2018年05月31日

裁きの鐘は <クリフトン年代記 第3部>/ジェフリー・アーチャー

 ほぼ半年弱のブランクを経て、<クリフトン年代記>に復帰。
 第3部は1945年から1957年まで、バリントン家を継ぐのは誰かの結論が出るところから始まる。
 結構間が空いたつもりだったのに、読み始めたらグングン物語世界に戻れるすごさ。 「この人、誰だっけ?」がほとんどないから(それは勿論、本文中で過去のかかわりをちらりと見せてくれるからだが)。 本国でも一年に一部ペースの出版だったそうなので、そのあたりもしっかり計算済みなんでしょう。
 それにしても、ハリーとエマの息子セバスティアンは第3部最初の段階で5歳なのに、終盤ではもう大学に進む年頃に。 子供の頃はADHDの気配濃厚な感じで<育てづらい子供>として描かれるのかと思ったら、エマたちの苦労描写はそんなになくて「あれ?」と肩透かし気味に。 それにしても成長、早くないか? いくら他人の子供が育つのは早いっていってもさぁ。 なので第1・2部と比べると展開が駆け足気味というか、時間における密度は少々減り気味と言えるかもしれない。
 とはいえ、『ケインとアベル』と違ってメインの二人、ハリーとジャイルズが(今のところ。 先のことはわからないけど)対立していない、というのは読んでいてだいぶ気分が楽である。 ジャイルズがとんでもなくバカな真似をしていようともね。

  クリフトン3−1.jpgクリフトン3−2.jpg 何故飛行機とパイロット?、の謎が解ける下巻はちょっとイアン・フレミング風味。
 それにしても、よくもまぁこれだけ次々と悪役を出してくるもんだなぁ、とついつい感心する。
 しかもその<悪役>とは『犬の力』に出てくるような「立場によって悪か否か変わってくる、一筋縄ではいかない複雑さ」を持つものではなく、はっきりステレオタイプの“悪いやつ”。 こいつらがひどいことをすればするほど、最終的にきちんと報いを受けることになるんだろうなぁ、という安心感があるので理不尽さにも耐えられます。
 そして悪役よりも目立たないけれど、たまたま出会う“いい人”たちもちゃんといて、人間が持つ誠実さというものを信じさせてくれる。
 実験的で文学の新たな可能性を追求する新しさのようなものからは遠い場所にいるかもしれないけど、「物語をかたる」ことの魅力にこれでもかと特化した作品はこれはこれで必要なんですよ!
 また次巻へと引っ張る終わらせ方は「ズルい!」を通り越してお約束の感まであるよ・・・。
 まんまと第4部を手に取ってしまったじゃないか。

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2018年05月29日

フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法/THE FLORIDA PROJECT

 まずはウィレム・デフォー目当てで(たとえアカデミー賞助演男優賞ノミネートでなくてもそこは観ますよ)。 ギャングでも殺し屋でもやばい業界の人でもないウィレム・デフォー、貴重です。
 でも、そういう“見覚えのある人”が出ていなかったら、この映画ってほとんどドキュメンタリーじゃない?、という。

  フロリダ・プロジェクトP.jpg 観るもの全てが魔法にかかる――
   二人を待ち受けるのは、ハッピーエンドさえ凌ぐ誰も観たことのないマジカルエンド。

 フロリダのディズニー・ワールドの近くにあるモーテル<マジック・キャッスル>は、本来ディズニーワールドにやってきたお客さんがリーズナブルに泊まる場所として建てられた・・・はずなのだが、現在の客のほとんどは家を失って住むところがない人々ばかり(サブプライムの影響がまだ続いているのか)。 その中の一人、6歳のムーニー(ブルックリン・キンバリー・プリンス)は母親のヘイリー(ブリア・ヴィネイト)と二人で一室に泊まり続けていて、似たような境遇の子供たちと毎日いたずらいっぱいの楽しい時間を過ごしている。 モーテルの管理人ボビー(ウィレム・デフォー)は時々厳しいことも言うがそれは子供たちを危険などから守りたいから。
 ヘイリーは仕事がなく、偽物の香水を安く仕入れてディズニーワールドのお客に本物として売りつけて日銭を稼ぐものの、ほとんどがモーテルの支払いに消えてしまう。 ムーニーにとっては楽しい日々だけれど、それがとてもあやうい綱渡りの上に成り立っていると気づかない・・・という話。

  フロリダ・プロジェクト3.jpg 正直、序盤の子供たちの言葉遣いや態度の悪さには引く。
 でも仕方ないのだ、だってそういうことは教わってないんだもん。 大人が騒いだり怒ったりするのが見てて楽しい、みたいなお年頃だし。 むしろ、大人が働いている間に子供たちだけでその時間を楽しむ(ある意味放置子なんだけど、その自覚がない)という自立性みたいなものがすごいな!、とだんだん思えてしまう(お金はないけど、子供たちはみなしっかり親に愛されている)。 この映画自体が子供目線の展開中心ということもあるけれど、ディズニーワールド周辺という立地の関係上、アイスクリーム屋さんの建物や川べりのベンチなどすべてが非日常仕様。 毎日のちょっとした散歩もムーニーたちにとってはすべて冒険! そりゃ楽しいよね!

  フロリダ・プロジェクト2.jpg しかしそんな“楽園”にも落とし穴がないわけではなく・・・そこに目を光らせ、悲劇を未然に防ぐのが番人たるボビーの役目。
 子供たちや困っている店子(?)はたくさんいるから誰かを特別扱いできない(しかもボビーはオーナーではなく雇われの身)、でもできる限りの譲歩はする、家賃が滞っていれば催促はするがそれぞれのライフスタイルにはできる限り干渉しない、という強面だけどほんとうに心優しいおじさんを自然体で体現するウィレム・デフォー超かっこいい。
 ボビーには子供たちの子供時代がちょっとしたことで終わりを迎えてしまうことをよくわかっていて、できる限りそれを長引かせたいと思ってる。 子供たちはよくわからないけど、そういうボビーの気持ちは通じるからなんだかんだ言ってなつく。 その空気感はすごくよかった。

  フロリダ・プロジェクト1.jpg しかし、パステルカラーの世界に忍び寄る貧困は押さえこめない。
 これもまた『パティ・ケイク$』同様、貧困層の人たちの物語なのである。 子供たちの「ちょっとしたいたずら」が大事になったら子供の養育権を剥奪されるかもしれない、と親同士の関係が険悪になったり(子供たちはなんで一緒に遊んじゃいけないのかよくわからないので時間をおいてこっそり会ったり)、ヘイリーはちゃんと働いたらいいんじゃない?、と一瞬思っても、ちゃんと働いているママ友もまた同じモーテル暮らしだったりと、その底なしの貧困さ加減には解決策が見つからない。
 ムーニーたちの「毎日ハッピー」な生き方には学ぶところが多いんだけど、生活の基礎が安定していないのはね・・・そしてそれは子供自身が選んだものではないからこそ、大人たちだって望んだ道ではないとわかっているからこそ、大人たちの奮闘が悲しくもむなしい。
 <ハッピーエンドさえ凌ぐ誰も観たことのないマジカルエンド>は、「あぁ、もうそうするしかないよねぇ」という哀しさと、子供たちの行動力だけが救いである、というように感じられて・・・ちょっと泣きそうになってしまった。
 子供は親を選べない。 でも、親の愛情を感じられるだけましなのか。

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2018年05月27日

『グレイテスト・ショーマン』、来た!

 実は『グレイテスト・ショーマン』のDVDを予約していた。
 アマゾンと迷ったが、ポイントが残っていたのでタワーレコードに。 「予約でポイント12倍」だというし。
 でも様々なバージョンがあり、どれを買うか迷っているうちに「発送は発売日以降」になってしまった(発売日は5月23日で、予約したのは5月10日前後だったのだが)。
 まぁそのうち届くであろう、とのんびり構えていたが、仕事場の人はアマゾンに予約して早々に22日にゲットしていたと聞くと微妙な気持ちに。
 しかし本日、届きました。

  グレイテスト・ショーマンブルーレイ&DVD.jpg 結局、<ブルーレイ+DVDの初回限定版>にした。
 だって、映像特典はブルーレイにしか入っていないっていうんだもの・・・。
 ゆうパケットでポスト投函だったので、朝早々に来ていたことに気づかず(発送連絡から、今日届くことはわかっていたが)。
 公式ソングブック(サントラの倍のサイズの歌詞カードに、作詞作曲コンビのコメント付き)も入っています。
 また、タワレコ特典として、A5クリアファイル(海外版ポスターとサントラのジャケットが使われている)と、カードタイプのカレンダーが。

  グレイテスト・ショーマンタワレコ特典.jpg 5種類のうちどれかが。 あたしのには真ん中下の、セピアトーンのやつ。 カレンダーはこの5月からのスタートになっていて、変則的ではあれど実用的。

 そんなわけでさっそく本編を観、特典映像も観る。
 “ミュージックボックス”では歌のシーンだけを繋いだものに歌詞が出て一緒に歌える!
 また一曲ずつ「どうやってできていったのか」解説が入る部分が時間的にも内容的にも特典の比重が高く、見ごたえあり!
 唯一の吹替曲“NEVER ENOUGH”は、歌い手の方がまず歌ったものをジェニー・リンド役のレベッカ・ファーガソンが聴き、演技プランをとり混ぜながらレベッカ・ファーガソンが歌い、それを聞いた歌手の方がレベッカ・ファーガソンの歌い方のクセ(ブレスの取り方とか、どこで切るかとか)に寄せてもう一度歌い、それに合わせてレベッカ・ファーガソンが歌い演技する、という二往復作業が行われていて、その丁寧さと手間をいとわぬ姿勢に驚嘆!
 多分、日本映画で歌の吹き替えシーンをやるとしたら、「歌に合わせて演技する」か「演技に合わせて歌う」かの一往復で終わってしまうだろう。 アメリカのショービジネスの底力(お金かかってる、だけではないところ)を痛感しました。
 撮影までの長きにわたるワークショップ(それは映画を製作できるかどうかわからない時期も含め)で培われたチームワーク、それが映画に全部反映されているからこんなにも心をひきつけられてしまうのかもしれない。
 特典映像の量が多いのでまだ全部観れてないが・・・見てしまったらずっと見てしまいそうである(実際、今日はそうだった。 明日仕事だから途中でやめた)。 翌日休みだったら、全部観ちゃうだろうな。 しかも繰り返し。

ラベル:洋楽
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2018年05月25日

パティ・ケイク$/PATTI CAKE$

 ラップはよくわからない。 ブラックミュージック(特にR&Bやソウル、今は言わないかもしれないけどブラックコンテンポラリーなんかも)は好きなんですけど、やはりメロディーがあるかどうかの違いで、リズムだけ・もしくはリズム強化のラップはそんなに。 それでも『8miles』で、黒人貧困層から這い上がるための手段としてのラップ(ライム)というものを知った。 この映画もただのラップ映画だと思っていたら観なかったかもしれないけれど、そういう生活の苦悩が描かれていると知ったから。
 ちなみにタイトルは、『パティ・ケイクス』と読みます。

  パティケイクスP.jpg あんたがスターだって知ってたよ

 舞台はニュージャージー。 23歳のパトリシア(ダニエル・マクドナルド)はバーテンダーとして働きながら、神聖視するラッパーO-Zに認められたいと暇さえあればノートにリリックを書きつけている。 薬局で働くジェリ(シッダルト・ダナンジェイ)とともにラップを練習し、“パティ・ケイク$”aka“キラーP”としてデビューすることを願っている。
 しかし彼女には酒浸りの母バーブ(ブリジット・エバレット)と介護を必要とする祖母ナナ(キャシー・モリアーティ)がいて、祖母の薬代にも事欠く毎日。 せっかく稼いだお金も母に使われてしまうことも。 子供の頃から「ダンボ」というあだ名でからかわれ、鬱屈していたパトリシアはある日、駐車場でのフリースタイルラップバトルに飛び入り参加して見事に相手を言い負かす。 そこで無口な青年バスタード(マムドゥ・アチー)と知り合い、みんなでラップグループを組むことに・・・という話。

  パティ・ケイクス1.jpg ジェリがインド系、ということがやけにリアル。
 もはや貧困層には人種関係なしなのだ。 ラップバトルの際にパトリシアへのヤジが「白い『プレシャス』かよ!」だったり、ネタに映画などが引き合いにされるのが面白かった。 貧困層だからといって映画を観れないわけではないのだ。 それはスマホの普及と関係があるかもしれないし(『スーツ/SUITS』では大金持ちの弁護士と貧乏ポーターが心通わせる手段が映画の名台詞だったりしたし)、日本より娯楽としての敷居が低いからかもしれない。 もしくは、ラップをやるからには最低限の知識や言葉の表現が必要で、それを映画のセリフなどから学んでいるのかも、とかいろんなことを考えてしまった。 ちなみに“aka”って表現、時々見るけどなんなんだろう、と思ってましたが、“またの名は・別名”って意味だったのねと知る。

  パティ・ケイクス4.jpg とにかくおばあちゃん(みんな「ナナ」って呼ぶけど)がすごい。
 登場した瞬間から佇まいがド迫力で、人生いろいろあったんです感が。 だからこそパトリシアの夢を理解するし、応援もする。 ほんとかっこいい! そのかわり母親が・・・(元ロック歌手で、メジャーデビュー寸前に妊娠発覚・・・とかでいろいろこじらせて今はアルコール依存症)。 貧困問題は常に家族の問題と表裏一体。 どこでその連鎖を断ち切るか、それともすべて引き受けるか、どちらかしか方法はないのか。
 その覚悟はできてない(もしくは発想もない)パトリシアにとって、詩を書くのは唯一の現実逃避であり自己表現。
 あぁ、そうか、ラップってお金がなくてもできる音楽なんだ(ある程度のレベル以上のものをつくろうとしたら機材とか必要になってくるけど)。
 ライム(ラップの歌詞の意?)には下品な言い回しも多いけど、韻を踏むことが重要視されスピードと言葉数も必要。 練習では普通なのに人前では緊張して言えなくなっちゃう、でも一度吹っ切ったらどんどん行ける、みたいな感じがリアルでよかった。 ラップ・ヒップホップ初心者でも楽しめるメジャーな曲調なのもよし。
 こういうストーリー展開って素材は違えど王道だよね・・・しみじみ。

  パティ・ケイクス5.jpg インディーズファーストアルバムのジャケット。 グループ名はメンバーの頭文字をとってPJNB。 ナナもメンバーだ(でも顔出し不可)。
 パーティーのケータリングのアルバイトを始めたパトリシア、音楽関係の人に会ったらCDを渡す、という地道な努力を続けつつ、実はバーテンダーとしても有能であることがわかってくる。 場末の店で働いている感じではあれど、カクテルの種類や作り方をきちんと勉強していたのだ。 そういう「見えない努力」ができる人だとわかることで、パトリシアへの好感度はMAX!
 だからオーディションに向かう彼女らを心から応援したくなっている。 まさに青春映画です!
 でも結局家族の物語に帰結してしまうところは・・・個人的にはちょっとなぁ、なんですが、まぁそのほうが大多数には受けるよね。
 普段から弾丸トークのジェリに、無口すぎるバスタードという仲間との関係性をもう少し見たかったけれど、それは「これから先の話」ってことで。
 ラップ映画と思わせつつ、エンドロールで流れるのはブルース・スプリングスティーン。 まぁお母さんはロック歌手だったということもあり、「音楽のジャンルにも断絶はなし」と感じさせてくれるエンディングでした。

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2018年05月24日

そしてミランダを殺す/ピーター・スワンソン

 いやー、読みたい本が山積みです。 何から手を付けようか、悩むのもまた楽し。 何年もほったらかしのものを読んだかと思えば、勝ったばかりの本にも手を付ける。 「わー、次、これ!」と思っていてもちょっとのきっかけやタイミングのずれであとまわし・・・ってこともよくある。 でも、積読本が増えていくばかりだし、ここは気合を入れて新しいのもほったらかしのも読んでいこう!、と決意してみる。
 そして「翻訳者、自ら持ち込み企画」ということですごく気になっていたこれを読むのであった。 いや、他にも読みたい本いっぱいなんですけどね! 同時に3・4冊ぐらいずつ読めたらいいのに(とはいえ、速読は自分の性格に合っていないのです。 やってみたことあるけど、やってできないこともないんだけど、小説などを読んだ充実感が得られなかった)。

  そしてミランダを殺す.jpg <殺した>ではなく<殺す>というところにも重要な意味が。 おっと、ネタバレ厳禁だ!

 第一章のタイトル、<空港のバーのルール>からなんだか「おおっ!」と思う。 そして登場人物の一人が読みかけていた本がパトリシア・ハイスミスの『殺意の迷宮』。 そうなのよ、全編、ハイスミスっぽい雰囲気が(だからといってパクリなわけではない)。 でもハイスミスがトリッキーな仕掛けであることを自覚しないまま書いていただろうけど、ピーター・スワンソンは自覚的に書いている。
 4人の登場人物の一人称形式の章が順番に、ときにアトランダムに続き、章が進むごとに新しい顔があらわれ、「やっぱりそうだったのか!」から「おぉ、そうきたか!」まで様々な感情に翻弄される。 そりゃ一気読み必至!
 まさに、“殺す者と殺される者、追う者と追われる者の攻防”(←裏表紙のあらすじから)そのもの!
 出てくる人たちはみな、それぞれちょっとずつ(人によってはちょっとではないが)、ずれている。 そのずれ加減故に普通の人には感情移入しきれない人たちのはずなんだけど・・・不思議と、何故かちょっと共感してしまう部分もあり・・・ソシオパスに魅力を感じてしまうとはどういうこと!、という別の戦慄をも生むのである。 それが犯罪という厄介なものそのもの・・・人間誰もが心の奥底にある要素だからこそ犯罪は絶えない、という事実そのものなのだ。
 あぁ、とても面白かった。 面白かった、と思うことが不謹慎であると感じるほどに。

ラベル:海外ミステリ
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2018年05月22日

ランペイジ 巨獣大乱闘/RAMPAGE

 明らかに、「何も考えなくていい怪獣映画」。 でもこういうパニックスペクタクルムービーこそ映画館で観るべき!、というわけで早々に映画館に。 ロック様ことドウェイン・ジョンソンがめちゃめちゃ好きというわけではないのですが、最近の彼のアクション映画における安定ぶりはすごいですよね。 ま、あたしの目的は結局、怪獣なんですが。

  ランペイジP1.jpg 巨大化が、止まらない。

 サンディエゴ動物保護区で働く動物学者のデイビス・オコイエ(ドウェイン・ジョンソン)は、密猟者から助け出したアルビノのゴリラ・ジョージたちとうまくやっていた。 しかしある日、宇宙で極秘に研究されていた何かがトラブルのため地球に落下、破損した容器からジョージは謎の霧を浴びてしまう。 それ以来ジョージは急激に巨大化して性格も凶暴になり、治癒能力もまた高まっていた。 突然のことに戸惑うデイビスたちだが、同じように変化した動物たちは他にもいて、国の極秘対策組織からラッセル捜査官(ジェフリー・ディーン・モーガン)がやってくる。
 それはある遺伝子実験の失敗によって起こってしまったことだった。 かつてその実験に参加していたケイト・コールドウェル博士(ナオミ・ハリス)も合流し、動物を元に戻そうとするが、巨大化した動物たちは暴走して大乱闘を繰り広げる・・・という話。

  ランペイジ3.jpg ジェフリー・ディーン・モーガンの出演は意外なオドロキでした!
 荒唐無稽な話だからこそ、実力派の俳優さんたちが出ることで見られるものになるというか、「子供だまし」は大人が本気でやらないと子供たちに手抜きをすぐ見抜かれるのと同じ。 だからここにも安定感が。 しかも悪役っぽく見せておいて全然いい人だという・・・。
 だって、そうじゃないと悪役側のあまりにもどうしようもない薄っぺらさ(勿論、わざとでしょうが)に耐えられない・・・。
 そして巨獣大パニック映画でありながら、実はデイビスとジョージの友情物語であるという二重構造。 どちらをメインにとるのは観る人のご自由に、というくらい描かれている比重は同じくらいなの。

  ランペイジ2.jpg ほんとにナオミ・ハリスですか?、と一瞬見紛う外見。 『007』や『われらが背きし者』の頃に比べて等身がひとつぐらい違っている感じすらする・・・メイクダウンならぬサイズダウン?
 研究者だったけど、倫理面で上層部と対立してクビになった、という立場。 だから仕方なく不本意な仕事をイヤイヤしています、だから生活も自堕落ですという描写をさらりと入れてあるので、体形の変化(と見せているだけか?)もそのせいであすか? でもニュースで知って自ら飛び込んでくるだけあって、足を引っ張るヒロインでないのがよい。 といっても、いまどきそういう女性像、古くなったよな、と思えるのがなんだかうれしかったり。

  ランペイジ5.jpg 大きさが、おかしい。
 ジョージのほかには野生のワニとオオカミが組み換え遺伝子の影響を受けてしまうのだが・・・そんな彼らの姿はただ巨大化したものではなく、ほぼウルトラ怪獣(ウルトラマンシリーズに出てくる怪獣、の意味)。 様々な生物の有益な特徴ばかり組み込まれているので変化が一様ではないせいもあるんだけど、生物としては不可解な変化でも、ウルトラ怪獣だと思うとなんとなく見覚えがあるというか、懐かしさすら感じてしまうではないか。 このへんも『パシフィック・リム』の影響なのか、同じようにかつての怪獣映画に影響を受けた人たちがつくる側になったのかどっちだろう。

  ランペイジ1.jpg 巨大化したジョージはほぼキングコング。
 他の二体(識別のため、オオカミはラルフ、ワニはリジーと呼び名をつけられてはいるが、怪獣っぽくなくてちょっとがっかりだ。 そこはハリケーンに人名をつけるお国柄ということもあるのか、日本とは文化の違いを感じてしまった)が暴れまくり、シカゴを破壊しまくる様はどこか爽快感すら感じさせてしまうのだが、ジョージは変化するまでの日常・人間らしさみたいなものを見せられているので彼の変化後はただただ痛々しい。 そりゃロック様も「撃つな!」・「殺すな!」とか言っちゃうよね、と納得。

  ランペイジ4.jpg 誰もが逃げまどい、軍隊すらも歯が立たない中、立ち上がるのはやはりロック様!
 動物学者のはずが、実は以前特殊部隊の隊員だったという後出しじゃんけんキャリアの持ち主なのももうお約束なのであきれる気にもならない不思議。 まぁ、そういう映画なんで。
 で、街は一部ほぼ全壊でも不必要な人は死んでません的なアプローチも、昨今のコンプライアンス意識? だからハッピーエンドにもうしろめたさなし?
 そういえばオープニングで、遺伝子操作のことを字幕で<ゲノム編集>としていたけれど、普通に<遺伝子組み換え>で十分通じるのでは? というかそっちのほうが正しい訳なのでは?、と思ったり。

  ランペイジP2.jpg むしろこっちのポスターのほうが、より<怪獣映画>らしい気がする。
 昔懐かしの日本の特撮怪獣映画の香りが。
 あぁ、微笑ましい。
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2018年05月21日

あぁ・・・なんとも言葉にならない

 さ、帰るぞ、と仕事場にて。 電車が遅延してたり止まっていたりしたら困るから、PCをシャットダウンする前にヤフー運行状況を確認しようと思った(とはいえ、実際に駅に着いてみると何かあったりすることもあるんだけど)。
 そうしたら、ニュースのトップのところに「登山家・栗城史多氏エベレストで死亡」の文字を見つけてしまった。
 <NEW>がついていなかったから、そのニュースが配信されてから数時間はたっていたのだろう。
 ・・・なんっとも言えない気持ちになった。
 あたしは彼のことにそんなに詳しくないから(NHKで以前やったドキュメンタリーを見たくらい)、何も語れる立場にはない。
 でもなんとなく、いつかこんな日が来るような気がしていた。 思ったよりも早かったな・・・という印象で、だから「あーあ」みたいな気持ちになってしまったのかもしれない。
 いろいろ批判もあった人だし、でも擁護する人たちもいた。 内容はともかく、この炎上社会で賛否両論を浴びながらやり続けることは鉄のメンタルだな、と思っていた。 凍傷で指を失ってもやり続けると聞いたときには、「この人を止めるには、この人の中にある衝動を抑えるには、もう最後までやり続けるしかないんだろうな」と傍観者ながら感じていた。
 日本人の登山人口が減り、かつ高齢化している中で、その年齢でのチャレンジはいろんな意味があったことだろう。
 いまはただ、静かな眠りの中にいることを祈りたい。
posted by かしこん at 23:59| 兵庫 ☀| Comment(0) | 時事問題・ニュースに思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月20日

ピラミッド/ヘニング・マンケル

 あぁ、もうちょっと読んでいたかったのに、読み終わってしまった・・・。
 『殺人者の顔』から始まる<ヴァランダー警部シリーズ>、日本での翻訳時差はありますが、本編は1990年・ヴァランダー42歳の時点からのスタート。 本書はファンの声にこたえて作者が「『殺人者の顔』のヴァランダーに至るまでの彼の人生の軌跡」を点描でまとめたもの。 なので短編集ではあるものの、ヴァランダーのそれまでの人生を描いた長編と考えることもできるわけで。
 それだけのキャラクターへの愛着を読者に持たせるとは・・・やはりすごいなぁ。

  ピラミッド ヘニング・マンケル.jpg 何故スウェーデンなのにピラミッドなのか?、は読めば納得。
 5編収録。 ヴァランダーの年齢順になってます。
 『ナイフの一突き』は1969年6月の出来事。 ヴァランダーは22歳でまだ警官、しかもマルメ警察所属。 刑事課のエース・ヘムベリに食いついたら離さない気質を見込まれて刑事課の手伝いをし、これが捜査官としてのヴァランダーの将来を決める事件に。 のちに結婚し離婚するモナとはまだ恋人時代なれど、「この二人、絶対うまくいかないよ・・・」という空気はくっきり(まぁ後付けですけど、なんで結婚したんだろうね、この二人)。
 『裂け目』はこの中でいちばん少ないページ数なれど、ヴァランダーの警察官人生においてのターニングポイント。 1975年のクリスマスイヴ。 仕事においては彼は警部補になっているが、モナと結婚して娘のリンダが生まれているがすでに夫婦仲は破綻気味のため次の夏にはイースタ署に転勤することになっている。 より田舎に行くことで仕事に費やされる時間を少しでも減らせるように(だからもうマリアガータンのあの家に住んでいる)。 「この国はどうなっているのか? どうなっていくのか?」とヴァランダーが心底思った最初の事件かも。
 三作目の『海辺の男』からはイースタに完全に舞台が移るので、いつものシリーズの空気感たっぷり。 この事件は1987年4月なのでイースタで働き始めてもう10年経っていることに。 リードベリに対するヴァランダーの尊敬の念が眩しい(なので体調不良を訴える彼に「早く病院に行って検査を受けて!」と言いたくてたまらない)。
 『写真家の死』は1988年4月。 この一年でヴァランダーは捜査官としての確かな実績をイースタで示したようで、実質上のリーダーになっている(その割に相変わらず思いつきが先行しての個人プレーが多く、自分でも反省している)。 このあたりからイースタ署の懐かしのメンバー勢揃いという感じで、なんだかうれしい。 風邪をひきやすくてすぐ休んじゃうマーティンソンとか。 せっかちなハンソンに実直なスウェードベリとか!
 そしていちばんの長い『ピラミッド』はプロローグとエピローグ付き。 もはや短編ではない。 スウェーデンの片田舎にいながら、犯罪は国境を越え、普通の人と思っていた人たちの意外な裏の顔が存在することが意外でなくなってくる時期に。 でもそのことにヴァランダーはまだ慣れないし、慣れたくないと思っている。
 この事件は1989年から1990年にかけて、つまり最後は『殺人者の顔』の冒頭とクロスする形で幕を閉じる。
 なんて素敵なファンサービス!
 描かれているのはヴァランダーの捜査官としての成長と、人間としての苦悩、<新しい時代の犯罪>の着実な気配。
 それにしてもヴァランダーの父親は困った人だ・・・あたしだったら絶対縁を切っていると思うが、ヴァランダーは時に癇癪を爆発させつつも最終的に父親を許している。 その関係は正規のシリーズにも続いていくものだけれど、<家族>というのもまたこのシリーズにおけるサブテーマのひとつだからかなぁ。
 あぁ、次の作品、読みたい! でもヴァランダーシリーズは残り2作なんだよね・・・次の翻訳はノンシリーズらしいですが、それでも楽しみです。

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2018年05月19日

今日は5冊。

 あぁ、5月ももう中旬が過ぎたとは・・・。 GWの記憶がはるかかなたのような気持ち。

  仕事は狼ではなく森へは逃げない2.jpg 仕事は狼ではなく森へは逃げない 下/小池田マヤ

 <女と猫>シリーズ最終巻です。 銀さんとヒラリーの話がメインかと思いきや(メインなんですけど)、最終巻にふさわしくレギュラーメンバーみなさんにちゃんと見せ場が。 いやな感じの人として登場していたあんな人・こんな人たちもそれなりに個人の事情が判明して「ただのいやな人」のまま退場しなかった。 そういう意味でも読後感はよく、大団円はこのことか、みたいな。 でも描かれていなくても彼女たちの日常は続いていくのだろうし、それを想像するのもまた楽し。 おいしい食事は大事な日常の糧です。

  誹謗.jpg 誹謗/カーアン・ヴァズ・ブルーン&ベニ・ブトカ

 デンマーク発の新シリーズ。 なんと主役の法医学者はリネア・キルケゴールというのです! それだけでなんか「おぉっ!」となってしまいました。 またこの法医学者、骨の鑑定が専門のようで・・・古くはアーロン・エルキンズ、もしくは『BONES』的な?、と思って。 タイトルが重たげなのも北欧ミステリだなぁ! 

  ビューティフルデイ原作文庫.jpg ビューティフル・デイ/ジョナサン・エイムズ

 ちょうど映画館で予告を見たところだったのです。 ホアキン・フェニックスがなんかすごそうで。 でも手に取ったら本はめっちゃ薄かった・・・それ故に、映画的な加算ができたということかも。 「殺し屋と保護すべき女性」といえば『レオン』っぽいですが、テイストは『その雪と血を』の方に似ているような・・・それはつまりジム・トンプソン的な雰囲気ということでしょうか。

  グイン143.jpg 永訣の波濤【グイン・サーガ143】/五代ゆう

 諸事情により五代ゆうさんがしばらく一人で書き続けていくことになったようです。 しばらくっていつまでなんでしょうね。 それが余計なプレッシャーにならないことをお祈りします。 とはいえあたしは全然読めていないんですが。  今回の表紙は「あ、カメロン」とすんなり気づけたけど、内容読んでないけど彼が死んだことがわかってしまった・・・。

  パールストリートの.jpg パールストリートのクレイジー女たち/トレヴェニアン

 えっ、トレヴェニアンって、あのトレヴェニアン? 『シブミ』や『アイガー・サンクション』とかのトレヴェニアンと同じ人? 一作ごとにスタイルを変える人ではあったけど、ジャンルとしては大きく<冒険小説>のくくりに入る人って感じだったので、なんか意外な感じ。 どうやら半自伝的な小説だという話、そして翻訳が江國香織というところもこれまでと全然傾向が違う。 なんか不思議。

ラベル:新刊 マンガ
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2018年05月18日

オー・ルーシー!/OH LUCY!

 最初にポスターを見たときの違和感というか、「どうしたんだ、これは・・・」みたいな感じが忘れられない。 だから観るつもりはなかったのだが・・・外国で日本がどのように見られているのかに興味を覚えて。 予告の役所広司のキュートさも(出番少なそうだけど)気になったし。 でもなんだか、観てもよかったのだろうか・・・という気持ちになってしまった。

  オールーシー!P.jpg わたしは恋するルーシー

 43歳・おひとりさま、地味な仕事に地味な暮らしを地で行く川島節子(寺島しのぶ)は単調な毎日を繰り返しつつそこに楽しみも見いだせない一人。 だがある日、姪の美花(忽那汐里)に「自分が通っている英会話学校を辞めたいんだけど、返金してもらえないからおばちゃん代わりに受けてくれない?」と頼まれて、とりあえずあやしげな英会話学校に行ってみることに。 そこでハグ魔の講師・ジョン(ジョシュ・ハートネット)と出会う。 「アメリカン・イングリッシュはフレンドリーから」ということで、節子は「ルーシー」という名前と金髪クルクルのウィッグをもらう。 そこにはトム(役所広司)もいて、アメリカンでフレンドリーな挨拶と会話をしてみるのだった。 いつしかジョンに恋をしていることを自覚する節子もしくはルーシー。 しかしジョン先生は学校を急にやめてしまったという。 なんとジョンは美花とともにアメリカに駆け落ちしてしまったのだった! 美花から届いたポストカードから現在地を知った節子はロサンゼルスに行くことにする。 そこに何故か節子とは犬猿の仲の姉の綾子・つまり美花の実母(南果歩)も一緒に行くことになり、アメリカ珍道中が始まる・・・という話。

  オールーシー!2.jpg 節子の地味っぷりが・・・。            時代設定は現代だとは思うんだけど(普通にみなさんスマフォ使ってるし)、節子の働く会社は「いつの時代?!」って感じが。 給湯室でOLたちが噂話とか、女性が分担で男性社員のお茶くみをするとか(女性は自分たちの分もいれるけど)、いまどきあるのか?!、と衝撃を受ける(規模の小さな会社ではありがちだが、この会社はそういうわけでもなさそう)。 でもタバコを吸う節子は「禁煙したほうが健康にいいよ」と上司に言われたりもするので・・・とりあえずこの会社では働きたくないわ、と思ったあたし。 また節子さん、ただ地味だというだけならばいいんだけれど、よくメディアで取り上げられるような「結婚できないんじゃなくてしないのよ、いい相手がいないのよ」的こじらせアラフォー全開。 何故か常に上から目線。 とりあえず出てくる人、みんなどこかおかしいというか・・・自己中心的な人たちばかりでげんなり。

  オールーシー!1.jpg そんなときに異世界に入ってしまったのです。    ジョンとのハグは、節子にとってやってきた非日常・白馬の王子様。 それがとても痛いのですが・・・寺島しのぶの熱演のおかげで見ていられるものに。 というか不憫さのリアリティがにじみ出て、なんだか切なくなってしまう。 自分も一歩間違えばああなっていたかもしれない・・・という恐怖のようなものというか(どうか自分がそうなってはいませんように、という祈りというか)。 ジョシュ・ハートネット、独立系の映画を好んで出る人ではありますが、よく引き受けたなぁ、としみじみ。 いいところひとつもない人の役なのに。 そんな中、トム(本名は小森さん)がすごくいい人に見えて、一服の清涼剤でした。

  オールーシー!3.jpg 不可解な三人のアメリカ珍道中がはじまっちゃった。 この姉妹も関係こじらせまくりで何十年? 素直になること自体が存在しないというか、二人のいい争いのきっかけがまったく見えないまま突然ケンカが始まるので・・・でも近い二人にとってはそんなものなのかも。 感情優先だから、理屈どうのこうのの問題ではないというか。 ごたごた姉妹に挟まれて(まぁ、きっかけをつくったのは自業自得であるが)、ジョンいたたまれない・・・言葉が半分くらいしか通じなくて逆によかったね、という感じ。

  オールーシー!4.jpg 姿を消していた美花と意外なところで再会して。   ださださ手抜き節子さんも、ジョンへの恋心を募らせていく過程でお肌がきれいになっていくのがすごい、恋のエネルギーですね! そういうところは乙女っぽくても、言動が全然乙女じゃないのが40代ってことですかね・・・。 そして傍から見れば「同じ男を姪と叔母で取り合っている」ということになり・・・大変下世話な。 でも事情はそれぞれあるわけだから、他人が口をはさむことではないわけですが。 一連の非日常の日々を経て、節子が変わったのかと言われたら・・・長年のこじれはそう簡単にほどけるわけもなく。 でもトムの存在がちょっとした救いになった(でも小森さん的にはどうなんだろうと思ったりもするが、トムは小森さんにとって生まれ変わったもう一人の自分。 そこから生まれた博愛主義か)。 やっぱり役所広司に観客も助けられてしまった。 えーっと、まるで、日本人はみな自分を檻に閉じ込めてしまっていてなかなかそこから出られない、前向きに出られた人だけが心の平穏を持てる、みたいだな〜、と思ってしまった。

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2018年05月16日

サバービコン 仮面を被った街/SUBURBICON

 ジョージ・クルーニー監督×コーエン兄弟脚本、というわりにいまいち盛り上がっていない気がするのは何故?
 確か、アメリカのボックスオフィスでは大コケしたとは聞いていたけど・・・それと日本のマーケットの結果が完全に一致するというわけでもないし。 でもスターチャンネル提供ならWOWOWで放送されないかもしれないし(最近、カンパニーマークにアマゾンスタジオのものも多くてそれも心配)、ジュリアン・ムーアを観たいんだよ、ということで。

  サバービコンP.jpg この2人、何かおかしい

 1950年代、アメリカ郊外の街サバービコンは「誰もが幸せに暮らせる街」というコンセプトと宣伝文句で全国から人が集まる新興住宅地としての地位を確立していた。 住人達もおおむね満足そうである、黒人であるマイヤーズ一家が引っ越してくるまでは。
 それから住人たちはひそかにマイヤーズ一家を追い出そうと画策し始めるも、その行動は次第にエスカレート。
 マイヤーズ一家の隣に住んでいるニッキー(ノア・ジュープ)は同年代のマイヤーズ家の息子アンディ(トニー・エスピノサ)と一緒にキャッチボールをして仲良くなるが、それを周囲の住人たちに見られてしまう。
 ニッキーの家には会社員である父のガードナー(マット・デイモン)、過去の事故のために車いす生活の母ローズ(ジュリアン・ムーア)、ローズの世話する伯母のマーガレット(ジュリアン・ムーア)が住んでいて、ニッキーにはそれが普通のことだった。 が、ある夜、物音に目を覚ましたニッキーは家に押し入ってきた強盗と遭遇してしまい・・・という話。

  サバービコン3.jpg 『ゲット・アウト』みたいな、差別をギミックに扱ったコメディスリラーなのかと一瞬思ったが、違った。 二人の少年は服装・髪の長さなど後ろ姿ではほぼ区別できないのに。
 50年代を舞台にしているから<黒人差別>は完全にシャレにならないっすよ。 フルカラー雑誌のピンナップのような色使いでノスタルジーを誘おうとも、描いている内容は大変えげつない。
 ただ残念ながら、まったく面白くない。
 いや、面白くないわけではないんだけど・・・全部予想通りの展開なんです。 そういう意味では面白くない。
 「ジュリアン・ムーアが二人いる!」という驚きとか、ニッキーくんの好演とか、ヒッチコック映画のようなショットとか、興味深いところはあるんだけど・・・まったく裏切られることもなく話が進むっていうのが・・・上映時間105分なのに2時間半近くあるんじゃないか、というくらい長く感じてしまったのですよ。

  サバービコン2.jpg 保険調査員クーパー(オスカー・アイザック)はおいしい役どころではありますが。
 なんというんでしょう・・・子供たち以外、基本出てくる人たちみなさんクズだったりバカだったりするので(その度合いが違うだけ)、誰かに感情移入してごまかすという作戦も取れず。 それがコーエン兄弟的ブラックさではあるんだけど、ニッキーに迫る危機とマイヤーズ一家の受難がしっかりリンクしていないのが最大の問題で、2本の映画をごちゃまぜに観せられているような気になった。
 これは脚本の問題なのか、伏線をしっかりと映像に残してしまってわかりやすくした監督の問題なのか・・・。
 せっかくの豪華キャストなのに、もったいない。
 ラストシーンの美しさだけが救いだけど、「なんだったんだ・・・」という気持ちは消えない。
 なるほど、大コケにはちゃんと理由があるのね。

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2018年05月14日

ザ・スクエア 思いやりの聖域/THE SQUARE

 『フレンチアルプスで起きたこと』のリューベン・オストルンド監督最新作!
 実はカンヌ映画祭パルムドール受賞とかアカデミー賞外国語映画賞ノミネートとか、チラシで気づいたけどあまり意識してなかった。 『フレンチアルプスで起きたこと』が面白かった、という印象のほうがあたしの中では鮮明でした。 あ、スウェーデン映画です。

  ザ・スクエアP.jpg あなたの心が、試される。

 王立現代美術館のリードキュレーターであるクリスティアン(クレス・バング)は、インタビューを受けたり記者会見したりと“知る人ぞ知る有名人”。 本人もそれを自覚していて、慈善活動を支援したり常に人権に配慮した言動を心掛けるなど、周囲からの尊敬をかちえていた。 しかしある日、困っている人を助けたつもりでいたらお財布とスマートフォンを盗まれてしまったことに気づく。 その理不尽さに耐えられなくなった彼は、ちょうど次の展示会の軸になるアート<ザ・スクエア>の展示方法との関連で思考がエスカレートし、スマフォのGPS位置から盗人の大まかな位置を確認できたためにあるビラを撒く。 すると、彼の財布とスマフォは戻ってきた。 これで一件落着、とクリスティアンは思ったが、それからが悪夢のはじまりだった・・・という話。

  ザ・スクエア4.jpg アメリカから来たインタビューアーのアン(エリザベス・モス)。 場面が切り替わるたびに彼女のネックレス位置が変わっていて(シャツの内側にチラ見えしていたかと思えば、シャツの外側にあって全部の形が見えたり)、すごく気になった。 わざとか? それだけインタビューが長くかかったことを示唆しているのか?
 「モダンアートとは何か」というある意味根源的な問いに対する答えは実にシンプルなものなのだが、聞く側に理解力がなければ堂々巡りであるという哀しさというか、そもそもモダンアートは芸術なのか、これまでの芸術へのアンチテーゼとしての存在が芸術なのか、とか考えさせられるんだけど、結局わかった振りした人たちが高額でやり取りする商業主義なんだよね、というところに落ち着いてしまいそうなところがなんだかな。 実際、この美術館に来るような人たちはインテリのハイソサエティって感じだもん。

  ザ・スクエア2.jpg そして、「人として当たり前の誠実さ」とは・・・。
 人権が守られることは当たり前、どんな属性の人も平等に受け入れられるべき、という発想は悪いものじゃない。 だけど、仕事の大事な打ち合わせの場に子供を連れてきたりすることから始まり(まぁ、これは他に子供を見る人がいない場合はありうるけど)、美術館のワークショップの一環としてのトークショウで、観客の一人が発作を起こし暴言を吐きまくるのに対してざわざわする聴衆に、運営側はやんわり「どんな方も歓迎です」と言い、それでも暴言がやまないのでくすくす笑いが起こって話が進まないとなるや、「この人は病気なんだから仕方ないじゃないか!」と一喝してしまう良識派の客が出てきてしまうに至って、「行き過ぎた寛容さって、結局は不寛容さを生むのでは?」という疑問が生まれる。 「あ、ごめん、今日ちょっと子供いるけど」の一言があるだけで全然違うし、自分の意志でなくとも下品なヤジを発してしまう状況にあるならばいったん退席するのが公共の利益にかなうマナーなのでは?
 周囲に迷惑をかける可能性があっても、自分はここにいる権利がある、と権利を振りかざし、「確かにその通りです」と受け入れることが良識だという流れができてしまっているから別方向に問題が噴出するのでは?
 映画としては笑うところなのですが・・・なんかこれ、日本でも問題になっていることだぞ、と考えると笑えない・・・。

  ザ・スクエア3.jpg <ザ・スクエア>の説明書きには、「“ザ・スクエア”は<信頼と思いやりの聖域>です この中では誰もが平等の権利と義務を持っています この中にいる人が困っていたらそれが誰であれ あなたはその人の手助けをしなくてはなりません」とある。
 都市部に住んでいれば傍観者的感覚は強くなる。 誰かがやってくれるだろう、と。 でも“ザ・スクエア”の中ではそれは許されない。
 この展示の入り口では最初に「人間を信じますか? 信じませんか?」の選択をする。 開催前に連れてきたクリスティアンの二人の娘は「信じる」方を選ぶのだが、入ってすぐに「ここに財布とスマートフォンを置いていってください」という掲示がある。 子供たちは比較的すんなり置いていくんだけど、あたしはちょっと無理かも、と思ってしまった(あぁ、試されるってこういうこと?)。
 「信じない」の入り口を進んだらどうなっているのだろう?

  ザ・スクエア5.jpg その究極が、オープニング晩餐会。
 野性を前にすると、教養や誠実さは無力であると思い知らされるというか・・・会話が通じないことがどれだけ危険なことか忘れがちだなぁというか。 お約束とか、どうせゲームでしょ、といった共通認識であろうと思っていたことが実は違うとわかったときの恐怖は、理性ではカバーできない。 まったく、どういう打ち合わせをしたんだか・・・。
 と、モダンアートを媒介にしたユーモアと皮肉あふれる問題提起という内容ではあるのですが、実は「その場しのぎでこれまでずっと生きてきた男が、そのせいでひどい目に遭う話」という『フレンチアルプスで起きたこと』と同じ話だったりもするんですよね! そこがあたしの、いちばんのツボでした。 だからクリスティアンにはまったく同情できず、共感もできなくて、すごく冷静に彼がひどい目に遭う姿を楽しむことができました。 最終的に面白かった、のかな?

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2018年05月13日

真実の10メートル手前/米澤穂信

 ヘニング・マンケルの『ピラミッド』と一編づつ交互に読んでいこうかと思ったのだけれど、ページ数が違うので、結局こっちのほうを先に読み終える(『ピラミッド』は今3編目に入ります)。
 やはり「日本語を話す人が書いた日本語」は読みやすい。 言葉だけじゃなくて、文化基盤を共有している前提で読めるから。

  真実の10メートル手前.jpg 短編6つ収録。

 フリージャーナリスト、大刀洗万智(たちあらい・まち)の活動の記録。
 作品の発表順ではなく、大刀洗さんの年齢順に構成されている。
 『さよなら妖精』で高校生だった大刀洗さん、主役ではないけれど群像劇としてメインキャストの中でおいしい役どころ(というのは悲痛な覚悟を抱えて「告げる役」を引き受けた彼女に対して失礼かもしれないが)。 記者という仕事だったかどうかはわからないが、組織人ではなくフリーとして生きていくとしたら、あのメンバーではきっと大刀洗さんだろう、と違和感はなかった。
 でも、本編は『さよなら妖精』を読んでいなくても十分楽しめる。 むしろ、ここから入った人は「高校生の大刀洗さんを知りたい!」と『さよなら妖精』に入る可能性は高い。 どちらでもいいと思う。
 表題作『真実の10メートル手前』は、意外にも大刀洗さんの一人称だった(『王とサーカス』もどうやら大刀洗さんの一人称であるらしい)。 それ以外の5編はそれぞれ別の人が語り手となる。
 『正義漢』の語り手は守屋くんだろうか?、と想像するのは楽しい。 しかしラッシュの通勤電車に乗る身として他人事ではない内容。
 そして『ナイフを失われた思い出の中に』はリアルに『さよなら妖精』の15年後を描いていて、ちょっとジーンとなる。
 全体的に、『満願』に似たダークなテイスト。 でもレギュラーキャラクターがいるだけで、そのダークさが軽減される不思議。
 記者・ジャーナリストという職業はとても厳しいが、その厳しさを自覚していない・理解していない人たちが日本には多すぎる。 そんな中で大刀洗さんは日々その覚悟を自分に問いかけながら仕事をしている。 物語はミステリの形をとっているが、むしろ大刀洗さんの闘いの記録としての位置づけのほうがメインかもしれない。 そんな彼女の姿を見て、読者は「信頼に値するジャーナリスト」を見抜く力を養えるのだ。
 『王とサーカス』は8月文庫化予定! また、待ちます。

ラベル:国内ミステリ
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2018年05月12日

今日は15冊(その2・マンガ編)。

 引き続き、マンガです。 8冊もあるのよ・・・。

  ミステリと言う勿れ2.jpg ミステリと言う勿れ 2/田村由美
 思っていたよりも早い2巻の登場! うれしい!(ただ単に、あたしが1巻を買ったのが遅かったからだが・・・)
 またしてもエピソードが途中で終わっています! ずるい!(でも1巻の続きの話は完結した)
 整くんに親友ができた! めでたい!

  獣医者正宗捕物帳1.jpg 獣医者正宗捕物帳 1/逢坂みえこ
 「なんちゃって時代劇」だそうですが、『SHERLOCK』の江戸風味の日本版、と言えないこともない、かな。
 原作としてコナン・ドイルの話を使用しているわけではないですが、ネーミングなどに愛あるトリビュートを感じます。 『名探偵ポアロ』のドラマ版とか、グラナダTVの『シャーロック・ホームズの冒険』からの影響を作者ご本人もエピソード解説で認めておられ、というか元ネタについて語らねばならないほど、若い読者は『シャーロック・ホームズの冒険』や『名探偵ポワロ』を知らないのね・・・と思うとがっかり。

  七つ屋07.jpg 七つ屋志のぶの宝石匣 7/二ノ宮知子
 7巻目。 本筋+宝石エピソードというあたし好みのバランスですが、残念ながら今回はその一つ一つのエピソードが弱い感じが(ブルーグリーンダイヤのエピソードのみ光っています)。
 宝石の気が読めることと、霊能者呼ばわりは別次元だと思うので、そこは切り分けていただきたいなぁ。

  初恋の世界04.jpg 初恋の世界 4/西炯子
 4巻目ですが、ここもまだ通過点という感じ。 もうちょっと進んでからまとめて読みたい感じ。
 傲慢年下男の正体やなんとなくの目的ははっきりしますが、それよりも別の問題のほうが水面下から浮上してきてるし。 高校の同級生4人をメインキャラにしたことで、話は広がったけど一冊では全員の深掘りができないさみしさがある。 なので早く続きを!

  シロがいて.jpg シロがいて/西炯子
 5歳の弟が猫を拾ってきてからの、15年間の家族の点描。
 出てきた瞬間からダメ男だとわかる父親のクズっぷりがすさまじい。 それに気づいていながらも成績優秀な姉は自分が父親に似ていることに気づかないのが不憫(のちに痛い目に遭って、やっと気づくみたいですが)。 母親はよくできた人なんだけど、そういう人がダメ男を助長させてしまう哀しさ(でもそれもひっくるめて最後まで面倒見ますの心意気がすごい)。
 シロは自由闊達に生きてたみたいだけど、それが救いです。

  キスする街角.jpg キスする街角/西炯子
 オムニバス短編4つ。 意外と普通。 読者の対象年齢低めのものでは、西作品の本領が発揮しきれないような・・・。
 それにしても一人の作家の本、同日発売で3冊というのは珍しい(三か月連続刊行というのはよくあるが)。 それだけ西炯子はいま勢いのある作家だということなのでしょうね。

  アルスラーン戦記09.jpg アルスラーン戦記 9/荒川弘
 そういえば、原作が完結してから初めてのコミック発売ですね。
 あたしは文庫10巻あたりで読むのをやめたので・・・もうこれで最後まで読んだらいいかな、の気持ちに。

  ちはやふる38.jpg ちはやふる 38/末次由紀
 どうしよう・・・びっくりするほど面白くない。
 というか、読んでいて気持ちが全然乗ってこないというか、描かれていることがどんどん素通り。
 これ一巻では話が途中すぎるということもあるでしょうが・・・ここまでそんなに触れてこられなかった人が突然現れたり、主役のように描かれるので「えっ?!」っとあっけにとられてしまうというか。 これまでそんなに真剣に読んでこなかった(読めなかった)報いを受けているのでしょうか。
 もう、クイーンや名人位をとるとかはいいので、そこに向かうあたりで終わってもいいのではないでしょうか。

ラベル:新刊 マンガ
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2018年05月11日

今日は15冊(その1・文庫編)。

 GW明けのせいでしょうか、8〜11日にかけていろいろ本が発売。
 マンガが多いとはいえざっくり計算して一万円越えそう・・・年に何回か、こういうことがあるのよね。

  ミスト【キング短編傑作選】.jpg ミスト 短編傑作選/スティーヴン・キング
 初期の短編群から『霧』を中心に4作品セレクト。
 以前あった扶桑社文庫のキング短編集が今は軒並み絶版だそうで・・・ここも版権が文芸春秋に集約されていくのかなぁ(あ、でも『ダークタワー』は角川だ。 以前は新潮文庫にも結構キング作品あったのに)。 「紙の本で残す」って、難しいのね。

  赤い猫 仁木悦子.jpg 赤い猫 ミステリ短篇傑作選/仁木悦子
 仁木悦子、キャリア後半の短編を集めたもの。 この表紙は現代的だが仁木悦子のイメージに合っているかどうか・・・でも彼女の作品を知らない人にアピールするにはそういうアップデートも必要なんだよね。 <日本のアガサ・クリスティ>と呼ばれた仁木悦子、クリスティがまたブームになっているタイミングで、広まってもらいたいものです。

  スクラップアンドビルド.jpg スクラップ・アンド・ビルド/羽田圭介
 『火花』と芥川賞同時受賞したもの、やっと文庫化。 羽田さんもバラエティなどに出るようになってしまい、意外と面白い受け答えをする人だと聞いてしまったので(あたしは番組を直接見てはいないのだが)、この人の本業は作家であるということを認識しておきたいなぁ、と思って。

  肉まんを新大阪で.jpg 肉まんを新大阪で/平松洋子
 これはタイトルにひかれて。 関西圏に住んでいたら新大阪じゃなくてもいろんなところで肉まん(こちらでいうところの豚まん)は食べられますが・・・多分551のことよね?
 日本中を旅しての食エッセイらしい。 ずーっと前にこの人の本、読んだことがあるような気もするけど・・・。

  森茉莉父と私 恋愛のようなもの.jpg 父と私 恋愛のようなもの/森茉莉
 森茉莉のエッセイ文庫化計画、真打が出たか、という感じ。
 あたしには父親がいないので(正確には途中まではいたが、その後いなくなった)、ここまで父親と相思相愛であった彼女が少しうらやましくもあり、逆に理解したくないところもあり。
 解説を書いているのが堀口大學の長女だった! 当時の<文豪の娘>たちの生き方をまとめたら、それはそれですごく面白いものになりそうな気がするんだけど・・・誰か書いているかしら。

  はい、チーズ.jpg はい、チーズ/カート・ヴォネガット
 おぉ、ヴォネガットにもこの人の表紙絵が! なんとなくYAっぽい雰囲気になっている。
 ヴォネガット初期の短編から集めたものらしい。 だから若め?
 こちらの解説は円城塔が書いています。

  偽りの銃弾.jpg 偽りの銃弾/ハーラン・コーベン
 ちょっと前に、「ハーラン・コーベン、しばらくいいかな・・・」と思ったばかりのような気がしますが、新刊として出てこられちゃうとちょっと。 女性が主役のハードボイルドということなのでまた気になってしまった。 出てくる人たち、みなさんまたひどい目に遭うのだろうなぁ、と思いつつ。 どうせ読むのはしばらく後になるのだろうけど・・・。

ラベル:新刊
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