2017年12月02日

おやすみ、リリー/スティーヴン・ローリー

 図書館から借りた本。 予約が詰まってますが、意外にあっさり読み終われた。
 フリーライターである著者にとって半自伝的な小説だそう。 ダックスフントの愛犬リリーをなくした気持ちをまとめた短編を膨らませて、長編化したものということで・・・でもあたしにはマジックリアリズム手法はちょっと合わない、ということを改めて感じさせてくれた。 どんな荒唐無稽設定でもむしろ、それが現実であるほうが受け入れやすい。 現実を見せつけられることで、虚構部分に冷めてしまうようだ。

  おやすみ、リリー.jpg 赤いボールはリリーのお気に入り。

 <ぼく>はメスのダックスフント・リリーと二人暮らし。 彼女とお気に入りの若いいい男のどっちが好みか話し合うのも習慣になるくらい仲良く暮らしている。 しかしある日、<ぼく>はリリーの頭に邪悪な<タコ>がとりついていることに気づく。 このままでは<タコ>にリリーを奪われてしまう。 <タコ>と戦い、やっつけるために<ぼく>とリリーは冒険の旅に出る・・・みたいな話。
 <タコ>とは腫瘍の例えであるが、タコを食べる日本人としてはタコにあまり邪悪なイメージがないので・・・<ぼく>の憎しみにあまり感情移入できない、というマイナス要因がある。 しかも<ぼく>のあまりにも入れ込みすぎなリリーへの愛情に、若干引く。 長く付き合った彼氏との別れを引きずっているのはいいんだけど、セラピストに敵意むき出し、ジアゼパムをなめながら酒を飲む(しかも結構飲みすぎ傾向)、という自己憐憫に満ちた態度が気に食わない。 このへんはあたし自身にもそういう要素があるから、同族嫌悪的な感じなんだろうなぁ、と思っちゃうけど。
 <ぼく>はとにかく愛されたくて、安定した関係の恋人も欲しいし、40歳過ぎても母親のはっきりした愛情を求めているアダルトチルドレンなんだけど、彼が愛している(とはっきり表現する)のはリリーに対してだけで、他の人間関係においては臆病すぎたり、逆に壁を作ったり。 気持ちわかるけど、だからなんかイライラ。 リリーへの愛が、自己愛の裏返しのように思えてしまうから。 マジックリアリズムだから余計に、精神的にあやうい人の妄想みたいに見えちゃう。
 けれどリリーの興奮した時の喋り方はかわいい。
 そしてリリーのおかげで、<ぼく>も成長できるんだけど、時間がかかりすぎというか、こういう極限状態にならないと気づけない・目覚めないものなんですね・・・と思うととてもかなしい。 人間のダメさ加減を思い知る。
 だからといって犬を飼いたくなったわけではないのだが・・・多分あたしにはそのような“愛情の対象”がなくても平気なタイプらしい。 ペットを飼っている人には号泣ものだというのはわかるのだが(でもやはり<ぼく>に対して感情移入できない場合があるかもしれないが、リリーの健気さは変わらないから)。
 悪くはないんだけど・・・やはりマジックリアリズム手法かな。 それも洗練された効果的な使い方とはいえないから(もしかしたら作者本人はそれと意識して書いてないのかも)。

ラベル:海外文学
posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | ☆ 読んじゃいました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする