2018年11月30日

今日は6冊。

 なんか・・・11月も終わりとは(汗)。 年末の準備、何もしてないぜ!

  ハンナ19ウェディングケーキは待っている.jpg ウェディングケーキは待っている/ジョアン・フルーク
 10月に出なかったので今年はないかと思った・・・<お菓子探偵ハンナ>シリーズ19弾。 このシリーズ、19冊もうちにあるのかと思うとびっくりだ。 ついにハンナの結婚式!、みたいですが・・・。

  この世にたやすい仕事はない 文庫版.jpg この世にたやすい仕事はない/津村記久子
 お仕事小説といえばこの人、というイメージになってしまっているが。
 でも、いまどきタイムカード使っているところ、まだあるのか?、と考えてしまった自分が<自分の常識>にとらわれていることに気づいて愕然とする。 いかんいかん、そんなことでは。

  罪の終わり 文庫版.jpg 罪の終わり/東山彰良
 『ブラックライダー』の続編にして前日譚。
 キリスト教的な考え方をあたしもちょっとは(昔に比べれば)わかってきたとは思うのだけれど・・・やっぱりSFって奥深いジャンルだわ。

  謀略空港.jpg 謀略空港/シェイン・クーン
 飛行機・空港好きなあたしとしては素通りできない題材じゃないですか。 空港セキュリティのスペシャリストがテロを阻止できるのか?!、みたいな話らしいですが、マニアックな小ネタがあるかどうか楽しみ。

  カッキーン! 1.jpg カッキーン! 1/遠藤淑子
 おぉ、「遠藤淑子、高校野球を描く」。
 なんかもうそれだけで「わかりました!」って感じがする。 気合の入ったパステル画の表紙もまたいい感じで。

  偽装不倫1.jpg 偽装不倫 1/東村アキコ
 「えっ、この薄さでこの値段!」と驚いたが・・・全ページフルカラーだから、であろう。
 WEB連載、しかも縦スクロール配置だったものを単行本として構成、とのことで・・・なんかコマが大きいというか、よくいえば余裕がある・ある意味内容すかすか、という感じがしないでもなく。
 題材的には「今更、韓国?」という気がしないでもないけど・・・日本・韓国同時連載という特性上仕方ないのでしょう。
 『東京タラレバ娘』になんか似てる、よね?

ラベル:新刊 マンガ
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2018年11月29日

あつあつ卵の不吉な火曜日 <卵料理のカフェ 1>/ローラ・チャイルズ

 最近、重ためのものが続いたのでちょっと軽くコージーを、と思って図書館から。 懐かしの武田ランダムハウスジャパンですよ!(この版元ももうない) 人気シリーズは別のレーベルで引き継いでいるはずだけど、これはどこまで訳されているのだろうか・・・。 しばらく前から日本の作品でも油断するとうっかり絶版(品切れ・重版未定)になってしまいますが、海外翻訳物の寿命はもっと短いからね。
 図書館にあるうちがありがたいですよ。 ちなみに同じ作者の<お茶と探偵>シリーズは1・2冊読んだんだけど当時のあたしにはピンと来なくて、図書館に寄贈しちゃいました。 そしたら今ではシリーズ全作が書架に並んでいるという・・・続きを買ってくれたのかしら、それとも全部寄贈で成り立っているのかしら。
 <卵料理のカフェ>はまったく別の新シリーズ。

  卵料理のカフェ1あつあつ卵の不吉な火曜日.jpg 

 アメリカ中西部の田舎町に、小さなブックストアと編み物クラブを併設したイギリス風アンティーク調のカフェが開店した。 その名は<カックルベリー・クラブ>。 オーナーのスザンヌ、厨房一式を取り仕切るペトラ、接客担当のトニという昔からの幼馴染みが人生いろいろあって再出発の意味合いも込めてオープンさせたのだ。 朝食にはおいしい卵料理を、午後にはアフタヌーンティー(ハイティー)を定着させるのが彼女たちの野望。 夕方以降は読書会や編み物教室が催される憩いの場。
 が、ある日の朝、スザンヌの担当弁護士・ボビーが店の前で殺されているのをスザンヌが発見してしまい・・・という話。

 第一発見者が事件の真相を追いかける、というのはコージーではおなじみの設定。
 ただちょっと違うのは、メインの3人がアラフィフ?、と若い女性ではないところ(それだけ人生経験も積んでますし、図々しいことも言えちゃうお年頃ですよ)。 しかも殺人事件に加えてスザンヌの亡くなった夫ウォルターに汚職容疑がかけられるということもあり、スザンヌが自ら調査する根拠や説得力があるのがよかったです。
 それに、79ページまでにおいしそうな料理がいくつもと死体がふたつというスピーディー展開というサービスぶり。
 お茶の蘊蓄やハイティーについては<お茶と探偵>シリーズとかぶっているところもあるけれど・・・スザンヌ・トニ・ペトラのそれぞれの背景の厚みが差別化になっているかな。 やたら信心深いというか、教会が町の良心みたいな描き方もまた中西部っぽいのかもしれない。
 しかしこういうのを読むと・・・アメリカ人の食に対するこだわりもいろいろ広がってきたのねと思うし、新鮮な食材が手に入る土地だからってこともあるだろうけど、基本的に登場人物たちは貧困層ではない、ってことなのかも。
 意図通り、軽く読めました。 数種類の具をさいの目に切ってマヨネーズであえたものをクロワッサンに詰め込むサンドイッチ、どういうビジュアルなのかしら(クロワッサンを半分に切ってはさむ? 真ん中部分に穴をあけてそこに詰める?)。 スコーンにフロスティングをするのはやりすぎでは(それにレモンカードとクロテッドクリーム添える?)・・・若干気になることもあるので、そのうち2巻目も手を出すかも。

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2018年11月27日

アウト&アウト/OUT&OUT

 予告見て・・・「明らかにVシネじゃん」と思ったものの、しかもそういうハードボイルド系が特に好きというわけではないのですけれども、遠藤憲一主演で一応全国公開となればエンケンさんのために観ておいたほうがいいかなぁ、という気持ちになって。 別に恩を着せているわけではありませんよ、ちょっとでも興行成績が上がるといいなぁ、という気持ちで。
 とか言いつつあたしはVシネちゃんと観たことないのですが、「多分Vシネってこういう感じだろう」という雰囲気全開。

  アウト&アウトP.jpg 七歳の少女の相棒<パートナー>は元ヤクザの男。
   ――職業、探偵。

 古いビルに探偵事務所を開いている矢能(遠藤憲一)は元ヤクザ、しかもかなりの顔役だったため、堅気となった今でも裏社会に顔がきく存在。 が、何故か事務所には小学2年生の栞(白鳥玉季)という少女がおり、矢能が保護者(後見人?)という形になっているらしい。 栞は働かない・仕事の選り好みをする矢能に苦言を呈する日々。
 ある日、矢能のもとに一本の依頼の電話が入る。 指定された人気のないビルの一室に矢能が出向くと、依頼人は打たれて死んでおり、犯人もその場にいて「何か余計なことをすればお前が犯人だという証拠を警察に送る」と去っていく。 コケにされてそのまま引き下がる矢能ではない、電話で“掃除屋”を呼び、背後関係を探り出す・・・という話。

  アウト&アウト2.jpg アメリカ歴代大統領のフルフェイスマスクはなんかあるの?
 ハードなバイオレンス映画をつくります!、と冒頭から宣言しているかのように、全編そういうトーンで突き進む。 ところどころコメディタッチの場面もあるけれど、ある意味<裏社会ルール>自体がコメディみたいなものなので、なんだか不思議な気がする。 男社会だからかな? 『探偵はBARにいる』とも通じるものがある、これが「東映カラー」というやつなんですかね。

  アウト&アウト1.jpg 栞ちゃん、見たことある子だなぁと思ってたら『とと姉ちゃん』の青葉ちゃんだった。 なんかおっきくなってるぞ!
 エンケンさんに女の子ってズルい組み合わせだよなぁ、と思ってました。 この二人のやり取り、いい!
 栞ちゃん、この年齢でいったいどんなつらい過去を抱えているのか・・・と感じさせる言動(だいたいのことは劇中で語られますが)、彼女に対して必要以上のことは言わないけれども必要なことは絶対言う矢能(まぁそれでも言葉は足りないんだけど、矢能にしてみれば精一杯なのであろうとわかる)に疑似親子の姿を見ますが、現実は栞ちゃんのほうがお母さんだから。
 でもそれ以外の場ではガチ元ヤクザのノリで、最近いい人や普通の役が多い遠藤憲一が挨拶もなしの直接話法を繰り広げる様が逆に新鮮。
 ただ前半は情報屋として竹中直人が出てきたりとそれぞれの表情を撮りたいがためかカット割りがうるさいと感じられる部分もあり・・・アクション・暴力シーンで動きは出るわけだから静かな場面ではカメラも静かでいいのかもと感じたり。 まぁそれは個人の感じ方の差だとも思うのですが。

  アウト&アウト4.jpg 工藤ちゃん、妙にお茶目なキャラでした。
 矢能さんにはお世話になって、といろいろ融通を利かしてくれる人は何人か出てきますが、中でもピカイチは工藤ちゃん。 多分ヤクザなんでしょうけど、一般人的な感覚も持ち合わせていそうなところがキュートで。 個性的なキャラクターの背景には多くの語られていない要因がある、と想像するのは楽しいし、それぞれの人生のある一時期をのぞき見したような気持ちになる。
 「よく考えたら理屈に合わない」ということをこういう映画で考えてはいけない、ここは勢いで乗ったほうが勝ち。
 前半は殺伐とした空気感だったものが、後半はいつの間にか頭脳ゲーム的な展開になっているのがびっくり。 でも絶対的な善や悪は存在せず、義理や人情に重きを置かれ、以前は敵だった相手の身になったり、眼中になかった相手でも邪魔してくれば除外する、という<法律なんか関係がない世界>は、やはりあたしにはファンタジーに思えた。 現実にも裏社会は存在するんだろうけど、矢能さんみたいな人が存在するのならやはりファンタジーだろう。 これもまた、エンケンさんがやるからこその説得力。

  アウト&アウト3.jpg 衆議院議員・鶴丸清彦(要潤)、明らかに悪役なカオ。
 つきつめればカネと権力だよな、という価値観が若干古い感じがしますが、まぁそれも含めての時代感。
 登場人物もほとんどが男性で、恋愛展開がないところもよかったですが、逆にいえばヤクザ稼業の方々において女性というのは商売道具(もしくは性の対象)ということなのか、この映画に出てくる個性ある女性は少女と老婆だけ(カタギの女性も出てはきますが記号的な役回りのみ)。 つまり子供か親かという庇護の対象になる相手だけ(それが実の子供か親である必要はない)。
 男同士でつるんでいるほうが楽しい、という(精神)年齢の方々にはむしろ女性が邪魔だよな・・・と時々感じさせる映画があるけれど、だったら最初から入れません、という割り切り方がこの映画の勝因かも。 キャラ濃い人たちが多いからシリーズ化してほしい感じもあるけど、シリーズ化してグダグダになってもあれだし・・・「シリーズ化、するといいなぁ」と思うくらいがちょうどいいってことですかね。

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2018年11月25日

数字を一つ思い浮かべろ/ジョン・ヴァードン

 なんか読むのにずいぶんかかってしまったような気がする・・・実際考えてみればそこまでではないのだが、途中何回も中断したのと(図書館の予約本優先等のため)、文章になかなかノれなかったので余計時間がかかった感じがする。
 決して面白くないとかそういうことではないのだが・・・なんだろう、とっつきにくい? 作者も、訳者も、初めてだからかしら。 前半、苦労しました・・・後半になってきて、やっとペースが上がってきた。

  数字を一つ思い浮かべろ.jpg 毒々しい、数字。

 刑事を退職し、暇を持て余して写真アートにはまっているガーニーのもとに旧友が突然訪ねてきて、「妙な電話と手紙が来た」と言う。
 「1000までの数字を一つ頭に思い浮かべてみろ」という。 友人は658という数字を思い浮かべた。 すると658が書かれた手紙が。 次々と届く不可解な手紙に耐えられずガーニーを訪ねてきたのだが、ガーニーの努力が実を結ぶことなく、友人は他殺死体で発見される。 周囲は雪が降った後で、犯人らしき足跡は森へ向かう途中で消えていた・・・という話。

 退職刑事が主人公ってはやっているのかと思ったら、ガーニー元刑事はまだ40代半ばという設定で、『ミスター・メルセデス』のホッジスのように定年退職組ではないのが新鮮。 ガーニーの妻マデリンも事件に自分から進んで巻き込まれる夫に辟易、といういかにもな感じでありながら、ガーニーの気づかなかったポイントを指摘するなど勘のいい女性である。 女性に助けられている刑事、多いぞ。
 唯一シリアルキラーと対決した経験がありながら、謎解きの興奮に夢中になってしまい思わず先走った行動をとってしまうガーニー、内省的な性格と思いきや時々頭のねじがゆるむ、まったく魅力的なキャラクターだ。 マデリンがいることで余計にそれが引き立つ。
 <まるで手品のような、謎、謎、謎!>と帯にありますが・・・確かに解決のくだりやヒントの散りばめ方など、日本の<新本格ブーム>のあたりの作品群の雰囲気に通じるものがある。 海外ではクイーンやカーなどの作品群が容易に手に入らないそうなので、日本の<本格ミステリ>に当たる言葉がないから<HONKAKU MYSTERY>というジャンルが英米に逆輸入される形で盛り上がってきているらしい。
 ハードボイルドもノワールもよいが、一見して不可解な謎・それを思いもかけぬ形で実現させるトリックの存在こそミステリの華!
 でもパズル的要素だけでなく、人間ドラマ部分もしっかり用意されていて、小説としての完成度も高い。 ガーニーを主人公にシリーズ化されているそうだが、それも納得。 二作目以降も翻訳してくれるのかなぁ、期待して待ちたい。

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2018年11月24日

ビリオネア・ボーイズ・クラブ/BILLIONAIRE BOYS CLUB

 予告を見て・・・「おー、アンセル・エルゴートとタロン・エガートン共演かー、若手実力派だね〜。 ケヴィン・スペイシーももう映画館で観るのもこれで最後かも」と思ったんですよね〜。 そして油断するとあっさり終わりそうだし。 でも話の予測はだいたいついちゃう感じなんだけど・・・「あらためて観る必要ある?」というくらい。
 後押しになったのは、ケヴィン・スペイシー最後かも、ということですかね。 栄光はあやういですな。

  ビリオネア・ボーイズ・クラブP.jpg スマートに、駆け抜けろ
   1983年ロサンゼルスで実際に起きた、ある社交クラブによる欲望まみれのスキャンダル!

 1983年、ビバリーヒルズの富裕層を相手に商売していたディーン(タロン・エガートン)は、ある商談の場で高校の同級生のジョー(アンセル・エルゴート)と偶然再会する。 富裕層の子息が多い高校にともに奨学金で通っていた二人はハングリー精神が強く、成り上りたい気持ちがあったが一人でできることには限界があり、一緒に組むことでもっと大きなことを始めようと思い立つ。
 まずは高校の同級生であったお坊ちゃまたちを集め、ゴールドに投資するよう口説く。 こうして投資グループ<ビリオネア・ボーイズ・クラブ(BBC)>を立ち上げるが・・・という話。
 実話、ということですが・・・いつの時代にもこういう話はあるのね、という印象。
 なんとなく「若い人たちが集まってお金集めて」と聞くと<光クラブ事件>を連想してしまうあたし。

  ビリオネア・ボーイズ・クラブ2.jpg ディーンは口が達者、ジョーは頭脳派。 二人のコンビは悪くないのだが・・・。
 楽して儲けよう、という発想がよろしくないというか、スタートはそれでも途中からうまく変換できれば事業としてやっていけるのかもしれないけど・・・それを若い者に言うのはやはり無理なのか。
 というか、映画としては全然話がよく見えない・・・<ボーイズ・クラブ>のわりにディーンとジョー以外のお坊ちゃまたちはほぼモブ扱いで、キャラ区別できるエピソードとかないし、ほんとにこの二人だけで引っ張ってる感ありあり。
 投資グループの内情も実際はほぼ自転車操業状態なのに、それがいつ破綻するのかのハラハラ感も薄いし、逆に大当たりしたときの高揚感にも乏しい。 まぁ、やってることが薄いから具体的に描いても盛り上がりに欠けてしまうのだろうけど。
 そう、なんか面白くないというか、観ていてその世界に乗り切れないのだ。

  ビリオネア・ボーイズ・クラブ3.jpg それでも大きな投資話を実現させたりするけど。
 盛り上げ役となる敏腕投資家ロン・レヴィン(ケヴィン・スペイシー)の存在が画面を締めますが・・・そこはアンセル・エルゴートと共演した『ベイビー・ドライバー』と二人とも全然違って楽しめるんだけど・・・やってることがしょぼすぎるんだよなー。 80年代だったら理解できることなのかな? 結局パーティーピーポーしか出てきてない、みたいな印象に・・・。
 ジョーは賢くカリスマ性のある人物ということだけど、あまりそう感じない。 映画自体がディーンの語りで進行するから、というだけではないと思う。
 ジョーと付き合うことになるシドニー(エマ・ロバーツ)も、上流の汚れてないお嬢さんみたいな描かれ方だけど、初対面ではかなり遊び慣れてるっぽかったではないですか・・・アート方面の仕事をするようになってパーティー遊びからは足を洗ったってこと? でも真剣恋愛にはお互い不器用で、そのあたりも若さですな〜。

  ビリオネア・ボーイズ・クラブ1.jpg ボディガードのティム(ボキーム・ウッドバイン)がいちばん地に足ついた人物像かも。
 まぁそのせいで転落への道筋がついてしまうわけですが。 でも全員自業自得としか思えないのが悲しい。
 まだ事件として結論が出ていない(無罪を主張している人がいる)ため、あまり詳細を描けないのだろうか・・・いろいろと食い足りない部分が多くて消化不良、「しまった、はずしたか」と久し振りに思ったかな。

