2018年03月18日

聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア/THE KILLING OF A SACRED DEER

 『ロブスター』のヨルゴス・ランティモス監督最新作(しかも本作で第70回カンヌ映画祭脚本賞受賞)と聞けば、気になるではないか。 再びコリン・ファレル主演でニコール・キッドマンまで出る豪華さ、更にストレートにミステリー・サスペンスの形態での殴り込み。 一体どうなるのか! まぁ、タイトルからギリシャ神話・ギリシャ悲劇がモチーフなのはうかがえますが。

  聖なる鹿殺しP.jpg “彼”は4つの悲劇を用意した――。

 スティーブン(コリン・ファレル)は心臓外科医。 眼科医の妻(ニコール・キッドマン)との間に二人の子供がいて、郊外の豪邸に住むわかりやすい成功者。 だが、スティーブンにはマーティンというある少年(バリー・コーガン)と家族には秘密の関係があるようだった。
 しかし、マーティンの存在は家族の知るところとなり、彼はスティーブンの豪邸に客として招かれる。
 その日から、マーティンの家では異変が起こり始め、ついには二人の子供たちの身体に異変が・・・。
 スティーブンに突き付けられたのは究極の選択だった、という話。
 冒頭、いきなり手術室のむき出しの心臓のドアップから始まる。 実は心臓だという説明はないので、「こ、これはなんだ!」といきなり落ち着かない気持ちにさせられる。 多分人間だよね? 人間の臓器でここまで拍動するのって心臓だよね?、とつい考えてしまい、目が離せないのはやはり医者でもない人間がここまでナマ(?)の心臓をはっきり見たことがないからだろう(実際に映っているのが本物かどうかはともかく、違うとしても限りなく似せているだろうから)。 この色が違う部分が弁なの?、と昔の生物の授業の記憶がよみがえってみたり。
 そんなわけで、これは不安に近いほうの、とても落ち着かない気持ちに満ち溢れている映画だった。

  聖なる鹿殺し1.jpg あえてあやしい関係に見せようとする構図とか。
 いや、そもそも登場人物の会話が全員、ぎこちない(棒読みのようで、表情も動いてなくて)。 手術を終えて出てきたスティーブンと同僚の会話も雰囲気的にぶっきらぼうで、そのやり取りも意味が通っているようで通っていないような。 それは次のスティーブンとマーティンの会話で最高潮に達する。 それとも、日常における会話ってこんなものなのか?、という「演劇的お約束」の不自然さに背を向けたあえてのリアルを追求したのか? そうとでも理由をつけないことには落ち着かない。 そう、とても落ち着かない。
 マーティンが家に来る前の、家族四人の食卓ですら不穏の空気。 いつニコール・キッドマンがぶちぎれても不思議じゃない感じで。

  聖なる鹿殺し2.jpg そして、夫婦の関係にも独自ルールが。
 マニアなのかプレイなのか。 まぁ二人だけの約束事なら文句を言う筋合いはないですけど・・・。
 でも人間関係を構成するすべての要素が、こわいのです。
 マーティンが来てから、子供たちにいう言葉がもう・・・ざわっとする。
 なんだかまるで、ミヒャエル・ハネケの『ファニーゲーム』を思い出させるものが!
 でも、だったらハネケの映画を観ればいいのである。 ヨルゴス・ランティモス監督の強みは「ありえないぶっ飛んだ設定をリアルに見せてしまう説得力」だと勝手に思っているので、その点では前作『ロブスター』のほうが完成度が高かったような・・・。
 登場人物の数が絞られ、より人間関係の濃密さを醸し出しているだけに、不条理性がやたら突出してしまい、「な、なんで?」と観客の心の準備ができていないうちに話が進んでしまうのでいまひとつ乗り切れなかった(というか、あたしが置いていかれたのか)。

  聖なる鹿殺し4.jpg 得体の知れない存在として常にいるマーティン。 とても『ダンケルク』の船に乗っていた少年(?)と同一人物には思えないよ・・・。
 マーティンの母親(アリシア・シルヴァーストーン)との会見が失敗したのが最後のスイッチだったのか・・・。
 あたしは復讐譚が結構好きですが、これは復讐を通り越して、呪いです。
 ギリシャ悲劇において、聖なる鹿を殺した父親に対してアルテミスが用意した<4つの悲劇>という仕掛け。 マーティンがそれにのっとって行動しているんだろうけれど・・・具体的な方法とか手段が一切明かされないので、いやな感じは強まるばかり。
 なのに、呪いの回避法はぐるぐるバットみたいなもので、笑うしかないのに妙な緊張感で笑えない。

  聖なる鹿殺し3.jpg 復讐という誓いのために。
 生きていくためには何かの犠牲が必ず必要。 その犠牲が多少大きくたって仕方がないではないか、他の者たちがその後生きるためならば。 とでもいうような結末には、「この人たち、これからどうやって生きていくのかな」と思うしかなく。 心のどこかを殺して生きていくのか、それとも何もなかったことにして普通に生きていくのか。 どちらにせよ、そうでないにせよ、彼らは壊れている。 壊れている人たちが繰り広げていた一幕を、あたしは観てしまったのだ。

posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする