2017年11月17日

ノクターナル・アニマルズ/NOCTURNAL ANIMALS

 シネ・リーブル神戸に4つ目のスクリーンがオープン!
 同じビルに入っていた朝日ホールがいつの間にか閉館しており、そこを買ったのか借りたのかはわかりませんが、アネックスという名で映画館として再利用。
 しかしそこは受付が4階なのである!(シネ・リーブル神戸はもともとB1)。 行き方がわからない・・・。
 メールで「アネックスオープンのお知らせ」とプレスリリースは届いたものの、そこには具体的な行き方は書いていない・・・こりゃ現地に行くしかないぞ!、である。
 ちなみに、アネックスは1スクリーン、客席505。 多分、神戸市の映画館としては座席数最大ではないかと思う・・・。
 そんなオープンの記念すべきオープニング上映が、『ノクターナル・アニマルズ』だったのである。 いくらトム・フォード監督第二作で、高い評価を受けた作品とはいえ、この客席は広すぎるだろ!
 実際、カウンターでチケットを買う際に「座席や前後との間隔が狭くなっておりますので、できるだけ(すでに席を取っている人たちと)かぶらない場所がオススメです。 縦に5ブロックに分かれておりますが、両端はかなり観にくくなってしまいますので、中3ブロックのうちがよろしいかと思います」と言われてしまう。 そうだよね、もとはホールだったのだから、映画館というよりは「どこかで特別上映会」って雰囲気に近いのであろう。 満席にする意図ははなからなかったに違いない。

  ノクターナルアニマルズP.jpg 20年前に別れた夫から送られてきた小説。
   それは愛なのか、復讐なのか。

 スーザン(エイミー・アダムス)はLAのアートギャラリーのオーナーで、アートの最先端の世界に身を置いている。 夫のハットン(アーミー・ハマー)も有能なビジネスマンらしく、当たり前のようにリッチな暮らしをしているが、彼女の心はまったく満たされていない。 そんなある日、スーザン宛に20年前に離婚した元夫のエドワード(ジェイク・ギレンホール)から、彼が書いた『夜の獣たち(ノクターナル・アニマルズ)』という小説が届いた。 「君との関係にインスパイアされて書いた」というメモが添えられて。 “夜の獣”は眠らないスーザンに対してかつてエドワードがつけた呼び名だった。 スーザンはのめりこむようにその物語を読み・・・という話。
 冒頭から度肝を抜かれる映像が続くが、あたしこの人たち知ってる!、という既視感にとらわれる。 あぁ、『さすらいの女神(ディーヴァ)たち』か。 言葉で説明なしで、そのシークエンスでスーザンの仕事がどういうものかと、トム・フォードの美意識が炸裂。
 映画は彼女の現実、彼女が読む小説の視覚化、彼女の回想場面という三層構造からなる。

  ノクターナルアニマルズ3.jpg 彼女の不眠は幼少時からの心理的なもの、とすぐわかる痛々しさ。
 スーザン、モードファッションが似合うんだけど・・・似合えば似合うほど不幸に見えてしまうのは何故だろう。 完璧なファッションは仕事上の鎧であって、彼女の好みで選ばれたものではないから。 同じように完璧に見える夫もまた不貞をしているが、その気配を察してもスーザンはなにも尋ねることができない。 なんだろう。この自己評価の低さ。 財産や地位、かつての彼女が求めた<安定>には、常にむなしさが伴っていると無意識のうちに気づいているからだろうか。 本当のしあわせを自分には手に入れることができないと悟っているかのように、彼女は私生活においてまったく無力である。
 彼女が小説に夢中になってしまうのは、そこにエドワードからのメッセージがあるかもしれないと思っているから。

  ノクターナルアニマルズ1.jpg 小説世界では、ハードボイルドな西部劇。
 トニー(ジェイク・ギレンホール)は妻のローラ(アイラ・フィッシャー)と娘のインディア(エリー・バンバー)とともに夜の人気のないハイウェイを車で走っていると、荒くれ者らしき若者たちが乗った二台の車に挟まれ、接触して停車、因縁をつけられる。 「警察に行こう」というトニーに賛同する若者たちだが、「逃げられたら困る」と妻と娘は向こうの車に、トニーの車にはナイフを持った一人の若者が乗る。 言われたとおりに運転していったトニーだが、途中で一人置き去りにされ、夜通し歩いて人家に辿り着き、警察に通報してもらう。
 事件の担当となった副保安官(マイケル・シャノン)はトニーのやりきれない気持ちを理解し、懸命の捜査をしてくれる。 しかし発見された妻と娘は・・・。 復讐の鬼となったトニーと、協力者であり相棒となった副保安官の二人の道行きの物語。
 舞台はテキサスということもあって、ものすごくバイオレンス。
 だけどもう、マイケル・シャノンがすごくかっこよくて!
 構造的に分断されてしまうのがもったいないくらい、このパートはすごく濃密で、別世界だった。 ものすごくアメリカの香り。 トム・フォードってイギリス人じゃなかったっけ?(『シングルマン』の主人公はイギリス人だった、よね?)、あたしの勘違い?

  ノクターナルアニマルズ5.jpg スーザンの母親役で、ローラ・リニー登場。
 同時大学生(大学院生?)のスーザンは、貧乏学生(エドワードのこと)と学生結婚したってどうせ数年しか続かないわよ、と母親に言い放たれて「そんなことないわ!」と反発している。 しかし母親のファッションセンスが現在のスーザンに引き継がれているように、結局スーザンは母親に言われたとおりの道を辿っていることに。 彼女は枠を超えられない人なのだ、そんな人が最先端のアートに向き合えるのかなぁ。
 監督の繋がりなのか、ほんのちょっとの出番なのに豪華なキャストが次々顔を出すのもうれしい驚き。 ローラ・リニーの登場もこの場面だけ。

  ノクターナルアニマルズ4.jpg 付き合い始めた頃の二人は、特にスーザンは、こんなにもナチュラルで幸せそうなのに。
 実際のエドワードは過去の回想シーンにしか出てこない(物語場面においてはスーザンが、トニーの役をエドワードに割り振って読んでいるだけだから)。 スーザン視点、という意味では本当のエドワードはまったく出てこないのかもしれない。 すべてはスーザンというフィルター越しのエドワードだから。
 こんなにもエドワードはスーザンを愛し、彼女を理解して受け入れようとしていたのに、スーザンはエドワードを受け入れることができなかった。 しかもそれをエドワードのせいにした。 まったくひどい女なのだ。 ゲイの監督は女のイヤなところをものすごくはっきり描いてくれるよなぁ・・・こういう女になっちゃいけない、ということですね、と他山の石にします。

  ノクターナルアニマルズ2.jpg ひどい若者代表:アーロン・テイラー=ジョンソン。
 多分、スーザンは最初トニーの妻が自分だと思っていたかもしれないが、次第にこの男が自分のモデルだと感じてきた・・・と観客に分かるようになっている。 こいつがほんとにひどい男なので、コピーにある<復讐>にひっぱられそうになるけれど、エドワードがはっきりそう書いているわけではない。 あくまでスーザンがそう感じた、というだけのこと。
 心の中のことは、誰にもわからない。 むしろ自分のなかほど見えにくい、そして他人を自分の見方でみてしまう危険性に気づかない。 <獣>は誰の心の中にもいて、いかにそれを飼いならすかが重要。 一言でいってしまえばそんな話なのですが・・・豪華キャスト、ゴージャスな仕立て、複雑に見えそうな構造のせいでこんな感じになっちゃうのね・・・。
 あたしは好きです、ものすごく。 やっぱり男優たちの使い方がものすごくうまいし〜。
 ラストシーン、それくらいで自分が切り捨てられたと感じるほど、彼女はどうしようもないお嬢様育ちなのだろうか。 それとも、過去の呪縛をこういう形で彼が断ち切ってくれたのだと感じたのだろうか。 それとも、この行動自体がスーザンからのエドワードに対する<復讐>なのか?
 どうとも取れるエンディングには賛否両論かもしれないが・・・モードファッションや端正な美意識の枠を飛び越えた<物語性の高い映画>を2作目にして完成してしまったトム・フォードの豊かな娯楽性指向が素敵です。 ミステリ仕立てにしてしまうところが非常にあたしのツボでしたし。 意外にエンタメ志向の人なんだなぁ。

 アネックスについての詳細は追記にします。

つづきはこちら
posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする