2018年03月07日

ロープ 戦場の生命線/A PERFECT DAY

 えっ、すごい豪華キャストじゃん! 何故それがこんなひっそりと!
 しかしこれを<豪華キャスト>と見るかどうかは年齢とか過去に観た映画に左右されそう・・・でも、映画館で観られるのは神戸に住んでいるからだよな、と大都市の恩恵にあずかるのでした(勿論、神戸市を大都市とするかどうかは人それぞれでしょうが、地方都市出身のあたしの基準では大都市なのです)。

  ロープP.jpg それは、紛争地帯のありふれた一日。
   国際援助活動家たちはそこで何を見たのか?

 1995年、バルカン半島にある村にて。 国際社会的には<ボスニア紛争停戦直後>、しかし現地の人々にとってはそうではない状況下、井戸に死体が投げ込まれたので水が使えなくなる。 早く死体を片付けないと水が腐ってしまい、浄化が間に合わなくなり被害が拡大することを懸念した「国境なき水と衛生管理団」のマンブルゥ(ベニチオ・デル・トロ)は車にロープを繋いで死体を引き上げようとするが、途中でロープが切れてしまう。 マンブルゥは同僚のビー(ティム・ロビンス)やソフィー(メラニー・ティエリー)、通訳のダミール(フェジャ・ストゥカン)らと協力し、別のロープを手に入れようとするのだが、道のどこに地雷が埋められているかわからないし、外国人だから(?)とロープは売ってもらえないし、たまたま知り合った現地の少年二コラの「ロープのある場所を知っている」という言葉を頼りに危険地帯を車で走る・・・という話。

  ロープ3.jpg この井戸の中に死体が。
 死んでいるのは誰か、誰が死体を井戸に投げ込んだのか、といった謎解きは一切ない。 そもそも「謎を解く」というシチュエーション自体がそこそこ平和な世の中であることが前提なのだと思い知らされる。 紛争地帯の混乱と理不尽さがそこにはたっぷり。 ベテランのマンブルゥに対して、新人のソフィーの青くさい理想論や現状に衝撃を受けてあげる悲鳴が、観客目線の役割を。
 でもこの映画はまったく重たく描いていなくて(といって軽いわけでもないのだが)、むしろ強いパンク精神が前面に。 特にビーというキャラクターが常に減らず口をたたくユーモア要員で、はじめはちょっといっちゃっている人なのかなと思わせつつ、後半になれば「それくらいじゃないとこの状況に長く身を置いていられない、必要だから身につけたものなのだ」と感じさせるのがうまくて切ない。

  ロープ4.jpg いざというときは、彼ほど頼りになる人はいない。
 『ショーシャンクの空に』のアンディを思うと、「ティム・ロビンス、老けたなぁ」となってしまいますが・・・その分、あたしも年をとっているわけでして(汗)。 でもベニチオ・デル・トロとティム・ロビンスのコンビはすごくよかった。 心に秘めた理想を隠し持ちつつ、どうしようもない現実の前には清濁併せ持つ覚悟で、割り切るところは割り切って今における最善をめざすという姿勢が、異国・異文化に立ち入る者としての矜持である、というような。
 逆に現地の人たちの視点はあまり描かれない。 あくまで彼らから見た物語としているせいか、中途半端に描くのは失礼だからなのか。 まぁ、ボスニア紛争自体まで描いちゃったら映画は終わらないよね。

  ロープ1.jpg 何故かマンブルゥの元カノ・カティヤ(オルガ・キュリレンコ)が現状の活動を評価する立会人として合流。 非日常にいる「国境なき〜」な方々もまた恋愛問題を抱えてしまうというおかしさ。
 ニコラくんがどうしてそんなに英語がペラペラなのか、といった不思議さはありますが、そこまで厳密さを求めるのは野暮であろう。 光が当たるべきなのは民族紛争そのものの不条理・理不尽さと、それを目の当たりにした他者が何をすべきか考える、ということ。 スーパーヒーローが存在しない世界で、どうすれば少しでもそこにある苦しみや辛さや危険を取り除くことができるのか。 このような活動は時に「偽善」という言葉と隣り合わせに語られてしまうけれども、彼らにはそんな意識まったくなくて(むしろ命の危険にさらされているのだから)、そう言う人たちこそ自分は安全地帯にいるのよね。

  ロープ2.jpg ロープを探すだけ、という地味といえば地味な仕事ですが・・・その過程で彼らの人生や人間性が見えてくる。
 「停戦協定は成立したのよ」と外から来たばかりのカティアがいくら言おうとも、そんなことは知らないとセルビア人勢力軍がつっぱねればそれでおしまい。 下手に騒げばとらわれているボシュニャク人たちが殺されてしまうかも。 全体的にコメディテイストなだけに、時折挟まれる現実の緊張感がただごとではない。 この物語設定が20年以上前といっても、場所や人が違うだけで同じようなことは今も起こっているのだろうと感じられるし。
 “A PERFECT DAY”という原題自体が、希望でもあり皮肉でもあるという矛盾の産物。 これが「ありふれた一日」なのなら、普通の日常に戻るのってすごく大変だよ・・・。
  ロープ5.jpg 景色はこんなに美しいのに、人の心は理解しあえない。
 なんとも言えないエンディングには、「なるほど・・・これでは神(特に一神教)にすがる人の気持ちもわからなくはない」と思ってしまったあたし。 あたし個人は絶対唯一神はない派ですが、それもまた生まれ育った環境のせいなのね・・・。
 そんな風に、誰もが共感できたらいいのに。 そうできればきっと、争わずにすむのに。
 でも現実は、それだけではすまないから。
 地味ながらも、見ごたえのある映画でした。 それもまた実力派という豪華キャストだからこそ、かも。
 そういえば、ティム・ロビンスは同じくボスニア紛争に絡んだ映画『あなたになら言える秘密のこと』にも出てたなぁ・・・と、懐かしく思い出したりして(映画自体は懐かしく思い出されるどころじゃないショッキングなものですけど)。

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2018年03月06日

第90回アカデミー賞受賞結果まとめ

 受賞結果を書いていなかった。 今は覚えていても、後日になったら詳細は忘れているだろう、ということでまとめておく。

作品賞
 『シェイプ・オブ・ウォーター』
監督賞
 ギレルモ・デル・トロ(『シェイプ・オブ・ウォーター』)
主演男優賞
 ゲイリー・オールドマン
  (『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』)
主演女優賞
 フランシス・マクドーマンド(『スリー・ビルボード』)
助演男優賞
 サム・ロックウェル(『スリー・ビルボード』)
助演女優賞
 アリソン・ジャネイ(『アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル』)
外国語映画賞
 『ナチュラルウーマン』(製作国:チリ)
脚色賞
 『君の名前で僕を呼んで』
脚本賞
 『ゲット・アウト』
撮影賞
 『ブレードランナー2049』
編集賞
 『ダンケルク』
美術賞
 『シェイプ・オブ・ウォーター』
衣装デザイン賞
 『ファントム・スレッド』
メイク・ヘアスタイリング賞
 『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』
作曲賞
 『シェイプ・オブ・ウォーター』
歌曲賞
 “Remember Me”(『リメンバー・ミー』)
録音賞
 『ダンケルク』
音響編集賞
 『ダンケルク』
視覚効果賞
 『ブレードランナー2049』
長編アニメ映画賞
 『リメンバー・ミー』
長編ドキュメンタリー賞
 『イカロス』
短編ドキュメンタリー賞
 『ヘヴン・イズ・ア・トラフィック・ジャム・オン・ザ・405(原題)』
短編アニメ映画賞
 『ディア・バスケットボール』
短編実写映画賞
 『ザ・サイレント・チャイルド(原題)』

 技術系の賞は『ダンケルク』と『ブレードランナー2049』とで分け合ったような形か。
 受賞者がA4ぐらいの白い紙をばさっと広げてスピーチする中、辻一弘さんは手のひらサイズの二つ折りカード(外側は紺の厚紙)を開いて読む(なので字が小さかったのか「メガネをかけていなかった」と笑いをとってしまう)という奥ゆかしさが、「あぁ、日本人だなぁ」と思ってしまいました。 ほんとはなにも読まないでスピーチするのがかっこいいんだけど、言い忘れることがあってはならない、ということなんでしょうなぁ。
 最終的に作品賞を競った(のであろう)『シェイプ・オブ・ウォーター』と『スリー・ビルボード』が授賞式前に日本公開されていたから個人的には盛り上がりに拍車がかかりました。 『ゲット・アウト』も(『ベイビー・ドライバー』も)ノミネートされたことで全国で再上映・拡大公開されたことはめでたい。 日本国内で「洋画衰退」と言われる中、ビッグバジェット映画以外が広まり、面白いと思ってもらえる機会が増えるのは文化的多様性の面でも大事かと。
 作品賞でノミネートされた作品すべてがGWあたりまでにすべて日本公開予定が立っている、というのもうれしいことで。
 個人的にすごく観たい『イカロス』はすでにネットフリックス配信中だそうで・・・入ろうかどうかすごく悩んでしまう(ドラマ『マインドハンター』も観たいしねぇ。 視聴料を払うのと、観たい作品のDVD買うのとどっちがいいんだろう)。
 勿論、アカデミー賞は完璧ではないし、候補にあがらなくてもいい作品はある。 ただのお祭りだし、ただ今後の傾向を占う流れが読み取れるってだけのこと。 アメリカ本国では授賞式の視聴率は低かったようですが、「弱者の視点に立とう・他国の文化に敬意を払おう」という流れをもしかしたらアメリカ国民の多くは受け入れようとしていないということなのかもしれず、だからこそトランプ政権が誕生してしまったんだよなぁ、ということも見えてくるわけで。
 アメリカのことなのに、実はアカデミー賞はアメリカではない、ということも覚えておかなくては。

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2018年03月05日

第90回アカデミー賞授賞式

 休みをとった!、とはいえ、衛星生中継の都合上、WOWOWは放送を朝8時半スタート・・・休みだからってゆっくりできない! そしてアメリカでのCMタイムがWOWOWオリジナル放送部分なので、お手洗いにも行けない。 番組表では15時まで放送時間を押さえてあるし、だいたいそれよりは早く終わるのだが14時はまわるのは間違いないわけで、一部仕事より厳しい部分も。
 と、こっちはいろいろ身構えて臨むのに、なんか今年、WOWOWは人選を誤ったな!
 もう、スタジオはジョン・カビラと町山さんだけでいいよ、レッドカーペットは尾崎さんだけでいいよ、と思ってしまった今年(いや、過去にも思ったことあるけどね)。
 で、授賞式ですが・・・昨年の大失敗を受け、封筒が巨大化してラインストーンで部門ががっちり表記された。 それをプレゼンターが観客・カメラ側にしっかり向けているので、「こう変わりましたよ」とあえて見せているのだろう。 そういう「ネタをなんでも楽しむ方向にしよう」とするアメリカ人のエンタテイメント精神は素晴らしいと思う。 司会のジミー・キンメルも#Me Tooや#Time's Up、更に銃犯罪被害などを受けて去年よりぐっと真面目なところは真面目だったし(マット・デイモンいじりはちゃっかり忘れなかったので、「あぁ、そうか、この二人はアメリカでは敵対関係設定だったな」と思い出す)。
 で、結果的にはだいたい予想通りなれど、多少の番狂わせ(?)はあった、といういつもの感じでしたかね。
 脚本賞の『ゲット・アウト』は、あたしは行けるかと思ってたけど(『スリー・ビルボード』観る前だったこともあり)、実際とったらどよめきが起こってましたね! トランプ政権への非難や怒りがまだ続いてるということなのか。 でも、「マイノリティにも同じ機会を」と言いながら、「世界各地で正義のために戦う軍人さんのために祈りを」とも同時に表明できちゃうところがアメリカだなぁと感じる。
 メモリアルでは鈴木清順監督のほかに中島春雄さん(ゴジラ初代のスーツアクター)も追悼されていて、「日本よりちゃんとしてる!」と胸が詰まりました。
 “This Is Me”が主題歌賞をとれなかったのは残念だった・・・。 二年連続は避けたかったのかな。 『リメンバー・ミー』はきっと日本でもヒットするだろう(ディズニーアニメはミュージカルだからちょっと、と思うあたしもこれは面白そうかもと感じるくらいだし)。
 長編ドキュメンタリー賞の『イカロス』のあらすじを町山さんが説明してたけど、めちゃくちゃ面白そうだった。 ぜひ日本でも公開してほしい。 『疑惑のチャンピオン』は公開されているのだから、その関連派生作品として。 外国語映画賞はチリの『ナチュラル・ウーマン』だったけど、他の候補作も日本公開が決まっているのがとてもうれしい(シネ・リーブル神戸で『ラブレス』とかチラシもらってきたばかりだよ)。 アカデミー賞がある意味他の映画の見本市みたいになってしまっているのが、いいことなのかどうなのかわからないけれど、ハリウッド偏重にならずに他の国の文化を知れるからないよりはいいのだろう。 あたしもおかげで、よくわからない言語の映画でもあまり抵抗なくなってるし。
 でも、なんだかんだで『シェイプ・オブ・ウォーター』とギレルモ・デル・トロ監督の日!
 町山さんが泣いちゃってたのにびっくりした。 怪獣・ホラー・SFといった特定ジャンルを偏愛する人たちはメジャージャンルに対して迫害されてきたという過去があるんだろうな・・・あたしも『羊たちの沈黙』が作品賞をとったときには「時代が変わる!」って思ってはしゃいだもんなぁ、年上の町山さんたちにとっては「報われるための日々」が長かったんだろう。 あたしもそのジャンル好きですが、「わからない人にはわかってもらわなくてもいい」と思っている部分があるから・・・思い入れがそこまでじゃない、ということでしょう。
 だからおめでとう!
 たとえその理由が「時代の要請」だとしても、結果を出したほうが勝ち。 過去には毒にも薬にもならない作品を選んだり、結局キャリアを大事にしない役者を選んだりした後悔からか、前向きにチャレンジングである人・賞をゴールにせずに更に活躍しそうな人・ずっと走り続けている人をノミネートする方向が続いているのはいい傾向だし、これから続こうとしている人たちの目標として存在できるのは素晴らしい。

 放送終了後、せっかく休みだし、と思って『ビッグ・シック』か『聖なる鹿殺し』でも観に行こうかな、ついでに外食しちゃおっかななどと目論んでいたのだが・・・雨がまた降ってきて、更に尋常じゃない風の音がしてきたので、めんどくさがりやのあたしは外出を取りやめました・・・だって電車止まるかもしれないもん。
 そして、これを書いている。

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2018年03月03日

シェイプ・オブ・ウォーター/THE SHAPE OF WATER

 アカデミー賞授賞式前に、関連映画は観ておきたい。 ということで『シェイプ・オブ・ウォーター』。
 とはいえギレルモ・デル・トロ監督作品なので、賞ノミネートに関係なく観に行っているとは思いますが。 あたしが彼の名前を覚えたのは『デビルズ・バックボーン』(スペインを描いたゴーストストーリー、佳作! のちの『パンズ・ラビリンス』と対になる作品かと)だったけれど、のちに『ミミック』の脚本・監督もそうだと知ってとても納得する。
 そこまで描くか!、という強烈さはあれど、この人の感じがあたしは好きだ。 まさか日本の怪獣映画が大好きな人だったとは、全然気づかなかったけど・・・そういうところが出てしまうから好きなんでしょうねぇ。
 そんなギレルモ・デル・トロ監督、マニア人気は高いけど、まさかアカデミー賞にノミネートされる日が来るとは・・・人生、何が起きるかわかりませんね。

  シェイプ・オブ・ウォーターP2.jpg 切なくもいとおしい愛の物語。

 60年代、アメリカ。 幼い頃に声帯に傷を負ったせいで声を出せないイライザ(サリー・ホーキンス)は、古い映画館の上のアパートに住み、政府の極秘研究所で清掃員として働いている。 話し相手(手話が通じる相手)は、隣人である絵描きのジャイルズ(リチャード・ジェンキンス)と同僚のゼルダ(オクタヴィア・スペンサー)だけの、孤独を抱えた人生だった。 ある日、研究所に極秘に運び込まれたのは、アマゾンの奥地で神とあがめられていたという<不思議な生き物>。 イライザは<不思議な生き物>の姿を見、心惹かれて折を見ては彼に会いに行くように。
 しかし軍上層部の意向で送り込まれたストリックランド(マイケル・シャノン)は<不思議な生き物>に対して容赦なく痛めつけ、果ては生体解剖を提案。 研究所のホフステトラー博士(マイケル・スタールバーグ)は未知の生物への敬意からそれに反対するが・・・という話。
 米ソ冷戦下という時代設定が、「軍ならなんでもする」からこのファンタジーを現実に引き寄せる。

  シェイプ・オブ・ウォーター2.jpg 秘密研究所の造形が、ちょっと『ウルトラQ』っぽくみえちゃう。
 イライザが卵をゆでるシーンのくだりには一瞬ぎょっとなるが、彼女が純真無垢な女の子ではなく、生身の人間であることを最初に示すためかも。 それに、人間は礼儀正しい生き物なんかではないとギレルモ・デル・トロ監督はいつもエログロ描写に手を抜かないからな、ヒロインだからって優しくしてもらえるわけではないことは『パンズ・ラビリンス』で証明済み。
 悪役として登場するストリックランドも、軍人として命令系統の中でいかに自分の能力を誇示するかというマッチョ精神に支配されているだけで、個人の内面はとても空虚。 イライザの味方となるいい人側のジャイルズとゼルダも、それぞれゲイと黒人という社会的には“弱者”の立場。 それ故に異形のものとして登場する<彼>が、次第に美しく見えてくるのは必然。

  シェイプ・オブ・ウォーター4.jpg 立場の違う二人の対決。
 マイケル・スタールバーグっていつも助手とかで誰かに振り回されるみたいな役のイメージだなぁ(『スティーブ・ジョブズ』とか『メッセージ』とか、『女神の見えざる手』もそうかも)、と思っていたけど、本作では弱い立場ながら研究者として・学究の徒として意思をはっきりさせる役で、「おおっ!」と思わされた。 きっとこの人も、素晴らしいバイプレイヤーとして生きているのだろう。 助演男優賞にノミネートされる日は近いんじゃないだろうか。 いい役者がごろごろ出てくる映画は観ていてわくわくする。 物語にどんどん没頭させてくれるから。
 また悪役になってしまったマイケル・シャノンだけど、ストリックランドという対立軸がいるからイライザ側の動きが輝くわけで。 誰が欠けても成立しない、無駄なカットがひとつもないところが素晴らしい。

  シェイプ・オブ・ウォーター3.jpg やっぱりリチャード・ジェンキンスってわからないなぁ。
 特殊メイクなのか、顔の輪郭が変わっているのでジャイルズ役がリチャード・ジェンキンスってなかなかわからなかった。 でも声はそうだから(特に、冒頭とラストのナレーションは彼が担当)。 ジョン・ハートなきあと、ナレーションで映画の格を上げられる人が他にいるかな、と思ってたけど、ここにいましたよ! ←個人的見解です。
 ジャイルズはすっごくいい人なんだけど、60年代でこの年齢でゲイとして生きてきたからこその共感力というか、彼がこれほどの優しさだけでなく気配りまで身につけたのは、それだけ彼自身が迫害されたりひどい目に遭ってきたからなんだろうか・・・と考えるとそれもまたつらいことで。 受け入れることとあきらめることは、微妙に似ているから。
 ジャイルズから見ればイライザはまだ若く、その恋をかなえてあげたいと思うんだろうなぁ〜。 また、<彼>に対する視点は芸術家のものであるところも興味深い。
 とはいえ、主役はやはりイライザなわけで。 ひっそり目立たぬよう生きる、がポリシーのようだった彼女が、<彼>に会ってコミュニケーションをとり、恋心を自覚していくうちに服装は明るくなり(特に赤いものの着用率が高くなる)、態度に自信があらわれ、ストリックランドに対しても(手話だけど)挑戦状をたたきつけるばりの言動をするように。

  シェイプ・オブ・ウォーター1.jpg だって、運命の相手のためですもの。
 地味で内気な女性がだんだん目を輝かせ、表情が豊かになっていく。 もともと恋にはそういう効果はありますが、イライザは元から言葉を持たない。 そんな彼女が表情と身振り手振りで感情を放出するすごさ。 だからイライザがだんだん美人に見えてくるんですよ。 一目惚れや運命の出会いを信じるあたしはうっかり泣いちゃったよ・・・。
 で、大事なモチーフである水。 でもこの映画では青ではなく緑色寄りで描かれる。 そして緑色のモチーフが他にもたくさん(<彼>を閉じ込める水槽、キーライムパイ、ストリックランドが買うキャデラック、など)。 それに対して緑の対比色である赤は、イライザの持ち物にだけ。 赤の量は、彼女のしあわせの量なのね。
 ラストシーンは解釈の分かれるところだろうけれど・・・「あぁ、そういうことだったのね!」ということであたしは納得。
 運命の出会いの結果、得られる居場所が出生の秘密に関係したとしても、それもいいじゃない?

  シェイプ・オブ・ウォーターP1.jpg 第一弾ポスター&チラシ。
 当時はイメージイラストだと思ってましたが、今見るとちゃんと女性の顔がイライザになってる!
 ギレルモ・デル・トロ監督の映画(オタク)愛が詰まった一本。 それが一般的に評価されるというならば、こんなにうれしいことはない(だってこれも、怪獣映画だし!)。 でも、たとえアカデミー賞をとったとしても、つくる映画の種類は変わらないんだろうなぁ、きっと。

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2018年03月02日

今回は忘れず、第41回日本アカデミー賞授賞式を見たが

 すっかり最近忘れがちだった、日本アカデミー賞授賞式を、今年はなんとか忘れずに見る。
 とはいえ、ぎりぎりやばいところだったんですよね・・・というか、ノミネート自体いつ発表?、みたいな。 またしてもぴあからの「授賞式のチケット一般販売」のお知らせで気づくというか。
 で、ノミネート調べて・・・「なんだこりゃ」というか・・・日本アカデミー賞は大手三社の談合です、という根強い噂(ここまできたら噂ではないんだろうなぁ)を裏付けるような結果で。
 実際、あたし自身も対象の映画全部観てはいないのですが、過去のここでの記述を見直したら、よかったと思ったのは『愚行録』『22年目の告白〜私が殺人犯です〜』だけ。 あと、『三度目の殺人』の役所広司だけ。 『武曲』と『あぁ、荒野』と『彼女がその名を知らない鳥たち』は観たかったけど見逃しました。
 『愚行録』が無視されるのはありえないでしょ! 公開規模が小さいとこうなってしまうのか、とんでもなく後味が悪いからか。 それとも小出恵介が出てるから?!
 『22年目の告白』は結構ヒットしたから無視できなかったということかしら(ワーナーブラザーズ配給ですが)。 まぁ、あたしが今回授賞式観ようと思った原動力は、藤原竜也のコメント聴きたいからだったんですけどね。
 というか、日本映画の製作本数が増えて大手三社だけではまかなえていない(小規模公開作品の裾野が広がっている・大規模公開も他が参入している)現状で、大手三社から作品賞・監督賞を出そうとするから無理がある。 役者の方々もその縛りのせいなのか、ノミネートの層が薄い。 そもそも、普通に続編がノミネートされてること自体が異常であると感じないのか? 観客もなめられたもんである。
 それでも、最終的に役者の方々がとるべき人がとっている、ということに多少の救いはあるのだが。 というか、『三度目の殺人』においては役所広司は主演だろ・・・福山雅治がノミネートされなかったのは、『タイタニック』のときのディカプリオを思い出させるものがありますね。
 それにしても相変わらずスタッフの方々へのリスペクトが薄い・・・今回は比較的賞がばらけたから、より詳しく紹介してほしかったのに。
 だけど『8年越しの花嫁』や『デスティニー』が今回の対象作品になっていたことに驚いた。 12月公開作品は次年度回しだと思っていたのだが、規約が変わったのだろうか?(正確には11月何日までに公開されたもの、とかだった記憶が)
 作品賞は・・・ノミネートの中では『三度目の殺人』だろうな、とは思ったけど、個人的には消極的消去法のような選び方でした。
 アメリカのアカデミー賞も保守的だとかいろいろ問題はあるけど、彼らはその問題を自覚している。 しかし日本アカデミー賞は、所詮狭い身内のお祭り感覚で問題意識すら持っていないように見えるのが問題なのだ。
 是枝監督も以前は日本アカデミー賞をもらって喜ぶような人ではなかったと思っていたのに、すっかり変わってしまったなぁ。 変わってしまったから『海街diary』を実写化しようという無茶なことを実行に移せるのだろう。
 となると、あたしの好きな監督には日本アカデミー賞には出てもらわないほうがいい、ということになるのか。
 石川慶監督、今度WOWOWで演出した『イノセント・デイズ』が放送されるので(しかも妻夫木聡主演だ!)、楽しみです。
 入江悠監督にも、好きなように映画をつくってもらいたい。
 授賞式もショウとして成り立ってないよな・・・せっかくのスピーチも録画だからカットされてたり、そのくせ作品紹介はネタバレギリギリまでやるし(時には完全ネタバレもあり)。
 『桐島、部活やめるってよ』の年は「さすがに流れを無視できなくなって変わったか」と思ったけど、あの年だけだったな。
 来年は吉永小百合が当然のようにノミネートされるんだろう(堺雅人につられて観に行ってしまいそうなあたしもあたしだが)。 小規模公開映画、がんばって観に行こう、と決意する夜。
 普段見ないけど、そのあとの『アナザースカイ』大杉漣の回が観られたのが、いちばんの収穫だった。

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