2018年08月25日

ゲッベルスと私/A GERMAN LIFE

 夏だから、ですかね。 こういう映画が公開されるのは。
 なんとなく・・・あたしには「怖いもの見たさ」のようなものがあったと思う。 他の観客の人たちはどうなんだろう。 意外と客が多くて(満席とかでは全然ないが、あたしの予想よりは多かったので)驚いた。 だって、ドラマでもなく、ドキュメンタリーですから。

  ゲッベルスと私P.jpg なにも知らなかった 私に罪はない。
   ナチス宣伝大臣ゲッベルスの秘書、ブルンヒルデ・ポムゼル103歳。
   彼女の発言は、20世紀最大の戦争の記憶を呼び起こす。

 ナチス・ドイツの宣伝相ヨーゼフ・ゲッベルス。 ヒトラーが自決する少し前に、妻と子供たちとともに一緒にヒトラーに殉じた男。
 この映画で語るブルンヒルデ・ポムゼルはゲッベルスが宣伝相としてバリバリ働いていた頃、彼の秘書を務めていた人物である。 秘書になる前のこと、どうやって秘書になったのか、秘書になってから、と第二次世界大戦下を生きた者としてどう全体主義が広まっていったのかなどを話す。
 彼女の語りと、ゲッベルスの残した言葉、ナチスドイツ側・連合軍側のプロパガンダフィルムなどでこの映画は構成されている。

  ゲッベルスと私3.jpg モノクロでライトを当てているため、皮膚のしわがくっきり。
 撮影時は103歳とのこと。 その割にはしっかりした語り口。 終戦後は誰に何を聞かれても話さなかったようだが、長き沈黙を破ったのは時間の経過と、自分の中で積みあがっていたものがあったのかもしれない。 話すことをずっと考えていたのかもしれない。 それくらい、彼女の喋り方は100歳を越えた人のものとは思えないほど確かだ。 だからこそ皮膚の深すぎるしわが違和感。 そこに年齢が出ているということなのか。
 「なにも知らなかった。 私に罪はない」は確かに彼女の言葉。 その後わかるナチスの蛮行を知るにつれ、そう言い聞かせて生きていくしかなかったのではないかと考えてしまう。
 だが、「あの体制を作った国民に罪があるなら、私にも罪はある」(正確な引用ではないが、このようなこと)とも言っていた。 かつての自分を正当化するだけではなく、もう一歩踏み込んで考える時間があった(だから最終的にこのインタビューに答えた)のではないか。

  ゲッベルスと私2.jpg 当時の映像(今回初公開のものも)も合間に使われる。
 ナチ党員になったのは、そうすれば日常生活が有利になるからで思想信条はよく知らなかったとか、ユダヤ人の親しい友達がいたけどそんなに大変な状況になるとは知らなかった(「遊びに行ったときにたばこを持って行ったけど、パンを持っていけばよかった」と悔やんでいる)など、現在の視点から見ればいくぶんのんきというかピント外れに思える部分もあるが、それが当時の彼女の心情だったのだろうなぁ。 対岸の火事じゃないけど、“普通の人”ってそんな感じというか。 自分の住んでいるところに地震が来て、「最近地震が多いのはわかっていたけど、まさかここに来るとは思わなかった」という人と根っこの部分は一緒ではないか、と。
 だからこそ原題は“A GERMAN LIFE”、『あるドイツ人の人生』。 特別な名前は与えない。
 「若い人たちは言う、反対すればナチスの横暴は止められたのではないかと。 でも絶対無理。 全体主義の中にいたらなにもできない」と言い、当時の若きレジスタンスに対しても「あんなときにあんなところでビラをまかなければ・・・」と声を詰まらせる。
 『ゾフィー・ショル〜白バラの祈り』のワンシーンがよみがえる。 ひそかにユダヤ人虐殺の情報を手に入れたレジスタンスたちはナチスのやり方に反対してた、やめさせようと情報を規制されている市民たちに事実を知らせようとした、そのために捕まり処刑された。 
 火をつけたのは一人かもしれないが、燃料を投下し、風を送らなければ燃え広がらない。 ヒトラーを、ナチスを支持したサイレント・マジョリティこそが流れを決めていく。 国民としての覚悟はどの時代でもどの国でも問われているが、非常時でなければ発現しないからこそおそろしい。

  ゲッベルスと私1.jpg これはアメリカ側のプロパガンダ映像。
 自分たちの利のための相手を貶める、自分たちの都合のいいように話を持ち込む、<プロパガンダ>がやることは基本的に同じ。 そこには戦争に勝ったか負けたかの違いがあるだけ。 だが、ホロコーストの映像には心か頭が冷たくなるような、どうしようもない絶望を感じる。 なんでこんなことができるのか、という問いかけは無意味で、むしろ慣れてしまえば人間の感覚などたやすく麻痺してしまうという事実を前に。
 「悪は存在する。 神なんて存在しないし正義なんてない」
 生き残ってしまった者として、彼女はそう結論を出す。 自殺したゲッベルスには到底辿り着けない結論を。
 彼女は106歳で亡くなったそうだ。
 たまたま彼女はゲッベルスの秘書という目立つ場所にいた。 けれど目立たぬ位置にいた人たちもたくさんいるはずなのだ。 そういう意味で彼女は不運だったといえる。
 ドキュメンタリー映画としては長めの113分、ものすごくつかれた。

posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする