2018年08月19日

海泡/樋口有介

 あぁ、なんか樋口有介を読むのも久し振りかも!
 一時期、『ぼくと、ぼくらの夏』系統の青春ミステリをやたら読みふけってしまったこともあったのですが・・・全体的に雰囲気似てるんだけど、なんとも言えない魅力というか中毒性があって。 主人公の男子(だいたい高校生、ときどき大学生)がやたら女性にもてるのが微妙に納得いかないながらも、ハードボイルドテイストな減らず口と倦怠感と厭世観がないまぜになっているやる気のない態度とか、好きでした。
 そのため、「あれ、これ読んだやつだっけ? なんかすごいショック受けたやつってどれだっけ?」と、タイトルと内容がいまいち一致していないことも・・・手に取るとわかるんですが。
 青春ミステリなのに「おや、これは読んでいなかったぞ」なのが本書。
 もともと2001年に中央公論社から単行本で出たもの(3年後には文庫化)ながら、今回作者の強い希望により加筆修正した大幅改稿版として創元推理文庫から発売。 他社から出ていても絶版になっているものを現在ほとんど東京創元社が引き受けている格好になっているから、当然といえば当然の流れですが。
 それにしても帯には<祝 デビュー30周年>とありまして・・・『ぼくと、ぼくらの夏』からそんなにたつわけ!、とびっくりだ(もっともあたしは高校の図書館で『ぼくとぼくらの夏』を借りて読んだのが最初なので、リアル30年読者ではないのですが、サントリーミステリー大賞の記憶はあるから)。

  海泡 樋口有介.jpg 中公文庫版に比べると、カラフルな表紙に。

 小笠原諸島、父島。 東京で大学に通っている“ぼく”・木村洋介はこの夏休み、久し振りに帰省した。 同級生であった初恋の人・丸山翔子が白血病からなかなか回復しない、むしろ進行しているため、会いに行くのがつらかったから。 画家である父親との折り合いも特に悪いわけではないがいいわけでもないし。
 しかし帰ってきて早々、同級生の一宮和希はストーカーから逃れて東京から島に帰ってきたのだと聞かされ、それを話す藤井智之も不可解な言動で“ぼく”を困惑させる。 島では同級生は数少ない。 漁師見習いの山屋浩司や家業の民宿を手伝う棚橋旬子は高校卒業後もそのまま島に残った組だ。 久し振りの再会は懐かしさとともに平和だけれど退屈な島の空気も思い出させるが、この島には似合わない正体不明の不穏さが漂っていて・・・という話。

 勿論小笠原諸島は行政区分としては東京都なのだけれど、「東京」といえば本土を指す。
 小笠原の複雑な歴史を、以前東京から引っ越してきてここに住むようになった“ぼく”の目から描き出すのはとてもわかりやすい。 旧島民・在来島民・新島民という区別も歴史的な意味合いもあるが、田舎特有の「新参者には排斥的」な部分が新島民に向けられがちなのもあるあるである。
 勿論、樋口有介作品の主人公として、“ぼく”はそんなことには気もとめないし、たとえどこにいようと彼の姿勢は変わらないはずだ。
 しかしたかだか2年ほどで同級生たちが後戻りできない道を辿っていると知ると愕然とするほどには、彼は若いらしい。
 もともと三人称で書かれた作品を一人称に直した、ちょうど作者が文体変換を模索中だった時期の作品ということもあり、ところどころ文章に違和感が。 ご本人もあとがきに書かれていますが、「本作は大幅に加筆修正しましたが、それでも文章のゴツゴツした感じは残してあります」とのことなので、意図的なものでしょう。
 小笠原には竹芝からフェリーで26時間、次の便は6日後という、気軽に行こうと思って行けるところではない場所。 亜熱帯気候の描写もあり、地図上ではよく知ってはいるけれども行ったことがない場所にこれ一冊で行ったみたいな気持ちにさせられる。 そして実際に行ってみたい気持ちにも、それでいて何も考えずに行ってはいけないような気持ちにも。
 読後感がいいとは言えない話なのだが、ビタースウィートな青春の残り香のようなせつなさに満ちていて、完全なるバッドエンドではない匙加減。
 “ぼく”の将来はあまり想像できないんだけど、それは彼も自分の将来を考えているわけではないせいで、とりあえず日々を過ごしているうちに気がついたら40歳、ってことになっていそうな気がする・・・。
 あぁ、またちょっと樋口有介熱に、火がついちゃったかな。

ラベル:国内ミステリ
posted by かしこん at 15:36| Comment(0) | ☆ 読んじゃいました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする