2019年02月28日

今日は4冊。

 うおぉ、いつものことだけど、2月はあっという間に終わるなぁ!

  チャンネルはそのまま新装版5.jpgチャンネルはそのまま新装版6.jpg チャンネルはそのまま!【新装版】5・6/佐々木倫子
 新装版もこれにて完結。 改めて読むと、この終わり方って『Heaven?』と似てるな・・・(当時も思ったのかもしれないが、忘れている)。 ある種のトリックスター(といえばかっこいいが、独特過ぎる言動で真面目な人たちを振り回す人)の存在はストーリー展開上都合がいいのでしょうが、まわりの人たちの疲労が半端ないので、長くは続けられないのかなぁ。
 なんだかんだ言っても、『動物のお医者さん』がいちばん長く続いたのは、困った人だけじゃなく動物たちがいたからかもしれない。

  カンパネルラ.jpg カムパネルラ/山田正紀
 どう考えたってこれは『銀河鉄道の夜』関連でしょ!
 アニメ映画版『銀河鉄道の夜』も観ているあたし、ジョバンニ派かカムパネルラ派かと聞かれれば、やはりカムパネルラ派でしょうか。

  偽装不倫2.jpg 偽装不倫 2/東村アキコ
 なんとなく2巻で終わるのかと思っていましたが・・・まだ続くんですね!
 しかも、まさかこれも『銀河鉄道の夜』モチーフを仕込んであるとは。
 あとがきの、WEBで漫画を連載することの諸問題に追い込まれている感に、出版不況&デジタル移行過渡期のドタバタがマンガ家にとって負担なのでは・・・と考えさせられる。 読者としてできるのは、結局できるだけ紙の本を買うことなのだなぁ、と実感。

ラベル:新刊 マンガ
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2019年02月25日

第91回 アカデミー賞授賞式

 アカデミー賞授賞式、観た!
 司会者がいないとか事前にいろいろごたごたしましたが・・・WOWOW側も例年より緊張感少なめというか、「そこまでがっつりやらなくてもいいか」的なちょっと緩い雰囲気が出ていたような。 いや、ガチガチに緊張してやられても困るんだけど、なんか一部一生懸命さが空回りというか、日本人ノミニーに気を使ってしまったためにレッドカーペットリポーターの尾崎英二郎さんのペースを乱してしまったような気も。 WOWOWもがんばれ!

 さて、授賞式。
 司会者がいないので、オープニングアクト<クイーン+アダム・ランバート>が前振りもなくいきなり出てくる。 “We Will Rock You”と“WE Are The Champions”をメドレーしかも短縮版ながら熱演・熱唱。 ブライアン・メイ、いつもの格好だ・・・でもかっこいい! レプリカだろうけどレッド・スペシャル弾いてる! そしてアダム・ランバートに「Welcome to the Oscars!」と言わせていた・・・司会が言うべきことをいろんな人に分散させる作戦のようだ。 曲の最中、あたしの見たところいちばんノリノリだったのはハビエル・バルデム。 なんかリアクションして!、と言いたくなったのはクリスチャン・ベイル。

助演女優賞
レジーナ・キング (『ビール・ストリートの恋人たち』)
 なんで今年は裾の長すぎるドレスの流行に戻ってしまったのか。 それともたまたま受賞者たちがそういうドレスを着てしまったのか、ステージに上がるのが大変な人が何人も・・・レジーナ・キングもそんな一人で、「スリットの場所はそこでいいの? なんか見えてしまいそうですよ!」とドキドキした(立ち上がろうとして足の位置を色々変えていたときに)。 あと、右腕に<ビンゴ>とまさにカタカナでタトゥーが入っているように見えたんですけど・・・日本の放送席から誰もツッコミがなかったのはそういうこと結構当たり前にあるから?

長編ドキュメンタリー賞
『フリー・ソロ(原題)』

メイク・ヘアスタイリング賞
『バイス』

衣装デザイン賞
『ブラックパンサー』
 映画自体は個人的にはそこまで感銘を受けなっかったんだけど・・・確かに衣装はすごかった。 やはりあたしは日本人、アフリカ系の方々が求めているものがわからなかった、ということなのでしょう。 文化って難しい、しかもアイデンティティにかかわってくることなら余計に。 受賞者の<肝っ玉母さん>的なキャラクターがとてもよかった。

美術賞
『ブラックパンサー』

撮影賞
『ROMA/ローマ』(アルフォンソ・キュアロン)
 なんだかアルフォンソ・キュアロン監督、監督賞をとったときに言うようなスピーチになってた。 ルベツキさんへの感謝は忘れずだが、他に言うチャンスがあるかどうかわからないと思ったのだろうか。

音響編集賞
『ボヘミアン・ラプソディ』
 これは獲れる!、と思っていたけど・・・実際に受賞となるとヨロコビもひとしお。 スーツ・タキシード姿に着替えたブライアン・メイとロジャー・テイラーをみんなが詣でるのは忘れない。 スタッフチームのクイーンへの敬意、本物です。

録音賞
『ボヘミアン・ラプソディ』
 あ、この人、メイキング映像で<ライヴ・エイド>の観客の歌声を一人ひとり録音して、それを調整して大群衆の歓声を作っていた人だ! チームの連帯感がほんとに強いと感じる。 それもこれも、フレディとクイーンの音楽という譲れないものがあったからなんだろう。
 映画のライヴシーン、普通にライブをやったものをそのまま収録しただけでは観客は熱狂しない。 ライヴ会場で、「こういう風に聴こえたらいいな」という理想を体現してくれた。 だから繰り返し足を運んでしまうのかも。

外国語映画賞
『ROMA/ローマ』:メキシコ
 ま、大本命ですから。 でも今回のノミネーション作品5作はどれもすごい作品で、それぞれが違う年に公開されていたら、例年なら全部が獲れてもおかしくないくらいのハイレベルだとか。 日本公開を楽しみにしたいです。

編集賞
『ボヘミアン・ラプソディ』
 やっぱり編集賞も! 一回目を観たとき「説明不足」と感じたことも、二回目以降、細かくカットを割られたそのシーンに多くの意味と説明がいっぱい込められている!、と気づいたら次々いろんなことが腑に落ちた。 詰め込みすぎかもしれないけれど、中だるみしている暇もなく135分走り抜ける勢い、これはやはり編集の力なのでしょう。 映画的に大事な部門、3つも『ボヘミアン・ラプソディ』が獲りましたよ! もう今回は『ボヘミアン・ラプソディ』の年だといってもいいのでは!

助演男優賞
マハーシャラ・アリ (『グリーンブック』)
 こういう席で見るマハーシャラ・アリは、映画で観るときと雰囲気が全然違うんだよね・・・といつも思うんだけど、彼はムスリムらしい。 だからそういう服装なのね! 「パートナーであるヴィゴに感謝を」と言ったとき、客席のヴィゴ・モーテンセンが右手で胸を二回たたき、「わかってる、僕も一緒だ」的ジェスチャーで応えていて・・・ヴィゴ、ほんとにかっこいい!
 この二人がキャスティングできたことで、ほぼ『グリーンブック』の成功は見えていたのではないだろうか。

長編アニメ映画賞
『スパイダーマン:スパイダーバース』
 まったく新しい表現を使っている・・・と噂のこれ、日本語吹替版の予告を観たけど、ちゃんとした(?)声優さんを使っている印象・・・普通にこういうことができるのに(親子で観に来る映画だからかなぁ、大人だけでも来そうだけど)、なんで吹替演技に不安の残る人をキャスティングするという悪習はなくならないんだろうか・・・。

 作品賞ノミネート作品を紹介するコーナー、『ウェインズ・ワールド』の二人が『ボヘミアン・ラプソディ』の紹介をした! これはほんとに遊び心というか、愛情を感じたわ〜。 まぁ、他の映画もその映画に思い入れのある人が紹介している感じがして、よかった。 ただ紹介映像フッテージが例年より短めな気が・・・授賞式全体の時間を短縮させたい気持ちがこういうところにも表れているのかも。 若干、余韻がないような感じがあったかなぁ。

短編アニメ映画賞
『Bao』

短編ドキュメンタリー賞
『ピリオド 羽ばたく女性たち』
 これもNetflix。 でも受賞者が「発表の場を与えてくれてありがとう」と言っていたので、最初からNetflixのために作ったわけではないようだ(『ROMA/ローマ』も普通に作ったが、ハリウッドがどこもお金を出さず、Netflixが引き受けたのだという。 単にハリウッドの見る目がないだけでは?)。

視覚効果賞
『ファースト・マン』
 おぉ、あの地味レトロ感がCG・VFXてんこ盛りよりも評価されたんだ! ノーCG・ミニチュア使う手仕事感がノスタルジーをかきたてるのか。 実際、フィルム撮影で60年代の雰囲気すごく出てたしな・・・これで『ファースト・マン』にもうちょっと注目が集まってくれるとうれしいな!

 “Shallow”をレディ・ガガとブラッドリー・クーパーが歌った。 『アリー/スター誕生』の世界観通りに、カメラはステージ側にいて、ピアノ越しに客席が映る感じになっているのは面白かった。 ただブラッドリー・クーパー、最近歌っていなかったのか、生ではちょっと声を出すのがきつい感じ、さすがレディ・ガガ本業は歌手です!、を見せつけられた・・・けど、ガガのでっかいイエローダイヤについ目が行ってしまうよ・・・それ、ティファニーのカタログにしか載ってないやつでは?!(まぁ、他のノミニーの方も、ジュエリーブランドのカタログに載っているような大目玉の作品をバンバンつけていらっしゃいましたけどね)
 町山さんが「エロいなー。 レディ・ガガが婚約解消したの、ブラッドリー・クーパーのせいでは」的なことを言い、カビラさんに「それを言うのは・・・」とたしなめられていた。 町山さん、ゲスなコメント目立ちましたが、去年はギレルモ・デル・トロ監督が気にかかっていたからおとなしめだったけど、今年は単にいつも通りに戻っただけだ!、と気づく。

短編実写映画賞
『スキン(原題)』

脚本賞
『グリーンブック』

脚色賞
『ブラック・クランズマン』
 えっ、スパイク・リーって初受賞なの?! 『マルコムX』で獲っていると思ってた・・・。
 封筒を開いて名前を見つけたサミュエル・L・ジャクソンが「やった!」とよろこび、スパイク・リーはそんな彼にコアラのように抱き着き、よろこびあう姿。 それを見て、涙を流すジョーダン・ピール。 そういうのを見ちゃうと、ついこっちももらい泣き。
 「“Do The Right Thing”だよ!」とはしゃぐスパイク・リーはとてもお茶目で、『ブラック・クランズマン』観たい気持ちが強まる。

作曲賞
『ブラックパンサー』

歌曲賞
“Shallow” (『アリー/スター誕生』)
 レディ・ガガはすごいと思うのですが、「どんなにくじけてもあきらめずに努力し続けることがすべてです」というような正しい姿、それができない・苦手な人間はその正しさ故に黙るしかなくなるよなぁ、と思ってしまう。

 毎年恒例のメモリアム、これもなんだか時間が短くなってるし紹介されている人も少ない・・・高畑勲だけではなく橋本忍も出てきたのは日本人としてびっくりですが、絶対漏れている人がいると思う・・・。

主演男優賞
ラミ・マレック (『ボヘミアン・ラプソディ』)
 授賞式が近づくにつれ「本命」と呼ばれるようになってきましたが、はっきりわかるまではやはりドキドキですよ。 でもラミくんが名前を呼ばれ、ステージに上がる途中でちょっと後戻りし、後方のブライアン・メイに手を振った仕草がチャーミングだった。 「僕は(フレディ役の)第一候補ではなかったかもしれないけど、結果的にはよかったということですよね」のコメントがキュートで、自分がエジプト系移民一世であると語るくだりは胸がきゅんとなります。 スピーチは考えていたかもしれないけど、紙を見ずにそのときの気持ちと語ってくれたほうが見ているほうは感動するし、記憶に残ります。

主演女優賞
オリヴィア・コールマン (『女王陛下のお気に入り』)
 名前が呼ばれた瞬間、「ええっ! うっそー!」という顔で頭を椅子の背に打ちつけそうになっていたところからもうキュートで(両脇にいた夫とエマ・ストーンに支えられ)。
 いささかぶっちゃけすぎのスピーチ、飾らないご本人の人柄が出すぎちゃって笑っちゃうけどあたしはちょっと泣いてしまったよ。
 イギリスのドラマ『ブロードチャーチ』のミラー刑事がここまで来るなんて、あたしの中では『ホミサイド』のメリッサ・レオが主演女優賞にノミネートされた以来の衝撃です! いや、彼女がすごい演技派であることはわかっていますよ、『思秋期』とかイギリスのインディペンデント系映画でも結果出してるし! でも、『ブロードチャーチ』をアメリカでリメイクするとなった時に彼女はキャストから外されたんですよ!(もうひとりの主演デヴィッド・テナントはそのまま出演)。 アメリカはオリヴィア・コールマンにひどいことした・・・と思っていただけに、この結果はとてもうれしいです。
 そんな彼女に「あなたがとると思ってた(あなたにとってほしかった)」と言われたグレン・クローズ、あわてて手を振って「そんなことないわよ」的な笑顔で応えていて、それもよかった。

監督賞
アルフォンソ・キュアロン (『ROMA/ローマ』)
 本日3回目の登壇。 「何回呼ばれても飽きないね」と言っていましたが、喋ることがなくなったのかメモを出し、「あ、これを言うのを忘れていた」とメキシコのことをいつも以上に言っていた。 トランプのメキシコの国境に壁を作る計画、現地では相当の危機感があるのだろうか・・・と感じずにはいられない。
 でもギレルモ・デル・トロ監督とがしっとハグしあう姿は見ていてハッピーな気持ちになる。
 あぁ、Netflix、入ろうかしら・・・。

作品賞
『グリーンブック』
 『ROMA/ローマ』じゃないんだ! 脚色賞の盛り上がりから『ブラック・クランズマン』でもないんだ!
 でも、最近崩れがちだった「脚本賞か脚色賞をとった作品が作品賞」のルール(?)に戻ったともいえるかな。 まぁ無難なところに落ち着いた、ともいえるか。 外国語映画賞と作品賞のダブル受賞はこれまでの歴史にないことだし、配信系映画にもまだ作品賞をやる時期ではないというハリウッドの意志がはたらいた、ということなのかしら。

 結果的に無難、ノミネートされた映画にまんべんなく賞がいったような印象。 最多受賞が『ボヘミアン・ラプソディ』の4部門、というのが票がばらけた事実を物語りつつ、とはいえいちばん愛された映画は『ボヘミアン・ラプソディ』だったのでは?!、という気持ちにもさせられる。 今年の勝者は、『ボヘミアン・ラプソディ』だ!、とみんなで言っちゃおう!
 あぁ、受賞記念にまた観に行ってしまおうかしら・・・。

ラベル:アカデミー賞
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2019年02月24日

今日は3冊(萩尾望都ばかり)。

 地方住まいが長かったので、本を発売日に手に入れられることに今もちょっとした驚きがある。 だいたい2・3日遅れが当たり前だったからね。
 とはいえ、CDと違って本は発売日に厳しく、たとえ本屋さんに届いていても棚には出さない・・・というのが徹底されていたイメージ。
 だから今日届いて、びっくりしたのですよ。
 いくら前もって予約していたとはいえ、発売日よりも前に来るなんて・・・。

  王妃マルゴ07.jpg 王妃マルゴ 7/萩尾望都
 これは2月25日発売のはず。 まぁ電子版だったら午前0時過ぎたらダウンロードできるので本屋に行くよりも早く手に入る、というのもあるとは思うのですが、紙の本ですよ。
 なので(?)、1巻から読み直す。 おぉ、みんな若いな!
 7巻の段階でマルゴは29歳になっています。 これまでの流れがすごい・・・明らかに省略しているわけでもなく、様式美の中に時間の経過が含まれている。 かわいかった3人のアンリが、それぞれ似ても似つかないおじさんになってしまったことに衝撃を受けつつ、その変化に説得力ありというか、当たり前に受け入れられる。
 それにしてもマルゴ、自分に甘すぎる! それもまた当然と思えてしまうので、「おいおい!」と注意することを忘れてはいけないのだ。
 あぁ、続きはまた一年後ぐらいかしら・・・。

  ポーの一族プレミアムエディション1.jpgポーの一族プレミアムエディション2.jpg ポーの一族
   プレミアムエディション(上・下)/萩尾望都
 2・3年前に復刻版が出たばっかりでは!、と思ったのですが・・・「現在の最高の技術で全てスキャンし直し、モノクロ原稿を美しく再現することを目指した」というので・・・お高いのですが予約しちゃいましたよ(上下各税抜2600円!)。 大きいサイズの『ポーの一族』は持っていないのです。 パーフェクトセレクションのときは『スターレッド』だけ買ったけど、気づいたら全作絶版になっていたので「買っておけばよかった」と後悔したしねぇ(『トーマの心臓』も愛蔵版を持っていたけど、今手元にはないから)。
 というわけで届いたこちら、開いた瞬間、「わっ、ページがおっきい!!」とびっくりする。 台詞の活字もすごくでっかい。 ベタ(黒塗り)の色がすごく濃い! 連載時のカラーページも再現ということで・・・B5判のまさに雑誌サイズで読めることにものすごいうれしさが。
 小学館文庫版を回数的にはいちばん読んでいたので、もう絵の迫力が! 素晴らしい!
 だけど、エピソードの順番が・・・「あれ、こんなでした?」と疑問。 発表順でもなく、文庫版のように時系列順でもないし。
 ちなみにこれは2月26日発売になっていましたよ。 あくまで予定だったのかしら、本屋さんにももう並んでいるのかしら。
 原画展のお知らせもあり、『ポーの一族』新作情報もあり、「当時読者にプレゼントされた原画を探しています」の告知もあり・・・、萩尾望都画業50周年なんですか! 10年単位で見てもその年代に名作が複数あるってすごいよなぁ。 いちばん好きな作品、選べないよ・・・。

ラベル:新刊 マンガ
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2019年02月23日

ファースト・マン/FIRST MAN

 2月8日公開なのに、すっかり出遅れてしまった。
 そう感じたのは、まだ2週目だというのにシネコンで小さいスクリーンに移動させられ、一日の上映回数もがくんと減っていたからだ。 前宣伝すごくやってたのに、早々に「ヒットしない」と見切りをつけられたのか・・・いや、3週間で終わっちゃった『フロントランナー』よりはいい待遇なのかもしれない・・・。

  ファースト・マンP.jpg 月への不可能な旅路を体験せよ。
   人類史上、最も危険なミッション

 テストパイロットであったニール・アームストロング(ライアン・ゴズリング)は、ある日新聞に載っていたNASAの宇宙計画参加者募集を見て、試験を受けて合格する。 面接官の一人だったディーク・スレイトン(カイル・チャンドラー)が上司になった。 ニールは妻のジャネット(クレア・フォイ)らとともにヒューストンの専用住宅に移り住む。 隣の家は同じく試験に合格したエド・ホワイト(ジェイソン・クラーク)一家だった。 ジェミニ計画からアポロ計画、ソ連との宇宙開発競争の末、人類初の月への到達を目指す日々・・・という話。
 『人類 月へ行く』(トム・ハンクス製作総指揮のドラマ)と違ってNASAの宇宙計画をつぶさに網羅するものではなく、ニール視点での“体感”映画であった。 冒頭から大気圏周囲のものすごい振動に舌を噛みそうな感覚に陥った。 4DXで観たらどうなることやら(意外と大丈夫なのかもしれないが・・・2D版だとこちらが余計なことを想像して酔いそうになった可能性あり)。

  ファースト・マン2.jpg とにかく<失敗>、多い。
 ニールがNASAに入ったのはマーキュリー計画後らしい。 宇宙飛行士試験を受けるのは軍人か民間人かでわけられていたようだ(軍服を着ている受験者が、スーツ姿のニールたちを見て「インテリが」と言う)。 インテリでなにが悪いのか! そもそもニールは空軍にいた気がするんだけど、所属していても軍服を着る着ないの区別があるのかな? まぁそんな細かいことが気になってしまいました。
 というのも、ドキュメンタリータッチというかドラマティック性を排した仕上がりなので、すべてのシーンに意味があるのではないかと感じてしまって。 感情を表に出さないニールに対して、こちらがつい感情を引き受けてしまう。
 だから訓練のシーンや宇宙空間にいるシーンはほぼ恐怖。 ガタガタな機械・性能が貧弱なコンピュータ、よくこんなので宇宙に行きましたね!、というあとの時代から見てホラーでしかない。
 訓練中の事故で人が次々死んでいくのも・・・ついさっきまで普通にしてたのに、という。 だから誰もが生と死の境目にいる、次は自分かもしれないというのは、仲間たちの共通認識だったのだと。 そもそも、幼い長女を病で失っているニールにとっては生と死の曖昧な境界を求めていたのかも。

  ファースト・マン3.jpg ジャネットはニールを現実に引き留める役目。
 クレア・フォイ、『蜘蛛の巣を払う女』のリスベットと同じ人はとても思えなく、年齢ももっと上みたいに見えた。 ジャネット的にはいろいろ思うこともあったのでしょうが、そこは最低限しか。 ニールにとっては女神のような人という感じなので、母性強めに描かれているような(でもそこでいきなり怒らなくても、というシーンもなくはない・・・)。
 ニールはずっと“ほぼ無表情〜憂い顔”の周辺をうろうろしているので(ニールが感情を明確に表すのはアポロ1号の事故の連絡を受けた瞬間だけ)、感情豊かな人が近くにいてほしいですよね。

  ファースト・マン1.jpg アポロ計画後半、宇宙服もかなり立派に。
 その分、「宇宙計画はただのカネ食い虫」的世論が盛り上がる・・・黒人がラップで「白人が月に行く」という場面の破壊力はすごかった。 科学にはカネがかかるものなんですよ・・・でもそんなの関係ない人たちには全く伝わらないし、自分の生活もあやうい人たちにとってはそんなことにカネを使うなと言われたら反論できないよね。 でもアポロ計画が進んだのはソ連との競争に勝たなくてはという国のメンツがあったせいともいえるわけで・・・純粋な科学探求だけではここまでできなかったことは明白(日本だってはやぶさが成果を上げたから盛り上がるわけで、国産ロケット打ち上げ失敗が続いていた時期は「そんなこともうやめろ」と言われ続けていたんだもの)。
 なんだかせつなくなってくる。
 けれど月面着陸のシークエンスでは、すべてがどうでもよくなっている。 その瞬間がすべてで、それこそすべて地上に置いてきた、という感覚に。 空気が全部抜けて完全に無音になった時の驚きは、この世界に自分一人しかいないという感覚にも似た戦慄と恐怖。 だからこそ愛娘への想いに泣いてしまいそうになるのよ。 多分このシーンはフィクションだろうけど、ここを描きたかったのかも、という強い意志を感じてしまった。
 それにしてもおじさんがいっぱいで個人的にうれしかった。 キアラン・ハインズ、お約束のキャラだったわ、J・K・シモンズにもいてほしかった。 いつもあやしいジェイソン・クラークが(ついこの前は金髪の野獣だったのに!)普通の、むしろいい感じの人であやしさが薄れていたのでおどろいたし、マイク・コリンズなのはルーカス・ハースだし!
 あたし世代にとってのM・ナイト・シャマランが、今の世代にとってのデイミアン・チャゼルなのかもしれないなぁ、とふと感じた今日此頃。

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2019年02月22日

贋作/ドミニク・スミス

 17世紀のオランダ絵画にまつわる物語。
 なんかもうそれだけで「いい!」と言いたくなる。
 そしてこの本の著者もまたオーストラリア出身。 『古書の来歴』とかケイト・モートンとか、最近はオーストラリアが<そういうもの>を生み出す土壌になっているの? 編集者さんたちが「似たようなやつ」を探した結果?
 あたしの北欧ミステリブームはまだまだ続いていますが、オーストラリアブームも地道に来ている気がします。

  贋作 ドミニク・スミス.jpg 原題は<The Last Painting of Sara de Vos:『サラ・デ・フォスの最後の作品』
 よくあるタイトルではあるが、『贋作』のほうがこの物語の本質に似つかわしい。
 本物に限りなく似せて描かれた絵、自分の望んだ人生を進んでいたはずなのに贋作づくりに手を染めたために人生の方向を変えざるを得なくなった画学生、真作の持ち主ながら絵そのものよりもこれを描いた人に惹かれてしまった弁護士。 それぞれの人生もまた、一部が贋作のようになっているという。

 物語は大きく3つの時代にわけられる。
・1635年〜49年:オランダ/画家ギルドに加盟していた数少ない女性画家サラ・デ・フォスの日々。

・1957年〜58年:ニューヨーク/サラ・デ・フォスの代表作とされる『森のはずれにて』を先祖代々所有している弁護士のマーティ・デ・グルートが、ある夜寝室の壁に掛けられている『森のはずれにて』がいつも家にあるものではないと気づく。 探偵を雇って調べさせたら、17世紀オランダ絵画、それも女性絵画を専門にしている画学生で絵画修復士のエリー(エレノア・シプリー)の存在が浮かぶ。 マーティはジョセフ・アルパートという偽名を使い、エリーに近づく。

・2000年:オーストラリア/サラ・デ・フォスの専門家として学者の地位を確立したエリーに、美術館の企画でサラ・デ・フォスの未発表の新作とされるものが届く。 そこには『森のはずれにて』も。 そしてニューヨークから年老いたマーティが自宅にある『森のはずれにて』を持ってくるという。 これで『森のはずれにて』のどちらかが贋作だとわかってしまう・・・。

 冒頭は時間が行ったり来たりするし、主要人物がなかなか揃わないので「むっ」となるけれど、メインキャストが揃ってしまえば一気読み。 1950年代の「学者としての地位を女性がつかむことは難しい」こととか、上流階級に生まれて職業も生き方も疑念を抱いてこなかった男が階級外の意外に女性に興味を覚えてしまうこととか、絵画の謎をめぐるミステリ要素もありながら、ビルディングロマンスでもあり。
 でもその続きをいきなり約40年後に設定してしまうところが、大雑把なオーストラリアっぽいかも。
 とはいえ描かれている量は少ないけど、サラ・デ・フォスのパートがすごくいい! 彼女は架空の人物だそうですが、その時代にレンブラントの絵を見ていたりと他に出てくる画家や絵画は史実通りだそうな。 ネーデルランド絵画好きとしてしびれます。
 芸術に身を捧げる人生、一歩間違えば身を滅ぼす人生。 それはほんとうに表裏一体。
 エピローグは1649年冬/2000年夏の同時進行で、美しく幕を閉じる。 いろいろあっても、穏やかな読後感でしめくくられるのがうれしい。 そのへんもまた、オーストラリア的。

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2019年02月21日

ともしび/HANNAH

 シャーロット・ランプリングですよ!
 『まぼろし』・『さざなみ』と観てきてるから、<ひらがな4文字シリーズ>(そう呼べるのは日本だけだけど)おさえなきゃ! 一応、<ある結婚の風景>ということで諸外国でも共通認識はされているようです。

  ともしびP.jpg わたしはあの時、いったい何を失ったのだろう――。
 人生の終盤、アンナに何が起きたのか? 犯してしまった罪は、二度と許されないのか? そもそも彼女は自分の人生を生きていたのか? そして決して明らかにしてはならぬ“家族の秘密”とは――。

 ベルギーのある小さな街で、アンナ(シャーロット・ランプリング)と夫(アンドレ・ウィルム)は毎日がほとんど変わりないような静かだが穏やかで、つつましい暮らしをしていた。 が、ある日突然夫は収監された。 一人になってしまったアンナ。 しかしアンナにはアンナの生活があり、繰り返しの日々がまた始まるのだが・・・という話。
 すごい、ひたすらシャーロット・ランプリングだけを観せ、ひたすらシャーロット・ランプリングだけを観る映画。 彼女でなければこの映画は成立しなかったのでは?、というくらい。 逆に、彼女に負わせすぎなくらい大筋としてのストーリーがほぼなく、「こういうことかな?」と観客にうっすら感じさせるだけだという。

  ともしび3.jpg ファーストシーンからなにかと思えば。
 アンナが出ている演劇のワークショップらしい。 最初はなにかのカウンセリング集会、例えばAAの回(アルコール依存症者たちの集い)のようなものかと思ったけど、そのシーンが周回的に現れることで理解が深まっていく。
 全編そんな感じで、繰り返されるアンナの日々の生活をまるで盗み見るかのようにして、彼女のことがわかっていく。
 わかりやすくひとりごととかを言わないので、ただ彼女のわずかな表情の動きやちょっとした反応などにこちらはひたすら想像を膨らませるしかなく。

  ともしび2.jpg 夫も何故収監されたのか。
 その説明も全くない。 ただ、被害者(?)の母親からの非難や、アンナの息子の家族から絶縁を言い渡されているらしい、などがわかってくるにつれ、夫のしたことについてもうっすら想像がつくのではあるが。
 夫の罪について、アンナは信じていないようであり、信じたくないようでもある。 個人主義の西洋的価値観ならではとも思えるのだが(日本ならばいい悪いは別として、止められなかった家族の罪って一般世論的には問われがち)、これ、息子が小さい頃もしかして・・・と考えると母親の責任・妻の責任って言われても仕方ないのでは。 アンナもそのことに気づいているけれど、気づかぬ振りをしているのでは。
 うわっ、なんだろう、この寒々しいほどの孤独は!

  ともしび4.jpg しかし孤独とは。
 孤独とはなんであろう。 たとえ一人でいても本人がそう思わなければ孤独ではないのでは。 でも、個人的なつながりや社会的な接点が本人の意図とは違うところで失われていく、と実感したとき、孤独が覆いかぶさってくるのかも。
 そういうのがアンナの飾り気のない日常からにじんでくるので・・・普通に着替えるし市民プールみたいなところにも行ったりするんだけど・・・こんなにスタイルのよい人でも、皮膚がたるんだりシミとかあるんですね!、ということに心の中でおののく(特に『愛の嵐』とかで若く美しいシャーロット・ランプリングを観たことがあるから余計に)。 いわゆる<老醜を晒す>覚悟、でもそれはあくまで淡々とした流れですから特に決心が必要ではなかったです的なナチュラル感に、女優魂をひしひしと。

  ともしび1.jpg アンナがいつ決めたのかはわからない。
 あるものを家の中で見つけてしまい、夫の罪を認めるしかなくなったときか、息子に「もう来ないでくれ」と言われたときか、市民プールの入館証がもう使えないと言われたときか。 多分、理由はひとつではなくてすべてが重なり合った複合的なものだろうけど、地下鉄のホームに向かってずっと階段を下りていくアンナをうしろから追うシークエンス、きっとアンナは地下鉄の線路にこのまま飛び込んでしまうのではないか!、というスリルがありまして・・・この緊張感もまたわかりやすくも劇的でも決してないんだけれど、「もしかしたら」と思わせるリアルはあって。
 もし飛び込むのならアンナは過去の様々な罪に押しつぶされることから逃げた、のかもしれないけれど、もし飛び込まないのなら、過去のすべてを受け入れて、それでももう一度歩き出すという意思表明になるのだろう。
 アンナがどちらを選んだのかはぜひこの映画を見ていただいて・・・。
 生きているだけでそんなつもりのないことを背負い込んでいるものです、ということを教えてくれる映画。 これは、ある程度以上生きてないとわからない感覚かもしれないわ。 そしてあたしはそれがちょっとわかるほど長く生きてきてしまったわ。
 もうこれ、『ELLE』のイザベル・ユペールばりの、シャーロット・ランプリングありきの映画ですよ、アカデミー主演女優賞にノミネートされてないとおかしくない?(まぁヴェネチア国際映画祭で主演女優賞とってるようですが)。

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2019年02月20日

今日は、5冊。

 2月も下旬に入ってまいりました。 早いな。
 そしてついに、<天冥の標>最終巻がやってきた。
 早川の新刊案内に、「2009年9月の刊行開始から10年、ついにメニー・メニー・シープの人類の運命が決着します。万感の最終巻、よろしくお願いします。」とあるのですが・・・「よろしくお願いします」と書かれた本なんて今まであった?

  天冥の標10−3.jpg 天冥の標] 青葉よ、豊かなれ Part3/小川一水
 多分、担当の方とか編集者の気持ちとしてはそうなるんだろうなぁ。 裏表紙の<あらすじ>を見れば、これまでのサブタイトルを全部詰め込んでの作品紹介。 これは編集者、前からその傾向はあったけど楽しんでますね!
 開始から10年。 新刊が出るたび「ここで買った」というのを覚えている(『メニー・メニー・シープ』を買った本屋さんはもうなくなった)。 長く続いた物語を同時代に見て(しかも日本語で書かれたもので)、完結に立ち会えるというのは・・・意外に少ないのかも。
 万感、胸に迫るとはこういうことを言うのか。 ちょっと泣きそうです。

  地下道の少女.jpg 地下道の少女/アンデシュ・ルースルンド&ベリエ・ヘルストレム
 未訳だった<グレーンズ警部シリーズ>の4作目、ついに本邦初訳で登場! めでたい!
 でも5作目の『三秒間の死角』の版権を角川は手放さないようだ・・・6作目以降の権利を早川で取ってもらえるのだろうか。
 めでたさと心配が入り混じるのも翻訳シリーズ物には実はありがちなこと。 版権がひとつの出版社にあるのならまだいいのですが、複数かんでいたり、その中に信頼できない出版社がいると心配度が増すのだ・・・。
 がんばってください、早川書房!

  クロイドン発12時30分【新訳版】.jpg クロイドン発12時30分/F・W・クロフツ
 クロフツといえば『樽』、その次が『クロイドン発12時30分』。 なのであたしは中学生?の頃『樽』を読みましたが・・・子供には地味だったのですかね、『クロイドン発12時30分』に進めませんでした。 そのうち、本が手に入らなくなりました。
 そんな作品についに新訳版が! しかもあらすじ見れば10歳の孫視点の部分があるようではないか! 『樽』ではなくこちらを先に読んだほうがよかったんじゃないの、昔のあたし!

  沼の王の娘.jpg 沼の王の娘カレン・ディオンヌ
 バリー賞受賞作。 ハーパーブックス(文庫)は目次がほとんどないことが多く、本編に行くまでのページ構成がちょっと物足りないのであまり多く買いたくないのですが、ピンポイントで面白そうなやつが出るから困るのよ(しかも一か月に出す点数はそれほど多くないのに)。
 これは父と娘版『さよなら、シリアルキラー』という趣。 あとこの表紙の雰囲気にやられちゃいました。

  ついには誰もがすべてを忘れる.jpg ついには誰もがすべてを忘れるフェリシア・ヤップ
 これもハーパーブックス、今回出る二冊を両方買う、あたしとしては初めてのパターン。
 <新型記憶ミステリー登場! 被害者、容疑者、容疑者の妻、刑事。殺人事件の手掛かりは、4人の穴だらけの記憶――。>というコピーにやられました。 しかも原題は“YESTERDAY”なんですよ! 記憶ものは興味深いですが、なんだかこれはまったく新しい価値観で書かれているように感じて・・・そうなると、読みたくなりますよね。

ラベル:新刊
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2019年02月19日

ディア・ハンター 4Kデジタル修復版/THE DEER HUNTER

 「おぉ、『ディア・ハンター』が映画館で観られるのか!」
 シネ・リーブル神戸でこのポスターを見たとき、思ったのがまずそれだった。 あたしがこれを観たのはもう20年以上前?、しかもWOWOWで、18インチぐらいの自宅のTVを1mぐらいの距離で観た・・・(目が悪いもので)。
 打ちのめされましたよね〜。 クリストファー・ウォーケン目当てで観たから余計に。 印象が鮮烈なので、もし観たすぐだったら映画館で、とは思わなかったかもしれない。 20年ぐらいたったから、再び観たい気持ちになったのかもしれない。 そうだよね、『カティンの森』、あたしはまだしばらくいいもん・・・。

  ディア・ハンター4K P.jpg 戦争がもたらす狂気と心の傷。

 ベトナム戦争真っ最中のアメリカ、ペンシルバニア州。 製鉄所で働く仲間たちのうち、マイク(ロバート・デ・ニーロ)、ニック(クリストファー・ウォーケン)、スティーヴン(ジョン・サヴェージ)が近々出兵することになっていた。 町に残るスタンリー(ジョン・カザール)、ジョン(ジョージ・ズンザ)、アクセル(チャック・アスペグレン)らは、壮行会とスティーヴンの結婚式を盛大に開く。
 その後、戦場で再会した三人はベトナムで捕虜としてとらわれる。 その地獄から脱出するためにマイクがとった策略は・・・という話。
 <4Kデジタル修復版>といいつつシネ・リーブル神戸では2Kでの上映でした。 冒頭はちょっと画面のざらつきが目立ったけど、だんだん気にならなくなるから大丈夫です。
 意外と覚えていない・・・と思うとものすごくはっきりと覚えているシーンがあったり。 いろいろと確認作業をおこなってしまった。
 ペンシルバニア州にはこういう地域もあるのね。 ある一定年齢以上の女性が同じような格好をしていたりするのでこの町は特定のコミュニティなのか?、と今回気づいた。 結婚式、変わってるなと昔は思っていましたが、ロシア正教だと今はわかるよ! ロシア系移民なの?

  ディア・ハンター4K 2.jpg そうだ、結婚式のシーン、長いんだった。
 でもこの場面があるから町の人間関係が全部わかるのだ。 それにしてもニックのかっこいいこと! 貴公子然というか・・・小さい町の中で一人だけ特別、みたいな雰囲気(本人は全然そう思っていないところがまた)。 そりゃ、マイクは愛してしまうわよね。
 ニックにはリンダ(メリル・ストリープ)という恋人がいて、マイクも実はリンダを・・・という感じっぽいのですが、あたしは普通にマイクはニックを愛していて、その気持ちをリンダに投影していると最初観たときに疑いなく思ったのですよ。 今回、「どっちにもとれるようになってるのでは」と確認したけど、それは「マイクが好きなのはリンダ」説をあとから聞いたからというか、「マイクが好きなのはニック」とまったく感じない人もいる、と知ったから。 別にBLというわけではないのだが、今観たらマイクのニックへの愛情を序盤から感じる人は増えるのではないかしら。 そういうところにも、“時代”を感じてみたり。

  ディア・ハンター4K 1.jpg 鹿狩りは彼らの楽しみ。
 出征する前にも、鹿狩りに行く。 『ディア・ハンター:THE DEER HUNTER』のタイトルの意味はそこから。
 彼らの日常生活はたっぷりと描くのに対して、ベトナムに行って以降はかなり短縮されている。 彼らがそれだけ<覚えきれない>時間を過ごしたからなのか、戦場の実際に自分のペースなど吹っ飛んでしまったからなのか。 残虐で意味不明で不可解なことだらけなのに、ベトナムでの出来事はどこか荒唐無稽さを漂わせているのも「リアリティがない」と2019年から観たらつっこまれそうなんだけど、これはリアリティをどうこうする映画じゃない気がする。
 無事に帰ってこれた人、大きなケガを負って帰ってきた人、もう帰れないと思い込んで帰る道を見失ってしまった人、状況は違えども戦場経験でみんな人生が変わった。 これから日常に復帰してどう生きるのか、の課題を抱えている人も、帰ること自体が選択肢にない人はどうしたらいいのか。 その結末しか残っていないのか。
 そもそも、このゲームを最初に始めた(利用した)のはマイク。 マイクに引きずられて加わらざるを得なかったのがニック。 だけどニックは自分だけが助かったのだと思って、罪悪感に押しつぶされてしまった。 それを助けられるのはマイクだったのに、あの時マイクは間に合わなかった。 もう一度探しに行ったとき、もうニックは引き返せないところまで来てしまっていた。
 タイミングが合わなかったといえばそれまでだけど・・・あの時、マイクはもっと本気出してニックを追いかけてほしかったよ。
 でも、きっとニックは最後のとき、しあわせを感じたんだろうな・・・と思えるのが唯一の慰めで、またあたしは泣いてしまいましたよ。
 以前は「マイクにもどうしようもなかった、運命の皮肉」と思うしかなかったのですが・・・マイクにもう少し頑張ってほしかった。 マイク自身戦争の傷を抱えているけど、ニックを最初に救えてたらマイクの傷も早く癒えただろうし。
 と思っても、思ったようにいかないのが運命というやつで。
 残酷だ、この世の中はやっぱり。

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2019年02月18日

ロードレース、二連続。

キアズマ/近藤史恵
 読み始めたら一気に読んでしまった。
 翻訳ものを多く読んでいると、「日本人作家の、日本が舞台の小説」ってすごく読みやすい!、と改めて思う。
 さて、この『キアズマ』も自転車ロードレースものだけど、語り手は帰国子女の大学生で未経験者。 まずは「ロードレースとは」の基本から始まるので『サクリファイス』シリーズよりとっつきやすいのかもしれない。

  キアズマ 近藤史恵.jpg 不器用男子の青春ものでもある。
 メンバー不足の大学の自転車部に、断り切れない理由により入部した“ぼく”・正樹が自転車の魅力、ロードレースの楽しさと厳しさに目覚めていく過程の記録。
 まずは登場人物がそれほど多くないので、「この人、誰だっけ」ということがないのが楽。 一人称だからわかりやすいし。 19歳でも基本いいやつなので<信頼できない語り手>を疑うこともなく、すんなりいけてしまうので余計に読むのが早かったのかも。 イノシシのようにパワー直行、丘よりも直線が大好きな正樹くんは白石くんとはタイプが正反対で、まぁ同じタイプを描いてもしょうがないよね、と納得する。
 先輩でありいちばん近いライバルでもある関西弁の櫻井くんのわかりやすい見た目ヤンキーっぷりが、「男の子って、バカだねぇ」を強調するものの、これまたわかりやすく人格者っぽいキャプテンのキャラも楽し。 少女マンガのスポーツものにも雰囲気が似ている。
 大学の一年間しか描かれていないので、これもシリーズ化するのかな。 でもキャプテンは4年生になっちゃってるよ!

スティグマータ/近藤史恵
 勢いがさめやらないので次はこっちを。 懐かしの白石くんの語りになんだかほっとしたりする。
 『サクリファイス』・『エデン』の続き。 白石くんは30歳になっており、この先いつまで走れるのかを考えながら、まだヨーロッパで走っています。

  スティグマータ 近藤史恵.jpg この現地写真の表紙が<『サクリファイス』シリーズ>のテイスト。
 ニコラと同じチームになり、彼のアシストとして走る白石誓。 だが今期、ロードレース界の帝王と呼ばれながらドーピングですべてを失い、この世界を追われた男ドミトリー・メネンコが帰ってくるという。
 おぉ、あの人をモデルにしているのね!、とニヤリ。
 チームは違ってもミッコや伊庭くんなど、なじみのキャラが引き続き登場なのがうれしい。 これぞシリーズ物の楽しみ!
 <しらいしちかう>が外国人には言いづらいのか、すっかり彼の呼び名が「チカ」になってしまっていることに一抹の寂しさが(あたしはずっと「白石くん」と呼ぶよ!)。
 アスリートとして世界を舞台に立ち向かう者、というだけではなく、名を残した者は、を描いてはいるものの、話が途中な感じがすごくする・・・えっ、この残りページでどうするの?、とはらはらしていたが、完全に続きありきの終わり方ですよ。
 うわっ、もやもやする!
 一気読みしてしまったがために、次を待つのが長いぜ。

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2019年02月17日

キャッスルロック スティーヴン・キング×J・J・エイブラムス

 この2月から、WOWOWは新しい海外ドラマを大量投入!
 その中で最も宣伝に力を入れているのが、スティーヴン・キングとJ・J・エイブラムスが製作総指揮を務めるという『キャッスルロック』だ!

  キャッスルロックP.jpg 見よ、この不吉なルック。

 まだ第2話なんですが(字幕版は2月初めに一挙放送したけど、あたしはドラマは吹替で観たい派)、スティーヴン・キングの過去作品からの引用がとても多くてついニヤニヤする・・・。
 キャッスルロックはキングが作り出したメイン州にある架空の小さな町。 『ニードフル・シングス』で町はとんでもないことになったし、小さな町で不吉なことが起こりすぎるにも限界があるのか、デリーやヘイヴンなど他にもよく出てくる町はあるのだが、“キャッスルロック”という名前自体が有名になっている(キングに許可をもらって使っている映画会社もあり)ので代名詞的なところがあるのかと。 ショーシャンク刑務所もこの町にありますし、ドラマにもばっちり出てきます。
 事前の予告番組でビル・スカルスガルド(スカルスゲールド?)やシシー・スペイセクが出てることはわかっていましたが、まさかスコット・グレンまで出ているなんて! さすがの豪華キャスト! 今度字幕版の再放送も録画しようかな・・・。
 キャッスルロックはキングの比較的初期の作品によく登場するため、ドラマのテイストもそれに近いおどろおどろしさあり。 でも現代設定なのですよ! だんだん洗練されてきたキング手法へこのドラマも転換していくのかしら。
 全10話、セカンドシーズンも制作決定とのこと。 じゃあすっきり終わらないんじゃん・・・。
 でもこのドロドロ加減、楽しみます!

ラベル:海外ドラマ
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2019年02月15日

ナチス第三の男/THE MAN WITH THE IRON HEART

 『HHhHープラハ、1942年』が映画になることは知っていたけど・・・「えっ、これなの?!」とびっくりする。
 なんか普通に歴史映画・・・だよね? 原作に込められていたメタ視点とか「そもそも小説とはなんだ」といった仕掛けとか、一切ないよね? まぁそれを映像化しようと思ったらかなりアクロバティックなことをしなければならないのだが。
 チラシ裏に、「原作とは全く違うが」という原作者本人のコメントがあった。 やっぱり。 歴史ドラマとして、見届けましょう。

  ナチス第三の男P.jpg なぜヒトラーでもヒムラーでもなく、彼だったのか?
   史上唯一成功した、ナチス高官の暗殺計画。誰も知らない真実の物語。

 1942年5月27日、メルセデスに乗ったラインハルト・ハイドリヒ(ジェイソン・クラーク)が市の中心地を通りかかる。 それを綿密な計画で待ち構える暗殺団がいた。
 それに先立つこと12年前、通信将校であったハイドリヒは社交場で貴族階級のリナ・フォン・オステン(ロザムンド・パイク)と運命的な出会いを果たす。 が、彼の女癖の悪さ故に不名誉除隊に。 しかしナチ党の絶対的支持者であるリナにはげまされ、チャンスをもらい、SSリーダーのハインリヒ・ヒムラーとの知己を得る。 ヒムラーはハイドリヒの試験結果に満足し、情報部新規立ち上げに対してハイドリヒを重用することに。 ナチ党に加わったハイドリヒは諜報活動で裏のつながりを強め、ヒトラー政権樹立後はゲシュタポ・警察機構・SS保安部などを統合した国家保安本部を立ち上げ初代長官となる。 ハイドリヒはナチスでは<鉄の心臓を持つ男>として知られ、保護領(チェコのこと)の副総監・“ユダヤ人の最終解決法”の首謀者としてヒムラーに次ぐ巨大な権力を手中に収める。
 一方、ハイドリヒの弾圧に強い危機感を抱いたチェコスロバキア亡命政府はイギリス政府の力を借り、ハイドリヒ暗殺計画を立てる。 実行するのは亡命チェコ軍のパラシュート部隊からヤン・クビシュ(ジャック・オコンネル)、ヨゼフ・ガブチーク(ジャック・レイナー)ら数名の若者たち。 チェコ国内に潜伏するレジスタンスの力を借りて、ハイドリヒの行動を調査し、暗殺に最適なときを狙う・・・という話。
 冒頭の路面電車ごしにメルセデスがやってくるところ、銃を構えて車の前に立ちふさがる男が撃とうとしているのに弾詰まりなのか発射されない一瞬、などはすごく観たことがあって、あ、『ハイドリヒを撃て!』だね、と思い出す。 あれはレジスタンス側視点の映画ですが、これは前半がほぼハイドリヒ側視点で進む。

  ナチス第三の男4.jpg ロザムンド・パイク、マジ怖かった・・・。
 ナチスの考え方に疑いを持たない、むしろ正しいと思っている人の純粋さがおそろしい。 良き妻・良き母・良き国民であるという自信、勿論そうなるように努力しています!、という強さ。 現代人として「ナチス思想は間違っている」と思えるけれど、もしこの時代にいてリナに会っても、あたしは絶対彼女を説得できないだろうという無力感を覚えつつ、そんな彼女の強さを美しいと感じてしまう自分もいるので困る。
 リナはマクベス夫人のよう、ということもできるけど、上流の生まれで「そうすることが当たり前」として育ってしまった人に考え方を変えさせることはひどく難しい・・・。
 そんな<かたくなな美しさ>を全身にまとうロザムンド・パイクは『ゴーン・ガール』のイメージが定着しかねないにもかかわらず、こういう役をためらわないところに、役者魂を感じてドキドキする。

  ナチス第三の男2.jpg やっぱりどこかあやしいジェイソン・クラーク。
 ハイドリヒの“金髪の野獣”の異名通り、髪の毛をブロンドにしたジェイソン・クラークはいつも以上に何かありそうなたたずまい。 挙動不審?、神経質?、とも見えた弱い部分も、リナのバックアップや組織内の地盤ができていくにつれ自信家になっていくことで生まれ変わったように見える。
 原題の<THE MAN WITH THE IRON HEART:鉄の心臓を持つ男>は、ナチ側から見たハイドリヒへの評価(命名したのはヒトラー)であって、「人間としての感情が通じない、心臓が鉄でできている男」という意味ではない。
 本来、組織における自己実現は、個人的には居場所の確保と安定と挑戦への飛躍として望ましい。
 しかしその組織がナチであったのが世界において悲劇だった。

  ナチス第三の男3.jpg パラシュート部隊の二人。
 あ、『シングストリート』のお兄ちゃんだ!、着実にがんばってるね!、と思えたのはとてもうれしかったです。
 しかも暗殺部隊の一人だよ・・・せつない側の立場ですよ・・・。
 レジスタンスの方々の暮らしは静かだが壮絶なる覚悟に満ちている。 なにかあったら、用意してある毒物でどんな小さな情報も漏らさないように死なねばならないと決めているから。 いつどうなるのかわからない、この先いつまで生きられるのかわからない、そんな生活をしていたら、レジスタンスからの協力者アンナ・ノヴァーク(ミア・ワシコウスカ)とヤンが恋に落ちてしまうのも必然だと感じてしまう。 でもその想いが盛り上がれば盛り上がるほど、自国の平和のためにはこの恋は終わるのだという揺るがしがたい事実があって。 こういう役にミア・ワシコウスカはほんと似合うよね! まさに時代に引き裂かれる悲恋。
 でも、子供と一緒に毒を飲み、一緒のベッドに横たわる親子とか、母親が先に追い込まれたために毒を飲み、苦しみ倒れる姿を見てしまった娘がわけわからず悲鳴を上げるとか、そっちのほうに胸を引き裂かれてしまいました。
 ハイドリヒ襲撃後、ナチスは報復のために特に証拠もなく近隣の村をいくつも全滅させる。 その容赦のないやり口に居場所を密告される。

  ナチス第三の男5.jpg 隠れ家は聖キュリロス・聖メトディオス正教会の地下納骨堂。
 教会での銃撃戦は・・・ただただかなしい。
 時代の古さがライフル銃の性能によって否応なく強調されて、「あぁ、こんな武器でやり合っているのか」とせつなくなって。
 勿論、高性能の機関銃があればいいとかそういうことでもないんだけれど。 有効な道具がないからハイドリヒ暗殺も接近戦になったわけだし・・・無人機を使って戦場から離れたところで引き金を引く、というのもどうなんだ、というのもありますが、自分の力と意志で目の前の敵を殺しています! そして自分も同じように狙われ、命を落とす覚悟です!、というのは・・・それもまた残酷ですね、と思うしかなくて。
 エンディングで、ヤンとヨゼフが初めて出会うシーンが挿入されていて・・・泣きそうになりました。
 ドイツ・チェコスロヴァキアを主に舞台にしながら台詞がほぼ英語というのは違和感ありましたが・・・英語圏の役者さんを多く使っているから仕方ないよね〜(制作はフランス・イギリス・ベルギー)。 というかオープニングにワインスタインカンパニーのマークが出たのには驚いた・・・2017年の映画でした。 こういうときに時差を感じます。

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2019年02月14日

フロントランナー/THE FRONT RUNNER

 <ヒュー・ジャックマン最新作!>、ということだけで観に行ってしまった。 勿論予告は観ていたんだけど、話のざっくりとした内容と、実在の人物の役というくらいで誰が共演かとか監督は誰なのかなどまったくのノーマークで。 ポスターのコメントが大体の説明をしてくれているけれども。

  フロントランナーP.jpg 1988年、アメリカ合衆国大統領選挙。ジョン・F・ケネディの再来と言われたゲイリー・ハート。最有力候補(フロントランナー)だった彼は抹消された。たった一つの報道で。
   裏切ったのは――マスコミか、国民か、それとも彼自身か。

 1987年、アメリカ大統領選挙予備選。 4月13日に大統領選への出馬を表明したコロラド州選出のゲイリー・ハート(ヒュー・ジャックマン)は、「JFKの再来」と呼ばれ、民主党の最有力候補<フロントランナー>に一気に躍り出る。 ワシントン・ポスト紙のハート番記者であるパーカー(マムドゥ・アチー)もハートの主義主張・未来志向に心打たれた一人だ。 多くの人がゲイリー・ハートに魅せられていく、彼が次期大統領になることは確実に思えていた。
 が、ある日、マイアミ・ヘラルド紙にある情報提供があり、裏取りのために動いた同紙はある疑いを記事にする。
 それは個人的なことで公約等と関係ない、と説明を拒むハート、「公人には責任が伴うのではないか」とするマスコミ。
 あくまで政策だけで戦う、と息巻くハートだが、家族や自らの選挙スタッフにも何も説明しようとしないため、次第に周囲からの信頼を失っていく・・・という話。
 冒頭からの長回しが予備選にまつわるあれこれ・・・かかわる人々の多さなどを現していき、主人公に辿り着くのは最後。 おぉ、誰かわからないがこの監督はやる気だな!、と感じて。

  フロントランナー2.jpg おぉ、J・K・シモンズ!
 ハート陣営の選挙参謀がJ・K・シモンズ、ワシントン・ポストにはアルフレッド・モリーナがいて、特に説明なく団体さんのカットが入り混じるので「この人たちはどれ?」となりますが、リーダー?を押さえておけば区別は可能。 マイアミ・ヘラルドのほうも違いがわかってくるし。 ゲイリー・ハートを主役としても、やはり群像劇なのだな〜、と個人的にわくわく。 その中でもワシントン・ポストのパーカー記者と、ハート陣営の選挙スタッフであるアイリーン・ケリー(モリー・イフラム)がキーパーソン。 あ、ハートの別居中の妻ヴェラ・ファーミガもね!

  フロントランナー1.jpg ハートとパーカーは意気投合。
 確かにハートはいいことを言う。 先を見据えた戦略も、未来から見ればなかなかいい線をいっている。
 だが、表に出た“疑惑”(それは女性スキャンダルー今でいうところの不倫なのだが)に対して一切コメントを出さないのは2019年の目から見ると非常に不自然なのだけど、どうもこの時代では「それとこれとは話が別、政策や公約がよければそれでいいだろう」という価値観もあったようでして・・・JFKも女癖悪かったけど許されてたでしょ、的な。
 とはいえ映画では直接的に回答は描かない。 ハートが浮気したかどうかはわからず、観客もまた記者たちや関係者と同じ立場に。
 でも「ブッシュは元CIAだ」という台詞もあることで、この件が何かの仕込みという可能性もゼロではないとも感じさせる(最終的にハートはブッシュと戦うことになるはずだったから)。 タレコミした人は誰だったのか、どういう意図だったのかも説明されないし。

  フロントランナー4.jpg しかしそういう時代ではなくなってきてた。
 マイアミ・ヘラルド紙へのタレコミにより「ハートがある女性とデート、しかも選挙スタッフということにして家に連れ込む」を追及。
 ワシントン・ポスト側は「政治記者が低俗なゴシップを報じるのはいかがなものか(報じること自体意味がない)」という姿勢なのだけれど、編集部の女性記者の言葉「権力者には説明責任がある」で風向きが変わったり。
 女性の言葉には印象的なものがある。 選挙事務所で男性スタッフが立っていた女性スタッフにコーヒーを入れてくれと頼む場面、それを見たアイリーンが「彼女はコーヒーをいれるためにいるんじゃないのよ」ととがめる。 とりあえず若い子ならお茶くみだろう、というのに異を唱えだした時代なのね! 女性の社会進出というか、権利や自由の問題が表立って論議されるようになったからこそ、<まず人としてどうなのか>も見られるようになったのかしら?

  フロントランナー3.jpg 「自分の大事な一人を幸せにできなくて、国民を守れるのか」論議。
 政治のワイドショー化、の瞬間を描いた、ということなのか・・・。
 台詞ではなく目だけで、不意を突かれ、失望し、失意に満ちた気持ちを数秒の間で表すヒュー・ジャックマンはやはりうまい! 『グレイテスト・ショーマン』でも目だけで台詞以上のことを表現してしまう部分に胸を突かれたのだけれど(歌と踊りが素晴らしいのでそのあたりが他の人となかなか共有できなかった)、ミュージカルスターでなおかつストレートプレイでも成功できる人はほんとにお芝居うまいんだ!、と実感です。
 また好感度の高いヒュー・ジャックマンにこういう役をやらせるのが意図的というか・・・なんとなくゲイリー・ハートに肩入れしそうになっちゃうから。 でも「あれ?」、「あれ?」と違和感が積み重なっていく感じの困惑は、アイリーンやパーカーの気持ちに重なるのかも(マスコミの報道として知る多くの人は無関係の他人ですが、近くにいる人にも何も言わないってのは信頼関係が崩れるのでは)。
 あたしは大変面白かったですが・・・この明確に答えを出さない感じ、今の世の中的には好まれないかも。 「こういうことがありますが、どうですか?」と材料と質問は提示されるけど、答えは自分で出さなければいけないタイプ。 しかも大統領選挙予備選だから日本人にはわかりにくいよね!
 と思ったら監督はジェイソン・ライトマンですよ! あ、ちょっと『サンキュー・スモーキング』を思い出した意味がわかった!
 なるほど、あの長回しにも納得。


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2019年02月13日

ジュリアン/JUSQU'A LA GARDE

 DV家庭で暮らす子供視点の話・・・という、なんというタイムリーな。 いや、本来タイムリーであってはならないのだが、世界中で様々な形でこの問題が描かれるということは、ほんとに困ってて解決策がなかなか見つからない・有効な対策が取られていないということなんだろう。
 観たら絶対暗い気分になるのはわかっていたが、ポスターの少年の、おびえつつ泣くのをこらえている表情にやられてしまいました。 ジュリアン役の子、精神的ケアは十分にやってるよね、と確認したくなるほどこの体験はトラウマ級だったのでは。

  ジュリアンP.jpg ジュリアンは母親を守るため、必死で嘘をつく
   家族は、衝撃の結末を迎えた

 裁判所の調停室で、アントワーヌ(ドゥニ・メノーシェ)とミリアム(レア・ドリュッケール)との間で11歳の息子ジュリアン(トマ・ジオリア)の親権について話し合っている。 二人にはそれぞれ弁護人がつき、判事が話を聞いているが、ジュリアンの「父親が怖い」という意見は母親の味方をするためと思ったのか、判事は共同親権と父アントワーヌに2週間に一度の面会権を与えることにする。 ジュリアンの姉のジョセフィーヌ(マチルド・オヌヴー)は18歳で成人扱いのため、元夫婦の論争の対象はジュリアン一人に。
 ミリアム、ジョセフィーヌ、ジュリアンはアントワーヌに内緒で新しい家を探し、アントワーヌにかかわりを持たないようにしたいと願うが、面会日は定期的にやってきて・・・という話。

