2018年06月06日

ゲティ家の身代金/ALL THE MONEY IN THE WORLD

 ケヴィン・スペイシー問題を「撮り直し」という方法で早々に片づけた一作、ということで別な意味で期待値が高い。 クリストファー・プラマー好きだし、まぁ彼が冷酷無比な人の役というのはちょっと悲しいが、十分できてしまうことは想像つくし。 そして実話もの好きとしても、ゲティ家の誘拐事件はまだいろいろと謎が多くてまとめてくれているのならそれはそれでうれしいし、みたいな気持ちで。 それにこの事件、多分『Z』第一話のオイルダラーの息子誘拐事件のモデルだよね!

  ゲティ家の身代金P.jpg 彼女の戦う相手は誘拐犯、そして世界一の大富豪。

 1973年、ローマにてアメリカの大富豪ジャン・ポール・ゲティ(クリストファー・プラマー)の孫ポール(チャーリー・プラマー)が誘拐され、ポールの母ゲイル(ミシェル・ウィリアムズ)の元に1700万ドルを要求する電話が入る。 しかし夫(アンドリュー・バカン)と離婚してゲティ家から離れているゲイルにはそんなお金はない。 誘拐犯は「じじいに払わせろ、世界一の金持ちなんだから」と言うが、ジャン・ポール・ゲティはマスコミの前で身代金の支払いをあっさり拒否。 ゲイルは息子のため、誘拐犯とジャン・ポール・ゲティ両方と交渉することになってしまう・・・という話。
 誘拐される73年のパートと、ジャン・ポール・ゲティの息子であることに背を向けて家庭を持ったが仕事がなくなって父親に泣きつくことになる過去のパートが前半は交互に進行。 それによって父のもとに戻るまでは幸せな家族だった時期(その境目に流れるのはゾンビーズの“二人のシーズン”!)のはかなさが引き立ち、「お金持ちであることが幸せとは限らない」というメッセージが早々に観客に届く。 息子(どこかで見たことがある人だと思ったら、『ブロードチャーチ』のマーク役−ダニーの父親役の人ではないか! リドリー・スコットはあのドラマ見てたのか、と思うくらいイメージ似てた)はダメだが孫は見どころがある、とジャン・ポール・ゲティはポールを自分の後継者として教育している場面もあるんだが・・・だったらなんでポールはあんなに無防備に夜のローマの街を歩いているのか、危機感のなさにハラハラするじゃないか。

  ゲティ家の身代金6.jpg ポールはまだ16歳ぐらい? ならば予測できないのは仕方ないのか。
 しかし当時すでにイタリアではマフィアによる誘拐がビジネスとして確立しており、自分たちで交渉がうまくいきそうにない(長引きそうだからすぐお金を手にできない)とわかったら別のマフィアに人質ごと交渉の権利を売り渡す、みたいなことが普通に行われているのである。
 石油がゲティ家のビジネス、マフィアもまたファミリービジネス。 これって究極の対比か?
 ひげもじゃなんで最初よくわかんなかったんだけど、誘拐犯側の交渉役のチンクアンタはロマン・デュリスだったのである! ゲティ石油が多国籍企業なだけにキャストも多国籍で「おぉ、こんな人も!」と面白かった。

  ゲティ家の身代金2.jpg じじいのおぞましさ、さすがです。
 なにしろ難物は誘拐犯より大富豪ジャン・ポール・ゲティの方なのです。 マスコミに「何故身代金を払わないんですか」と聞かれて「私には他にも何人も孫がいる。 一人に払ったら全員誘拐されてしまう」と合理的なことを言いながら、自宅から電話をかけたいという人には公衆電話を案内する(そのために自宅に公衆電話を設置している)・「小銭がないんですけど」という人には執事が両替してあげるという用意周到さ、闇ルートで美術品を値切るけど高額で買い入れつつも日常で節約できることは何でもやるという守銭奴ぶり。 勿論、彼は彼なりに家族のことを考えてはいるのだが(他の孫も誘拐されたら困る、は本心だろう。 ポールのために元CIAのチェイス(マーク・ウォールバーグ)を交渉人としてゲイルの元に派遣するし)、身代金を息子に貸す形でついでに節税対策したり、その基準が一般的な人と違いすぎるので「ドケチじじい」と見られるしかないのである。 誰も彼を理解できない――つまりは誰よりも孤独ということで。
 こんな人を一週間ぐらいの準備期間で見事に演じてしまうクリストファー・プラマー、すごすぎ! 最初っから彼だったと言われても納得の出来栄えで、もはやケヴィン・スペイシーのバージョンが想像できないです。
 世界一のお金持ちとして世界的に有名なゲティ家よりも、イタリアの田舎でマフィアの一角としてポールの身柄を幽閉している人たちのほうが<家族>として充実した生活を送っている感じがするのがとても皮肉で。 ゲイルが離婚したのもゲティ家問題についていけなかったからだし。

  ゲティ家の身代金1.jpg ゲイルは地方検事の娘として育ち、当時の女性としては精神的に自立しているタイプ。
 マスコミが求める「泣き崩れる弱い母親」の姿を見せなかったために一部ではかなり叩かれたようですが・・・他人にどう見られるかよりも息子を助けることが最優先、という母親としての強さが印象的。 泣いて解決するならいくらでも泣くけど、泣いたってまったく解決しない、元夫も義父も頼りにならず、なんとかできるのは自分だけとなったらこう開き直るしかないですよね、という感じで。 また当時のイタリアの警察の構造も複雑だし、マフィアと癒着しているところもあるから警察も頼りにならないんだもの。 チェイスが来るまで誘拐犯との交渉に助言する人もいなかったんだからびっくりだよ。
 とはいえ、誘拐犯との交渉といっても電話だけだし、1700万ドルなんて絶対払えないからどこまで値切るかみたいな話が中盤は繰り返しになるのでちょっと中だるみ。 要所要所の映像美はさすがなんですがね。 マフィア側がいい加減しびれを切らして実力行使に出てから一気に物語も動き出しますが、誘拐を扱っている割に全体的に緊張感がないのは、リドリー・スコットが描きたいのは誘拐事件の真実ではなくジャン・ポール・ゲティとゲイルのまったく違う生き方だったからではないかと。
 人生の価値として財産に重きを置かず、自らの信念の方を大事にするゲイルはリドリーが好んで描くところの“戦う強い女性”のもうひとつの形。 一方、お金はいくらあってもまだまだ足りないというジャン・ポール・ゲティは人生において満たされることを知らない。
 どっちが幸せか、わかりますよね?、って話だったのか・・・。
 実話ベースではあれどinspired byって表記だったからかなり簡略されているのかも。 詳細を知りたければルポを読め!、ってことか。

posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする