2018年11月01日

象は忘れない/柳広司

 おや、柳広司にこんなのがあったのね、と。 普段文庫しかチェックしないから・・・単行本はスルーしがちで、不意に出会ってびっくりする。
 題材にも驚いた、福島第一原子力発電所事故。
 『象は忘れない』といえばアガサ・クリスティだけれど、もともとは英語のことわざで、「象は非常に記憶力が良いので、自分の身に起きたことは決して忘れない」の意。 あ、もうそれだけで「忘れっぽい日本の国民性」が串刺しにされたような痛みが・・・。
 “あの日”を境に世界が変わってしまった人たちを描く5編の短編集。 タイトルはそれぞれお能の演目から採られている。

  象は忘れない 柳広司.jpg これ、えふいちの姿を模してる?

 冒頭の、『道成寺』から、読みながら「うひゃーっ」と頭を抱えてその場を走り回ってしまいたくなった。
 東北に住んでいて、同じ県内に原子力発電所や原発関連施設がある者にとって、ほぼ心当たりがあるような内容と描写に、「原発は絶対安全です」で思考停止してしまっていた過去の自分に言いようのない恥ずかしさと怒りと無力感を覚えて。 しかもその後あたしはジャンルは違えど科学を学ぶことになったし、SFもずっと愛しているのに。
 登場人物はみな普通の人で、おろかで勇気がなくて度胸もない、気持ちはあっても結局現状を変えられない普通の人。
 それがとても痛い。 小説の形をとっているが、これまで作者が描いてきた<エンターテイメント>ではなく、むしろ作者の怒りがストレートに伝わってくる。 萩尾望都の『なのはな』の中盤に収録された話のように、怒りや戸惑いが物語として昇華されていない(あえて昇華させてない?)、まるでノンフィクションのようなパワーがある。
 これを<震災文学>と呼ぶのなら、多分そうなんでしょう。 むしろ<原発被害文学>か。
 勿論福島がいちばんひどい、今もまだいじめ問題が残ってるぐらいだし、帰れない人たちと帰れる人たちの境目は曖昧だし、復興なんか全然だし。 そもそも原発事故跡の処理も目途が立っていない、放射性物質がこの先どう土地を・世界を汚染するのかまったくわからない。
 それでも、あの地震で被害に遭ったのは福島だけじゃない。 復興の道が遠いのも福島だけじゃない、という気持ちも湧き上がってしまうのです、東北出身者として。
 けれど、そのあとも日本には様々な災害が襲ってきていて、困っている人たちは減らない。
 いったい、どうしたらいい?

 『黒塚』・『卒都婆小町』・『善知鳥』・『俊寛』と続く話は、元ネタとは違うんだけど、大枠では驚くほどキーワードが共通していたりして驚く。 人間のすることは時が移ろうとも結局大して変われないのか。 そしてまさか『善知鳥』の文字を神戸に来て見ることになろうとは・・・地元ではメジャーでありすぎるが故に全国的にはそうでもないと思っていたので。 これが「うとう」って読めます?
 それが『卒都婆小町』や『道成寺』・『黒塚』といった有名どころと並ぶことになるなんて・・・感慨深い。

posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | ☆ 読んじゃいました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする