2018年08月06日

ウインド・リバー/WIND RIVER

 暑いので、ホラーでなければ雪景色がある映画!
 そしたらありましたよ、『ウィンド・リバー』が(8月末には『クレイジー・フォー・マウンテン』という山登りドキュメンタリーもあるし)。 ジェレミー・レナー好きなのよね。 しかも『ボーダーライン』の曲本を書いたテイラー・シェリダン初監督作品だという。
 寒さだけでなく、重さも一緒についてきそうだけど。 望むところだ!

  ウインド・リバーP.jpg なぜ、この土地<ウインド・リバー>では少女ばかりが殺されるのか―― 世の中から忘れられたアメリカの闇を描いた極上のクライムサスペンス

 アメリカ、ワイオミング州のウインド・リバーはアメリカ先住民保留地。 いわゆるネイティブ・アメリカンの流れを汲む人々が住んでいる場所。 合衆国魚類野生生物局(FWS)職員のコリー・ランバート(ジェレミー・レナー)は、ハンターとしてそのあたりで飼育動物を襲うオオカミなどを狩るのが仕事だ。 ある日、奇妙な足跡を見つけたコリーは、その先で若い女性の遺体を発見する。 それは娘の親友ナタリー(ケルシー・アスビル)だった。 通報によりFBIから捜査官のジェーン・バナー(エリザベス・オルセン)が派遣されてくるが、彼女の任務は捜査ではなく<捜査チームを派遣するか否か>を判断することだった。 このままでは専門家チームを呼べないと判断したジェーンは、保留地に住む人々からの信頼も厚く、周囲の自然環境についても詳しいコリーに捜査の協力を申し出る、という話。
 “先住民保留地”については『フローズン・リバー』でも少し描かれていたけれど、「合衆国の法が通用しない場所」というイメージ。 でもそれは向こう側が悪いのではなく、アメリカが「法の範疇外」と勝手に定めてしまったせいである。 保留地の警察は地元から採用された数名だけで州警察の範囲外(だからFBIを呼ぶことになる)。 保留地であると示す看板には“Indian”と書いているし(錆びているから修正もされないまま長年放っておかれているのだろう)、はためく合衆国国旗もまたボロボロ。 打ち捨てられた場所であることをそのワンカットで示してくれる哀しさ。

  ウインド・リバー4.jpg 「ヴェガスの出張から直行したので」、とやってきたFBIはこんな薄着のペーペーだし。 まぁ、彼女の視点は何も知らない観客と同じものになるのだけれど。
 先住民が住む保留地で、いわゆる白人であるコリーが何故信頼されているのかといえば、彼はネイティヴアメリカンのウィルマ(ジュリア・ジョーンズ)と結婚してそこに住んでいたから(現在、その関係は破綻しているが、子供がいるから頻繁に訪れている)。 ナタリーの父マーティン(ギル・バーミンガム)は隣人であり友人で、仕事柄地元警察とも関係が深い。 とはいえネイティヴアメリカンではないということから“余所者”と見る者たちもいる、特に目的や希望を見つけられずに酒やドラッグに溺れてしまう者たちから。
 これは究極の、“大きな産業を持たない地方”の物語でもあるのだ。 北の田舎出身のあたしにはいろいろと思い当たって(勿論、ここまで自然は過酷ではないけれども)、ひどく切なくも悲しい気持ちになる。

  ウインド・リバー3.jpg 早々にジェーンはメンターを見つける。
 自分の能力の限界を見極め、助力を求めるのは正しいやり方である。 FBIだから、とメンツにこだわらない素直さがジェーンのよいところなれど、なんでも頼ればいいってものでもないのよ・・・。
 しかし相手はジェレミー・レナーだ、頼りたくなる気持ちもわかる。 必要最小限なことしか言わないが、常に的確で言葉より行動。 でもその顔に刻み込まれている深い苦悩を見て取ることはできないものか。 年齢とか関係なく、なにか大きなものを背負ってしまった人の絶望と、それに押しつぶされないで立ち向かうことを決めた強さと、同時にその覚悟を後悔しているような諦観。 極寒にさらされただけではない肌の荒れ具合にそれを見る。 あぁ、これまでのジェレミー・レナーのキャリアの中で最上のランクに入れられる演技であり作品ではないだろうか。 なんで主演男優賞にノミネートされなかったんだろう、不思議で仕方ない。 「『アヴェンジャーズ』に出てる場合じゃないぞ」と思ったりしてたけど、ちゃんとこういう重厚な作品に出てくれている、とわかるのはファンとしてうれしい。

  ウインド・リバー1.jpg ハンターとして、白を着るのは保護色だから。
 何故ナタリーは死んだのか、を追うミステリーだが、『ボーダーライン』を書いた人物だから勿論ただのミステリーでは終わらない。 社会派、という言葉では収まりきらない“容赦ない現実”を描き出してはこちら側に突きつける。
 結局のところ「持つ者と持たざる者」との格差問題のようでありながら、「持たざる者」が「持つ者」と思っている相手がもっと広い視野で見れば「持たざる者」に入ってしまっているという・・・間違った被害者意識はどうしようもない、という話でもあり、そもそもそのような格差を作り出しているのは何なのかという話でもあり。 それは都会でも僻地でも同じことなのだけれど。
 それはやはり、マイナス30℃の空気の中では呼吸するだけで死に至る(肺胞が凍って出血し、自分の血に溺れるようになるうえに、その血液も凍り付くから)、そんな過酷な自然の中で暮らすという意味がわからない人がいるから、そんな相手には法律など通用しない、という感覚があるからだろうか。 自然の前では謙虚にならざるを得ないことを本能的に気づけない人間は危険。
 銃が必要な土地ではあるんだけど・・・やっぱり、誰も彼も銃器を持つようではよろしくない、ということもしみじみ感じる。
 緊迫感をはらみつつ、比較的静かに進むこの映画は、後半の銃撃戦以降にそのパワーを爆発させたかったのだろうか。 あまりに唐突に始まるそれは、だからこそ逆にリアルだった。

  ウインド・リバー2.jpg 実は、男同士の友情の物語でもあったのだ。
 それだけが唯一の救い・・・というか。
 最後のテロップで、「先住民保留地における行方不明者のデータは存在しない」と出る。 誰も統計を取っていないから。 行方不明者が何人でようともデータとして国の統計に反映されないから、誰も気づかないし誰も調査しない。 アメリカ国内でありながら、同じ国としての扱いをされていない。 それがこの映画の伝えたい、いちばんひどいことなのだ。
 だがしかし・・・エンドロールでハーヴェイ・ワインスタインの名前を見つけてしまった。 もしかして、賞レースに乗れなかったのはこのせいか! タイミングが悪かったといえばそれまでだが・・・ワインスタインめ、罪深いことを。

posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする