余波によりあやうく生き埋めとなったアルベール(アルベール・デュポンテル)を救ったのは戦友のエドゥアール(ナウエル・ペレーズ・ビスカヤート)だったが、その後彼は顔の下半分に重傷を負う。 二人はパリに戻るが、アルベールは仕事と恋人を失い、以前から父親との不和に苦しんでいたエドゥアールは自分は死んだものとして身を隠す。 顎を失って普通に喋ることができなくなったエドゥアールだが、彼と心が通じて通訳をかってでた少女ルイーズ(エロイーズ・バルスティール)を得る。 だがルイーズもまた、孤児を育てることで国から出る補助金目当ての大人に利用されている。
 エドゥアールはいっそのこと、国をペテンにかけてやろうと大掛かりな<戦没者をたたえる像>にまつわる詐欺を実行しようとする。 それは大丈夫なのか?、と思いつつ、命の恩人であるエドゥアールに逆らえないアルベール。
 またアルベールは、エドゥアールの姉マドレーヌ(エミリー・ドゥケンヌ)から「戦場での弟の話を聞かせてほしい」と家に招かれ・・・という話。

  天国でまた会おう4.jpg エドゥアール役のナウエル・ペレーズ・ビスカヤートは目力が強い。 『BPM』の人だよ!、と思ったけど歴史もののせいかちょっと年上に見える。
 どことなく寓話的・喜劇的な絵作りだと感じて油断してたら、冒頭の西部戦線はかなりダークでリアルなことに驚き。 おまけにアルベール役のアルベール・デュポンテルが監督で、ピエール・ルメートル本人とともに脚本を担当という・・・意外とこじんまりとした制作だったのか? でもプラデル中将の人は『ミモザの島に消えた母』のお兄さん役の人だし、エドゥアールの父親役は『パリよ、永遠に』でドイツ軍人役だったニエル・アレストリュプである。 意外に豪華キャストじゃない?

  天国でまた会おう1.jpg 顔の下半分に大怪我を負ったエドゥアールは持って生まれた美的センスを武器に複数の様々な仮面を作り、それで自分の気持ちを表現。 台詞も少ないので彼の目力の強さが雄弁に感情を表現する。
 この、仮面の使われ方が素晴らしい!
 野戦病院に運び込まれ、その後転院したけど・・・苦しがるエドゥアールに「後遺症が出るから(依存症になるってこと?)」と最小限しかモルヒネを投与しない看護師(?)に業を煮やし、盗み出してエドゥアールに注射するアルベールの姿に、「いや、それヤバいって・・・」と焦ってしまうあたし。 その後、明確な描写はあまりないが、確実に中毒になっていたであろうエドゥアールの姿は痛々しかった。 戦没者は称えられても帰還兵には冷たい世の中への鬱屈は、カネのことしか頭にない父親への怒りとも重なっていく、という過程はちょっと強引に感じられるんだけど(アルベールも実際戸惑っていたし)、モルヒネ中毒と戦場のPTSDのせいだと考えれば納得。
 結構重たくて悲しい話なのだけれど・・・仮面や被り物、ポップなシーン展開などでどことなくコメディっぽい雰囲気になっちゃっているところが素敵だ。 大筋は同じ話なのに、原作とは受けるムードが全然違う・・・。 

  天国でまた会おう3.jpg 大富豪のエドゥアールの実家に招かれ、大混乱のアルベール。
 このことはエドゥアールに内緒にしないといけないし、でもマドレーヌは美人だし、期待にこたえたい、という素朴な感じ、すごくいい。 女中(?)のポリーヌ(メラニー・ティエリー)に一目惚れしちゃうところもお茶目だ。 <いい人>フォーマットから離れないアルベールには、幸せになってほしいよね・・・と観る者は大体思ってしまうんじゃないか。
 王道の人間讃歌に、グラン・ギニョール的な風刺も絡め、犯罪を描きながらも意外とそれがそこまで深刻でもなく、思いのほかポップな世界観。 フランス映画らしくないような、とてもフランス映画らしいような、なんだか不思議な気持ちになる。

  天国でまた会おう5.jpg 絵にかいたような悪役、プラデル中尉。
 わかりやすい悪役がいる、というのがちょっとフランス映画らしくないところなのかな・・・。
 だが終盤に向けて一気に動き出す物語には美しさすら感じられ、いろいろと涙を禁じえなくなってしまった。 ここに着地するためのこれまで、という広げた風呂敷のたたまれ方がしっかりしているので、ラストシーンに「納得」なのである。
 なんて美しい寓話。 こういうのもまた、映画的。

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2019年03月18日

償いの雪が降る/アラン・エスケンス

 ほったらかし本の中からまた一冊、掘り起こす。 読み始めるとあっという間だというのに、何故なかなか手を付けないのか。 それは「何を読もうか」と本を眺めているのも楽しいからなんだけど、未読本の多さを考えたらニヤニヤしている暇があったら早く読めよ、という話です。
 まぁ、これは比較的最近の山から。

  償いの雪が降る.jpg 原題は“The Life We Bury”:<僕たちが埋めてきた人生>?
 “僕”こと一人暮らしの大学生ジョー・タルバートはアルバイトをしながら講義と課題をこなす貧乏学生。 ある日、年長者の伝記を書く、というお題が出る。 母親のことは絶対書きたくない“僕”は、近所の介護施設を訪れて事情を話し、院長に誰か紹介してほしいとお願いする。 そこで引き合わされたのは末期がん患者のカール。 実はカールは30年前の殺人事件の犯人として服役していたが、現在は病気のため仮釈放中だった。 「臨終の供述」をすべき時が来た、として“僕”との対話に応じてくれることになったカールに疑惑を持って応じていたが、当時の裁判資料を手に入れて調べていくうちに、カールは犯人ではないのではないかと思い始めて・・・という話。

 いわゆる<冤罪もの>ではあるのだが・・・あくまで青春ミステリのテイストを崩さないところが新鮮。
 ジョーとカールの間に『羊たちの沈黙』のクラリスとレクターのようなやりとりが生まれるのかと思いきや、ジョーの隣人のライラが一緒に調査に加わることでかわいこちゃんにぼやっとなるロマンステイストが加味され(カールよりライラのほうが確実に出番が多い)、調査の過程で弁護士や刑事と知り合いになっていろいろ連絡がつけやすくなるというのも自然ななりゆき。
 とはいえ若者にありがちの危険な方向に我知らず飛び込んでしまうジョーのキャラクターに説得力をつけるためにか、飲んだくれのジョーの母親(子供にカネをたかる厄介なタイプ)と自閉症の弟ジェレミーの存在を最初からぶち込んでくるので、読者はついジョーを応援したくなってしまうのかなぁ。 家族関係が絶対、みたいなアメリカ文化では親を捨てるためにこれくらい理由がないとダメなのかも。
 カールと、ベトナム時代の戦友ヴァージルとの関係にはつい涙が出ちゃうし、若者の話だけではないところに深みがあって、でも語られすぎないところが程よい感じで。
 「そ、それはダメだろ!」とジョーの無計画っぷりに何度もつっこんでしまったが・・・それはすっかりはまって読んでしまった、ということでしょう。

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2019年03月17日

ウトヤ島、7月22日/UTOYA 22. JULI

 ノルウェーでのテロ事件について、あたしは比較的リアルタイムで情報を追っていた、と思う。 自分の中の北欧ミステリブーム以後の出来事だったから関心があったということもあるけど、日本語のものしか見ていなかったので(ノルウェー語は読めないし、英語はきりがないし・・・ちょっと読んでやめた)、思っていたより情報が少ないような気はしていた。 あの頃、日本も大変だったからだろうか。
 なので、この映画の公開を知って「おぉ!」となった。 72分ワンカット、は、ガス・ヴァン・サント『エレファント』以上の衝撃をもたらすのだろうか。

  ウトヤ島、7月22日P.jpg 私の夢は、もう叶わない。
   単独犯として史上最多の命が奪われたテロ事件。犠牲となったのは、未来を夢見た77人の若者たち。

 2011年7月22日、ノルウェーの首都オスロにある政府庁舎で午後3時17分に爆弾が爆発した。 オスロから約40km離れたウトヤ島ではノルウェー労働党青年部のサマーキャンプが行われていて、10代の若者たちがスマホから爆破事件のニュースを知り、討論を交わす。 カヤ(アンドレア・ベルンツェン)は妹のエミリア(エリ・リアノン・ミュラー・オズボーン)とともにキャンプに参加していたが、妹との関係があまりうまくいっていない。
 そんな夕方、5時過ぎのウトヤ島で突然ライフルらしき発射音が響く。 何が起こったのかわからない若者たちは右往左往するが、何者かが銃を乱射していて被害者が出ていることを知る。 逃げる方法を模索する彼らだが、カヤは母親に妹を頼むと約束した責任感から、仲間と離れて妹を探し・・・という話。
 冒頭の政府庁舎の爆破場面は実際の防犯カメラの映像ではないかと思われるのだが、「あくまで、事実をベースにしたフィクションであり、ドキュメンタリーではない」とエリック・ポッペ監督は最初と最後に重ねて断りを入れる。 それだけノルウェー国内ではデリケートな話題なのかもしれないが、事件を知らない国外の人間に対しては不親切とも受け取れる内容。 ある程度事件を知っているあたしでもそう感じてしまった。 事件の残酷さよりも、“長女の呪縛”のほうが胸に刺さってしまったじゃないか・・・。

  ウトヤ島、7月22日P2.jpgウトヤ島、7月22日P3.jpg 年末に見た最初のチラシ。 情報は最小限で、余計にショッキング。
 映画自体も情報は最小限だった。 ただ楽しむためだったサマーキャンプの場がいきなり阿鼻叫喚の場に変わってしまった困惑がほとんど。 でも、確かに実際はこんな感じだったのではないか、と思えるリアリティは、「何故こういうことをしなかったのか」とあとづけで言ってくる人々への牽制となっている。 犯人は一人だ、と事件を知っているこちらはわかっているが、現場の彼らは知りようがない。 よく聞けば銃声は連発することはあっても重なり合うことはないので単独犯ではないかと予想はできるが、確実ではないしどこから銃声が飛んでくるかわからない彼らに冷静でいろというのは無理な話。 たとえ犯人が一人でも、ライフルを撃ってくるやつを相手に丸腰の複数人で何ができるのか、という無力感がひたひたと観客に忍び寄る。 拳銃が全く身近なところにない日本人だからこそ、その感覚がすごくよくわかる。
 ただ、銃撃が起こってから警察が到着するまで72分という実際の時間をこの映画もワンカットで撮っている分、無力感などは確かに伝わるのだが映画としての物語性に欠ける、と言われてしまうとその通りで。 「フィクションである」と言い切られているから余計に、緊張が切れてしまう部分に困惑する。 ただそういうところもリアルなんだろうな、とは思うんだけど(事情がわからず逃げている側も、ほっと息をする時間はあったはずだし)。
 犯人のこともほとんど描かない(木や草の陰から犯人らしき男の姿を何度かチラ見する程度)のも、どう受け止めていいのかわからないんだけど・・・加害者側の言い分を描かないことがこの映画の姿勢なんだろうな、きっと。
 ただ、自分が生き延びられるかどうかわからない状態で、それでも妹や他の人を助けようとしてしまうカヤの姿を見て・・・なんていうんでしょう、勿論誰かが誰かを助ける姿というのは美しいものなのですが、「そうしなきゃいけない」と育てられた者の痛々しさというか・・・まず自分のことがあやういのに多くを背負ってしまっている、背負わされていることに気がつかず全部自分のせいと思ってしまう気持ちの動きが、それはほんとに若さ故で、もっと年をとればその匙加減を自分で調節できるようになるんだけど、まだそれができない年頃でという悲しさをひしひしと感じて・・・これはもう<第一子長女あるある>ではないかと。 そんな姉の姿を「おねえちゃんは優等生よね」と疎ましがる妹エミリアの気持ちもまた<二女あるある>なのである。

  ウトヤ島、7月22日P4.jpg 結果、姉妹の話であった。
 実行犯は当時32歳のノルウェー人男性、アンネシュ・ベーリング・ブレイビク。 移民受け入れに積極的な政府の方針に強い反発を抱いたのが動機とされている。 政府庁舎を爆破しただけでなく、労働党青年部のサマーキャンプを襲ったのも「政治に関心があり、積極的に参加しようとする若者たち」をターゲットにしたから。 それが更に悪辣であり計画的であると最高刑が科せられたが、ノルウェーでは禁固21年(実際はさらに伸ばすことが可能で実質終身刑である)。 この映画の宣伝で森達也の談話記事の中に「ノルウェーでは厳罰化の話は出なかった」的なことが書いてあるけど、あたしの記憶ではちょっと違う。 史上最悪のテロ事件に対し、現行のノルウェーの法律のままでいいのかという問題提起はされたのだ。 だが、「それこそ死刑を採用するようでは犯人と同じ考えになってしまう」という意見にまとまり、現行通りになったはずのだが・・・そういう国と日本を単純に比較することは難しい、と思う。
 ポール・グリーングラス監督がNetflixで同じ事件を題材にした『7月22日』という作品を発表しているという。 そっちは事件の背景からその結果までを時系列に沿って描いているとのことで、国外の人間にとって親切なつくりのようだ。 ううむ、ネットフリックス、入るか・・・一か月無料を試すにしても自分が活用できる時期があるしな、と考え中。

 この映画を観た数日後、ニュージーランドで銃乱射事件があったことを知る。 こんなシンクロニシティはいらない、といつも思うが・・・なんか似ている、と感じてしまった。 その後の調べで犯人はブレイビクに勝手に共感を感じていたらしいことを知る。 被害者をこれ以上傷つけないようにと表現の仕方を模索しながらも、この映画を発表しなければならないというエリック・ポッペ監督の想いと意図を痛いほど感じてしまったのだが、それもこの事件に接したからなのだ。
 痛い目に遭わないと人間は学習しないのであろうか。 だからといってあらためて痛い目に遭う必要などないはずなのだ、過去にいくらでも例はある、そこから学ばなければ。

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2019年03月16日

今日は、10冊。

 もう3月も後半になってしまいました。
 今週はすごくマンガが出た!

  クリスタルドラゴン29.jpg クリスタル☆ドラゴン 29/あしべゆうほ
 最近は年に一冊順調に出てくれてうれしいのですが・・・話は進んでいるようで実はなかなか進んでいない! はじめの頃に比べて今はコミックス一冊当たりのページ数が少なくなっているからでしょうか、二冊でやっと昔の一冊分ぐらいの内容というか・・・だからあまり最近の話が頭に入っていないのでうまく記憶とつながらないのかなぁ。 28巻が出たときに1巻から読み返したような・・・巻数若いものほど読み返している回数が多いので頭に入っているのよねぇ。 連載再開してからの分を集中して読んだほうがいいのかもしれない。

  やじきたF06.jpg やじきた学園道中記 F 6/市東亮子
 <アラハバキ編、クライマックス>とありますがまだ終わっていない様子・・・終わりが近づいている、ということなんですかね。

  雪花の虎07.jpg 雪花の虎 7/東村アキコ
 ついに第一次川中島の合戦、その後、虎様ご上洛と新キャラもわんさか投入され、大きく転換期を迎えている感じ。 でもまだまだ続きそうなのでうれしい。 室町時代のわさわさした感じ、あたしはあまり好きではない(というかわかりにくい)のだけれど、上杉対武田というだけでなく京都の勢力争いも描いていただければ、理解に深みが出るなぁ、とニヤリ。

  東京タラレバ娘 リターンズ.jpg 東京タラレバ娘 リターンズ/東村アキコ
 あの3人娘、帰ってきました!、ですが、すみません、帰ってきてたこと自体この本を見るまで知らなかった・・・。 シリーズ完結からもう3年が経過しているそうですよ。 そうよね、東京オリンピック来年だもんね! おかげで結構内容(というか、キャラクター)を忘れてましたよ・・・読んでたら思い出してきましたが。 そう思うと3年という年月の重さを実感。

  タラレBar.jpg タラレBar 東京タラレバ娘番外編/東村アキコ
 『東京タラレバ娘』の巻末おまけ企画だったもの、単独刊行。 最初からこうしたほうがよかったような気も・・・(これがあるおかげで1巻当たりのエピソードが少なく感じられて、「これで終わりか!」と不完全燃焼感があったので)。
 ここに寄せられる恋愛・結婚にまつわるお悩みがすべてだとは思いませんが、「なるほど、これでは“そもそも普通の恋愛・結婚ってなに?”って戸惑う若者・独身者が多くなるの、なんかわかるわ」と感じてしまいました。 あたしは今あまりそういうことに悩んでいる人たちがまわりにいないので、勉強になりました!

  ちはやふる41.jpg ちはやふる 41/末次由紀
 千早・千歳姉妹が表紙とは!
 試合を離れ、小休止感。 You Tuberとして(?)がんばるしのぶちゃんメインの巻か。 彼女の孤独を思い知って、援護射撃したつもりの千早だけどいろいろ知識が足りてない・勢い重視のため自分に跳ね返ってくること多し・・・。 新くんの失われていない素朴感になごまされます。

  ゆりあ先生の赤い糸03.jpg ゆりあ先生の赤い糸 3/入江喜和
 3巻目でやっと主要人物が出揃ってきた感じ・・・でしょうか。 50年も生きてきたらそりゃいろいろあるよね、としみじみしつつも不器用だけど曲がったことがキライな(それ故に自分が“逃げる”こともまた許せない)ゆりあさんが、どう感情の折り合いをつけつつ日常を生きるのか、これからも見ていきたい、と思わされちゃうぞ。

  淡島百景3.jpg 淡島百景 3/志村貴子
 1巻と2巻が同時発売してから・・・何年が経ちましたかね。 正直、あれで終わったのかと思っていましたよ、すみません。 無事に続きが出てよかったです。 4巻もそのうち出る予定とのこと、地道に待ちたいところです。
 断章っぽい話運びなのでストーリー性を求めてしまうと「?」となってしまいますが、思春期・青春期の少女たち、その時期をうまく整理できないまま大人になった元少女たちの心の断片をのぞくつもりでいると、「ああ!」と時々自分の心に何かが刺さります。 でもあたしはもう、それで血を流すことはなくなってきた・・・と自分の心の成長(もしくは老化)を確認したりして。

  二度寝とは、遠くにありて想うもの 文庫.jpg 二度寝とは、遠くにありて想うもの/津村記久子
 エッセイ集第2弾。 図書館で単行本を読みましたが、<二度寝>シリーズは持っておきたい。 それにこれにはあたしが当時リアルタイムで連載を読んでいたものも含まれるので、懐かしくもあり面白い(パラパラめくってみるとちょっと時代を感じますよ、たかだか5・6年ぐらいなのに)。 東日本生まれで育ち、その後西日本に来て今も住んでいるあたしとしては、著者から「関西生活とは」みたいなものを教えてもらっている気がする。 日によってうかうか二度寝をしてしまうあたしですが、二度寝とは縁遠い生活にあこがれつつも、怖いです。

  戦場のアリス.jpg 戦場のアリス/ェイト・クイン
 またもハーパーBOOKSから。 <アリス・ネットワーク>という実在した女性のスパイ組織のようなものを題材に、戦争中をくぐりぬけようとする女性たちの奮闘と努力と苦難を物語としたらしい、ということで・・・こういうやつ、弱いんだよ!
 加藤洋子さんが翻訳、というのも選択の決め手。 マキャモン『スワン・ソング』以来ちょくちょくお世話になってます。

ラベル:マンガ 新刊
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2019年03月15日

グリーンブック/GREEN BOOK

 ヴィゴ・モーテンセンが好きである。 彼が出ているというだけで、とりあえず観たい。 もともと役を選ぶ傾向にある彼だが、<『ロード・オブ・ザ・リング』三部作>以降のその傾向がより顕著になったらしく、そんな彼が出演を決めたのだからよいのであろう! おまけに共演はマハーシャラ・アリだ!
 というのが、この映画の存在を最初に知ったときの感想。 まさかお下品映画をガンガン撮っているピーター・ファレリーが監督しているとはその時は知らなかった・・・正直知りたくなかった。

  グリーンブックP.jpg 行こうぜ、相棒。あんたにしかできないことがある。

 1962年、ニューヨーク。 有名なナイトクラブで用心棒として働くトニー・リップ(ヴィゴ・モーテンセン)は、武骨で無学で喧嘩っ早いがきっちり仕事をこなすことで知られている。 クラブが改装のため休業するので、トニーもその間無職となり、妻ドロレス(リンダ・カーデリーニ)や子供たちを養うためにカネが必要だ。 そんなとき、知り合いから運転手を探していると聞き面接に行けば、相手はカーネギーホールの上のマンションに住む黒人ピアニストのドクター・ドン・シャーリー(マハーシャラ・アリ)。 運転手だけならまだしも日常のお世話なんぞやってられない、と断るものの、8週間のツアー同行料金は魅力的。 そしてドクター・シャーリーとしても初めての南部への演奏ツアーで用心棒として有能な人物が欲しかった。 二人の利害は一致し、トニーは運転手兼ツアーマネジャーとして南部を巡る旅に出かけることになる。 黒人が快適に南部を旅行できる場所をリストにしたガイド書“グリーンブック”を持って・・・という話。
 予想通り、でこぼこコンビのロードムービーであった。 雰囲気としてはフランス映画『最強のふたり』にちょっと似ているか。

  グリーンブック2.jpg ドロレスは大変賢く偏見も少ない。
 一方トニーは、家で作業した配管工にリンダが冷たい飲み物をふるまったら、そのグラスを洗わずにごみ箱に捨てるような男である。 自分だって白人社会の中ではイタリア系であることを揶揄されていたりするのに。 だから最初はトニーはすごくいけ好かないヤツで、ヴィゴのカッコよさがかけらもないことにがっかりしつつその役作りに驚嘆する。 ドロレスもトニーの差別的な発想に眉を顰めつつも、言葉で注意してもけんかになるだけだし・・・という懸念が見えつつも、そこをのぞけばまぁほどほどいい夫であるから、という妥協?のようなものを感じますが、8週間家を離れる仕事でも、ドクター・シャーリーとのことで何かの期待をかけていたのかも。 だとしたらドロレス、大変な策士ですよ。 良妻賢母とはこういうことか、みたいな。

  グリーンブック3.jpg マネジャーとして、顧客にも必要な時は言う。
 まだ北部エリアにいるうちは順調なのだが、南部に入り始めてからちょっとずつおかしくなる。 ドクター・シャーリーの弾くピアノはスタインウェイと決まっているが、ボロボロのピアノが置かれていたりして・・・勿論、トニーの交渉術(時には脅しや拳も含まれる)で正しいピアノが準備されるのだが。
 面白かったのは、ドクター・シャーリーが「南部の上流階級の人たちに、私たちトリオだけでなく君もツアーマネジャーとして紹介される。 トニー・バレロンガという本名は発音しづらいので、トニー・バレというのは?」と提案されたトニー、「だったらトニー・リップで(これはこれでこだわりのある愛称らしい)」と答えるが、「トニー・リップでは・・・ちょっとふさわしくないかと」とやんわり却下され、「じゃあ、トニー・バレロンガだ。 あんたの言う上流のやつらなら、それくらい発音できるだろ!」というやり取り。 バレロンガ、日本人には難なく発音できそうですが、当時のアメリカ南部の上流階級とはイギリスからの移民の子孫なのかな? 英語発音の名前以外になじみがないということなのかしら?
 トニーの減らず口はまだまだ続く。 ピアニストとしての腕を買われ、ドン・シャーリーは若いうちにソ連に留学しクラシック漬けの日々を送ってきており、今演奏しているのもクラシック。 車移動中にラジオから流れるリトル・リチャードなどのブラックミュージックにノリノリなトニーだが(音楽は差別しないんですね、そういえばドクター・シャーリーの演奏を初めて見て、「こいつ、天才だ!」と思ってからは彼に対して差別心はなくなったよう)、ドンにとっては「アーティストの名前は聞いたことはあるが音楽を聴くのは初めて」。 フライドチキンも食べたことがない、と言えば「黒人なのに?」と言いたい放題。 でもそれは、「自分のルーツがよくわからない」というドンの弱みでもあったのだ。

  グリーンブック1.jpg ドロレスに書く手紙の内容があまりにひどいので、添削してあげるドン。
 ドンはトニーに洗練を教え、トニーはドンにいわゆる黒人文化や家族の大切さを伝える。 じんわり生まれて育まれる友情という、なんてハートウォーミングなストーリー!
 特にドンがトニーにどうしても言えなかったことに対して見せるトニーの理解! 漢気あふれる! 人種差別するのにそれはありなんだ!、と観ているこっちのトニーを見直す度MAX! まぁ、そこにいくまでにチャーミングなところをいくつも見せてもらっているので、だんだんトニーのことちょっと好きになってきちゃってるんだけど・・・多分そのあたりはドンも同じなんだろうなぁ、と。 そこがトニー役にヴィゴ・モーテンセンを持ってきた意味ですよね!
 二人のコンビネーションが非常に心地よくなってくるのだが、60年代・南部のわりにこっちの想像しているよりひどいことが起こらないので、「えっ、いい話過ぎない?」とちょっとドキドキする。 あの時代、こんなものではすまなかったのでは・・・「実際、こんなもんじゃない」ことを知っているのだろうスパイク・リーが怒ったのはそういうところなんだろう。 そこらへんのリアルは『ブラック・クランズマン』で確認させてもらいますわ。
 というわけで人種差別を題材にしながら驚くほどにあっさり味、むしろ正反対の男同士の友情のほうに重きを置かれた感があるので物足りないといえば物足りなくもあるのだが・・・そこをヴィゴ・モーテンセンとマハーシャラ・アリが埋めるという贅沢さで十分です。
 だからといってね・・・ヴィゴにしょうもないおやじギャグとか下ネタとか言わせてるのが残念・・・所詮ピーター・ファレリー監督、真面目ができない(照れ隠しにダジャレ言いたい)のが丸見えです・・・。

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2019年03月13日

犯罪心理捜査官セバスチャン 3&4

 シリーズ物は、できるだけまとめて読みたいお年頃になってしまいました(レギュラーメンバー多いと誰が誰だか忘れちゃうし、その人間関係のごたごたの印象も薄くなるから)。 <犯罪心理捜査官セバスチャン>シリーズも2冊は比較的続けて読んだのでまぁキャラクター把握はできたと思う、と残り二作をしばし放置していた・・・5作目が出ると思ったんですよ。 でもなかなか出ないみたいだから・・・もういいや、読んじゃおう!、とほぼ一気読みしてしまった。

白骨 犯罪心理捜査官セバスチャン/M・ヨート&H・ローセンフェルト
 シリーズ3作目。 2作目『模倣犯』事件後ほとんど間が空いていない次の事件。

  セバスチャン白骨1.jpegセバスチャン白骨2.jpeg ダメ男、ここに極まれりのセバスチャン・ベリマンですが・・・3作目にしてついに「人としてやってはいけないこと」をやっちゃう!
 1・2作目ではセバスチャンのダメさ加減の原因というか理由が書かれていたので、そこまで不愉快だとは思えなかったのだけれど(でも、きっと近くにいたら耐えられない人物であるとは思う)、今回はそれを踏まえても「それはダメだろ」ということをやってしまう。 しかも一度ではない! さすがに、「セバスチャン、さすがに一回ひどい目に遭え!」と思ってしまうほどである・・・なるほど、チームリーダーのトルケルが日常的にセバスチャンに感じていることってこういうやつか!、と思ったり。
 そして今回の事件は、トレッキング中に道に迷った人たちが見つけてしまった山中に埋められた白骨遺体6人分。 それに家族を残して失踪した移民男性の謎が絡んで、事件のスケールは大きく拡大。 スウェーデンの移民社会の部分も描かれ。
 あぁ、こういうところが北欧よね!
 でもだんだん犯人がわかるようになってきちゃったな・・・そういう前振りに慣れてきたような。
 が、前作で登場のストーカー女がこちらの予想以上のことをやってしまうので、セバスチャンにひどい目に遭ってほしいと思うのに、ひどい目に遭うのはまわりの人だという・・・哀しいというよりもむしろ、後味が悪すぎる。
 とはいえ、セバスチャンと付き合う(恋愛とかではなくとも、個人的なレベルで)のを決めているのは本人たちなのだから、それは大人の決断で、責任は個人に帰属されるべきなのでしょうか。 いろいろ考えさせられます。

少女 犯罪心理捜査官セバスチャン/M・ヨート&H・ローセンフェルト
 クリフハンガーの『白骨』のラストから、ほぼそのまま続きの話。 シリーズ4作目。
 ほんとにドラマのワンシーズンという趣。 レギュラーの誰かの命の危機! 恋愛関係の危機!、とか絶対ある、みたいな。

  セバスチャン4少女1.jpgセバスチャン4少女2.jpg が、本作ではセバスチャンの弱点・幼い少女が事件のカギを握る。
 スウェーデンの郊外のトシュビー市で、一家四人の散弾銃による惨殺死体が発見され、トルケル率いる殺人捜査特別班にお呼びがかかる。 目撃者もなく捜査は難航するかに思われたが、現場にはもうひとり女の子がいた痕跡があった。 殺害された一家の母方の姪のニコルの消息がつかめず、犯行を目撃している可能性が高い。 目撃者の少女がいると犯人に知られれば、犯人に口封じに殺されるかもしれない。 セバスチャンは懸命にニコルの行方を追う・・・。
 これまたセバスチャン、引き続きやってはいけないことをやっている! 前作のひどい出来事を反省するどころか、出来事に向かい合わずに逃げ、自分の都合のいいように理屈をつけるのがセバスチャンである。
 いい加減、人としておとなになってくれよ!、という感じなのだが・・・セバスチャンが大人になったとき、それはシリーズが終わるときなのかも。 こうなったらダメ男のダメっぷりを楽しむしかないのか(でもちょっと楽しんできてるかも)。 事実を知ったとき、ヴァニアがどういう反応をするのか知りたい、という気持ちになっております。
 末っ子ビリーにもやばい局面が! ここまでショッキング揃えなくてもいいんじゃないですか?
 またしても!、な「思わせ振りな」締めくくりで終わられて・・・いやおうなく次の話持ってきて!、である。
 5作目の翻訳、今年中によろしくお願いします!

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2019年03月12日

アクアマン/AQUAMAN

 もうアメコミものは食傷気味・・・と思っておりました。 実際思っておりますが(『アヴェンジャーズ』とかはもうWOWOWでいいよ、とか)、好きな俳優さんとか出されると迷っちゃう。 しかも今作はあのジェームズ・ワンが監督するという・・・『ジャスティス・リーグ』もWOWOWで、しかも吹替版で観たあたし、アクアマンに対して知識がゼロではないのです・・・もう、ここはジェームズ・ワンの映画を観るつもりで!

  アクアマンP.jpg 海中で、暴れろ。
   海底から見たこともない世界が攻めてくる!
   海の生物すべてを操り戦え。

 海底王国アトランティス人の王女ながら好きでもない相手と結婚するのがイヤで逃げてきたアトランナ(ニコール・キッドマン)は、ケガをして陸に打ち上げられていたところを灯台守のトム(テムエラ・モリソン)に助けられ、運命的な出会いをする。 二人の間に息子アーサー(成長後はジェイソン・モモア)が誕生し、三人家族の穏やかな生活は続いていくと思われたが、アトランティスからアトランナ奪還の追手がかかり、このままでは愛する二人を傷つけてしまう、とアトランナは海に帰る決心をする。
 その後、成長したアーサーは人間として育てられてはいるが半分アトランティス人の血筋故、海で起こるトラブルを解決する<アクアマン>とも呼ばれるようになっていた。 そんな頃、アトランティスでは地上からの攻撃があったと報復を考えていた。 王オーム(パトリック・ウィルソン)は地上をすべて支配するという野望を抱いているが、側近バルコ(ウィレム・デフォー)はアーサーにこそ王の器があるのではと考えており・・・という話。
 いやー、スケール大きな話になっておりますよ。

  アクアマン3.jpg トムとアトランナのラブストーリーは、おとぎ話的美しさ。
 「何故ここでニコール・キッドマン!」と思いましたがそういうことだったんですね。 アーサー成長後のためにお二人とも若メイクをしており、トムの顔が誰かわからなかった・・・今になってからは自然で、アーサーの父として、アトランナの永遠の恋人として毎朝埠頭で彼女が現れるのを待つ(いつ現れるかの保証は全くない、いつか帰ってくるという約束だけ)という実直な男性ぶりがとてもかっこいい!
 トムとアーサーの会話で、「バルコに鍛えられてるな」という言葉があったのだけど、その時点でバルコは登場してなく・・・のちに、アトランティス人としてウィレム・デフォーが登場して、「この人か!」とわかる。 と同時に、バルコはアトランナから話を聞いていてアーサーの味方であることがわかるわけです、これまでに何度も交流があることも。 こういう話運びがすごくジェームズ・ワンっぽい!

  アクアマン2.jpg 異父兄弟の対面。
 映画の舞台は7割方海中なので、髪の毛とかゆらゆら揺れてます。 この人、すごく見たことあるんですけど・・・としばし考えたら、パトリック・ウィルソンではないか! うっすら化粧してるし目の色も違うからわかんなかったよ! ていうか、またあなたですか! <『インシディアス』シリーズ>にも<『死霊館』シリーズ>にも出てますよね! ジェームズ・ワンのお気に入りか!(そういえば本作の製作総指揮ザック・スナイダーの『ウォッチメン』にも出ていた・・・ハンサムなのか微妙な感じが使いやすい俳優さんなのだろうか)。
 アーサーのキャラが熱くて濃いので、水と氷のイメージなのかな。 と、なじみある俳優さんの姿を楽しむのだった。 赤い髪がたなびくこの人、どうも知っている気がするんだけど・・・と考えていたらエンドロールでドルフ・ラングレンだと知る、とか。

  アクアマン1.jpg <水中スターウォーズ>の噂は伊達ではない。
 アトランティス、とはいえ7つの海には7つの王国があるそうで、それぞれの関係や違いがちょっとわかりにくい・・・主に出てきたのが4か国ぐらいだったかな? イタリアの小さな海辺の町で起こるバトルの荒唐無稽さは、ある意味突き抜けていて、「あ、この感じ、ギリシア・ローマ神話の大胆さに近いな」と感じ、リアリティとか考えること自体ムダである、と気づかされましたよ。
 そしてこの映画は、「真の王とは」という問いに対して、ひとつの答えを提示する。 血筋だけではなく、見た目で自分と違うものだと排除せず、対話を試みて心を通わせるもの。
 あぁ、これが今の時代に必要とされるものだよね!、と、まさに子供たちに見てもらいたいテーマ性!
 海の中で呼吸を気にせず滞在できて、会話もできるというだけでも憧れるのに、アーサーは鯨とも意思の疎通を試みて、お礼を言うのだ。 その能力がアトランナからの遺伝であるとしても、同じ血を引くオームはその能力を使うことすら頭に浮かばない。 多分それが、バルコの見抜いたものなんでしょうなぁ。
 神話だ、と思えばベタな部分も全部受け入れられる。 無茶な展開も、そもそも設定が無茶苦茶だからね。
 宇宙よりも解明されていない深海が舞台になっていることが、海と海の生き物好きであるあたしはそもそも悪い点をつけられないんだけどね。 基本、ダークテイストのDCコミックモノにしては割とわかりやすくて明るめなところも、一見さん取り込みやすいかも。
 更にジェームズ・ワン監督ファンなら、観て後悔なし!

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