 とはいえ・・・映画にはいろんな意味があるけれど、「役者の“ある時期の輝き”を焼き付ける」っていうのも大きな役割のひとつなんじゃないだろうか。
 ふと、あたしは『トゥルー・カラーズ』という映画のことを思い出す。 正反対の出自の男性がハーバード大学の寮で同室になったことで親友になり、その後また正反対の道を行くというよくある話ではあるものの、ジェームズ・スペイダーとジョン・キューザックの若さと美しさと演技合戦を観ることに価値があり、この二人のどちらかでも好きな者には特別な存在になる映画もあるんだから(あたしはかつてケーブルの映画専門チャンネルで観て、それっきりだけど今も鮮明に覚えている)。 あたしは二人とも好きですけど(特に90年代〜ゼロ年代頭のジェームズ・スペイダーは、ほんとに別格)。
 だから、アンセル・エルゴートとタロン・エガートンが好きな人・これから好きになる人があとから遡って観る映画として、この存在は必要だと思う。

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2018年11月23日

ボヘミアン・ラプソディ/オリジナル・サウンド・トラック

 到着しました、自宅のポストに。
 届いてから、ずーっと毎日リピートで聴いてしまっています。
 やっぱり、あの20世紀FOXのロック調ファンファーレは、ブライアンとロジャーのものだった!

  ボヘミアン・ラプソディ サントラ.jpg ジャケット、ポスターと一緒ですね。

 「ベスト盤が今、手元にない!」とはいえ、いつかは出てくるので、曲がかぶっていたらちょっと・・・と思ったのであるが、ライヴ音源多め、映画用のリミックスあり、ということで。 なにより楽曲の順番が映画と同じだからいろいろと鮮明に思い出す〜。 そして重要な曲はオリジナルリミックスでってところがうれしい。
 しかも収録時間79分52秒というCDの限界ギリギリまで詰まっているのだ!
 全部Queen名義なのだが・・・映画はオリジナル音源と俳優のみなさんが歌っているものとミックスして使用と聞いたけど・・・思い出補正がかかっているのかもしれませんが、映画で使われた曲とサントラの曲に、あまり違いがないような気がする・・・。
 そして気がつくと自分も一緒に歌っております。
 うーむ、Queenは全然古くないなー。 綿密に構成された音が、クリアに聴こえるが故に細かいところまで全部聴こえるから、より新鮮。 フレディ、やっぱりいい声だなぁ。 ロックでも、コーラスが厚いところが昔から好きでしたが、いまもやっぱり好きだ!
 リアルタイムの熱いファンからは映画の批判も聞こえてきますが・・・若い世代にQueenが知られるきっかけになるのならその価値は十分あるのでは。 ここから『JEWELT・U』に行くなり、『オペラ座の夜』に行くなり、道はいろいろあるよ!

ラベル:サントラ 洋楽
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2018年11月22日

生きてるだけで、愛。

 予告編で「痛そうな話だなぁ」と思いつつ、なかなかよいらしいという評判を耳にして、時間が合ったので映画館に。
 ほんと痛かった。 まったく同じではないが、かつての自分のダメだったところ(今は別のダメなところがあるが・・・)を突きつけられてぐさぐさと刺さった。 でもそれを<過去の自分>と受け止められるようになったんだなぁ、と時間の経過という薬の効果を感じた。
 だからきっと、彼女たちもいつか、楽になる日が来るんじゃないかと。

  生きてるだけで、愛。P.jpg ほんの一瞬だけでも、分かり合えたら。
   今を懸命に生きる、不器用な男女の真っ直ぐでエモーショナルなラブストーリー。

 合コンでの出会いをきっかけに、寧子(やすこ:趣里)は津奈木(菅田将暉)のアパートに転がり込むようにして一緒に住み始めてもう3年になる。 出会った頃から明らかにメンタル方面の問題を抱えていた寧子はこの頃鬱状態に入り、過眠症に。 時間に関係なく眠ってしまい、姉との電話やメールと津奈木だけが話し相手の日々が続いていた。 しかし津奈木も仕事がいそがしく、いろいろストレスを感じることも多いため、寧子と正面切って対峙することを避けているようなところが寧子をイライラさせるのであるが、一日家にいっぱなしで何もしない彼女を責めるなどと思いつくこともなく、コンビニでお弁当を二つ買って帰ってくるのは彼の優しさだ。
 そんなある日、寧子が部屋で一人で寝ていると、玄関のチャイムが鳴る。 這いずるように出てドアを開けると、そこには見知らぬ女性・安堂(仲里依紗)がいた。 彼女によれば、自分は津奈木の元カノである、最近たまたま津奈木の姿を見かけて以前よりかっこよくなったと見直し、よりを戻したいのであなたには出ていってほしいという。 でも引きこもりでは困るから、自立しなさい、と安堂は自分の知り合いのカフェバーで寧子をアルバイトさせるように段取りを組む。 納得がいかないが、流れ上仕方なく、寧子はアルバイトを始めることになるが・・・という話。

  生きてるだけで、愛。5.jpg 必要なものは布団から手の届く範囲に。 でも目覚まし時計はちょっと離して、時間もちょっとずらして3つ以上セットしているあたり、「(一応)起きようとする気持ちはある」ことがわかる。
 映画を観終わってあらすじを振り返ればわかるのだが、映画冒頭から不機嫌な寧子が津奈木に暴言を吐く感じは聞いているこっちが冷や汗が出そうなほどハラハラ・ヒヤヒヤする。 「なにもそこまで言うことはないだろう!」、と津奈木を援護したい気持ちでいっぱいに。 「焼きそばとかつ丼買ってきた。 どっち食べる?」と聞く津奈木に、「あんたが食べたいほうは?」、「かつ丼」、「じゃ、あたしかつ丼」と言っちゃう寧子には「オニか!」と感じてしまう。
 仕事で疲れて帰ってきてこのやり取り、つらい・・・って思っちゃうけど、ほんとにつらかったら帰ってこないかもね。 津奈木は津奈木で寧子のことを気にかけているのであろう、うまく言葉にできないだけで。
 でも「はっきり言葉がない」のが寧子には耐えがたい状況なのだ、ということもわかる。 とにかく承認要求が強い、というか、今の彼女にはそれしかすがれるものがないからだ。 ・・・あたしもそうでしたよ、すみませんでした、と以前の自分にかかわりあった人たちに謝罪したい感じになった。

  生きてるだけで、愛。2.jpg 津奈木が声を荒げることはしないのは、自分がそうしたくないから。
 確かに津奈木は優しいのだが、それは同時に弱さでもあって。 感情をぶつけたくないのはそういうものに正面から向き合いたくない恐れがあるから、「めんどくさいから流そう」ということで処理するほうが楽だとなってしまいがち。 またそれを無意識にやってるところあり・・・そのへんが、「あぁ、喋るのが苦手な男の人っぽい」と感じる。 しかしほんとに仕事場でイヤなことがあって、「今日はほんとごめん、早く寝たい」と言っているのに寧子があたしの話聞いてよアピールしたときの、眠たげながら苛立ちや怒りがこもった目でにらむ一瞬の殺気には、寧子以上にあたしも震え上がりましたよ。 おとなしくしてるからつい忘れがちになってたけど、実は猛禽類でしたね、と気づかされるというか。
 このふたりのやり取りが、この映画のすべてといっても過言ではない。 攻めの趣里・受けの菅田将暉、二人のための映画。

  生きてるだけで、愛。4.jpg 仲里依紗、超コワい役でした。
 そもそも、「ヨリ戻したいから」って今カノのほうに言う? まず彼に聞くべきでは? しかし安堂さん曰く「彼優しいから、あなたを自分から見捨てるなんてしないわ。 だからあなたに自分から出ていってほしいのよ」とのこと。 その言い方が・・・「ヤバい人だよ!」といういかにも感にあふれていて、でもどっちに転ぶかわからないアンバランス感も抱えていて、コワいもの見たさに引き込まれる。 
 寧子が「大丈夫ですか? あたしが言うのもなんですが、あたしよりヤバくないですか」と言っちゃうところには爆笑。 しかし津奈木はやばい女性に惹かれがちってこと?、と感じちゃったよ。
 しかし安堂さん、「私はちゃんと働いて自立しているのに」と言いながらほぼ毎日のように時間関係なく寧子を見張っているんですけど・・・いったい何のお仕事を?

  生きてるだけで、愛。3.jpg 一人でいるときなら、感情は抑えられるけど。
 寧子は「いま、ウツだから過眠入ってる」みたいなことを言う。 ということは過眠時期が終われば鬱ではなくなる? もしや鬱と躁を行ったり来たりする双極性障害? 劇中ではそこははっきりしなかったけど、そう考えれば納得できるところは多々。 でもそういうことを知らない人から見れば、寧子は「なに、甘えてんの?」と言われてしまうのかも・・・。
 カフェバーのオーナー(田中哲司)と奥さん(西田尚美)が理解があるのかボランティア精神なのかよくわからないながらも寧子を後押ししてくれる。 でも奥さんが「結局寂しいから鬱になっちゃうのよ、みんなと一緒にごはん食べてお喋りしてたら元気になるって!」と言うような人だから・・・あぁ、西田尚美ってこういう、無自覚にちょっと無神経な人やらせるとほんと似合うよなぁ(褒めてます)。
 自分は社会に適応できないと悩み、姉には実の家族ならではの辛辣な意見をぼんぼん浴びせられるし、理解を見せてくれる他人もいるけど根本的なところはわかりあえない・・・「誰かと理解し合える」ことは理想にすぎないのかもしれない、けれど絶望がすぐ近くにいる人間にとってはそんな理想的な光が自分のすべてを救ってくれるのかもしれないと考えてしまいがち。 だから寧子の気持ちがとてもよくわかった。

  生きてるだけで、愛。1.jpg ならば、ほんの一瞬でも。
 寧子はほんとにめんどくさい人である。 でもそれを趣里は紋切型のヒステリックなタイプではなく、リアルな若い女性にしたと思う(また声がちょっと低めのざらつきのある感じなので、叫んでもキーキー声にならないのもポイント)。 女性らしさとか美しさとかかなぐり捨てているところ、やせすぎに見えるところも病的でよかった。 そんな寧子を理解できてはいないけど、津奈木は受け入れていると伝わったので救われた思いに。 静かな菅田将暉(一部は静かではないが)、久し振りな感じですよ。
 そういえば津奈木の上司が松重さんだった。
 が、この物語でいちばん不幸な人は安堂さんなのでは・・・一応仕事もあって、社会に適応している風ではあるが、それ故に助けを求められないのではないかと。 安堂さんの年齢がわかりませんが、見た目では津奈木より年上っぽかったし(それとも顔に疲れが出ているのか)。
 生きづらさに正面からぶつかって苦しむ人と、ぶつかり方がわからないままの人、どちらがいいのか。 いや、そんな二者択一的思考自体が間違っているのかも。 どちらが幸せか考えること自体ナンセンスで、それぞれが自分の道を行くしかないわけで。
 だから、いつか時間がたった後に振り返って、「あの頃は、自分、イタかったわ」と笑えるようになれれば。
 映画としても実験作っぽいところもあるけど、地味ながら作家性を感じさせる日本映画にもがんばっていただきたいのです。

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2018年11月21日

今日も8冊(でも半分パタリロ)。

 ついにこの日が来ましたよ!

  パタリロ100.jpg パタリロ! 100/魔夜峰央
 『パタリロ!』がついに100巻に到達!
 「ミーちゃん、アスタロトに会いに行く」が延々続くのかと思っていたら・・・話の流れで懐かしのキャラが続々登場! 必然と同窓会ノリが一緒になった不思議な雰囲気になっていた。
 ちゃんと来年、101巻が出るらしいですよ!
 あ、そうそう、マリネラに住む権利書がついてます。
 それだけかと思ったら・・・100巻記念でいろいろ関連出版物が。

  パタリロ099.9.jpg パタリロ! 99.9【トリビュート・ファンブック】/魔夜峰央
 100巻の表紙と連動している99.9巻、これまでの総集編的な意味合いもありますが(しかしページ数にしてはお値段が高いよ!)、萩尾望都さまの寄稿により、エドガーとアランがクックロビン音頭を踊っている!

  パタリロ!ベスト泣ける.jpg 泣けるパタリロ パタリロ!Bestセレクション/魔夜峰央
 ちょっと大判にて、「泣けるパタリロ!エピソード」セレクション。 当然、『忠誠の木』と『FLY ME TO THE MOON』入ってます。
 でもちょっと少ないよ・・・他にもあるし! 個人的には『鉄腕アトム』アニメ最終回のパロディのやつ、入っててほしかった。

  パタリロ!ベスト恋するマライヒ.jpg 恋するマライヒ パタリロ!Bestセレクション/魔夜峰央
 こっちはマライヒメインのエピソード。 懐かしいな・・・フィガロが生まれたのって何巻ぐらいだっけ? 手元にあるの何巻からだっけ?、と確認したくなる。 まぁ、そういう作戦なんでしょうけど。

  炎の色1.jpg炎の色2.jpg 炎の色/ピエール・ルメートル
 『天国でまた会おう』、続編。 主人公が交代してまた別の話。 あたしは勿論文庫版のほうを買いましたが、単行本はすごくいいお値段で・・・(ポケミスや銀背と同時刊行のときは上下巻の値段を足すと同額ということが多いのに)、単行本の需要もそれなりにあるということなんですかね?
 同じくピエール・ルメートルの『監禁面接』(文藝春秋社)は単行本のみの刊行なので、図書館か文庫待ち。

  夜は千の目を持つ 新版.jpg 夜は千の目を持つ【新版】/ウィリアム・アイリッシュ
 新訳ではなく新版ですが、以前より活字が大きくなっているので読みやすい(それでも他の出版社に比べたら創元推理文庫は活字が小さいほうだけど)。 昔からド近眼のあたしですが、この夏以降、ちょっと暗いところでは本が読みづらくなってきました。
 この出会いの場面は和田慎二の『愛と死の砂時計』にも使われてるよね。
 あらためてウィリアム・アイリッシュを読むのもいいかな、というか、昔コーネル・ウールリッチのほうは読んでいたけど(『喪服のランデヴー』とか『私が死んだ夜』とか)、アイリッシュあまり読んでないな!、ということに気づいて。 『幻の女』を読んだのがそもそも新訳出てからなんで(まぁそれは小学生の時に『処刑6日前』を読んでいたせいだけど)。

  みかづき.jpg みかづき/森絵都
 これはさすがに単行本時に知っていて、「読みたい!」と思ったけど図書館の予約人数がすごくて・・・。
 文庫出るの思ったより早くない?、って感じですが、NHKでドラマ化とのこと、そのタイミングに合わせましたか。

ラベル:マンガ 新刊
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2018年11月20日

高熱隧道/吉村昭

 たまたま何かで紹介されたのを見たのだろうか、興味を持って図書館の蔵書をチェックしたら何人かの予約があり・・・「おや、同じようなことを考えている人がいるわ〜」と思ってあたしも予約リストに名を連ねた。
 そして忘れた頃に図書館からお呼び出しがあったのだが・・・何がきっかけでこれを読もうと思ったのか忘れてしまった!
 多分、全体主義の行き着く先を懸念したコラムとかだったかしら、それとも黒部ダムにまつわるまとめかしら、あぁ、まったく思い出せない。 自分の記憶力を過信してはいけない時期になったよ・・・。

  高熱隧道.jpg 手前のトロッコがいい味の表紙。

 昭和11年8月に着工し、昭和15年11月に完工した黒部第三発電所へのトンネル掘削工事。 険しい自然のただなかである黒部渓谷の、トンネル施工予定地には最高165℃という高熱の岩盤地域が立ちふさがっていた。 犠牲者300名を超えた難工事、トンネル貫通に取りつかれた男たちと大自然との闘いの記録。

 「いい感じの表紙」と思ってしまったことが悔やまれるほど、壮絶な内容であった。
 300ページない薄さ、淡々とした記述なのに、「ぐえっ」と声が漏れそうな描写が多々。 ありえないあっけなさでどんどん人が死んでいき、それに対する予防策なり対策などがろくにないというおそろしさ。
 以前、「アポロ計画ってファミコンより性能のよくないコンピュータで月に向かったんだよなぁ、命知らずだよなぁ」と思ったことがありましたが・・・ここに描かれているのは同じくらい命知らずな出来事でした。 そういう時代だ・・・と言ってしまえばそれまでなんだけど、その時代でせいいっぱいの技術を使っていても、「事故で作業員が死ぬ」のが折り込み済みなのよね・・・。
 人の命がカネで買われる。 でもそれは、現在も変わらぬ事実なのかもしれず。
 そして温泉源があることも気づかず計画にお墨付きを出す学者・・・工事中の以上で再調査を頼んでも「これ以上にはならない」とか言っちゃうし、「学者は世間知らずであてにならない」ってイメージを作っちゃったのはこういう出来事の積み重ねではないだろうか、そうじゃない学者さんたちいっぱいいるのに。
 とはいえ、「この工事はやばい、やめよう」と言い出せない空気を作っていたのは戦争という背景、電力が絶対必要であるという国策。 でも熟練工が徴兵されていくという矛盾もあるんだけど。
 技師の人たちがいわゆるエリートで、作業員(本作中では<人夫>と表現)は言われたことをするだけの替えのきく存在として、まったく違う世界の住人とされていることに衝撃を受けた! あたしの知っている世界では技術者と職人が意見交換するのが当たり前だから・・・教育のベースの問題なのか、当時の人夫たちは専門性がない(とにかくただ集められただけの人手にすぎない)ということなのか。 だからダイナマイトの自然発火は恐れるけど、残りクズのチェックはせずに放置してしまうのか。 それでもできる範囲で技師たちが試行錯誤する様だけがこの物語では唯一ホッとできるところ。
 が、更に泡雪崩(ほうなだれ)が宿舎を襲う。 噂には聞いたことがあるが、ここまですごいか、泡雪崩。
 とにかくたくさん人が死ぬのであるが、その死がいわるゆ<ナレ死>などではなく、文字通り血と肉が吹き飛んだ塊として描かれることにおののく。 決して残虐な描写に重きを置いているのではないのだけれど、ダイナマイトや雪崩で吹っ飛んだ肉片が転がっている光景が脳裏に浮かぶ(最初から、現場に辿り着くまでに山道を転げ落ちる人夫たちの死に様もかなりきているが)。 そんな中でも工事は続く! 続けざるを得ない状況・心情が読みどころなんですよね!、わかります、わかりますが・・・。
 外はものすごい大雪、けれどトンネルの中では油断すると熱死。 自然豊かといえば聞こえがいいけど一歩間違えば自然に殺される、そんな地方出身のあたしには、もう最初の計画から「無謀」としか思えなくて。 トンネルを貫通させることによろこびを見出し、そのためならどんな犠牲が出ても仕方ないと割り切らねばならない技師の気持ちもわからなくもないけど、自然に闘いを挑んでも勝てるわけがないと思ってしまうのです。
 でも、そういう人たちがいたからこそ、今のあたしは便利を享受できているわけで・・・。
 あぁ、なんかいろいろすみません、と、生きていることが申し訳なくなる。 吉村昭の<記録文学>ってそういうの多いよ、それがすごさなんだけど。