  ジュリアン1.jpg アントワーヌ役は結構見覚えのある人である。
 映画は早々に「父と母、どちらがヤバいのか」を明かさない。 先入観を排して双方に均等の落としどころを判事は探しているように見えるし、けれど同時にお役所感というか「これも数ある離婚訴訟関連の調停の一つ」と思っているのかな?、とも感じるし。 姉が父の暴力によりケガをしたと診断書を提出すれば、父は「それは学校の体育の時間にケガをしただけだ」と憮然と答え、弁護士は「その診断書はケガした日の三年後に発行されています」と付け加える。
 だが、数多くそういうケースを見ていれば気づくはず、もっともらしい言い訳がスラスラ出てくる人はヤバいことを。 そこであたしは「この父親、ヤバい」という目で見ていくことになりました。
 ミリアムはアントワーヌに合うこと自体避けている。 調停の場では仕方なくだろうけど絶対目を合わせようとしない。 そこもっと突っ込んだらいいのに、という局面でも言葉を飲み込む。 完全にあとの逆襲を恐れてる。 DV被害者の典型じゃないか。
 なのに11歳のジュリアンを父と二人きりにするのである・・・やばいでしょ。
 法律はあてにならない、ジュリアンは自らが盾となり母を守ろうとするのだよ・・・自分の携帯電話から母の番号を消去したり(父に奪われて中を見られるから)、引っ越し先も教えないようにがんばっているのに、アントワーヌ側の親戚(?)が「どこどこで見かけた」とチクる意図なく情報をアントワーヌに与えてしまうから、ジュリアンは必死で嘘をつくのだ。 でも子供の嘘だから場当たり的で、整合性がない。 
 だが、どうやらアントワーヌはジュリアンの言うことをほぼ疑っていないのだ。 ミリアムがジュリアンに嘘をつかせていると思ってる?
 という、大変ドキュメンタリータッチというか、<映画的盛り上がり>を一切つけない演出なので賛否がわかれそう。
 それでいて、いつ何が起こるかわからないリアルタイムサスペンスでもあるんだけど。

  ジュリアン2.jpg おかあさん、逃げるならちゃんと逃げよう。
 離婚したのに付きまとうとか、フランスには接近禁止命令みたいなものはないのだろうか。 そこまでミリアムが申告してないのか。 またアントワーヌの行動は相手の身体に証拠を残すようなところまではこのあたりではやっていないので、警察などに行っても・・・というあきらめがあるのだろうか。 また姉のジョセフィーヌは自分自身が結構な問題を抱えてしまっており(これもまたこういう家庭環境と無縁なことではないのでなんとも言えない気持ちになる)、よりジュリアンに負担がかかる方向に。
 ついにアントワーヌがぶちぎれるときがやってくる。 それは突然で、度合いも急に。
 ここまでにならないとミリアムは警察に電話できない、ということ自体が、彼女の抑圧の強さを物語っている(ご近所の人が通報するほうが早かった)。 DV被害者に「早く逃げればよかったのに」と他人が言うのは簡単だけど、当事者はいろんな方向から追い詰められて容易には助けを求められなくなっていることのモデルケースとして見ていいんじゃないか。
 だとしても・・・斧でぶつ切りされたように「そこで終わる?!」には息をのむ。
 呆然としたまま無音のエンディングへ。
 まるでダルデンヌ兄弟やハネケ映画のようだ。 余計空気が重たくなるけど、これが監督の思いのツボなんだろうな・・・。
 せめて、その後どうなったかぐらい・・・と期待してしまうのだけれど、多分アントワーヌが生きている限り、ジュリアンたちに心休まる時はないという暗示? 判事が一歩強く踏み込んで何かしてくれるか保証はない?
 日本でも子供の虐待事件が起こるたびに学校や児童相談所、行政や司法に対する抗議が起こる。 でも一度話題になると取り上げられる数が多すぎて正直報道を見ているだけのこちら側もどれがどれの件かわからなくなることもある。 もう、抜本的な改革をしなければ実態に対応できなくなっているのだ。
 多分それはどこの国でも同じことで、短編映画でもこの問題を描いたグザビエ・ルグラン監督の静かな怒りがここにはあるのだろう。 あたしも怒りと悲しみに、打ちのめされました。

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2019年02月12日

今日は3冊。

 引き続き、2月前半の文庫新刊。

  世界推理短編傑作集4【新版】.jpg 世界推理短編傑作選【新版】4/江戸川乱歩・編
 例のシリーズ、4巻目。 古い作品なんだけど、あたし自身が昔から時間をさかのぼった作品を多く読んでいたから(なにしろコナン・ドイルのシャーロック・ホームズ自体かなり古いわけで)、それはそれとして違和感がないのですよ。 「古き良き時代」的な?
 ただ短編なのでアイディア勝負、次の時代に似たようなタネで使われている場合の残念感は半端ないですが、リアルタイムじゃないからそれは仕方ないですよね・・・「この時代にしてはすごい!」と脳内補完することにしてますが、時には補完が必要ないものもあり、「ミステリってすごい」と改めて感じるわけで。 こういうアンソロジーを揃えてしまいたくなるのはきっとそのせいでしょう。

  黒衣の花嫁 コーネル・ウーリッチ.jpg 黒衣の花嫁/コーネル・ウーリッチ
 丸善ジュンク堂企画・絶版(品切れ重版未定)から復刻します、ということで最近ドカッと出ました。
 その中から2冊をチョイス。 もっとほしかったがチョコレートを買いすぎてお金がなかったのと新版が出るかもしれない可能性もあるし・・・と2冊でおさえた自分、がんばった!
 『黒衣の花嫁』は読んだことがないのですが、<女性版『喪服のランデブー』>だという噂は聞いており・・・復讐モノ好きとしてははずせないでしょう!(『喪服のランデブー』もよいしね!)

  賢者の石 コリン・ウィルソン.jpg 賢者の石/コリン・ウィルソン
 御多聞に漏れず学生の頃から、コリン・ウィルソンは読み漁ったが・・・ほぼノンフィクション・ルポルタージュ系だった。 当時『賢者の石』の存在を知っていたけれど、「小説だから」とスルーしていたのです(のちのち、『スペース・バンパイア』の原作もコリン・ウィルソンだと知っておののいた)。 そうこうしているうちに本屋で見かけなくなり、地元の図書館にはあったけどあたしが遠ざかってしまい・・・今回の復刊リストで再会した。 というか、復刻予定リストで。 そこから一人一票で上位作品が復刊(正確には重版)されるということで・・・あたしはこれに一票入れました!
 無事に重版されてよかった!

ラベル:新刊
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2019年02月10日

今日は5冊。

 2月に入り、例によって新刊が出てまいりましたよ。

  おかあさんの扉08.jpg おかあさんの扉 8/伊藤理佐
 だいたい一年に一冊出る感じですが・・・もう8巻とな? 娘さん8歳なわけ?
 「他人の子供の成長は早い」ということわざ(?)をまた思い出す・・・。
 「なんで子供がいないのに子育てエッセイマンガ読むの?」と聞かれることがあるのですが、そりゃ子供がいないから未知の世界を知りたいじゃないですか。 それに、どのジャンルでもエッセイマンガは作者の技量が出るので面白い。
 というか、子育てエッセイマンガの読者は子育てしている人だと見られているのか・・・。

  ミステリと言う勿れ4.jpg ミステリと云う勿れ 4/田村由美
 さくさくと4冊目。 だんだん、超自然現象よりの話になってきているような・・・。
 とはいえ、運の悪い、喋りが止まらない久能整くんの今後に興味はあるのです。

  蜻蛉せいれい05.jpg 蜻蛉 5/河惣益巳
 『蜻蛉(せいれい)』も5巻目。 おぉ、更にスケールが大きくなってくる気配濃厚。 こりゃなかなか終わらないよ・・・イスラム圏の女性解放も視野に入れているのではないか、というほど。

  連続殺人犯.jpg 連続殺人犯/小野一光
 『新版 家族喰い』を一気に読んでしまったのでその勢いのまま。 ルポルタージュ。
 連続殺人犯と言っても黄金時代の探偵・推理小説とは違い、美学を持った犯人など存在しないことはわかっている。 どんどん残酷さを増しているこういうルポをそれでも読んでしまうのは、あたしが<事件>というものにひきつけられてしまうからだ。 多分、あたしは法を破る気持ちがさらさらないタイプで(勿論、何かあったらその時はわからないけど)、でもいったいどういうときに箍がはずれたり理性が切れたりするんだろう、と知りたいからかもしれない。

  死者の輪舞 通常表紙文庫版.jpg 死者の輪舞/泡坂妻夫
 泡坂妻夫、伝説の作品復刻! 中井英夫の『虚無への供物』へのオマージュなんだよね!、確か。 だから名前だけは知っていた作品が、こうやって巡り巡ってやってくるのだ・・・長生きはするものです。

  死者の輪舞 エンケン表紙文庫版.jpg 実は表紙とほぼ同じサイズの帯が。
 何故、エンケンさん?!
 一瞬、ドラマになるのかと思ったけど・・・そういうわけではないらしい。 イメージフォトってやつ?

ラベル:新刊 マンガ
posted by かしこん at 05:14| Comment(0) | ☆ 買っちゃいました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする