2017年11月10日

今日は4冊。

 もう11月も3分の1が経過、ということに気づき愕然とするも、何もできない(何をしていいかわからない)今日此頃。
 まだ昼間が暑いので、いまいち秋(というか初冬?)を実感できないのが原因か。

  雪花の虎05.jpg 雪花の虎 5/東村アキコ
 景虎も22歳になりました。 川中島の戦いまであと数年・・・という時期の、上杉側・武田側それぞれの雌伏期。
 もしかして大河ドラマにするの狙い始めた?、というくらいの作者の気迫と本気度を感じました。

  後継者たち.jpg 後継者たち/ウィリアム・ゴールディング
 そういえばウィリアム・ゴールディングもノーベル文学賞作家だったなぁ、あんまり意識したことなかったけど。 それよりも「『蠅の王』の人」のイメージが強くて。
 本作は意外にも初文庫化だそうで。 ネアンデルタール人とホモサピエンスの遭遇、というすごい設定のインパクトが強すぎる。 戦いや闘争、葛藤といったものを描きたい人だったのかなぁ。 つきつめれば「人間とは何か」を。

  潜入モサドエージェント.jpg 潜入 モサド・エージェント/エフタ・ライチャー・アティル
 モサドと言えば悪名高きイスラエルの情報機関、というイメージがつい浮かんでしまうくらい、<敵>側の印象。 といってもあたしの情報機関に対するイメージは『エロイカより愛をこめて』が原型なので、「モサドといえば女スパイ」って感じ(ちなみにCIAのイメージは「ごり押しディック」)。
 で、本作はイスラエルの情報機関にいたという作者による、モサド側から見るもの。 ノンフィクションばりのディテールということなので、そのあたりで新しいイメージができるかな、と。

  消えたはずの、.jpg 消えたはずの、/エイミー・ジェントリー
 行方不明になった子供が年月を経て帰ってきた。 しかしこの子は本当に消えたあの子なのだろうか・・・、というシチュエーションはこれまでいろいろな作品に繰り返し使われてきた。 それでもまだそんな設定で勝負するということは、まったく新しい切り口ですか!、ということを期待。 図書館でもいいかなぁとは思ったんだけど、早川書房応援キャンペーン(?)中なので、ついでに。

ラベル:新刊 マンガ
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2017年11月08日

ブレードランナー 2049/BLADE RUNNER 2049

 あたしが『ブレードランナー』を初めて観たのは中学生のとき、テレビの洋画劇場だった(勿論吹替版で、ノーカットじゃない)。
 当時、とても盛り上がりました。 学校で、「あれ観た?」と話し合ったことも覚えている(ちなみにみなさん女子。 『ブレードランナー』は男性に人気があると言われるけれど―だから続編の公開前は「映画館に来るのは中年男性だけだ」と揶揄されていたりしたわけですが、女子にだって『ブレードランナー』の面白さはわかります)。
 その後、ノーカット版を観たいと思いつつも、ディレクターズ・カットやファイナル・カットなど様々なヴァージョンが存在することを知り、何を観たらいいのかわからなくなり・・・だから結局、あたしの『ブレードランナー』体験はその一回きり。 でもそれだけで十分なほどインパクトがある作品だった。 勿論、様々な記憶媒体の障壁を降り越えて「何百回も観た! 自分の人生を変えた作品!」と断言できてしまう人たちには愛情の深さはまったくかないませんが、SFというジャンルへの愛情をあたしの中につくりあげたひとつであり、人間ではない“もの”に対する偏見のなさ(それは同時に自分以外の存在に対する視点でもある)を育ててくれた作品でもあるわけで、それなりの愛着はあります。
 今回、続編公開に先駆けて地上波の夜中に、多分昔観たTV放送ヴァージョンをやっていて、それが唯一の復習。 でも観てよかった。 かつて盛り上がって喋りまくった内容(当時のあたしたちなりの解釈)が映画から得たものだと思い込んでいた! 記憶は勝手に改変されるものだが、ここまでとは・・・。
 『ブレードランナー2049』は、そんなあたしのいろんな思い込みも含めて「実はそれも、解釈の一つですよ」、という安心を与えてくれた。 勿論答えは一つじゃない、謎はすべて解明されてはいない。 それでも、あらゆる解釈を否定することなく『ブレードランナー』と同じ世界観で、30年後の未来をまた新しいビジュアルで提示する。 さすがだ、ドゥニ・ヴィルヌーヴ!

  ブレードランナー2049−P.jpg 知る覚悟はあるか――。

 2049年、ロサンゼルス。 レプリカントの相次ぐ反乱でタイレル社はすでに倒産、2022年に起きた大規模停電をきっかけに世界的食糧供給異常が発生し、地球上は大混乱。 科学者で実業家のウォレス(ジャレッド・レト)が2025年に遺伝子組み換え食品で世界の食糧危機を解決し、ウォレス社は一躍世界的大企業へ成長する。 更にウォレス社はタイレル社の権利を買収し、人間に決して逆らわないレプリカントを新たに開発、寿命も撤廃した。 その結果、人間とレプリカントは一見共存している。 ロス市警に所属し、ブレードランナーの職務をまっとうしているK(ライアン・ゴズリング)もそんな新型レプリカントの一人で、地球に隠れ住む旧型レプリカントを狩っている。
 が、ある日、Kがある仕事を終えたとき予想もしないものを発見する。 それがすべてのはじまりだった・・・という話。
 冒頭、説明文が一作目のように出て、レプリカントとブレードランナーという単語のみ赤文字になる。 なんかもうそれだけでテンション上がっちゃった!

  ブレードランナー2049−2.jpg 基本無表情でありながら、いつも苦悩しているように見えるK。
 Kはレプリカント。 とはいえ高い知能を持ち感情に近いものも持っているように見えるし、知らなければ人間との区別はつかないのではないかと思う。 職務には忠実、上司(ロビン・ライト)にも絶対服従。 なのに同じロス市警の警官から「ニセ人間!」みたいな罵詈雑言を吐かれ、虐げられている。 それに耐えているKを見ていて、「かわいそう!」とつい思って人間への憎しみが募るのだ。 “人間らしさ”とはなんなのか、というのは前作の大きなテーマであったが、それをもう今作は冒頭から投げてくる。 むしろ主人公をレプリカントにすることで「人間とレプリカントとの違いとはなんなのか、違いにこだわることがなにを生み出すのか」をより強く打ち出すことに。 あたしはすっかりレプリカント寄りの気持ちになってしまった。
 そして日本語文字電子看板も健在(「強力わかもと」ほどのインパクトがあるものはなかったが)。 Kが書く書類にも「LAPD」の下に「ロサンゼルス市警」と日本語で書いてある。 ホログラムの人形は日本のアニメキャラっぽかったし、多国籍の中に点在する日本を見つけるのもまた楽し。 前作はほとんど夜、雨だったけど、30年経って大気汚染がより進んで気象変動が激しくなり、雨だけでなく雪が降るという描写は結構好きだった。 昼のシーンも多くなったし。

  ブレードランナー2049−4.jpg カギを握る二人の女。 左はKの上司、右はウォレスの秘書ラヴ(シルヴィア・フークス)。
 ラヴはウォレス曰く「特別なレプリカント」。 彼女もまたウォレスのためならなんでもする。 それがまた切ない・・・(やることはひどいけど)。
 この人、見たことあるんだけど・・・とずっと考えていたのだけれど、『鑑定士と顔のない依頼人』の謎の依頼人だった! こんな筋肉ついてなかったぞ・・・髪型が変わるともうわからないなんて、ダメじゃんあたし!
 全体的に台詞が少ないので、静かで美しく、圧倒的で何かを語る映像、微表情で多くを語れる俳優を揃えたのが勝因。 観客に解釈をゆだねつつも、必要な情報は惜しげもなく投入する。 前作の銀の折り鶴に当たるような木製の馬も登場。

  ブレードランナー2049−3.jpg そしてKは元捜査官デッカード(ハリソン・フォード)とついに対面。
 なんかこの建物、『ドクター・ストレンジ』の最後の砦によく似てる気がするんだけど・・・砂漠化したため誰も立ち入らないラスベガスの廃墟という設定でした。
 Kとデッカードが容易くわかりあわない(というか、デッカードが誰に対しても心を開かない)だろうことは推測できたけど・・・それが彼の過ごした30年という時間の結果で、彼の頑固な偏屈さにもイラっと来なかった。 すみません、正直今までハリソン・フォードを「演技がうまい俳優」だと思ったことがなかったのですが、それを謝罪します! こんなにうまい人だったんだ、と今更ながらに気づきましたよ。
 多国籍文化社会になったはずなのにやはり描かれるのはキリスト教的世界観であったり、アメリカ的価値観であったりはするもののの、そこはあまり重要視せずに、これはKとデッカードそれぞれの旅路がたまたま合流した物語である、と捉えたい。 でもそれは、偶然のように見える必然で。
 だからデッカードは辿るべき道に立つ。 Kの調査とK自身の“作られた記憶”のおかげで。
 あぁ、知性とは、感情とは一体何なんだろう。 場合によってはないほうが幸せなのかもしれない。
 塗り替えられていく記憶でも、それが自分が自分でいられるために必要なもの。 決して変わらぬ記憶を持つレプリカントは、一体どんな夢を見るのか。 くしくも原作の問いかけもまたよみがえる。
 静かに雪が降る中、Kの、そしてデッカードの旅の終着点にあたしも立ち会った、見届けた。
 ラストシーンへ至る数分間、突然感情の波が押し寄せてきた。 それまでまったく平気だったのに、二人のそれぞれの表情に、突然。
 暗転し、タイトルが表示された瞬間、あたしはその波に飲み込まれて涙が突然あふれた。 エンドロールの間中、ずっとあたしは涙をぬぐっていた(だからエンドクレジットをしっかり読めなかったことが心残り)。 こんなふうに心を持っていかれたのは『カティンの森』以来ではないだろうか・・・。
 『ブレードランナー』あってのこの映画だけど、この映画だけでも十分評価されていいのでは。

  ブレードランナー2049−P2.jpg 上映後、盛り上がりすぎてクリアファイルセットを買ってしまった。 A4サイズ。 映画のチラシを入れるならB5、手帳に挟むならA5サイズのほうが使いやすいのに・・・。
 実は公開から結構早めの時期に観に行ったんですが・・・「一週目なのに一日の上映回数が少なくない? レイトショー20時スタートって早すぎない?」と思っていたら・・・上映時間2時間40分だった!
 でもあたしは長さは感じなかった。 圧倒された。 素晴らしかった。

 以下、ネタバレを含む部分は追記とします。

つづきはこちら
ラベル:映画館 外国映画
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2017年11月07日

サイレント/カリン・スローター

 <ウィル・トレントシリーズ>というか、カリン・スローターはしばらくいいかな・・・と『閉ざされた瞳孔』を読み終わって思ったのですが・・・予想以上に早い再会(再開?)。 図書館の予約が思っていたよりずっと早く回ってきちゃったのです。 次の予約を待っている人もいるので早く読んで返さないと。 でも、予想よりも早く来た理由はわかった。 上下巻だけど各巻約300ページという薄さだったのですぐ読めちゃうよね〜。 だったら上下巻に分けずに一冊にしちゃえばいいのに・・・。

  サイレント1.jpegサイレント2.jpeg 前作『ハンティング』との統一性を出したかった?

 一応、<ウィル・トレントシリーズ>ではありますが、はじまりはほぼサラ・リントンの独壇場。 『閉ざされた瞳孔』から始まる<サラ・リントンシリーズ>は6作で終わったようですが(しかし残り5作の日本語版は未刊行。 こっちの続きもよろしく!)、『ハンティング』から<ウィル・トレントシリーズ>にサラがゲスト出演し、その後もそれは続く様子。 クロスオーバーというべきか、シリーズが合流したというべきか。
 ただ、当然のようにサラのその後(『閉ざされた瞳孔』のあと)についてがんがんネタバレしているので・・・(事件のことではないが、私生活や人間関係について)、ちょっと微妙な気持ちになる。 だったら未訳のサラ・リントンシリーズは読まなくてもいいのかも。
 まぁ、ともかく今回サラは実家のある懐かしい町に仕事の関係で短期間戻ってくる(それが『閉ざされた瞳孔』と同じ舞台なので個人的に紛らわしい)。 そんなとき、湖から若い女性の遺体が見つかり、容疑者と目された男は逃走途中で若い刑事を刺し、逮捕・拘留された。 それだけの事件だったはずだが、逮捕されたサムはサラが小児科医をしていたときによく診ていた知的障害のある青年で、彼に女性を計画的に殺すなどできないと力説。 が、警察は彼女の話を信じようとしないのでGBIに電話し、調査を依頼。 そうしてこの町にやってきたのはウィル・トレントだった・・・という話。
 今までのカリン・スローター作品とちょっと違い、残忍で凄惨な手口・二転三転する事態、といった展開にはならない。 それを期待すると肩透かしになるかも。 むしろ今回描きたいのは、小さな町における警察の意義というか、署長が変わるだけで警察署の姿勢すら変わってしまうという田舎の状態というか、人間関係重視という気がしました。
 法と正義を身をもって執行していた署長であったジェフリーと、そのジェフリーが死んでしまったあとの違い。 腐敗が始まるとなるとあっという間という組織。 ジェフリーの死を受け入れられなくて、当時の相棒であった刑事レネへの恨みと憎悪を隠そうともしないサラ。 罪悪感と自己弁護の板挟みにあっているレネ。 その他いろいろ、様々な感情が渦巻いている町に、明らかに警察の敵とみなされる立場でやってくるウィル。 読みどころはほぼそんなところです。 事件そのものは割と単純。 
 ただウィルの相棒フェイスは出産直前で産休中。 それでもぎりぎりまでFAXと電話を使ってウィルの手助けをするフェイスは根っからの警官で、かつウィルの世話をする親戚のおばちゃんみたいな立ち位置になってるような・・・ま、ウィルにはそういう存在は必要だと思いますがね。
 お互いに“魂の半分”と言える相手がいながら、それでも埋められない空虚さを持つウィルとサラは今後どうなるのか、という期待を持たせるエピソードでもあったりして。 結局シリーズ物は人間関係になっていくのかなぁ。 次回作でまたはじけた事件に遭遇するのかどうか、このシリーズの真価が問われそうです。

ラベル:海外ミステリ
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2017年11月06日

RED PILL BLUES/MAROON 5

 <睡眠負債>という言葉がだいぶ一般的になってきたように感じます。
 つまり、前もっての寝だめはできないが、睡眠不足を解消するために一日中寝るのもあり!、ということで。 あたしは前からその傾向があったのですが、「やっぱり規則正しい生活をしたほうが・・・」と言われてしまうことが多かったので、最近は「休日ずっと寝てます」と答えやすくなってます。
 そんなわけで、11月の三連休はほぼ寝ておりました。 ときどき、スイッチが切れたように(もしくは入ったかのように)睡眠モードに入ることがあって、それは自分では選べないタイミングなのですが、今回そんなんなので自分で組んでた予定が何もできず。
 タワーレコードから送られてきたこれを受け取るだけで精一杯。
 まぁ、日曜日は比較的早く目が覚めたけど(それでも午後4時だ)、金・土曜日は外が明るい時間の記憶がないのですよ。
 これで負債を返せたかなぁ。 全部は無理でも、とりあえずは。
 おかげで月曜日はいい感じで朝起きることができました。

  マルーン5レッドピルブルーズ.png なんか、ジャケット地味になった? しかもメンバー増えてる?

 マルーン5、3年振り6枚目のオリジナルアルバム。 ていうかあれから3年もたったのかよ・・・(汗)。
 CDプレイヤーにイヤフォンだと他の音が聴こえなくなるので(別にそれほど大音響で聴いているわけではないんだけど・・・)、初めて新しいパソコンにイン。 WMPで作業しながら聴きました。
 で・・・なんか気がついたら終わってて・・・「あれっ!」とリピート。
 一時期、「どうした?!」というくらい激しくエレクトロ路線に行っちゃったけど、今回もエレクトロ要素はあるけどぐっと控えめに。 あと、ゲストが多いのも特徴ですかね。 乱暴なくらいキャッチ―な感じもあまりないし、でもバンドとしてのグルーヴはずっとたもたれている。
 あれ、もしかして、ファーストアルバムの雰囲気に近い? 勿論ジャンルミックスはより強くなって、ぐっと洗練もされてるんだけど、なんとなくコンセプトとしては原点回帰?
 と、繰り返し何回か聴く・・・一曲一曲がすごく主張しているわけではないんだけど、トータルとしてバランスがいい。 ある意味、人の集中力をあげるBGMになるかも。
 もともと彼らはR&B要素を持っていたのに、ポップス&ロックバンドとして分類されてきた。 今回更にR&B要素を表に出しつつも、あくまでポップであることを捨てていないのは、彼らのアイデンティティがポップだからなのか、広く聴いてもらうための無意識の戦略なのか。
 ま、あたしはまんまと引っかかって、常に新作を買って聴いてしまってますけどね。

ラベル:洋楽
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2017年11月02日

アウトレイジ 最終章/OUTRAGE CODA

 もっと早くに観に行くつもりだったのだが・・・諸事情によってかなり遅れてしまった。 様々なネット記事には目をふさいで、できるだけフラットな気持ちで観たかった(でも一応、前2作をテレビ放送で復習はした)。
 『アウトレイジ ビヨンド』の禍々しさあふれたオープニングと比べて、今回のオープニングは明るくてどこかさわやかささえ漂ってしまうものだった。 だからそれが余計に、せつなくて。 あぁ、これはかなり哀しい話になるぞ、という予感が冒頭からひしひしと。
 『アウトレイジ』から『アウトレイジ ビヨンド』の公開まで2年、その間に劇中では5年の時間が流れていたけれど、『ビヨンド』から5年後公開の『最終章』までの間にはどれくらいの時間が流れているのだろう。 そう感慨にふけってしまいたくなるほど、登場人物たちが置かれている状況は大きく変化。

  アウトレイジ最終章P.jpg 全員暴走

 韓国・済州島。 かつて関東の山王会と関西の花菱会との間で起きた壮絶かつ熾烈な権力争いののち、両方から標的となった大友(ビートたけし)は日韓の裏と表社会を牛耳る実業家にしてフィクサー、張会長(金田時男)の庇護を受けてここのシマを請け負っていた。 杯を交わしたわけではないが、大友を「アニキ」と慕う市川(大森南朋)らがいて、表面上はそれなりに平和な日々を送っていた。
 が、ある日、韓国にある<仕事>で来た花菱会の若手・花田(ピエール瀧)が騒ぎを起こして大友らとひと悶着。 一応手を打つ方向で話は成立したものの、花田は「そんなのは面倒だ」とバックレようとしたために張会長側の若い者を殺してしまう。 怒り心頭の大友は花菱会への報復をもくろむが、大友の身を案じた張会長は日本でケリをつけるから言い、大友をいさめる。 ところが花菱会内部では権力闘争が渦を巻いており、このトラブルをきっかけにどうにかしようとする動きが錯綜、花菱会と張会長側の関係はこじれにこじれ、耐えられなくなった大友はついに日本に帰国する・・・という話。

  アウトレイジ最終章1.jpg まぁ、帰国してもらわないと話は始まらないのだが。
 『ビヨンド』まででたいていの方々は死んでいるので、生き残り組と新たな登場人物で物語は展開するも、『ビヨンド』が盛り上がりすぎたので本作は“後始末”の感がなきにしもあらず。 <『アウトレイジ』三部作>をひとつのサーガと考えれば、『最終章』がそういう位置づけになるのは仕方がないこと。 だから全編切ないんだよなぁ・・・。 そんな中で、大森南朋はとてもおいしい役をいかにも楽しそうにやっていて、彼の姿が本編の唯一の救い、みたいな。
 とはいえ「片岡から聞いてないのかよ!」とか、「木村組は」といったセリフに、名前が出てきているのにその人本人はいない、という痛切な不在感が更にこの映画の寂寥感を増幅させる。 生き残りの方々や新メンバーが出てきても、どれほど見せ場があってもその不在は埋められないのだ。

  アウトレイジ最終章3.jpg このお二人が初めて登場するシーンにおける「病み上がり感」がただごとじゃない。 実際にもご病気されてたそうですが・・・それが<時間の経過>にも通じる気がして。 『ビヨンド』時、あれほど威勢のよかったこの二人も時の流れには勝てないのか、というか、劇中人物の西野と中田もなにか病気したんじゃないのかとか、衰えていく肉体をかばうためにより冷酷非道なやり口や卑怯な頭脳戦(?)を選択するようになってきたのでは・・・と感じたり。 ヨタヨタに見えても気迫はまったく弱まっていないから。

  アウトレイジ最終章2.jpg 期待の大杉漣、花菱会の新会長としてついに登場! でも花菱会の前会長の娘婿で元証券マンという出自故、根っからのやくざではない小物っぷりがお見事。 北野映画における“大杉漣”ではなくて、“バイプレイヤーズ的な大杉漣”が楽しめちゃうヨロコビ。 でもあたしが観ていていちばん怖かったのは、ほぼソファに座っているだけの岸部一徳さんでしたよ・・・(明らかにやくざな感じじゃ全然ないのに何故ここにいるんですか、を含めて)。
 バイオレンス描写はシリーズ最も控えめなれど、まったくないわけではなく(一応R+15ですから)、でも全編漂う寂寥感のほうが大きくてあまりそっちに目がいかないせいかも。 死人の数では『ビヨンド』とそんなに変わらないかもしれない。

  アウトレイジ最終章4.jpg 片岡(小日向文世)がいないせいで、警察側も精彩を欠く。
 スーツ姿がなんか久し振りの中村育二さん、着々とロマンスグレー道を進んでいるのがうれしい。 松重さんは『孤独のグルメ』の五郎さんと生まれと育ちと職業選択が違えばこんなにも違うか、という繁田刑事の内に秘めた激しさが爆発するシーンにしびれた。 ヤクザという逃れられない生き方を選択してしまったことに対する落とし前をつけるために生き続けている大友と同じように、繁田もまた刑事という自分で選んだ生き方に対して決着をつける。 もしかしたら、大友とわかりあえることができたのは繁田だけだったんじゃないだろうか。 でも二人の立場の違いが腹の割った会話を許さないけど。
 神戸が一部ロケ地に使われているのは一作目からなので、東京であるはずの場所に「あ、旧居留地!」、「ポートアイランドかな」と反応してしまえるほど慣れてきたのか、もしくは冷静に観ることができたからなのか。 だって、哀しさに対抗するためにはクールでいるしかないじゃない。
 『最終章』とつけた監督の気持ちはわかる、これで終わりだと言いたいだろうから。
 でもあたしがつけるとしたら、『レクイエム』だ。

ラベル:日本映画 映画館
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2017年11月01日

いもうとは秋田犬 悩めるビギナー編/小池田マヤ

 前作『いもうとは秋田犬 運命の出会い編』では保護犬である秋田犬の<南>を引き取るまでの話が中心だった。 何年かたっての回顧録という形だったので、細かい部分はスルーされていたところがあったと思う。
 第二弾であるこの『悩めるビギナー編』は、インドア派・性格後ろ向き・妄想型でありながら自己嫌悪感も強い(?)、作者の本領発揮。

  いもうとは秋田犬2悩めるビギナー編.jpg 「姉はマンガ家」と表紙にこっそり書いてあるのがお茶目。
 マンガ家・小池田マヤの作品を読み始めてからもう20年近くになるかも。 最初に読んだのが『バーバー・ハーバー』だったので、他の作品を読んで「おぉ!」とビビったりしたことがあったのも今は昔、何を読んでもびくともしなくなりました。 とはいえ、全作品読んでいるわけではないのですけれど(古本屋で見つけられないものはどうにもならない・・・)。
 フィクションであっても、作品にはそのときの作者の願望がだだもれするのがこの人の特徴。 ある作品では「子供産みたい! 子供ほしい!」という気持ちが痛いくらい出てた・・・。 だからエッセイマンガのほうがちょっと読むほうとしては気が楽。
 そんなわけでこの巻では、<南>を引き取ってから、「飼い主とはどうあるべきなのか」を模索していた日々を自分のダメエピソードを惜しむことなく投入して語る。 保護犬を飼うためのマニュアル本では決してなく、人生に思い悩むアラフォー女性の負の部分がたっぷり。 それを受け入れられない人もいるだろうし、理解できない人もいるだろうし、同族嫌悪の人もいそう。 完全に共感してしまう人はちょっとこわいかも。
 正直読後感はあまりよろしいとは言えないが、ここまで自分をさらけ出すのもまた小池田マヤの持ち味だから。
 あたしは動物を飼っていないので「わかる部分もあるけど、そこまでかどうか・・・」ぐらいの感じです。
 でも作者の視点は面白くて独特なので、まだまだ迷える飼い主道を描いてくださいね。

ラベル:マンガ
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