ラベル:国内文学
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2018年11月18日

ボヘミアン・ラプソディ/BOHEMIAN RHAPSODY

 いちばん最初の予告編を観たとき(もう半年くらい前かもしれない)、ドキュメンタリーなのかと思った。 顔がしっかり映っているカットが少なかったせいもあってほんとにバンドメンバーだと思ったから。 そしてあのリズムには、映画館の座席に座ったまま足で拍子をとりそうになってた。 あぁ、これは絶対観に行かねば!、と思ったのです。
 とはいえ、あたしはリアルタイムのクイーンのファンではなく、後追い世代なんですが・・・。
 でもしばらく前にブライアン・シンガーがスタジオと対立して監督をクビになったと聞いたんですけど・・・クレジットはブライアン・シンガーのままだなぁ(そして公開が近くなったらクビの話とか全然されなくなった。 やはりごたごたは避けたいのか)。 でも音楽総指揮にブライアン・メイとロジャー・テイラーの名前があるから大丈夫かなぁ、ということで。 でも、「ブライアン・シンガーがクイーンを、フレディ・マーキュリーを描く!」と聞いたときには「ついに来るべきものが来たか」って感じがしたんだけどな。 ブライアン・シンガーの納得のいっていない作品なのだったら残念だ。

  ボヘミアン・ラプソディP.jpg 伝説のバンド<クイーン>
   彼らの音楽を唯一超える<彼>の物語――。

 1985年、ロンドンのウェンブリースタジアムにて、空前のチャリティライヴ<ライヴ・エイド>のステージサイドで出番を待つクイーンがいる。
 それに遡ること15年前の1970年、フレディ(ラミ・マレック)は空港で荷物運びの仕事をしながら何物にもなれない自分を持て余していた。 両親には「きちんと定職につけ」と言われながら、漠然と音楽で生きる道を模索していたフレディは、スマイルというバンドを追いかけてあるライブハウスへ。 自分のつくった曲を売り込もうとするが、バンドはベーシスト兼ボーカルが脱退したので解散するという。 そこでボーカルとして自分を使わないかとその場で歌ってみせる。 驚いたブライアン(グウェイリム・リー)とロジャー(ベン・ハーディ)は彼をバンドに誘い、フレディがベースが弾けないと知って新たなベーシストのジョン・ディーコン(ジョー・マッゼロ)を加える。 こうして伝説のバンド、クイーンの歴史は始まった・・・という話。
 20世紀FOXのカンパニーマークを彩るファンファーレから、クイーンの音! 否応なく気持ちが盛り上がります!
 フレディ役のラミ・マレックの役作りに話題が集まっているけれど・・・他のメンバーもみんな似ている。 ブライアンなんか、出てきた瞬間からブライアン・メイだし! つい笑っちゃったよ!

  ボヘミアン・ラプソディ2.jpg ソウルメイトは一目でわかるものなのか。
 ブティック店員のメアリー(ルーシー・ボーイントン)とはライブハウスの楽屋への道で出会う。 フレディのファッションセンスはすでにグラム・ロックで、デビューしてからそうなったんじゃないことがよくわかる。 また、メアリーがフレディのそんな美意識を即座に理解したから、二人の関係は特別なものだったのだろう。 あの当時、そういう感じにちょっとでも眉をひそめたりためらいを持たなかった人は少なかっただろうから。 
 フレディの軌跡に重心は置かれていくけれど、この映画は同時にクイーンの物語でもある。 バンドの成長が、クイーンの楽曲を通じて間接的にも語られる。 「えっ、あの曲がこんな初期に作られたものなの!」とびっくりするけれど、多分実際とは違う。 ストーリーに合わせて楽曲を配置(バンドの歩みを楽曲に絡めて構成)してるようだ。 正確には伝記映画と言えないかもしれないけど、「事実をもとに」しても映画的演出というものはどうしても入るわけだし、事実とどこが違うかを言い争うなんて不毛で、クイーンの魂を感じればいいのだ、と思う。

  ボヘミアン・ラプソディ3.jpg これが<ウォール・オブ・サウンド>!
 誰かのアイディアに「それいいね! でももっとこうしたら」とみんなで試行錯誤して、「いつまでやるんだよ」とぼやきながらも全員がOKを出すまで妥協しない。 いいものができればそれまでの苦労はもう苦労じゃなくなる。 あたしの感じる理想的なバンドの姿がここにある!
 よく、「ビートルズはメンバーの個性が強すぎて、バンドとして4年も存在できたことが奇跡」ということをファンの方から聞いたりするのですが、そうなるとクイーンは全く対照的なバンドなんだな、と。 フレディ・マーキュリーは不世出の天才だけれども、フレディ一人ではああはなれなかった。 ブライアン、ロジャー、ジョンがいてお互いを高め合えたからこそ素晴らしい楽曲が生まれたわけで、誰かひとり欠けてもダメだった。
 “ボヘミアン・ラプソディ”の製作現場が見られたのは、すごいわくわくした! それが郊外の古い農場を改造したスタジオで合宿形式なのも微笑ましく、合間に芝生で静かに佇むショットが入っていたりするのがきいている。 このへんはブライアン・シンガーっぽいといえばぽいけど・・・。
 「ジミヘンとも付き合った俺だがこいつらはさっぱりだ」とクイーンに理解を示さないプロデューサーがマイク・マイヤーズで大笑い。 レーベルと契約するために立ち合い、その後もずっと付き合いつづけることになるジム・ビーチ(フレディに「マイアミ」とあだ名をつけられちゃうけど)役のトム・ホランダー、最高! 脇役にもすべて気を配ったキャスティング!

  ボヘミアン・ラプソディ4.jpg スターダムにのぼって、世界各地でヒットチャートをにぎわせるように。
 でも最初にクイーンが売れたのは日本なんだぞ・・・と言いたいところですが、欧米からしたらそんなことはどうでもいいことなわけで(最初の予告にあった日本でのライヴもカットされていた)。 フレディの自宅の玄関に金閣寺のお札が張られていたり、さりげないところにフレディの日本愛が込められていることに満足しようじゃないか。
 それにしても・・・こんなにもフレディが苦悩していたなんて知らなかった。 「スターとしての孤独」だけじゃない、生まれてからずっと抱えていたもの。 てっきり途中で割り切ったと思っていたんだけど、そうじゃなかったんだ。 それ故に酒や麻薬に溺れていく姿を直接描かずに小道具で示唆するあたりはすごくスマートな描き方。 バンド内の確執もお金やネームバリューの問題というよりも「なんで相談しないんだよ!」的な感じなので彼らがいとおしくてたまりません。 てっきりあたしはブライアン・メイがクイーンのリーダーだと思っていたんだけど・・・クイーンにリーダーはいなかったんだ、それもまたバンドとして理想的過ぎる。
 前半、ラミ・マレックの歯はやりすぎだしフレディにしては小柄だし胸板も腕の太さも足りないと感じたんだけど・・・髪を短くしてからはもうフレディにしか見えなくなってた。 ヒゲのせいで歯が見えにくくなったせいもあるけど、フレディにしては目が大きすぎるんだけど(でもそれで『Mr.ROBOT』の天才ハッカーくんだと気づいたけどね)、背負っているものや痛みなど、限りなくフレディに近づいたんじゃないかと感じられて。
 だから、ニューアルバムのことを聞かずにフレディの性的志向(当時はそういう言葉はないけど)にばかり質問をぶつけるマスコミの無神経さに腹が立ち、涙が止まらない。 自分自身でもはっきり答えを出せないようなことを、他人が勝手に聞く権利があるのか? あぁ、もっと時代があとなら、理解者も多くてこんなに苦しまなくてもすんだだろうに。 でもこの時代だからこそこのメンバーとバンドが組めたのだし・・・せつないよぉ。
 すみません、そのあたりからずっと泣いていました。

  ボヘミアン・ラプソディ1.jpg そして感涙の<ライヴ・エイド>のステージ。
 この再現度が半端なくて・・・これまでの流れのまとめにもなっているので否応なく涙がこみ上げる。 ほんとにこのライヴシーンは素晴らしい。
 ただ・・・映画の観客もこのステージを一緒に観ているような気持ちになるわけで、だからあまり会場の観客の映像はいらないと思うのですよ。 会場全体の映像とか、ステージから見える範囲とかならいいんだけど、わざわざ感激している客のアップはいらない。 彼らのステージを見れば、聴けば、その感動は映画の観客にも十分伝わってるし。 ライブシーンだからこうするもんだ、みたいな固定観念がある気がする・・・もしかしてそこがプロデューサーとブライアン・シンガーが決裂した理由ですか? まぁ、それだけではないだろうけど、せっかくいい映画なのに完成度が下がっているのはもったいない。
 そう、「映画として」考えると時系列がわかりにくいとか、バンドが売れていく過程がはっきり見えないとか、ありきたりな話に落とし込んでいるとかいろいろ不満なところはあるんですよ。 でもクイーンの楽曲のパワーに、メンバーの熱演にそれが覆い隠されている。 「映画と音楽は相性がいい」とはよくいわれる言葉だけれど、音楽を味方に(もしくは武器に)つけた映画はこんなにも強力なのか、ということを改めて実感。 今年は『グレイテスト・ショーマン』ほど心動かされる映画はないかもと思っていたけど、『ボヘミアン・ラプソディ』もすごいわ(でも、テーマは共通しているものがあるんだよなぁ)。
 しかもエンドロールが“Don't Stop Me Now”(本人たちのMV)、“The Show Must Go On”だなんて・・・全然涙が止まらないわ・・・。

 泣きはらした目で恥ずかしながらも物品販売のカウンターに行って「『ボヘミアン・ラプソディ』のパンフレットください」といえば、「すみません、売り切れてしまいまして・・・再入荷は未定です」と言われる。 えっ、入場前にはあること確認したのに! 先に買っておけばよかった! 残り少ないときは「残部僅少」って書いて!
 家に帰って、「クイーンのベスト盤、どこかにあるのに!」とガサガサ探すも、見つからず(本格的に捜索すれば見つかるのだが、そうすると朝になってしまう)。 なのでタワレコにサントラのオーダーを入れた。

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2018年11月17日

今日は8冊。

 おう、11月中旬発売のやつが揃ってしまった・・・。 なんか分厚いの多いんですけど・・・。

  ファビアン・リスク 零下18度の棺.jpg 刑事ファビアン・リスク 零下18度の棺/ステファン・アーンヘム
 <刑事ファビアン・リスク>シリーズ3冊目なれど、時間軸としては一作目『顔のない男』のあとになるようだ(二作目『九つ目の墓』は『顔のない男』事件の前、ストックホルム警察にいた頃の事件)。 相変わらずファビアンはダメな人なのか、事件もそうですがそれも気になります。 一冊ですが、このシリーズ全部600ページ越えだよね・・・。

  不条理な殺人.jpg 不条理な殺人/パット・マガー
 <本邦初訳!>と帯に書かれているとわくわくしますね。 しかも舞台劇に絡む事件らしい。 そりゃ気になります!

  クロウ・ガール1.jpgクロウ・ガール2.jpg クロウ・ガール/エリック・アクセル・スンド
 作者の名前から「北欧っぽい!」と思って手に取ったらめちゃ厚い! 上下巻ともに650ページ以上ある。 最近の講談社文庫にしては珍しい・・・と思ったのですが・・・タイトルページの裏(原題やエージェント契約のことが書かれているところ)に、「本書は著者の承諾を得て、内容を一部割愛してあります。」とあるではないか!
 いまどき、そんなことする?!
 こんだけ長いのにそれでも割愛ってどういうこと? 何ページ分くらいカットしたのか、カットした基準を教えてくれ〜。
 あ、スウェーデンでした。 でも英語版から訳したんだろうな。

  自分の子どもが殺されても.jpg 「自分の子どもが殺されても同じことが言えるのか」と叫ぶ人に訊きたい/森達也
 森達也が描こうとする題材はいつも興味深い。 でも、途中からあたしの考え方と違っていく。 考えが違う人の文章を読むのは、何故合わないのかを考えるうえで自分の思考が深まる・整理される気がするから、ときたまこの人の文章を読んでみる。 多分、「いや、そこまではわかるが、何故そこからいきなりそっちに飛躍する!」と思いそうな気がするんだけど・・・一気にジャンプアップしない論理性、身につけよう。

  コンテクストオブザデッド.jpg コンテクスト・オブ・ザ・デッド/羽田圭介
 おぉ、ついに純文学界にもゾンビの波が!
 って、すでに単行本が2016年に出ていますよ・・・噂が耳に入ってこなかったところを見ると、そんなに話題にはならなかったのかしら?

  花冠の竜の国アンコール7.jpg 花冠の竜の国 encore 7/中山星香
 <アンコール編>もついに最終巻! というか、無理やり終わらせました感がありあり・・・。

  ちはやふる40.jpg ちはやふる 40/末次由紀
 40巻ですが特に山場もなく・・・41巻へのつなぎ?、みたいな。 新と太一の友情復活(?)、大江さんのお気遣いなどが目立つくらいで・・・。 千早は新ではなく太一ってことで決定なのでしょうか、なんか納得がいかない・・・。

ラベル:マンガ 新刊
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2018年11月16日

ジビエを食べる!@Vis−a−Vis

 10月1日に移転オープンします、というご案内をいただいていたフレンチレストラン・ヴィザヴィ。
 乙仲通りから北へほぼ一直線、JR線路を挟んで兵庫県警本部横のビルに転居。 10月のはじめ頃にはお店の場所も正確に把握し、いつ行こうか考えていましたが・・・どうせならジビエの時期まで待つか、と思っていたらこんな時期になってしまいました。

  20181005-1新しいヴィザヴィ.JPG 新しい入口。
 関西空港、台風の余波からはすっかり回復みたいな報道のされ方っぽいけど、税関機能が完全に回復していないらしく、成田に回されたら届くまで時間がかかる・・・ということで今シーズンのジビエは数も種類もいつもより少なめでいくとのこと。 予約した段階で「ジビエ今年少ないんですよね。 まだ残ってるのはなんですか?」と尋ねれば、雷鳥はあと3羽残っていて、指定すれば取り置いてくれるとのこと。
 わーい!、今年は雷鳥が食べられる〜!、とヨロコビ勇んで元町駅西口あたりから県庁方面への緩やかな坂を上っていったのだった。

  20181116-1ヴィザヴィ.JPG 食前のお楽しみ:野菜のマリネ
 気持ちが前のめりしすぎて写真のピントが合ってませんね。 すみません、ガラケーのカメラなもんで、近づきすぎるとぶれるのです。
 ピクルスと違って漬かりすぎてないあっさり感が程よく、さっぱりと野菜の味を楽しむ。

  20181116-2ヴィザヴィ.JPG 前菜:<天使の海老>とアスパラガスのサラダ 季節の野菜添え
 薄黄色の葉っぱはトウモロコシのスプラウトで、かみしめるとほんのり甘く、トウモロコシの芯に近いところみたいな味がした。 普段食べられない野菜が食べられるのもまた楽し。 オレンジのソースはニンジンのピューレで、手前のはオーロラソース。 野菜を多く食べていると、エビの弾力に驚いてしまう。

  20181116-3ヴィザヴィ.JPG スープ:キノコとポロ葱のスープ
 「マツタケアレルギーですよね、他のキノコは大丈夫ですか?」と声をかけていただくも、他のキノコは大丈夫なんです! そのへんがあたしのフレンチやイタリアンが好きな理由でもある。 和食や創作料理のお店では、よかれと思ってマツタケの入ったメニューがスペシャルとして提示されることがあるからね・・・。
 それ以外のキノコが沢山入っていますよ。 こういうとき、「ネギって香味野菜なんだよな・・・」ということを実感。 いろんなダシが出てるけど雑味のない、すごくリッチな味わいのスープでした。

  20181116-4ヴィザヴィ.JPG 魚料理:真鯛の白ワイン蒸し キャビア添え
 ソースがスプーマになっているところはちょっとシェフにしては珍しい? 写真ではわかりづらいですが、タイの真ん中に乗っている黒い塊がキャビアです。 キャビアの塩気がクリーミーなソースと相まって大変おいしく、また軽い仕上がりに。
 バケットでソースを全部拭うも、メインの分も残しておかないと! 今回はバケット一切れで抑えるぞ!

  20181116-5ヴィザヴィ.JPG 肉料理:ジビエ 雷鳥のグリル
 あ、光の加減でマッシュポテトがよく見えない!

  20181116-6ヴィザヴィ.JPG 角度を変えてみた。
 フィンガーボウルが出てくるので、「骨のところは手づかみでどうぞ」なのだが・・・ん、なんか前に食べた雷鳥と違う味? あたしの記憶の改変か? それとも個体差か? まぁ二回目だから・・・あれ、こんな感じだったかな?、とびっくり・・・前回は「何にもたとえられない、食べたことがない味!」って思ったけど・・・今回はなんか普通にさらっと食べちゃったよ。 場所によってはちょっと血の味がするけど、それも味わいというか、赤身の肉の味が濃い。 「やべぇ、慣れちゃった!」ってことか。
 骨のかけらしか残さずぺろりと食べる。 「まぁ、きれいなお皿で」と言われるくらいさ。
 指先をフィンガーボウルにつけると、脂で水が濁ってびっくり。 え、食べてるときはこんな脂を感じなかった!
 そして今日はキノコをいっぱい食べたな・・・。 

  20181116-7ヴィザヴィ.JPG デセール:デザート盛り合わせ
 イチジクのタルト・リンゴのコンポート・ヨーグルトのアイスクリーム・アールグレイのポットドクレーム。 これに紅茶をつけました。
 リンゴのコンポートにシナモンが使われていたのがちょっと残念だったが(あたしはシナモンがいささか苦手です)、それ以外は問題なし。 イチジクは生だし、ヨーグルトのアイスもすごくさっぱりしてておいしいし、そうかと思うとアールグレイはめちゃめちゃ濃い。
 今日もおいしかったです。 ごちそうさまでした。

 シェフにジビエについていろいろお聞かせいただくが・・・前のお店の閉店前はいささかやぶれかぶれ的なぶっちゃけキャラになっていたのに、またちょっとシャイで人見知りな感じに戻ってしまわれた。 いや、これが本来の姿なんだろうけど。
 新しいお店になっていろいろ試行錯誤の最中なんだろうなぁと推察しますが(料理の提供時間が以前よりゆっくりになった。 その分こっちもゆっくり食べれますが)、味は変わらないのでうれしいです。
 6卓なので、タイミングによってはすぐ満席になってしまうそうな(特にランチタイム)。 やっぱり! 小箱になるとそういう危険があるのよ。 予約は早めに、でも急に思い立った時はタイミングを祈るしかないようだ。

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2018年11月14日

ヴェノム/VENOM

 アメコミはもういいか、と思いながら、トム・ハーディ好きだからつい。 それに、『ヴェノム』は単独作で、ユニバース展開しない(つまり『アヴェンジャーズ』シリーズには出ない)ということなので、じゃ、いいか!、と。
 というか、トム・ハーディはDCのほうの『ダークナイト・ライジング』に出ていたのに、マーベルに出ちゃうんだ・・・というほうがなんかせつないね。

  ヴェノムP.jpg 最も残虐な悪<ダークヒーロー>が誕生する。

 正義感が強く、回りくどいことが嫌いなジャーナリストのエディ・ブロック(トム・ハーディ)は、いつも上層部とうまくいかず、いろんな会社を渡り歩いている。 いまのエディのターゲットはライフ財団のトップであるカールトン・ドレイク(リズ・アーメッド)。 新たな治療法を確立したなど業績がうなぎのぼりで宇宙にも調査船を送るほどの資金力・科学力を持つライフ財団は権力者とも懇意で、「実はライフ財団は貧困者を人体実験に使っている」という噂を調べるエディの職を奪うことはなんでもない。 エディの恋人のアン(ミシェル・ウィリアムズ)はライフ財団の顧問弁護をしている事務所で働いており、彼女のPCからこっそり手に入れた情報をドレイクに突きつけるが、笑ってかわされてしまう。 情報源となってしまったアンは事務所を解雇され、「全部あなたのせい!」とエディに別れを告げる。
 落ち込むエディだが、ここで引き下がっては更に負け、絶対真相を突き止める!、とライフ財団の研究所に忍び込むが、そこで被験者に接触したエディは地球外生命体<シンビオート>(ライフ財団の宇宙船がひそかに持ち帰っていたもの)に寄生されてしまう・・・という話。

  ヴェノム3.jpg このキャラクターなら年齢はもう少し若い設定ではないだろうか・・・。
 でも意外に大人なカップルな部分もあり・・・不思議な感じ。 エディ、若干おバカキャラ入ってる? 有能なジャーナリストにちょっと見えないのはご愛敬。 一応、この二人のラブストーリーであることも確かで(エディと別れた後アンは医者と付き合うのだが・・・このお医者さんがチョーいいヤツなので笑ってしまう)。 が、その三角関係が問題なのではなく、エディに寄生したヤツも名前と自我を持っており、そことエディとの関係が重要になる。

  ヴェノム1.jpg その名はヴェノム、見た目は結構キモイけど、喋るとやたらチャーミング。
 <シンビオート>は地球の環境では他の生き物に寄生しないと生きられないようです。 しかも寄生先との相性もあって、なんでもかんでもOKというわけではなさそう(短時間なら大丈夫、とか。 これは説明されていないけど、いろいろ宿主を乗り換えていくうちに様々な情報を集めて適応しやすいように自分を変えていっているのかも。 そうじゃなければヴェノムがエディとうまくやっていけるのがすごい確率ってことになる)。 ナマモノしか食べない<シンビオート>なのに、いつしかエディの食の好みに合わせるもんね(とはいえ、「腹減った、人間食いたい。 こいつ悪者か? だったら食っていいだろ」ってすぐ言うけど)。
 ダミった重低音のヴェノムの声がすごくいい! エディとのバディ感、すごくテンポよくて面白い!、と思っていたらヴェノムの声もまたトム・ハーディが担当しているのだった(音声加工済み)。 こんなところでトム・ハーディの一人二役が見れる(聞ける)とは、ラッキー。
 あぁ、だから余計にヴェノムがキュートに感じられたのかしら。

  ヴェノム2.jpg 寄生してても向かい合って会話もできる。
 だからこの映画の見どころは、エディとヴェノムの会話、につきる!
 結構ダメダメなエディも、ヴェノムといることでちょっとしっかりしてくるし、それをほかにも活かせる。 逆にヴェノムがやたらいいやつなんだけど・・・。
 ポスターのコピーや予告編ではヴェノムはもっと悪い、というか制御のきかないやつかと思っていたんだけど・・・ちゃんと話が通じるいいヤツだったのですよ。 予想したよりも、面白かった。 人はいっぱい死ぬけど、あまり罪悪感がわかないつくりで。
 本編終了後のおまけ映像に、ウディ・ハレルソンが! えっ、続編で出てくるの?
 もういっこおまけは、『スパイダーマン』の後日談? ネクストジェネレーション的ショートアニメ(オチはない)。 でもそれを見て、「はっ、ヴェノムって『スパイダーマン3』(サム・ライミ版)に出てきたブラックスパイダーマンになったあれか! そういえばピーター・パーカーにまとわりついていたやつ、新聞記者だったような・・・あれがエディ・ブロック?」、と気づいたりして・・・全然、キャラ違うじゃないか〜。
 なるほど、原作ファンであればあるほど改変がつらいというのはこういうことなのね〜(しかしサム・ライミ版が正しいのかどうかもあたしにはわからないのだが)。 機会があったら『スパイダーマン3』、観直してみよう。
 とりあえず、トム・ハーディが魅力的でした、ということで。

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2018年11月13日

風神雷神/柳広司

 引き続き、「あ、こんなの出てた!」と気づいたので・・・2017年8月発売でした。
 『風神雷神図屏風』か〜、俵屋宗達か〜、ぐらいの気持ち。 ハードカバーとはいえ、意外にページが薄く感じた(しかし装丁的には2冊必要なのはわかる)。 意外にさらっと読み終わってしまった。
 口絵として作品の写真もついているのですが、作中に出てくる作品、改めて全部見たいなぁ、と思ってしまった。

  風神雷神 風.jpg風神雷神 雷.jpg 上下巻ではなく、<風の章>・<雷の章>となっているのが微妙にわかりづらい。

 京の都で扇屋<俵屋>の養子として引き取られた伊年は、商売のことにはまったく興味がないが美しいものに時間を忘れて見入ってしまったり、絵を描いていて時間を忘れてしまうような子供のまま大人になったような人物だった。 番頭らは「この人、ちょっと頭大丈夫か?」と感じるが、養父である大旦那はそんな伊年に(当時はそんな概念はないが)芸術家として何かを全うしてほしいと感じている。 秀吉の治世から徳川の世となり、時代は変わっていくが、のちに宗達という名を持つ男がどのような作品を手掛けていき、最終的に『風神雷神図』へ辿り着いた軌跡。

 ざっくり、「俵屋宗達の評伝かな」と思っていると裏切られる。
 勿論主人公は宗達(伊年)なのだが・・・幼馴染みの角倉与一・紙屋宗二との関係、本阿弥光悦の登場と影響、その後にあらわれる烏丸光弘の存在など、当人は結構ぼんやりしていて捉えどころがないのにまわりとの関係で「新しいものを作りたい」という衝動が沸き起こる、ような。 また、作者(もしくは後世−つまり現代視点から見ている歴史学者)のコメントがたびたび入るという『銀河英雄伝説』手法なので、テレビドラマを観ているような感じもする。
 とはいえその時代のことが順序よくまとめられているので、「あー、養源院の血天井、観たなぁ」などと自分の記憶も掘り起こされます。 その当時いろいろうろ覚えなことが繋がっていくというか、歴史小説的な面白さもあり。
 でもやっぱりメインなのは、“芸”や“美”といったものに魅入られてしまった人の、決して普通の人生を送ることができない“業”のようなもののこと。 これは時代や生まれた国も関係ないんだな〜。
 ただちょっと気になったのは、ルビ(フリガナ)に「おや?」と感じることが数回あったこと。 たとえば「万里小路(まりのこうじ)」ってなってるけど、そこは「までのこうじ」でしょ・・・そうなるとすべてのルビが信用できなくなるというか、もしくは自分が間違えて覚えていたのか気になって物語への集中の邪魔をする。 「前栽(せんざい)」は合ってるよねぇ・・・と出てくるたび思ったし。
 講談社、校正がんばれ!

ラベル:日本文学
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2018年11月12日

華氏119/FAHRENHEIT 11/9

 『華氏911』のとき、「そのタイトルはいかがなものか」とブラッドベリに文句(?)を言われていたのが懐かしい・・・もうブラッドベリはいないから、このタイトルにすんなり決まったんだろうか。 テーマ・題材的にも、関連あるしね。
 ドキュメンタリー映画といいながら、かなりマイケル・ムーアの個人的な心情が入ってる、という批判は確かにそうだし、でもドキュメンタリー映画全てが教科書的なものなわけがなく、多かれ少なかれ送り手の気持ち・考えで作られているもの。 要は観客は情報を丸呑みすることなく、そこから自分で調べたり考えたりするところまでが<ドキュメンタリー映画>のワンセットなのかもしれない。
 賛否両論あるでしょうが・・・マイケル・ムーアの『ボウリング・フォー・コロンバイン』の大ヒットがなかったら、今のようにドキュメンタリー映画が普通に劇場公開されることもなかった(もしくはもっと遅れた)と思うので・・・その点であたしはマイケル・ムーアに感謝してます。 彼のナレーションのテンポも、なんか好きだし。

  華氏119 P.jpg トランプのからくり、全部見せます。
  「この映画が公開されれば、トランプ王国は必ず崩壊する」――マイケル・ムーア

 2016年11月9日、アメリカ合衆国は大きな悲しみに包まれた。 多くの国民が「アメリカ初の女性大統領誕生」を信じて疑わなかった日に、大統領として選出されたのは共和党候補のドナルド・トランプだったのだ。 何故こんなことになってしまったのか? マイケル・ムーアは自身もトランプが負けると思っていただけに、その背景を調べることにした。 すると思いもかけない事実が次から次へと出てきて、<トランプを当選させてしまったアメリカ>の実情を理解していく・・・。
 「最初から最後までトランプの話なのか」と思っていくと肩透かしにあってしまうほど、「トランプ以前」への言及が多いのです。 でもそれこそが、必要なこと。

  華氏119 1.jpg 「トランプ慣れしてはいけない」と彼は警告する。
 トランプの手法は彼のオリジナルではない。 2010年にトランプの昔からの友人だという大富豪のスナイダーという大富豪がミシガン州の知事に就任する(ミシガン州はマイケル・ムーアの故郷である)。 「州を会社のように経営して赤字は出さない」と言ったスナイダー知事は自分の側近を要職に送り込み、よくわからない緊急事態を宣言して市から権限を奪って権力をほしいままにする。 水道を民営化し、フリントという町にはヒューロン湖からではなくフリント川から取水することになったが、住民から健康被害の訴えが出ても耳を貸さない。 友人が町を支配する姿を見たトランプがうらやましそうな表情を浮かべているニュース映像がある。
 更にヒラリー・クリントンを代表にした民主党側の問題もあぶりだす。 実は民主党代表選では労働者階級や若者たちから絶大な支持を受けているバーニー・サンダースが得票数ではずっと多かったのだが、各州の推薦ではヒラリー・クリントンを指名させており、民主党に対する信頼が失われたのが共和党、ひいてはトランプの追い風になったと分析する。 それと選挙人制度の問題は日本における「一票の格差」のようなものなのかしら? これもまた主にアメリカ国内向けなのでなじみのない人間には説明不足だし、出来事の年代も行ったり来たりするので整理するのが大変である。 <字幕監修:池上彰>となってますが・・・文字制限の壁の前ではあまり有効な手は打てなかったか?

  華氏119 2.jpg さらっとやってるけど、これもある種のテロですよ。
 フリントの水道水には鉛が含まれており、子供たちに鉛蓄積被害が出ている。 健康診断の結果を州が改竄している、という証言もあり、「ほんとにフリントの水が安全なら大丈夫だろう」と州知事邸にフリントの水道水を撒くマイケル・ムーアであった。 庭の植物がかわいそうだよ。
 でもこのあたりは意図的かどうか説明不足で、フリント川の水が鉛汚染されているととれるんだけど、実際は(まぁフリント川の水が汚れているのは確かなんだけど)汚れた水が通過することによって老朽化している水道管から鉛が溶けだしているためであるようで、そもそもヒューロン湖から水をもらうための使用量を水道会社が払わないからフリント川の水を使っているわけで、健康被害が出た後の賠償やらなんやら考えたら普通に使用料払って元通りの水源を使ったほうがいいのでは?、と考えない企業倫理がすべての原因(ご老人には細菌汚染による合併症でなくなっている人も多いので、取水施設の手抜き工事もありそうだし)・・・世界的にも水道事業の民営化はマイナス要素しかないことがわかっているのになんで導入するんですかね。 自分たちは大丈夫とでも思ってしまうのかしら。 そして日本でも水道民営化の話、出てますけど・・・大丈夫なの?、と考えさせられちゃいますね、やっぱり。
 投票率の低さも問題だし、「アメリカは10年後の日本」と感じているあたしとしては他人事じゃない。 多分、マイケル・ムーアも本気でヤバいと思っているのではないだろうか、だからこの映画ではいつものふざけた感じが少なめです。
 しかし、救いもないわけじゃない。 民主党のふがいなさを目の当たりにして「誰もやらないなら自分たちが変えよう」と選挙に出ることなんて考えたこともなかったという女性たちが下院議員に立候補して選挙活動している姿も追う。 彼女たちのほとんどが今回の中間選挙で当選してる! これは映画は終わっても世界が動いている証拠。 日本よりアメリカのほうが条件的に立候補しやすいのかな?
 そして選挙権を持たない若者たちも声を上げ、デモをしたり彼らの力で応援している候補を推す(もしくは、落選させたい候補には強力な対立候補を立てる)、などの活動をしている姿も。 もはや<ドント・トラスト・オーバー30>は古い、<ドント・トラスト・オーバー18>か!

  華氏119 3.jpg 希望を託せる若者たちに囲まれて、なんだかうれしそう。
 そう、マイケル・ムーアも年をとった。 自分は戦い続けてここまで来たけれど、有名になってしまった分、油断すると敵に利用されてしまうこともある。 自分の影響がどこまで伝わるのかわからない。 だから志を共にする若者たちの存在は、どれだけ心強いことだろう。 それがわかるトシに、あたしもなったということだな・・・。
 しかしびっくりなのは、アメリカ建国の理念が民主主義だと多くの国民が信じているということ。 でもある学者さんは言う、「アメリカが民主主義になったのは1970年ですよ。 それまでは女性や有色人種には選挙権がなかったのだから」と。 民主主義の歴史は浅い、あぁ、それは日本も同じだよ! ということは若い人ほど民主主義の世の中で生きてきているわけだから、信頼できるってことかも。
 アメリカ・ファーストを叫び、「移民は出ていけ、私たちの国で勝手をするな!」と町中でキレている“一般市民”・・・「いやいや、あなたたちだって何代か遡れば移民でしょ?」と聞きたいよ・・・アメリカは自国の歴史をちゃんとみんな勉強しようぜ。 ちゃんと勉強した人たちはそんなことは言わず、もっと広い視野で先を見てるよ。 それはどこの国の人でも同じこと。
 それにしても、フリントの水道水問題で当時のオバマ大統領がフリント市に来たのに、市民の前にあらわれたのに、何の役にも立ちやしない・・・ということが衝撃だった。 マジでこんなダメな大統領だったのか! ノーベル平和賞受賞のときがピークだったんだな!
 そして・・・フロリダ州パークランドの高校での銃乱射事件の追悼集会での生き残った女子高生のスピーチには、当時のニュース映像でも目が潤んでしまったが、この映画でも出てきて泣いてしまった。 マイケル・ムーアの原点は、やはりここにあるのでは。

posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする