2018年04月10日

修道士は沈黙する/LE CONFESSIONI

 予告を見て面白そうだった。 『ローマに消えた男』のロベルト・アンドー監督最新作、ということでその雰囲気に納得。 また同じく主演もトニ・セルヴィッロ。 修道士の役なのに(役だから?)、どこかつかみどころのない感じ。 『湖のほとりで』のあの刑事さん(有能ではあるけれど基本、いい人だった)と同じ人とは思えないんだよな! まったく世界にはすさまじい力を持った俳優さんはいっぱいいるわ・・・。

  修道士は沈黙するP.jpg 天国の天使が自らの務めを怠るとき
   主は天使を 永遠の暗い部屋に閉じ込める

 時は多分現代。 経済版G8(各国の財務相に当たる人の会議)の開催を翌日に控えた金曜日、会場となったバルト海沿岸・ドイツの高級リゾートホテルでは、IMF:国際通貨基金の専務理事であるロシェ(ダニエル・オートゥイユ)の誕生日を祝う夕食会が開かれた。 その夜のゲストとして、ロック歌手・世界的ベストセラーを持つ童話作家、そしてカルトジオ会の修道士サルス(トニ・セルヴィッロ)が招かれた。 パーティは賑やかに終わったが、解散後、サルスはロシェの自室に呼び出されて告解をしたいのだがと頼まれる。
 翌朝、ビニール袋をかぶったまま死亡しているロシェが発見される。 自殺か、他殺か? 会議開催中の出来事とあって箝口令が敷かれ、マーケットが開く月曜日までロシェの死は伏せられることになった。 つまりそれまでに捜査を終了させろということ。 捜査の指揮を執るクライン(モーリッツ・ブライブトロイ)はロシェに最後に会った人物であるサルスに疑いの目を向けるが、サルスはロシェの告解の内容について話すことを拒む(修道士としては当たり前)。
 もしや世界経済に重大な影響を与える事柄についてロシェは何か口を滑らせたのではないかと、各国代表は入れ代わり立ち代わりサルスのもとにやってきては情報を引き出そうとするが、サルスはそれにも黙して語らない。 逆に、彼らがそこまでする理由は何なのか、何が神の御心にかなうことなのか、サルスは興味を覚え・・・という話。

  修道士は沈黙する1.jpg ダニエル・オートゥイユ、出てきてすぐ死んじゃう役ですか・・・と思っていたら回想シーンでたびたび出演、多く観られてよかったです。
 二人の会話(告解部分ではないやつ)も小出しにされて最後まで引っ張る。 「いったい何が起きたのか・何が原因なのか」は全体を貫く謎として存在するけれど、この監督が安易に答えを提示しないことはわかっている。 わかっているのに、つい謎解きを追いかけたくなるのは人の性か。
 しかし、「何も語らない」ということが、見る者によってここまで意味ありげに映るとわね! 修道士サルスの微表情が、ただ困惑しているようにも、なにもかも知っているようにも、何か企んでいるようにも見える。 そりゃクラインも引き下がれないよね。

  修道士は沈黙する3.jpg 作家としての性分か、彼女もまた事件に首を突っ込みたがる。
 作家クレール・レス(コニー・ニールセン)は割り当てられた部屋がサルスの隣なのをいいことに、続き部屋用の扉のノブを外し、サノスの部屋をのぞき見する徹底ぶり。 「神のためにお味方しますわ」と言いながら、彼女もどこまで企んでいるのかわからない。 時間を見つけてはプールで泳ぎ、そばかすだらけの顔や些かたるんだカラダを惜しげもなく見せる感じがいかにもヨーロッパの女優さんだなぁ、とつい思ってしまう。 またそういうところに色気を感じる男性方も、ヨーロッパだなぁと。

  修道士は沈黙する6.jpg G8参加者のみなさん。
 一応、日本からも参加しています。 台詞もあるけどあまり本筋にはかかわってこない・・・やっぱり日本ってそういう位置づけなのかしら(参加して多数案に賛成票を投じる数合わせ的な存在というか)、と思うとなんだか悲しくなるけど、まぁ仕方がないのかな。 描いてくれるだけありがたい、のか?
 それにしても自由経済が支配する世界とは、世界各地で起こるすべての出来事(天災や飢え、内乱といったことまで)を貨幣価値や経済ルールの一要素にして組み込んでいくものなのか。 自由ってなんだろう。

  修道士は沈黙する5.jpg あたしの好きな俳優さんが!
 そうだ、これイタリア映画だった(台詞が英語・フランス語・イタリア語入り乱れているけど)。 そうだ、最初の方でダニエル・オートゥイユが英語を話していて「新鮮だ」と思ったのだった。 イタリア代表を演じるピエルフランチェスコ・ファヴィーノ、あたしこの人好きなんですよね。 出ているの知らなかったので、「あっ!」と声に出そうになってしまったじゃないか。
 イタリア人だけあってサルス修道士に心服し、会議に秘密があることをサルスに喋ってしまうという政治家にあるまじき“いい人”ぶりが微笑ましい。
 肝心なことには沈黙を貫くサルスに対して言葉を尽くして口を開かせようとする人々は、結果的にサルスに対して告解をしてしまっていることに気づいているのかいないのか。 原題の『LE CONFESSIONI』は<告解>の複数形だし(ちょっとイタリア語やっててよかった・・・)。 告解とは確か赦しを得るためにするもののはずだけど、神から許されたかどうかは誰にもわからないし、修道士は神に代わって赦しを与えることなどできないし、赦しを得たい人は自分で自分が許せないからそういう行動に出るわけで、つまり自分で自分を許せるかどうか。 ロシェが死んだのは自分で自分が許せなかったからなのか、それとも自分がこれまでにしたことに対する罰としてこの方法をとったのか。
 答えは出ない。
 このG8会議が提言しようとしていた内容も、サルスがそれを覆そうとする意図も抽象的過ぎてよくわからないんだけど、とりあえず世界がより悪いほうに(貧富の差・文化レベルの差が激しくなる方向に)動くらしいことはわかる。
 金融に重きを置く資本主義とキリスト教の精神の対立、というだけの話でもない。
 うーん、難しいよぉ、と頭の中が七転八倒しているのに、ラストはまるで人を食ったような終わり方!
 ・・・そうだった、『ローマに消えた男』もそんな感じがあった(面白かったけども)。
 最後にはサルスが神にも悪魔にも、天使にも見えてきちゃいましたよ。

posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする