2018年04月06日

BPM ビート・パー・ミニット/120 BATTEMENTS PAR MINUTE

 ポスターを見ただけのときはそんなに響かなかったのだが(ロッテントマトの評価を前面に出されるとちょっと引き気味)、予告編を見て印象が変わった。 いわゆる<エイズ禍>を描いたアメリカの作品は多いが、それ以外の国が舞台って少ないのではないか? またドキュメンタリータッチっぽかったのも気になって。

  BPMP.jpg 全力で生きて、愛して、闘った――

 1990年代、パリ。 “Act Up-Paris”という団体が世間のエイズへの偏見をただすため、そして新薬の研究結果を隠蔽している製薬会社に抗議をして新しい治療薬を供給させるために活動していた。 彼らは活動の前に必ず会合を開き、活発な意見交換を戦わせていた。
 その中でも、素早い行動力と他にはない発想力でカリスマ的な人気を持つメンバーのショーン(ナウエル・ペレース・ビスカヤート)はHIV陽性で、「俺たちには時間がない」と過激な行動に走りがち。 リーダーのチボー(アントワーヌ・レナルツ)や世話役のソフィー(アデル・エネル)はショーンのやり方に時折頭を痛めることになるが、みんな彼を愛していた。 ある日、会合に新しく参加するようになったナタン(アルノー・ヴァロワ)ははじめは傍観者の立場だったが、次第にショーンに惹かれていき、ショーンもナタンからの熱い視線を快く感じていたが・・・という話。

  BPM3.jpg 血のように見えますが、多分色付きコーンシロップ。
 製薬会社のオフィスを襲撃(?)して、新薬の発表を迫ったり。 恒例のゲイパレードに参加する以外にも、ゲリラ的な行動で彼らの主張を公開。 エイズ患者の血液かと思ってビビりまくる製薬会社の人の態度が滑稽に見える演出。
 80年代ならまだわかる、でもフランスで、90年代でもこうだったのか・・・ということにまず驚き。 でも患者の方々がのむ薬が人によって違ったり、今ではおなじみのカクテル療法ではないことに衝撃を受ける。 カリニ肺炎、カポジ肉腫といった名称も飛び交い、ほんとにエイズパニック初期の頃と変わっていない状況が見えてくる。 そうか、そういう時代なのか・・・。 高校生にコンドームを配る、という活動にも学校の先生から怒られたり(理解してくれる先生もいるが)。 「私はゲイじゃないからエイズにはならないわ」という女子高生がいたり・・・「マジか? マジなのか?!」とジェネレーションギャップ(?)に唖然とする。 まぁ、日本も2000年代で唯一、HIV患者数が増加している先進国と言われているので、この<他人事感>は日本でも現在進行形だという気はしなくもないのですが。
 それ故に、権力にあらがう彼らの気持ちが痛いほどに伝わってくるのですが。

  BPM1.jpg あ、この人、『午後8時の訪問者』のお医者さんだ!
 彼女がソフィーでした。 多分出演している人の中で彼女がいちばんの売れっ子なのでしょうが、そういうところを感じさせないリアルな佇まい、よかったです。
 彼女が司会進行役(ファシリテイタ―ってやつか?)をつとめる会合では、厳密な決まりがある。 時間内にすべての議題について論議したいからダラダラやらない、ヤジ禁止、ヒューヒューとか声や口笛で同意を示すと喋っている人の声が聞こえなくなるからその場合は指を鳴らすこと、手を挙げて指名された人だけが発言すること、会議中は禁煙(様々な体調の人がいるので配慮する)、タバコを吸いたい人は廊下など会場外に出ること、ただしその場合は発言権はない、など。 日本の会社の下手な会議より、すごいちゃんとしてる(しかしあたしは指を鳴らすことができないので同意を表明できないわ・・・とちょっと落ち込む)。
 会合がきちんとしていればしているほど、メンバーが一般社会においてまったく相手にされない立場であるということのギャップが浮き彫りになり、ひどく悲しくなる。 彼らにとっては“Act Up-Paris”が居場所で、一人の人間として認めてもらえる場所なのだ。

  BPM2.jpg だから余計に運動にのめりこむのね。
 しかし物語は後半、ショーンの病状の悪化に伴い個人的な話になっていく。 突きつけられる<死>と向かい合う日々は、いくら仲間がいようとも一人の問題であって、そこに最愛の人がいてくれたことが救いであると思うしかないのか。
 それまでにも仲間の死は描かれていたんだけれど・・・ここまでリアルに迫るから、それまでに散りばめられていた象徴的な映像(地面を埋め尽くすほどに投げ出された黒い棺や十字架、血の色をしたセーヌ川など)がものすごい意味を持つ。
 現在、HIVはかつてのように死に至る病ではなくなっているけれど、それはこういう時代を経て獲得されたものだということを覚えていなくてはいけないのだ。 無関心や差別もまた。
 この感じ、まさにドキュメンタリー・タッチだからなしえるもの。 実は142分あったのですが、あまり長く感じなかった。
 第70回カンヌ国際映画祭グランプリ受賞作とのことですが・・・確かにカンヌ、好きそう(しかもそのときの審査委員長は、ペドロ・アルモドバル)。
 上映後、映画館の廊下で、「でもなんで今<エイズ>なのかな?」と話している声が聞こえた。 おっと、それはあたしに思い浮かばなかった疑問だ。 ちょっと考えて・・・LBGTが今は比較的話しやすい話題になってきたのも、そのスタートはここからだったのではないか、ということ。 特定の人たちへの差別という段階から、社会的な問題(誰もが実は無関係ではないこと)への派生。 とすれば、とてもリアルタイムな題材だったのではないだろうか。

posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする