2018年11月13日

風神雷神/柳広司

 引き続き、「あ、こんなの出てた!」と気づいたので・・・2017年8月発売でした。
 『風神雷神図屏風』か〜、俵屋宗達か〜、ぐらいの気持ち。 ハードカバーとはいえ、意外にページが薄く感じた(しかし装丁的には2冊必要なのはわかる)。 意外にさらっと読み終わってしまった。
 口絵として作品の写真もついているのですが、作中に出てくる作品、改めて全部見たいなぁ、と思ってしまった。

  風神雷神 風.jpg風神雷神 雷.jpg 上下巻ではなく、<風の章>・<雷の章>となっているのが微妙にわかりづらい。

 京の都で扇屋<俵屋>の養子として引き取られた伊年は、商売のことにはまったく興味がないが美しいものに時間を忘れて見入ってしまったり、絵を描いていて時間を忘れてしまうような子供のまま大人になったような人物だった。 番頭らは「この人、ちょっと頭大丈夫か?」と感じるが、養父である大旦那はそんな伊年に(当時はそんな概念はないが)芸術家として何かを全うしてほしいと感じている。 秀吉の治世から徳川の世となり、時代は変わっていくが、のちに宗達という名を持つ男がどのような作品を手掛けていき、最終的に『風神雷神図』へ辿り着いた軌跡。

 ざっくり、「俵屋宗達の評伝かな」と思っていると裏切られる。
 勿論主人公は宗達(伊年)なのだが・・・幼馴染みの角倉与一・紙屋宗二との関係、本阿弥光悦の登場と影響、その後にあらわれる烏丸光弘の存在など、当人は結構ぼんやりしていて捉えどころがないのにまわりとの関係で「新しいものを作りたい」という衝動が沸き起こる、ような。 また、作者(もしくは後世−つまり現代視点から見ている歴史学者)のコメントがたびたび入るという『銀河英雄伝説』手法なので、テレビドラマを観ているような感じもする。
 とはいえその時代のことが順序よくまとめられているので、「あー、養源院の血天井、観たなぁ」などと自分の記憶も掘り起こされます。 その当時いろいろうろ覚えなことが繋がっていくというか、歴史小説的な面白さもあり。
 でもやっぱりメインなのは、“芸”や“美”といったものに魅入られてしまった人の、決して普通の人生を送ることができない“業”のようなもののこと。 これは時代や生まれた国も関係ないんだな〜。
 ただちょっと気になったのは、ルビ(フリガナ)に「おや?」と感じることが数回あったこと。 たとえば「万里小路(まりのこうじ)」ってなってるけど、そこは「までのこうじ」でしょ・・・そうなるとすべてのルビが信用できなくなるというか、もしくは自分が間違えて覚えていたのか気になって物語への集中の邪魔をする。 「前栽(せんざい)」は合ってるよねぇ・・・と出てくるたび思ったし。
 講談社、校正がんばれ!

posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | ☆ 読んじゃいました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする