2017年11月29日

人生はシネマティック!/THEIR FINEST

 ジェマ・アタートン、好きだなぁ。 お色気系の役よりも、ちょっとお堅くて賢い系(でも賢いことに自分では気づいていない感じ、ちょっと天然ということか?)の役をやっている彼女が好き! なんかこれ、そういう役っぽいし、ビル・ナイも出てる! そんなよこしま気味の動機で鑑賞。

  人生はシネマティックP.jpg みんなで作る「最高の結末」

 1940年、ロンドン。 進攻中の第二次世界大戦においてイギリス軍は劣勢にあり、国内の士気を持続し、更に高めるためにプロパガンダ映画が続々製作されている。 コピーライターの秘書として働いていたカトリン(ジェマ・アータートン)は同僚が出征したため臨時でコピーを書くことになったが、その作品が脚本家のトム・バックリー(サム・クラフリン)の目に留まり、情報省映画局に職を得る。 カトリンは秘書として雇われたのだと思ったが、実は脚本の女性のダイアローグを書かせるためであった。 女性の視点で映画を作ることで、国に残る女性に戦争の意義を伝えるために。
 カトリンにとっては初めての仕事だったが、画家だが収入の安定しない夫エリス(ジャック・ヒューストン)との生活のためにはお金がいる。 それに映画に対するトムの熱意にも打たれて脚本づくりに熱中していく。
 かつて刑事ドラマで一世を風靡したベテラン俳優ヒリアード(ビル・ナイ)には「女の書くものなんて」と邪険にされたりもするが、<ダンケルクの戦いでナチスドイツ軍から兵士を救った双子の姉妹の感動的な実話>をテーマとすることが決まり、その姉妹に取材・・・どんどん仕事が面白くなってきたカトリンは「どうすれば映画製作がスムーズにいくか」を会得していくが、時代はやはり戦争中であり・・・という話。
 原題は“最も素晴らしい・最優秀”的な意味。 原作の原題はより詳しく、“Their Finest Hour and a Half:最も素晴らしい一時間半”。 つくられる映画の上演時間のことですかね。

  人生はシネマティック4.jpg 姉妹に取材中。 現実はそこまでドラマティックではない例。
 とりあえずジェマ・アタートン、すごくかわいいです! ちょっとドンくさいところとか、手足は細くて長いのに胴体はダイナマイトバディなところとか(そんなアンバランスさが天然を引き立てるのか)、仕事に夢中になりすぎていろいろお構いなしになっちゃうところとか、でもやっぱりデキる女だったりとか。 顔は似てないけど・・・雰囲気でいうなら綾瀬はるかっぽいのか?、ということに今頃気づいた。 彼女はアクションやってないですけど。

  人生はシネマティック2.jpg 夜の地下鉄ホームは防空壕代わり。
 コニー・ウィリス『ブラックアウト』にも共通する描写なれど、灯火管制がそこまで厳密に守られている感じがしなかった。 まだ戦争はそこまで切羽詰まっていなかったのだろうか。 ドイツのV1ロケットについての説明もなかった(しかし百貨店が吹き飛ばされ、散乱したマネキンが死体のように見える、という描写はあったし、それなりにロンドン市内は空襲されているようだったが・・・)。
 この映画のテイストがどちらかといえばコメディ寄りなので、そこらへんはあえてゆるくしたのかもしれない。 「空襲されてもくじけない、へこたれないロンドン市民」の姿は確かにそこにあったから。

  人生はシネマティック3.jpg 最初はどうなるかと思われた、トムとの相性もばっちり。
 一度脚本を完成させても、そこはやはり国威高揚映画。 軍部から要望という名の命令があればその通り書き直し(ジェレミー・アイアンズがちょこっと出てきたことにニヤリ)、撮影現場で問題が発生すればそれを回避できるプランに書き直し、ベテラン俳優が機嫌を損ねれば相手が納得する以上の内容に書き直す。 現代においては脚本は完成すればそこで終了、現場で変えられることは多少あっても脚本家の出番はもうないのとは対照的に、このプランにおいては脚本担当は常に撮影スタッフ・キャストとともにある。 その感じがすごくファミリーっぽいというか、仲間になる連帯感が強くなっていく流れが素敵。 ちょっとファンタジックなラブコメ要素もあり、これまたコニー・ウィリスのスクリューボール・コメディを思い出させるものがあり、でもやりすぎに感じられないのはイギリス映画的な地味さ加減がきいているからであろう(作中でも、イギリス映画はアメリカ映画に比べて“慎み深い”と表現されるが、つまりは地味と言われている)。

  人生はシネマティック5.jpg 情報省のスパイと噂される女性プロデューサー。 男装の麗人風でかっこいい、と思ったらレズビアン設定。
 強い女性がレズビアンというのも・・・ありがち展開なんだけど、でもそれ故に「普通の女性なら口にしないことをあえて口にする」というお得な役回りになっているという部分もあり・・・当時レズビアンということで迫害されなかったのかな? ちょっとそこは現代視点。

  人生はシネマティック1.jpg ビル・ナイ、今回もキュート!
 カトリンに最初は厳しかったヒリヤードだが、彼女のアイディアで自分の役がどんどんいいように膨らんでいくので、すっかり彼女がお気に入りに。 いつしか<人生の先輩>のような立ち位置になっちゃう。
 その彼が言う、「若い男たちが戦場に行っているから、老人と女性にチャンスがめぐってきてるんだ」。
 カトリンの成長に合わせてダンケルクへ船を向かわせる姉妹たちの活躍場面も増えた。 ある種のサクセスストーリーにも見えてきたこの映画の本質はそうではないのだと、ヒリヤードが教えてくれる。
 ・・・なんかつらかった。
 女性の社会進出っていったらかっこよく聞こえるけど、結局は人手不足の穴埋めでしかないという状況(それはそのまま現代にも通じるわけだが)を物語る。 でもそれを自分のチャンスとして生かすかどうかは、個人次第ってことなんだね。
 でもこの映画、なんか好きだなぁ。 何があっても仕事をすることで自分を保っていられるとか、働くよろこびとか、そういうことも詰まってるから。

posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月28日

今日は3冊、マンガです。

 11月、マンガ買いおさめ。

  美食探偵明智五郎04.jpg 美食探偵明智五郎 4/東村アキコ
 マリアがより大胆不敵になっている・・・。
 3巻で絵的に「おや?」と思ったちょっとした違和感が、もしかして、あれ、伏線だったの?!、とおののく展開が待っておりました(いや、伏線かどうかはわからないのですが)。
 それにしても一冊が、薄いわ・・・。

  スキップ倶楽部2.jpg スキップ倶楽部 2/桑田乃梨子
 なんと最終巻でした。
 もしかしたら、これって『楽園番外地』と対になっている作品とか? 語り手の男女逆とか、部活から広がる人間関係とか・・・いや、後半は桑田マンガに基本共通だった。

  だめっこどうぶつ08.jpg だめっこどうぶつ 8/桑田乃梨子
 なんか表紙の装丁がガラッと変わった!
 お値段も上がってる!
 ・・・この因果関係はあるのか。
 四コママンガなので続巻が出るまで時間がかかるんだけど(実際、7巻から8巻まで2年以上・・・)、特に進展のないだめっこキャラのやりとりを一気に読むのはこっちも大変。 のほほんとしたいときにちょっとづつ読むのがいいペースかなぁ。

ラベル:マンガ 新刊
posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | ☆ 買っちゃいました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月26日

婚約者の友人/FRANTZ

 フランソワ・オゾン新作。
 フランソワ・オゾンがモノクロで(一部カラーになるけど)、時代物を撮るなんて意外! ミステリー的な要素はこれまで多く手がけてきたので納得だけど。 と思っていたのですが・・・実はそんなにミステリーではない。
 ではメロドラマか・・・といえば・・・、いつもどおり女性に厳しい内容で。

  婚約者の友人P.jpg 1919年、戦後のドイツ。愛する人の墓の前で
 泣いていた男。彼の正体が明かされた時、新たな謎の扉が開く――

 舞台は第一次世界大戦終結後の1919年のドイツの小さな町。 アンナ(パウラ・ベーア)は婚約者のフランツが戦死し、日々悲しみにくれながら彼の墓を訪れる。 ある日、フランツの墓に花を手向けて泣いている男(ピエール・ニネ)を見かける。 彼は医師であるフランツの父の診療所も訪ねるが、「息子を殺したフランス人の診療はできない」というかたくなな言葉に姿を消す。 再びフランツの墓で彼を見かけたアンナが声をかけると、彼はアドリアンと名乗り、フランツとフランスで知り合いだったと告げる。 戦争前、フランスに留学していたらしいフランツの友人で、アドリアンしか知らないフランツのことについて聞きたいアンナはフランツの両親とアドリアンを改めて引き合わせる。 彼の語るフランツの姿に、三人は悲しみがよみがえりつつも心穏やかな気持ちになり、頑固な父すらも心を開き始める。 アドリアンをもう一人の息子のように思い始めた頃、アンナもまた彼に特別な想いを持つようになるが、アドリアンには秘密があって・・・という話。
 冒頭、話されている言語がドイツ語だと気づかなくて。 てっきりフランス語だと思っていたので、「あれ、フランス語じゃなくない? 英語?」と、舞台がドイツだと気づいてからもあたしにはしばらく英語に聞こえてました(お父さんの発音はドイツ語なんだけど)。 思い込み? アドリアンがフランス語を話すことで、やっとドイツ語が聞き取れた。

  婚約者の友人3.jpg アドリアンを受け入れていく家族。
 アドリアンがどう見てもゲイなんだけど、と思ったあたしはフランス時代、フランツとアドリアンは恋仲なのだと思ってしまったよ(ピエール・ニネは『サンローラン』でイヴ・サンローランを演じた人だったので、ゲイだと思ってしまったらしい。 でもあえてそう見せているに違いない)。 なのでアドリアンの示す好意に期待しちゃだめだよ!、とアンナに忠告したくてたまらなくて。
 ちなみに彼の<秘密>はすぐわかる内容なので・・・それが大ネタのミステリではない。 むしろ秘密の暴露後のほうが重要。

  婚約者の友人1.jpg フランツと。
 また、フランツがまたいかにも実直なドイツ人青年、という感じで。
 カラーになるのはアンナの感情が高揚したとき、もしくは彼が過去を語る場面(彼にとっては秘密を引きずる<今>は生きている実感がなく、ある時点で何かが止まってしまったからであろうか)。
 純真無垢というよりは、いかにもドイツ人的なお堅い気質のアンナ。 戦争で妻を亡くしたらしいご近所の知り合いに求婚されることは彼女にとって許せないことであり(だって彼女も婚約者を亡くしたのに、彼を忘れずにいるのだから)、むしろわざわざフランスからフランツの墓参りに来た彼のほうに親しみを覚えてしまうのは当然かと(でもやめといたほうが・・・とあたしはやはり言いたかった)。 それに怒るヤツは男としてちっさいぞ! そんなちっさい男を演じきった方はあっぱれでした。
 特に時代背景を第一次世界大戦後にしたのがきいていて、ドイツとフランスは対等に憎しみを抱いているところがポイントだ(第二次世界大戦後ではそうはいかない)。
 帰国後、連絡が取れなくなったアドリアンを探すためにフランスへ向かうアンナ。 彼女はフランス語が喋れるからそれほどのハンデはないけれど、フランスでドイツが憎まれている光景を目の当たりにして口がきけないほど驚く。 そんなところもまた、世間知らずのドイツ娘らしいのだけれど。
 お父さんたちの仲間が酒場でビールを飲みながらドイツをたたえ、フランスを憎む言葉を吐くように、フランスのカフェでは国歌がうたわれ、ドイツへの憎しみが渦巻いている。
 それにしても『ラ・マルセイエーズ』をリアル字幕で聴くと・・・ほんとうに歌詞が血なまぐさくて。 それを今でも国歌として使っているフランスには共和制への誇りというか、それを勝ち取った<市民>たちへの尊敬の念があるのだろうと思いますが、なんで日本では『君が代』問題があんなにもこじれているのか不思議でたまらなくなってしまう(これは映画とは関係ないですが)。

  婚約者の友人4.jpg アドリアンにとってのホームは、アンナにとってはアウェイ。
 なんといったらいいでしょう、<ホーム&アウェイ>の話なんです。
 勝手知ったる自分のエリアでは勿論自分が有利なんだけれど、そのことになかなか人は気づけなくて、外に出て初めて自分がアウェイであると知る。 アウェイの人に気遣いができていたか? 自分の都合のいいように解釈していないか?
 他者排斥やヘイトに対するフランソワ・オゾンからの提言って感じなのだ。
 それを時代物というオブラートに包み、定番ともいえる男女の悲恋モノとして仕立てているけれど、実はテーマはなによりも今日的だということに驚いた。 ストレートにこのテーマを描いてしまうと炎上しかねない、ということなんでしょうか。

  婚約者の友人2.jpg アンナの意志の強い美しさが印象的。
 だからそれが崩れる脆さ、立ち直るために必要な過程・・・がラストシーンに集約される。
 何故、人は期待してしまうのだろう、希望通りに物事が運ぶと。 そしてその<希望>とは<自分に都合のいいこと>にすぎないと気づいてしまうとき、人は成長するのだろうか。 もしくは、壊れてしまうのだろうか。
 まったくもって、フランソワ・オゾン的な映画でした。

posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月25日

キャラメルショコラ@ドトールコーヒー

 仕事場の、わりと味の好みの系統が似ている人から、「この前、久しぶりにドトールいって、キャラメルとチョコレートのケーキ食べたけど結構おいしかったよ」という話を聞く。
 基本的にあたしはドトールでケーキセットを頼むときはカボチャのタルトが多いのですが・・・まぁ、ない時もあるしね。
 で、ちょうどタイミングよくドトールに寄れるチャンスがあったので、席もそこそこ空いていたし、これさいわいとケーキセットをオーダー。

  ドトールキャラメルショコラ.JPG キャラメルショコラ、という名前でした。
 お供はホットの紅茶で(あぁ、夜なのにカフェイン取ってしまった)。
 ドトールは陶器のお皿に金属のカトラリーというのがうれしいですよね(スタバのフォークはプラスチックだ・・・金属のを出しているお店もあると聞いたことがあるが)。 このお皿のデザインもなんとなく昔の喫茶店っぽい。
 禁煙・喫煙スペースをタリーズのようにきっちり分けるようになってから入りやすくなったし、デザートにも数年前からだいぶ力を入れていると感じる。 「ちょっと時間をつぶす場所」ではなく、「本など読んでゆったり時間を過ごす場所」にスタイルが移行してきたよねぇ。 で、あたしも図書館から借りた本(予約待ちがいるので一日でも早く返したい)を集中して読めました。
 そしてケーキのほうですが・・・基本ムース系。 でも土台はちゃんとスポンジで、スポンジ上部には適度な密度でクラッシュナッツがばらまかれており、「これ系のトレンドはちゃんと押さえてあるな」という感じ。 ムースは軽すぎも重すぎもなく、適度になめらかでしつこくない。 キャラメルとチョコの味のバランスも悪くないし、サイズも大きすぎずにちょうどよく食べられる感じ。
 劇的に「おいしい!」というわけではないけど、決してハズレではない。
 勿論、ちゃんとしたケーキ屋さんのケーキがおいしいのは当然ですが、出来立てをイートインできるならともかく、家に持ち帰ってちょっと時間がたっちゃうと、やはり味わいに変化が。 それに高いお金を出すのが最近さみしくなってきた、ということもあり、コンビニスイーツもなかなか侮れないし、普段はこういう“平均点よりちょっと上”のほうが味も安定していていいんじゃない?、という気持ちになっております。

posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | ごはん・お茶の時間 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月23日

今日は9冊(その2)。

 引き続き、毎度恒例のハヤカワ文庫と創元推理文庫から残りの5冊。

  ボックス21新版.jpg ボックス21/アンデシュ・ルースルンド&ベリエ・ヘルストレム
 『制裁』に続くシリーズ第二弾、復刻。 三作目『死刑囚』まではあるので、シリーズ未訳の部分もよろしくお願いします。
 訳者あとがきによると、ベリエ・ヘルストレム氏はがんであることを公表後、約2年間闘病、今年の2月にお亡くなりになったそうである。 ルースルンド氏が『熊と踊れ』で別の人と組んだのは、実際の事件がモデルだからその関係者と組んだほうが詳細がわかるからだろうと思っていたのだが・・・もしかしたら相棒の闘病生活も関係していたのかもしれない。
 今後、ルースルンド氏は必要がない限り一人で執筆を続けていくことを発表したらしい。 不在の痛みが、滲みます。

  グランプリ文庫.jpg グランプリ/高千穂遥
 「高千穂遥が自転車にはまっている」と聞いたのはいつのことだったか(かなり前に、栗本薫のあとがきかなんかだったような)。 確かエッセイっぽいものも出てるはずだけど・・・これもそんなやつかなぁ、と思ったら、ガチの競輪小説のようです。 同じ自転車競技でもツール・ド・フランスのほうがどちらかといえば親しみのあるあたし。 でも競輪選手になりたかった人を知っている、ということを思い出させてくれました。 彼らはどうしていることだろう・・・。

  事件 大岡昇平.jpg 事件/大岡昇平
 これも存在は伝説だったもの。 というか大岡昇平といえば『野火』とか文学系の作品のほうがどうしても有名。 でも以前、NHKアーカイブでこのドラマを見たような・・・よくあるタイトルだから、別物なのかもしれないけれど。
 解説によれば、実は大岡昇平はミステリが好きだったらしい。

  矢の家福永武彦訳.jpg 矢の家/A・E・W・メースン
 これも「福永武彦が翻訳したミステリ」として伝説的存在。
 新訳で生まれ変わるのもいいけど、古い文のままで読むのもまたよし。 黄金時代のミステリは、内容に古い部分はあっても印象は今読んでも鮮烈なものが多いからね!

  雪の夜は小さなホテルで謎解きを.jpg 雪の夜は小さなホテルで謎解きを/ケイト・ミルフォード
 大変レトロな雰囲気ですが、最近の作品。
 MWA最優秀ジュブナイル賞受賞作ということで・・・その割に分厚いぞ!(背表紙にタイトルが一行で収まらず、二行になってます) そして“ジュブナイル”という単語がここで生きていることにニヤリとする。
 雪に閉ざされたホテルに奇妙な客たち、という古典的な仕掛けにもニヤリ。 やっぱりこういうの、好きなんだよね〜。

ラベル:新刊
posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | ☆ 買っちゃいました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月22日

今日は9冊(その1)。

 新刊がたくさん出る日がやってまいりました。

  宇宙兄弟32.jpg 宇宙兄弟 32/小山宙也
 32巻です。 ISSでのせりかさんたちのミッション、そろそろ終了。
 そう思うとすごく時間がたったような気がするなぁ。 訓練候補生だった彼らが宇宙飛行士に選ばれて、実際に宇宙に行く人に選定されて、無事飛び立って、宇宙でのその任務を終えるのだから。
 実際、作者側にも読者側にもその時間は流れているわけで。 もう、1巻の奥付を見るのが怖いよ。

  とりぱん22.jpg とりぱん 22/とりのなん子
 帯裏に、「単行本派の方へ これまで長く秘匿にされていたある事実が明らかになります。事前にネットで調べたりなさらぬよう」みたいなことが書いてあり、猫っぽいシルエットが。
 ――まさか、ミーちゃんの身に何か!?(ミーちゃん:初期の頃のレギュラー、作者の実家の隣の猫。 しばらくしてからネタに出てこなくなった)
 いや、ネタに出てこなくなったのは作者が仕事場を借りて引っ越したからだと思うことにしていて、でもあの段階で結構なお歳っぽかったからそれ以降は言わずもがなかな・・・と気づかないふりをしていたあたしなのだった。 だけど今更それを、こういう形で帯に書くかな? 書かないよね。
 こんな前振りは多分楽しい・面白いことのはず、だよ。

  鼻に挟み撃ち.jpg 鼻に挟み撃ち/いとうせいこう
 『想像ラジオ』の陰に隠れてしまった感はあるものの、実はこれも芥川賞候補作。 ていうか芥川賞って新人賞じゃなかったの?(今更)
 タイトルからあたしは『芽毟り仔撃ち』を連想したんだけど、実は『鼻』(ゴーゴリーのほうね)と『挟み撃ち』だったとは!

  粘土の家 仁木悦子傑作短編集.jpg 粘土の犬 仁木悦子傑作短編集
 日下三蔵氏による、中公文庫版女性作家短編傑作選3人目。
 ポプラ文庫で仁木兄弟シリーズが復刻されたのはうれしかったですけど、途中で止まっています(『黒いリボン』、どうした!?)。 こういう形で仁木悦子が再評価されてくれたなら、更に他の作品群も復刻してくれるなら、いとうれし。
 でもこの表紙絵のイメージは、ちょっと仁木悦子じゃないな・・・。

ラベル:新刊 マンガ
posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | ☆ 買っちゃいました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月20日

何故仕事場は、冷えるのか。

 さすがに11月後半、空気が冷え込んできた。
 日中、太陽が出ていれば、またその中で歩いたりしていれば暑いと感じてしまうのだけど、日陰に入ったり、建物の中にいるとじわじわと身体が冷えていくのがわかる。
 寒いわけではないのだ。 でも冷えている。
 これってカラダによろしくないパターンだよな・・・と、仕事場で変な咳をしている人もいるし、マスク姿の人もいきなり増えたり、通勤電車の中で咳やくしゃみなどが聞こえる回数も増えてきたし、自衛手段を講じることにした。
 ずっと毎日シャワーだけでしたが、今日はバスタブにお湯を張ってゆっくりつかります!
 半身浴よりちょっとお湯多め、長々入るためキンドルをタオルでくるむ。 普通の文庫本でもいいのだが、油断するとしおりがバスタブにするりと落ちてしまうことがあるので・・・。
 お風呂に入ると、それはそれでいい感じというか、いい気分になるんだけど・・・いかんせん毎日時間がないからついシャワーで済ませ、そうなるとバスタブ洗いが中途半端になってしまい、いざ入ろうとすると本格的に洗う準備が必要になり、そうなると余計面倒でさらに遠ざかる・・・という悪循環。 一度入ってしまえば、出るときに洗うし翌日またすぐ使えるから続くんだけど(そうこうするうちに入浴剤が足りなくなってくることに)。
 でも久し振りなので、お風呂につかってもなかなか汗が出てこない。 もしやこれって、身体が芯から冷えているということでは? 内臓が冷えているということでは?
 30分ぐらいつかっていたらじんわりと汗ばんできたけれど、以前半身浴していたころに比べるとまだまだ。
 そういえば、しばらくずっとシャワーが続いて、久しぶりにバスタブにつかると、初日はあまり汗をかかなかった記憶が。
 繰り返すことで、代謝が上がってくるんだろうなぁ。 今日だけでなく、また続けなければ。
 そう思ったけれど・・・お風呂から出てしばらくしたら、ものすごくカラダがだるい。 なんか動けない。
 はっ、もしや、湯船につかったことでこれまでごまかして気づかなかった疲れが出てきちゃったとか? 効能強めの温泉は一回入った後身体がつらくなるが、繰り返し入ることでだんだん楽になっていく、と聞いたことがあるけど、もしかしてそんな感じ?
 ということは、これはある意味、湯治?
 しばらくお湯につかり続けなければならないようです・・・。

posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | 日記のようなもの | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月19日

御子柴くんの甘味と捜査/若竹七海

 2014年6月発売なのに・・・何故かチェックから漏れていた。
 その後、存在を知ったのだが・・・タイトルと表紙のイメージから「コージーかなぁ」と思ってしまい、手に取らなかった。
 なんでだろう。 そのときはコージーの気分ではなかったのかもしれない。
 それに、主人公が御子柴くんというのが余計にコージーっぽかった。 『プレゼント』に出ていた小林警部補はいい人そうだが作品群がハードボイルドの雰囲気をまとっていたのだが、御子柴刑事は小林警部補の使いっ走りのような若手なんだもん(何故覚えていたのかといえば、横溝正史を読んで育った人間として「御子柴」という名字は絶対忘れないからだ。 『怪盗XYZ』などのジュブナイル物に御子柴少年がメインキャストとして出てくるのです)。
 そしたらたまたま、来月の新刊情報に御子柴くん第二弾が出るとあって・・・あ、読んでみようか、と思った次第。

  御子柴くんの甘味と捜査.jpg ・・・コージーではなかった(不覚)。

 連作短編集。 『哀愁のくるみ餅事件』などと<甘味>が出てはくるけれどあくまで登場人物の性格を補完するエピソードとして、ユーモアミステリの範囲に入るけど描かれる事件の背後にあるものはどうしようもなく重い(そこをさらっと省略して書いているので読後は悪くない)。 300ページないからすぐ読み終わっちゃったじゃない!
 なによりも御子柴くん、成長してる!
 勿論、毎度事件を解決するためのカギを見つけるのは小林警部補なんだけど(そういう意味では小林警部補によるアームチェアディティクティブものであるともいえる)、そこからどうするかは御子柴くんの仕事。 県警の刑事という立場ではなく、県警と警視庁の調整役という役回りを背負ってしまったせいで否応なく覚えてしまった政治的な駆け引きを嫌悪しつつ、事件を解決して被疑者を逮捕し、最大限の成果を得るためにはどこで手を打つべきか、という現実との折り合いを知る。 そんな中で自己嫌悪に陥らないために必要なのは、仕事仲間との信頼関係だということ。 お仕事小説の趣もありで。
 なんだよー、いつもの若竹七海節じゃないか!
 ただ女探偵葉村晶シリーズと違って、軽めに仕上がっているというだけで。
 でもその軽さは悪いものじゃない。 続編も読むか!

ラベル:国内ミステリ
posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | ☆ 読んじゃいました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月18日

ゲット・アウト/GET OUT

 『IT』『ジグソウ:ソウ・レガシー』とホラー大作にはさまれてひっそり公開になってしまっているけれど、実はなかなかの掘り出し物。 やはりホラー・スリラー系映画は低予算でもアイディアと見せ方次第でいくらでもインパクトのあるものが作れる、という証明のような作品で、こういうのが定期的に現れるからこそ、こういうジャンルは盛り上がるのだ!

  ゲットアウトP.jpg 何かがおかしい。

 クリス(ダニエル・カルーヤ)はニューヨークで写真家として活動中。 いい関係が続いている恋人のローズ(アリソン・ウィリアムズ)からこの週末に郊外にある彼女の実家に招かれることになり、少し神経質に(彼女は白人で、彼は黒人。 彼女は両親に「恋人は黒人だ」と伝えていないことを聞いているから余計に)。 空港検査員をしているクリスの親友(同じく黒人)も、「白人女はやばいぜ」と警告を発するが、自分はそんな差別には負けない、と彼女の実家に行くことに。
 が、意外にも驚くほど歓待されるクリス。 その家の使用人は全員黒人で、開かれるパーティーに出席するのはほぼ白人という空気の中、やはりクリスは「何か変だ」と感じて落ち着かない・・・という話。
 冒頭のシーンから、不穏さは全開。 ところどころに不穏さや不愉快さをいいタイミングで挿入し、退屈させない(逆に、そういう雰囲気が苦手な人にとっては常に気が抜けず、緊張を強いられる連続かも)。

  ゲットアウト2.jpg 彼女の実家に向かう道すがらでも、ちゃんとひと騒ぎあり。

 人種差別問題を扱っているようだが・・・実は階級社会の話でもあって。 それはお金や権力のあるなしと関係あり。
 むしろ差別が起こるきっかけになる<他者との違い>のはじまりが嫉妬だったり羨望だったり・・・ということだとあっさり言ってのける力技。 やはり「ドナルド・トランプが大統領になる」までの道程は確実に存在していて、本国にいる人たちにはそれがはっきり見えていたのだろう(それに危機感を覚えた人たちはいかにしてその影響をマイルドな形で排したらいいのか考え抜いたに違いない)、と思わせるのに十分な内容だった。 アメリカ、大変だ・・・(いや、他の国の心配をしている余裕もないのではあるが)。

  ゲットアウト4.jpg <身内>が誰ひとりとしていない、社会的な孤独がそこにはある。

 字幕ではいまいち表現しきれていない感がある<黒人同士のよくある会話の言い回し>が実は伏線になっていたりするので、そういう言葉がわかっていればもっと楽しめたのではないだろうか・・・という気がする(日本語で例えるならば・・・共通語かつ丁寧語で話す人たちの中に、大阪弁の人が一人だけいる、という感じか。 で、大阪人同士であればバリバリの大阪弁で、日常会話ですらノリツッコミを普通にやってる状態なのだろう)。
 ある意味、アメリカ国内向けの映画がこうやって世界中で公開されるのは、人種差別というか今は<ヘイト>という言葉のほうがふさわしいと感じるが(同じ人種であっても考えが違えば排他されることもあるから)、それが一種の世界共通語になってしまっているからだろうか。 でも差別をジョークにできるということは、かなり緩和されている証拠ともいえるわけで(ほんとに洒落にならない場合は完全にタブーとして会話にのぼらないであろう)。
 とはいえ前半の主人公と親友との会話には、ちょっとイラッとさせられるものがあったのは、やはり「よくわからないノリでがんがん行くから」であろう。 文化的な違いでしかないのに、日本語に翻訳されてしまっているから「つまんないギャグを聞かされている」気持ちになるから(が、彼が本国の黒人社会においても“すべっている”可能性はなきにしもあらずなのでが・・・そこはあたしの英語力では確認できませんでした)。 しかし彼の存在が救いになるのだから、イラっとしてごめん、でした(後半になってくるとそのノリにこっちが慣れてくるからか?)。

  ゲットアウト5.jpg 黒人の使用人のみなさんが、いろんな意味でとにかく怖い。
 いかにも張り付けたような笑み(しかし涙を流している)とか、真夜中の庭を全力疾走する庭師とか・・・違和感どころじゃないですけど。 などなど、数多く散りばめられた<なにかおかしい>部分がすべて回収される終盤は、ミステリとしてもお見事です。
 結局、差別とは偏見や固定概念の具現化で、社会というシステムの中で生きていく中でどうしても自分の中に蓄積されてしまうもの。 頭では「それはおかしい、理不尽だ」とわかっていても、本能的に身構えてしまう部分はあたしの中にもあり・・・特に“関西に住む、北東北人”であるあたしは異文化との接触が日常で、自分の常識が通用しない場面に時折出くわす。 言葉が通じるからそれを面白がることもできるけれど、本当にびっくりしたときにそれを共有できる人がいない、というのは少し寂しいときがある(ま、内容が内容なので話せる相手は限られるが)。
 差別にも歴史があり、個人ではどうにもならないものもある。 けれど、時間をかければ差別の度合いを薄くすることができることもまた、歴史が証明している。
 そんな中、<人種差別をギミックに使う>この映画は、チャレンジングなように見えて実はとてもしたたかで、きっと計算通り。

  ゲットアウト1.jpg クリス役の人の演技力も素晴らしい。
 彼が無意識下に閉じ込められるイメージのシーンはもまた美しい(内容的にはひどいんだけど)。
 種明かしのくだりはあえてグロテスクに安っぽくしてB級っぽくしているのかな、と感じるんだけど 、語られているテーマは深くて重い。
 タイトルもちゃんとダブルミーニングだしね!

  ゲットアウト6.jpg 助演男優賞は彼だ!
 ハリウッド大作や事実に即した重厚な人間ドラマよりも、ホラーやスリラー、サスペンス、ミステリー、SFといったジャンル映画のほうが本質により迫れることがある。 これはそのとってもいい例で、だからジャンル映画を(小説もだが)追いかけるのはやめられないのだ〜。
 『IT』とはまったく違う種類の怖い話です。

posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月17日

ノクターナル・アニマルズ/NOCTURNAL ANIMALS

 シネ・リーブル神戸に4つ目のスクリーンがオープン!
 同じビルに入っていた朝日ホールがいつの間にか閉館しており、そこを買ったのか借りたのかはわかりませんが、アネックスという名で映画館として再利用。
 しかしそこは受付が4階なのである!(シネ・リーブル神戸はもともとB1)。 行き方がわからない・・・。
 メールで「アネックスオープンのお知らせ」とプレスリリースは届いたものの、そこには具体的な行き方は書いていない・・・こりゃ現地に行くしかないぞ!、である。
 ちなみに、アネックスは1スクリーン、客席505。 多分、神戸市の映画館としては座席数最大ではないかと思う・・・。
 そんなオープンの記念すべきオープニング上映が、『ノクターナル・アニマルズ』だったのである。 いくらトム・フォード監督第二作で、高い評価を受けた作品とはいえ、この客席は広すぎるだろ!
 実際、カウンターでチケットを買う際に「座席や前後との間隔が狭くなっておりますので、できるだけ(すでに席を取っている人たちと)かぶらない場所がオススメです。 縦に5ブロックに分かれておりますが、両端はかなり観にくくなってしまいますので、中3ブロックのうちがよろしいかと思います」と言われてしまう。 そうだよね、もとはホールだったのだから、映画館というよりは「どこかで特別上映会」って雰囲気に近いのであろう。 満席にする意図ははなからなかったに違いない。

  ノクターナルアニマルズP.jpg 20年前に別れた夫から送られてきた小説。
   それは愛なのか、復讐なのか。

 スーザン(エイミー・アダムス)はLAのアートギャラリーのオーナーで、アートの最先端の世界に身を置いている。 夫のハットン(アーミー・ハマー)も有能なビジネスマンらしく、当たり前のようにリッチな暮らしをしているが、彼女の心はまったく満たされていない。 そんなある日、スーザン宛に20年前に離婚した元夫のエドワード(ジェイク・ギレンホール)から、彼が書いた『夜の獣たち(ノクターナル・アニマルズ)』という小説が届いた。 「君との関係にインスパイアされて書いた」というメモが添えられて。 “夜の獣”は眠らないスーザンに対してかつてエドワードがつけた呼び名だった。 スーザンはのめりこむようにその物語を読み・・・という話。
 冒頭から度肝を抜かれる映像が続くが、あたしこの人たち知ってる!、という既視感にとらわれる。 あぁ、『さすらいの女神(ディーヴァ)たち』か。 言葉で説明なしで、そのシークエンスでスーザンの仕事がどういうものかと、トム・フォードの美意識が炸裂。
 映画は彼女の現実、彼女が読む小説の視覚化、彼女の回想場面という三層構造からなる。

  ノクターナルアニマルズ3.jpg 彼女の不眠は幼少時からの心理的なもの、とすぐわかる痛々しさ。
 スーザン、モードファッションが似合うんだけど・・・似合えば似合うほど不幸に見えてしまうのは何故だろう。 完璧なファッションは仕事上の鎧であって、彼女の好みで選ばれたものではないから。 同じように完璧に見える夫もまた不貞をしているが、その気配を察してもスーザンはなにも尋ねることができない。 なんだろう。この自己評価の低さ。 財産や地位、かつての彼女が求めた<安定>には、常にむなしさが伴っていると無意識のうちに気づいているからだろうか。 本当のしあわせを自分には手に入れることができないと悟っているかのように、彼女は私生活においてまったく無力である。
 彼女が小説に夢中になってしまうのは、そこにエドワードからのメッセージがあるかもしれないと思っているから。

  ノクターナルアニマルズ1.jpg 小説世界では、ハードボイルドな西部劇。
 トニー(ジェイク・ギレンホール)は妻のローラ(アイラ・フィッシャー)と娘のインディア(エリー・バンバー)とともに夜の人気のないハイウェイを車で走っていると、荒くれ者らしき若者たちが乗った二台の車に挟まれ、接触して停車、因縁をつけられる。 「警察に行こう」というトニーに賛同する若者たちだが、「逃げられたら困る」と妻と娘は向こうの車に、トニーの車にはナイフを持った一人の若者が乗る。 言われたとおりに運転していったトニーだが、途中で一人置き去りにされ、夜通し歩いて人家に辿り着き、警察に通報してもらう。
 事件の担当となった副保安官(マイケル・シャノン)はトニーのやりきれない気持ちを理解し、懸命の捜査をしてくれる。 しかし発見された妻と娘は・・・。 復讐の鬼となったトニーと、協力者であり相棒となった副保安官の二人の道行きの物語。
 舞台はテキサスということもあって、ものすごくバイオレンス。
 だけどもう、マイケル・シャノンがすごくかっこよくて!
 構造的に分断されてしまうのがもったいないくらい、このパートはすごく濃密で、別世界だった。 ものすごくアメリカの香り。 トム・フォードってイギリス人じゃなかったっけ?(『シングルマン』の主人公はイギリス人だった、よね?)、あたしの勘違い?

  ノクターナルアニマルズ5.jpg スーザンの母親役で、ローラ・リニー登場。
 同時大学生(大学院生?)のスーザンは、貧乏学生(エドワードのこと)と学生結婚したってどうせ数年しか続かないわよ、と母親に言い放たれて「そんなことないわ!」と反発している。 しかし母親のファッションセンスが現在のスーザンに引き継がれているように、結局スーザンは母親に言われたとおりの道を辿っていることに。 彼女は枠を超えられない人なのだ、そんな人が最先端のアートに向き合えるのかなぁ。
 監督の繋がりなのか、ほんのちょっとの出番なのに豪華なキャストが次々顔を出すのもうれしい驚き。 ローラ・リニーの登場もこの場面だけ。

  ノクターナルアニマルズ4.jpg 付き合い始めた頃の二人は、特にスーザンは、こんなにもナチュラルで幸せそうなのに。
 実際のエドワードは過去の回想シーンにしか出てこない(物語場面においてはスーザンが、トニーの役をエドワードに割り振って読んでいるだけだから)。 スーザン視点、という意味では本当のエドワードはまったく出てこないのかもしれない。 すべてはスーザンというフィルター越しのエドワードだから。
 こんなにもエドワードはスーザンを愛し、彼女を理解して受け入れようとしていたのに、スーザンはエドワードを受け入れることができなかった。 しかもそれをエドワードのせいにした。 まったくひどい女なのだ。 ゲイの監督は女のイヤなところをものすごくはっきり描いてくれるよなぁ・・・こういう女になっちゃいけない、ということですね、と他山の石にします。

  ノクターナルアニマルズ2.jpg ひどい若者代表:アーロン・テイラー=ジョンソン。
 多分、スーザンは最初トニーの妻が自分だと思っていたかもしれないが、次第にこの男が自分のモデルだと感じてきた・・・と観客に分かるようになっている。 こいつがほんとにひどい男なので、コピーにある<復讐>にひっぱられそうになるけれど、エドワードがはっきりそう書いているわけではない。 あくまでスーザンがそう感じた、というだけのこと。
 心の中のことは、誰にもわからない。 むしろ自分のなかほど見えにくい、そして他人を自分の見方でみてしまう危険性に気づかない。 <獣>は誰の心の中にもいて、いかにそれを飼いならすかが重要。 一言でいってしまえばそんな話なのですが・・・豪華キャスト、ゴージャスな仕立て、複雑に見えそうな構造のせいでこんな感じになっちゃうのね・・・。
 あたしは好きです、ものすごく。 やっぱり男優たちの使い方がものすごくうまいし〜。
 ラストシーン、それくらいで自分が切り捨てられたと感じるほど、彼女はどうしようもないお嬢様育ちなのだろうか。 それとも、過去の呪縛をこういう形で彼が断ち切ってくれたのだと感じたのだろうか。 それとも、この行動自体がスーザンからのエドワードに対する<復讐>なのか?
 どうとも取れるエンディングには賛否両論かもしれないが・・・モードファッションや端正な美意識の枠を飛び越えた<物語性の高い映画>を2作目にして完成してしまったトム・フォードの豊かな娯楽性指向が素敵です。 ミステリ仕立てにしてしまうところが非常にあたしのツボでしたし。 意外にエンタメ志向の人なんだなぁ。

 アネックスについての詳細は追記にします。

つづきはこちら
posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月16日

Xの悲劇【新訳版】/エラリー・クイーン

 どうするか結局悩んだ末、一作目の『Xの悲劇』に戻ることにしました。
 過去に読んではいるはずなんだけど、『Yの悲劇』と『レーン最後の事件』ほどのインパクトはなかったのか微妙に記憶が・・・(とはいえ、印象に残っている二作もインパクトの種類はそれぞれ違うんだけど)。 いや、あの頃いろんな作品をまとめて読んでいたから記憶がごちゃごちゃになっている可能性がある。 『Zの悲劇』も読んだら思い出したし。
 それに、新訳だからかなり読みやすくなっている。 昔のあたしは古い訳をがんばって読んだよね・・・当時はそれを苦労と感じなかったけど、若くてパワーがあったんだなぁ。 しみじみ。

  Xの悲劇【新訳版】.jpg ドルリー・レーン、初登場。

 ニューヨーク市街電車はその日も満員だった。 突然倒れた一人の男が死んだ。 男のポケットからはニコチンが塗られた針が無数に刺さったコルク球が見つかった。 これは被害者を狙った殺人なのか、だとしたらどうやって針だらけのコルク球を被害者のポケットに入れることができたのか。 捜査に行き詰まるニューヨーク市警のサム警視とブルーノ地方検事は、過去に手紙で事件を解決した元シェイクスピア俳優、ドルリー・レーンの招待を受けてハムレット荘を訪れる・・・という話。
 被害者は株式仲買人である。 株式仲買人! 古典ミステリの登場人物に多い職業だ。 今ならデイトレーダーになるのだろうか。 都市が舞台だからかも(アガサ・クリスティーにはあまり出てこない感じ)。
 満員電車での描写は、その後のクイーン作品『九尾の猫』を思い出させるところあり(クイーン特有の<騒がしい現場>というやつらしい)。 もしかしたらこの時からすでに、<雑踏の中で起きる無差別殺人事件>というものを考えていたのではないか!、と思ってしまうような第一の事件だった。 そして凶器が針の刺さったコルク球だった、というところで「あ、やっぱり読んだことある!」と思い出したのでした。
 ドルリー・レーン氏、あれ、こんなにも思わせぶりな人だったか、と驚く。 サム警視は最初こんなにレーン氏に対して反発的だったっけ!(だからこそ、彼に心酔したその後は一気にレーンびいきになったのね)、あー、クエイシー(ドルリー・レーンの昔からの付き合いの衣装・メイク係)、いいキャラだなぁ!、などなど、レギュラーのみなさんの新たな一面を見る思い。 昔から知っている人と初めて会った時の印象を改めて思い出すのに近い感じで。
 満員電車、海辺と船、また電車と舞台もいろいろで、ニューヨーク周辺を動き回る躍動感。 必然性のあるダイイングメッセージなど、その先駆性には改めて驚く。 ドルリー・レーンという独特すぎる登場人物がただの道化ではなく、底知れぬ人間性を持つものとして描かれているから、これはパズル小説ではなく新訳に耐えうる<小説>になっているのだ。
 犯行動機などが古いのは致し方ないけど(それはコナン・ドイルにもいえること)、その時代を明確に描写しているから「30年台のアメリカってこんな感じだったのか」と知ることもできる。 終戦後の傷も見えるけれど、本土が焼かれていないのは大きく、余裕がうかがえるんだよなぁ。 でもドルリー・レーンのシェイクスピア談義からは、イギリスへの羨望みたいなものも見えたりして。
 解説の有栖川有栖曰く、現在もエラリー・クイーンが広く読まれているのは日本だけらしい。
 なんでだろ? 古典を大事にするお国柄? ベーシックと認定されたものから入ろうとする国民性?
 本格推理を愛する国内作家が定期的に現れ、それぞれがエラリー・クイーンらへの愛を口にし、そして定期的に新訳が出る。 だから新しい読者も手を伸ばす。 そういうサイクルが出来上がっているからかな〜。

ラベル:海外ミステリ
posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | ☆ 読んじゃいました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月15日

IT イット “それ”が見えたら、終わり。/IT

 『IT』が映画化されると聞いたとき、「なんて無茶な」と思った。
 原作は読んでいたし(高校を卒業後、大学に行くまでの春休みに図書館から借りたハードカバーで、大学生のとき文庫になって買って、と最低2回は)、前後編のテレビドラマ版も何回か観ている。 過去の少年時代と現在の大人時代を行ったり来たりする構成を描くには映画では時間が圧倒的に足りない。 原作はかなり厚めの文庫にして4巻になる長さ、3時間のドラマ版でも足りなかったのだから(そして終幕近くの特撮のショボさに至っては、少年時代の素晴らしい描かれ方を台無しにする破壊力で、「あのドラマ、前半はよかったよね〜」と見た者全員がそう言うというすごさである)。
 でも今回は少年時代のみに特化、と聞いて「それならありかも」と思った。
 11月3日公開を心待ちにしていたのに、10月上旬の段階では神戸市の映画館で上映予定を公表するところがどこもなく、あたしの行ける範囲ではMOVIXあまがさきしかない状態。 ま、JR尼崎駅直結だから仕事帰りに寄れるし、と考えていたところ、急遽OSシネマズハーバーランドと109シネマズHAT神戸が名乗りを上げた。 どうやら、日本の配給会社は最初全国20館での公開を考えていたらしいが、本国での空前の大ヒット(9月公開作品の興行成績だけでなく、ホラー映画としての興行成績記録も塗り替え中)を受けて202館に拡大したとのこと。 そんなこと、できるんですね・・・。 でもそうやったのは結果として成功だったのでは。 あたしは結局ハーバーランドに行ったのですが、レイトショーだけど(しかもR15+)、結構混んでいた。 映画館の方によると、土日は高校生がグループで大挙して訪れているらしい(そういうことを聞くあたしもあたしだが)。 公開一週目は回数多いが、二週目以降は現状維持もしくは減らされることが当たり前の昨今、上映回数が増えているというのはまぎれもなくヒットしている証拠! 原作やドラマ版を知らない若い世代が観ている、ということがなにより原作ファンとしてうれしかったです。 これをきっかけに原作を手に取ってくれる人がいるかもしれないじゃないか(ちなみに原作は絶版でしたが・・・映画公開に合わせて電子書籍化。 そして拡大公開に合わせるように紙書籍も復刻されました。 バンザイ!)。

  イットP.jpg 子供が消える町に、“それ”は現れる。

 1988年、メイン州デリーという小さな田舎町にて。 ある雨の日にビリー(ジェイデン・リーバハー)の弟ジョージ―(ジャクソン・ロバート・スコット)が行方不明となる。 他にも子供たちが何人か行方不明になっている。 事件なのか事故なのか一切わからぬまま、年が明けてもビリーは弟を探して町の地図と格闘、下水道があやしいと考え始める。 ビリーの友人でお調子者のリッチー(フィン・ウォルフハード)や喘息持ちのエディ(ジャック・ディラン・グレイザー)、ユダヤ教会牧師の息子スタン(ワイアット・オレフ)もその手助けをするが、ときには付き合いきれないと思うことも。
 そんなときデリーに引っ越してきたベン(ジェイミー・リー・テイラー)は肥満気味であることを常にからかわれてきた過去から、友達づくりよりも図書館で本を読むほうが好きだった。 見た目で周囲に誤解され、いじめや嘲笑を受けている少女ベヴァリー(ソフィア・リリス)は父親から虐待されていて居場所がなく、黒人のマイク(チョーズン・ジェイコブズ)もまた肌の色のせいでいじめにあっていた。 そんな<負け犬>な彼らがそれぞれに恐怖の対象を見たことで団結し、友情をはぐくみ、“それ”・クラウンピエロ姿のペニーワイズ(ビル・スカルスガルド)との闘いを決意する・・・という話。

  イット1.jpg <ルーザーズ>のみなさん。
 ビリーが乗っている自転車に<SILVER>と彫り込まれているのを見ただけで一瞬目頭が熱くなったあたし。 どんだけこの物語が好きなんだ、って感じですが、映画のいたるところに原作愛があふれているのでたまりません。 ベヴァリーは出てきた瞬間「彼女だ!」とわかるし、一月の炎もちゃんと出てくる。 原作では少年時代は1958年の設定でしたが、それを1989年に置き換えることであたし自身の記憶と重なり、ノスタルジーすら共有できるヨロコビ!(デリーの映画館で上映されているのが『エルム街の悪夢5』だとか、エディの着ているTシャツに見覚えあるぞ、とか)。 その時代で黒人差別もどうなんだとは思いますが、一部のいじめっ子だし、田舎町だと偏見もなんだかんだ減らないよなぁとか身に覚えがあるのであまり違和感は覚えず。
 で、時代は変わってもメインのストーリーは同じなわけで・・・となると「どうやってそれぞれをペニーワイズと遭遇させるのか」が見どころです。 原作において印象深いエピソードはその原形を保ちつつ、新しい表現で。 そうでない部分はまったく違うアプローチで。 Jホラー的描写もあるし(流れを見ていかないと怖さの意味がわからない)、びっくり箱的な単純な驚かせ方もあるし、どっちかに偏ってもダメだけどそのバランスがいい具合に配分されている感じ。 特にペニーワイズの唐突さは場合によっては失笑を買いかねないおそれがあるのだけれど、子供たちが本気で怖がっている(ように見える)ので、わりとうまく回避できていたと思う。
 そう、子供たち、みんなうまかった!

  イット2.jpg ここはトラウマ級のシーンで、期待を裏切らず。
 ジョージ―がペニーワイズと出会ってしまう場面、ここが序盤のハイライトですが、そこに至るまでの流れが緊張・緩和・緊張で、先を知っていてもドキドキする。 雨、黄色いレインコート、排水溝、ついでに赤い風船の取り合わせは、もうそれだけでジョージ―の運命を語ってしまうもので、不吉な予感しかない組み合わせ。 アメリカで『IT』公開前に排水溝や側溝の網状の金属蓋に赤い風船を結び付けて放置するといういたずらが頻発したというニュースを見かけたけれど・・・もしかしたら『IT』はアメリカ人にとっては怪談のようなものなのかもしれない。 原典を当たった人は少なくとも、あらすじはだいたい知ってる、みたいな。
 と、うかうか思っていたら、とんでもなくショッキングなシーンをお見舞いされました。 え、そこ、映しちゃうんだ! あえてぼかさないんだ!
 これがR15+の恐ろしさか・・・。 かわいそうなジョージ―。 

  イット3.jpg ペニーワイズの不気味さもまた進化している。
 そしてペニーワイズですよ。 ドラマ版よりも、原作のイメージよりも少し若い印象。 甲高い笑い声と子供だましなやり口もまた<幼稚さ>を引き立てるんだけど、やることそのものはこの上なくえげつないので・・・。 メイクで俳優さんの素顔はまったくわかりませんが、ステラン・スカルスガルドの息子でアレキサンダー・スカルスガルドの弟ならばそれなりのイケメンでは? しかしそんなことはまったく感じさせず、得体の知れないペニーワイズをハイテンションで演じきったことはお見事としか言いようがなく、「スカルスガルド一家、すごい」と思ってしまった。
 しかしあたしがいちばん度肝を抜かれたのは・・・「ほーら、浮かぶよー。 みんな、浮かぶよー」みたいなペニーワイズの決め台詞みたいなのがあるんですが(英語では“You'll float,too.”かな?)、それが視覚化されている場面。
 VFXの進歩のおかげもありますが、あれをそう表現するか!、という驚きですね。 あのシーンだけでこの映画はもう合格点!
 ただ、一応上映時間は135分といささか多めではあるものの、ルーザーズたちの仲良くなっていく過程をもっとじっくり見たかったなぁ。 あの儀式に関しては省いてOKだったのでそこはいいのですが、7人のキャラ立ち具合が必要最小限だったので、ちょっと物足りなかった。 それだけ子供たちが役にはまっていたというのもあるのですが(いじめっ子と呼ぶにはかなり犯罪に近いことをやっているやつらについても放置ではなく、その背景も描いているので公平といえば公平なんですが・・・だからより『スタンド・バイ・ミー』的要素が強く出ちゃったかな)。
 最後にタイトルが出て・・・<chapter one>とかぶさります。
 ここで客席から「え、これで終わりじゃないの? 続きがあるの?!」的ため息が多くもれ・・・あぁ、やっぱり原作知らない人が多いんだなぁ、と実感。
 説明不足な部分は多々あれど、これはこれで終わってもいい感じ。 原作を知らない人は読みたくなると思う! ある意味、これを越えたものを作らないといけない宿命を背負った後編は大変ハードルが高くなったのではないか(ラストの処理を含めて)。
 後編は2019年公開予定だそうです。

posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月14日

逆の意味で、すごかった2作

長女たち/篠田節子
 篠田節子を読むのも久し振りかな? 『廃院のミカエル』以来?
 でも気づけば結構読んでいるんですよね・・・。 個人的には『神鳥−イビス』とか『夏の災厄』とかのホラー系作品が好きなんですが(宗教がらみの作品はもはや王道です)、『女たちのジハード』とか『百年の恋』みたいな身も蓋もない話にも「うおぉ」と思ってしまいます。
 『長女たち』もまた、身も蓋もない話系統。 短編(中編?)3つ収録(『家守娘』・『ミッション』・『ファーストレディー』)。
 長女が悩み苦しみ、孤軍奮闘する姿が描かれます(連作短編ではないので、それぞれの話は独立しています)。

  長女たち文庫.jpg 読者であるあたしも長女なので・・・今回は「身も蓋もない」では終われず、恐ろしいほどに身につまされました。
 「一歩間違えてたらあたしもこうなってた!」な展開、母親とのやり取り、続出。
 そうなんですよ、長女ってなんか共感能力高く躾けられちゃうんですよ。 だから人をバッサリ切ったり、その人の好みとか否定するような言動ができない。 自分のことより相手優先の考え方が身についてしまっているので、自分の意志とかをストレートに伝えられなくて、婉曲表現になったりそもそもタイミングを考えすぎて言いそびれたりで結局伝わらなかったり。 損な役回りをさせられることが多いのに、本人はそうとは気づいてなかったり。 「目を覚ませ! そこから出ろ!」と作中の長女たちに何度声をかけたくなったことか。
 彼女たちの気持ちがすごくわかるのです。 だからこそ「早く逃げ出さないと!」という危機感がリアルに身に迫ってくる。
 それぞれ長編にしても十分成り立つ内容なのに、あえてコンパクトにしたのは一冊で3人の対比を出すためかしら。
 だから小説としてはいささか不十分なところもなきにしもあらずなんだけど(切れ味鋭くするためにはもっと短くまとめたほうがよかっただろうし、長編でしっかり読みたいなぁという物足りなさもあるし)、現代における母娘の病理(娘は30歳以上の場合が多い)のディテールを提示し、逃げ遅れがちな長女体質の人たちに早期の避難を促すための啓蒙の書なのかもしれず。
 <毒親>という表現もかなり一般的になりましたが・・・そこまででなくとも、結局母親と長女っていちばん付き合いが長い関係になってしまうから、他にきょうだいがいたとしてもつながりは濃くなりがち。 母親にとって最も愚痴や文句を言いやすい相手が長女ということになり、それを聞いて育つから母親への共感のほうが先に立って反論しづらいとか、もしくは他のきょうだいと揉めたときの折衝役になったりしてしまう。 また家族もそれを当たり前だと思ってしまうところがあるし。
 一時期、友達母娘ってはやったけど、そうやって仲良くいられるのはお互いが若いうち。 ここに介護や看病とかが入ったら、そんな余裕ないから。
 長女は全部自分で引き受けなければダメだ、とか思わず、きょうだいとの共同責任のような逃げ道をつくっておかなくては。
 でも、一人っ子で経済状態にも余裕がない場合はどうしたらいいのか・・・考えれば考えるほど、その闇は深い。
 とりあえず自立って大事です! 親以上に頼れるもの(仕事とか結婚とか)があるとかなり楽になるけど、親の介護のために仕事辞めなきゃいけないとかになったら無間地獄だ。
 そう考えると結婚制度って意味あるなぁ! 長女こそ先に結婚すべきなのかもと思うと、「順番守れ(妹のほうが先に嫁に行くのはよろしくない)」という昔の言い回しにも根拠があったんだなぁと感じる。
 あぁ、おそろしかった。 ホラー小説よりもずっと怖かったよ。 でもこの怖さを最も実感するのは、多分長女だ。

君の膵臓をたべたい/住野よる
 えっと、基本あたしはこういう系統の本は読まないことが多いのですが・・・仕事場の人から「よかったよ」と言われて、八方美人な天秤座のあたしとしては断ることができず、お借りしました。 でもなかなか手を付けられず・・・でも読まないといつまでも返せないぞ!、と思って勢いで読んだ。
 でも最初の数ページで挫折しそうになる。 この文体、あたしにはもうつらい。 もう自分は若くないのだと事実を突きつけられた。

  君の膵臓をたべたい文庫.jpg しかもあたしは『君の膵臓がたべたい』だと思っていたからね。 助詞の扱いは難しい。
 75万部越えのベストセラーだそうですし、コミカライズ・映画化もされたのであらすじについてはあえて触れませんが・・・。
 「これ、ラノベじゃね?」が最初の印象。 もしくはケータイ小説? よくこれを一般文芸書として出したな、と出版社の度胸にまずびっくりです。 イメージではもっと純文学テイストなのかと思っていたので・・・自分でも驚くほど速く読み終わってしまいましたが、これほど続きを読むのがつらいと思った本はあまり記憶にない。
 主人公(男子高校生)とそのクラスメイトの女子がヒロインという役回りなのですが、二人の一般常識があまりにもなくて「あれ、この二人って中学生だったっけ?」と冒頭に戻って確認してしまったぐらい。 しかも読者であるあたしから見てヒロインの魅力がまったくわからない・・・<健気でパワフル>と、<バカでガサツ>は違うんですけど? こういう人をあたかも個性的で魅力あふれる人物として描くのやめてもらっていいですか。
 更に、延々続く二人の会話を読んでいるのがつらい・・・(「意味のない会話」と主人公は言っているが、意味はなくとも面白い会話はいくらでもある)。 コミュニケーション障害気味の男子が我儘勝手な女子に振り回されて、結果として成長するって、しばらく前からのラノベのテンプレ設定じゃん! おまけに散々自分を振り回す女子が最終的に自分のことを全肯定してくれるとか、そんな都合のいい話はないっつーの。
 主人公の名前を最後まで伏せる意味もわからない(効果を狙っているのはわかりますが、それがどれほどの効果をもたらしているのかがまったくわからなかった)。 「【地味なクラスメイト】くん」などと表記することで、主人公が自分が呼ばれた時の声や相手の調子からそういう印象を受け取っているのだな、とかはわかりますが(ある意味実験的ではあるものの洗練されてはいないから)・・・頻出しすぎて邪魔くさい。
 通り魔のニュースが入ったところで、「まさかそういう終わり方じゃないよなぁ」と思った通りになっているむなしさ。
 しかもヒロインの親友がほぼヒロインと同じキャラ。 女の友情をなめているとしか思えない(同じタイプの人間が親友になるってあまりない。 根っこは同じものを持っていても、表現の仕方は違ってくるものです)。
 でもいちばん腹が立つのは、膵臓の病気について調べた気配がまったく感じられないこと! 病気をバカにするな!
 どうしよう、返すとき感想を聞かれたら。
 「すみません、これを楽しむには私は年をとりすぎたようです・・・」と言うしかないか。
 できたら感想は言わないで済ませたい・・・あぁ、ここにも長女体質が。

ラベル:国内文学
posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | ☆ 読んじゃいました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月12日

今日は7冊(マンガ多め)。

 今週後半くらいから冷え込んでくるという噂、なのにまだ冬用の服を準備とかしていないあたし。 とりあえず冬用インナーを洗濯しておこうか(10月の終わり頃に出してきて一度洗濯したのだが、「まだ着るの暑いな!」と思ってそのまま放置・・・たかだか2週間ほどで状況は変わってしまうのね)。 と、そんなこんなで年の終わりが近いのを意識しだすのであった。

  セバスチャン4少女1.jpgセバスチャン4少女2.jpg 少女<犯罪心理捜査官セバスチャン>/M・ヨート&H・ローセンフェルト
 <犯罪心理捜査官セバスチャン>シリーズももう第4弾。
 三作目『白骨』はまだ読んでいないんですが(おい!)、相変わらずセバスチャンはお騒がせ人物の模様。 ただ時間は確実に流れており、トルケル率いる特別犯罪捜査班の面々にも様々な変化が生じているらしい。 こういうのがシリーズ物の面白さというか、つい続きを読んでしまう原因でもあるのよね(海外ドラマの次のシーズンを見てしまうがごとく)。 とはいえ、キャラクターに魅力がなければそういう要因にはならないわけで(そしてこの場合の魅力とは、プラス方向のものばかりとは限らず)。
 セバスチャンだけでなく、他のレギュラーメンバーもなかなかのゲスっぷりを見せてくれるのですよね。 そこが人間的であるともいえるし、誰かに肩入れしなくて済む分、興味本位に続きを追える気楽さがあるというか。 事件自体が重たいと、そういう部分がありがたいなぁと思ってしまったりもするのです。 ある意味、<ヴァランダー警部シリーズ>とは対極。 だからいいのかな、比べないし。

  ちはやふる36.jpg ちはやふる 36/末次由紀
 名人・クイーン戦へ、着々と。 35巻の散らかりぶりを思えばこの巻はまとまっているかな・・・とは思いつつ、進みが遅いのはいかんともしがたい。 昔の少女マンガの密度の濃さを思うと、「36巻まできてるのにまだこんなもんなんだ」と思ってしまう恐ろしさ。 一巻あたりのページ数が今はかなり薄くなっていることを考慮しても、である。
 かるたを好きな人・好きじゃない人、という視点がやっと戻ってきたので、主軸が見えてきたような。
 だからあたしは、「原田先生、がんばって!」なのです。

  アルスラーン戦記08.jpg アルスラーン戦記 8/荒川弘
 コミック版がもう8巻ですよ〜。 はっきり言って原作よりもペース早いですよ〜。

  不思議な少年4文庫.jpg不思議な少年5文庫.jpg
  不思議な少年6文庫.jpg 不思議な少年 4・5・6巻【文庫版】/山下和美
 完全にもうこのへんは読んでいない。 『週刊モーニング』を読んでいた時期からこんなにも遠く離れたのか、ということをしみじみと実感。
 さすが<山下和美のライフワーク>、と言われるだけの内容です。
 そしてこれを休んですらも描かなければいけなかった『ランド』の重さをより感じる。
 それもまた、一人の作家を追いかける面白さ。

ラベル:新刊 マンガ
posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | ☆ 買っちゃいました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月11日

国宝展@京都国立博物館

 『国宝展』、行ってきました。
 とはいっても偉そうなことが言えるはずもなく、だって開催していることも知らなかったので。 誘ってもらって、「あぁ、そうなんだ」な感じ。
 「京都国立博物館は・・・9時半オープンだから、出発は」と言われて記憶がよみがえる。 はっ、めっちゃ混むのでは!(京博のイベントは基本そうですが)。 休日に朝早い、ということにまずドキドキでした。
 そうして到着した京都国立博物館は・・・そりゃーもー混んでいましたよ!
 すでに入場前から40分待ちで。 チケットは前もって買ってもらっていたのでその時間は短縮できましたが、焼け石に水?
 京都に行くのはかなり久し振り。 本館は改修工事に入っていて、今回のメイン会場は平成知新館のほう(そんな名前だと初めて知りましたよ。 東京国立博物館−東博における平成館みたいな感じ?)。 「え、こんなつくりだったっけ?」とブランク長いお互いはちょっとおろおろ。

  国宝展P.png
   8週間の会期で4回展示入れ替えって、強引すぎやしないか。

 あたしが行ったのは、第V期のラスト2日目でした。
 ですがなにしろ人がいっぱいなので、よく見えません!
 入場してからも「お好きな順番でご覧ください」とほぼ放置状態。 それはそれでいいんですけど・・・(ただし、金印を間近に観たい方は長蛇の列に並ばねばなりません)。
 「金印って、<漢委奴国王>だよね、前観たっけ?」、と尋ねるあたし。
 「観てないと思うけど・・・日曜美術館とかで観てるかも」と答えてくれる同行者。 あぁ、そうか。 なにしろ相手は国宝なので、直接観たことはなくとも何かで(テレビや雑誌や資料集などで)見ているので、見た気になってしまっているという誤解あり。
 でもとてもじゃないが全部じっくりとは見られない。 近くにいた高校生らしき一団が(学校で観て来いとか課題を出されているのかも)、「人がいっぱいで資料集のほうがよく見えるよ〜」とぼやいていたのにほぼ同意。 でもね、実物を見る実感は、その大きさがはっきりわかることなんですよね。
 仏画や仏像には「ほわーっ」となるけれど、それがそこにいた現場を知っている場合などは「あそこからこれ一体だけ持ってきちゃったの? なんか寂しいよ・・・」と感じてしまう悪い癖。 違うライティングで観られて新しい発見があるのも確かなのですが。
 <考古>のコーナーでは見覚えあるもの沢山・・・説明書きを見なくても名前がぼんやり浮かんでくる哀しさ(高校で日本史をとっていたので、大学受験勉強の時のことも一緒に思い出すから)。 うれしいんだか哀しいんだか、です。
 天目茶碗は初めて観る<油滴>というやつでしたが、小振りで使いやすそうだった! これでごはんよそって食べたいなぁ、とつい思ってしまった(芸術品であると同時に道具でもあるので、「使ってみたい」という気持ちも魅力の一つだと思う)。
 錫杖の頭の緋色に近い銅の輝きに目を奪われ、シャリーン、って鳴らしたい!、と思ったり。
 源頼朝像三枚そろい踏みに立ち会えたのですが、<伝>となったいちばん有名なやつがいちばんハンサムだったのにはちょっと笑った。
 等伯の松林屏風図も、「観たことあったっけ・・・? 『美の巨人たち』で?」とこれまた自分の記憶の曖昧さにおののく。
 しかしいちばんの驚きはあの金印だったのだ! 並ばなかったので真正面からは見られなかったのですが、後ろ・横からは比較的近い位置で観れまして。
 まさかこんなにちっちゃいなんて!
 3.2センチ角、でも重さは100g越え。 半端ないゴールドの輝きでした。 あの時代からこの状態で残ってる・・・過去の人々の努力と研鑽の積み重ねが、<国宝>には宿っているのですね。

posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | 舞台・演劇・芸術・イベント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする