2017年10月01日

ダンケルク/DUNKIRK

 クリストファー・ノーランが史実を撮る!、という情報だけですでにニュースだった。 しかも題材はあの<ダンケルク撤退>。 これは期待できないわけないでしょうよ!、というわけでかなり前から公開を心待ちに。 でもちゃんと時間とは経ってしまうのですねぇ。
 しかも週間興行成績初登場一位とか! 日本ではすっかり有名な監督になった、ということかしら。
 ただ・・・あたしはすごく盛り上がってしまったのですが(そういうお客さんも多いと思いますが)、残念ながら「意味わかんない」・「結局何だったの」と言いながら帰るお客さんもいて・・・まぁ史実なので多少の下調べは必要かもしれないですが(と言っておきながらあたしの知識のネタは『ブラックアウト』&『オールクリア』なんですけど)、そもそもこれまでのノーラン作品が結構トリッキー&わかりにくい傾向にあるんだから、それはわかってきてるんじゃないのかな? メインは無名の若手俳優だし、監督の名前がいちばんのネームバリューなのだから。
 でも、それで今後も話題の映画を観に行こうという気持ちが薄れられても困るし・・・むずかしい。

  ダンケルクP.jpg 絶体絶命の“ダンケルク”の40万人。残り時間わずか、生き抜け、若者たち。

 が、わかりにくいという人の気持ちもわかる。 この映画はほとんど説明なしで進むから。 登場人物の名前すら、あまり重要ではない。
 若い兵士が、追われるように、逃れるように人気のない街中を走る。 どうにかこうにか友軍らしき塹壕に飛び込むが、相手の話す言葉はフランス語でよくわからない。 向こうへ行け、と身振りで示された方向へ行けば、建物が不意に切れてそこからはどこまでも続くように見える海岸線。 そこはドーバー海峡に面したフランス北端の港町ダンケルク。 トミー(フィオン・ホワイトヘッド)がそこに着いた時には、すでに連合軍の兵士40万人あまりが足止めを食らっていた。
 そんな1940年のダンケルクを舞台に、海岸線にいる者たちの一か月、イギリス側からダンケルクに救助の船を出す海の上で過ごす者たちの一週間、スピットファイアで空中戦を繰り広げるパイロットのファリア(トム・ハーディ)ら空にいる者たちの一時間を、体感時間で等価にして同じ時間軸で<ダンケルク撤退>を表現したのがこの映画である。

  ダンケルク2.jpg だから観客も、彼のようにぽつんと取り残され、放り出された気持ちでこの映画に参加することになる。
 なので「意味がわからない」というのは正しい感想かもしれぬ。 新兵として参加させられている彼らは「何故戦争になったのか」に背景を理解しているとは思えないし、とりあえずこの状況から逃げたい・国に帰りたいという気持ちだけ。 でも軍規に逆らうわけにもいかないし、かといって自分がどこにいるかも実はよくわかっていない気配(自分の才覚で帰ることは無理だから、帰還船にどうにか乗り込みたい、という思いだけ)。 
 しかしダンケルクの海岸線は遠浅で、大型船に乗り込むには長い桟橋が必要。 少ない資材で作ったらしき桟橋は水平線まで見渡せる海の中で頼りなく存在していて、けれど敵はピンポイントでそこを爆撃してくるから気の休まる暇なんてない(勿論敵はドイツ軍、飛んでくるのはメッサーシュミットだが、固有名詞が出てくることはない。 ただ“敵:enemy”と表現されるだけ)。

  ダンケルク5.jpeg 桟橋の上はすごすぎる渋滞。
 こうやって、やってくる救助・帰還船を待つのだが・・・40万人と一言でいうけど、どれだけの数なのか想像できない。 それが浜辺に並んでいるのだから、敵からしたら格好の標的だよね・・・。 船がやってきてどうにか乗り込んでも、その船自体が爆撃されて沈んでしまうこともある。 戦争に安全なんてないが、いつ来るかわからない敵機におびえ、いつ国に帰れるかわからないことに精神的に消耗し、戦うことはしていないけど、彼らはただひたすら待つだけの時間を多く過ごすことになる。

  ダンケルク1.jpg 向こうの海にも波の花はあるのね。
 つまりはそれだけダンケルクの海は波が荒いということです。
 なのに、イギリスの民間船の船長ミスター・ドーソン(マーク・ライランス)は息子らとともに兵隊救出のためダンケルクに向かう。 息子の兄のほうは空軍で出兵、船長自身も第一次世界大戦に参加したことがあるようで、自分の船が軍に接収されるくらいなら自分の力で救出に行ってやる、という気骨の男。 弟のほうもそれをよくわかっているようで、無茶を承知で同行する。
 海は荒れている、途中で撃沈された味方の船を見つけて生存者を救出したり、彼らの航程に休息はないのだ(だから一週間の出来事になっている)。

  ダンケルク4.jpg ノーラン作品にキリアン・マーフィーが出ているとなんだかうれしくなる。 でも今回は、恐ろしいものを見てしまったPTSDの兵士として、精神的にあやうい人物を好演。 またそういう役が似合うしな!

 船は非力ながら助ける側として、そしてスピットファイアのパイロットも残りの燃料や弾薬を考えながら、不意に現れる敵機と戦いながら海岸で待つ兵士たちを守ろうとする。 最近の戦闘機に比べれば驚くほどレトロな飛行機同士が、命中率の悪い武器で戦うさまは逆にすごくハラハラする。 燃料もそんなに多くは積めないはずだし、燃費も悪かっただろうし、彼らが飛べるのは一時間が限界。 でもその一時間、彼らは常に緊張を強いられ、生命の危機にさらされつつ他者を守るという任務を遂行しなければならないのだ。
 だからこそ、トム・ハーディがすごくかっこいい!(出番はそんなに多くないけど)

  ダンケルク3.jpg 司令官・・・(ケネス・ブラナーです)。
 敵機が姿を見せるたびに驚きの表情を浮かべる。 司令官なのにまったく情報が伝わっていない。 ならばなおさら新兵なんかわかっていることがあるわけがなく。 とはいえ「戦うことなく逃げる」ということに対して新兵でさえうしろめたさを感じているというのが、やっぱりそういう時代なんですね。
 「撤退するのも勇気がいること」ということは簡単だけど、その撤退のタイミングを正しく見抜ける指導者がいるのかどうか。
 やはり戦争はなにもいいことがない、と海岸にいる兵隊同様に閉塞感にとらわれる観客はしみじみと実感する。
 けれど終盤は、壮大なドラマに移行して、観客は突然物語の渦に巻き込まれる。 歴史的事実として知っていたことが、実際の出来事として目の前で展開する躍動感と、それを知る術もなく絶望の中にいた彼らに突然に訪れる希望として。
 これがドラマティックということか!
 なんだかうっすら泣きそうになっていた。
 エンドロール見てびっくり。 今回は監督だけでなく脚本もクリストファー・ノーラン。 兄弟の共同作業は解消? 今回だけ? それとも二人それぞれやりたいことが単独でできる環境になったから、自然な移行?
 結局、あたしはノーラン兄弟がどちらも好きみたいです(役者の好みも、なんか近いし)。

ラベル:映画館 外国映画
posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする