2017年11月02日

アウトレイジ 最終章/OUTRAGE CODA

 もっと早くに観に行くつもりだったのだが・・・諸事情によってかなり遅れてしまった。 様々なネット記事には目をふさいで、できるだけフラットな気持ちで観たかった(でも一応、前2作をテレビ放送で復習はした)。
 『アウトレイジ ビヨンド』の禍々しさあふれたオープニングと比べて、今回のオープニングは明るくてどこかさわやかささえ漂ってしまうものだった。 だからそれが余計に、せつなくて。 あぁ、これはかなり哀しい話になるぞ、という予感が冒頭からひしひしと。
 『アウトレイジ』から『アウトレイジ ビヨンド』の公開まで2年、その間に劇中では5年の時間が流れていたけれど、『ビヨンド』から5年後公開の『最終章』までの間にはどれくらいの時間が流れているのだろう。 そう感慨にふけってしまいたくなるほど、登場人物たちが置かれている状況は大きく変化。

  アウトレイジ最終章P.jpg 全員暴走

 韓国・済州島。 かつて関東の山王会と関西の花菱会との間で起きた壮絶かつ熾烈な権力争いののち、両方から標的となった大友(ビートたけし)は日韓の裏と表社会を牛耳る実業家にしてフィクサー、張会長(金田時男)の庇護を受けてここのシマを請け負っていた。 杯を交わしたわけではないが、大友を「アニキ」と慕う市川(大森南朋)らがいて、表面上はそれなりに平和な日々を送っていた。
 が、ある日、韓国にある<仕事>で来た花菱会の若手・花田(ピエール瀧)が騒ぎを起こして大友らとひと悶着。 一応手を打つ方向で話は成立したものの、花田は「そんなのは面倒だ」とバックレようとしたために張会長側の若い者を殺してしまう。 怒り心頭の大友は花菱会への報復をもくろむが、大友の身を案じた張会長は日本でケリをつけるから言い、大友をいさめる。 ところが花菱会内部では権力闘争が渦を巻いており、このトラブルをきっかけにどうにかしようとする動きが錯綜、花菱会と張会長側の関係はこじれにこじれ、耐えられなくなった大友はついに日本に帰国する・・・という話。

  アウトレイジ最終章1.jpg まぁ、帰国してもらわないと話は始まらないのだが。
 『ビヨンド』まででたいていの方々は死んでいるので、生き残り組と新たな登場人物で物語は展開するも、『ビヨンド』が盛り上がりすぎたので本作は“後始末”の感がなきにしもあらず。 <『アウトレイジ』三部作>をひとつのサーガと考えれば、『最終章』がそういう位置づけになるのは仕方がないこと。 だから全編切ないんだよなぁ・・・。 そんな中で、大森南朋はとてもおいしい役をいかにも楽しそうにやっていて、彼の姿が本編の唯一の救い、みたいな。
 とはいえ「片岡から聞いてないのかよ!」とか、「木村組は」といったセリフに、名前が出てきているのにその人本人はいない、という痛切な不在感が更にこの映画の寂寥感を増幅させる。 生き残りの方々や新メンバーが出てきても、どれほど見せ場があってもその不在は埋められないのだ。

  アウトレイジ最終章3.jpg このお二人が初めて登場するシーンにおける「病み上がり感」がただごとじゃない。 実際にもご病気されてたそうですが・・・それが<時間の経過>にも通じる気がして。 『ビヨンド』時、あれほど威勢のよかったこの二人も時の流れには勝てないのか、というか、劇中人物の西野と中田もなにか病気したんじゃないのかとか、衰えていく肉体をかばうためにより冷酷非道なやり口や卑怯な頭脳戦(?)を選択するようになってきたのでは・・・と感じたり。 ヨタヨタに見えても気迫はまったく弱まっていないから。

  アウトレイジ最終章2.jpg 期待の大杉漣、花菱会の新会長としてついに登場! でも花菱会の前会長の娘婿で元証券マンという出自故、根っからのやくざではない小物っぷりがお見事。 北野映画における“大杉漣”ではなくて、“バイプレイヤーズ的な大杉漣”が楽しめちゃうヨロコビ。 でもあたしが観ていていちばん怖かったのは、ほぼソファに座っているだけの岸部一徳さんでしたよ・・・(明らかにやくざな感じじゃ全然ないのに何故ここにいるんですか、を含めて)。
 バイオレンス描写はシリーズ最も控えめなれど、まったくないわけではなく(一応R+15ですから)、でも全編漂う寂寥感のほうが大きくてあまりそっちに目がいかないせいかも。 死人の数では『ビヨンド』とそんなに変わらないかもしれない。

  アウトレイジ最終章4.jpg 片岡(小日向文世)がいないせいで、警察側も精彩を欠く。
 スーツ姿がなんか久し振りの中村育二さん、着々とロマンスグレー道を進んでいるのがうれしい。 松重さんは『孤独のグルメ』の五郎さんと生まれと育ちと職業選択が違えばこんなにも違うか、という繁田刑事の内に秘めた激しさが爆発するシーンにしびれた。 ヤクザという逃れられない生き方を選択してしまったことに対する落とし前をつけるために生き続けている大友と同じように、繁田もまた刑事という自分で選んだ生き方に対して決着をつける。 もしかしたら、大友とわかりあえることができたのは繁田だけだったんじゃないだろうか。 でも二人の立場の違いが腹の割った会話を許さないけど。
 神戸が一部ロケ地に使われているのは一作目からなので、東京であるはずの場所に「あ、旧居留地!」、「ポートアイランドかな」と反応してしまえるほど慣れてきたのか、もしくは冷静に観ることができたからなのか。 だって、哀しさに対抗するためにはクールでいるしかないじゃない。
 『最終章』とつけた監督の気持ちはわかる、これで終わりだと言いたいだろうから。
 でもあたしがつけるとしたら、『レクイエム』だ。

ラベル:日本映画 映画館
posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする