2017年11月14日

逆の意味で、すごかった2作

長女たち/篠田節子
 篠田節子を読むのも久し振りかな? 『廃院のミカエル』以来?
 でも気づけば結構読んでいるんですよね・・・。 個人的には『神鳥−イビス』とか『夏の災厄』とかのホラー系作品が好きなんですが(宗教がらみの作品はもはや王道です)、『女たちのジハード』とか『百年の恋』みたいな身も蓋もない話にも「うおぉ」と思ってしまいます。
 『長女たち』もまた、身も蓋もない話系統。 短編(中編?)3つ収録(『家守娘』・『ミッション』・『ファーストレディー』)。
 長女が悩み苦しみ、孤軍奮闘する姿が描かれます(連作短編ではないので、それぞれの話は独立しています)。

  長女たち文庫.jpg 読者であるあたしも長女なので・・・今回は「身も蓋もない」では終われず、恐ろしいほどに身につまされました。
 「一歩間違えてたらあたしもこうなってた!」な展開、母親とのやり取り、続出。
 そうなんですよ、長女ってなんか共感能力高く躾けられちゃうんですよ。 だから人をバッサリ切ったり、その人の好みとか否定するような言動ができない。 自分のことより相手優先の考え方が身についてしまっているので、自分の意志とかをストレートに伝えられなくて、婉曲表現になったりそもそもタイミングを考えすぎて言いそびれたりで結局伝わらなかったり。 損な役回りをさせられることが多いのに、本人はそうとは気づいてなかったり。 「目を覚ませ! そこから出ろ!」と作中の長女たちに何度声をかけたくなったことか。
 彼女たちの気持ちがすごくわかるのです。 だからこそ「早く逃げ出さないと!」という危機感がリアルに身に迫ってくる。
 それぞれ長編にしても十分成り立つ内容なのに、あえてコンパクトにしたのは一冊で3人の対比を出すためかしら。
 だから小説としてはいささか不十分なところもなきにしもあらずなんだけど(切れ味鋭くするためにはもっと短くまとめたほうがよかっただろうし、長編でしっかり読みたいなぁという物足りなさもあるし)、現代における母娘の病理(娘は30歳以上の場合が多い)のディテールを提示し、逃げ遅れがちな長女体質の人たちに早期の避難を促すための啓蒙の書なのかもしれず。
 <毒親>という表現もかなり一般的になりましたが・・・そこまででなくとも、結局母親と長女っていちばん付き合いが長い関係になってしまうから、他にきょうだいがいたとしてもつながりは濃くなりがち。 母親にとって最も愚痴や文句を言いやすい相手が長女ということになり、それを聞いて育つから母親への共感のほうが先に立って反論しづらいとか、もしくは他のきょうだいと揉めたときの折衝役になったりしてしまう。 また家族もそれを当たり前だと思ってしまうところがあるし。
 一時期、友達母娘ってはやったけど、そうやって仲良くいられるのはお互いが若いうち。 ここに介護や看病とかが入ったら、そんな余裕ないから。
 長女は全部自分で引き受けなければダメだ、とか思わず、きょうだいとの共同責任のような逃げ道をつくっておかなくては。
 でも、一人っ子で経済状態にも余裕がない場合はどうしたらいいのか・・・考えれば考えるほど、その闇は深い。
 とりあえず自立って大事です! 親以上に頼れるもの(仕事とか結婚とか)があるとかなり楽になるけど、親の介護のために仕事辞めなきゃいけないとかになったら無間地獄だ。
 そう考えると結婚制度って意味あるなぁ! 長女こそ先に結婚すべきなのかもと思うと、「順番守れ(妹のほうが先に嫁に行くのはよろしくない)」という昔の言い回しにも根拠があったんだなぁと感じる。
 あぁ、おそろしかった。 ホラー小説よりもずっと怖かったよ。 でもこの怖さを最も実感するのは、多分長女だ。

君の膵臓をたべたい/住野よる
 えっと、基本あたしはこういう系統の本は読まないことが多いのですが・・・仕事場の人から「よかったよ」と言われて、八方美人な天秤座のあたしとしては断ることができず、お借りしました。 でもなかなか手を付けられず・・・でも読まないといつまでも返せないぞ!、と思って勢いで読んだ。
 でも最初の数ページで挫折しそうになる。 この文体、あたしにはもうつらい。 もう自分は若くないのだと事実を突きつけられた。

  君の膵臓をたべたい文庫.jpg しかもあたしは『君の膵臓がたべたい』だと思っていたからね。 助詞の扱いは難しい。
 75万部越えのベストセラーだそうですし、コミカライズ・映画化もされたのであらすじについてはあえて触れませんが・・・。
 「これ、ラノベじゃね?」が最初の印象。 もしくはケータイ小説? よくこれを一般文芸書として出したな、と出版社の度胸にまずびっくりです。 イメージではもっと純文学テイストなのかと思っていたので・・・自分でも驚くほど速く読み終わってしまいましたが、これほど続きを読むのがつらいと思った本はあまり記憶にない。
 主人公(男子高校生)とそのクラスメイトの女子がヒロインという役回りなのですが、二人の一般常識があまりにもなくて「あれ、この二人って中学生だったっけ?」と冒頭に戻って確認してしまったぐらい。 しかも読者であるあたしから見てヒロインの魅力がまったくわからない・・・<健気でパワフル>と、<バカでガサツ>は違うんですけど? こういう人をあたかも個性的で魅力あふれる人物として描くのやめてもらっていいですか。
 更に、延々続く二人の会話を読んでいるのがつらい・・・(「意味のない会話」と主人公は言っているが、意味はなくとも面白い会話はいくらでもある)。 コミュニケーション障害気味の男子が我儘勝手な女子に振り回されて、結果として成長するって、しばらく前からのラノベのテンプレ設定じゃん! おまけに散々自分を振り回す女子が最終的に自分のことを全肯定してくれるとか、そんな都合のいい話はないっつーの。
 主人公の名前を最後まで伏せる意味もわからない(効果を狙っているのはわかりますが、それがどれほどの効果をもたらしているのかがまったくわからなかった)。 「【地味なクラスメイト】くん」などと表記することで、主人公が自分が呼ばれた時の声や相手の調子からそういう印象を受け取っているのだな、とかはわかりますが(ある意味実験的ではあるものの洗練されてはいないから)・・・頻出しすぎて邪魔くさい。
 通り魔のニュースが入ったところで、「まさかそういう終わり方じゃないよなぁ」と思った通りになっているむなしさ。
 しかもヒロインの親友がほぼヒロインと同じキャラ。 女の友情をなめているとしか思えない(同じタイプの人間が親友になるってあまりない。 根っこは同じものを持っていても、表現の仕方は違ってくるものです)。
 でもいちばん腹が立つのは、膵臓の病気について調べた気配がまったく感じられないこと! 病気をバカにするな!
 どうしよう、返すとき感想を聞かれたら。
 「すみません、これを楽しむには私は年をとりすぎたようです・・・」と言うしかないか。
 できたら感想は言わないで済ませたい・・・あぁ、ここにも長女体質が。

ラベル:国内文学
posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | ☆ 読んじゃいました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする