2018年11月22日

生きてるだけで、愛。

 予告編で「痛そうな話だなぁ」と思いつつ、なかなかよいらしいという評判を耳にして、時間が合ったので映画館に。
 ほんと痛かった。 まったく同じではないが、かつての自分のダメだったところ(今は別のダメなところがあるが・・・)を突きつけられてぐさぐさと刺さった。 でもそれを<過去の自分>と受け止められるようになったんだなぁ、と時間の経過という薬の効果を感じた。
 だからきっと、彼女たちもいつか、楽になる日が来るんじゃないかと。

  生きてるだけで、愛。P.jpg ほんの一瞬だけでも、分かり合えたら。
   今を懸命に生きる、不器用な男女の真っ直ぐでエモーショナルなラブストーリー。

 合コンでの出会いをきっかけに、寧子(やすこ:趣里)は津奈木(菅田将暉)のアパートに転がり込むようにして一緒に住み始めてもう3年になる。 出会った頃から明らかにメンタル方面の問題を抱えていた寧子はこの頃鬱状態に入り、過眠症に。 時間に関係なく眠ってしまい、姉との電話やメールと津奈木だけが話し相手の日々が続いていた。 しかし津奈木も仕事がいそがしく、いろいろストレスを感じることも多いため、寧子と正面切って対峙することを避けているようなところが寧子をイライラさせるのであるが、一日家にいっぱなしで何もしない彼女を責めるなどと思いつくこともなく、コンビニでお弁当を二つ買って帰ってくるのは彼の優しさだ。
 そんなある日、寧子が部屋で一人で寝ていると、玄関のチャイムが鳴る。 這いずるように出てドアを開けると、そこには見知らぬ女性・安堂(仲里依紗)がいた。 彼女によれば、自分は津奈木の元カノである、最近たまたま津奈木の姿を見かけて以前よりかっこよくなったと見直し、よりを戻したいのであなたには出ていってほしいという。 でも引きこもりでは困るから、自立しなさい、と安堂は自分の知り合いのカフェバーで寧子をアルバイトさせるように段取りを組む。 納得がいかないが、流れ上仕方なく、寧子はアルバイトを始めることになるが・・・という話。

  生きてるだけで、愛。5.jpg 必要なものは布団から手の届く範囲に。 でも目覚まし時計はちょっと離して、時間もちょっとずらして3つ以上セットしているあたり、「(一応)起きようとする気持ちはある」ことがわかる。
 映画を観終わってあらすじを振り返ればわかるのだが、映画冒頭から不機嫌な寧子が津奈木に暴言を吐く感じは聞いているこっちが冷や汗が出そうなほどハラハラ・ヒヤヒヤする。 「なにもそこまで言うことはないだろう!」、と津奈木を援護したい気持ちでいっぱいに。 「焼きそばとかつ丼買ってきた。 どっち食べる?」と聞く津奈木に、「あんたが食べたいほうは?」、「かつ丼」、「じゃ、あたしかつ丼」と言っちゃう寧子には「オニか!」と感じてしまう。
 仕事で疲れて帰ってきてこのやり取り、つらい・・・って思っちゃうけど、ほんとにつらかったら帰ってこないかもね。 津奈木は津奈木で寧子のことを気にかけているのであろう、うまく言葉にできないだけで。
 でも「はっきり言葉がない」のが寧子には耐えがたい状況なのだ、ということもわかる。 とにかく承認要求が強い、というか、今の彼女にはそれしかすがれるものがないからだ。 ・・・あたしもそうでしたよ、すみませんでした、と以前の自分にかかわりあった人たちに謝罪したい感じになった。

  生きてるだけで、愛。2.jpg 津奈木が声を荒げることはしないのは、自分がそうしたくないから。
 確かに津奈木は優しいのだが、それは同時に弱さでもあって。 感情をぶつけたくないのはそういうものに正面から向き合いたくない恐れがあるから、「めんどくさいから流そう」ということで処理するほうが楽だとなってしまいがち。 またそれを無意識にやってるところあり・・・そのへんが、「あぁ、喋るのが苦手な男の人っぽい」と感じる。 しかしほんとに仕事場でイヤなことがあって、「今日はほんとごめん、早く寝たい」と言っているのに寧子があたしの話聞いてよアピールしたときの、眠たげながら苛立ちや怒りがこもった目でにらむ一瞬の殺気には、寧子以上にあたしも震え上がりましたよ。 おとなしくしてるからつい忘れがちになってたけど、実は猛禽類でしたね、と気づかされるというか。
 このふたりのやり取りが、この映画のすべてといっても過言ではない。 攻めの趣里・受けの菅田将暉、二人のための映画。

  生きてるだけで、愛。4.jpg 仲里依紗、超コワい役でした。
 そもそも、「ヨリ戻したいから」って今カノのほうに言う? まず彼に聞くべきでは? しかし安堂さん曰く「彼優しいから、あなたを自分から見捨てるなんてしないわ。 だからあなたに自分から出ていってほしいのよ」とのこと。 その言い方が・・・「ヤバい人だよ!」といういかにも感にあふれていて、でもどっちに転ぶかわからないアンバランス感も抱えていて、コワいもの見たさに引き込まれる。 
 寧子が「大丈夫ですか? あたしが言うのもなんですが、あたしよりヤバくないですか」と言っちゃうところには爆笑。 しかし津奈木はやばい女性に惹かれがちってこと?、と感じちゃったよ。
 しかし安堂さん、「私はちゃんと働いて自立しているのに」と言いながらほぼ毎日のように時間関係なく寧子を見張っているんですけど・・・いったい何のお仕事を?

  生きてるだけで、愛。3.jpg 一人でいるときなら、感情は抑えられるけど。
 寧子は「いま、ウツだから過眠入ってる」みたいなことを言う。 ということは過眠時期が終われば鬱ではなくなる? もしや鬱と躁を行ったり来たりする双極性障害? 劇中ではそこははっきりしなかったけど、そう考えれば納得できるところは多々。 でもそういうことを知らない人から見れば、寧子は「なに、甘えてんの?」と言われてしまうのかも・・・。
 カフェバーのオーナー(田中哲司)と奥さん(西田尚美)が理解があるのかボランティア精神なのかよくわからないながらも寧子を後押ししてくれる。 でも奥さんが「結局寂しいから鬱になっちゃうのよ、みんなと一緒にごはん食べてお喋りしてたら元気になるって!」と言うような人だから・・・あぁ、西田尚美ってこういう、無自覚にちょっと無神経な人やらせるとほんと似合うよなぁ(褒めてます)。
 自分は社会に適応できないと悩み、姉には実の家族ならではの辛辣な意見をぼんぼん浴びせられるし、理解を見せてくれる他人もいるけど根本的なところはわかりあえない・・・「誰かと理解し合える」ことは理想にすぎないのかもしれない、けれど絶望がすぐ近くにいる人間にとってはそんな理想的な光が自分のすべてを救ってくれるのかもしれないと考えてしまいがち。 だから寧子の気持ちがとてもよくわかった。

  生きてるだけで、愛。1.jpg ならば、ほんの一瞬でも。
 寧子はほんとにめんどくさい人である。 でもそれを趣里は紋切型のヒステリックなタイプではなく、リアルな若い女性にしたと思う(また声がちょっと低めのざらつきのある感じなので、叫んでもキーキー声にならないのもポイント)。 女性らしさとか美しさとかかなぐり捨てているところ、やせすぎに見えるところも病的でよかった。 そんな寧子を理解できてはいないけど、津奈木は受け入れていると伝わったので救われた思いに。 静かな菅田将暉(一部は静かではないが)、久し振りな感じですよ。
 そういえば津奈木の上司が松重さんだった。
 が、この物語でいちばん不幸な人は安堂さんなのでは・・・一応仕事もあって、社会に適応している風ではあるが、それ故に助けを求められないのではないかと。 安堂さんの年齢がわかりませんが、見た目では津奈木より年上っぽかったし(それとも顔に疲れが出ているのか)。
 生きづらさに正面からぶつかって苦しむ人と、ぶつかり方がわからないままの人、どちらがいいのか。 いや、そんな二者択一的思考自体が間違っているのかも。 どちらが幸せか考えること自体ナンセンスで、それぞれが自分の道を行くしかないわけで。
 だから、いつか時間がたった後に振り返って、「あの頃は、自分、イタかったわ」と笑えるようになれれば。
 映画としても実験作っぽいところもあるけど、地味ながら作家性を感じさせる日本映画にもがんばっていただきたいのです。

posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする