2018年04月29日

4月最後の2冊は・・・。

 GWに入りましたが実感薄し。 5月1・2日は普通に仕事だしな・・・でもやる気はあまりないけど。

  マルティン・ベック消えた消防車.jpg 消えた消防車<刑事マルティン・ベック>/マイ・シューヴァル&ペール・ヴァールー
 “スウェーデン語からの一次訳による<マルティン・ベックシリーズ>完訳プロジェクト”、第5弾。 シリーズの順番的にも正しく5作目です(シリーズは全部で十作)。
 それまではなんとないけ好かない雰囲気を漂わせていたグンヴァルト・ラーソンが大活躍で(あたしはここから彼が好きになりました!)、マルティン・ベックの捜査班のチーム力が高まってくる重要なエピソード。 ここから、更に重い題材を扱う後半5作の畳みかけが始まっていくのですよ。
 なのに、訳者あとがきによれば「残念なことに、この度、このシリーズの新訳は今回の第五作『消えた消防車』で終了することに決まった。」という衝撃のコメント(お詫びもされているが、そこは柳沢由実子さんが謝る筋ではないと思う)。 解説でも「どうか、続刊を求める声を上げて戴きたい」という異例の事態。
 角川の担当者、出てこい!!
 進行中のシリーズで、売り上げが低迷しているので・・・というなら事情はわかる(それは正直、よくある話だ)。 しかしこれは最初から全十作と決まっているのだし、現在も続く北欧ミステリブームの原点であり古典なのだ。 特に10作目『テロリスト』(旧題)で扱われた首相暗殺事件は他の様々な作品にも引用されているし、そもそも警察小説のひな型だと言っていい作品群なのだ。
 それなのに・・・。
 できないんだったら、期待を持たせて始めるなよ! ドル箱のドン・ウィンズロウも手放して、海外文学に力を入れる気がないのなら版権とるな! あー、腹立つ。
 だから、角川書店(今はKADOKAWA?)は早いとこ版権を東京創元社に譲渡すればよかったのだ。 あー、すごく腹立つ!!

  弁護士アイゼンベルグ.jpg 弁護士アイゼンベルク/アンドレアス・フェーア
 最初はてっきりアンドレアス・グルーヴァーの新作かと思っちゃいました(訳者も酒寄さんだし)。 ドイツです。
 主人公は有能な女性刑事弁護士、二転三転する事態、すべての決着は法廷へーー、という流れは一気読みのパターンですよね。
 500ページ越えの厚さもまたうれしくて。

ラベル:新刊
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2018年04月28日

ヴィ・ザ・ヴィ、移転のため急遽閉店ということなので行ってきた。

 ときどき、あたしはいわゆる「虫の知らせ」のようなものを感じ取ることがある。 今回も多分それ。
 ふと、乙仲通のフレンチレストラン・ヴィザヴィのホームページを見たくなったのだ。
 そしたら、「移転のため4月末で閉店」というお知らせあり。 しかも「移転先は未定」とのこと。
 あわあわと一緒にお店に行ったことある人全員に知らせる。 そしていつ行こうと考えつつ、そもそもお店の予約に空きはあるのだろうかと不安になり、ばたばたとスケジュール調整しつつ問い合わせ、28日のディナータイムにお邪魔することになった。
 スープも魚も肉も食べたいよね!、ってことでBコースをオーダー。 そんなにまめに来ているわけでもないのに(続くときは続くので、多分お店の顧客リストには載っているのだろうけれど。 誕生月などにハガキ来るし)、「好きなときに行けない状態になる」となると焦ってしまう自分勝手さは、意地汚さに発展しがち。

  CA3A2161.JPG 食前のお楽しみ:生ハムメロン
 わーい、生ハムだ〜、と思ったらその下にメロンが隠れてました。 甘さ控えめの少し硬めのメロンが生ハムの塩気を引き立ててジューシーさも補う。 <生ハムメロン>って一時期なんにでも出すぎて(ホテルの結婚式の料理とか)イメージ悪くなってた感じだけど、やっぱりおいしいものはおいしいなぁ、と再認識。 流行ると偽物が出るから相対的な価値が下がるけど、それでも本物はちゃんと生き残る。

  CA3A2162.JPG 前菜:フランスから届いたホワイトアスパラガスの温かいサラダ
 プラス料金かかりましたが、これ絶対食べたかった! 本場のホワイトアスパラガス!
 あぁ、この青臭い香り。 お皿を引き寄せようとしたらものすごく熱かったのでどっきり。 そろそろと近寄せ、香りを堪能。
 そして食べる。 おいしい!
 青臭いんだけど、瑞々しくてしゃっきりしてて程よいえぐみがいい感じのアクセントになってて、上にいけばいくほど甘くなる。 グリーンアスパラがものすごく頼りなく感じてしまうほど(あえての対比のためですか?)。
 前菜なんだけど、あたしの気分的にはメイン料理に匹敵しました。

  CA3A2163.JPG スープ:シブレット入り特製野菜のポタージュ
 写真写りはいまひとつですが、ポタージュなのになんでこんなに色が濃いんだ、というくらい濃い。 そして味も濃い。 野菜の賽の目切りもたくさん入っていますが、具がなくてもいいくらいスープおいしい。 でも具があることで濃さが程よく緩和され、軽く胃におさまる感じになるのよね。 家に持って帰りたい、スパゲッティーニをゆでてスープパスタとして食べたい、とか思っちゃう。

  CA3A2164.JPG 魚料理:帆立貝とお魚、キノコのフリカッセ ヴェルモットの香り
 フリカッセって一般的なフランス料理本にはキノコだけとか、チキンが多いんだけど、それを魚介でやるのがプロの技ですよね・・・。 前菜では頼りなかったグリーンアスパラが、ここではものすごく存在感を発揮していてびっくり。 クリームソースもおいしく、パンで隅々まで拭いとる。 フレンチにおいてバケットは食べるものというよりソースを最後まで食べる道具なのよね・・・でもバターついてくるから単独でもつい食べちゃって(それ自体もおいしいし)おなかがいっぱいになる。 肉料理のためにバケットを残しておかなければ! その配分が難しいのよ。

  CA3A2165.JPG 肉料理:仔羊背肉のロースト タイムの香り
 最初は<マグレカナールのロースト 赤ワインソース>のつもりだったが、「すいません、今日の分全部出ちゃいました」と言われてこっちに。 別メニューから他の鴨料理を提案していただいたけど、そっちはさっぱり系だったし前に食べたことあったので、そのときの気分はどっしり系希望だったのだ! 写真の左上に写っているのはフィンガーボウルです。 手づかみOK。
 背肉とはいえより背に近いほうはフィレのようにさっぱり。 逆に骨付き部分はアブラ多めでどっしり。 もともとあたしは羊にそんな抵抗ないんで(北海道に近いからかラム・マトンは普通にスーパーで売ってました。 そういえばこっちでは売ってないもののひとつですね)、くさみの許容量は他の人より広いと思いますが、それでもくさみ一切なし。 あっさり部分は鴨に近いとすら感じるほど(でも触感が違うのでそこは自分をだましきれなかったが)。 骨付き部は豚のスペアリブよりも軽く、ガジガジ骨をかじるのでした。
 また野菜にかかってるソースと肉にかかってるソースが違う(どっちもおいしい)。 残してたバケットフル活用。

  CA3A2166.JPG デザート:アールグレイのポット・ド・クレーム
 これと<苺のミルフィーユ>と悩んだ・・・。
 いつも<デザート盛り合わせ>なんだけど、ポット・ド・クレームが小さくて(しかも味はアールグレイではない)、しっかり食べてみたかった。 添えられているのは同じくアールグレイのアイスクリームと、アールグレイのパウンドケーキ(? 少々固めだけど、マドレーヌの固さとも違う。 ケーキブレッドか?)。
 アイスの味もしっかりアールグレイ。 これも家の冷凍庫にいつも入っていてほしい。
 ポット・ド・クレームはクレーム・ブリュレ的なものですが、表面のパリパリ具合も程よく、中のクレームのトロトロ具合を引き立てつつ、アイスよりもアールグレイが濃い。 しっかり甘いのに甘いだけじゃないから、スプーンが止まりません。
 あぁ、今日もおいしかった・・・。

 で、「なんで移転するんですか? ビル建て替えですか?」とか聞いてみる。 震災後とはいえもう17年、建築基準も厳しくなってきてるからかなぁ、とあたしは思っておりました。
 しかしシェフのお答えは予想外のもので。
 つまり、厨房に働きに来る若いものがすぐやめる・育てられない・使えないため、今のお店の席数を維持できるマンパワーが確保できないので、もっとコバコにする。 シェフとサービスの奥様二人だけでやっていける規模にするためとのこと。
 若手養成問題はどの業界でもあるあるですが、料理人目指す人たちでもそうなのか・・・とびっくり(だって、最初から厳しい世界だということは誰だってわかっているはず)。 この国はいつしか職人すら育たなくなるのか、と愕然とする思い。
 「でもとにかく早く再開させたいですわ。 年内には必ず、というか遅くとも夏ぐらいまでには」とのことなので、思っていたよりも早く「営業再開のお知らせ」が届きそうでうれしい。 問題は物件探しだけみたいだから(ちゃんと、今のお客さんを離したくないので近いエリアでやる、と断言していたのでそれもありがたいし、オーナーシェフだから商売人の基本も外さないよ)。
 今年は体調を崩さないようにしなきゃ、秋冬はジビエを食べるぞ!

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2018年04月27日

間一髪・・・

 今日は金曜日、しかも連休前! 時間に無事間に合いシネ・リーブル神戸で映画を観て、余韻に浸りつつ帰る。
 あたしの帰路はJR。 最寄り駅までもう少し、というところで電車が急ブレーキをかけて止まる。 緊急停止信号っぽい音が聞こえたような気がするので、問題はこの列車ではないなということはなんとなくわかる。 23時を過ぎていたこともあり、女性専用車両はそんなに込み合っていない(立っている人が数名程度)。 電車が線路上に止まっても、「え、なに?」という空気にはなったが、危機感を伴うようなヒステリックな感じは一切なかった。 JRによく乗っていたら、こういうことは結構あるからみなさん慣れているのね・・・とあたしは思った(そういうあたしも慣れつつあるのだが)。
 しばしのち、車内アナウンス。
 「ただいま、この列車が緊急停止信号を受信いたしましたため、緊急停車いたしました。 お客様にはご迷惑をおかけいたしまして申し訳ございません。 詳しい情報が入り次第お知らせいたします。 しばらくお待ちください」
 やっぱりそうですか。 信号が入れば理由関係なしに止まることになっているのね(まぁ、そりゃそうだ)。
 すると車内は、それまで使っていなかった人たちも含めほぼ全員、スマホを取り出す。 「電車止まっちゃってて、遅れそう」みたいなメッセージを送っているのか、ツイッターで類するつぶやきを探しているのか。 なんかすごいなー、と思ってしまった。
 そうこうするうちに、再びアナウンス。
 「先程、三ノ宮駅にて列車がお客様と接触したということで、そのため緊急停止信号をこの列車も受信いたしました。 安全を確認しておりますので、もうしばらくお待ちください」
 車内は「人身かよ〜」、といううんざりとあきらめが混ざったような雰囲気になる。 でも、この列車はすでに三ノ宮駅を後にしているので「待たされるとしても大した時間じゃないな」という共通認識で、やっぱり空気は殺気立たない。 その分、スマホの動きが活発になる。 JR西はしばらく前から「人身事故」を「列車がお客様と接触」という表現に変えたけど、そのほうが怖い気がするんだけどなぁ。
 「お待たせしております。 この列車は運行可能という判断が出ましたので、もうすぐ運行を再開いたします。 動き出します際には手すりやつり革などにしっかりおつかまりください」
 実際、止まっていたのは10分あまりだと思いますが・・・雪で一晩閉じ込められた人たちはほんとに大変だっただろうなぁ、としみじみ思い出したりして。 そして三ノ宮駅に到達していない電車たちはもっと待たされるんだろうなぁ・・・と思いをはせれば、もう夜中なのに大変だなぁ、と感じてしまうのだった。
 あたしは間一髪でそれを逃れられたわけで。
 逃れられなかったみなさま、おつかれさまです。

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2018年04月26日

わたしの本当の子どもたち/ジョー・ウォルトン

 途中まで読んでいるのだが、諸事情により放置され、ときにその放置が年単位にわたってしまう本があたしの家には何冊もある。
 「10%以上の法則」をクリアさえしていれば何年たとうがその続きからすぐ入っていけるという実績があるため(それもいつダメになるかわからないのだが、今のところは大丈夫なので)、放置プレイはどんどんひどくなっている。 例えば、シリーズ1・2作読んで止まって、もう10作ぐらい出てるのにそのまま、とか(絶版になると困るので買っているのですが、それが「いつでも読めるし」という油断を更に招くという)。
 一気読み本とか図書館本が一段落したら手を伸ばすんですが、また新しい本を買っちゃったりするんで、そのときの気分で読みたい本も変わってくるし、ほんとにあたしは順番を守らない。
 そんなわけで不遇にあっていた一冊、読み終わりました。

  わたしの本当の子どもたち.jpg でも買ったのは2017年9月だから・・・そこまで寝かせてなかったか。

 老境にいるパトリシアは自分の人生を回顧する。 自分には痴呆の症状が出ているのかもしれないけれど、自分の過去は二種類あるような気がしてならない。 どちらは本当なのか、それともどちらとも本当なのか、どれも本当ではないのか・・・ある若き日の決断をきっかけに二つに分岐した彼女の人生を追いかけていく物語。 主に1933年から2015年まで。
 YESと答えた後に続くのは、トリシア(トリッシュ)の人生。 NOと答えた後に続くのはパティ(パット)の人生。
 たとえば、フィレンツェに恋して毎年イタリアを訪れて人生の豊かさを感じるパットと、イギリスの片田舎から出ることすらままならないトリシア。 モラ夫の存在に怒り心頭になり、娘の人生を認めない母親にいらいら。 
 一時期は片方が幸せであるように見えるけれど、時間の流れは残酷で、禍福は糾える縄のごとし。 いいことがあれば悪いことも起きる、個人レベルでも、世界レベルでも。 個人の物語かと思いきや、やっぱりどこか仮想歴史モノになっていた。
 読者であるあたしが知っている世界と、トリシアとパットそれぞれの世界は同じものもあるけれど違うものもある。 いつしかまるで、彼女たちの選択が他の人たちにも影響を与え、世界そのものにも影響を与えているのでは、という気になってくる。 彼女たちの子供たちもまたいろんな人とつながり、広がっていく様子はまさにそのもので(でも年代記っぽいわけでもない)。
 もしかしたら、それは本当なのかもしれない。 自分の些細な言動が、めぐりめぐって思いがけない影響を生み出していたら。
 ならば、世界をよいほうに進めようという気持ちを持ち続ければ、もしかしたら。 世界各地で起こるどうしようもない出来事の連続に心が折れてあきらめてしまったらそこで終わりだと。
 あ、この物語は<言霊>の存在とも似ているのかも。 すごく面白かったけど、同時にとても考えさせられて。
 ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア賞受賞、ということにものすごく納得できる、ジェンダーを当然のように乗り越えた現代SF。
 こういう発想ができる人にSFマインドがあるからなんだろうか。 こういう発想ができる人たちが多数派になれば、LGBT問題なんてなくなると思うんだけどなぁ。


ラベル:海外文学 SF
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2018年04月25日

ラブレス LOVELESS/NELYUBOV

 アンドレイ・ズビャギンツェフ監督新作。 <『裁かれるは善人のみ』を超える最高傑作!>と予告で謳われれば、『裁かれるは善人のみ』にえらいこと打ちのめされたあたしとしては絶対観ないわけにはいかないでしょ!、なのである。
 この人の絵力はすさまじい。 この映画でも、冒頭から川沿いに立ち並ぶ様々な形をした樹々の存在に圧倒される。 多分、樹は雪の重さに耐えかねて曲がってしまったり、ときには折れてしまったりしたものだろう。 そこをうっすら白く染める雪、静かだが着実な川の流れ。 これは晩秋なのか冬の終わりなのか判断ができないけれど、映っているのは北の国だった。 冒頭のそんなシークエンスで、あたしの心はぐっとわしづかまれ。

  ラブレスP.jpg 幸せを渇望し、愛を見失う。

 現代のロシア。 大企業で働くボリス(アレクセイ・ロズィン)と美容サロンの経営にかかわるジェニーニャ(マリヤーナ・スピヴァク)はいまどきのロシアの富裕層。 しかし夫婦としては破綻しており(すでにお互いに別のパートナーがいる)、12歳の息子アレクセイをどちらが引き取るかでもめており、離婚協議中。 ボリスの相手は妊娠しており、「こういう場合は母親が引き取るものだろ」と言い、ジェニーニャは「これまでは私が犠牲になってきたんだから、もう自由にさせてもらうわ」と断固拒否。 そんな不毛な言い争いが続けば、それがアレクセイの耳に入らないわけがなく。
 学校に行くために家を出たはずのアレクセイが帰ってきていないことにジャニーニャは二日後に気づく。 警察に行方不明届を出すが、他の事件でいそがしいし家出かもしれないからそんなに人員はさけないと告げられ、民間ボランティアの存在を教えられる。 そちらに頼んだほうがいいですよ、と。 警察の態度に怒りながらもボリスとジャニーニャはボランティアに連絡を取ると、捜索隊が組織され見事な手際でアレクセイを探し始める。 しかしなかなかアレクセイは見つからない・・・という話。

  ラブレス4.jpg 寒々しい朝の食卓。 アレクセイじゃなくても泣いて逃げ出したくなる。
 結構いいマンション暮らしっぽいですが、まず同じ食卓にすらつかない(ジャニーニャはスマホ片手にアレクセイが食べ終わるのを待ち構えていて、息子の様子など目もくれない)。 涙をこらえているから「もう食べられない」というアレクセイに、「(せっかく準備してやったってのに、残りは)捨てろってわけ?」と返すジャニーニャ。
 もう、コワい!
 仮に自分の子供が相手でなくても、誰に対してそんな言葉がいえるというのか!
 “愛”じゃなくても“情”とか“気遣い”みたいなものって一緒に暮らしてたらそれなりに生まれたりするものじゃないの?!
 「子供は親を選べない」ってレベルをはるかに超えている。 <愛なき世界>の存在に、観客はもういたたまれない。

  ラブレス5.jpg 恋人と一緒にいるときのジャニーニャの態度はまるで別人。
 それが彼女にとってのしあわせなのかもしれないけれど・・・「自分さえよければそれでいい」というのがもろ見えで、今の彼氏に嫌われたらどうしようとか考えないのかな、とお節介にも思ってしまった。 自分の正当性を疑わない・悪いのは全部他の人、という思考回路が「自分を愛しすぎる私たち」ってことなんでしょうね。
 特にジャニーニャには顕著だけれど、ブルジョア社会の女性たちはみなさんスマホ依存症。 特にメッセージをやり取りしてるわけでもなさそうで、セルフィ―とりまくっているからインスタやフェイスブックをチェックしまくりなのか。 彼女たちにはそちらがリアルな現実で、現実はネット上に上げるための題材を提供する環境のよう。
 ラジオで「マヤ歴による世界滅亡は・・・」とか流れていたから、この時点では2012年近辺と思われる。

  ラブレス3.jpg そしてボリスはボリスで新しい生活のための準備が。
 今いる息子にも何もしてやれてないのに、愛人を妊娠させるとはどういうこと? まぁ愛人とはいえ結婚が前提なのでそこまでヒステリックな態度はとっていないけれど、アレクセイに対する無関心的なものを見て自分のおなかの子はどうなんだろうとか不安に思わないのかな、この人。 それとも前の相手が悪かったからで、自分は特別と思ってしまうからだろうか。 あたしだったらこんな男絶対イヤだけど。
 ボランティア捜索隊が交代で探索を続けている間、ボリスもジャニーニャもそれぞれの恋人のところにいるのである! それもどうよ!、であるが、二人にとってはアレクセイはいらない子・自分たちの新しい未来に邪魔な存在だから、ってことなんだろうなぁ。 身も蓋もない(だったらなんで通報したんだろう・・・と疑惑がわいたが、黙っていたらあらぬ疑いをかけられては困るという自己保身のためか)。
 捜索隊の隊長イワンは頼りになり、めちゃめちゃかっこいい。 ボランティアのはずなのにみなさんとてもプロフェッショナル。 イワンは過去の経験も豊富そうなので、今回の依頼主が壊れた夫婦だということは見抜いているはずなのに一言も触れず、やる気のない二人にかわりあらゆる手を尽くして探していくシークエンスがなにより興味深かった。 システム化された捜索手順が素晴らしいと思う反面、それくらい行方不明になる人たちが多いのかなぁって・・・。
 自宅周辺の捜索を終えたら学校を訪れクラスメイトにインタビューし、アレクセイの立ち寄る場所をしらみつぶしに探り出す、彼らは絶対あきらめない。 名もなき彼らが<ロシアの良心>であるかのように。 愛なき世界において唯一の救いであるかのように。

  ラブレス2.jpg そこへ届く、「同じくらいの年頃の身元不明遺体発見」の知らせ。
 ボロボロの遺体安置所(?)の様子が富裕層ではないロシアの現実を突きつけてくる。 あえて年代をはっきりさせて、ウクライナ問題のニュースを何度も差し込んでくるのは<ロシア=ボリスとジャニーニャ>・<ウクライナ=アレクセイ>で、ウクライナに対して何もしないロシアは子に無関心な親と一緒、という比喩でしょうか。
 はっきりした答えは提示されないまま終わるので観客にはもやもやが残されるけれど、いくつか「こうではないか」と仮説を立てることは可能だ。 どの説をとるかもまた観客次第、という親切なんだか親切じゃないんだか。
 アレクセイが行方不明になったのは多分秋頃で、捜索の過程で次第に雪が降ってきて・・・と雪の量や夜の暗さで時間の経過をあらわしていくところなど、やはり絵力がすごい。 富裕層が暮らす郊外とはいえ、少し外れれば深い森や廃墟が存在するろいうロシアの広大さも思い知らされました。 こういうところは小説で読むより映像で示される説得力のほうが増すこともある。
 あ、そうか、チカチーロ事件があったから、民間ボランティアが発達したのかもなー。 それはそれで悲しいが・・・。

  ラブレス6.jpg 冒頭に映った川沿いは、まっすぐ家に帰らないアレクセイの寄り道場所だった。
 『裁かれるは善人のみ』に比べて登場人物が少ない分、打ちのめされるどうしようもなさは少し弱いかも(感情移入しづらい登場人物が多いから、ということもあるが)。 こいつらどうしようもないな!、と切り捨てることは可能だが、そんなどうしようもない二人を許容する人たちもいて・・・また日常は続いていく。
 ウクライナ紛争のニュースにまったく関心を持つことなく、自分の生活のほうが大事、とすれば、<愛なき世界>は現実に世界中に広がっている・・・ということか。
 もっと痛い目に遭うかと思っていたけど意外に肩透かし、とそのときは感じたけど、翌日からじわじわボディーブロウのように何かがきいてくる。 アンドレイ・ズビャギンツェフ監督、やはりおそるべし。

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2018年04月24日

その雪と血を/ジョー・ネスボ

 思ったより超薄かった! 図書館の本待ちのタイミングでちょっと読み始めたら、すぐに読み終わってしまった。 でもそんな軽い世界ではなかったんだけど。
 主人公のオーラヴ・ヨハンセンは殺し屋。 今回ボスから依頼された仕事は、ボスの妻コリナを始末すること。 いつも通りの仕事として片づけるつもりだったオーラブだが、コリナの姿を一目見た途端に恋に落ちてしまう。 ボスの命令に背けば消されてしまう、しかし愛する女を殺すことはできない。 オーラブが下した決断によって、結果的に血で血を洗う様な出来事に・・・という話。
 オーラブの、武骨で無知を自任する繊細さ。 『レオン』を更に不器用にして衝動的になった感じというか・・・登場から、もう、「こんな人、長生きできないですよ」という看板を背負った佇まいで、もう最初の数ページでひきこまれた。 しかもオーラブにはコリナと出会う前にちょっとしたことで手助けした聾唖の女性・マリアという存在もいるのである。
 ボスのライバル《漁師》やその手下たちなど、登場人物が少ないのにもびっくりだ。

  その雪と血を.jpg パルプノワール、というのでしょうか。
 60年代ぐらいの雰囲気を漂わせるけど、実際の設定は1977年12月。
 ジム・トンプソンっぽいから60年代を連想したのかしら。 そもそもあたしの時代認識が間違っているのかも。
 一人称だからかもしれないけれど、<ハリー・ホーレ>シリーズと全然雰囲気が違う。 同じ作者が書いたのか、というくらい文体からして違っていて、これは時代とかのせいでもなくて作者が全部意図したもの。 つまり、ジョー・ネスボは引き出しをいっぱい持っている作家だということ。 この文体、好きだわ。
 雪といえばあたしのイメージは佐々木丸美なのだが(あたし自身がイメージを形成する時期に佐々木丸美を読んでしまったせいなのだけれど)、北欧ミステリには寒さの描写は数あれど、雪そのものの描写は意外にあっさりしているというか、そんなに印象に残ってなかったりする(そこにあるのが当たり前だからかもしれない)。 でもこれは、その雪に血が滴って王のローブのようになる、という一言で雪の白さと血液を包括してしまう結晶の冷たさをあらわしてしまっていて、ちょっとぞくぞくする。
 物語的には非常にありきたりなんですが(アメリカのギャング構想的な銃撃戦がノルウェーで起こる、と考えれば新鮮だけど)、終わり方が不意を突かれるほど美しくて、うっかり涙がこぼれそうになってしまった。
 そこをわざわざクリスマスと絡めるなんて・・・クリスチャン?
 それとも、イメージとしてのクリスマスを利用することで世界中の人に読ませようという戦略?
 ジョー・ネスボはイノセントな策略家だ。

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2018年04月23日

マンガ4冊!

 今日はマンガばかり買ってしまった。 しかも予定外のものも。

  宇宙兄弟33.jpg 宇宙兄弟 33/小山宙哉
 『宇宙兄弟』ももう33巻か〜、と思ったら連載10周年だそうである。 えっ、もう10年もたったの!
 中の世界でもそれなりの時間は流れているとはいえ、現実世界の速さは容赦ない・・・。
 そしてムッタたちはいつもせいいっぱいで、心地いいですなぁ。

  やじきたF04.jpg やじきた学園道中記 ファイナル 4/市東亮子
 ファイナルと言いつつもまだまだ続くらしく4巻目。 最初の頃のことを考えると「時間軸はどうなっているの?」と悩んでしまうけれど、多分この世界はいつまでも昭和だ、ということで納得する。

  釣りとごはんと恋いは凪.jpg 釣りとごはんと、恋は凪/小池田マヤ
 いきなり棚で発見して驚愕。 全然知らなかった。 なんと小池田マヤ4か月連続刊行ということらしく・・・これは3月の新刊だったよ!
 お気に入り作者登録したら新刊メールが流れてくるはずなのに!、と思ったら何故かチェックが外れていたよ・・・どうして?
 最近釣りにはまってしまったらしい作者の趣味が全開です。 そして引き続きお料理も。
 1巻とは書いてないけれど、続きは出す気満々らしい・・・恋愛部分はあってもなくてもいい感じなので、そのあたりが今後どうなるか、です。

  仕事は狼ではなく森へは逃げない1.jpg 仕事は狼ではなく森へは逃げない 上/小池田マヤ
 そして4月の新刊。 <女と猫は>シリーズ、4冊で終わりだと思っていたら(主要女性登場人物が4人だから)、なんとトリは銀さんか! しかもシリーズ初の上下巻ですよ!(なので5月の新刊はこれの下巻)
 なんかいつまでも続きそうな世界観なので、改めて終わりを告げられるのは切ないんですけど・・・。
 あぁ、お酒の飲めないあたしですが、おいしい食事を出してくれるフレンドリーな(で、ほどほどリーズナブルな)お店が近所にあったらすごくうれしいよねぇ、通っちゃうよねぇ、という夢を見てしまいそうになっちゃいます。

ラベル:マンガ 新刊
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2018年04月22日

ワンダーストラック/WONDERSTRUCK

 トッド・ヘインズ監督の最新作が(しかも『キャロル』の次に)児童書原作と知り、ちょっと驚いた。 でもまぁ、幅広いジャンルを扱えるのはいいことである。 しかも原作者ブライアン・セルズニック本人が脚本を書いているというし・・・予告でちょっとSFっぽい雰囲気を感じてしまったので、観に行きたくなりました。

  ワンダーストラックP.jpg いつだって、人生は驚きと幸せのワンダーランド。

 1977年、ミネソタ。 最愛の母親(ミシェル・ウィリアムズ)を突然の事故で失ったベン(オークス・フェグリー)は、おばの家に引き取られるが、いとこと同室の上、狼に襲われる悪夢に悩まされていた。 そんなある日、母の遺品から実父につながる手掛かりを発見するのだが、落雷によって一時的に聴覚に異常をきたす。 そのことで余計に母が黙して語らなかった父親のことが知りたくて、単身ニューヨークへ向かう。
 1927年、ニュージャージー。 聴覚障害を持つローズ(ミリセント・シモンズ)は両親の離婚後、厳格な父親に引き取られていたが娘の耳が聞こえないことに気を配れない父の横暴に辟易した彼女は、憧れの映画女優がトーキーへの移行で舞台に出ると知ってニューヨークへ一人旅立つ。 50年の時を隔てて、二人の行動は時にリンクし、シンクロしながらそれぞれの時間を進んでいって・・・という話。

  ワンダーストラック4.jpg 自宅に引きこもっていたローズはあまりかわいくなくて、「この時代の髪型が彼女の顔に合ってないな」と思っていたところ、家出に際して髪をバッサリ。 そしたらかわいくなっちゃった。 自分ではさみで切った割りには見事な仕上がりなのはともかくとして。
 1927年パートはモノクロ・サイレント仕様。 音のない世界に生きるローズの生活そのものを表していてとてもわかりやすい。
 まだ物騒な時代ではなかったのかもしれないが、少女が一人でニューヨークへ、というのはやはりドキドキするし、子供の一人歩きが認められていない時代なのか、大人たちが全員敵のように見える描写はローズの孤独を一層引き立てる。 家の中でも孤独だったのに、外に出てもやはり理解者はいないという疎外感は、子供が抱えるには大きすぎるだろ(ニューヨーク自然史博物館で働くローズの兄が登場してから、やっと安心できます)。

  ワンダーストラック7.jpg それに対してベンは、明らかに治安の悪いニューヨーク。
 70年代のヒッピー文化の流行が見事に再現されておりました。
 あぁ、全財産をひとつの財布にまとめるな! 往来でうっかり財布を開くな!、とベンには注意したいことがたくさん。 ミネソタから都会へ出ていくという自覚、あるんでしょうね!、とローズとは違う意味でハラハラ。 ベンの場合は全く耳が聞こえないわけではなく(といっても他人との日常会話はできないが)、落雷事故までは普通に聞こえていたから自分で喋れるというのが利点ですが、喋れるから耳が聞こえないことを他人にわかってもらえない(もしくは忘れられがち)という面もあり・・・いろいろ切ない。
 ベンの母親はいわゆるシングルマザーなのだけれど、そこまで父親のことを頑なに息子にも話さないというのはどうなんだろう・・・そこは時代の問題なのだろうか。 母親に秘密にされている、というのも子供には結構な負担なんだけど。

  ワンダーストラック1.jpg 大都会の厳しい洗礼を受けたおかげで友達ができるけど。
 トッド・ヘインズ監督はセクシャル・マイノリティ的な立場で映画をつくる人かと思っていたけれど、実はその本質は“孤独”や“居場所のないつらさ”である、ということが言いたい人だったのかな、と認識を新たに。 その感覚は時代も性別も年齢も関係ないのですね。
 なんだかんだいってもベンくんはかわいいのです。 ちょっと自分勝手なところもあるけれど、それは母を失った悲しみから立ち直れていないからで。 ニューヨーク自然史博物館は50年たっても同じ場所にあり、同じものを展示しているとわかる場面はよかった。 <変わらないこと>が大事なときもあるってことです。

  ワンダーストラック2.jpg ジュリアン・ムーアは二つの年代を繋ぐ重要な役割を果たす二役で。
 『ワンダーストラック』とはニューヨーク自然史博物館で売っていた展示室をパノラマで表現した子供向け解説書のようなもの。 ローズが訪れたときに売店に置いてあって、ベンの母親の引き出しに大切にしまわれていた。 これもまた、二人を繋ぐ大切なもの。
 予告で感じたSF的要素は実は全くなかったんだけれども、なくても十分納得できる展開でした。 偶然が多すぎるかもしれないけど、だからそれは必然だったり運命だったりするんだってば!
 それにしても、デヴィッド・ボウイの“スペース・オディティ(space oddity)”がこんなに切なく聴こえたことがあっただろうか!
 こういう映画こそ、小学校高学年ぐらいの子が観た方がいいのに!
 あたしの子供の頃はこういうタイプの映画が普通に公開されていたような気がするのに・・・今のようにミニシアターで公開されたら、観に来るのは大人じゃん(自分もその一人ですが)。 ハリポタやファンタビ、アベンジャーズみたいな大作ばかりではなく、こういう小品も選べてこその映画体験じゃないかなぁ。 で、そういう体験をした世代がのちのちまで映画館に足を運ぶことになるわけで、観客の平均年齢がどんどん上がるのもむべなるかな、と納得。 あたしも『ネバーエンディング・ストーリー』や『ゴーストバスターズ』に友達同士で観に行った世代ですから(小学生でも字幕読むのが普通だった・・・)。 子供が自分たちで作品を選べる環境がもっとあってもいいのになぁ、と感じてしまうのはただのノスタルジーでしょうか。 実際はちゃんとそれなりにうまくやれてるのかもしれないけど、身近に子供がいないからわからないな・・・。

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2018年04月21日

今日は7冊。

 今月の大物、来ました!

  ピラミッド ヘニング・マンケル.jpg ピラミッド/ヘニング・マンケル
 <ヴァランダー警部>シリーズ、最新邦訳。 でもこれはヴァランダー唯一の短編集で、シリーズ一作目『殺人者の顔』に至るまでの若きヴァランダーの姿。 娘リンダ視点の『霜の降りる前に』とはまた違う意味での、シリーズ番外編的位置づけ?
 そもそもこのシリーズは長大で重厚なのが特徴なのに短編集とは結構意外、と思ったら、5編収録でいちばん長いものは230ページ以上。 日本の作家ならそれで一冊になるわ!、的な、やっぱり重厚なのでした。 むしろ違う話を一冊で読めるなんて、逆に贅沢。
 ヴァランダーシリーズも未訳分は残すところあと2冊。 早く読みたいような、読み終わってしまうのがもったいないような。
 あたしを北欧ミステリの世界に引きずり込んだのはこのシリーズだったんだから、今後どんな作品に出会ってもヘニング・マンケルは特別な存在なんだろうな。 

  カナリア殺人事件.jpg カナリア殺人事件【新訳版】/S・S・ヴァン・ダイン
 <名探偵ファイロ・ヴァンス>シリーズ2作目(新訳版としては3冊目)。 このへんもその昔は手に入らず、『ビショップ殺人事件』(『僧正殺人事件』)と『グリーン家殺人事件』しか読んでない。 というか古本屋にあったのがそれだけで、もう露骨に江戸川乱歩の影響ですよね、というのがわかる流れ(買うあたしもあたしだが、手放した人もそういう理由で最初買ったのではないか?、という)。
 昔の古本屋さんには、そういう目に見えない共犯関係みたいなものが感じられたような気がします。
 だったらなんでクイーンの国名シリーズ、揃えられなかったんだろ。 誰かと奪い合っていたのか?(と、今更気づいてどうする)

  メカサムライエンパイア1.jpgメカサムライエンパイア2.jpg メカ・サムライ・エンパイア/ピーター・トライアス
 『ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン』の続編。
 でも主人公も違うし、時代も少し離れているので純粋な続編というよりも“同じ世界観の年代記”っぽい構成? 更なる続編も予定されているようです。
 表紙からは巨大ロボットVS怪獣、という『パシフィック・リム アップライジング』でかなえられなかった何かを描いてくれているのだろうか、という期待がこみあげますが・・・期待しすぎるのは危険だ。

  償いは、今.jpg 償いは、今/アラフェア・パーク
 これはタイトルと表紙の雰囲気でなんかぐっと来た感じ。 銃乱射事件の被害者遺族が連続殺人事件の容疑者になる、という無茶苦茶っぽいけどハードな手触り、よさげです。 そして法廷ものでもあるらしく。 おいしいところ全部のせですか。 すごく面白いかはずれかどっちかだな、という気配も感じなくはないですが、賭けです。

  サイバーストーム隔離都市1.jpgサイバーストーム隔離都市2.jpg サイバーストーム 隔離都市/マシュー・メイザー
 もともとディザスター映画、好きです。 なのでそういう小説も好きです。
 ネット障害から始まって都市機能が次々壊滅していくニューヨークに、自然災害まで襲い掛かるという話らしく。 そりゃ好物です。
 でも「都市機能が壊滅」というのはもはやSFではなく、想定されるシミュレーションという時代になってきているよなぁ、と思う。 それにリアリティを組み込むか、もっと奇想天外な方向に行くか、道はどっちだろう。

ラベル:新刊
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2018年04月19日

レッド・スパロー/RED SPARROW

 あぁ、ジェニファー・ローレンスったらまたこんな役を・・・というのが予告を見たときの印象。
 いや、強い女なのはいいんですけど、お色気がらみというかセクシー寄りの役が多くないですか!、と、まだ無名時代から「この子、いい!」と思ってきた身としてはちょっと心配というか、そういうのにいかなくてもあなたは十分うまい人でしょう!、というか。 でもそういうお年頃なのかもね、カラダを張った役に挑戦するのにいいタイミングというか(カラダを張る訳を下に見ているわけではないのですが・・・これもまた近所のおばちゃん的感覚か?)。

  レッド・スパローP.jpg 私は、国家の美しい武器。

 ボリショイ・バレエ団のプリンシパルとして活躍していたドミニカ(ジェニファー・ローレンス)だが、本番中の事故で足の骨を折り、プロダンサーとしての復帰は絶望的となった。 しかし彼女の母親は病気で、住んでいるアパートはボリショイの団員だから与えられたものなのでしばらくしたら出なければならない。 そこにロシア情報庁の幹部である叔父・ワーニャ(マティアス・スーナールツ)が救いの手を差し伸べる。 不意打ちのテストに合格したドミニカはスパイ養成学校へ送られ、人の心を操る術を身につける特別なスパイ“スパロー”としての道を歩き出すことになる・・・という話。
 プリンシパルのときの相手役がセルゲイ・ポールニンだったんですよ! なのに超出番少なくて、もったいない!(まだハリウッドでは彼の知名度はそこまではないのか?) まぁ他にも豪華キャストだし、お金かかってる感が半端ない。
 でも時代がよくわからないんですよね・・・ソ連ではなくロシアだし、情報を盗み出すのに使うのはフロッピーディスクなんだけど、スパイ学校の教官(シャーロット・ランプリング!)は「アメリカ国民はSNSに興じて堕落している」というし(でもここは字幕の意訳のせいかもしれない。 英語のセリフではもうちょっと違うニュアンスだった)、PCのOSはWindows98よりも新しいやつだったような・・・。

  レッド・スパロー1.jpg 送り込まれた候補生たちの服装は必要最小限の粗末なもの。
 現代のロシアは富裕層もいて不動産の売買も自由だというし・・・ソ連時代ならわかるんだけど、時代の測定にちょっと振り回されました。 気にしなきゃいいことなんですけどね。 まぁ、ロシア側を描きながら台詞は英語だし、ロシア情報局の上層部はジェレミー・アイアンズやキアラン・ハインズといった渋い英国人俳優さんだし、マティアス・スーナールツだけロシア人っぽく見えるんだけど(『フランス組曲』でもソ連人将校やってたけど)、確か彼はベルギー人なんだよな・・・微妙に顔の雰囲気がプーチンに似てるから? 本当のロシアの現状は勿論わからないけれど、アメリカ側視点でつくられた映画である、ということも考えに入れとかなきゃ。

  レッド・スパロー5.jpg 母親のため、地道な努力を。
 そう、病気の母親がいなかったらドミニカは亡命すればすんだ。 ボリショイ・バレエの元プリンシパルだもの、本人が前のように踊れなくても指導者の道とかあったと思う。 でも彼女が望んだのはこの道で、でも誰にも自分を勝手に利用させないという鋼鉄の意志が秘められているのが彼女の全身から伝わる。 それこそジェニファー・ローレンスの真骨頂! フルヌードになっても全然エロくない(誉め言葉)。 でもそれ故にネタバレというか、どんでん返しあるんだろうなとわかってしまうのはいいのか悪いのか。 途中で読めたけど、それでも最後まで緊張感が途切れず、あたしは面白かったです。
 成績優秀故、養成学校のカリキュラム途中で現場に出されちゃうところなど、最前線も人手不足というリアリティがあります。 彼女のターゲットは、CIAの捜査官ネイト・ナッシュ(ジョエル・エドガートン)。 彼はロシア側の“モグラ”(二重スパイ)から情報を得ているとして、誰が“モグラ”なのかを探り出すのが任務。

  レッド・スパロー2.jpg ターゲットが金髪好みと知るとすぐに自分を変える。
 同じロシア側のスパイ“スパロー”同士でも信頼できないどころか、派遣先の上役すらも信用できないという孤独。 スパイの宿命といえばそれまでですが・・・ナッシュと接触する場所がハンガリーだったり、ロシア以外に出入りする国が主に東欧なので(ナッシュの身元はロシア側にばれているので入国できない)、街並みからも時代がわからない。 「裏切者は誰か」を探るための丁々発止の心理戦は、『裏切りのサーカス』に近いリアルなスパイ像。 拷問シーンもたっぷりあって、さすがR+15の容赦なさ(でもあたしがいちばんひるんだのは、ステージ上で足が折れたところだ・・・)。

  レッド・スパロー3.jpg スパイ同士の会話はどこまでが本心なのかまったくわからない。
 ドミニクとナッシュは恋に落ちる・・・感じなんですが、それもどこまで本当なのか、という部分もハラハラ。 本気になってたらドミニクがつらいし(ナッシュはどうも本気っぽいとわかるのだが)、でもそう見えてないと相手は騙せないし・・・ドキドキでした。 久し振りに、手に汗をかいた映画かも。 ジョエル・エドガートンはあたしの好みではないので彼女が恋する気持ちはよくわかりませんが、同じ立場にある者だからこそ通じるものがあるのだろうし、ハンサム相手にバレエをやっていたのだから見かけにはとらわれないのかも。
 それにしても・・・最後まで気になったのはドミニクの母親の気持ち。 亡き夫の弟がワーニャなんだから、娘がどんな目に遭っているのかわかるはず(実際、そういう台詞もあった)。 それでも娘にそうさせているのは・・・そういう状況の中で生きていくことを当たり前だと思ってしまっているからなのか? 実はいちばんしたたかなのはこのお母さんではないのか、と思ってしまいました、すみません。

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2018年04月18日

恵子とパパと洋子の海/和田慎二

 3冊目の和田慎二傑作選(書籍扱いコミックス)が刊行!
 なんと<『パパ!』シリーズ>メインである感じ・・・この調子ではノンシリーズのミステリ作品もまとめられる日が近い!、か?!

  和田慎二傑作選3恵子とパパと洋子の海.jpg 表紙には<門外不出!>とありますけど・・・。
 収録作品は、順に、

  リョーシャとミオ (雑誌未掲載)
  洋子の海 (雑誌未掲載)
  冬の祭
  ケンタッキーのクマ母さん
  お嬢さん社長奮戦中!!
  姉貴は年した!?
  パパ!
  パパとパイプ
  バニラ・エッセンスの午後
  ホットケーキ物語
  パパ! ネーム

 『冬の祭』以降は読んだことがあり・・・多分『超少女明日香』などのマーガレットコミックスに併録されていたもの、かなぁ。 <恵子とパパ>シリーズはもっと他にもあったと思うんだけど・・・ライダーたちがもっと騒いでた作品あったような。 『キャベツ畑でつまづいて』もそうじゃなかったかなぁ? ページ数の都合? 版権問題?
 ただ『ホットケーキ物語』が最初の単独作品で、そこから着想が広がってシリーズ化したものと思っていたので、実は2作目だと知ってびっくり。 そりゃ「パパを死なせるな!」という苦情(?)が殺到したのは当然でしょう。
 門外不出とされた『洋子の海』は別冊マーガレットのマンガスクール金賞受賞作とか。 実質デビュー作なのに、何故雑誌に載せられなかったんだろ? 主人公がOLさんで読者層より年上だからとか?
 『お嬢さん社長奮戦中!!』なんかは超懐かしい。 まだこの頃は信楽老は普通の悪役です。
 『ケンタッキーのクマ母さん』を出されると、『クマさんの四季』を読みたくなるじゃないか!
 若干目玉に乏しく、<恵子とパパ>もコンプリートではないが、「今、読めない作品」ばかりなのは事実。 それにしてもあの時代は少ないページで濃密な作品、多いよなぁ。 『冬の祭』のミステリ加減は『呪われた孤島』やのちの『スケバン刑事』へ通じるものを感じますし。
 お値段はマンガと考えるとお高いのですが、続刊を出していただくためにはやはり買うしかないわけで。
 4冊目の傑作選、待ちます!

ラベル:マンガ 新刊
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2018年04月16日

悪魔の星/ジョー・ネスボ

 下巻に入ったら、更に加速度がついて一気に読み終わってしまいました。
 『コマドリの賭け』・『ネメシス 復讐の女神』・『悪魔の星』と、<ハリー・ホーレシリーズ>の中でも重要パートである“オスロ三部作”がこれにて終結。 とはいえ、あっさり大団円とはいかないところがこのシリーズらしいところ。
 『ネメシス』で描かれた時期から約一年後、『コマドリの賭け』からは約三年後、ハリーは解決すべき事件の真相に近づきながらも立証ができず、無力感から再び酒浸りの日々に陥っていた。 あれほど熱烈な関係であったラケルとの仲も破綻寸前。 以前の相棒であったベアーテ・レンは今では鑑識課員になっている。 オスロ警察内部はトム・ヴォーレル警部が仕切っており、上役の中で唯一ハリーの味方である刑事部長メッレルもとうとうかばいきれず、ハリーに引導を渡すべき時期が来たように思い悩んでいた。
 そんな中、女性の惨殺死体が相次いで見つかる。 すべてから星形にカットされた赤いダイヤモンドが発見され、連続殺人ではないかと戦慄が走る。 オスロ警察で、シリアルキラーと対峙した経験を持つのはハリー・ホーレだけ。 事件解決まで免職処分が猶予されたハリーは、アルコールの誘惑と戦いながら犯人を追う・・・という話。

  悪魔の星1.jpg悪魔の星2.jpg 五芒星が逆の意味が途中でわかる。
 角二つが上部に配置された五芒星は、別名<悪魔の星>というそうである。 逆さ十字と同じような意味合い?
 『ネメシス』のラスト1ページで盛り上がったことも、結局ハリーはいかしきれず、ガンガンアルコールに溺れて仕事どころか日常生活もままならない姿を見るのは・・・つらいです。 彼が立ち直るためには3年前の(彼にとっての)未解決事件にケリをつけることが必要なのだが、しかも真相に実は迫っているのに証拠が足りなくて(そしてこれまでのハリーの素行故に信用してもらえなくて)、落とし前がつけられないのが問題。 それでもがんばってはいるんだけどさ・・・。
 しかしそんなグダグダなハリーを結果的に支えるのが連続殺人事件の捜査というのが・・・なんというか、ハリーの刑事としてのサガというやつなんでしょうか。
 連続殺人犯を追い詰め、オスロの裏社会の総元締めをも追い詰めるハリーだけれど、相変わらずダメな面も。 罠だと感じながらも完全に読み切れなくて何度も危機に陥ったり、友人を巻き込んでひどい目に遭わせるのは完全に彼の失態です。
 それにしても裏の存在を描く筆致のワクワクしている感じ! 悪役が魅力的に描かれれば描かれるほど主人公が引き立つということでしょうか。 そっちの対立が結構な分量を使っていて、連続殺人の方はお留守になりそうでありながらなっていないところがすごい(このエピソードだけで普通は一冊になるくらいなのに)。 それにしても、裏社会が効率的に広まれば広まるほどそっちの世界で知り合いが増えていく−いつか表で会ってしまう確率が高くなる、というのもよく考えれば当たり前なんだけど、それはそれでご苦労なことだ、と感じてしまう。
 ハリーは警察を辞めなそうだけど・・・ラケルとの関係はどうなるのか(むしろラケルの息子オレグとの関係のほうが興味深い)。
 でも、一応ここで一段落したので(今のところあと2作しか邦訳が出ていないので、読み始めたらすぐ追いついてしまう)、ジョー・ネスボ(というか、ハリー・ホーレ)もいったん休憩かな。 今度はノンシリーズの方を読もうか。

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2018年04月15日

今日は6冊。

 4月ももう半ばですよ。 天候が安定しないので、しかも紫外線も強まっているので、普段持つカバンに悩む最近。 というか上着をはおるかどうかも悩むよね!

  黒後家蜘蛛の会1文庫新版.jpg 黒後家蜘蛛の会 1/アイザック・アシモフ
 三度目かのリニューアル。 表紙も変わり、活字のフォントもサイズちょっと大きくなってます。
 あたしは多分最初のヴァージョンを古本屋で入手し、5巻はリアルタイムで新刊として買ったような記憶が。 いつの間にかアシモフの顔が表紙のヴァージョンが出ていてびっくりしたことも懐かしい(それは買っていない)。
 これは新訳にはならないのね、まぁこの訳文で十分に完成されているからなぁ。
 というわけでスタイリッシュになった表紙にひかれ、新規購入! 隔月刊行とのことです。

  完全犯罪加田怜太郎全集.jpg 完全犯罪<加田怜太郎全集>/福永武彦
 一度新刊案内で出たものの、何故か発売延期となっていたものがようやく登場。
 微妙にわかりづらいですが、作者は福永武彦だけど、発表当時は加田怜太郎という名前で(だから<加田怜太郎全集>となっている)、中に出てくる名探偵は伊丹英典です。 そして解説は、法月綸太郎!
 まるでレトロな探偵小説の翻訳本のような装丁もいい感じで。 いろんな意味でマグリット!

  彼女がエスパーだったころ文庫版.jpg 彼女がエスパーだったころ/宮内悠介
 この人には『盤上の夜』以来ずっとやられています。
 本作は科学では説明しきれない超常現象をモチーフに扱った短編集とのこと。 この人の切れ味は短編のほうがよくわかるんじゃないかなぁ、という気がしてしまうのは、『盤上の夜』の衝撃からいまだ覚めやらず、だからですかね。

  ボートの三人男もちろん犬も.jpg ボートの三人男 もちろん犬も/ジェローム・K・ジェローム
 おぉ、『ボートの三人男』に新訳が!
 丸谷訳で十分では・・・と思わないこともないが、部分的にわかりにくいところがあるのも確かで、そこは『黒後家蜘蛛の会』とは違うところだろうか(原点がこっちのほうが古い、イギリス文化が否応なく入り込んでいる、など)。
 というか、原文を読んだ人からは「これはほぼ丸谷才一作品だ」という感想を聞いたこともあり・・・中庸(?)的な存在も必要ってことなんですかね。
 まぁ、新訳が出ることで知らない世代の注目を集めるとしたら、それはそれでよいのかと(多分丸谷訳も手に入るはずなので、読み比べるのも一興)。

  女は帯も謎も解く.jpg 女は帯も謎もとく/小泉喜美子
 小泉喜美子復刻の流れ、かなりきてます!
 これは芸者さんが名探偵役を務める連作短編集。 設定だけだと二時間サスペンスドラマみたいだけど、多分こっちのほうが先。

  風のベーコンサンド.jpg 風のベーコンサンド【高原カフェ日誌Season1】/柴田よしき
 なんとなくコージーに寄りたい気持ちもあって、目についた。
 でも巻末レシピは情報が少なすぎて、<お菓子探偵ハンナシリーズ>みたいなものを期待してしまうと肩透かし。
 きっとこれは本文に詳しいレシピがあるか、複雑なレシピではないか、もしくは詳細なレシピなんか気にならないくらい別の要素で読む者を引き付けるか、かな。
 <シーズン1>ってことはシリーズになるってことですよね! やっぱこういうのはシリーズにならなきゃ!

ラベル:新刊
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2018年04月14日

パシフィック・リム アップライジング/PACIFIC RIM UPRISING

 久し振りの初日レイトショー。
 やはりというかなんというか・・・わりと込んでいるのは予想の範囲内。 しかし観客の9割以上が男性。 英語圏の方のグループ客も。 あぁ、こういう映画のときって客層の広さを感じるわ・・・そして前作ではまった人たちの濃さみたいなものも。 ギレルモ・デル・トロ監督の怪獣愛が世界に伝わった瞬間よね〜。
 でも二作目は違う監督なんだけど、大丈夫かしらという一抹の不安あり(プロデューサーにギレルモ・デル・トロの名前はあるけどさ)。

  パシフィックリムUR1.jpg 戦いは〔新世代〕へ

 時空の裂け目を閉じ、KAIJU(怪獣)との最後の戦いを終えてから10年後、世界は復興のただなかにあった。
 最後のイェーガー・パイロットの一人ペントコストの息子ジェイク(ジョン・ボイエガ)は、義姉マコ(菊地凛子)が環太平洋防衛軍(PPDC)の議長として重責を担っているのに、復興が間に合わない廃墟の街で廃棄物化したイェーガーのパーツを違法売買することで生計を立てていた。 が、タイミング悪く逃走中に発見され逮捕、マコの命令によりパイロット候補生の教官をつとめることになってしまい・・・という話。
 え、そこから?、というくらいスタートが長い。 怪獣、出てこないし・・・(訓練生たちがイェーガーテストパイロットの最中に子供時代に見た怪獣が思い起こされて出現するくらい。 でもその存在感は圧倒的ですが)。
 で、出てくるのはニセイェーガーだし。 ある意味、暴走したメカゴジラってこと? ならば個人的につくられた違法イェーガー・スクラッパーはミニラか?
 前作で結果的に大活躍するオタク研究者コンビが再登場してくれるのはうれしいです。
 で、最終決戦の場は東京という設定ですが・・・電光掲示板やデジタルサイネージに踊る漢字は中国のものなんですよね・・・日本と中国の違いを西洋の人に完全に理解してもらうのは無理なのかとあきらめてはいますが、この映画自体かなり中国寄り(資本からしてそう)ということもあり、中国なら違いわかるだろう! むしろ近未来は日本は中国の支配下にあるという予告か!、とか気になっちゃうわけです。
 でも、そもそも『パシフィック・リム』は日本の特撮怪獣映画やロボットアニメへの敬意から作られたものでしょう?
 一作目にはそういう配慮がひしひしと感じられたから熱狂できたのに、本作にはそれがかけらも感じられない。 せめて日本と中国の違いくらいちゃんと区別してよ! 東京から富士山の位置関係がおかしいとかそういうことには目をつぶるからさ!
 ジョン・ボイエガは『デトロイト』とは全然違うチャラいにーちゃんキャラで、役者としての守備範囲の広さを見せてくれましたが、この映画自体が彼のキャリアに有用かどうか微妙・・・。 彼も「KAIJU」ではなく「モンスター」って台詞で普通に言ってるしな。
 『シェイプ・オブ・ウォーター』のせいかもしれないけど、なんで監督続けてくれなかったんだ、ギレルモ・デル・トロ。
 シリーズ続ける気満々みたいですけど、あたしには『パシフィック・リム』は一作目だけでいい・・・(涙)。

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2018年04月13日

湖畔荘/ケイト・モートン

 『悪魔の星』の上巻をそろそろ読み終えようかという頃、図書館からお呼び出しの連絡が。
 あれか! あれがついに来るか!
 ケイト・モートンの『湖畔荘』である。
 予約まだ詰まってる! 早く引き取って早く読んで返さなければ!、とさっそく翌日図書館に(それまでの間に、『悪魔の星』は下巻に突入。 いいところに来ているのに断腸の思いだが、優先順位というものがある。 いったんお休み)。
 早速頭を切り替えて『湖畔荘』に没頭するのであった。

  湖畔荘1.jpg湖畔荘2.jpg ノスタルジック・・・。

 2003年、ロンドン。 ロンドン警視庁所属の刑事セイディは、子供が一人きりで家に一週間も置き去りにされた事件で、母親の自主的な失踪によるものという上層部の判断に納得できず、事件性があると一人訴えていたがうまくいかず、結果謹慎の身となることになり、祖父の家があるコンウォールへ。 苛立ちまぎれのジョギングの最中にたまたま、古びているが独特の雰囲気を持つ<湖畔荘>に出くわす。 実は70年前、その屋敷で赤ちゃんが行方不明になった事件があり、今も未解決のままだった。 気持ちも暇も持て余すセイディは調査に乗り出す。
 1932年、コンウォール。 <湖畔荘>に住む少女アリスは大好きな父親からもらった革の手帳に物語を書き込むようになる。 謎解き小説を書いて世間に発表する野望を抱くティーンエイジャーのお嬢様から見た屋敷の様子と、そこに集う人々の姿。
 主にこの二つの年代(ちょっと1910年代も入る)を行き来しながら、この二人をメイン人物としながらも様々な人々の視点から見た部分を織り交ぜつつ、<湖畔荘>をめぐる出来事がタペストリーを作っていく。
 主役の一人は刑事だし、現在でも過去でも子供をめぐる事件が起きているのだけれど、厳密にいうとこの物語はミステリではない。 『忘れられた花園』や『秘密』同様、特に女性の生き方に重きを置いた人間ドラマです。
 また、翻訳物にはなくてはならない<登場人物一覧表>がこの本にはない。 ネタバレになるから、というよりも、セイディが出会っていく人々を読者もまた同時進行に知っていくほうが面白いから、それに10代のアリスと80代のアリスの間を埋める“時間”もこの物語のもう一つの主役であるから、かしら。
 登場人物はそれなりに多いんだけど、順番に出てくるし章をおいて何度も登場するから自然と頭に入ってしまう(というか、今回あたしは一気読みをするつもりで読んでいるけれど、一気読みせざるを得ない内容なので忘れようがないというか)。 「えっと、この人は誰?」となることは一度もなかった。 説明不十分のまま時代を飛んだりするにもかかわらず。
 そして重要なキーワード、コインシデンス(偶然)の存在。
 セイディが<湖畔荘>を見つけたのも偶然、コンウォールの図書館員がセイディに協力的な人なのも偶然、<湖畔荘>に関する古い情報がたまたま見つかって修復に出され、閲覧可能になったばかりという偶然、などなど・・・細かいところから真相にかかわることまでコインシデンスがちりばめられている(登場人物たちもあまりの偶然の多さに驚嘆の声を上げるほど)。
 それを「ご都合主義」ととる人も多いかもしれない。 でもあたしはあえて断言する。 偶然も、いくつか重なればそれは必然である。
 えっ、こんなことがこんなことに?、という経験、ある程度の年数を生きてきたら誰しもあるはず。 ただそれを「たまたまそうなっただけ」と思って流すか(もしくは気づきもしないか)、その意味を考えるか(そうすると大袈裟にも“運命”という言葉が浮かんでしまうのだが)の違いで。 なので、そんな“必然”を理解する人にとって必読の書!
 まぁ、でも個人的には前作『秘密』のほうが心動かされたかなぁ、と読みながら思っていましたが、終盤で不意に落涙。 またやられてしまった・・・。
 更にエンディング、描かれるべきところをさらりと省略し、一言でその過程を全部想像させるところはすさまじく、それもこれもここに至るまでのことを読者に読み込ませていたからで、そこも「やられた!」って感じ。
 デュ・モーリアをリアルタイムで読んでいた読者もこんな気持ちになったのかなぁ、とまた“時間”に思いをはせてみたり。

 しかしながら・・・東京創元社の本にしては珍しく、誤植というか校閲ミスのようなものが目立ち(、が。になっていたり、助詞が抜けていたり、など結構何か所も)、残念な印象。 出版社に連絡すべきかと思ったが、発売されて結構たってるし、連絡すべき人がしているだろうし、多分向こうも把握しているだろうから、重版以降は直っているのかもしれない。 文庫になるときには間違いなく訂正されているだろうから、購入はその時に。
 というか、『秘密』を早く文庫化して!
 そんなわけで無事期間内に余裕をもって読了。 次の人、どうぞ!
 さ、『悪魔の星』に戻るぞ!!

ラベル:海外ミステリ
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