2018年10月16日

教誨師 (きょうかいし)

 この映画、観たかったがものすごく観たいのかと考えると複雑な心境で。
 だって<大杉漣、最後の主演作にて最初で最後のプロデュース作>と書かれているんだもの、そんなに「最後の」って言わないでよ! というかあたしはまだ漣さんがいないことを受け入れられてないんだ!
 それでも「最後の」という言葉を使えるようにはなっている。 だけど、納得できるかどうかはまた別の話なんです。

  教誨師P.jpg 死刑囚6人との対話が始まる。

 教誨師とは、ボランティアで受刑者の道徳心の育成や心の救済を行う宗教者のこと。
 佐伯保(大杉漣)はプロテスタントの牧師で、教誨師になって半年。 月に2回拘置所を訪れて、自分の担当となった死刑囚6人と面談する。 その相手とは、まったく喋る様子もない鈴木(古舘寛治)、世間話に花が咲きすぎる気のいい吉田(光石研)、ホームレスだったという進藤(五頭岳夫)、のべつまくなしに喋り倒す関西のおばちゃん野口(烏丸せつこ)、自分の息子のことをずっと心配している気弱そうな小川(小川登)、そして大量殺人者であることを誇りにしているような高宮(玉置玲央)。
 佐伯は親身になって彼らの言葉を聞き、自分が彼らを受け入れていることを伝え、彼らの心の悔いと安らぎが訪れるようにと聖書の言葉を口にする。 しかしなかなか思い通りにはいかず、その過程で彼らも佐伯もいつしか“自分の言葉”で話し合うようになる・・・という話。

  教誨師1.jpg教誨師6.jpg それぞれの表情を十分に押さえるためか、同じ画面に二人の顔を映したくないためか、スクリーンは3:4。
 BGMもなく、ただひたすら役者の力を見せつけられる会話劇でございます。
 更には微表情も堪能。 古舘寛治さん、こんなにくっきり二重瞼だって初めて気がついたし(普段はメガネをかけていることが多いせいもありましょうが)。
 つくりも非常に演劇的なんだけれども、舞台じゃ顔のアップは見られないもんね。 その点、映画としての利点を最大限に。
 6人が死刑囚だということはわかっているけど、一体何をしてここにいるのか、というのは具体的に説明されず、彼らの会話の合間から次第に見えてくる感じ。 会話劇だしすごく台詞が多いんだけど、台詞が多いと感じないのは、みなさんが自分の言葉として喋っているから。 だって、誰しも日常会話ではどれだけ喋っても「思ってること・感じてること全部言葉にできてない、喋り足りなかったなぁ、もっといい表現あったよなぁ」って思うことあるでしょ。 そんな感じです。 それに普通の脚本ならば紛らわしい同音異義語は排除するところだろうけれど、日常会話ではそこあまり気にしない(誤解したら説明しなおせばいい)からか、教誨と教会、話すと離すなどが一連の会話の中に登場する。 そういうところも<つくりごと>から遠い。

  教誨師5.jpg教誨師7.jpg 野口のおばちゃんのお喋り具合には会場からも笑いが。 一方でぼそぼそと喋る小川の姿には妙なリアリティが。
 佐伯は教誨師になって半年ということで、まだまだ慣れてない感じがあって、相手から飛び出す唐突な言葉に「は?」と素で返してしまうことがあり、それがすごく面白い! 勿論それは素なんかではなく脚本に書かれてあることで、入念にリハーサルもされた結果なのだとわかっているのだが・・・“役柄”と“役者”が限りなく近づいているようなそんな気がすごくして。 役者好きには大変贅沢で、しかも一瞬も気の抜けない空間だった。
 しかも佐伯は6人それぞれに一対一で会話するのだけれど、相手によって当然ながら反応が違う。 この人は喋りやすい、この人はよくわからない、この人は・・・、といった佐伯の心の内もその会話にあらわれる。 6人がそれぞれ<死刑囚・犯罪者>というレッテルに対し自分自身の仮面をかぶっているように、佐伯もまた<教誨師>という仮面をつけているのだ。

  教誨師2.jpg 吉田、面白すぎ!
 いやー、吉田的にはものすごく切羽詰まっている場面だとわかっているんですが、ここ笑っちゃいけないよなぁと思いつつ、でもやっぱり笑ってしまったよ。 重たいテーマ・題材を扱いながらも笑いを封印しないところもまたよかった。
 そして個人的には、どんなシチュエーションであろうと、漣さんと光石さんが会話しているというだけで観ていて顔がにやけてしまうのでした。 この二人の会話、ずっと観ていたいわ。 『バイプレイヤーズ』1の撮影中に漣さんが光石さんに出演をオファーしたそうですが、他のメンバーでなく何故光石さん?、とちょっと思ってたんだけど、この映画を観て心から納得。 他の5人のキャスティング(その時には決まってなかったかもしれないが)を見たら映画のバランス的にも光石さんがベスト! エンケンさんや寺島さんだと濃すぎるし、トモロヲさんでは色が違うし、松重さんは微妙なところだな・・・とかつい考えてしまいましたよ。

  教誨師4.jpg いちばんの難物、高宮。
 こいつがまた憎々しくて・・・。 「頭でっかちなこと喋ってんじゃねーよ!」と額をぺしっと叩きたくなる感じ。 そして佐伯にも「こんなやつに言い負かされてんじゃねーよ!」とドンと背中をたたきたくなる・・・わかってますよ、教誨師という立場からは相手を否定したりやりこめたりしてはいけないことは。 でも佐伯として高宮に言い負けているから、つい口をはさみたくなる・・・。
 この映画の監督としては、「死刑制度に対してもう一度改めて考えてみませんか」という問題提起があってこの映画をつくったのだと思われますが・・・役者さんたちがすごすぎてちょっと社会派要素が薄れちゃった的な感じがしなくもなく・・・。

  教誨師3.jpg 外へ出たからといって救いがあるとは限らず。
 しかし最後にぶっこまれたひらがなの言葉に、あたしはノックアウトされ。
 結局はそこか、「人が人を裁くとは」という根本的なことに立ち返らざるを得ないのね。 というかそこを考えつくしていないうちに我々は法制度に組み込まれてしまっているのが問題ってことですか。 死刑囚と教誨師はいつも同じ位置に座る。 けれど所長とかの面談だと教誨師は死刑囚の位置に座ることに。 つまりはそういうことですか!
 やりきれないんだけど、すごいものを観たという満足感もあり、漣さんエピソードを期待してパンフも買っちゃった。

 テアトル梅田で観たのですが、大変混雑しておりました。
 しかし漣さんがプロデュースした作品だけあって、結構通好み・・・テレビの漣さんしか知らない人がなんとなく観ようと思ったら痛い目に遭いそう。 『カメラを止めるな!』のように上映館が一気に増えないのはそのあたりに理由がありそうな(難解というわけではないんだけど、最初から説明してくれて最後に答えが出る話ではないから)。
 神戸では元町映画館で10月20日から公開だそうです。 もう一回行こうかな、と思ったら昼の回しかないよ! しかも一日一回上映かよ!

posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする