2018年05月14日

ザ・スクエア 思いやりの聖域/THE SQUARE

 『フレンチアルプスで起きたこと』のリューベン・オストルンド監督最新作!
 実はカンヌ映画祭パルムドール受賞とかアカデミー賞外国語映画賞ノミネートとか、チラシで気づいたけどあまり意識してなかった。 『フレンチアルプスで起きたこと』が面白かった、という印象のほうがあたしの中では鮮明でした。 あ、スウェーデン映画です。

  ザ・スクエアP.jpg あなたの心が、試される。

 王立現代美術館のリードキュレーターであるクリスティアン(クレス・バング)は、インタビューを受けたり記者会見したりと“知る人ぞ知る有名人”。 本人もそれを自覚していて、慈善活動を支援したり常に人権に配慮した言動を心掛けるなど、周囲からの尊敬をかちえていた。 しかしある日、困っている人を助けたつもりでいたらお財布とスマートフォンを盗まれてしまったことに気づく。 その理不尽さに耐えられなくなった彼は、ちょうど次の展示会の軸になるアート<ザ・スクエア>の展示方法との関連で思考がエスカレートし、スマフォのGPS位置から盗人の大まかな位置を確認できたためにあるビラを撒く。 すると、彼の財布とスマフォは戻ってきた。 これで一件落着、とクリスティアンは思ったが、それからが悪夢のはじまりだった・・・という話。

  ザ・スクエア4.jpg アメリカから来たインタビューアーのアン(エリザベス・モス)。 場面が切り替わるたびに彼女のネックレス位置が変わっていて(シャツの内側にチラ見えしていたかと思えば、シャツの外側にあって全部の形が見えたり)、すごく気になった。 わざとか? それだけインタビューが長くかかったことを示唆しているのか?
 「モダンアートとは何か」というある意味根源的な問いに対する答えは実にシンプルなものなのだが、聞く側に理解力がなければ堂々巡りであるという哀しさというか、そもそもモダンアートは芸術なのか、これまでの芸術へのアンチテーゼとしての存在が芸術なのか、とか考えさせられるんだけど、結局わかった振りした人たちが高額でやり取りする商業主義なんだよね、というところに落ち着いてしまいそうなところがなんだかな。 実際、この美術館に来るような人たちはインテリのハイソサエティって感じだもん。

  ザ・スクエア2.jpg そして、「人として当たり前の誠実さ」とは・・・。
 人権が守られることは当たり前、どんな属性の人も平等に受け入れられるべき、という発想は悪いものじゃない。 だけど、仕事の大事な打ち合わせの場に子供を連れてきたりすることから始まり(まぁ、これは他に子供を見る人がいない場合はありうるけど)、美術館のワークショップの一環としてのトークショウで、観客の一人が発作を起こし暴言を吐きまくるのに対してざわざわする聴衆に、運営側はやんわり「どんな方も歓迎です」と言い、それでも暴言がやまないのでくすくす笑いが起こって話が進まないとなるや、「この人は病気なんだから仕方ないじゃないか!」と一喝してしまう良識派の客が出てきてしまうに至って、「行き過ぎた寛容さって、結局は不寛容さを生むのでは?」という疑問が生まれる。 「あ、ごめん、今日ちょっと子供いるけど」の一言があるだけで全然違うし、自分の意志でなくとも下品なヤジを発してしまう状況にあるならばいったん退席するのが公共の利益にかなうマナーなのでは?
 周囲に迷惑をかける可能性があっても、自分はここにいる権利がある、と権利を振りかざし、「確かにその通りです」と受け入れることが良識だという流れができてしまっているから別方向に問題が噴出するのでは?
 映画としては笑うところなのですが・・・なんかこれ、日本でも問題になっていることだぞ、と考えると笑えない・・・。

  ザ・スクエア3.jpg <ザ・スクエア>の説明書きには、「“ザ・スクエア”は<信頼と思いやりの聖域>です この中では誰もが平等の権利と義務を持っています この中にいる人が困っていたらそれが誰であれ あなたはその人の手助けをしなくてはなりません」とある。
 都市部に住んでいれば傍観者的感覚は強くなる。 誰かがやってくれるだろう、と。 でも“ザ・スクエア”の中ではそれは許されない。
 この展示の入り口では最初に「人間を信じますか? 信じませんか?」の選択をする。 開催前に連れてきたクリスティアンの二人の娘は「信じる」方を選ぶのだが、入ってすぐに「ここに財布とスマートフォンを置いていってください」という掲示がある。 子供たちは比較的すんなり置いていくんだけど、あたしはちょっと無理かも、と思ってしまった(あぁ、試されるってこういうこと?)。
 「信じない」の入り口を進んだらどうなっているのだろう?

  ザ・スクエア5.jpg その究極が、オープニング晩餐会。
 野性を前にすると、教養や誠実さは無力であると思い知らされるというか・・・会話が通じないことがどれだけ危険なことか忘れがちだなぁというか。 お約束とか、どうせゲームでしょ、といった共通認識であろうと思っていたことが実は違うとわかったときの恐怖は、理性ではカバーできない。 まったく、どういう打ち合わせをしたんだか・・・。
 と、モダンアートを媒介にしたユーモアと皮肉あふれる問題提起という内容ではあるのですが、実は「その場しのぎでこれまでずっと生きてきた男が、そのせいでひどい目に遭う話」という『フレンチアルプスで起きたこと』と同じ話だったりもするんですよね! そこがあたしの、いちばんのツボでした。 だからクリスティアンにはまったく同情できず、共感もできなくて、すごく冷静に彼がひどい目に遭う姿を楽しむことができました。 最終的に面白かった、のかな?

posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする