2018年08月30日

今日は7冊。

 8月最後のお買い物。 待っていたものと、どうするか悩んで結局買ってしまったもの、予想外の登場など、タイプはいろいろだけどそれもまたいつも通りと言えないこともない。
 とにかく暑くて、早く秋が来てほしいと思う。 でも来週、また台風が来そうだし・・・。

  王とサーカス 文庫版.jpg 王とサーカス/米澤穂信
 手にした瞬間、「えっ、こんなに厚かった?!」と驚いた。 『真実の10メートル手前』が比較的薄めだったからだろうか。 でも、これで読みごたえありではないか、とよろこぶ。 太刀洗さんの活動の記録、再び。

  ローズ・アンダーファイア.jpg ローズ・アンダーファイア/エリザベス・ウェイン
 『コードネーム・ヴェリティ』姉妹編。 もうそれだけで、読まねばならないと思う。

  砂漠の空から冷凍チキン.jpg 砂漠の空から冷凍チキン/デレク・B・ミラー
 これは8月前半に出た本ですが・・・とぼけた味わいのタイトルがどうも気になって、やっぱり買ってしまった。

  嘘ばっかり ジェフリー・アーチャー.jpg 嘘ばっかり/ジェフリー・アーチャー
 <クリフトン年代記>が終わったばかりだというのに(というか、あたしが最近読み終わったところだが)、あっさり新刊(それも短編集)。
 しかも次作はすごいものになるぞ、とのことで巻末に次作の冒頭3章分をおまけにつけている。 それぞれの短編に自分でコメントもつけている模様。 アイザック・アシモフかっ!

  北氷洋.jpg 北氷洋 〜The North Water〜/イアン・マグワイア
 「あれ、こんな古典あったっけ?」と手に取れば、全然古典じゃない(むしろ最近の作品)。
 <新しい時代の『白鯨』>というコメントもあり、でも帆船内で起こる殺人事件的なミステリっぽさもある。 タイトルから北の寒さと海の荒れ具合も連想され・・・期待が膨らみます。

  山崎豊子読本.jpg 山崎豊子読本/新潮文庫編集部・編
 山崎豊子作品を全部読んでいるわけではないのですが・・・「最強のガイドブック」とのことなので。 一時期集中してどかっと読んだので、忘れていたり混同していることがありそうだし・・・。
 それにしても映像化されているもの、多いな。 ドラマはどこまでタブーに挑んでいるのだろうか。
 ・・・やばいな、これから興味を覚えてまた読んでしまうかもしれん。

  氷室冴子ムック文藝別冊.jpg 【別冊文藝】氷室冴子 没後10年記念特集 私たちが愛した永遠の青春小説作家
 予想外のもの。 文庫とマンガ以外はあまりしっかりチェックしないので・・・そうですか、もう10年経つんですか、と愕然とする。
 晩年はあまり作品を発表していなかったので空白期間はもう十数年、私は下手すると20年ぐらいになってしまうかも。
 でも、かつて夢中になって読んだ作品群は、今でも当然あたしの中に息づいている。
 あぁ、いっぱい思い出すじゃないか・・・。
 あたしが大学生活でためらいもなく寮生活を選んだのは『クララ白書』・『アグネス白書』のおかげだし、ウーマン・リブやジェンダー論に過激にならずにすんだのはそのベースを氷室作品から受け取っていたから。 生理痛が重いことが悪ではない(自分にはどうしようもないことで、それを話題にすることもタブーではない)と教えてくれたのも氷室作品だった。 しかし母親は「クセになるから」と言って鎮痛剤をのませてくれなかった! 自分で病院に行って、今はバンバンのんでいますけど。
 それまで知らない相手、でも気の合いそうな相手と一緒に暮らしたらそれが<家族>じゃない?、という感覚を教えられたのもここからかな・・・。
 『碧の迷宮』が完結しなかったことに関してはわだかまりがあるが・・・この人もまたあたしに大きな影響を与えていることを、しみじみと思い知る。

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2018年08月29日

丘/スーザン・ヒル

 スーザン・ヒルといえば、ゴーストストーリーとかファンタジー系サイコサスペンスのイメージ。 つまりホラーです。
 しかしこれは<サイモン・セレイラー警部>シリーズというれっきとしたミステリ。
 なんか、意外!

  丘 スーザン・ヒル1.jpg丘 スーザン・ヒル2.jpg でもなんか表紙のイメージがホラーテイスト。

 舞台はイギリス、田園地方の大聖堂の町・ラファトン。
 “ザ・ヒル”と呼ばれる古代の立石がある丘がある。 そこにジョギングに行ったと思しき女性が姿を消すという事件が起こる。
 ロンドン警視庁からラファトンへ異動してきたばかりのフレヤは、同じ女性として身寄りのない失踪者の調べを担当するが、“ザ・ヒル”では過去に男性も失踪していることがわかる。 連続性を考えているところに、“ザ・ヒル”に散歩に行ったという若い女性が行方不明になり・・・という話。

 <サイモン・セレイラー>シリーズ第一作、といいつつ彼が出てくるのは結構あとから(先に彼の姉や母が出てくる)。 姉のキャットはラファトンで開業している医師なので(セレイラー一族はもともと医者稼業なので、刑事になったサイモンは一族の異端者という設定)、町に住む人々のいろんなことを知りうる立場にいるし、母親は元院長夫人として今でもチャリティ活動に携わり、フレヤは大聖堂のコーラス隊に参加して奥様と親しくなるなど、コージー展開になる要素がたくさんあるのに全体を流れる雰囲気はやはりホラーテイスト。
 “ザ・ヒル”が霧深い場所だったり、ニキビに悩む娘が医者でなくあやしげなセラピーに傾倒したり、夫を亡くした老婦人が夫恋しさのあまり交霊術師のところを訪れたり、代替医療ではない心霊術師が多くの患者を集めていたり、と、そういう存在がなんか多いんです!
 ロンドンから来たフレヤにとってはラファトンは小さな町に思えただろうけれど、大きくはないけど小さすぎるわけでもない町なんだろうな、と。 携帯電話が出てきたからそう昔の設定というわけでもないんだけど、どことなくレトロな雰囲気を感じさせつつも古い話にはなっていないのは、なんらかのよりどころを求める人の気持ちというものが常に変わらないからだろうか。
 視点人物がたくさんいるので誰が主役とは言いづらく(一応フレヤなのか? サイモンは警部なので捜査責任者という立場ながら彼視点の描写は少なく、いちばん謎めいた人物として描かれている気がしないでもない)、群像劇の趣き。 原題も“様々な立場の人々”みたいな意味っぽいし。
 下巻の中盤で読者には犯人が誰かわかってしまうのですが、この人は死ぬのかなーと思っている人が死ななくて、この人は大丈夫だろうと思っていた人が死ぬ!、という容赦ない意外性で最後まで勢いは衰えず。 犯人が誰かはわかっても、細部まではつまびらかにしない感じがモダンホラーっぽいのです。
 でも面白い。 町に住む人々の人生の断片の積み重ねが面白い。
 ただ登場人物の名前が・・・キャットの友人の名前がキャリンで、音に出せば全然違うんだけど、字で読んでると「どっちがどっちだっけ」と悩んでしまうときが(友人なだけに二人だけの会話が多くて)。
 読み終わったけど町の人たちのその後、すごく気になるんですけど!
 <サイモン・セレイラー>シリーズは7作ぐらい出ているらしいんですが、どうも邦訳はこれだけらしい。 スーザン・ヒルはもうなくなっているから、なにかブームが来ないと(それこそ、このシリーズがドラマになるとか)、続きは出してもらえないかも。

ラベル:海外ミステリ
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2018年08月28日

ウィンチェスターハウス アメリカでもっとも呪われた屋敷/WINCHESTER

 どう見てもB級の勢いなんだけれど(『ソウ』シリーズの監督ってざっくり過ぎて誰だかわからないと思ったが、<最新作の監督>ということならば『プリデスティネーション』の兄弟監督だ)、ヘレン・ミレンが出るからにはそこまで外さないんじゃないか、とちょっと期待して。
 まぁ、実話ベースとはいえ“inspired by true events”のレベルなんで(“based on true story”のほうが信憑性は高い)、そのへんもB級の香りが。

  ウィンチェスターハウスP.jpg 増築し続けないと、死ぬ。
   サウスウィンチェスター通り525番地、屋敷<それ>は今もそこに実在する

 1906年、アメリカ。 銃の開発・製造により巨万の富を築き上げたウィンチェスターはウィンチェスター一族が支配する企業である。
 精神科医のエリック(ジェイソン・クラーク)はウィンチェスターの重役会から、筆頭株主であり社主でもあるミセス・サラ・ウィンチェスター(ヘレン・ミレン)の診察を依頼される。 奥様は夫と娘を不慮の事故で亡くして以降、ウィンチェスターの屋敷を24時間365日態勢で増改築を繰り返して多額の費用を使い、企業の利益を圧迫しつつあったたため、責任能力がないと診断されれば経営から彼女をはずすことができるから。 カリフォルニア州にある屋敷を訪れたエリックはその異様さに呆然とする。 だがサラは「この増改築は必要なもの」だと言って譲らない。 一体彼女の本心は何なのかを探ろうとするエリックだが、屋敷に“なにか”がいることを否定しきれなくなり・・・という話。

  ウィンチェスターハウス1.jpg なにしろヘレン・ミレンを観るための映画。
 あ、時代ものなのか〜、と思うとホラーとしての怖さがランクダウンする気がする。 ゴシックの雰囲気を楽しむほうに気持ちをスイッチするべきか、ヘレン・ミレンだけを楽しむと割り切るか。 しかし奥様の登場まで意外と長く、観る気持ちを固めきれないうちに話が進んでいたのがまずかったのか・・・と思う。 なんというか、ホラーとして特に新しいものはなかったのよね、音と突然の登場で驚かす感じばかりでいまいち映画に入り込めないままだった。 でも、「何故奥様は屋敷を増改築しているのか」という謎に特化したミステリーだと思えば、そっちのほうが興味深い。 とはいえ、ヘレン・ミレンがいなかったら付き合うのが難しい映画だったかもしれない。
 奥様の気持ちはまるでアメリカの罪を一手に引き受けているかのような感覚で、そりゃ重役たちには理解できなかろう。 1906年設定なのに、そこに流れるのは非常に現代的な考え方のように思えて。 それは現代のアメリカに広がりつつある銃規制の考え方にも近く、あの時代にそう考えられたのは社会に接点を持つ妻であり母である女性ならではと描かれているようだ。 それだけ奥様を非凡な存在として扱っている。

  ウィンチェスターハウス2.jpg ジェイソン・クラークはだんだん、どこか吉田鋼太郎さんぽくなってきている。
 そんな奥様をそこらへんの精神科医がどうこうできるわけがないではないか。 しかもエリックはアヘンチンキ中毒であり、“なにか”を禁断症状のせい・恐怖は自分の中にあるものだと自分に言い聞かせる。 人を診察する前におまえ自分をなんとかしろよ、とつい説教したくなるタイプなのでとても頼りにできないキャラなんだが、がんばる人でした。
 だけど、なんで見える“なにか”はまず子供なんだろうなぁ・・・さめるわぁ。
 ショッキング描写に現代性は取り入れつつも展開はオーソドックス。 時代物だから王道から離れられないのか〜。
 とか微妙に物足りなさを感じちゃうかな〜。
 罪の意識・贖罪というテーマ性は強く感じますが・・・。

  ウィンチェスターハウス3.jpg 子供を憑代に、というのはよくあるパターンよね。
 他の主な登場人物としては、サラの姪のマリオン(セーラ・スヌーク)とその息子ヘンリー(フィン・シクルーナ=オプレイ)、家の使用人たちなど。 コンパクトな人物配置はわかりやすいが物語の意外性にはつながらない。 増改築を繰り返してきた屋敷の構造の不可解さは序盤ではそこそこ描写されるんだけど、途中からは同じ場所しか出てこない感じで、<一歩間違えたら迷宮のように迷い込んでしまう>ような恐怖は感じられなかった。 “途中で天井にふさがれる階段”もあたしはあまり不気味に思えなかったのよね・・・なんか残念。
 とはいえ、「そうか、地震のあまりない地域では揺れはポルターガイストとして解釈されるのかも」ということにすごく納得できた。
 エンディングで本物の奥様の写真が映るんだけど、その感じではまるで奥様がすべての現象の原因みたいじゃない・・・奥様の尽力があったからこそなんじゃないの?、という気が。 ヘレン・ミレンの存在が大きいが故の違和感。
 実話ベースだからその後についてなにか言及があるかと期待したら、特にない・・・ウィンチェスター一族は今でもアメリカでは有名もしくは子孫がつながりを明らかにしたくないなどの意図があるから語れないのか?、と邪推してしまうほどだ。

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2018年08月26日

地下鉄道/コルソン・ホワイトヘッド

 ハヤカワのメルマガの新刊紹介で見たときから「なんか面白そう〜」と思っていた。
 でもハードカバーだから・・・図書館に頼み、やっと読めました。
 <奴隷少女の逃亡譚>とのことで・・・重たい話だろうなぁと思っていたけど、思いのほか文体は軽い。 なんとなく不思議なリズム。 残酷描写がありながらも執拗ではなく、淡々としたユーモアすら感じさせる。 あぁ、文学を読んでいる感じ!

  地下鉄道.jpg ペーパーバックのデザインを踏襲、線路はより多めに。

 19世紀前半、アメリカ南部のジョージア。
 コーラはランドル農園に買われた奴隷。 コーラの母メイベルは行方不明(逃亡したとされている)で他に肉親はいない。 コーラの内面にある激しい気質故、残虐な主人にも対抗してケガをしたり、おかげで奴隷仲間からちょっと敬遠されたり。 しかし、ひそかにコーラを尊敬するシーザーに誘われ、一緒に<地下鉄道>で北へ逃げることに。 逃亡は成功したかに思われたが、賞金稼ぎの奴隷狩りとして悪名高いリッジウェイがコーラの跡を追う。 そしてまた北への道もまた安全なものではなかった・・・という話。

 アジャリーという名のコーラの祖母の物語からこの本ははじまる。
 短い章ながらぎっしりといろんなことが詰め込まれていて、もうここだけで引き込まれる。
 人の名前と地名という章立てで、人の名前のところは短め。 その分、その人のことを掘り下げてコーラの物語を補足しつつ全体としての深みを与え、個人の話ではなく“奴隷制度”というものの理不尽さをつきつける。
 特にエセルの章は切なかった。 白人であっても、女性であるからには望み通り活きることのできない時代でもあったのだ。
 <地下鉄道>とは当時の逃亡奴隷を手助けした実際の組織のコードネーム。 それを「地下鉄道が実在していたら」という仮定のもとつくられた仮想SFなれど、それ以外のことはほぼ事実をベースにしてあるっぽい流れ。
 そうか、結局奴隷制度というのは広すぎるアメリカを開拓・開発するためにイギリスからの移民だけでは人手が足りないから始まったのか、と今更もともとの理由を知るというか・・・手伝ってもらっておきながら差別ってなんなの?、とか、そういうふうに下に見ておきながら(ある意味、人間扱いしていないのに)、奴隷の女性に自分の子供を産ませる農場主の一族ってなんなの?、とあらためて“差別意識の本質”というものを考える。 「自分たちのほうがはるかに優れている」と考える根拠は何なのか。
 想像力のなさと視野の狭さ。
 コーラもまた逃亡途中でいろんなことを学んでいくが、それは初めから教えられていないことだから。 奴隷の子供としてアメリカで生まれたならば奴隷以外の環境を知りようがないし、他の世界を見ようとしたって見ることはできない。 逃亡する、という気持ちを実行に移すだけでもものすごい勇気と努力が必要だったはず。
 南部は奴隷にとってひどい状況だが、北部だって一枚岩ではない。 場所によって対応は様々で、あることが定着するまでの紆余曲折を否応なく示してくれる。
 この物語がハッピーエンドなのか、その後の歴史を考えれば微妙だ。 けれどコーラ個人としては、自分の力で生きることのよろこびを得た、もしくは勝ち取ったということで、犠牲もたくさん払ったけれど読後感はそれほど悪くない。

ラベル:海外文学
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2018年08月25日

ゲッベルスと私/A GERMAN LIFE

 夏だから、ですかね。 こういう映画が公開されるのは。
 なんとなく・・・あたしには「怖いもの見たさ」のようなものがあったと思う。 他の観客の人たちはどうなんだろう。 意外と客が多くて(満席とかでは全然ないが、あたしの予想よりは多かったので)驚いた。 だって、ドラマでもなく、ドキュメンタリーですから。

  ゲッベルスと私P.jpg なにも知らなかった 私に罪はない。
   ナチス宣伝大臣ゲッベルスの秘書、ブルンヒルデ・ポムゼル103歳。
   彼女の発言は、20世紀最大の戦争の記憶を呼び起こす。

 ナチス・ドイツの宣伝相ヨーゼフ・ゲッベルス。 ヒトラーが自決する少し前に、妻と子供たちとともに一緒にヒトラーに殉じた男。
 この映画で語るブルンヒルデ・ポムゼルはゲッベルスが宣伝相としてバリバリ働いていた頃、彼の秘書を務めていた人物である。 秘書になる前のこと、どうやって秘書になったのか、秘書になってから、と第二次世界大戦下を生きた者としてどう全体主義が広まっていったのかなどを話す。
 彼女の語りと、ゲッベルスの残した言葉、ナチスドイツ側・連合軍側のプロパガンダフィルムなどでこの映画は構成されている。

  ゲッベルスと私3.jpg モノクロでライトを当てているため、皮膚のしわがくっきり。
 撮影時は103歳とのこと。 その割にはしっかりした語り口。 終戦後は誰に何を聞かれても話さなかったようだが、長き沈黙を破ったのは時間の経過と、自分の中で積みあがっていたものがあったのかもしれない。 話すことをずっと考えていたのかもしれない。 それくらい、彼女の喋り方は100歳を越えた人のものとは思えないほど確かだ。 だからこそ皮膚の深すぎるしわが違和感。 そこに年齢が出ているということなのか。
 「なにも知らなかった。 私に罪はない」は確かに彼女の言葉。 その後わかるナチスの蛮行を知るにつれ、そう言い聞かせて生きていくしかなかったのではないかと考えてしまう。
 だが、「あの体制を作った国民に罪があるなら、私にも罪はある」(正確な引用ではないが、このようなこと)とも言っていた。 かつての自分を正当化するだけではなく、もう一歩踏み込んで考える時間があった(だから最終的にこのインタビューに答えた)のではないか。

  ゲッベルスと私2.jpg 当時の映像(今回初公開のものも)も合間に使われる。
 ナチ党員になったのは、そうすれば日常生活が有利になるからで思想信条はよく知らなかったとか、ユダヤ人の親しい友達がいたけどそんなに大変な状況になるとは知らなかった(「遊びに行ったときにたばこを持って行ったけど、パンを持っていけばよかった」と悔やんでいる)など、現在の視点から見ればいくぶんのんきというかピント外れに思える部分もあるが、それが当時の彼女の心情だったのだろうなぁ。 対岸の火事じゃないけど、“普通の人”ってそんな感じというか。 自分の住んでいるところに地震が来て、「最近地震が多いのはわかっていたけど、まさかここに来るとは思わなかった」という人と根っこの部分は一緒ではないか、と。
 だからこそ原題は“A GERMAN LIFE”、『あるドイツ人の人生』。 特別な名前は与えない。
 「若い人たちは言う、反対すればナチスの横暴は止められたのではないかと。 でも絶対無理。 全体主義の中にいたらなにもできない」と言い、当時の若きレジスタンスに対しても「あんなときにあんなところでビラをまかなければ・・・」と声を詰まらせる。
 『ゾフィー・ショル〜白バラの祈り』のワンシーンがよみがえる。 ひそかにユダヤ人虐殺の情報を手に入れたレジスタンスたちはナチスのやり方に反対してた、やめさせようと情報を規制されている市民たちに事実を知らせようとした、そのために捕まり処刑された。 
 火をつけたのは一人かもしれないが、燃料を投下し、風を送らなければ燃え広がらない。 ヒトラーを、ナチスを支持したサイレント・マジョリティこそが流れを決めていく。 国民としての覚悟はどの時代でもどの国でも問われているが、非常時でなければ発現しないからこそおそろしい。

  ゲッベルスと私1.jpg これはアメリカ側のプロパガンダ映像。
 自分たちの利のための相手を貶める、自分たちの都合のいいように話を持ち込む、<プロパガンダ>がやることは基本的に同じ。 そこには戦争に勝ったか負けたかの違いがあるだけ。 だが、ホロコーストの映像には心か頭が冷たくなるような、どうしようもない絶望を感じる。 なんでこんなことができるのか、という問いかけは無意味で、むしろ慣れてしまえば人間の感覚などたやすく麻痺してしまうという事実を前に。
 「悪は存在する。 神なんて存在しないし正義なんてない」
 生き残ってしまった者として、彼女はそう結論を出す。 自殺したゲッベルスには到底辿り着けない結論を。
 彼女は106歳で亡くなったそうだ。
 たまたま彼女はゲッベルスの秘書という目立つ場所にいた。 けれど目立たぬ位置にいた人たちもたくさんいるはずなのだ。 そういう意味で彼女は不運だったといえる。
 ドキュメンタリー映画としては長めの113分、ものすごくつかれた。

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2018年08月23日

台風20号、上陸。

 前の日、仕事場では台風の話でもちきりであった。 みなの共通認識は、「朝、出勤するのは大丈夫だろうけど、帰れるの?」である。
 実際、帰りの最寄り駅では「16時過ぎから列車の数を半減、20時頃が最終電車になる予定」と貼り紙が。 この予定、はたまることは合っても遅くなることはないよね! すでに神戸市海側はあやしい風が吹いていて、ドトールコーヒーの豆ののぼりが倒れている。
 当日、朝の電車は普通に動いていた。 しかしアナウンスが繰り返し、「15時を目途に列車の数を減らします。 18時で快速・新快速の運転を見合わせます。 みなさま、お早目のご帰宅をお願いいたします」と言う。 やっぱり早まってるじゃん!
 仕事場では、「今日は各自の判断で仕事を切り上げて帰宅せよ」的お知らせ。
 というわけで15時前に帰ろうと仕事を急ぐ。
 12時頃、通路で会った別フロアの人に「まだ帰らないの?」と声を掛けられる。 「一応14時を目安に」と答えると、「神戸組はもう帰る準備してるよ」とのこと。 早いなぁ! でも神戸駅より西は急に止まる可能性があるから(行き先が姫路や西明石であっても、神戸どまりに変更になる可能性がある)気持ちはわかるが。
 お隣フロアに御影マダムがいるので顔を出してみると、「阪急はまだ大丈夫よ。 どうする? 一緒に帰る?」という話になったのでご一緒させていただくことにする。 では14時頃ってことで、と。
 だんだん仕事場から人が減っていく。 天気はすごくいいのであるが(青空も見えて日も差している)、そのあとに暴風雨が来ることはよくわかっている。 いや、みなが慌てているのは「電車が止まる」からの理由のほうが大きいのかもしれない。
 管理職の方々が入れ代わり立ち代わり、「早く帰れよ〜」と言いに来る。 「はーい、急ぎのを終わらせたら。 14時過ぎには帰ります」と答え続ける。 で、気づいたら14時過ぎてるよ! 御影マダムに声をかけられて気づく。
 「あ、すみません。 すぐ終わらせます!」
 「ううん、私もまだ片付け残ってるから。 終わったら隣に来て」
 「了解です!」
 この段階でのほほんとしているのは大阪メトロ組・徒歩(もしくは自転車)組の方々だけである。 結局、タイムカード(じゃないけど)押したのは14時30分のちょっと前。
 「一緒に帰るなんてめったにないことなのに、お茶もできないなんて悲しいわ」とマダムに言っていただき、阪急の駅までいつもとは違う道を歩く。 やけに太陽が眩しくて、まだそれほど風も出ていない。 雲のかたちがちょっとヘンだが、大阪市内に住んでいる人があまり台風に危機感を覚えないのはこういう感じだからだろうか。 とはいえ、北東北生まれのあたしも台風の被害なんて十数年に一度ぐらいのレベルなので最初の頃はあまりピンと来てなかったけど。
 阪急電車はそこそこ人が乗っていた。 仕事帰りっぽい人も多く、今回は帰宅指示が早めに出ているんだろうなぁと感じられた。
 スーパーで買い物をして、17時になる前には自宅に。 風は出てきているが、こちらもまだ晴れている。 嵐の前の静けさか。
 シャワーを浴びて、たまりにたまっているドラマをどんどん観ていく。
 いつしか暗くなっていて、雨が降り始めた。 風もどんどん強くなる。
 え、地震か?、と一瞬思うほど、風で建物が揺れている感じすらした。 あー、勢いの強い台風とはこういうことか。
 明日の朝の電車、絶対乱れるよね、と確信。
 今シーズン、あと何回台風来るんだろう。 これでは終わらない気がする。

ラベル:季節もの
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2018年08月22日

今日は3冊。

 8月はお盆や夏休みがあるからか、他の月と比べて新刊が少ない気がする。
 それでも、出るものは出るわけですが。

  失敬な召喚 エドワード・ゴーリー.jpg 失敬な招喚/エドワード・ゴーリー
 隔月3回連続エドワード・ゴーリー、2回目。 今回の帯により、3冊買った人へのプレゼントが<かまわぬ>とのコラボ手ぬぐいであると判明。 どんな柄になるのやら・・・。
 ちなみに、<招喚>とあるように、悪魔が出てきます。

  深夜の博覧会 辻真先.jpg 深夜の博覧会 昭和12年の探偵小説/辻真先
 基本、ハードカバーは買わないあたしですが、辻真先は別!
 次々とシリーズを終わらせている作者ですが、今回の主役は那珂一兵。 この人も古くからのキャラだけど、彼が主役のシリーズがあるわけではない、はず(いろんなシリーズにサブキャラとして登場していた記憶)。 しかも確か亡くなったはず。 そんな彼の若き日の物語のようです。 そういうカムバック、歓迎です。 昭和のはじめ頃の時代感もよさげです。 表紙からはレトロフューチャーな感じも受けるし。

  悪意の夜 ヘレン・マクロイ.jpg 悪意の夜/ヘレン・マクロイ
 ウィリング博士もの、最後の未訳長編作品、ついに邦訳!
 とはいえ、これまで訳されなかったということは出来はいまいちなのか? 日本人には理解しづらいことがメインに扱われているのか?
 でも逆に、情報が増えた・自分で調べることもできる今のほうが、かつて「日本人には受け入れられるか」と心配されていたことは心配ではなくなっているのかも、という気もする。 それに、シリーズなら全部読みたいのが人情じゃない? すごく多いというならまた別だけど、長編13作だもんね。

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2018年08月21日

2重螺旋の恋人/L'AMANT DOUBLE

 フランソワ・オゾン新作。 前作『婚約者の友人』で「まともな映画を撮るようになったな〜」と思っていたのだが(もはや基準がおかしくなっているので、『ぼくを葬る』や『危険なプロット』・『彼は秘密の女ともだち』もまともな映画だと思ってしまっていますが)、今作は原点回帰のような悪趣味全開。

  2重螺旋の恋人P.jpg 私が愛した男は、何者なのか。

 クロエ(マリーヌ・ヴァクト)は長らく原因不明の腹痛に悩まされているが、いろんな病院で検査をしても一向に改善されない。 ある婦人科から「原因は精神的なものかもしれない」と精神分析医のカウンセリングを薦められる。 紹介された精神分析医のポール(ジェレミー・レニエ)はとても無口な人物だった。 しかし彼を好ましく思ったクロエはカウンセリングに通い、いつしか腹痛が気にならなくなってきた。
 診療を終えることになり、医師と患者ではなくなった二人はお互いの気持ちを確認し、同居を始めることになる。 美術館での新たな仕事が見つかり、幸せな日々のはじまりだと思っていたクロエは、仕事帰りのバスの車窓からポールが見知らぬ女性と親しげにしているところを見てしまう。 帰ってきたポールに鎌をかけるも、ポールは何も知らない振り。 真実を突き止めようとポールを見かけた場所を調べると、そこにはポールと瓜二つの精神科医・ルイ(ジェレミー・レニエ)のオフィスがあった。 ルイによれば、ルイとポールは双子なのだが、過去の因縁からポールはルイのことをいないものとしているという。 外見はそっくりだが中身はまったく違う二人に、クロエは惹かれていき・・・という話。

  2重螺旋の恋人3.jpg クロエの顔が怖い。 特に目つき。
 “双子の変態性(?)”みたいな感じなら『戦慄の絆』が思い出されますが、予告やポスターなどでそっち方面に注意をひこうとしていても(実際観るまではあたしもそういう話なのかと思っていたし)、映画の冒頭でクロエが長い髪をバッサリと切るシーンで、「この女、ヤバい!」という空気が出すぎてしまっており、双子よりこの女があやしいと思ってしまうのはいいのか悪いのか。
 だからクロエがポールに依存するように惹かれていくのはわかるのですが、ポールがなんでクロエに恋をするのかわからない・・・まぁこればっかりは個人の違いとしか言いようがないですが、そのせいかクロエがポールをいろいろと詮索したり難癖をつけたりするのが、「ポールが何か秘密を抱えているから」というより「クロエが変質狂だから」と見えてしまって、ポールがかわいそうに思えてきた。 

  2重螺旋の恋人2.jpg 双子がジェレミー・レニエだと気づいたのはしばらくしてから。 メガネに騙されてます。
 で、残念ながらミステリーではないのです。 サイコサスペンスといわれたら、まぁそうかなぁ、的な。
 クローネンバーグ的グロさかと思ったらデ・パルマ的な<夢・幻想と現実の境目が曖昧>な方向に。 そこにオゾン的悪趣味と時間軸をひっくり返す感じが加わってこうなった?、みたいな・・・。 脱ぎっぷりのよいみなさんながらエロティック度は高めではなく、むしろおぞましさに近いものを感じさせられたりして。 人間関係を対等にするのではなく、支配と服従という形にしたい人がいる、みたいな。
 とはいえ、表情があまり動かないクロエが、ポールとルイの間を行ったり来たりしていくうちに自分の気持ちや感情を表に出すようになるという変化は興味深いものでしたが(演技面含めて)、クロエに共感できていないのですぐにその裏を考えてしまう。
 「あぁ、なんか、逆『ローズマリーの赤ちゃん』みたいだな」と思っていた。

  2重螺旋の恋人1.jpg これはルイ。 双子の区別は結構簡単。
 まぁ、退屈はしなかったしそこそこ面白かったのですが、ほぼ予想通りだったので最後のどんでん返し的部分で驚きを感じられなかったのが残念(ごめん、このネタ、知っていたからさ・・・)。
 それでも、クロエの中の混乱は落ち着いたのかどうか最後までよくわからないようなつくりになっていて、煙に巻かれた感は残りますが。
 あらためて、<鏡>が意味することの大きさに唸ってみたり。 あと、性別にこだわらないくくりが観ていてすごく楽だなぁ、と感じてしまった。 ここがオゾンのいちばんの強みなのではないかしら。

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2018年08月20日

今日は、6冊。

 8月も後半に入ったけれど・・・気持ちちょっと過ごしやすくなってきたと思ったら、また暑くなってきた。
 もう10月まで暑いことは覚悟しているんだけど、過ごしやすい(風があり、湿度低め、最低気温が25℃を下回る)日があると油断してしまうというか、すぐそれに慣れてしまうのよね・・・また最低気温が28℃とかになると、体力的にも気分的にも消耗します。

  悪の猿.jpg 悪の猿/J・D・バーカー
 ジェフリー・ディーヴァー、ジェイムズ・パターソン、ジャック・ケッチャムという方向性の違う大物がこぞって絶賛、となれば気になりますよね。 しかも日光の<見ざる・聞かざる・言わざる>の3猿になぞらえた殺人(横溝か!)、しかも四猿が登場するという! しかもそれが連続殺人犯の名前! 様式美、整ってます。

  天才感染症1.jpg天才感染症2.jpg 天才感染症/デイヴィッド・ウォルトン
 これは今月初めごろに出ていて気になっていて・・・悩んでいたけれど結局お買い上げですよ。
 罹患した真菌感染症のために瀕死の状態になったけど、からくも一命をとりとめると自分に未知の能力が身についていた・・・というバイオSFかと思いきや、その弟はNSA職員で数学と暗号解読の才能があり、国で起こる重要事項にかかわる立場である、という<世界を巻き込む話>系。 マイクル・クライトンか、『数学的にありえない』のアダム・ファウアーか、そんな感じですか!?、という期待で。

  ランプシェード 変人探偵エム.jpg ランプシェード 変人探偵エム/坂田靖子
 いつのまにかシリーズ3作目(しかしこれまでの2作は品切れになっていて、今は電子書籍しかないという・・・紙の本で持っているあたしは珍しい派になってしまうのか、いや、坂田ファンならば買っているはずだ)。
 エムくんたちが遭遇する<事件>は、どんどんファンタジック寄りになっていくようだなぁ。 そしてエムの変人ぶりは磨きがかかったような、逆にわかりやすくなったというか。 これもちょっと変わった友情の話なんです。

  嘘解きレトリック10.jpg 嘘解きレトリック 10/都戸利津
 連載開始から6年だそうです・・・私はコミックス派なのですが、やはり6年近くは経過しているのでしょう。諸行無常、です。
 9巻からの続きの史郎さんのエピソード、これが大きな物語的には最終回だったのかと。
 あとは左右馬先生の学生時代の話など、番外編的なものと、総集編のような、カーテンコールのような<最終話>。
 現状維持のハッピーエンド。
 別冊花とゆめの休刊がこういう終わり方をさせたんだろうか・・・と思うと・・・なんだか複雑な気持ち。
 まぁ、鹿乃子ちゃんが幸せに日々を過ごしてくれるなら、それでいいのですが。

  怪盗かまいたち.jpg 怪盗かまいたち/都戸利津
 同時発売だから、てっきり『嘘解きレトリック』の関連作かと思ったら、こっちのほうが先に描かれていて、今回復刊。
 でも時代設定がほぼ同じなので、かまいたちと左右馬・鹿乃子の邂逅を描いた短編がおまけについていて、2つの世界が融合。
 とはいえ、新聞記者くんが左右馬くんと見た目そっくりなことは否めない・・・。

ラベル:マンガ 新刊
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2018年08月19日

海泡/樋口有介

 あぁ、なんか樋口有介を読むのも久し振りかも!
 一時期、『ぼくと、ぼくらの夏』系統の青春ミステリをやたら読みふけってしまったこともあったのですが・・・全体的に雰囲気似てるんだけど、なんとも言えない魅力というか中毒性があって。 主人公の男子(だいたい高校生、ときどき大学生)がやたら女性にもてるのが微妙に納得いかないながらも、ハードボイルドテイストな減らず口と倦怠感と厭世観がないまぜになっているやる気のない態度とか、好きでした。
 そのため、「あれ、これ読んだやつだっけ? なんかすごいショック受けたやつってどれだっけ?」と、タイトルと内容がいまいち一致していないことも・・・手に取るとわかるんですが。
 青春ミステリなのに「おや、これは読んでいなかったぞ」なのが本書。
 もともと2001年に中央公論社から単行本で出たもの(3年後には文庫化)ながら、今回作者の強い希望により加筆修正した大幅改稿版として創元推理文庫から発売。 他社から出ていても絶版になっているものを現在ほとんど東京創元社が引き受けている格好になっているから、当然といえば当然の流れですが。
 それにしても帯には<祝 デビュー30周年>とありまして・・・『ぼくと、ぼくらの夏』からそんなにたつわけ!、とびっくりだ(もっともあたしは高校の図書館で『ぼくとぼくらの夏』を借りて読んだのが最初なので、リアル30年読者ではないのですが、サントリーミステリー大賞の記憶はあるから)。

  海泡 樋口有介.jpg 中公文庫版に比べると、カラフルな表紙に。

 小笠原諸島、父島。 東京で大学に通っている“ぼく”・木村洋介はこの夏休み、久し振りに帰省した。 同級生であった初恋の人・丸山翔子が白血病からなかなか回復しない、むしろ進行しているため、会いに行くのがつらかったから。 画家である父親との折り合いも特に悪いわけではないがいいわけでもないし。
 しかし帰ってきて早々、同級生の一宮和希はストーカーから逃れて東京から島に帰ってきたのだと聞かされ、それを話す藤井智之も不可解な言動で“ぼく”を困惑させる。 島では同級生は数少ない。 漁師見習いの山屋浩司や家業の民宿を手伝う棚橋旬子は高校卒業後もそのまま島に残った組だ。 久し振りの再会は懐かしさとともに平和だけれど退屈な島の空気も思い出させるが、この島には似合わない正体不明の不穏さが漂っていて・・・という話。

 勿論小笠原諸島は行政区分としては東京都なのだけれど、「東京」といえば本土を指す。
 小笠原の複雑な歴史を、以前東京から引っ越してきてここに住むようになった“ぼく”の目から描き出すのはとてもわかりやすい。 旧島民・在来島民・新島民という区別も歴史的な意味合いもあるが、田舎特有の「新参者には排斥的」な部分が新島民に向けられがちなのもあるあるである。
 勿論、樋口有介作品の主人公として、“ぼく”はそんなことには気もとめないし、たとえどこにいようと彼の姿勢は変わらないはずだ。
 しかしたかだか2年ほどで同級生たちが後戻りできない道を辿っていると知ると愕然とするほどには、彼は若いらしい。
 もともと三人称で書かれた作品を一人称に直した、ちょうど作者が文体変換を模索中だった時期の作品ということもあり、ところどころ文章に違和感が。 ご本人もあとがきに書かれていますが、「本作は大幅に加筆修正しましたが、それでも文章のゴツゴツした感じは残してあります」とのことなので、意図的なものでしょう。
 小笠原には竹芝からフェリーで26時間、次の便は6日後という、気軽に行こうと思って行けるところではない場所。 亜熱帯気候の描写もあり、地図上ではよく知ってはいるけれども行ったことがない場所にこれ一冊で行ったみたいな気持ちにさせられる。 そして実際に行ってみたい気持ちにも、それでいて何も考えずに行ってはいけないような気持ちにも。
 読後感がいいとは言えない話なのだが、ビタースウィートな青春の残り香のようなせつなさに満ちていて、完全なるバッドエンドではない匙加減。
 “ぼく”の将来はあまり想像できないんだけど、それは彼も自分の将来を考えているわけではないせいで、とりあえず日々を過ごしているうちに気がついたら40歳、ってことになっていそうな気がする・・・。
 あぁ、またちょっと樋口有介熱に、火がついちゃったかな。

ラベル:国内ミステリ
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2018年08月17日

ショックで立ち直れない

 仕事中の夕方、来客を送り出してから席に戻ると、隣の席の人から「ネットニュース見て。 でも落ち着いて」とこっそり耳打ちされた。
 「えっ、なに?」と言いながら、ざわざわしたなにかが頭に忍び寄ってくるのがわかる。
 いやな、予感。 つい一・二時間ほど前の休憩時間のことが頭をよぎる。 『ドリーム』の日本語吹替版をWOWOWで観たんだけど、ケヴィン・コスナーが津嘉山さんじゃなかったんだよ!、ということから例によって声優さんの話題になった。 大概あの人の話は出てくるのに、何故かその日はしなかった。 『CSI:マイアミ』につなげられる話もあったのに、何故かあたしはあえてその方向に進まないことを選んでいた。 何故か本当にわからないけれど、口にしないことを選んだのだ。
 隣の席の人は、エンパスである。 あたし以上に何かを感じ取る力が強い彼女もまた、触れなかった。
 どうしてだろう。 いや、多分、彼女は何かを感じたから、そのあとネットを見たのかもしれない。

> 石塚運昇さん、食道がんのため死去。

 もしかしたらそうかもしれない、と耳打ちされてから湧き上がってきた疑念の答えがそこに書いてあった。
 ・・・でもそんな予想が当たったからって、うれしくもなんともない。
 たとえ休憩時間に運昇さんのことを話していたとしても、それで結果が変わっていたわけじゃない。 いや、むしろ話題にすべきだった! 以前のように無邪気な気持ちで運昇さんのことを話せる機会はもうない。 これからはかなしみや、喪失感がつきまとう。
 気がついたら、泣いていた。 お盆明けでまだ有休取ってお休みの人がいたり、取引先などが休みだからこの機会にシステム研修会をと、そっちに出ている人も多く、いつものデスク周辺には人が少なかったこともさいわいだった。 いや、人がいないからこそ、あたしはタオルハンカチを引っ張り出し、しゃくりあげるように泣いてしまうことを自分に許したのだ。

 アニメをあまり見ないあたしは、海外ドラマや映画の吹替をする声優さん(いわゆる外画系)しか知らないことが多く、そういう敷居がなかった時代の方々ならわかっているんですけど(まぁ、子供の頃はアニメも観てましたしね)。 声優ジャンル細分化以降、運昇さんは舞台出身の方にしては珍しく、アニメ出演も多い方。 アニメ中心の彼女と共通に盛り上がれるのはそこがあったから。
 個人的に「運昇さん、かっこいい!」となったのは、ご多聞に漏れず『CSI:マイアミ』のホレイショ・ケイン役から。 でもそれは石黒版『銀河英雄伝説』のヨブ・トリューニヒト役があったからこそ。 「この二人を、同じ人が?!」という衝撃ですよ。
 石黒版の『銀英伝』は、その声と演技で原作以上のイメージになってしまったキャラはたくさんいるが、ヨブ・トリューニヒトはその最たるものではないか。 似非カリスマ性のようなものを振りまきながら、ふてぶてしいまでに憎たらしい、「こいつ、絶対踏んずけてやりたい!」と何度思わされたかわからない。 図々しいを絵に描いたような、でもちょっとチャーミングな面をしっかり見せて、それすら結果的に腹立たしい、という“民主主義の妖怪”ぶりに惚れ惚れしたものです。 それが、「マイアミの太陽よりも熱い男」を! それで、すっかり好きになってしまった。
 ホレイショとしてすごい台詞をはいているのに、ご本人の見かけはなんだか好々爺で、そのギャップにも!
 しかも『CSI:マイアミ』のアフレコ中に「なんでこんなに大袈裟にポーズつけるんだろう、カメラもなんでこんなに無駄に下からあおるんだろう」と思っていたという。 そういう冷静な視点があるからこそ、大仰で気障な台詞がしっかり言えるんだろうなぁ。
 マイアミが終わってからも、『ハウス・オブ・カード』以降はケヴィン・スペイシーで、『96時間』以降はリーアム・ニーソンで、『99.9』は運昇さんのナレーションを楽しみに観ていたところがあるし(だからファーストシーズン最終回で裁判官として登場したときには盛り上がり、セカンドシーズンはご出演がないからがっかりした)、新しい『銀英伝』はメルカッツだったし、今放送している『BANANA FISH』ではパパ・ディノ。 海外ドラマのゲストでもよく出てくるし、ずっとリアルタイムで現役で、まだまだ運昇さんの声は聴けると思ってた。
 リーアム・ニーソンでマッド・スカダーをもう一本ぐらいつくってほしいと思っていたのに、できたらどうするの?!
 ひどい、ほんとうにひどい。
 あたしがこうして今も生きていられるのは、大好きな人たちがたくさんいるおかげなのに。 なのに大好きな人たちがいなくなってしまったら、過去の作品にしがみつくしかないじゃないか。 あたしの生きる目的がなくなってしまうじゃないか。
 ひどい、今年は本当にひどい。 漣さんだけでなく、運昇さんまで奪っていくなんて。

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2018年08月16日

錆びた滑車/若竹七海

 不運な女探偵、葉村晶がまた帰ってきた!、ということで・・・読んだらすぐ終わってしまうんだけど、でもこれはすぐ読みたくなっちゃうよなぁ、と気がついたら手に取っていた。 自分としては長引かせていたつもりだったが(読みかけ本も図書館予約待ち本もあったから)、でも一ページから読み始めちゃったら、もうダメよね・・・。

  錆びた滑車.jpg タイトルは『星の王子さま』の一説から。

 吉祥寺のミステリ専門書店のアルバイト店員でありながら、書店二階が事務所である<白熊探偵社>の専属調査員である葉村晶。 単独の調査依頼はなかなかないので、昔なじみの大手調査会社の下請けの仕事を回してもらっている。 ある日、ある老女の素行調査のため尾行していたら、その老女が訪ねた相手・青沼ミツエと喧嘩をはじめ、二人が階段から転げ落ちて晶の上に降ってくる。 おかげで晶も怪我をして、青沼ミツエと知り合うことに。 彼女の孫・青沼ヒロトは交通事故に遭ってひどい怪我を負いリハビリ中、そして何故その事故に遭遇したのかを含め最近の記憶を失っていた。 晶はヒロトから「自分の失っている記憶を埋めてほしい」との依頼を受けるが・・・という話。

 帯には「葉村晶史上、最悪最低の事件!」とありますが・・・あたしとしては「葉村晶史上、最もせつない事件」ではないかと。
 ヒロトやミツエに対する感情は葉村晶には珍しいというか、いつも対人関係に一歩引いているところがある彼女がつい一歩踏み込んでしまったがためにこうむる痛手がせつないのです。 『悪いうさぎ』とは種類の違うたちの悪い事件だということもあり、調査の過程もある程度解明された後もなんだかすっきりしない。 犯人がわかったからって、起きたことは変えられない、という不条理。
 そして、彼女の衰えを感じてかなしくなる・・・彼女が衰えたことそれ自体にではなく、彼女自身が自分の衰えを思い知ってしまっていることに。 読者として「こいつがあやしいって!」と結構早めに気づくのに、彼女がうっかりスルーしてしまうなんて!
 やはり体力が衰え、満身創痍でろくに食事もできてない状況では頭の働きも鈍るのか・・・。
 探偵(調査員)の仕事は体力勝負、いくら生き方や覚悟が備わっていても若さにはかなわないのか。
 これからの葉村晶の生活に、心配が。

ラベル:国内ミステリ
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2018年08月14日

ミッション・インポッシブル フォールアウト/MISSION:IMPOSSIBLE FALLOUT

 『ジュラシック・ワールド/炎の王国』に続く今年の夏の大作といえばこれ!
 勿論、2D・字幕版にて鑑賞(イーサン・ハントを吹き替えている森川さんは「裏表のないハンサム声」ではまり役だが、WOWOWで見るならまだしも映画館なら字幕です)。

  MI:フォールアウトP.jpg 究極の不可能へ

 ベルファストのある場所で、イーサン・ハント(トム・クルーズ)の元に秘密指令が届く。 盗まれたプルトニウムを使って三都市を標的にした同時多発テロが計画されているので、それを阻止しろという。 まずは裏ルートで運ばれているプルトニウムを途中の取引に割り込んで奪取しようとするが、<シンジケート>の生き残りたちに襲われて失敗する。 なんとかテロ計画の主翼を担う人物の名前は判明したものの、その人物のことは誰も知らない・・・IMFチームはいつものように、無茶な任務に取り組む、という話。
 なんと、今回は『M:i/ローグ・ネイション』の完全なる続編、というか続きの話!
 なのでオープニングからガチに本筋。 「5秒後に自動的に消滅」する指令の内容も情報量たくさん!
 『ローグ・ネイション』、観ていない人はちょっとわかりにくい? でも内容的にスピード感あるしアクション満載なので細かいところ気にしなくても楽しめる! 細かいところを気にしても前作からのつながりがちゃんとしているのでそこそこ満足、という、まさに「夏の娯楽大作」にふさわしい作品でございますよ。

  MI:フォールアウト1.jpg 今回は主にこのチーム編成で。
 個人的にはジェレミー・レナーが今回出ていないのが残念なのですが(なんか『アベンジャーズ』の契約の絡みで撮影時期に参加できなかったらしい)、ベンジー(サイモン・ペッグ)の成長ぶりが見られたのはうれしく楽しい(勿論、お笑い担当ぶりも健在)。 ルーサー(ヴィング・レイムス)もより表に出てきた感じで(とはいえ「おう、なんでもおれに任せると言ってろよ」的にぼやきたくなる気持ちもわかる)、チーム感が強まってます! イルサ(レベッカ・ファーガソン)の立ち位置はまだ微妙なところですが。

  MI:フォールアウト4.jpg それもこれもCIAからお目付け役が派遣されてきたから?
 CIA長官スローン(アンジェラ・バセット)の指示を受け、イーサン・ハントに張り付くことになったCIAエージェントのオーガスト・ウォーカー(ヘンリー・カヴィル)は任務の遂行そのものよりもすぐそこにある仲間の危機を救ってしまうイーサンの姿勢を甘い、エージェント失格と言い放つ、結構イヤなやつ。 でも普通のスパイの観念的にはそのほうが正しいんでしょうけど・・・、とあたしもまたこれまで「イーサンってこんだけのキャリアを持ちながら人間を信用しすぎよね」と思ったり言ったりしているのに、いざそう言うやつがあらわれたらなんかムカついてしまう不思議。 イーサンのキャラを受容しているのだわ!
 それは現IMF長官ハンリー(アレック・ボールドウィン)も同じで、「君の甘さはわかっているが、それを私は弱さだとは思わない」と言っちゃうかっこよさ! 今回は長官の見せ場も多くて、アレック・ボールドウィンもかつてアクション映画に出ていたことを思い出しましたよ。 でも、イーサンに理解を見せるIMF長官ってすぐいなくなるんだよね・・・なにこれ、フラグ?

  MI:フォールアウト3.jpg パリ市内でバイク&カーチェイスとか無茶すぎ。
 これまでのシリーズも全部、世界各地の名所でリアル撮影しているのはよく知られるところですが、凱旋門の周囲でカーチェイスとかいったいどうやって撮影したのか。 パリ市全面協力でも交通規制できる時間は限られているだろうし、一発撮りなのか!、と思うと撮影チームのみなさまの事前準備やチームワークといったものに感嘆するしかない。
 カーチェイスを売りにした映画は多いので「イマドキ、カーチェイスぐらいでは」と思ってしまう部分もあれど、ほんとにカラダ張ってます的リアルは観ている側にも伝わる。 バイクで事故ったら大変なことになる、と、バイク乗ったことのないあたしも納得。
 おまけにスカイダイビングもしちゃうし、ヘリコプターも自分で操縦しちゃったそうだし、アクションにかけるトム・クルーズの気概にたじたじ。

  MI:フォールアウト5.jpg ロンドンでもビルからビルに飛び移りまくり。
 この着地で足首骨折したらしい・・・無理すんな、トム・クルーズ。
 いや、多分本人は無理とか無茶してるとは思っていない。 前作を超えよう!、とかは思っているだろうけど。
 だけど、そうやっているトム・クルーズを撮影している人もいるわけで、カメラの人もスカイダイビングすることになるわけだし。 トム・クルーズががんばればがんばるほどスタッフの負荷も高まるわけで、「そのうちだれか死ぬんじゃないか」と心配になる。
 いやいや、その心配はトム・クルーズに対しても。 かつてのジャッキー・チェンみたいに骨折とかで済んでいればいいけど(いや、ジャッキー・チェンもかなりやばい怪我したことあったはず)、撮影中にいつか死ぬんじゃないか。 そう感じてしまうほどに鬼気迫るなにかがある。 それはイーサンの顔がちょっと四角くなった(老けた? ボトックス?)と感じてしまったせいかもしれないし、身長の割に厚すぎる胸板にまたもバランスの悪さを感じてしまったからかもしれないし。

  MI:フォールアウト2.jpg 崖登りは『M:iU』のオープニングで訓練してたから、それが活きてますね。
 とにかくひたすら「いや、絶対死ぬって」な場面多数。 完全無欠ではなく血も流すし、頭殴られたらちょっとふらふらするし、なかなか相手をすんなり倒せないなど微妙なリアリティを醸し出してはいるけれども、「回復が早すぎます!」。 まさかベンジーまで肉弾戦に参加するとは思わなかった・・・。
 前作の悪役であったソロモン・レーン(ショーン・ハリス)が今回もラスボスであるなど、続き物であることを明確にさせた今作はアクションだけでなく頭脳戦の方も強化。 ネタばらしはあとだしじゃんけん的ではあるものの、納得のいく範囲。 監督・脚本のクリストファー・マッカリーが『ユージュアル・サスペクツ』の脚本家であると知り、「なるほど!」。 時間も空間も組み込んだ多層化した複数視点のストーリーにユーモアをまぶす余裕、さすがです。
 そこにイーサンの<甘さ>の理由を彼の生きざまとともに振り返り、その人間性を愛するが故に仲間でいたりあえて離れたりの選択が。
 「スパイなのにそんなに目立ってどうする」とか、「地元の警察or情報機関に協力を求めれば一発では?」というようなツッコミは野暮である。 エージェントは一歩間違えればならず者、が前作のテーマならば、本作はさらに一歩進んで、仲間がいるからあやうくなりそうな信条もぶれずにいられる、という方向に。
 そう、チーム感こそ『スパイ大作戦』〜『新・スパイ大作戦』の大きな柱。
 次作がどうなるかはわかりませんが、チーム色をもっと強めて帰ってきてほしい。

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2018年08月13日

今日は9冊(その2)。

 つづきの3冊です。

  おっさんずラブ公式ガイドブック.jpg おっさんずラブ 公式ブック
 買っちゃったんですか?!、って感じですが、買っちゃいましたよ。 それもこれもメインキャストインタビュー付き、というのにつられて。 正直、エピソード解説とか別にいい(だって観てるし)。 出演者・スタッフのインタビュー・対談で丸ごと一冊でもよかったぐらい。 ピンナップもあってもなくてもよいですが・・・まぁ、よく撮れているのならばあっていいです(バリエーション少ないけどよく撮れてましたよ、みなさんのおいそがしいスケジュールを縫ってやった感がまるわかりです)。
 それでも、つくる気もなかったものを急遽つくることになって、ということを考えればがんばってくださったんだろうなぁという気がするんだけど、でももっとインタビュー読みたいんだけどな、という気持ちは残る。

  ちはやふる39.jpg ちはやふる 39/末永由紀
 クイーン戦・名人戦への切符を手に入れるための戦い、佳境。 なれど・・・千早・新・太一の三人がここまで来た、ということはすごいことだと思うんですよ。 それはわかっているんだけど・・・まったく感慨とか感動とかがあたしにはない。 努力が実を結んで、というベタな流れだからではないかもしれないんだけど、彼らの紆余曲折がすべて本当にここに来るために必要なものだったのか?、という疑念が払えないから。 唯一、新だけはこの場にふさわしい努力をしてきたと思えるけれど。
 しかも周防さん、一体何を?
 そしてなんだかんだ言って、千早は新ではなく太一を応援してしまうわけ?、という気配が見えるのもなんだかな・・・。
 40巻ぐらいで終わるんじゃないかと思ったけど、終わりそうにない・・・。
 最近、昔の少女マンガが電子版になって、期間限定無料になってるやつを読んでみたりするのですが、今の少女コミックの倍くらいのページ数ある感じ! だから『ちはやふる』も今は39巻だけど、せいぜい20巻ぐらいなんだろうな、と思った。

  雪花の虎06.jpg 雪花の虎 6/東村アキコ
 長尾景虎、二十三歳になりました。
 しかし6巻でのメインは兄の景晴。 病弱であることを自覚しながらも才気は衰えず、妹のために命を懸ける。 長尾家にゆかりの方々は、この兄妹のお互いをいつくしむ気持ちをわかっていたんだろうなぁ・・・ほろり。
 ついに川中島の合戦まであと少し、のところで終わるつらさ。 7巻の発売は来年だってさ・・・1巻からもう一度読み直して、地道に待ちますかね。

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2018年08月12日

今日は9冊(その1)。

 夏休みとはいえ暑いので、一日中本で埋もれます。
 ちょっと本屋に買いに行くタイミングがなかったので、まとめて届けてもらうことに。

  罪深き緑の夏【新版】.jpg 罪深き緑の夏/服部まゆみ
 えっ、何故これが復刊?! しかも河出文庫で!(まぁ、著作の中でいちばん文学度が高いかもだが)
 いや、うれしいですけど・・・でもこの表紙、あたしのイメージと違う(汗)。 偏愛する物語であるが故に、装丁にはこだわりが出てしまうじゃないか。
 ともかく、『時のかたち』とか手に入りにくいものも復刻したらいいなぁ、と願う今日此頃(いや、持っているんだけどさ、どこにしまったかわからないから・・・カドカワの電子書籍にあるやつは買い直したけど。 つまり『罪深き緑の夏』も電子版があるんですが、やっぱり紙書籍も欲しいわけです。 それに、売り上げに貢献出来たら次につながるかもしれないしね)。

  人みな眠りて.jpg 人みな眠りて/カート・ヴォネガット
 ヴォネガット、最後の短編集だそうな。
 河出文庫の最近のヴォネガットはすっかりかわいいイメージになっているが・・・このジュブナイルっぽさで読者層が広がるといいな、と思います。

  黒後家蜘蛛の会3文庫新版.jpg 黒後家蜘蛛の会 3【新版】/アイザック・アシモフ
 3冊目。 この表紙の人(1巻から出ているが)はヘンリーなのだろうか? なんか違う気がする・・・象徴としての“給仕”かもしれない。
 「ミステリ好きならば『黒後家蜘蛛の会』は読んでいて・知っていて当たり前」という文脈で語られがちですが、そういう<年表的に重要な作品>は名前は知っていても読んだことがないという場合がある。 ガンガン読んでる時期に品切れだった作品とか、あたしにも結構穴がある。 あたしはたまたまSF方面からアシモフを好きになり、その流れで読んでたけど(しかも最初は古本屋で買ってるし)、そうじゃなかったら読んでいたかどうかわからない。 ほんとに、タイミングだ。
 でも定期的に新版が出ることで品切れ時期を減らせるなら、そのタイミングを逃さずにすむわけで。 またその時々の有名人が解説を書くことでビルドアップされている感じがする。 そして何回も読んでいるのに、またぱらっとめくってしまうとつい読みふけってしまう。

  機龍警察 火宅.jpg 機龍警察 火宅/月村了衛
 うわぁ、なんかこの表紙、コワい!
 『機龍警察』ってこんな話だったっけ・・・と胸に手を当てたくなる。 今作はレギュラー登場人物それぞれにスポットを当てた短編集とのこと。 長編と違って内省的な内容になるのだろうか・・・どきどき。

  ファイアマン1 ジョー・ヒル.jpgファイアマン2 ジョー・ヒル.jpg ファイアマン/ジョー・ヒル
 えっ、ジョー・ヒルが消防士の話を・・・書くわけないよね。
 表紙からはアメコミっぽい感じがしますが、なんかスティーヴン・キングっぽい香りも。
 世界中に蔓延する謎の病気の話らしい。 『ザ・スタンド』を連想してしまうのはいけないことかしら。

ラベル:新刊
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