2017年10月03日

明日は最高のはじまり/DEMAIN TOUT COMMENCE

 またなんか漠然としたありがち邦題・・・。 どうなんだろうなぁ、これ、と思いつつ、「うーん、オマール・シーはシリアスな役も悪役もできるけど、やっぱり底抜けの笑顔を見せるような役柄のほうが彼には似合うし、最も魅力的なんじゃないか」ということを考え、底抜けに明るいオマール・シーを見るために鑑賞。
 でもこれが意外に拾い物というか、予告編で感じさせた内容を裏切る展開でびっくり!
 外国映画の日本の宣伝マンの仕事を信用してはいけないとつくづく思い知ったのであった。

  明日は最高のはじまりP.jpg きっと、ふたりなら明日を変えられる。

 南フランスのコートダジュール、観光客相手のクルージングの仕事をしているサミュエル(オマール・シー)は「毎日楽しく過ごすのがいちばん」をモットーにほぼ遊び暮らしていた。 オーナーに怒られても夜遊びを繰り返し、女性との付き合いも常にオープン。
 そんなある日、彼の前にクリスティン(クレマンス・ポエジー)と名乗る女性が現れる。 サミュエルはすぐに思い出せなかったが、以前関係を持ったことのある相手だった。 「あなたの子よ」とサミュエルに赤ん坊を手渡すと、クリスティンは姿を消す。 「おい、ちょっと待ってくれよ!」と慌てるサミュエルは、彼女がロンドン出身であること、フェイスブックに載っている背景写真に写っているロンドン市内のカフェバーを頼りに子供を返すため急遽ロンドンへ。 しかし彼女はもうそこにはいなかった。 途方に暮れるサミュエルに手を差し伸べたのは、地下鉄で道を聞いたベルキー(アントワーヌ・ベルトラン)。 サミュエルの優れた身体能力を見抜きスタントマンをやってみないかとスカウトしたのだ。 またゲイであるベルキーは子育てにも興味津々。 こうして二人は協力しながら赤ちゃん−グロリア(グロリア・コルストン)を育てていくことになる・・・という話。

  明日は最高のはじまり1.jpg 時間の問題もあるだろうけれど、あっという間に子供は大きくなる。
 その過程は多少は描かれてはいるが・・・子育てってこんなに順調にいかないだろ!、といいとこどりの映像にはモノ申したいほど。 ただ、サミュエルが(ベルキーも)グロリアにメロメロになっていく様子はよくわかる。 まめなプレイボーイが子供、特に女の子を持つと子煩悩な父親に変わるとはよく言われるが、文字通りそんな展開に。 そして確かに愛されている・自分を大事にしてもらっていると実感しながら育つ子供はこんなにも素直で表情豊かになるのだと、グロリアをとてもまぶしく感じてしまうのだ。
 最高の父親、最高のおじさん(ベルキーのことね)がいるグロリアにとって、あと足りないのは最高の母親だけ。 しかし母親は娘を捨てて行方不明だとは言えないサミュエル、母親の名前でグロリアにメールを送って彼女の母親への幻想を壊さないようにしていた。 「いつかばれたら逆にグロリアが傷つくぞ、そろそろやめたほうがいい」とベルキーからは忠告されているのだが、グロリアの寂しそうな姿を見ていられないサミュエルなのだった。 愛のある嘘は許されると思うんだけどね。

  明日は最高のはじまり2.jpg ある意味、これも運命の出会い。
 結局、ロンドンで暮らすことになったサミュエル。 英語が片言のままほとんどフランス語で過ごせちゃうのは、バルキーとのちにグロリアが通訳になってくれているおかげ。 なんとかなるさの精神でスタントマン生活もクリアし、娘二人で暮らしていくには十分な収入も得ている。 無責任男と呼ばれていた彼が娘を得たことでこんなにも変わる!、というありがちコメディ映画だと思っていたんですよ。 実際、映画もこのあたりまでは(さりげなく伏線を張りつつも)そういうノリだったし。
 ところが、グロリアの「ママに直接会いたい」という願いをかなえるためにどうにかクリスティンとの接触を図っていたサミュエル(あれ以来クリスティンがログインした気配はなかったものの、サミュエルはフェイスブックにグロリアの様子を日々書き込み続けていた)、ついにクリスティンがログインし、「明日、ロンドンに向かうわ」とメッセージが来てから雰囲気は一変する。 グロリアは「パパとママ」と思っているが、実際のサミュエルとクリスティンはほぼ見知らぬ他人に近いわけで。

  明日は最高のはじまり5.jpg しかしクリスティンとしても母親としての愛情はあるわけで・・・育児ノイローゼで逃げたんだろうな、でも逃げたことを許してもらえないかもという気持ちが連絡することを妨げていたのだろうと想像はつきます。 素直に「ママ!」と慕ってくる言葉の通じる相手に対して愛情が更に増すのもわかる気はする。 でも、それもサミュエルの隠れた努力があってこそ。
 父親目線で父性を描くと、今度は母性を否定することになってしまう、みたいな感じはなんとかならないものだろうか・・・でもこれまでは母性目線で父性が否定される話のほうが多かったのでこれも時代の流れなのか。 遺伝子上の親と育ててくれた人、という比較ももういいんじゃないかと個人的には思うけど、そうじゃない考えもまだまだ根強いのか・・・なんかいろいろ考えさせられちゃって重たい気分に。 なにより子供には罪はない。 まだ見ぬ母親を理想化し、恋慕うことを責められるはずがない。 いつか時間がたったらわかることかもしれないけれど、急いで真実を伝える必要はない。
 ところがクリスティンは恋人を連れてきていて、グロリアを連れて一緒にアメリカに行くと言い出す。 サミュエルが賛成してくれないなら裁判を起こすとまでいう。 え、それはあまりに勝手すぎやしませんか! サミュエルやバルキーだけじゃなく、観客だって怒りますよ。

  明日は最高のはじまり3.jpg グロリアの願いはパパとママ(とバルキー)が一緒にいてくれること。
 しかし大人の事情は子供の希望をかなえてくれない・・・。
 どんどん重たい話になってくる・・・でも娘の前ではいつも通りの笑顔で振る舞おうとするサミュエルの心意気が、泣けるよ・・・。
 クリスティンのキャラは結構ひどい。 これは女性でも感情移入がしづらいし、女優としてはその分やりがいのある役だろうけど・・・女優魂を感じる、というだけでほんとにひどい役だった。 でもその理不尽さは映画全体を通したテーマ「人生における不条理なまでの理不尽さをどう受け止めるのか」をストレートに体現しているキャラでもあるので・・・こういう女性もいるよ、ということにしておくか。
 子役とは思えぬグロリアの自然で達者な演技に脱帽しつつ、「やっぱりこの邦題はおかしい・・・」と感じた映画。 いや、展開とか結構無理もあったんだけどね、そこはオマール・シーのパワーで乗り切ってるから。

ラベル:映画館 外国映画
posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする