2018年01月31日

煽動者/ジェフリー・ディーヴァー

 CBI捜査官、キャサリン・ダンス単独主役としては第4弾。
 前作『シャドウ・ストーカー』でも休暇中の捜査というアウェイ戦だったキャサリン、今回は麻薬捜査の過程での尋問結果ミスで民事部(主に書類仕事なので拳銃の携帯も許されない)へ左遷されるところからスタート。 とはいえ実際に民事部では働くわけではなく、銃を持たないままこれまでのように働いちゃうという、結構無茶な展開です。

  煽動者.jpg 原題は“SOLITUDE CREEK”。 本文中に日本語訳<コドクノオガワ>が使われているのに、この邦題はどうなんだ・・・まぁ、わかりやすいし、しかもレッドヘリングになってないこともない。

 ライブハウス・<ソリチュード・クリーク>にて将棋倒し事故が起こり、多数の死傷者が出た。 民事部の仕事として保険適応できるかどうか確認に現地に行ったキャサリン・ダンスは、これが人為的に引き起こされたパニックによる結果だと気づく。 建物の外に置かれたドラム缶で焚いた火から出た煙によって観客を火事だと誤解させ、非常口の前には大型トラックを停めて開かないようにした犯人がいる。
 麻薬捜査は続いており、近隣ではヘイトクライムとみられるいたずらが度を越した事件も続いていて、オニール保安官もおおいそがし。 キャサリンは民事部に籍を置いたまま、それぞれの事件の解決に努めるが・・・という話。
 群集心理というか、個人ではなく集団になってしまった時の人間のどうしようもなさ(人間性を失い、冷静さも理性もかなぐり捨てられる)、判断力をなくす描写は迫力があり、「うわっ、絶対こんなところにいたくない・・・」と思わされるのに十分。 でもこればっかりはいつどこで起こるかわからないし、人の多いところに住んでいれば常に隣り合わせにある危機で、北東北暮らしが懐かしいですよ。 だからこそそれを仕組む犯人の冷徹さ・情け容赦なさはサイコパスと定義される人物の「共感性のなさ」そのもので、またおそろしい。 でも、計画が厳密であればあるほど被害はひどくなるんだけれども、途中で一つつまずくと計画自体が成り立たない脆弱性もあって、完璧さと自滅の道は紙一重です。
 リンカーン・ライムもの同様、読者をだます“あえて描写しないことをあとでネタばらし”がここでも炸裂してますが、リンカーンものに比べると若干小振りな印象を受けるのは何故かしら。 キャサリンの家族に割かれる部分が多いから?(リンカーンには家族はいないわけではないが出てこない、仕事仲間が彼にとっては家族だから)
 キャサリンが音楽好きなので、いろんなアーティストやバンドの話題が出てくるのが楽しく、TVを見ないリンカーンと違ってまたもドラマの話題がふんだんに出てくる(息子が『ブレイキング・バッド』を見たいというのでキャサリンが前もって見たら好ましくないシーンがあったので許可しなかった、とか)。 また、今作では日本ネタがいい形(?)と悪い形で出てくるので「なんかすみません」と思ってしまったり。
 ジェフリー・ディーヴァーは、自分の読者は全作品読んでいる、という前提で次の物語を書いているのだろうか。 そんな自信が随所に感じられます。 まぁそんなあたしも、周回遅れとはいえ読んじゃってるわけですが。
 さりげなく引っ張っていたキャサリンの恋愛にも一応の決着が(そこの部分はまるでロマンス小説のようだ)。 これでシリーズ終わるのかなぁ。 でもディーヴァーのことだからさらっと続けそうだしなぁ。 まぁ、続報を待ちましょう。

ラベル:海外ミステリ
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2018年01月28日

否定と肯定/DENIAL

 なかなか止まらない咳がたたって、今年初めて観に行った映画はこれでした。
 神戸市で上映がないと思って原作を買ったのに、そのあと急遽シネ・リーブル神戸で上映決定。 あまりに急に決まったのでチラシもない有様。 なので、原作を読むより先に映画に行くことにした。 先に読んじゃうと、イメージがね。 それにレイチェル・ワイズ、好きだし。

  否定と肯定P.jpg ホロコースト、信念の法廷が今始まった。

 1994年、ユダヤ人をルーツに持つアメリカ人歴史学者デボラ・E・リップシュタット(レイチェル・ワイズ)は、イギリスの歴史家デイヴィッド・アーヴィング(ティモシー・スポール)による“ホロコーストはなかった論”を自らの著作『ホロコーストの真実』で学術的に完全に否定した。 が、その結果アーヴィングから名誉毀損により、出版元のペンギンブックスとともにデボラはイギリスで提訴されることに。 アメリカの法廷と違って、イギリスでは立証責任は被告側にあり、この裁判に負けると世間に「ホロコーストはなかった」というメッセージをイギリスが出してしまうことになると懸念したイギリス人弁護士たちにより、デボラをサポートするチームが立ち上がる。 そして、裁判が始まり・・・という話。 実話です。
 そういえば日本でも昔「ホロコーストはなかった」みたいな記事を出して廃刊に追い込まれた雑誌があったなぁ、ちょうどこの裁判の時期かその少し前(アーヴィングの主張が世界を席巻していた頃)だったのだろうか。 なんで今頃そんな話題が、と思っていたものですが、90年代でも欧米でそういう話があったのか・・・と考えると驚きが。
 正確には裁判の目的は名誉棄損。 つまりデボラ側はアーヴィングが言っていることが嘘であり、自分の主張が正しいのだから名誉棄損には当たらない、ということを証明しなければならない。

  否定と肯定2.jpg 弁護団のみなさん。
 リーダー格のアンソニー(アンドリュー・スコット)は裏方の参謀役、実際に法廷に立つのはリチャード・ランプトン(トム・ウィルキンソン)。
 あたしの性格が地味&強力に自己主張しないタイプだからでしょうか、「私が、私が」と常に前に出たがる(学者なのに論理性より感情優先)のデボラが最初からどうも苦手でした。 そもそも裁判になったのはアーヴィングに対して(というかホロコースト否定派全体に対して)、「私はあることを証明したのだから、なかった派の人たちは間違いで同じ土俵で話し合う必要はない」とガン無視したから。 確かに話し合うことで自分の主張を同列に見られたくないという気持ちはわかるのだが、すべての人が彼女の本を読んで理解するとは限らない。 直接討論しなくても、相手の主張をひとつひとつ潰していくこともできたはず。 アーヴィングを相手にしないところに、彼女の恐るべきプライドの高さが見えるようだった。 なんでこんな人の役を、レイチェル・ワイズは引き受けたんだろう?
 だからデボラは最初全然信用していないイギリス人弁護士さんたち(アンドリュー・スコットがすごく落ち着いた大人のキャラになっており、『Sherlock』のモリアーティ役のときからの成長ぶりがよくわかる。 トム・ウィルキンソンは言うまでもない)の言うことのほうがあたしには説得力があるように感じられ、それに納得しないデボラに更にイライラ。

  否定と肯定1.jpg 「私はアメリカ人だからイギリスの流儀に従う必要はないわ!」とか、「ユダヤ人の気持ちがわかるの?!」とか・・・そもそもあなたはアメリカ人なんですか、ユダヤ人なんですか、と聞きたくなる。 でもこういう考え方って島国の人間の発想かな。 でも、「○○人である前にユダヤ人」みたいな考え方をする人がいるから、ユダヤ人を嫌う人も出てくるのでは・・・という気もした。
 弁護団は「あくまでアーヴィングの主張は誤りであるということを追及するので、デボラが同じ土俵に立ったら泥沼になる。 法廷では一言も喋らないこと」と言明するのだけれど、アメリカ式裁判が身についているデボラは納得がいかず「自分にも喋らせろ」と言ったりする。 おいおい、最初に相手にしなかったのはあなたでしょ。 アンソニーはデボラをなだめつつ、膨大な調査を必要とするスタッフを統括し、その結果をランプトンが法廷で発言するというチームプレイながらもミスは許されない重圧に耐えながら仕事をする弁護団のみなさんに感服するあたし。

  否定と肯定3.jpg またアーヴィングがマジむかつく差別主義者で。
 ティモシー・スポールはこんな憎々しいキャラをやるような人ではない感じなのだが・・・ほんとにこれでもかとイヤなやつを好演。 うまい人はこれだから困るよ。
 裁判が進んでも、アーヴィング側がまったくぶれないのはある種あっぱれである。 だからデボラが彼を自分でぎゃふんと言わせたいという気持ちはよくわかるんだけど・・・それ、法廷の場ですべきことじゃないから。 この場合、判決を下すのは12人の陪審員じゃない、ひとりの裁判長だから。
 『否定と肯定』、原題は<DENIAL:否定>の意味だけだけど、対義語を並べたことでテーマはより引き立ったような気がする(でもあたしは「あれ、『肯定と否定』だっけ?」とごっちゃになったけど)。 IT技術の発達により証拠は捏造しやすくなり、ネットニュースの見出しだけ見て脊髄反射のように攻撃的なコメントを書き込む人が多くいる現状、フェイクニュースはなくならず、世論も意図的に誘導しやすくなっている。 「第一次資料に当たれ」という基本は「ウラをとれ」と同義語。 この裁判で争われるのは<ホロコーストの有無>だけれど、言っていることは現代にも(そして多分この先にも)通じる。 そして否定したり肯定したりするのは、自分の考えと違うもの・同じもの。 一方の意見を述べるだけでは対立はやまない。 冷静に反証を出し、相手に誤りを認めさせ、自分に誤りがあればそれを認めて受け入れ、より事実に近いものを探し出す。 自分が正しい!、ということよりも大切なのは「正しい事実はなんなのか」ということだ。

  否定と肯定4.jpg やっと、デボラにも彼らの気持ちが通じるときが。
 だからそのことにやっとデボラが気づいたときはほっとしました。 それ以降彼女はイギリスの法廷に敬意を払うし、他者を受け入れることの大切さを知る。 もしかしてこっちのほうがこの映画の描きたい本質だった?
 けれど不意を突かれたのは裁判長の問いかけ、「虚偽を本心から信じている者のことを嘘つきと呼んでもいいのか?、彼にとってはそれが真実だと思い込んでいるのなら、それを否定されたら名誉棄損に当たるのではないか」。 あぁ、これが感情論ではない法的解釈で、かつ常識にとらわれない論理的発想か!
 20年以上前の裁判を描きつつ、扱われているのはそれよりも古い1940年代のこと、なのにそのまま2010年代後半にも通じる。 これが温故知新ということか!
 アウシュビッツ=ビルケナウの跡地の案内人(裁判にも証人として出廷)の歴史学者として、『Sherlock』のマイクロフト役の人も出ていて、そりゃメイン2人だけでなく他の役者さんやスタッフ一同それぞれいそがしくなっちゃってるんだから、次のシーズンの目途が立たないのも仕方ないよなぁ、と納得するのでした。
 やはりイギリスメインの映画は地味だけど、好き。

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2018年01月27日

猫目石/栗本薫

 そんなわけで、まずは『猫目石』から。
 図書館で探したら角川文庫版しかない! しかも書庫。 そのうち処分されてしまうのではないか・・・時の流れの無常さをまた感じる。

  猫目石1角川文庫.jpg猫目石2角川文庫版.jpg これは昔とはいえ何回か読んだので、大筋は覚えていた。
 ある夏、出版社の命により軽井沢のホテルでカンヅメになることになった流行作家の栗本薫(作中人物:一人称は<ぼく>)、付き合いであるパーティーに顔を出し、同じく作家の森カオル女史とあの名探偵伊集院大介に会う。 更には売れっ子作家の藤波女史に気に入られ、彼女の新作の映画化のシナリオを書けと言われてしまい、女史の別荘に招待される羽目に。 しかし<ぼく>にとっての運命の出会いは、16歳の美少女アイドル朝吹麻衣子だった・・・という話。 そして別荘で起こる連続殺人に、<ぼく>は伊集院大介とは違うアプローチで事件の真相に迫るのだ。
 28歳自由業と16歳人気絶頂アイドルとの恋愛、という部分だけ今の目で見ると「中二病?」という感じになってしまいますが、これが書かれた時代にはそういう言葉はなかったし、栗本薫(作者のほうの)世界では結構よくあることなので当時(あたし中学生か?)はなんの違和感もなく読んでいたなぁ。 改めて読んでみると、麻衣子の美少女振りの描写は他の作品でも読んだことがある感(勿論まったく同じではないんだけど、その語り口というかが。 『グイン・サーガ』におけるアルド・ナリスとか、それこそ『天狼星U』の芳沢胡蝶にも通じるような)。 『猫目石』が薫くんの一人称で書かれているから余計にそう思うのだろうなぁ(そしてグインは薫くんが書いているもの、という設定だし)。
 で、薫くんの森カオル描写を見て、「えー、森カオルってこんなに感じ悪くうつっちゃうの? 同族嫌悪っぽいけどな〜」と思い、最初に読んだ時もそう思ったこともまた思い出すのだった。
 畳みかけるように死体が増えていくところなど、『かまいたちの夜』はこれを参考にしたのではないかと思えるほどのスピード感で、それ故に「殺されるためのキャラクター造形」と言えないこともないんだけど・・・薫くんにとっては自分が大切に思う人以外に特に感傷はない、みたいな性格的傾向があるので、そういうことなのかと。
 薫くんの一人称で進むため、どうしても大介さんの出番は制限されるんだけど(かつてのあたしは「大介さん、結局薫くんの引き立て役じゃん、と思った記憶あり)、大介さんのすごさを薫くんが心底認めるところで、探偵としての二人の資質の根本的な違いが明らかになり、それで伊集院大介は最大級の賛辞を受けていると、今のあたしは気づくことができました。
 結局のところ、いろいろ懐かしかったのでした。 殺伐とした、大介さんが珍しく本気で怒るようなひどい事件だったにも関わらず。
  猫目石1講談社ノベルズ.jpg あたしが昔読んでいたのはこっちのノベルズ版。
 乱歩賞作家描き下ろし企画の中の一冊。 サブタイトルに<伊集院大介VS栗本薫>とある。 でも別に直接対決するわけではないんですけどね。

 角川文庫版の解説で、日下三蔵氏が「(伊集院大介が)正統派名探偵(?)として順調に活躍していただけに、『天狼星』シリーズで、いきなり江戸川乱歩風通俗スリラーの世界が展開されたときには、度肝を抜かれた。」と述べていて・・・あ、一緒です!、と思う。
 伊集院大介初期三部作はきっちりと設計図がひかれ、横溝的世界を現代に違和感なく移管させた推理小説を目指して書かれたものだとしたら、『猫目石』で薫くんと共演してしまったが故に(薫くんの世界は何でもありだから)、古典的かつ正統派推理小説の枠をどんどんはみ出していくことは必然だったのかもしれない。
 あたし自身は読者として<ぼくらシリーズ>(薫くんの一人称、親友の信とヤスも出る話)よりは<伊集院大介もの>のほうが好きではあるんだけど、作者栗本薫作品で最も好き・もしくは印象深い作品は『魔境遊撃隊』(薫くんの一人称で、時間軸的には『猫目石』の前、南海の孤島で起こる謎と冒険活劇)だったりするので・・・薫くんに対しては愛憎半ば、という感じです。
 じゃ、次は『怒りをこめてふりかえれ』を取り寄せるか〜。

ラベル:国内ミステリ
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2018年01月25日

第90回アカデミー賞授賞式ノミネーション

 いつのまにやら、今年のアカデミー賞のノミネーションが発表になっていた。
 ここ数年、WOWOWがノミネート発表も生中継+ダイジェスト版をリピート放送していたから、今年も番組表をチェックしていたのだが載ってなくて、今年は授賞式が3月になったから(これまでは2月最終週、でもそうなる前は3月3週目ぐらいだったのだが)、ノミネート告知も2月に入ってからなのかなと思っていた。 いや、自分の体調不良に振り回され、きっちり追いかける余裕がなくなっていただけです。 で、以下がノミネーション内容。

<作品賞>
『君の名前で僕を呼んで』
『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』
『ダンケルク』
『ゲット・アウト』
『レディ・バード』
『ファントム・スレッド』
『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』
『シェイプ・オブ・ウォーター』
『スリー・ビルボード』
 あ、『ゲット・アウト』が入ってる! 低予算ホラーがノミネートって『シックス・センス』以来じゃない?
 『ダンケルク』は有力と言われていたけどやっぱりですね、という感じ。 相変わらず日本で公開されている作品が少ないけど、2月・3月公開予定のものが結構あるし、(原題)という表記がないのはすべて日本公開が決まってるってことで・・・これは近年と比較すると珍しい。
 『シェイプ・オブ・ウォーター』、観たいわ〜。
 あ、そういえば『デトロイト』が入ってない! ・・・9本だから、あと1本ノミネートできる余裕はあるのに、残り一席を占めるには数本の作品が拮抗していた、ということか。

<監督賞>
クリストファー・ノーラン(『ダンケルク』)
ジョーダン・ピール(『ゲット・アウト』)
グレタ・ガーウィグ(『レディ・バード』)
ポール・トーマス・アンダーソン(『ファントム・スレッド』)
ギレルモ・デル・トロ(『シェイプ・オブ・ウォーター』)
 『ファントム・スレッド』ってPTAの映画だったのか! もともと寡作の人だけど、思い出したように帰ってくるな・・・日本でも固定ファンは少なくないと思うんだけど(あたしもその一人だし)、あんまり情報が入ってこない気がするのは何故なのか。 ギレルモ・デル・トロはオタクとして日本の特撮やアニメからの影響を隠さないから、報道も好意的だとか?

<主演男優賞>
ティモシー・シャラメ(『君の名前で僕を呼んで』)
ダニエル・デイ=ルイス(『ファントム・スレッド』)
ダニエル・カルーヤ(『ゲット・アウト』)
ゲイリー・オールドマン(『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』)
デンゼル・ワシントン(『Roman J. Israel, Esq.(原題)』)
 おぉ、『ゲット・アウト』の彼が! ダニエル・デイ=ルイスも引退するというし、大物が揃った感が。 デンゼル・ワシントンはほんとにアカデミーから愛されている人だよね。 でも本命は若手のティモシー・シャラメだというし・・・『Call Me By Your Name』として結構すでに紹介されていたので、邦題が直訳すぎる感ありなんですけど(男性同士の恋愛映画とのことですが、それがあまり売りというか話題になっていないような・・・『キャロル』のときは少し騒がれたけど、もはやそれが普通となってきた、ということならうれしい)。

<主演女優賞>
サリー・ホーキンス(『シェイプ・オブ・ウォーター』)
フランシス・マクドーマンド(『スリー・ビルボード』)
マーゴット・ロビー(『アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル』)
シアーシャ・ローナン(『レディ・バード』)
メリル・ストリープ(『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』)
 またメリル・ストリープが! なんでこっちはいるのにトム・ハンクスはいないのかと(ダブル主演なのに)。 そんなに主演女優は少ないのか、メリル・ストリープが愛されすぎているのかどっちだ!
 個人的には美人というよりもより演技派な方々が評価されるのはうれしいことなんですが、美人であるが故に評価されにくいところにいたマーゴット・ロビーのノミネートもうれしいです。 この5作品はどれも観てみたいし。

<助演男優賞>
ウィレム・デフォー(『The Florida Project(原題)』)
ウディ・ハレルソン(『スリー・ビルボード』)
リチャード・ジェンキンス(『シェイプ・オブ・ウォーター』
クリストファー・プラマー(『All the Money in the World(原題)』
サム・ロックウェル(『スリー・ビルボード』)
 なんなの、このあたしの好きなおじさまたち沢山の図は!(サム・ロックウェルだけ若い・・・)
 ウィレム・デフォーもウディ・ハレルソンもいい仕事ぶりずっと見せてくれてるから、すごくうれしいなぁ!
 あれ、リチャード・ジェンキンスって主演男優賞をとったんだっけ?(『扉をたたく人』で)、確かあの時、ノミネートされたのがビッグネームばかりで「いちばん地味な候補者」と言われていたような・・・でもあれ以来、扱いが変わったのをよく覚えている。 アカデミー賞がすべてではないんだけど、ノミネートされるか否かで俳優人生は大きく変わるのよね(メリッサ・レオもそうだった)。
 あぁ、クリストファー・プラマー! 確かこの映画ってあの人の代役で登場シーン全部撮り直したってやつじゃないの? マーティン・ランドーが亡くなってしまったので(涙)、この世代の星はこの人だけ!

<助演女優賞>
メアリー・J.ブライジ(『マッドバウンド 哀しき友情』)
レスリー・マンヴィル(『ファントム・スレッド』)
アリソン・ジャネイ(『アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル』)
ローリー・メトカーフ(『レディ・バード』)
オクタヴィア・スペンサー(『シェイプ・オブ・ウォーター』)
 メアリー・J.ブライジってR&Bの歌手の人だよね・・・女優業にも進出か!
 また地味ながら実力派の人たちが揃いましたな。 オクタヴィア・スペンサーがもしかしていちばん知名度あるのでは。

<外国語映画賞>
『ナチュラルウーマン』:チリ
『The Insult(英題)』:レバノン
『ラブレス』:ロシア
『心と体と』:ハンガリー
『ザ・スクエア 思いやりの聖域』:スウェーデン
 お、久し振りのスウェーデン映画、観たいなぁ。

<長編ドキュメンタリー賞>
『Abacus: Small Enough to Jail(原題)』
『Faces Places(英題)』
『イカロス』
『Last Men in Aleppo(原題)』
『ストロング・アイランド』

<短編ドキュメンタリー賞>
『Edith+Eddie(原題)』
『Heaven is a Traffic Jam on the 405』
『ヘロイン×ヒロイン』
『Knife Skills(原題)』
『Traffic Stop(原題)』

<長編アニメーション賞>
『ボス・ベイビー』
『The Breadwinner(原題)』
『リメンバー・ミー』
『Ferdinand(原題)』
『ゴッホ〜最期の手紙〜』
 へーっ、『ゴッホ〜最期の手紙〜』が入っているとは。 観に行きたかったんだけどな(咳が止まらないので自粛しているうちに終わってしまった)。 でもきっとここは、メキシコの死者の日をモチーフにしたという『リメンバー・ミー』でしょうけどね。

<短編アニメーション賞>
『Dear Basketball(原題)』
『Garden Party(原題)』
『LOU(ルー)』
『Negative Space(原題)』
『Revolting Rhymes(原題)』

<短編実写映画賞>
『DeKalb Elementary(原題)』
『The Eleven O'Clock(原題)』
『My Nephew Emmett(原題)』
『The Silent Child(原題)』
『Watu Wote / All of Us(原題)』

<脚本賞>
クメイル・ナンジアニ、エミリー・V・ゴードン(『ビッグ・シック ぼくたちの大いなる目ざめ』)
ジョーダン・ピール(『ゲット・アウト』)
グレタ・ガーウィグ(『レディ・バード』)
ギレルモ・デル・トロ、ヴァネッサ・テイラー(『シェイプ・オブ・ウォーター』)
マーティン・マクドナー(『スリー・ビルボード』)

<脚色賞>
ジェームズ・アイヴォリー(『君の名前で僕を呼んで』)
スコット・ノイスタッター、マイケル・H・ウェバー(『The Disaster Artist(原題)』
スコット・フランク、ジェームズ・マンゴールド、マイケル・グリーン(『LOGAN/ローガン』)
アーロン・ソーキン(『モリーズ・ゲーム』)
ヴァージル・ウィリアムズ、ディー・リース(『マッドバウンド 哀しき友情』)
 だいたい脚本賞か脚色賞の受賞作品から作品賞が選ばれることが多いんだけど・・・。 『ローガン』って、ヒュー・ジャックマン最後のウルヴァリンのやつだよね? そういうのもノミネートするオスカーの懐の深さ、感じるよなぁ。 となると『ゲット・アウト』の受賞もあるかも。 過去に『ユージュアル・サスペクツ』、脚本賞とってるし。

<撮影賞>
ロジャー・ディーキンス(『ブレードランナー2049』)
ブリュノ・デルボネル(『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』)
ホイテ・ヴァン・ホイテマ(『ダンケルク』)
レイチェル・モリソン(『マッドバウンド 哀しき友情』)
ダン・ローストセン(『シェイプ・オブ・ウォーター』)
 あー、『ブレードランナー2049』は技術系での評価か・・・まぁ、作品賞にも入ってないしね。 ライアン・ゴズリング、すごくよかったのに〜。 年間を通して同じ感覚で評価するのって難しいなぁ(体調不良を理由に昨年に観た映画を自分で振り返っていないことに気づかされる)。

<編集賞>
ポール・マクリス(『ベイビー・ドライバー』)
リー・スミス(『ダンケルク】)
タチアナ・S・リーゲル(『アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル』)
シドニー・ウォリンスキー(『シェイプ・オブ・ウォーター』)
ジョン・グレゴリー(『スリー・ビルボード』)

<作曲賞>
ハンス・ジマー(『ダンケルク』)
ジョニー・グリーンウッド(『ファントム・スレッド』)
アレクサンドル・デスプラ(『シェイプ・オブ・ウォーター』)
ジョン・ウィリアムズ(『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』
カーター・バーウェル(『スリー・ビルボード』)
 あ、PTAはずっとジョニー・グリーンウッドと音楽を組んでるんだね! クリストファー・ノーランもずっとハンス・ジマーだし。 そういうコンビの安定感ってあるけど、変えたときに「何かあったのか?!」って思っちゃうよね。

<歌曲賞>
“Mighty River”(『マッドバウンド 哀しき友情』)
“ミステリー・オブ・ラブ”(『君の名前で僕を呼んで』)
“リメンバー・ミー”(『リメンバー・ミー』)
“Stand Up for Something”(『マーシャル 法廷を変えた男』)
“This is Me”(『グレイテスト・ショーマン』)

<視覚効果賞>
『ブレードランナー2049』
『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:リミックス』
『キングコング:髑髏島の巨神』
『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』
『猿の惑星:聖戦記(グレート・ウォー)』

<衣装デザイン賞>
『美女と野獣』
『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』
『ファントム・スレッド』
『シェイプ・オブ・ウォーター』
『Victoria and Abdul(原題)』

<メイキャップ&ヘアスタイリング賞>
『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』
『Victoria & Abdul』
『Wonder(原題)』

<美術賞>
『美女と野獣』
『ブレードランナー2049』
『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』
『ダンケルク』
『シェイプ・オブ・ウォーター』

<音響編集賞>
『ベイビー・ドライバー』
『ブレードランナー 2049』
『ダンケルク』
『シェイプ・オブ・ウォーター』
『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』

<録音賞>
『ベイビー・ドライバー』
『ブレードランナー 2049』
『ダンケルク』
『シェイプ・オブ・ウォーター』
『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』

 ハリウッドのセクハラ(+パワハラ)問題の影響から逃れられない今シーズンの賞レース、アカデミー賞も例外ではないということがはっきりとしたノミネーションだったと言えるのかも。 ということは今回ノミネートされた方々はシロってことですかね。
 発表は日本時間で3月5日! この日はどうにかして有給休暇をとって、衛星生中継を観るぞ!

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2018年01月24日

今日は9冊(その2)。

 引き続き、のこりの4冊。

  アルテミス1.jpgアルテミス2.jpg アルテミス/アンディ・ウィアー
 『火星の人』(マット・デイモン主演『オデッセイ』原作)のアンディ・ウィアー第二作。 『火星の人』初版は一冊合本だったんですよね・・・あたしが持っているのはそれです。 映画化に合わせて上下巻の新版が出ましたが・・・シリーズじゃないのに次の作品も上下巻にしなくてもいいじゃないですか・・・ページ的にも一冊にできるし。
 ハヤカワのそういうところがちょっとねぇ・・・まぁ、上下巻であるからできる表紙ではあるんだけどさ。

  グイン142.jpg 翔け行く風<グイン・サーガ142>/五代ゆう
 <グイン・サーガ続編プロジェクト>も気がつけばプラス12巻を数えておりますよ。
 とはいえ、あたしも相変わらず、「買ってはいるものの読んでいない」のではありますが。 あれ以来(絶筆の130巻が出て以来)、確実に時間は経過していることはわかっているのに、あたしはまだこっちの時計を動かす気にならない。
 そんなことしてると、話忘れちゃうよね・・・と思うけど、むしろそれを期待しているのかもしれず(同じ人が書いててもキャラの性格変わってないかと思うことがあったわけで、「えっ、この人、こんなんだっけ?」と感じるかもしれないことを避けたいというか・・・)。
 大河ファンタジーとしては<氷と炎の歌>(ドラマ『ゲーム・オブ・スローンズ』のほうが有名になっちゃったけど)があるから、グインだけが楽しみ、という状況じゃない、ということもあるし。 とか言いつつ、セールのときに電子書籍で<辺境編>(1〜5巻)を買ってしまったんだけどさ・・・ほんとはプロローグである16巻まであったらよかったんだけど、さすがにセールでも額が大きくなるし、容量も圧迫するしでそこでやめた。 グインの基本は辺境編だ、と思うから。

  背教者ユリアヌス2.jpg 背教者ユリアヌス 2/辻邦生
 うおぉ、一巻と同じ表紙!(上のラテン語?の色は違っているが)
 なんだか岩波文庫を思い出させる装丁だ・・・。
 帯裏にて、この新装版文庫は全4巻であることがわかる。 解説の前には作者の執筆日記(創作ノート?)がついている。 てことはよほど取材・調査したってことなのか、でも他の作品もそういう傾向のある人だった気が・・・きっとこの作品が、作者にとって特別なものだった、ということなのか。

ラベル:新刊
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2018年01月23日

今日は9冊(その1)。

 気がついたらもう1月も後半ではないか!
 まだちょっと風邪を引きずっていて体調が万全ではないので、そっちについ気を取られてしまっていた。

  贖い主1.jpg贖い主2.jpg 贖い主 顔なき暗殺者/ジョー・ネスボ
 <ハリー・ホーレ>シリーズ(日本語翻訳の)最新刊。
 順番通りに翻訳が出ていない弊害で、どれから手を付けていいのかわからない状態である(一作目『ザ・バット 神話の殺人』は出てわりとすぐに読みましたけど)。 だって集英社が最初に出した『スノーマン』、ハリー・ホーレシリーズの7作目だよ・・・。
 ずっと絶版だった三作目『コマドリの賭け』が同じ集英社文庫で復刊・来月発売ということなので・・・これでじわじわ穴が埋まってくるのでは!(でも翻訳が戸田さんじゃない、ランダムハウス時代のものそのままらしい。 しかも二作目は未邦訳だぜ)

  魔女 樋口有介.jpg 魔女/樋口有介
 一時期樋口有介にすごくはまって、あらかた読んだ。 勿論デビュー作『ぼくと、ぼくらの夏』はそれよりも前に読んでいたのだけれど。 で、『魔女』もその時期に読んだような気がするんだけど・・・今回、創元推理文庫での復刻版はただの復刻版ではなく、筆者による大幅改稿・増量ありということなので。
 いわゆる<青春ミステリ>に分類される筆者の作品には共通項も多いのだけれども(何故主人公の男子がそんなにも女子、特に年上の女性にもてるのか、など)、青春期のどうしようもないほろ苦さ描写は筆者の独壇場というか、唯一無二だと思うのです。

  モナリザウィルス1.jpgモナリザウィルス2.jpg モナリザ・ウィルス/ティボール・ローデ
 これは本屋さんの新刊棚で見つけて驚いた。 翻訳は酒寄さんではないか、チェック漏れ!
 はっ、『このミス』に載っていた<各社の隠し玉>で、小学館文庫の「年明け早々にお届けする話題作」ってこれか!
 <『ダ・ヴィンチ・コード』の系譜に連なる>と過去のヒット作に便乗する宣伝はいかがなものかと思うが・・・ダン・ブラウンも確か新作出ますしねぇ。 無名の作家、しかもドイツ圏となったら、そう盛り上げるしかないのかなぁ。
 あぁ、出版不況ってかなしい。 でもそんな状況でも翻訳が出るのだから、面白いんだろう!

ラベル:新刊
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2018年01月21日

猫が足りない/沢村凜

 沢村凜氏は寡作なのだろうか、なんかタイミングが合わない。 読み始めたのは結構前なんだけど(あぁ、日本ファンタジーノベル大賞出身者はアベレージが高いよなぁ)、なんかコンスタントに読めてない。 まぁ、ハードカバーで読まないあたしが悪いんですが。
 そんなわけで、遅ればせながら新しい文庫を発見。

  猫が足りない文庫.jpg キーワードは<猫>。
 大学卒業後、就職浪人となってしまった<ぼく>は、両親から「就職活動千年のために中途半端なアルバイトは禁止、かといって時間を持て余して引きこもりになってもいけないから」と近所のスポーツクラブに入会させられ、汗を流す羽目に。 しかしそのスポーツクラブでこれまでとはまったく違う人間関係ができて、新鮮な気持ちになりながらも中途半端な自分にまた自己嫌悪、という日々を過ごすことになる。
 ある日、<ぼく>は常連の奥様方から近所で起こった猫虐待事件について調べてほしいと頼まれる。 なにしろ若い男子だから。 とはいえ暇を持て余しているのは確かなので、調査をしてみると・・・という話。
 登場人物の雰囲気はコージーっぽくもあるし、普通の人々ベースの話は<日常の謎>の系譜にも通じるものがあるのだが・・・意外に事件が大きい(人が死ぬとか)ので、文体はライトながらも内容は深くて重い。 事件を探ることになるのは<ぼく>だけど、彼は結局助手的立場であり、事件を解き明かすのはスポーツクラブで知り合った四元さんという主婦の方である。
 ただ、この四元さんがなかなかの食わせ者。 転勤族の夫について全国を転々とするため大好きな猫を飼えない鬱憤が高まり、「私の人生には猫が足りない」と豪語するほど、猫のためならどんなことでもするという常識からちょっとずれた人で、でも当然本人には自覚がない。 それに気づいた<ぼく>は「この人をほうっておいたら何が起こるかわからない」とはらはらしながらお目付け役を務める、という流れ。
 「巻き込まれ型ミステリー」と紹介文にありますが、確かに<ぼく>は最初は巻き込まれているけれど、だんだん自分の意志で巻き込まれていっているので、そのへんもワトソン的特徴だなぁと思う。
 ただ新しいというか新鮮なのは、大変困った人である四元さんが抱えている孤独(それは世の中の転勤族の妻すべてが抱えている問題でもあるのだが)を<ぼく>が思いやり、恋愛ではない人間愛として描かれている点。 この人間愛という視点は作者の作品全体に共通するもので、例えば同じく連作短編集である『ディセント・ワーク・ガーディアン』『脇役スタンド・バイ・ミー』もそうだった。 どんなにほろ苦く、ときに残酷な出来事を描こうとも、人間というものを信じている。
 だから読後感が悪くないんだろうな、と思う。 四元さんの厄介なところも、<ぼく>視点のおかげで緩和されてしまうというか。

 ちなみにあたしがいちばん初めに読んだのは、『リフレイン』である。
 萩尾望都『スター・レッド』の世界観のような、様々な異星人が銀河連邦に加盟し、<その星の人らしさ>を揶揄すると差別になる、というような価値観が生まれてきた中で、起こったある事故とそれにまつわる顛末の物語。 そこにも人間愛は根底にあったと思う。
 今ならライトノベルにカテゴライズされるかもしれないけど、更に「罪とは、罰とは」に迫る重厚さを備えていた。
 第一部と第二部でごろっと内容が変わるけど、長編を書く人だと思っていた。
 それが、今はなんとなく<連作短編>が多い気がする。 もしかして専業じゃないのなら、そのほうが書きやすいのかなぁ。

ラベル:国内ミステリ
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2018年01月19日

ストーナー/ジョン・ウィリアムズ

 『ストーナー』、この本を読むことにはためらいがあった。
 躊躇というか、葛藤というか。 「読みたいのだが!、読んでしまうのはいかがなものか・・・」的な気持ちというか。
 何故かといえば、これが翻訳家東江一紀の最期の作品だからである(しかも最後の1ページを前に力尽きたということを聞いていたので)。 読んでしまったら、その事実を受け入れるしかなくなる。 でも、最後になるであろうと選んだ仕事を見届けたい。 そんな、背反する気持ちにずっと揺り動かされてきた。
 で、まぁ図書館が、蔵書数に比べなかなかの予約数があったから、来るまでしばらくかかるだろうなぁ、と安易な気持ちで予約を入れた。 そしたら時間は経つもので、連絡が来てしまったのだ。
 次の予約が入っているから二週間以内に読み終わらなければ。
 そうやって追い込まれなければ、あたしは覚悟ができないらしい。

  ストーナー.jpg 表紙は書架の一部を表している。
 物語は、のちに大学で英文学を教えることになるウィリアム・ストーナーの、地味でありつつも波乱に満ちた人生を描いたものである。
 なんというか・・・とても端正な小説だった。
 事実を淡々と積み上げていくだけの話のようにも見えるのに、そして主人公のストーナー自身が比較的感情の動きに乏しい(そういうことに自分でなかなか気づかない)人なので、「えっ、そんなすごいことをそんなさらっと書いて終わり?!」と読者のほうが驚愕する。 あたし自身がわりと感情のアップダウンがそんなに大きくないタイプだと思っていたのだけれど、ストーナーには負けた。 とても静かなのに、穏やかな状況を望みながらそれを得られないストーナーの日々の生活に忍び寄る、次に何が起こるかわからない予感に満ちたスリリングな作品で・・・続きを読むのがやめられない。
 なんといったらいいのだろう、ストーナーは人生というものがままならないことを最初から本能的に知っていて、それにあらがうことをあきらめているというか、あきらめとともに受け入れているというか、諦観の人なのかもしれない。 けれど完全に悟りを開いているわけではなく、やっぱり思い悩むし、不意に訪れた幸福におののいたりする。 あるがままを受け入れているからこそ、奇跡のような時間をとても大切な記憶として慈しみ、その輝きをずっと忘れずにいられる。 理不尽な出来事がいくつも彼のまわりで起こるけれど、その輝きの価値を知るが故に、彼は幸福だったのではないか。
 アメリカ人が書いたものなのに、アメリカでは最初あまり売れず、ヨーロッパで翻訳されて大ヒット、というのも納得。 舞台はアメリカなんだけれど、読んでいてイギリスのような気持ちになっていたから。 はっきり自分の感情を言葉にしない、ピンチに対して明確な反撃をしないストーナーのキャラクターはあまりアメリカ人的ではないけど、逆に日本人には共感しやすいような気がする。
 そんなわけでそれほど長くない(350ページくらい?)小説なのだけれど、一行たりとも読み飛ばせない、何故そこにその言葉が置かれたのかを考えながら読むことになったので、通勤往復3日+自宅で少し分の時間がかかりました(これを読んでいる間は他の本が読めなかった)。 そして電車の中でぼろぼろと涙をこぼすことになってしまった。
 イアン・マキューアンやジュリアン・バーンズがこの本をものすごく褒めているが、それだけではあたしはこの本を手に取ることはなかっただろう。 やはり、「東江さんが訳した」からだ。
 校正を担当したお弟子さんによる<訳者あとがきに代えて>を読んで、また違う涙がにじみそうになる。
 なにか大きな病気をしたらしい、というのは予定していた翻訳書の出版スケジュールが大幅に遅れたときに知ってはいたんだけど・・・そんなに生死にかかわる病気だったとは知らなかったのだ(だから訃報にはものすごい衝撃を受けた)。 余命を突きつけられながら最後までずっと仕事をしていたとほんとうのところを初めて知った。 ごめんなさい。
 作家も大事だが、翻訳者も大事だ。 翻訳者の技量やセンスにも作家と同じように差があり、「この人なら大丈夫」と自分が思った翻訳者が訳した作品に間違いはない、と小学生だったあたしに教えてくれたのは福島正実で、「悩んだときは翻訳者で選べ!」と大学生だったあたしに教えてくれたのが東江一紀だった。 勿論、他にもたくさんの翻訳者の方にお世話になったしこれからもなる予定だけれど、このお二人があたしに与えた影響はとても大きい。
 東江さんが新しく訳してくれる本はもうない。 でも、これからもそんな人に出会えるかもしれない可能性はゼロではない。 そして東江さんが育てた、東江さんに影響を受けた翻訳者はたくさんいる。 それはストーナーが生涯教師として生きたことと重なるし、あたしもまた「よき師」に出会えた生徒である、ということかもしれない(あたしは翻訳者ではないが、翻訳文学を読むことに抵抗がないから翻訳者のみなさんを支えられる、海外文学を翻訳で読むことをやめる気がないという意味で)。
 読んでよかった、と思う。 でも今だからそう思って受け入れられたのかもしれない、とも感じる。
 やはりあたしには、時間が必要だったのです。

ラベル:海外文学
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2018年01月17日

スキン・コレクター/ジェフリー・ディーヴァー

 周回遅れのジェフリー・ディーヴァー、でもそろそろさすがにほっときすぎかな、と思い、まずは<リンカーン・ライム>ものの続きから。
 懐かしの『ボーン・コレクター』から、結局なんだかんだでずっとハードカバーで読んでいるのですよね。
 『ボーン・コレクター』を読んでからわりとすぐに映画が公開されたので、リンカーン・ライムのイメージは今でもちょっとデンゼル・ワシントン・・・違うとはわかっているのですがね。 でもアメリア・サックスは早い段階でアンジェリーナ・ジョリーではなくなったのに・・・不思議です。

  スキンコレクター.jpg とはいえ、やはりハードカバーは重い。 でも途中で読むのをやめられないので、通勤電車にも持ち込んだ。 カバンの中でかさばるし重いけど、気にしてられない。

 かつての有能な鑑識官、現在はニューヨーク市警と顧問契約をしている犯罪科学捜査官のリンカーン・ライム。 彼と彼が選り抜いたチームはこれまでにいくつもの難事件を解決してきた。 ある日、スキンアート(タトゥー)に毒物を彫り込まれた遺体が発見される。 被害者から発見された微細証拠によれば、犯人は“ボーン・コレクター事件”とリンカーン・ライムについて学んでいるらしい。 あの事件とこの犯人は何か関係があるのか?
 そして、<ウォッチメイカー>事件の犯人が獄中死したとの連絡が入る。 火葬場に彼の共犯者は現れるのか?
 と、シリーズ作品らしい、過去の事件について言及されるサービス作品でした。 とはいえ、シリーズを一通り読んでいることが前提なので読者を選ぶけど(でも、シリーズものをここから読む人はいまい)。
 ウォッチメイカーについては、『ウォッチメイカー』以降何作品かに顔を出しているのでそれほど特別感はありませんが、<ボーン・コレクター>が出てくるのはすごく懐かしい感じが。 時間の経過とリンカーンの変化が改めて感じられます。
 で、どんでん返しの達人と呼ばれるジェフリー・ディーヴァーですよ、「ウォッチメイカーが獄中死」と聞かされて「そうですか」とすんなりと受け入れる読者がいるだろうか! この20年近く、読者もまたすれっからしになっているわけで、さりげなく書かれているようでいて「これって絶対伏線でしょ!」と見抜く力もついてしまっています。
 『ボーン・コレクター』のときのような先の読めないジェットコースター感はもう得られないけれど(でも多分、シリーズを読み続けている人の中には同じような衝撃を求めている人もいるんだろうな、とは思う)、ある意味安定した面白さなんですよね。 それをマンネリととる人もいるだろうけどさ。
 だけど、今回みたいな驚きはいらないから!
 チームのメンバーに本気の生命の危機、とかほんとにやめてほしいわ。 <スキン・コレクター>事件の解明よりも、あの人が死にそう、というほうがずっとハラハラドキドキで。 それはずるい手だわ!
 おかげで事件の真実がわかるところはちょっと笑ってしまいそうになったんだけど、でも今回も十分に楽しめました。
 『CSI』も『メンタリスト』も終わったからかテレビドラマへの悪口(?)は出てこなくなり、やっぱりちょこっと日本ネタが出てきたりと、そういうリアルタイム感(翻訳による時差はあれど、最小限)もまた面白く。
 さ、次はキャサリン・ダンスシリーズの『煽動者』だな!

ラベル:海外ミステリ
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2018年01月16日

Before緑のカバン@アニエスベー

 えーっと、これは3年くらい前に買ったやつかも・・・。
 なんかタイミングが合わずに載せていませんでした。
 別にカバン買う気はなかったのよね〜、なのに通りかかったときに(結構距離があったのに)、この緑があたしの目に飛び込んできたというか、呼び寄せられたというか。 しかも在庫ラストワンで、即決を迫られたのだった。

  CA3A1968.JPG そして、買った・・・。
 仕事用サイズではまったくないのです。 でもこの色、あたしの好みにストレートに刺さったのです(この写真はライトの加減で実物とは少し違うんだけど)。 しかもカーフのスムースレザー仕様、雨の日厳禁。 同素材の細めストラップがついていて、ワンショルダーや斜め掛け可能。

  CA3A1969.JPG 上から見た図。 前の部分はジッパーポケット、後ろ部分はスナップ式のオープンポケット。 あ、この色は結構近いな。
 こういうはっきりした緑色のカバンってなかなかなくて。 あってもこのような小さいサイズなのですよ。 A4が入ります的なトートバッグがないのは、実は合わせにくい色なのか? 小さければアクセントとか差し色として機能するが、ってこと?
 そんなわけで、雨の心配のない休日(あ、夏は自分の汗と強い紫外線をさけるためにあまり出番がない)に主に使用しています。

  CA3A1970.JPG 色以外でいちばん気に入ったポイントは。
 前ポケットにジャストサイズで文庫本が入ること! 700ページぐらいの厚いものも余裕で収納。 薄い文庫なら2冊入ります。 電車に乗ったら即本を開ける、みたいな感じがうれしくて。 ここのジッパーの開閉回数がいちばん多いのではないかしら。 後ろのオープンポケットには定期やICカードがちょうど入る深さなので、そこも使いやすいポイント。

  CA3A1971.JPG 小さいのですが意外とマチはあるのです。
 長財布とポーチを入れてもまだまだ余裕。 縦横サイズとしてはA6の手帳がぎりぎり入るかな?、ですが、荷物の多いあたしとしても「休日のお出かけ」には十分の容量で(文庫本を別スペースに収納できるおかげか?)、ちょっとした小さなお買い物ならばカバンの中にしまえます。
 そう、あたしはいくつも袋を持ちたくない! 買い物したならそれもカバンの中に入れてしまいたい! だから必然的にカバンが大きくなるのですよ・・・(無理なこともあるから布製エコバッグを常に持ってますが、このエコバッグに収まる買い物で済ませたい)。
 買って時間がたっているし、結構使っているしで革が柔らかくなってきてまして・・・使っていないときは中に何か詰めておかないと、しわが寄ったり変な型が付きそうになる。 手間のかかるカバンですが、この色を保つためと思うと苦にならない(といっても大したことはしていないが)。
 この「はっきり緑」があるおかげで、あたしは違う緑にふらふらできる、というわけで。
 あぁ、でもこの色のトートがほしい!

ラベル:カバン
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2018年01月13日

今日は7冊。

 今月、中旬の新刊が出そろいました。

  ウルフガイ1狼の紋章新版.jpg 狼の紋章(エンブレム)【新版】/平井和正
 <ウルフガイ>シリーズ第一弾。 わー、超懐かしいよ〜。 『狼男だよ』で始まる<アダルト・ウルフガイ・シリーズ>と区別するために<ヤング・ウルフガイ・シリーズ>と当時は呼ばれていたりもしましたね。 80年代? 読んだのはあたしが小学生高学年か中学生か・・・思えば、ほんとあの頃はいっぱい読んでいたのね。
 『狼男だよ』は一人称でユーモア多めだったので読みやすかったけど、こっちは三人称だしシリアスタッチだし、でもそれぞれの主人公の名前は同じだし、この世界観はどうなっているのか、と思いながら読んでいた記憶が。 でも平井和正の厭世観みたいなもの、すごくはまってましたわ。

  ウルフガイ2狼の怨歌.jpg 狼の怨歌(レクイエム)【新版】/平井和正
 <ウルフガイ>シリーズ第二弾。 生頼範義氏のカバー・口絵・挿絵すべて収録、というのが今回の新版の売りのようです。 これって生頼氏再評価の流れから? それに<ウルフガイ>シリーズ、まだ続きがあったと思うのですが・・・その予告はついてない。 早川書房が版権を持っているのはこの2作だけってことなのかな? ちなみにあたしは当時角川文庫版で全部読んだ気がします(だから表紙は生頼氏ではなかった)。

  刑事ザック夜の顎1.jpg刑事ザック夜の顎2.jpg 刑事ザック 夜の顎/モンス・カッレントフト&マルクス・ルッテマン
 『冬の生贄』に始まる<モーリン警部補シリーズ>(創元推理文庫刊、3作目まで邦訳あり)とは別の、新しいシリーズ。 こっちはハヤカワから刊行。 スウェーデンでは共著というスタイルは比較的一般的なのだろうか。
 スウェーデン語からの翻訳ではないのがちょっと残念だが、通常ドイツ語版からの翻訳が多いのに、今回はフランス語版からの重訳とか。 一体どういうルートでそういうことに決まったのか、なんかそっちのほうが興味深いんですけど。

  プルーフオブヘヴン文庫.jpg プルーフ・オブ・ヘヴン 脳神経外科医が見た死後の世界/エベン・アレグザンダー
 単行本刊行時に、ハヤカワのメルマガですごく推されてて記憶に残っていた。 副題通り、脳神経外科医である筆者が髄膜炎で7日間の意識不明に陥り、その時見た<臨死体験>について書かれたもの。
 アメリカ人なのでキリスト教的世界観の持ち主みたいだが、医師だからこの体験をするまで<死後の世界>について否定的だったとか。 そういう人こそ実体験をきっかけにころっと変わってしまうものだが、あたしは特にこだわりがないので、一例として興味を持った。

  声 文庫インドリダソン.jpg /アーナルデュル・インドリダソン
 インドリダソン、3作目。 <アイスランドの巨人>としてハードカバーで刊行が続いていて毎度評価の高い人ですが、すみません、あたしはいつも文庫待ちです。
 一作目『湿地』は300ページそこそこで、「もっと読みたい! でもこの短さが味と余韻なのだろうか・・・」と思っていたけれど、二作目『緑衣の女』はもっと長くなり、これは更に分厚くなっている。 好評だから、と、書きたいものをどんどん書いていいんだ、という筆者の自信の表れなのかも。 内容は、長さに比例して重い。
 あ、東京創元社の文庫のカバー、今月から少しツヤ増しというか、表面コーティングが強めになった気がします。

  七つ屋06.jpg 七つ屋志のぶの宝石匣 6/二ノ宮知子
 なんか、また薄くなったような・・・。
 4エピソード収録。 メインの話が進んだような気がしますが、そうなると宝石などにまつわる話の内容が薄くなる・・・両立が難しいなぁ。

ラベル:新刊 マンガ
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2018年01月10日

御子柴くんと遠距離バディ/若竹七海

 てっきり、新刊案内でこの本のタイトルを見たときは、<遠距離バディ>とは小林警部補のことだと思い込んでいた。 でも、御子柴くんにしてみたら小林警部補は元上司だし、尊敬する先輩。 バディという関係になるかな・・・と思い直し、警視庁で培った人間関係が新たなバディを生むのかな、とぼんやり考えた。
 しかし・・・読み始めてみたらなんと、前作からすでに三年が経過しており、御子柴くんは更に成長していて(というか、あれほど嫌がっていた“政治的駆け引き”からうまく身をかわす方法を身につけている)、しかも小林警部補は定年退職されてしまっているではないか!
 仕事に変化はつきものとはいえ・・・小説世界でもそうなってるってなんだかかなしいわ。

  御子柴くんと遠距離バディ.jpg 相変わらずコメディタッチではあるが、前作よりビター度は高めか。
 というわけで、小林警部補の手助けもなく、刑事としてもひとり立ち。 でもその分、なんだかお疲れモード。 35歳になった御子柴くんは「自分ももう若くない」ということを日々実感する年齢になってきており、かといってベテランの域に気分的にもなれるわけもなく、そんな中途半端な位置にちょっといらいら・もやもやな日々。 しかし事件はなんだかんだと日々起こるわけで・・・の連作短編集。
 あたしもそんな中途半端感に見舞われる時期を通過してきたので、御子柴くんの気持ち、よくわかる!
 そして本作から登場した御子柴くんの相棒・江戸っ子竹花くんもいいやつで。 あえて「そっすよね」みたいな口調で明るく喋るけど、心の中にはいろいろ・・・というところ、すごくいい!
 事件は起こるし、その解決のために御子柴くんも竹花くんも、その他刑事さんたちも奮闘するんだけど、そしてその<事件>はさらっと描かれているけれど背景はかなり重くて、短編故に後味も微妙によろしくないんだけど、実は「警察という組織で生きている、ある意味サラリーマンとして仕事をしていく上で、大事なのはやっぱり人間関係ですよね」という話でもあったりするわけで。 <警察小説>と言ってしまえば横山秀夫のライト版みたいになっちゃうけど、情報をもらったり協力してもらったり、所属の違いなどでギスギスしそうなことも個人対個人の関係がうまくいっていたら何の問題もなく、事件解決にスムースに貢献出来たりするわけで。 御子柴くんや竹花くんがしようとしてることは、せめて捜査手順ぐらいは不快な思いをせず、楽しくやろうよ、ということのような気がして、そんな仕事観はあたしに近いです! なのでいつも以上に共感ポイント多めで読んでしまった。
 大きな組織であればあるほど、命令系統や上下関係に理不尽さを覚えることも多いけど、それとは関係ないところで自己裁量でやれる部分は自分たちで何とかしよう、という心意気。 それをちゃんと見ていて、評価してくれる人がいなければその組織は終わるけど、でも大概は多少なりとも報われることはあるわけで。
 なので、これは切れ味鋭いミステリでありながら、実はお仕事小説でもあったのでした。

ラベル:国内ミステリ
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2018年01月08日

緑のカバン@MOTHERHOUSE

 お財布買っちゃったからもうしばらく大きな買い物はできない・・・と思っていたはずなのだが、約一か月後、こいつと出会ってしまう。

  アンティークB5ショルダー1.JPG アンティークB5ショルダー(オリーブグリーン)
 あたしは緑のカバンが好きなのである。 緑ってありそうでなかなかなく、また<緑>の範囲も広いので、自分のピンポイント好みに突き刺さる色に出会うことは難しい。 これはまずカタログが家に届いて、期間限定色と載っていたものが、かなり自分の好みに近かったのだ(ちなみに、レギュラーカラーは飴色っぽいブラウンと、それをワントーン暗くしたような焦茶色)。
 メッセンジャーバッグ的なフラップが、雪国生活時代を思い出させてくれて懐かしい(勿論、その時期に雪国では本革のカバンなど持てないが、雪をシャットアウトし、払い落としやすいその形がね)。
 で、お店に行ってみたのだが・・・カタログ写真より結構色が暗い。 あえての色むらを出しているせいもあって、墨色っぽく見えてしまった。 あぁ、がっかり、と思ったら、「在庫でかなり個体差がありますよ」とお店の方が奥から出してきてくださる。 で、これがいちばん緑が明るめに出ているやつだった。 で、どうしようかなぁ、と約一か月ほど悩んだ。
 でもB5サイズだと仕事に使うにはちょっと小さいのよね〜。 でもA4サイズにはこの色がないのよね〜。
 まぁ、仕事でも必要最小限の荷物に絞れば入るんだけどさ、ギリギリです(たとえば、文庫本ならば入るが、ハードカバーを入れる余裕はない、的な)。

  アンティークB5ショルダー2.JPG で、フラップを上げると・・・。
 更に緑が明るくわかる革が。 この組み合わせ、もう他にはなかったです(濃い色のほうが割合が多くなっていた)。 もしかしたら、緑がはっきりしたやつから売れて行っちゃったのかもしれないけど。 ちなみにここのお店、フェアトレードで第三国の職人さんの技術を日本のデザインで、みたいなコンセプトで、カバンはバングラディッシュ製。 フラップ裏などの内布は、バングラディッシュの民族衣装の布地だとか。
 上は更にジッパーで閉まり、かっちりしたつくりなので底鋲はないけれど自立するし、なによりカバン自体が軽い(マザーハウスのカバンはすべて軽いのが売りなのであるが)。
 もっと明るい緑が好きなんだけど、グラデーション仕様のおかげで光の加減によりかなり色が変わって見えるのが面白く・・・結局買ってしまったわけなんですよ。
 でもまだ使ってないんですけどね(だって、年末年始のお出かけで使おうと思ってたんだけど、寝込んで出かけられなかったし、まだ風邪が全快していない状態で新しいカバンを持つのはなんか気が引けるではないか・・・)。
 そんなわけで、この三連休も寝て過ごしたのでした。

ラベル:カバン
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2018年01月07日

今日は3冊。

 1月5日は仕事はじめであった。
 多少体調もよくなってきたから、せめて4日は外へ出て、お気楽カフェでミルクティーと読書でも、と思っていたのだが・・・何故か、4日は全然起きれず。 えっ、熱がまた上がったか?! 実は風邪は快方に向かっていたのだが、貧血になっていたのだった(なんか動くとよろよろするなぁとは思っていたが・・・ずっと寝込んでいたせいかと)。
 結局、年末年始休暇は家から一歩も出ずに、ほぼ寝込んで終わりであった。
 で、仕事はじめであるが・・・声が出ないので朝、病院に行ってから出勤することに。 病院もまた5日から診療スタートのため、とても混んでいた。 ネフライザー(薬剤をのどと鼻から直接吸引する療法)をしてもらうと声が出た(かなり鼻声だが、とりあえず相手には言いたいことが伝わる)。
 そんなわけで結構遅刻の仕事はじめ。 翌日からはまた三連休なのでまだ気楽なのだが、9日には大きなイベントがある。 その準備をできる限り今日中にしておかなければ・・・ということで、帰宅が思ったよりも遅くなった。 もうどこのお店もあいていない。
 おのれ、本屋に寄りたかったのに! そして実物を見て決めたかったのに!
 だがどうせ来週火曜日も寄ることはできない。
 なので、金曜の深夜(土曜日の早朝)、ネットでぽちり。
 そしたら日曜に届いちゃうんだもんな。

  ドクタースリープ1.jpgドクタースリープ2.jpg ドクター・スリープ/スティーヴン・キング
 これのハードカバーが出たときは、<あの『シャイニング』の続編!>ということで大変話題になりましたが・・・結構賛否両論だった印象が。 でもあらすじを読むと、「特殊な能力を持ってしまったが故に苦しむ子供と、それを守ろうとする同じ能力を持った大人の話」という、ファンタジー・SF・ホラー路線における鉄板の設定なんですよね。 『シャイニング』の続編だから、と同じテイストのものを求めるとがっかりするのでは? 『シャイニング』はあれで、もう独立した物語ですからね。
 ただ、ダニーのその後、を描いているというだけのことなので・・・続編、という紹介の仕方がまずかったのかも。

  人外魔境文庫.jpg 人外魔境/小栗虫太郎
 小栗虫太郎といえば『黒死館殺人事件』だが、その後は冒険小説系統に向かっているのよね。
 『人外魔境』は一部青空文庫でも読めるが、全部ではないし・・・。
 とりあえずなんかすごそうな気配は感じるので、いいや、買っちゃえ!、である(だからこれも本屋で手に取って考えたかったのだ)。
 休みに何もできなかった分の、ストレス解消かな。

ラベル:新刊
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2018年01月06日

優しい密室&鬼面の研究【新装版】/栗本薫

 懐かしついでに、勢いがついちゃったのでこれらも。

優しい密室【新装版】
 もともとあたしは<名探偵>に弱い。 だから伊集院大介さんにも子供の頃から憧れていた(だから彼のモデルであるさだまさしも好きになったのかな・・・音楽はこれを読む前から聴いていたけれど、相乗効果?)。 いつかあたしもホームズ的な人物と出会い、ワトソン的役割を果たすのだ!、という心ひそかな野望は、もしかしたらこの『優しい密室』によって確立されたのかもしれない。 だって、森カオルさんは17歳で、大介さんと出会ったのだから(なおこのとき、あたしは11・12歳である)。

  優しい密室新装版.jpg 旧版と表紙が違う気がするけど、装画・装丁は同じ人のような。
 カオルが通う中高一貫の女子高に、教生(教育実習の先生)として伊集院大介がやってきた。 高校で息苦しさを感じていたカオルは、学校のどんな先生とも違う大介の雰囲気に、<外の世界>への興味をかきたてられる。 そんな中、校内であるチンピラの死体が発見され、自分の力で事件を解決しようと奮闘するカオルなのだが・・・という話。
 さすが、ずっと前とはいえ3回以上は読んでいるから内容は結構覚えていました。 だからカオルの素っ頓狂な思い込みや早合点が痛々しい。 でも、一人称ながら「17歳の、あの頃の恥ずかしい自分」を承知の上で振り返って書いているので、その青臭さはそんなにひどくない(一緒に反省も書かれているからね)。 とはいえ、その頃の年代の自分の記憶はあたしにもあるわけで、カオルさんの痛々しさはそのまま過去の自分にも向けられる内容でした。 風俗的に多少古いとはいえ、携帯電話やスマホのない時代、という意味ではあたしの時代もこっちのほうに分類されるわけで、完全に懐かしいわけではないのだけれど(あたしは共学の普通高校に行ったので、私立の女子高の雰囲気は想像の範囲でしかない)、自意識過剰でいつか自分は何者かになれると疑わず、理想主義であることを恥ずかしいとも思わず、知識や知性がもっとも尊いと思っていた<あの頃>を、あたしもまた赤面しそうになりながら思い出す。
 多分、あたしは少しは大人になった。 でも<あの頃>の自分もまた、しっかりまだここにいるのだ。


鬼面の研究【新装版】
 『優しい密室』の続編。 あの事件から10年近い時間が流れ、カオルさんは女流作家として一本立ちしてときにはテレビの仕事とかしてしまったりするようになり、大介さんは<名探偵>として知る人ぞ知る、という存在になっている。 なのに、本作におけるカオルさんときたら、ひどい。 作家としてリアルタイム視点のせいか前作ほどの反省が見られず、やりたい放題で大介さんの手をわずらわせ、不用意な発言をしてときに事態を悪化させる。 これも内容は覚えていたので「あ、犯人この人」とかすぐわかりましたが・・・カオルさんの言動がこんなにひどいとは思わなかった。 12歳前後のあたしにはわからなかったポイントであろう(というか、こんなに我儘でも許してもらえるってどういうこと!、みたいな感じですかね・・・)。

  鬼面の研究新装版.jpg 旧版の表紙は鬼の面がもっと小さかったような・・・。
 九州のある隠れ里にドキュメンタリー番組を撮るために訪れたテレビクルーたち。 カオルは出演者として呼ばれ、心配になった大介はマネージャーとして同行する。 深い山の中、つり橋を通ってしか渡れない村は、カオルにとっては横溝世界そのもの。 自分たちのプランで撮影したいクルーたちと、村のしきたりを守ってほしい村人たちとの間でいさかいが起こり、天候の悪化とともにつり橋が落とされ、第一の殺人が。 嵐の山荘・見立て殺人等々、本格ミステリのギミックがてんこ盛りの、自己言及的ミステリ。
 大介さんがいい人すぎるんですけど!、とあたしは泣きたくなりました。
 しかし、大介さんというのはそもそもそういう人なのだ。
 社会という日常生活に気分・精神的に適応できない人々に対する彼の優しさは最初からずっと一貫しているではないか。 だからこんな場合によってはイライラしてしまうカオルさんの言動にもまったく動じず、ただただはげまして支える。 なんとありがたい人であろうか。
 あたしの読み込み具合が<伊集院大介初期三部作>+『伊集院大介の冒険』(当時は講談社ノベルズ版)、あと『猫目石』(伊集院大介と『ぼくらの時代』の栗本薫くん共演)あたりがいちばん深いというのもあるけれど、このへんで大介さんのあたしの中のイメージが固まってしまった感がある。
 だから、『天狼星』以降(つまりシリウス登場以後)、「どうも大介さんのイメージ、変わっちゃったな・・・」と思っていて、『天狼星』前と後ではなんとなく違う人という目で見るようになってしまっていた。 でもそれは、ただ単にあたしの好みの問題で、好きだと思っていた人の意外なところを見たせいで「そんな人だとは思わなかった」とひいていたのかな・・・と今ならば気づく。 『絃の聖域』の由紀夫くんもそうだし、『天狼星U』の胡蝶なんか最たるタイプではないか。 ただ、かつてのあたしは嫉妬していただけなのですよ。 ほんとにすみません。
 となれば、『冒険』や『猫目石』も読み直したくなっちゃうな・・・(そして今、『絃の聖域』を読み直しています)。
 なんとなく、名探偵としての、個人としての彼をいちばん堪能できるのは短編集かもしれないと思ったりもするので(エラリー・クイーン的ロジックも炸裂)、『冒険』・『新冒険』・『私生活』が優先かしら。

ラベル:国内ミステリ
posted by かしこん at 20:04| Comment(0) | ☆ 読んじゃいました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする