2018年11月11日

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 「まったく新しい映画体験」・・・というけれど、かつて『アンフレンデッド』でこの手法は取ってますけど。 と思ったらプロデューサーは同じ人らしい。 同じ手法を使いながらもパワーアップして、もうちょっと予算をかけて、ホラーオチにはならない綿密さでミステリに真っ向勝負!、らしい。 その心意気、買う! が、あたしはネットの最新コミュニケーションツール、使ってないんだよね(汗)、ついていけるかしら・・・。

  サーチP.jpg 娘を検索する――はじめて知る闇
   娘が行方不明。唯一の手がかりは24億8千万人のSNSの中にある
   全く新しい映画体験=100%すべてPC画面の映像で展開するサスペンス・スリラー

 これはデビッド(ジョン・チョー)の家族の物語。
 娘が生まれ、妻と家族三人で一台のPCを共有する設定をするところから映画ははじまる。 撮った写真や動画をPC上で編集・整理する様子で、家族の歩みが記されていく。 娘が成長していく過程だけでなく、妻が病に侵され、一度回復したものの再発を告げられ、亡くなったことも。
 妻の死後、デビッドは16歳になった娘のマーゴット(ミシェル・ラー)とどう会話したらいいのかわからなくなっていた。 そんなある日、デビッドが眠っている時間にマーゴットから携帯の着信があったのを最後に連絡が途絶え、消息不明に。 デビッドは警察に通報し、未成年者の行方不明事件としてヴィック捜査官(デブラ・メッシング)を責任者とした捜査チームが組まれるが、家出なのか事件に巻き込まれたのか判断の決め手に欠けるまま37時間が過ぎ、「娘さんに何があったのか、お父さんもできる限り交友関係を調べてください」と言われたデビッドは、マーゴットのIDでPCにログインし、更にFacebookやInstagramなどのあらゆるSNSに娘のIDでログイン。 それを見て初めて、デビッドはマーゴットの知らない一面を見つけていく・・・という話。
 <100%すべてPC画面の映像で展開する>の通り、すべてのカットが画面モニター上で行われるのだけれど、『アンフレンデッド』のように一台のパソコンに限定しないことで物語に広がりが生まれ、更にその中にミスディレクションを潜ませることが可能という新しさが素晴らしい!
 というか、あたしは普段使わないアイテムが沢山出てくるので、「おぉ、そことそこはそうリンクできるのか! すごいな!」と大変勉強になりました・・・デビッドがIT系のお仕事ということもあって、ツールをきちんと使いこなせているから展開がそこでもたつかず、大変スピーディーなのもよかったです。

  サーチ1.jpg まさにたくさんのアプリ(?)を連動させてモニターに映し出されるのがこの映画のすべて。
 世の中に人たちはこんなにもプライベートな映像をYouTubeや他の画像投稿サイト(たとえ認証したユーザー間でしか見られないものでも)にアップしているのか、ということに改めて驚く。 最初っからスマホがありました世代にとってはうまく乗れなければすごく生きづらい世界だということも。 そしてネットを使いこなしている勝者のような気分でいるとしても、ちょっとしたきっかけで炎上したら瞬く間にリアル世界に予想もしないような影響が出ることも。 自分もこうやってひっそりブログを書いてはいるが、世界中の人が見ようと思ったら見られる、という大前提を忘れている(その事実の大きさをしっかり意識していない)ところがあるなぁ・・・と反省した。 でもブログはなんとなくもう時代遅れ感があって、他のに比べれば見る人少ないよね、と甘えている部分もあるかな。
 若い世代の行方不明事件として、ミステリ・スリラー読み慣れている者にとっては割と予想通りの展開ではあるんだけど・・・やはり観せ方が新しいので、「あ、その感じをそう表現するのね!」という驚きがあってよかった。 ちょっとでも意外性がないとね、それがこのジャンルの面白さだよ!
 まぁ、現実にはすべての情報がネット上にあるとは限らないし、捜査の素人がネットアイテムに精通しているかどうかもポイントだけど・・・まぁそれを言うのは野暮でしょう。 ネット上のテクノロジーが山ほど出てくるけれども、ある意味そういうものに依存している人たちを批判することなく、物語の手段として使うことだけに割り切った姿勢がよかったです。
 そのうち、これらのアイテムももう古いという時期が来るのかも・・・それがいちばんのスリラーだなぁ。

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2018年11月10日

今日も5冊。

 11月に入り、まず『なんて素敵にジャパネスク2』【復刻版】を一冊買っただけで「今月以降、もうそれほど好みの本は出ないかも、年末近いし」と思っておりましたが・・・そんなことは全然なくて、今月も結構いろいろ買ってしまうことになりそうです。

  希望荘 杉村三郎4.jpg 希望荘/宮部みゆき
 <杉村三郎シリーズ>、4作目。 いきなり文庫なわけはなく、ハードカバーが出ていたの気づいてなかったですよ・・・。
 一人になった杉村さん、ついに探偵事務所を開いたようです。 今回は短編集。

  方壺園.jpg 方壺園 ミステリ短篇傑作選/陳舜臣
 うわ、懐かしいお名前。 あたし『枯草の根』しか読んだことないんだけど、名前の読み方いまいちよくわからない。
 中学生ぐらいの頃読んでた乱歩賞作家の方々の短編集が新たに発掘されるのは、日下三蔵さんのお力なんでしょうけど、なんだか時間の流れというものをひしひしと感じてしまいます・・・。

  グイン144流浪の皇女.png 流浪の皇女 グイン・サーガ144/五代ゆう
 <グイン・サーガ>144冊目。 これはタイトルから表紙はシルヴィアかな、とわかる懐かしさ。
 新構成になってから本文はまだ読んでおりませんが、作者あとがきは読んでます。 本伝、二人体制で進めていくはずだったのに、現段階で相方は病気療養中のためとりあえずはひとりで書いていかなければならなくなった五代ゆうさん、あらためてプレッシャーがのしかかってきているように感じられます。 一人体制はつらいって! 監修の人、早くなんとかしてあげて!

  レイチェルが死んでから.jpg レイチェルが死んでから/フリン・ベリー
 MWA(いわゆるエドガー賞)2017年度最優秀新人賞受賞作品とのこと。 もう、帯に「読み始めればすぐに気づく。この語り手が普通ではないことに。」と書いてあって・・・それは<信頼できない語り手>というネタバレではありませんよね、とドキドキする。 姉が殺された妹の一人称視点のようだ。

  アルスラーン戦記10コミックス.jpg アルスラーン戦記 10/荒川弘 原作:田中芳樹
 マンガの『アルスラーン戦記』ももう10巻目。 ある程度たまってから読もうか、と思って途中で止めているのですが、そろそろ一気読みしてもいいかなぁ。

ラベル:新刊 マンガ
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2018年11月07日

なんて素敵にジャパネスク2【復刻版】/氷室冴子

 なんで何回も読んだことあるのに、読み始めたら一気に読んでしまうんでしょう。
 話の流れも展開もわかっているのに。 細かいところは忘れていたけど。
 しかもまた泣いちゃったよ・・・いや、当時はもっとぐずぐずに泣いてしまったけど、今はちょっと抑えられたかな。 でもティッシュは必要だった。

  なんて素敵にジャパネスク2復刻版.jpg やはり表紙、もうちょっとなんとかならんか。

 <入道の変>のあと、ついに東宮が即位し新しい御世になる。 が、帝となってからも瑠璃姫に文なり使いなりをよこすため、瑠璃姫と高彬の結婚は暗礁に乗り上げている。 権威に怖気づいているように見える高彬に業を煮やした瑠璃姫は、「こうなったら出家してやる!」と屋敷を出てゆかりのある尼寺に駆け込むが、自宅である三条邸が火事! しかも瑠璃姫を恨んでの放火だということがわかり・・・黙ってはいられない瑠璃姫の前に、忘れられない初恋の君の面影を持つ謎の僧が現れて・・・という話。

 前作で印象深い思い出話キャラとして出てきた<吉野君>が思い出話で終わるわけないよなぁ、と当時も思っていたけれど・・・ご都合主義という一言では片づけられない深いつながりがしっかり設定されていたんだなぁ、と改めて感じた。 京の貴族社会、しかも由緒正しき上流な家柄の関係の狭さなど、ある程度歴史を学んでからこそわかるリアリティ。 宮中と馬や牛車で移動できる範囲の地理関係など、自分も関西に住むようになってよりわかるようになったし。
 瑠璃姫の自由奔放ぶりも、前作ではちょっとイラっとさせられた部分があったものの、今作ではその言動の理由がわかるのでそこまでではなく。 瑠璃さんも成長したんだね・・・あたしもトシをとりましたよ・・・。
 あの人のせつなさは、親に認めてもらえないことに苦しむ人がいる限り、時代関係なく悲しくつらい。 その人のためにできることは全部しようと思うし、もうこれ以上できないならばあとは泣くしかないんです。
 うむ、この話で終わってもいいのかもしれない。
 この続きの復刻版は今のところ出ないようで・・・読みたかったら現行版(途中ない場合もある)か電子書籍で、ということらしい。
 どうしよう・・・困った。

ラベル:国内文学
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2018年11月06日

デス・ウィッシュ/DEATH WISH

 「俺たちのブルースが帰ってきた!」と宣伝しておりましたが・・・この「俺たちのブルース」とはいつのブルース・ウィリスのこと? 『ダイ・ハード』? 『アルマゲドン』? 『セックス・センス』? 人によって違うでしょうからお好きなのを思い浮かべてください、ってこと?
 まぁ、<ビジランテもの>、好きですし・・・観ちゃいますけど。 なんだかんだいってブルース・ウィリスもきらいではないのさ(M・ナイト・シャマラン監督とのコンビはより好きだ)。

  デス・ウィッシュP.jpg 悪人は、俺が始末する。
   外科医から処刑人へ――。家族を失った男の復讐が加速するハード・リベンジ・アクション!

 犯罪多発都市・シカゴにて、外科医として働くのポール・カージー(ブルース・ウィリス)。 彼は日々、犯罪に巻き込まれたり引き起こしたりした結果、病院に運ばれてくる患者の治療に専念している。 ときには被害者側がなくなり、加害者側が助かることも。 やりきれない日もあるが、立場や状況に関係なく、<命を助けること>が自分の使命だと思って黙々と働く毎日に、彼の救いは愛する妻(エリザベス・シュー)と娘(カミラ・モローネ)だった。 しかし、ポールが仕事中のある夜、自宅に強盗が入り、妻は殺され娘も大怪我のため昏睡状態に。 弟のフランク(ヴィンセント・ドノフリオ)が駆けつけ、担当のレインズ刑事(ディーン・ノリス)も事件の早期解決を口にしたが犯人は容易に捕まらず、怒りを抱えたままのポールは自分で犯人たちを探し出すことを決める・・・という話。
 低予算映画でがんばってきたイーライ・ロス監督が、この映画や『ルイスと不思議の時計』などメジャー作品を次々手掛けていることに驚く。 マニアなホラー映画監督というイメージだったのにね〜。

  デス・ウィッシュ1.jpg このときはまだ、この先に悲劇が待っていることを知る由もなかった。 しかし治安の悪い町に住んでいる自覚があるなら、個人情報につながることや個人の予定など、他人に特定されるような言動は慎まなければ・・・と思わせるエピソードでもあった。
 ほんとにシカゴはこんなに物騒なのか? アニメ『BANANA FISH』が話はそのままに現代設定にしているので「ニューヨーク、今こんなに治安悪くないだろ」と白けてしまう部分もあるんだけど、実在の街を舞台にしつつもそこはファンタジーとして受け取るべきなんだろうな、と思う(『ザ・アウトロー』のロサンゼルスもどうなんだ・・・)。
 ポールは今まで拳銃を持ったことがない、家に置くことなんて考えたこともない、という人なんだけど、いざ犯人たちに対抗するために銃を手に入れて使い方を学ぶ(YouTubeなどのSNS動画で、ってところが今日的!)のだけれど・・・最初に銃を構えた瞬間から「それ、ブルース・ウィリスの持ち方じゃん」とツッコミたくなるほど様になっている。 「いや、いろいろ習う必要ないよね!」という佇まいなのだ。
 ブルース・ウィリスが一人自警団、もうそれだけで説明不要な感じすらする。 なのにあえて素人っぽい感じをするのが面白い、的な?

  デス・ウィッシュ2.jpg 二人の刑事さん、いい味出してる!
 年齢も価値観も違う凸凹コンビ的な味わいも、この映画をあまりシリアス色の強くないものにしていて・・・だからこそ刑事さんたちが抱える沢山の未解決事件ひとつひとつに家族や関係者がいて、それらを全部背負っている、という彼らの苦悩や悲哀が感じられて、この映画の主題が<ポールの正義>だけで進んでいないことも示唆する。 でも彼らとて人間なので、たとえば<杉下右京の正義:情よりも法が優先>を貫き通すまでの強さや覚悟はないみたい、というところがシンプルだ。

  デス・ウィッシュ4.jpg パーカーのフードをすっぽりかぶるビジュアルに、『アンブレイカブル』を思い出してしまったのはあたしだけか? しかし身元を特定されないための借り物の服なので、サイズが合っていないぴちぴちさ加減に笑ってしまう(しかしちゃんと防犯カメラに顔が映らないようになっている)。
 初めて人に向けて銃を撃った時、銃のスライドに手の甲が挟まってケガをする、というのは初心者にはありがちな失敗だと聞いたことがあるけど・・・あれだけがっちりスタイルで実弾で射撃練習しまくったポールもそんなミスするんですか!、とつい失笑・・・。 いや、もうあえてここは笑うところだ! 医者だから自分のケガの手当ても自分でできるしね!

  デス・ウィッシュ3.jpg この兄弟、なんかよかった。
 ビンセント・ドノフリオがこの映画でいちばんおいしい役かも! 徐々に兄が何をしているのか気づく弟、でもそうするからにはよほどの覚悟なのだろう、と兄のために自分が疑われても弁明しない、といった<兄弟の絆>というか、弟の兄への想い(これまでいろいろ世話になったから、等含めて)が言葉にしなくとも態度で伝わってくる感じがGOOD。 この二人にはまた是非近しい関係の役で共演してほしいなぁ、と希望。
 それにしても犯人たちは揃いも揃ってクズばかり・・・だからポールの復讐に観客も感情移入しやすいのですが・・・何故武器が全部銃関係? 殺傷能力高い・相手に近づきすぎなくとも殺せる、等の利点があるのもわかりますが、狙いが外れたら(しかも人が多いところだったら)関係ない人にも被害が出ますよね? 医者であるポールがそこを考えないわけないと思うのだけれど・・・そうすればまた不毛な復讐劇に終わりは来ないわけで。 <復讐の連鎖を止める>という理念的なことではなくて、どうせやるなら他人を巻き込まないことが最低限のルールではないのか、という話。
 それだけアメリカでは銃が“身近な武器”ってことなんだろうなぁ。
 なんとなく、全米ライフル協会は映画業界にカネを払っているのか?、と勘繰りたくなってしまうのは何故? 『イコライザー2』ではそんなことは感じなかったんだけど。
 エンドロールで気づく・・・「そういえばこの映画、『狼よさらば』のリメイクだった!」。
 チャールズ・ブロンソン世代ではないあたしですが(マンダムのCMは覚えてます)、昔、テレビで映画は観たのです。 あの映画にはもっと悲哀があったような・・・よくも悪くも、ブルース・ウィリスの映画になっちゃいましたね、やはり。

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2018年11月05日

遊星からの物体X <デジタル・リマスター版>/JOHN CARPENTER'S THE THING

 まさか『遊星からの物体X』をスクリーンで見る日がこようとは!
 多分子供の頃テレビで一回観たっきりなのだけれど、『遊星よりの物体X』のリメイクだということはのちのち聞いていて(正確には同一原作をまた映画化したということなのか?)、似たタイトル故に「どっちがどっちだっけ?」と混乱したこともある。 ま、ジョン・カーペンターとデヴィッド・クローネンバーグもごっちゃになってたりしたので、子供だったので許してください。 カーペンターのほうが大胆、クローネンバーグのほうが神経質、とざっくりわけて区別しましたけど。

  遊星からの物体XリマスターP.jpg 映画史上に燦然と輝く不朽の名作 SFホラーの至宝が36年ぶりに蘇る。
   閉ざされた南極基地に擬態する地球外生命体来襲 戦慄の一夜が始まる――

 アメリカの南極基地に、ノルウェー基地のヘリが犬を追いかけてやってきて殺そうとしている。 「何をしてるんだ?!」と聞くが興奮しているノルウェー隊員と意思疎通できず、撃ち合いになりヘリが爆発。 何があったのかと数人でノルウェー基地に向かえば、全滅していた。 どうやらノルウェー隊は南極の氷の中からUFOを発掘したらしい。そこにあった「なにかよくわからないもの」をアメリカ基地に持ち帰るが、犬の姿をしていた“X=The Thing”はその間にひそかに、アメリカ隊員の中に紛れ込んでいた・・・という話。

 さすがデジタルリマスター、すごく画面がきれい! 36年前の映画とは思えなかった!
 まぁ、確かにカート・ラッセルはすごく若いけど・・・なんとなくマーク・ウォールバーグとジェイソン・クラークの雰囲気が混じった感じに見えた!
 で・・・あれ、前半こんなにゆったりしたテンポだったのか、ということに驚いた。 合間にショッキング映像を挟むことなく、人影や揺れるものなどで「この後に起こるであろうこと」を漂わせるだけで直接描写はしない。 かといってピリピリの緊張感が支配しているというわけでもなく、何が何だかわからないアメリカ隊員同様、観客もまた「これからどうなるの?」という戸惑いに投げ込まれている。
 しかし“ヤツ”の正体がおぼろげにわかってからは一転、一気に心理スリラーに。
 ヤツがいつ出てくるか、ということよりも、「隊員たちの中の誰かがヤツに乗っ取られている」という認識から来る相互の疑心暗鬼が緊張感を生む! それは本来的と戦うべきなのに、同士討ちをしてしまって仲間を減らしてしまう危機。 でもその予兆は映画の最初から描かれていて、登場人物がみな(理由はそれぞれなれど)何かを壊す。 ヘリ飛行士(カート・ラッセル)はテレビゲームのチェスに負けて飲んでいた酒をぶっかけてショートさせてしまうし、隊長は室内からノルウェー隊が来ていることに気づいて危険を察して窓ガラス越しに銃を撃つ(南極の基地なのに外気が入ってきたら困るとか考えないのか、それだけ緊急事態だということなのかもしれないが)、など。 メンバーは男性ばかりでみな攻撃性を持っているということなのか、ずっと閉鎖空間にいるからそういう心理状態になっているということなのか、みんながそんな攻撃性を持っていなければこんな展開にならなかったのか。 それとも人間という種がそもそも持っている性質なのか。
 で、いざ“ヤツ”が出てくればものすごいビジュアルで、「あー、この質感とかグログロネトネトの気持ち悪さみたいなものは、最近のVFXやCGでは出せないよなぁ」とアナログ時代最強の実力を感じてしまいました。 ほんとにそこにある実体感が全然違うので。 でもちょっとこの感じ、懐かしいわ・・・。
 そしてのちのちのいろんなホラー映画の要素を見る・・・たとえば『トレマーズ』のすぐ地下を移動するときに床板がバラバラバラっと持ち上がっては落ちる場面とか、「あ、元ネタはこれなのか?!」と感じるところいろいろ。 もちろんすべてがこれのオリジナルではないだろうけど(ジョン・カーペンター自身、『遊星よりの物体X』の制作者ハワード・ホークスの影響を受けているとのこと)、なるほど、「不朽の名作」と呼ばれる意味がわかった気がする。
 個人的にはジョン・カーペンター作品では『パラダイム』・『マウス・オブ・マッドネス』・『光る眼』なんかも好きなんですが(特に『マウス・オブ・マッドネス』のサム・ニールの使われ方が大好きで、のちにそれに明らかに影響を受けたっぽい『イベント・ホライゾン』もニヤニヤして観ちゃった)、「ジョン・カーペンターといえば『遊星からの物体X』」な言われ方も仕方ないか。
 えっ、音楽、エンニオ・モリコーネなの?!、と驚くエンドロール。
 子供の頃テレビで見ただけの映画、改めていろいろ観直したい!
 家に帰ってから『ジョン・カーペンター読本』を読む。 な、なるほど、そうだったのか・・・。

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2018年11月04日

日日是好日 (にちにちこれこうじつ)

 最初に予告を観たときは、「大森立嗣監督が女子バディを主役に据えるなんて珍しい!」という印象だった。 『まほろ駅前多田便利軒』や『セトウツミ』は男子バディだったから。 しかも黒木華と多部未華子のふたり、いい組み合わせだわ〜、と思ってました。
 それがまさか、劇映画としての樹木希林の遺作になるなんてね・・・。

  日日是好日P.jpg 季節のように生きる。

 20歳になった大学生の典子(黒木華)は、母親のお喋りの勢いで「お茶、習ってみたら」と言われる。 ご近所の武田のおばさん(樹木希林)の立ち居振る舞いがただものではないので、それはきっと茶道の先生をやっているからだというのが母親の結論だった。 そんな旧態依然のお稽古事に反発心を持った典子だが、いとこの美智子(多部未華子)の「いいなぁ、やってみようよ、お茶!」という明るいノリに押し切られて毎週土曜日に武田のおばさんの茶道教室に通うことになる(のちに「武田先生」と呼ぶことになる)。 それからはじまる約24年間の物語。

  日日是好日4.jpg ときは1993年。 自宅住まいの娘の習い事に親がお金を出せる余裕のある時代。
 おとうさん(鶴見慎吾)がまたいい人でさ・・・“普通の家庭”じゃなかった身からしたらうらやましいけど、こういう感じのおとうさん、多かった気がする。
 あたしは典子さんと同世代なので、「あー、わかるわかる」というところいろいろ。 そうだよね、バブル崩壊後で就職活動大変だったよね。 でも「この会社であなたは何を実現したいですか」的な自分探し&わからない未来を決めて作らなきゃいけないみたいな答えを求められてたよ。 なんだろう、社会からあなたたちは求められてないんです、と言わんばかりの対応されたよねー、数年早かったら全然違ってたのに、といったことを思い出してしまった・・・。
 そしてあたしは典子さんのことを知っていたんだよねー。 『典奴どすえ』の人でしょ? <出版社でのアルバイト>で意外過ぎる事実みたいな読者からの投稿の裏を取り、リライトしてたっていうのも昔何かで読んだ。 その人が「ずっとお茶をやってたんだ」という驚きがありました。

  日日是好日2.jpg 最初は当然ぎこちない。
 初回のお茶で、まったくマナー知らずのお嬢さんお二人に会場からすごく笑いが起こったのだけれど・・・みなさんお茶たしなまれているのか? 作法が違うことはわかるけど、あたしには笑う勇気はない・・・この状況なら自分でもきっとそうなったに違いないから。
 あたしの最初のお茶体験は18歳。 大学受験で県外の都市を訪れて、帰りの特急を待っている間の駅ビルで声をかけてくれたおばさまが、「あらそうなの。 じゃあ、合格したらここに住むのね。 私、お茶をやっているのでそのときには遊びに来てね」とご住所とお名前を教えてくれたのだった。 で、合格したのでお礼状を出した。 そのあとは新生活のバタバタで、同じ市内とはいえ土地勘もないし(電話番号は聞いていなかった)、ほったらかしにしていたら、同じ学科の同期の女子がそのお茶の先生のご近所に住んでいてときどきお茶を習いに行っていてあたしのこと(具体的な名前は出していなかったから気づかなかった)も聞かされていた、ということをたまたまおしゃべりしているときにお互い知り、「マジか!」となった。 それでお邪魔して、薄茶をいただくことになったのだった。 「茶道のお茶って苦い」というイメージがあったので、先にお茶菓子を食べてから飲むことで苦いどころかすごくおいしいことを知ったのだった。 あぁ、懐紙持ってない、もらっても服に収める場所がない、と焦ったこともよく覚えている。 勿論、一見のお客なので作法云々は咎められることはなく、かなり前のことなのに深く印象に残っている。
 この映画では表千家だったが、そちらは裏のほうだったか・・・忘れた。
 今思えば、それも一期一会だったのだな、と感慨深い。 この映画が言いたいことのひとつはそれだったし!

  日日是好日1.jpg 大学卒業が見えてきて、<将来>に戸惑う二人。
 若い二人がはしゃぐ様は大変かわいらしい。 お茶に対してのとまどいが多い習い始めの早い時期の描写が多くなるのは仕方ないとはいえ、25年間の後半が早すぎ(前半が丁寧と感じるだけに余計)。 美智子ちゃんがお茶の稽古に来なくなって、典子さん一人だけになってからは、典子さんが自分の具体的な人生・生活をあまり語らないのに大きな出来事だけぽんぽん投げられるので、「えっ、いつの間にそんなことに?!」と驚いてしまって感情が追いつきません。 ネガティブ期のことを長く描きたくないのもわかるんだけど。
 いいときにも悪いときにも、お茶はすぐそばにあった、ということですね。

  日日是好日6.jpg それは自分と向かい合う時間。
 何故このお軸なのか、何故この花なのか、何故このお菓子なのか。 季節もあるけど、やはりそこには「相手を慮るおもてなしの心」が根底にあるのですね。 その気持ちを受け止める側にもある程度の知識や作法がなければ伝わらないし、伝わったことが相手にも伝わらない。 礼儀作法はただの堅苦しいものではなく、その空間における共通言語のようなもの。 でもそれがわかるのは、ある程度経験を積んでから、時間がたってから。
 「世界にはすぐわかることと、すぐわからないことがある」――この映画もまた、年齢を重ねた人のほうが多く響くものがあるのではないだろうか。 あたしも今の歳で観たからこそ、じんわり・しみじみと多くのものを感じて何度か涙ぐみましたよ。
 それにしても出てくるお菓子がすべて綺麗で美味しそうなこと! エンドロールに名だたる和菓子屋の名前がずらりで、納得。

  日日是好日5.jpg 先生はいつも変わらない。
 典子目線では武田先生はずっと変わらず、いつもそこにあるけれど・・・先生だって若かりしときはいろいろあったらしいことはさりげなく語られる。 でもいろいろ乗り越えての今・これからだという穏やかさはすごい。 ご本人はすごいとか全然思っていないのがまたすごい。 この境地にいつか行けるのだろうか・・・という憧れを抱かせます。
 あまり「樹木希林の遺作」という見方はしたくなかったのだが・・・この年齢で一から茶道の作法(しかも師範として)を身につけるのもすごいし、長年やってる佇まいが出てるんだよなぁ。 あるシーンでは「あれ、武田先生、目が見えていないのでは」と感じてドキドキしてしまったけど、そんな設定ではなかったし次の場面ではそんなことはなかったので・・・気のせいだったらいいな、と思う。
 茶室は静かで、それ故に聞こえる音がすごくはっきりわかる。 音声・音響さんのお仕事が他の映画に比べてすごくわかりやすい! お水をくむ音が次第に川の流れになっていく感じは、大森監督って川が好きなのかな?、って思ったり(『セトウツミ』のオープニング思い出した)。 ミクロの中にマクロがある、を描写するのに庭の植物の細胞まで行くのはちょっとびっくりしたけど(その撮影は理化学研究所とあってエンドロールで笑ってしまった)。
 あぁ、あたしもお茶を習っていればよかったかしら。 いやいや、でもあの一回があったからそれでよかったのかも。

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2018年11月03日

テルマ/THELMA

 『母の残像』を観に行けなかったのが心残りだったヨアキム・トリアー監督の新作がひっそりやってきてました(いやいや、単にあたしが気づくのが遅かっただけ)。 しかも青春ホラーだという! 今度こそ!、の想いを胸に出かけます。

  テルマP.jpg 少女の中の“願い<タブー>”が目を醒ます
   神に背く許されぬ初恋は、封印されたはずの“恐ろしい力”を呼び起こす――

 ノルウェーの湖と森の近くで少女時代を送ったテルマ(エイリ・ハーボー)は、大学に入るため首都オスロで一人暮らしを始める。 しかし田舎の両親はまめに電話をよこし、テルマの生活をすべて管理しようとしているかのようだ。 ある日、大学図書館で勉強しようとしていたテルマは、突然痙攣発作を起こして倒れる。 後日、屋内プールで「あのとき近くにいたのよ、大丈夫だった?」と同級生のアンニャ(カヤ・ウィルキンズ)に声を掛けられ、テルマの生活に新しい世界がやってくる。 大学生らしい自由で伸び伸びとした、時に羽目をはずしがちな日々にテルマは抑圧された鬱憤を晴らすように振る舞うが、あとで幼いころから両親に植え付けられた信仰により罪悪感にかられて落ち込む。 精神的に不安定な状態にあるテルマは、また痙攣発作を起こし、検査を受けるが癲癇ではないことはわかった。 テルマがアンニャに恋していることを自覚し、アンニャもまたその気持ちにこたえたとき、テルマは歓びと背徳感に引き裂かれるようにますます情緒不安定になっていく・・・という話。

  テルマ4.jpg いまどきの大学生活。
 キャンパスを歩く学生たちを定点カメラで俯瞰で撮るショットがたびたび入るのだが、それがもうハネケ並みに観る側に不安をかきたてるというか、不穏な空気に満ち満ちている。 テルマの少女時代のシークエンスもまた不可解なほど不穏で、このあたりだけで十分ホラー映画である。 おまけにテルマが図書館で倒れるシーンでは、黒い鳥が結構集まって窓ガラスに体当たりする。 『鳥』ですか! テルマの夢? 妄想?シーンではヘビも出てくるし、時代が時代なら魔女裁判にかけられるぞ!、とハラハラする。 そんな目に遭ったらテルマは絶対何が起こったのかしっかり説明できないだろうから・・・。
 “自我のめざめ”がきっかけとなり、特殊能力が目覚めてしまうという『キャリー』要素込みの、全体としては70年代の日本の少女マンガにありそうな感じ・・・という印象でした。 やっぱりあの時期の少女マンガってすごかったんだな、と勝手に実感。

  テルマ2.jpg 父親は理解があるように見えて抑圧的。
 テルマの父親は決して声を荒げず、テルマの言うことを全部聞いてから意見を言う。 そういうといい父親っぽいのだが、結局テルマを自分の考え通りに誘導し、言いくるめてしまうというモラハラ父で、なのにテルマは逆らえない。 信仰(カトリックか?)の戒律にがんじがらめになっているから。 またテルマの母は車いす生活者で、その理由に触れないように三人の間に流れる微妙な緊張感もすごい。 こんな感じで育てられたら情緒不安定に、対人恐怖症にもなるわ!

  テルマ3.jpg こういうビジュアルには胸がふるえますね!
 湖は凍っているのだけれど、その下を泳ぐ魚が見える。 氷の透明度が高いのか(気温が低いから一気に凍るため?)、氷が薄いのか。 でもその氷の上をためらわずに歩いて行っていたので、それほど薄くないのかもしくはどうなってもいいという気持ちなのか。
 氷の上と下は、目には見えるのに絶対的に隔絶された世界。 窓ガラスもまた氷と同じような意味合いを持つのだろうか。 そこを突破できるのはテルマだけである。 更には時間も、空間も。
 ・・・多分、育て方を間違えたと思う。 同じように愛情を注いでいれば、大人の都合で「それくらいわかってよ」と幼いテルマを邪険に扱わなければ、能力は目覚めることはなかったかもしれない。 宗教で抑え込む必要はなかったかもしれない。 だから両親はその責任を取らされる。 テルマが親離れをするように、彼らも子離れしなければならないのだ。

  テルマ1.jpg 恋心とはいつ自覚できるものなのか。
 自覚した時にはもう遅い、ってことですかね。 ただでさえ“初恋のとまどい”なのに、相手が同性ということで戒律に引っかかり、「彼女を忘れたいのに忘れられない」という二律背反状態。 いつか破綻する・・・の場面は最高にエキサイティングで美しく、かつ恐ろしかった。
 終盤は畳みかけるような怒涛の展開が続くのだけど・・・ラストはあたかもハッピーエンディング。 でもこれをハッピーエンドととらえてしまっていいのか?!、というざわざわ感が残る。 このすっきりしない感もまた北欧っぽいのだが。
 一応北欧ホラーとしては、名作『ぼくのエリ』には及ばないが、『獣は月夜の夢を見る』と張るくらいではないかと。
 この映画、アメリカにリメイク権が売れたそうですが・・・あの空や湖の色なしにこの物語が語れるのか、心配。

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2018年11月02日

イコライザー2/THE EQUALIZER 2

 『イコライザー』は確かに続編をにおわせて終わったけれど、本当に続編が来るとは思わなかった。
 しかも、デンゼル・ワシントンのキャリアとしても続編は初めてのことらしい。 そこまで愛着湧きましたか、ロバート・マッコールに。
 またPG12ということもあり、アクション部分にも手抜かりなし。

  イコライザー2 P.jpg 今度の敵は《イコライザー》
   19秒で世の不正を完全抹殺する〔仕事〕請負人

 ロバート・マッコール(デンゼル・ワシントン)、職業タクシードライバー。 しかしてその実態は、元CIAの優秀なエージェントで、街にはびこる悪を19秒で片づける<イコライザー>。 彼の正体を知っているのは、秘密裏にCIAを抜けさせてくれた当時の上司スーザン・プラマー(メリッサ・レオ)だけだが、そのスーザンが調査に向かった先のブリュッセルで何者かに殺害されたことを知り、その裏に何かがあると感じるマッコールは独自に調査を開始。 親しき友の敵を討つため、動き出したマッコールに敵も反撃を開始する・・・という話。

 前作では「町の困っている人たちをひそかに助けるのが夜の休憩時間の過ごし方(あのときはホームセンターで働いていたので、そこの売り物を武器として使ったことも)」、といった感じの<お金をもらわない必殺仕事人>って感じだったんだけど、今作ではマッコールの過去が多少描かれ、しかも<仕事>のレベルはパワーアップ! オープニングのひとあばれは『ミッション・インポッシブル:』のよう!
 最新配車アプリを搭載したタクシーの利用客がらみでトラブルを察するとこれまた大暴れなんだけど、このときは29秒。 19秒じゃないのか! というかこんなに大っぴらにやっつけていては(いくら相手側が表沙汰にしたくないとはいえ)、そのうちバレるというか、噂になったりするのでは? バレてはいけない身の上じゃないの?!、とまったく臆することないどころかどんどん大胆になっているマッコールにハラハラする。 で、次に向かうのはCIAの闇である・・・市井の人たちとの交流があってこそのマッコールなのではなかったですか?
 勿論、ないわけではない。 同じ時間にタクシーを呼ぶご老人の心残り、同じアパートに住んでいる若い画学生が昔なじみのヤクの売人に引っ張り込まれそうなことなど。 特に黒人画学生に対しては一歩間違うと道を間違えるすれすれのところにいるので、マッコールとしてはかなりお節介なほどに助け手を出す。 貧困層の若者に対してはそこまでやらないと巻き込まれる穴が多すぎるということなのだろう。

  イコライザー2 1.jpg この銃の構え方がかっこいいぜ!
 相手がCIAであろうと町のチンピラ・ヤクの元締め?であろうとも決して手を抜かないのがマッコールのいいところ。
 で、マッコールに見込まれたマイルズ(アシュトン・サンダース)は、『ムーンライト』のシャロンの少年期(13歳)を演じた人だった。 大きくなったね・・・。 で、二人の交流はべたべたしてなくて、ちょっとクールで、でも全部言葉にしなくてもよくて・・・いい関係に見えて微笑ましかった。
 スーザンの夫ブライアン・プラマー(ビル・プルマン)は専門性の高い学者で、スーザンの仕事を知ってはいたけどあまり気にしていないちょっと浮世離れ系のいい人で、マッコールと食事しても「スーザンの昔からの友人」という説明を信じてそれ以上つっこまないという大変いい人で、なんかビル・プルマンこの前も観たばっかりだけど(『LBJ』)、どっちもいい人だったなぁ。 いい人顔になっているのかしら。 ブライアンは殺させないで!、とマッコールにお願いしちゃいましたよ。
 しかしいい話だけでまとまるわけがなく、敵側はマッコールの過去や現在付き合いのある相手(それこそマイルズ)をも巻き込んで、総力戦でかかってくる。 でもそれに狼狽することなく受けて立つ、しかもハリケーンが来ている海沿いの小さな町(住民は避難しているし、高波で橋が通行止めになっているので関係ない人は巻き込まない)を最終決戦の場所に選ぶのはさすが!
 敵方はたくさんのライフルや火器を持ってくるけど、マッコールは武器だけじゃなくこの町にあるものを利用して戦うところがGOOD! 敵もプロだから、遠慮しなくてすむのもいい。 やられるならやられちまえ!、的な。 小さな爆薬も室内に小麦粉をまき散らしておくことで粉塵爆発を誘発するあたりには爽快感さえ漂いますよ。 でも粉塵爆発の意味合いに気づかないと「なんで?」ってなるかも・・・。
 「もっともオスカーに愛される俳優」となっても、60歳とっくに越えているのにアクション映画やっちゃう、その心意気ですよ。
 まぁ、続編の例にもれず大味になってしまったところがありますが・・・でもこれはこれであたしは好きです。 結局、デンゼル・ワシントン好きなんだな!

posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年11月01日

象は忘れない/柳広司

 おや、柳広司にこんなのがあったのね、と。 普段文庫しかチェックしないから・・・単行本はスルーしがちで、不意に出会ってびっくりする。
 題材にも驚いた、福島第一原子力発電所事故。
 『象は忘れない』といえばアガサ・クリスティだけれど、もともとは英語のことわざで、「象は非常に記憶力が良いので、自分の身に起きたことは決して忘れない」の意。 あ、もうそれだけで「忘れっぽい日本の国民性」が串刺しにされたような痛みが・・・。
 “あの日”を境に世界が変わってしまった人たちを描く5編の短編集。 タイトルはそれぞれお能の演目から採られている。

  象は忘れない 柳広司.jpg これ、えふいちの姿を模してる?

 冒頭の、『道成寺』から、読みながら「うひゃーっ」と頭を抱えてその場を走り回ってしまいたくなった。
 東北に住んでいて、同じ県内に原子力発電所や原発関連施設がある者にとって、ほぼ心当たりがあるような内容と描写に、「原発は絶対安全です」で思考停止してしまっていた過去の自分に言いようのない恥ずかしさと怒りと無力感を覚えて。 しかもその後あたしはジャンルは違えど科学を学ぶことになったし、SFもずっと愛しているのに。
 登場人物はみな普通の人で、おろかで勇気がなくて度胸もない、気持ちはあっても結局現状を変えられない普通の人。
 それがとても痛い。 小説の形をとっているが、これまで作者が描いてきた<エンターテイメント>ではなく、むしろ作者の怒りがストレートに伝わってくる。 萩尾望都の『なのはな』の中盤に収録された話のように、怒りや戸惑いが物語として昇華されていない(あえて昇華させてない?)、まるでノンフィクションのようなパワーがある。
 これを<震災文学>と呼ぶのなら、多分そうなんでしょう。 むしろ<原発被害文学>か。
 勿論福島がいちばんひどい、今もまだいじめ問題が残ってるぐらいだし、帰れない人たちと帰れる人たちの境目は曖昧だし、復興なんか全然だし。 そもそも原発事故跡の処理も目途が立っていない、放射性物質がこの先どう土地を・世界を汚染するのかまったくわからない。
 それでも、あの地震で被害に遭ったのは福島だけじゃない。 復興の道が遠いのも福島だけじゃない、という気持ちも湧き上がってしまうのです、東北出身者として。
 けれど、そのあとも日本には様々な災害が襲ってきていて、困っている人たちは減らない。
 いったい、どうしたらいい?

 『黒塚』・『卒都婆小町』・『善知鳥』・『俊寛』と続く話は、元ネタとは違うんだけど、大枠では驚くほどキーワードが共通していたりして驚く。 人間のすることは時が移ろうとも結局大して変われないのか。 そしてまさか『善知鳥』の文字を神戸に来て見ることになろうとは・・・地元ではメジャーでありすぎるが故に全国的にはそうでもないと思っていたので。 これが「うとう」って読めます?
 それが『卒都婆小町』や『道成寺』・『黒塚』といった有名どころと並ぶことになるなんて・・・感慨深い。

posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | ☆ 読んじゃいました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする