2017年07月31日

今日は、えっと、何冊?(その3)

 というわけで、今回はこれでラスト。

  満願文庫版.jpeg 満願/米澤穂信
 あ、『満願』、もう文庫化するんだ〜。 「早くない?」と思いつつ、自分自身の体感時間がただ速まっているだけかもしれない・・・わぁ、内容に負けず劣らず怖い感覚。
 読み返すならまず『万灯』からかなぁ。 一度読んだ短編集は、次はどこから読むか、まるでアルバムをシャッフルで聴くような楽しみもあると思う。

  黙約1.jpeg黙約2.jpeg 黙約/ドナ・タート
 もともと、1990年代に扶桑社ミステリー文庫から『シークレット・ヒストリー』として出版されたものを改題して復刻。
 何故新潮文庫がそんなことを?!、と思ったら・・・解説(?)を村上春樹が書いていた。 作者とお知り合いらしいです。
 でもあたしがひかれたのは、表紙から「あ、ギリシャ神話!」と感じたから。 上下巻合わせて1000ページぐらいありそうな厚さも好ましい(どうせ分冊するならこれくらいにしてもらわないとね)。

  墓標都市.jpeg 墓標都市/キャリー・パテル
 SFで、タイトルに<都市>とついていたらなんか素通りできない。
 実際、『都市と都市』というすごい作品もありますし。
 でもなんとなくあたしは、『喪われた都市の記録』へのノスタルジーという気がしないではないのだが・・・。
 ともかく、面白ければいいのです。
 で、結局何冊だったのかといえば・・・20冊でした。 多分、8月はそんなにほしい本が多くなかった気がするから、きっとバランスはとれている、はず。

ラベル:新刊
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2017年07月30日

ジョン・ウィック チャプター2/JOHN WICK: CHAPTER 2

 『ジョン・ウィック』の続編、ほんとに来た!
 いや、前作が予想外の大ヒットで、早々に続編が決定したとは聞いてはいたんだけど・・・あの結構むちゃくちゃな世界観を継続させちゃうパワーもすごいなぁと思って。 折りしも、ミカエル・ニクヴィストの訃報も飛び込んできてしまって大ショックなんだけど(彼は一作目でお茶目すぎるロシアンマフィアのボスをやってます。 スウェーデン版『ミレニアム』のカッレくんことミカちゃんでもある)、その追悼と相変わらずなキアヌへの敬意をこめて。

  ジョンウィック2−P.jpg 伝説の殺し屋VS世界中の殺し屋 追うものは、追われる者へ――

 完全に前作からの続きなので、一作目を観てない人は意味が分からないです。 必ず予習(復習?)しましょう。 して損はないです。
 前作のラストシーンからリアルタイムでほぼ続き、盗まれた車を取り返していないジョン・ウィック(キアヌ・リーヴス)はロシアンマフィアの別の施設へ乗り込む。 そこはヴィゴの兄が仕切っていて、バカな甥が仕出かしたことで組織壊滅の危機となってしまったことに頭を抱えていた。 ジョンの車がまだここにある、と思っていると下で騒ぎが・・・なんとそこまでがオープニング。 一作目の落とし前を付け、修理工(前作と同じジョン・レグイザモ!)に引き渡すというシーンもあってわくわくだ! そして一作目のことを観客も思い出してくる効果が(でも説明はないので、やはり一作目は観ておいたほうがいい)。

  ジョンウィック2−6.jpg このツーショット、結構うれしい!
 やっとこれで一段落、かと思ったら、「引退したジョン・ウィックが再び動き出した」という噂は裏社会に突風のように広まっていた。
 5日後、ジョンはイタリアンマフィアのサンティーノ(リッカルド・スカマルチョ)からよろこばしくない訪問を受ける。 かつて、引退した折にサンティーノの力を借りたジョンは<血の契約>を交わしており、それを盾にサンティーノはジョンに新たな殺しの依頼をする。 だが今回の活動はあくまで個人的な事情によるもので、殺し屋として復活したわけではない(とはっきり言葉にはしないけど)、と断るジョン。
 それで引き下がったらイタリアンマフィアは名乗れない。 いったん帰る振りをして、サンティーノはジョンの様々な思い出の詰まった家をバズーカ一発で破壊・炎上させる。 車と仔犬でロシアンマフィアのある組織は壊滅したというのに、その話は聞いてなかったのか?
 ジョンの復讐心にまた火がついて・・・という話。

  ジョンウィック2−7.jpg このホテルのコンシェルジュさんも再登場! よりかっこいい!
 それで、同じことの繰り返しでは芸がない。 <血の契約>を交わしたからには守らねばならない、とホテルの支配人がジョンを説得(サンティーノのことも説得したが、我儘坊ちゃま的キャラなので聞き入れるわけがない)。 なので、今度こそ最後の仕事として取り組むことに。 そうすれば<血の契約>からも解放されるし。
 前作はアクションシーンがぶつ切りに感じられたのがちょっと不満でしたが、それを分かった上なのか、前作はあくまで小手調べだったのか、今回はアクションシーン長回し多し! プロの殺し屋なのに一般の人たちがいるところでやっちゃうのはどうよ!、というのは相変わらずですが。 まぁ、この話にリアリティを求めてはいけない。 これは裏社会から見た世界なのだ。

  ジョンウィック2−2.jpg ターゲットの用心棒(コモン)。 意外とこの人よかった。
 ポリシーのあるプロの殺し屋同士には仁義というか、ある種の信頼関係があるようです。 でもそれは、「次に会ったときは苦しまずに殺してやる」的な剣呑なものだけど・・・。
 で、この映画、意外とコメディ要素もたっぷり。 裏社会組合的なものがあり、それに加入していれば様々なサービスが受けられます。
 武器の調達、防弾機能付きスーツのオーダー、ほしい情報ももらえるし、自分の隠し金庫も半永久的に利用可能。 いちばん面白いのが防弾機能付きスーツ。 弾は通さないけど、当たるとめちゃめちゃ痛い(痛みや衝撃は吸収してくれない)。 なのでこういう映画にありがちな、まわりは全部バタバタと倒れていくのに自分ひとり無傷、といったことは全然なくて、動き始めればジョンはいつも傷だらけ。 スーツで頭をかばいつつ、痛みに顔をしかめる場面も。 だから、命のやり取りが軽くない。

  ジョンウィック2−3.jpg あ、『マトリックス』以来?
 そのことにすぐには気づかなかった・・・お互い、老けましたね。 特にローレンス・フィッシュバーン、貫禄が・・・。 できたらキアヌにはひげそってほしいんだけど、世捨て人に無精ひげは必須?
 このお二人、過去になにかあってジョンにちょっとした借りがあるらしい。 情けは人の為ならず、です。
 そういう助け手が現れても、結局ジョンは一人ですべてに片をつけなくてはいられなくなる。 まったく、ニューヨークには殺し屋さんが何人いるのか! 中でもスモウレスラーの殺し屋さんは目立ちすぎだぞ!
 そんな通りすがりの殺し屋さんたちとは別に、サンティーノ配下のボーイッシュな女殺し屋(ずっと喋らず手話で意思表示をするのは意図的なのかどうなのか最後までわからない)もなかなかおいしい役どころ。 こういう場合、女性のほうが残酷というか冷酷というか、そういう風に描かれることが多い気がする。

  ジョンウィック2−4.jpg 美術品を壊さないで・・・。
 予算増額のおかげなのか、後半のバトルは美術館が舞台。 でもジョンは武器が足りないので自給自足戦(敵の武器を奪って、それが弾切れになる前にまた次のをとる)。 テンポはよくなるけどかなり大変だよ! そりゃジョンは生傷絶えないよね・・・致命傷じゃないけど。
 展示後半の現代アート・鏡の部屋での争いはスリリング! だって目に入る姿が敵なのか自分なのか一瞬わからないし、鏡は扉にもなっているのでその向こうに誰がいるのかわからない(もちろん、それをジョンが利用することもできる)。
 アクションのバリエーション、入れこみすぎ!
 でも途中で「もうおなかいっぱい」ってならないのがすごい。 ふてぶてしくもおバカな悪役を、やっつけてほしいと思っちゃうからですかね。

  ジョンウィック2−5.jpg それにしてもホテルの支配人、何者?
 世界中がすべて敵になった(彼の味方をしたくても表だって誰もできなくなってしまった)ジョン・ウィック。 この先の彼の行く末は・・・。
 なんか3作目の製作も決定したみたいなんだけど、これ以上彼をつらい目に遭わせないで! ここで終わったっていいじゃない!、という気持ちに。 犬だけを連れて去っていく、というビジュアルはキアヌにすごく似合うけどさ・・・だからって。
 テンポ早くてあっという間に過ぎてしまう、しかも前作よりスケールアップしていろいろゴージャスになって見どころいっぱいですが、あたしはジョンの心の平穏を願わずにはいられないよ・・・。

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2017年07月27日

今日は、えっと、何冊?(その2)

 引き続き、残りの。 でもまだこれで終わりじゃない。

  パタリロ098.jpeg パタリロ! 98/魔夜峰央
 もしかしたら100巻で完結を目指しているのかしら。 100巻まで出す・出てもらうことに出版社も読者も意地になってる?

  鎖と罠 皆川博子傑作短編集.jpeg 鎖と罠 皆川博子傑作短編集/皆川博子
 表紙を見て、赤川次郎を連想。 かつて角川ノベルズの赤川作品の表紙は全部この人だったような。
 目次をめくる。 短編集なので作品名はたくさん。 ・・・ん、なんかこのタイトル、覚えが・・・。
 もしかしたら昔、ちょこちょこ読んでいたことがあるのかしら。 短編は印象に残りにくいというか、残っても作者の名前とつながらないことがあたしにはあって、皆川博子もしっかり認識したのは『死の泉』『冬の旅』だったから(それまで読んだことがなかったことはないと思うんだけど、中・高・大と浴びるように読んでいた時期、たぶん全部は把握できてない)。
 新訳・復刻のおかげで「あ、これだったのか!」と記憶がよみがえるのはありがたい。
 こうやって記録をつけておくのも、今後の自分のためだしね! 自分用データベースさ!

  ダークタワー角川5カーラの狼1.jpegダークタワー角川5カーラの狼2.jpeg カーラの狼 <ダークタワーX>/スティーヴン・キング
 <ダークタワー>改訂版も第5部まで来ました。 あれ、また表紙描く人変わってない?(今のグインの表紙を担当している方でした)
 最初からそういう計画だったのか、最初の装丁に相当苦情が入ったのか(そういえば第3部あたりで発売予定が一回延期になったな、あれはなんだったのだろう)。
 うーん、それでもやっぱりいまひとつかな・・・新潮文庫版のイメージが強すぎるのであろう。 それに、あまり人物を描いてほしくないってのはあるかも。 それぞれのキャラクターのイメージは、既読者の中にそれぞれあるから。
 新しくこれから読む人には有効だと思うけど、ラノベだと思って手に取ったらとんでもないことになりますよ。
 さて、第6部の表紙は誰が描くんだろ!

  サンド.jpeg サンド/ヒュー・ハウイー
 <サイロ三部作>の作者による新たなシリーズ。 今度の舞台は文字通り砂地。
 どうやらテレビドラマ化の企画が進行中らしく、続編はドラマとのすり合わせで刊行予定が遅れているとのこと。
 ゾンビネタ以外のディストピアものということだろうか・・・こういうネタ、やっぱり今のブームなのね。

  鹿の王3.jpeg鹿の王4.jpeg 鹿の王 3・4/上橋菜穂子
 『鹿の王』もこれにて最終巻。 別に分ける必要はなかったような・・・せめて上中下巻でまとめることはできなのではないか、という気がしないでもないんだけど、最近は以前よりもさらに厚い本が好まれなくなってきているのかしら(カバン小型化ブームと関係ある?)。
 そうかと思うと一冊で600ページ越えの本も普通にあったりするし・・・両極化ですか。
 コアな読者層には分厚くても平気だが、ライト層を取り込みたいときは薄くするのかな。 受験勉強のとき、分厚い参考書やテキストにはその重さでやる気なくしてたあたしは、ひたすら薄い問題集で数をこなしていたから、気持ちはわからなくもない。
 まぁ、本来受験勉強と本を読むことはまったく別のことですが、季節柄読書感想文のためという人もいるでしょうしね。
 ということで微妙に納得してみた。

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2017年07月26日

残像/POWIDOKI

 アンジェイ・ワイダ監督の遺作、と言われても実感がわかない。
 感じたくないのかもしれない。 でも彼は間違いなく巨匠だし、作品自体は監督の生死とはもはや関係ないところにあるのではないか。 新作はもう出ないけど、残された作品群を読み解く楽しみはいつまでも存在する。

  残像P.jpg 人はそれでもなお、信念を貫けるのか。

 1945年、ポーランド。 終戦を迎えても支配者はナチス・ドイツからソ連に代わっただけ。
 アバンギャルドな作風で人気の画家ヴワディスワフ・ストゥシェミンスキ(ボグスワフ・リンダ)は、自ら作品を発表しつつ大学で教鞭をとり、芸術家を目指す学生たちにいろんなことを教えてきた。 が、ポーランド政府はソ連の圧力で全体主義(社会主義的リアリズム)を肯定しない芸術は罪悪であるという方針を受け入れる。 が、ストゥシェミンスキは徹底的にそれを拒んだがために職を追われ、美術館からは作品が撤去され、なおかつ塗りつぶされてしまう。 それでも彼はあくまで抵抗を続けるのだが・・・という話。

  残像2.jpg ソ連に侵攻されたポーランドの寒々しさは雪のせいだけではない。
 ストゥシェミンスキがスケッチをしていたら、突然部屋が真っ赤になる。 窓をスターリンの垂れ幕が覆ったから。 その時の彼の怒りのすさまじさ(集中して絵を描いているところを邪魔された)もまた、彼の抵抗の原動力の一つのような気がする。 それくらい鮮烈な印象を残す場面だった。
 映画のポスターもそうだけれど、ストゥシェミンスキがアバンギャルドな画家ということもあり、原色が結構使われているのが印象的。 “赤”はちょっと憎い色になってしまうけれど、その色彩はモンドリアンの絵を思わせる。

  残像1.jpg 彼を慕って集まってくる若者たち。
 どれほどストゥシェミンスキが絵を、芸術を愛しているか、身近な学生ほどよく知っている。 けれど、ストゥシェミンスキの味方をし続けることは学生たちにとって結構危険なことである。
 この社会の息苦しさ、閉塞感。 だからこそ抵抗するのだとわかるのだけれども、体制への抵抗は迫害とセット。 いったいどこまで耐えられるのか、信念のために生き、死ぬことはできるのか。
 思えば、ワイダ監督の作品にはいつもそんな<覚悟>が描かれている。 たとえどれほど非業の死を遂げようとも、選んだ道は後悔しない、というような。
 で、こんな話を99分でまとめてしまうのである。 もっと大作にもできるのに、あえてコンパクトにまとめることでその壮絶さを際立たせるように。 どれほど思いは強くとも、一人の抵抗は大きな視点から見たら小さいものにすぎないという客観性もあって、結構おそろしい。

  残像3.jpg 黄色が特徴的に使われる。
 まるで希望の色であるかのように。
 ストゥシェミンスキは当時のレジスタンスのシンボルのように扱われた実在の画家。 つまりこの映画に描かれていることはほとんど事実ということであり・・・ポーランドが背負わされた苦悩にまた胸が痛くなる。
 学生たちにストゥシェミンスキがいった言葉に、「残像とは、人がものを見た後の網膜に残されるイメージと色だ。 人は認識したものしか見ていない」というのがある。 タイトルはここから来たんだろう。 イメージと色をキャンバスに写し取ればそれは前衛・アヴァンギャルドといわれるが、もともとの対象は写実画と同じ。 彼は自由なものの見方を守りたかったのかもしれない、画家として、人として。
 だが時代は彼に味方しなかった。 作品を破壊されただけにとどまらず、画材も手に入れられなくなり、食糧配給まで止められる。
 ひどすぎる!
 けれど唐突なまでに訪れるラストまで、救いはない。 それはもう、あっけにとられてしまうほど。
 でもアンジェイ・ワイダ監督にとってはあの時代の確かな事実を伝えていくことが、祖国への愛だと考えているとしか思えない。 その強い信念故に殉じた人たちが、結果的に今のポーランドの礎になったのだとでもいうように。 あたしから見れば、ワイダ監督もそんな一人だ。 伝えたいことに溺れることなく、映画としての客観性や技術を使って感情に走ってないし。
 プロだ・・・なんてプロフェッショナルなんだ。
 描かれている内容はずっと監督が追いかけていたテーマだし、これが「遺言」といわれるのも納得できる。 でも余裕も感じられるし、監督はもっと撮る気だったんじゃないだろうか。  『カティンの森』を撮ってしまった以上、エピソード的には小さくともポーランドにはもっといろいろ語られるべきことがあるだろうし、それをどんどん撮りたかったのではないだろうか。
 そう思うことで、あたし自身のなぐさめとしたい。

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2017年07月25日

今日は、えっと、何冊?(その1)

 気づけば7月ももう終盤ではないか! なんて月日が進むのは早いんだ。 ただあたしは「暑いよぉ」とごねているだけだというのに。
 そういえば、少し前から電車の客層が変わっていると思ってたんだよなぁ・・・そうか、世間は夏休みか・・・。

  山賊ダイアリーSS01.jpg 山賊ダイアリーSS 1/岡本健太郎
 猟師としての日々に一区切りをつけた作者、今度は海を舞台にアウトドア生活。
 「自分で獲ったものを自分で食べる」という基本姿勢は変わらずも、更にパワーアップしている感が・・・アウトドアというかむしろサバイバル生活。 もし何かあったとしても生き残れる力を身につけようとしているのでは、と感じてしまいました。
 海に潜っているときに訪れる息苦しさ、どこで浮上しようか迷う決断など、「ここで一歩間違えたら危険なことになるんだろうなぁ」という教訓にもなっている気がします(そのあたりはすごくリアル)。
 貝を獲ってはいけない、は海の近くに住む者ならばだいたいわかっていることだけれど、通りすがりに寄る人たちは気にしていないことが多いので、こういうところでも注意喚起してもらえることはいいことだと思います。
 ところで<SS>とは何の略なのか・・・Summer Sea? それとも猟期が秋だからSummer Seasonってことかしら。
 作者あとがきによれば「海賊にはなりません」ということなので、基本は山、という気持ちに変わりはないようでよかったです。

  エクソダス症候群.jpeg エクソダス症候群/宮内悠介
 『盤上の夜』のインパクトがいまだに鮮烈な著者による初長編、待望の文庫化。 もう今はいろんな出版社にジャンル関係なく書き続ける人になってしまいましたが、最近のあたしにとって数が少なくなった“作者の名前で買う”日本人作家のひとりです。
 これも「火星の開拓地で語られる精神医療」という素晴らしく興味をそそられる内容。

  蘭の館1.jpeg蘭の館2.jpeg 蘭の館 セブン・シスターズ/ルシンダ・ライリー
 <セブン・シスターズ>という長大なシリーズの第一作。
 「湖のほとりの館で育てられた、血の繋がらない六人の娘。養父が突然死亡し、娘たちには遺書と出生地らしい座標が遺された。」というあらすじにちょっと心がときめいてしまいましたよ。 少女が主役の大河ロマン、しかもちょっと昔の少女マンガっぽくもあり。
 著者は全世界でベストセラー連発の方のようですが、日本に紹介されるのはこれが初めてでは。
 さすが東京創元社、目ざとい(でも大きな賞とったりされると版権が上がって、別の出版社に持っていかれるケースが過去に多々あるのよね・・・がんばってほしいわ)。

  アルファベットハウス1.jpegアルファベットハウス2.jpeg アルファベット・ハウス/ユッシ・エーズラ・オールスン
 『特捜部Q』シリーズの作者によるデビュー作。
 これは買うかどうかちょっと悩んだんだけど、シリーズものではないからいいか、と思って。
 第二次世界大戦時期、ナチスの精神病院が主な舞台みたいなこと書かれたら、気になってしまうではないか。
 それに、歴史ものを絡めてくる手法が、ピエール・ルメートルの『天国でまた会おう』と<イレーヌ三部作>との関係にも似てないか?、と感じたので。
 いや、ヨーロッパに生まれ育っていたらそういう発想からは抜けられないのかもしれない。
 とりあえず、気になってます。

  黒い迷宮1.jpeg黒い迷宮2.jpeg 黒い迷宮 ルーシー・ブラックマン事件の真実/リチャード・ロイド・パリー
 ノンフィクション。 そしてこの事件のことは実際に新聞やテレビニュースで見た記憶がある。 でも途中からなんか曖昧になって、ゴシップ報道優先みたいになった印象が(ちょっと桶川ストーカー事件に似てるな)。 判決結果も納得いかなかったけど、それをしっかり説明する報道は何もなかった。 お父さんの悲しい訴えだけがはっきりと思い浮かぶ。
 著者はタイムズの東京支局長、イギリス人。 ある程度日本を知っているけれども、イギリス人としての視点は失っていない。
 それ故に、この事件をどう描いたのか気になる。 なぜ日本ではあんなに中途半端な報道だったのか、の答えも出してくれそうな気がする。

  失われた図書館.jpeg 失われた図書館/A・M・ディーン
 <失われた図書館>といえば、それは当然アレクサンドリア図書館のことよね!、と裏表紙のあらすじを読む前にそう思い、もし違っていたらそのまま棚に戻そうかと考えていた。 しかし今あたしの手元にあるということは・・・やはりそうだった!
 なんとなくダン・ブラウン的な感じかしら、と穿ってみたけど、主人公は権威ある教授ではなく若き女性学者っぽい感じ。 じゃあ『古書の来歴』みたいな感じかなぁ、とあたりをつけるも、実はどの予測も裏切ってほしい。 読者は我儘です。

ラベル:新刊 マンガ
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2017年07月24日

ハンティング/カリン・スローター

 <GBI特別捜査官ウィル・トレント>シリーズ第3弾。
 実はここから日本の版元が変わってて、2作目の前に3作目が出版されるという悲劇が。 結果的に、急いで先に2作目を読んでおいてよかったです。 レギュラーメンバーの人間関係がすごいことになってるから! 解説でも1・2作目が他者から出ていることに言及してないんだけど、それってどうなの? なんか不親切じゃない? そりゃ、作者名で検索かければわかることではあるけれど。

  ハンティング1.jpgハンティング2.jpg 版元が変わって装丁度合いも変わりました。

 田舎道を運転していた老夫婦が、突然飛び出してきた鹿をはねてしまう。 が、鹿だと思ったそれは、全裸のうえ拷問されたような跡もあり、さらに深手を負った女性だった。 早速ERに運び込まれた被害者だが、近くで監禁されていて逃げてきたに違いないと感じたウィルは、捜索の結果、森の奥で監禁部屋らしきものを発見し、更にもう一人の女性の遺体を発見する。
 有力な手掛かりがなく捜査が難航する中、被害者と外見が似たタイプの女性が行方不明になったことが明らかに。 同一犯の犯行なのか、どうすれば犯行を止めることができるのか・・・という話。
 いやー、グロさはどんどんパワーアップしてます。
 しかしなんというか・・・被害者たちをここまで“同情できない雰囲気”のまま描いちゃうってすごいというか、勇気あるなぁと思ってしまいました。 彼女たちには彼女たちの事情があるんだけど、それがわかっていても心を閉ざしまくる相手に対しては共感しにくい、という個人としての本質がつきつけられて、「あぁ、あたしって偽善者」とか読んでて思わされてちょっと落ち込む。
 サラ・リントンという医師が今回からレギュラーに加わります。 というか、もともと彼女が検死官をしていたシリーズが別にあって、いろいろあって過去の傷を背負って流れついたのがジョージア州の総合病院だったという。 彼女の過去はチラ見え(以上かも)ですが、相当な目に遭った様子。 なんで悲惨な過去を持った人物ばかりが集まってくるのか、もはや事件そのものよりもそっちの方が気になってくる(ある意味、シリーズものとして正しい形)。
 犯人はなかなか盲点の位置に配置してあって、そのへんはやはりうまいなぁ。
 とはいえ、事件を解決するたびにウィルはひどい目にあっている・・・しかも、プライベートでもアンジーと結婚しちゃったんだよね! なのに相変わらず振り回されてて、ウィルには平穏というものが訪れないのか、そもそも彼が<平穏>という状態を知らないからこうなっているのではないかと、ほんと彼の人生がとても心配です。
 まっとうにウィルを心配してサポートしていた仕事のパートナー・フェイスにも個人的な大問題が二つも降りかかるし・・・誰ひとりまともな状態じゃないってのがすごい。 いろいろ悲惨すぎて続きが気になって仕方ない。
 あぁ、これって海外ドラマを複数シーズン見続けちゃう理由と一緒だ・・・。

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2017年07月23日

越前敏弥トークショー&サイン会に行ってきた!@OSシネマズハーバーランド

 OSシネマズのホームページ欄の<おしらせ>で、ひっそりとその告知を見つけた。

“メアリと魔女の花 原作翻訳者越前敏弥さんトークショー&サイン会”
映画「メアリと魔女の花」の原作「The Little Broomstick」(メアリー・スチュワート作)を翻訳された越前敏弥さんに作品や翻訳にまつわるさまざまなエピソードをお話いただきます。
越前敏弥さんの著書・訳書をご持参の方、または当日会場にて書籍をご購入の方にトークショー終了後、サイン会を予定しております。

  20170723トークショー1.JPG 最近ハーバーの映画館行ってなかったから・・・事前に質問なども公募していたらしい。 ミントの方にもこのポスターぐらい貼っておこうよ!(貼っていたけどあたしが気づかなかったのかな・・・汗)
 あ、行ってみたい!、と思うじゃないですか。 海外ものを読むあたしにとって、翻訳家という存在は大変ありがたく、畏敬の念すら抱く存在です(原著を生かすも殺すも翻訳次第、ということをあたしは古くは福島正実さんに、その後東江一紀さんから学びました)。
 しかも、越前敏弥といえば、現役の翻訳家の中では結構なビッグネーム!
 なのに、
  ○ 事前申し込み不要
  ○ 整理券配布なし
  ○ 当日、時間までに会場に直接お越しください。
 こ、これはどうなの?! あまり人が来ないことを前提にしているの?
 13時半からなんだけど・・・何時に行ったらいいのかしら。 悩んで・・・当日、一時間ぐらい前に到着。

  20170723トークショー2.JPG 会場はこんな感じ。 60人入れる?
 まぁ、やるんなら多分ここだろうなぁ、と思っていた場所にセッティングされており、とりあえず入れないようにテープで囲われている。 すでに立って並んでいる人(!)がいたのであるが、そんなに込んでいる感じはしないなぁ、とあたしは近くの椅子に腰かけて待つ(エレベーター傍ではあるがロビーの延長という位置づけなので、壁沿いにサイコロ椅子&テーブルが並んでいるのだ)。
 で、本を読んでいたら・・・13時頃、係員の人が来てテープを開け、「お待ちの方、どうぞ」と呼び込みを始める。 30分前開場なのね、と記憶に刻む。 念のため今後、同様のイベントがあったときのための参考に。
 「前の方からつめてお座りください」といわれたからつめて座ったけど(あたしは4番目に入場しました)・・・あたしの右隣に来る人がいないんですけど! だ、大丈夫か、人は来るのか!、と多分あたしは主催者なみに心配していたと思う。 時間ぎりぎりには、まぁまぁ人は集まったみたいでよかったです(最前列故、後ろの方の全貌がつかめず)。
 ちなみに、また本を読みつつ待っていたのですが、気がつけば越前敏弥さんご本人がノートPCやマイクのセッティングをしており、スタッフとの打ち合わせもあってなきがごとし(司会進行者もいなく、スタッフ側は越前さんにすべて丸投げ・・・こんな仕事でいいのか、とあたしは冷や汗が出る思い)。 あ、ちなみにあたしは越前さんの著作は何冊も読んでいますが、お顔は知らなくて、今回ポスター見てはじめて知ったのでした。 だから「えっ、ご本人が?!」と狼狽したのですが、多分翻訳塾とか大学の講師とかしてるんだろうな、という手慣れ感をそこに見ました。 越前さんおひとりではなく共訳者の中田有紀さんもいらしてました。

 で、トークショーは『メアリと魔女の花』の予告編をスクリーンで流してから始まり・・・あ、しまった、こっちが思ってた以上にメアリの比重高そう、と感じてもあとの祭り。 だって映画観てないんだもん・・・<翻訳にまつわるさまざまなエピソード>を自分に都合よく拡大解釈してしまった! 実は・・・ジブリ系列の方々がつくる原作ありファンタジー映画は結構原作をていよく利用しているというか、そこまで変えるならオリジナルストーリーにしろ!(原作ではなく原案扱いにしろ!)、と言いたくなるものが多いので・・・なので『メアリ』も正直期待してません(『アリエッティ』でもひどい目に遭ったし)。 『ゲド戦記』は論外としても、そもそも宮崎御大自ら『ハウルと動く城』やらかしてるし、『千と千尋の神隠し』に至っては基本設定丸パクリなのに児童文学の名作『霧のむこうのふしぎな町』を「参考にした」と結構な騒ぎになるまで公言しなかったという経緯もあるし、「やつらが古典ファンタジーを映画化するとロクなことがない」とあたしの中にはイメージが出来上がっています。
 それはともかく、オリジナルの日本版『小さな魔法のほうき』は1970年代に発行され、今では絶版なので今回映画公開に合わせて新訳の依頼があった、という経緯からお話しいただく。 これまで何冊も新訳を手掛けてきて、どれも訳を新しくする必然がある(言葉や言い回しが現代にそぐわない、今とは情報伝達速度が違うから間違った解釈のまま訳されている、等)と思って訳したけれど、『小さな魔法のほうき』に関してはもともとの訳がいいから悩んだ。 ただ、ですます調の文体なので、三人称とはいえメアリ視点で物語は動くので、だ・である調のほうがスピード感が出るしメアリの感覚に近くなる、ということで<だ・である調>を採用。 主人公の名前はほんとはメアリーなんだけど、映画としては日本人に聞き取りやすく「メアリ」にしたいという要望がスタジオポノックからあったので、映画に登場する人物の名前表記は映画に合わせた、そうです。 これまでの翻訳家生活でもここまで映画に寄せて訳したことはない、とおっしゃってました(勿論、物語は原文に忠実)。 かなり特異な新訳状況だったようです(越前さん側がいろいろ問い合わせたので、スタジオポノック側は絵コンテのコピーを送ってきたらしい)。
 そしてびっくりしたのは原作と映画の相違点。 原作ではメアリは“メアリ・スミス”というよくあるありきたりな名前であることがコンプレックスになっているのだけれど、映画では「それでは観客がわかりづらいから」とメアリは赤毛であることがコンプレックスになっていることになってるとか! それって『赤毛のアン』じゃん! で、原作には出てこない“赤毛の魔女”が映画には登場しているらしい・・・そういうところがイタいんですよ。 原著者のメアリー・スチュワートは本名かペンネームかわからないけど、本名だとしたらスコットランド女王と同じ名前であることでからかわれたりしたのかもしれない(もしくは“メアリー・スチュワート”も意外によくある名前とか)。 観客が主に子供だから、と考えているのかもしれないけれど、わかりづらいから変えるのではなく、そこをわかりやすくすればいいんじゃないの? そうやって子供は異文化を受け入れていくんじゃないの? ・・・はぁ、またなんかイメージが固定化される。

 あと印象に残っているのは、あの時代のイギリスの児童文学は一文が長くて、ひとつの文章で一段落ってこともある(10行ぐらいあったりするらしい)。 一般書では絶対しないけど、今回『メアリと魔女の花』はハードカバー・角川文庫・角川つばさ文庫と3パターン出版され、つばさ文庫のほうは子供向けなので(訳文そのものはどれも同じだけど)、長すぎる段落を割ったそうです。 かつ、一部の漢字を平仮名にして総ルビ。 それも、イギリスの古典文学を少しでも幅広い世代に読んでもらいたいから。 そのためには自分のこだわりは捨てる(とは言ってなかったけど)、というのが、もしかしたら彼の仕事が途切れない理由ではないかと感じました。
 あとはメアリの映画の裏話・・・神木くんのアテレコは別撮りで一日で終了したそうだけど、それであのクオリティ、ほんとに彼はうまいねぇ、とか、プロデューサー西村氏の熱量の多さとか(ノンフィクションWで『かぐや姫の物語』制作現場に密着したやつを前に見ていたのですごくよくわかった)、米林監督はすごくシャイで無口とか。
 いくつか質問を用意していたけれど、ここまでメアリの話ばっかりだったら「メアリと全然話が違うんですけど」って言えないよ!、となんだか同調圧力に屈してしまった。 残念だが仕方がない。
 で、サインもいただきました!
 しかしみなさん『メアリと魔女の花』(ハードカバーの人もいた!)を持って並ぶ中、あたしが持ってきたのはこれだ・・・。
  鏡の迷宮.jpeg 鏡の迷宮(集英社文庫6月の新刊)
 どれにするか悩んだのですが(角川文庫の『メアリと魔女の花』は明らかにアニメ絵が表紙なので・・・『思い出のマーニー』のときはそうではなかったのに)、選ぶのは逆に失礼かなと思い、自分の持っている本でいちばん新しいものにした。 でも本屋さんのイベントだったらこんなゆるいことできないよなぁ。
 「メアリじゃなくてすみませーん」と謝ってしまいましたが、「いやいや、まさかこれを持ってきてくれるとはうれしいなぁ」とよろこんでいただけた(ような気がする)。 やはり作者がビッグネームじゃない・映画化などのタイアップがついてない翻訳本はあまり売れていないのだろうか・・・。
 気がつけばあっという間の時間だった。
 たまたま気がついたからよかったけど、うっかりしたらこのイベント、スルーしちゃったんだわ、と思うと情報のアンテナを正しい方向に立ててないとダメだな、と思い知るのであった。
 あ、初めて見た越前敏弥さんの印象は、気さくでさりげなくおしゃれな英文学の教授って感じでした!

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2017年07月22日

『SHERLOCK』シーズン4が終わっちゃった!

 あぁ、ついに『SHERLOCK』のシーズン4が終わっちゃったよ〜。
 再放送も含め、この3ヶ月ぐらいあたしの心の大きな支えだったのに・・・(正直なところ、そういうのがないと暑さとか湿気とかその他いろいろに耐えられなかったよ)。
 この先、何を心の支えにしていけばいいの! 『ツイン・ピークス THE Return』では種類が違うし、『エレメンタリー』の新シーズンでは“ジョン萌え”が満たされないわ(でもマイクロフトのキャラはこっちの方が好きかもしれない)。

  シャーロックシーズン4.jpg シーズン5の制作は正式決定してないの。
 そりゃそうよねー。 みなさん売れっ子になってしまって(メインキャスト二人だけでなくスタッフ側も。 『パンドラの少女』の監督も『三の兆候』を撮った人だし)、とにかくスケジュールが合わないらしい。 なかなか合わせられないらしい。
 だから、これで終わったとしてもいいような、でもこの先<第二章>が始まるのかもしれないな〜(でもそれまで、ちょっと間はあきます)、という終わり方にしたのかもしれないなぁ。 あのラストシーンはシーズン1に回帰とも取れるものだったし。

 だけどジョン! あれは罠かもしれないとは感じましたよ。 でもそれに引っ掛かってはいかんでしょう! 相手がいくらとんでもない存在とはいえ・・・だからあれはあなたの失態です。
 それにしても・・・ジョンの<犯罪や危険なものに惹かれる気質>を暴いたかと思ったら、シャーロックがシャーロックである所以(他人に心を許さない・空気読まない・記憶の宮殿つくってる・etc.)にまで理由づけしてしまうとは・・・やはり、「このシーズンが最後になってしまうかも」という気持ちが制作陣にもあったのかしら。
 今シーズンはこれまで以上に直接的にコナン・ドイルの原典からもってきたものが、さりげなくも端的に描かれていたりしていて、ついニヤリとしてしまうことが多かった。
 そう、このドラマについ盛り上がってしまうのは、原典への愛情があふれんばかりに込められているから。
 勿論、原作読んでないとわからないってことではないんだけど、読んでいる人ほど楽しめる(実際、あたしの友人は読んだことない人だけどドラマにははまってたし。 「原作、読んでみようかなぁ」とか言ってたし。 いろいろググって調べたらしく、「『バスカヴィル家の犬』がいちばん面白いの?」と聞かれましたし)。
 いま、いろんな出版社からホームズ物の新訳本が出揃ってるし、新たに読み始めるのにちょうどよい時期なのではないでしょうか(あたしは子供向けのリライト本から入ったけど、小学校6年ぐらいで新潮文庫の延原謙訳に最初すごく苦労した記憶が。 結局当時はそれで全部揃えたんですが)。
 あぁ、あたしも新訳本、読んでみようかな。 改めて読んだら印象が全然違ってるかも。

 いつになるかわからないけど、シーズン5があることを信じて、この先の時間を過ごすことにしよう。 これまでの分12話と特別編が残っているわけだし、シーズン3から4までに3年かかってるけど、待ちくたびれた感はなかったもんね。 だから多分、10年くらい待てちゃうと思う。
 それにしてもメアリがこんなにも重要な存在になるなんて・・・。 あ、でもこのままではモリーがかわいそうすぎるから、やっぱりフォローするエピソードほしいな!
 ハドソンさんは、やはり最強です。
 男たちが好き勝手できるのも、それを認めた女たちが見守ってあげているから。
 意外とそこは古典的なまとめなのね。

ラベル:ドラマ
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2017年07月21日

ライフ/LIFE

 ジェイク・ギレンホールの新作がSFで、しかも真田広之共演だなんてうれしすぎる!、と思っていたのですが・・・日本版ポスターでさえも真田広之は映っていない。 そうか、そういう役か・・・でもいいんだ、アクション俳優出身の彼の素晴らしい身体能力は、無重力を表現するワイヤーアクションで誰よりも美しくしなやかに動くことを可能にしているだろうから。 そして他のキャストたちのお手本になっただろうと思うから。

  ライフP.jpg 人類の夢も未来も砕かれる

 現在、ISS(国際宇宙ステーション)には6人のクルーがいる。  このプロジェクトのキャプテンであるエカテリーナ・“キャット”・ゴロフキナ(オルガ・ディホヴィチナヤ)、ISS473日滞在の世界記録を更新し続ける医師デビッド(ジェイク・ギレンホール)、CDCから来た検疫官ミランダ・ノース(レベッカ・ファーガソン)、航空エンジニアのローリー・アダムス(ライアン・レイノルズ)、システムエンジニアでクルー最年長のベテランであるショウ・ムラカミ(真田広之)、宇宙生物学者ヒュウー・デリー(アリヨン・バカレ)である。
 ある日、火星からサンプルを採取してISSに戻ってきた無人探査船<ピルグリム>は、途中で軌道を外れ、あやうくデブリと化すところだったが、チームワーク抜群の6人の宇宙飛行士たちの連携プレーによって無事回収され、サンプルはラボに回される。
 宇宙生物学者であるヒュウーが分析したところ、サンプルの中から休眠状態と思われる単細胞生物が発見された。 地球以外で初めての“生物”の発見の情報はISSだけでなく世界中を熱狂させる。 細胞を目覚めさせようとするヒュウーたちの努力が実り、細胞は次第に成長して知能を示すようになる。 だが、ある思いもかけぬ事故によって事態は急展開を迎えてしまう・・・という話。
 基本設定だけならば、普通のB級ホラー。 でもそれを一段格上げしてるのは、豪華キャストと圧倒的なリアリティ。
 ジェイク・ギレンホールの名前がいちばん先に出るけど、序盤の彼はむしろ印象薄め。 6人のアンサンブルが大変バランスがよいので、誰が先に死ぬのかまったく予想がつかない。 そして6人のキャラクターのバックグラウンドも描かれすぎず、かといって不足すぎず、彼らの行動や選択の理由づけとしてしっかり機能している。
 説明しすぎないバランスってほんと難しいけど、これは成功していると思う。

  ライフ3.jpg 真田広之が予想以上に超かっこよかった。 宇宙や機械以外で、初めてスクリーンに登場する人物は彼なのだ。 やっぱり動きが綺麗だった(髪を後ろで結ぶのは“サムライ”のイメージなのか)。

 火星由来(?)のその生命体の初期成長過程は、ほぼ粘菌そのままのように見える。 粘菌の生命力(拡大力)の強さを考えれば、それがあくまで美しく見えても、そののちの展開に怖さしか感じない(予告でもう不吉な感じを出しているせいもあるが)。 かといって音楽でおどろおどろしい感じを出すわけでもなく、描写は比較的淡々としているのです。 なので6人の芝居もすごくナチュラルというか・・・宇宙飛行士になる人たちなんだからそれぞれ能力が高いのはわかっているけど、狭い中でずっと一緒にいるからずっと気取っていられるわけもなく、「みなさん、素ですか?」と言いたくなるほどスターオーラを消している。 多分ほぼノーメイクなのではないかしら。

  ライフ4.jpg ライアン・レイノルズが多分このメンバーの中では「見たことある顔」、スターオーラがいちばん出ているはずの人なのだが・・・最初すぐ気付かなかったよ(まぁ、あたし自身がジェイクと真田広之出てるってことしかわかっていなかったこともあるけど)。 『デッドプール』もだし、アクションには多少慣れているかと思ったが、エンドロールではキャストそれぞれに一人ずつワイヤーアクションのサポートがついていたと書いてあった。 が、真田広之にはサポートはついていなかった! むしろ彼が指導できる側的な?

 粘菌状の細胞は、さらに成長しクリオネのようになる(地球で名前を公募し、カルビンと命名)。 「うわー、頭部っぽいところががばっと開いて口になるのでは・・・」と誰もが思ってしまう不吉なルックス。 けれどヒュウーはカルビンをまるでわが子のようにいとおしみ、夢中になりすぎてしまう。 カルビンも怖いがあなたも怖いよ、と思ってしまうのだが、彼の生い立ちというかそういうものを考えればのめり込む気持ちもわからないでもなく。
 いや、そもそも「名前をつける」ということが実は大変危険である、ということをこの作品はとてもよく教えてくれる。
 名前をつけたら情がわく、まるでペットのように思ってしまう。 実際、地球上でペットを飼っている人がその動物の気持ちを100%理解しているかなんてわかるはずもないのに、言葉の通じる人間同士ですら誤解はたえないのに、まして相手は初めて遭遇する<異種>である。 こっちの気持ちを理解してくれるわけがないという前提で接しなければならないのに、相手が小さいから(のちのちどんどん大きくなりますが)・自分が育てたような気がするから、と人間の尺で考えてしまうことが大失敗をもたらす。
 これもまた<想定外の悲劇>ということになってしまうのか?

  ライフ1.jpg ISS内の機能不全に相まって、画面もだんだんダーク調に。
 人間側に悪意はなかったのだが生命の危機を感じてしまった<カルビン>は、ここにいる者すべてを自分の敵と認識、クリオネからひらひらとしたヒレがヒトデ状に分布する形に進化してクルーを襲い始め、ISSにある自分の成長に必要なものをむさぼり食べる。 そして更にカラダを巨大化させ、変態していく。 その過程も荒唐無稽ではなくて、科学的リアリティに裏付けされているのよねぇ。 勿論、封じ込めようとする人間側、逃げて自分が有利になる位置を確保しようとするカルビン側の攻防のほうがメインなので、そんなことは気にせずハラハラドキドキできるんだけど。
 そして残ったクルーは決断しなければならなくなる。 カルビンを地球に持ち込んではいけないと。 宇宙の果てにはじき飛ばさなければならないと。
 これは・・・9月公開の『エイリアン:コヴェナント』よりずっと『エイリアン』じゃないだろうか!
 ジェイク・ギレンホールの憂い顔には誰も反対できないしね。

  ライフ2.jpg 間近に“絶望”を見ると、人はこんな顔をするのだろうか。
 そして訪れるエンディングは、美しい映像と明るい音楽で観客を彼同様絶望に叩きこむ。
 『LIFE』というありがち過ぎるタイトル(同じタイトルの映画あるし、しかもBBCearthのドキュメンタリーみたいだ)には、最初「もうちょっとひねりはないのかいな」と思っていたんだけれど、もうこれ以外のタイトルないな!、と思わされました。
 というか外国語のずるいところは、ひとつの単語に複数の意味を持たせているところ。 “life”を日本語に訳すなら“生活”・“人生”・“生命”・“いのち”・・・といろいろ浮かぶけど、この映画のこのタイトルには全部の意味が込められているのだから! そりゃ、邦題もカタカナでそのまま『ライフ』にするしかないよな、と納得。
 とはいえ、そう思えたのは帰り道のこと。 こういう映画自体は観慣れているから本編中は普通だったんだけど、ラストシーンのあと暗転し、タイトルが差し込まれて無邪気な明るい曲が流れ・・・そのあとずんずん来る暗い音楽に変わってから、あたしは心臓がバクバクいいはじめ・・・序盤から積み重ねられてきたこの映画の言いたいことに一気に打ちのめされていたのだった。
 あぁ、なんておそろしい。 なんて映画を観せられちゃったんだ!
 エイリアンものとしては正統派ではあるんだけど・・・『メッセージ』とは正反対で、ほんとSFって素晴らしいジャンルだわ、と思う。

 それにしても・・・公開に合わせて真田広之が来日、いろんなインタビュー受けてたけど・・・あたしも全部読んだわけではないんだけど、インタビューアー(当然日本人だ)、彼がアクションスターだったこと知らないんじゃないの?、と感じられるものがいくつか。
 これはあたしがトシをとったと嘆くべきなのか、インタビューアーが勉強不足なのを怒ればいいのかどっちだろう。

ラベル:映画館 外国映画
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2017年07月20日

ディストピア パンドラの少女/THE GIRL WITH ALL THE GIFTS

 結局、原作は後回しにして先に映画を観ることにした(上巻のみ読了)。 全部読んでしまうよりは、宙ぶらりんにしておいた方がラストはわからないけど基本設定の違いは楽しめるかな、と思ってみた。 でもこれはすべての原作つき映画に有効な手とは限らないが・・・とりあえず、ためしに。

  ディストピアP.jpg 彼女は人類の希望か、絶望か。

 メラニー(セニア・ナニュア)は教室でミス・ヘレン(ジェマ・アーターソン)のお話を聞くのが大好きだ。 たとえ車いすにしばりつけられ、身動きの取れない状態であっても。 授業以外のときは個室に閉じ込められ、銃を持った軍人たちが自分たちを恐れていたり、人間扱いされていなくても。 勿論、メラニーたち生徒に本当のことはよくわからない。
 だが、断片的に話を聞くに、世界は<ハングリーズ(飢えた奴ら)>でいっぱいで、どうやら自分たちも<ハングリーズ>であるらしい。 メラニーは自分がミス・ヘレンとどこが違うのか、毎日いろいろなことを考える。
  ディストピアパンドラの少女1.jpg 一見、特殊な学校っぽいが・・・。
 頭のベルトは車いすごと頭部を固定するものであり、あれをされると振り返ることができない。 <教室>の前の方に配置されれば、後ろの方に誰がいるのかはわからない。
 徹底した管理体制、でも救いとなる存在がいて・・・みたいなところがカズオ・イシグロ的(正確には『わたしを離さないで』かなぁ)だろうか。 で、メラニーの崇拝的な気持ちがヘレンにも伝わって、ヘレンは生徒たちを普通の子供のように見てしまう。
 実際のところ<ハングリーズ>(字幕では“奴ら”とされ、<ハングリーズ>という文字そのものは出ないけど、台詞でバンバン言っている)とは、タイワンアリタケの突然変異株に感染し、脳を侵蝕された結果、菌類の動く奴隷となってしまった存在。 胞子や感染者の体液ですぐに感染するので、<ハングリーズ>をぶち殺したとしてもその肉片なりなんなりが自分の粘膜等に触れてしまえばアウトである。
 ロメロ直系ではない、パンデミック系ゾンビものと言えるかも。
 新しいのは、原因がウィルスではなく菌類だということ。 タイワンアリタケはいわゆる“冬虫夏草”の仲間。 宿主に寄生して栄養分をとり、最終的にその体を乗っ取って成長する(で、普通ならそれを人間が漢方薬として食べるわけだが・・・成長の仕組みをあえて書くとなんかリアルだわ)。
 まぁ、物語はメラニー目線で動くので、科学的詳細はワクチンづくりに奔走する研究者のコードウィル博士(グレン・クローズ)の呟きから読みとれるにすぎないが。
  ディストピアパンドラの少女3.jpg そんなある日、基地が“奴ら”に襲われる。
 このあたりはかなり原作を端折ったな、というか大胆に短縮したな、という感じ。
 ちなみに、メラニーたちが履いているのは黒のクロックスでした。 原作では白い病院衣っぽいものを着せられていたけれど、映画では動きやすさ重視かスウェット的なものになっています(でもグアンタナモとか連想する色と服ではある)。
 そもそもメラニーたちはなんなのか、といえば、第二世代(セカンドチルドレン)と呼ばれる、胎児のときに母親が<ハングリーズ>になった、という二次感染者。 だから一次感染者に比べれば見た目は普通で知能もあるから会話もできるのだが、体内構造的には一次感染者たちと同じなので宿主になれるものが近くにあれば本能が目覚めてしまう(つまり人の発する体臭などが引き金になって捕食本能に支配される)。 何故基地内で生徒たちがなんとかおとなしくしていられるかといえば、人間たちがみな体臭をブロックするクリームを塗っているからで、セカンドチルドレンが<ハングリーズ>に瞬時に変わることを知っていても毎日相手にするメラニーたちとその知識が結び付かなくて、ヘレンはいつも軍曹のエディ(パディ・コンシダイン)に怒られるのだ。

  ディストピアパンドラの少女2.jpg 逃げる過程で、軍曹、いやいやながらメラニーとも協力。
 なにしろ軍人のみなさんたちは<ハングリーズ>の恐ろしさをよく知っているし、仲間たちも何人もやられているし・・・だから見た目は子供であろうとも「こいつらはバケモノだ」という姿勢を崩さない。 まぁ、態度としてそれはどうだと思っちゃうけど、元来それは正しい。
 つまりは、「人間は何を見ているのか」ということだから。
 そんなわけでこの映画、原作者自らが脚本を書いているので、ばっさり切った部分は映画的制約のこともあるだろうけど自分が伝えたいこととは直接関係がない、と割り切ったからであろうか。
 ヘレンはメラニーを“普通の子供”として見ている。 軍曹はバケモノと思いつつ、一緒に逃げ、ときには助けられたり助けたりしていくうちに認識が揺らいでいく。 博士は一貫してメラニーを“重要な研究対象”として見ている。 では、メラニーはそれぞれをどう見ているのか?

  ディストピアパンドラの少女4.jpg グレン・クローズ、鬼気迫る演技。
 文字通りワクチンづくりに命をかける博士は、もはやそれが自分のアイデンティティー。 研究設備も十分ではないのに、そして<ハングリーズ>のパンデミックは一向に落ち着きをみせる気配はないのに、それでも研究をあきらめない。 まるで自分だけが特別で、自分だけが世界を救えると思っているかのように。 グレン・クローズ、はまり役でした。
 ジェマ・アーターソンも『アリス・クリードの失踪』とも『ボヴァリー夫人とパン屋』とも全然違い、子供たちへの情に流されまくりのカウンセラー(それはそれで筋を通しきったらひとつの信念である)を熱演。 軍曹もいい味出しているが、女の闘いなのでちょっと分が悪かったか。
 が、なによりいちばんすごいのは、メラニー役のセニア・ナニュアである。 オーディションで見い出されたそうだけど、その存在感と説得力がすごい。 自分は人間ではなくハングリーズなのだ、と受け入れていく過程を、子供特有の潔癖なる残酷さで表現している。 原作ではメラニーは白人の少女という設定だが、スタップ側の「彼女のためならその設定を捨てる」、という気持ちになるの、わかる。
 ただ、文芸テイストとしてはもう少し描いてほしいところもあったし、ゾンビ系B級ホラーだと思うとかなり物足りない部分はある。 ジャンルミックスの面白さを楽しむか、ジャンル映画としては不満と思うか、好みがわかれそう。
 あたしは結構好きな方だけど・・・原作を最後まで読んだらまた印象変わるかな?
 でも『ディストピア』という邦題はどうだろう・・・『パンドラの少女』だけでよかったような。

ラベル:外国映画 映画館
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2017年07月19日

梅雨明けとか?!

 昨日は15時半頃、ゲリラ豪雨的土砂降り。 仕事場にいたからあたし本人は実害を受けてはいないのだけど。
 その前から少し降っていて、通路にほこりくさいにおいと湿気が充満していて、「どうせ降るならもっと降りやがれ」と思っていたら予想以上にすごく降ったので驚いた。 でもこれくらい降ってくれると、いろんなものを洗い流してくれる感じがする。
 家の周囲でもそうだけど、しばらく雨が降ってないところにちょっと降ると、空気がとてもほこりくさくなる。 土埃的な匂いではあれど・・・それだけ空気中にいろんな粒子が舞っているんだなと思うとげんなりするから(北東北では感じたことのないにおいだ)。
 が、今朝、仕事場に向かう途中で前を歩いていたサラリーマン二人組が「梅雨、明けたんちゃうか。 昨日と空気が全然違うやろ」とにぎやかに話していた。
 雨雲レーダー見たのか〜、とあたしは心の中でいらっとする。 梅雨は明けたのかも知らんが(その段階であたしは知らなかった)、ピンポイントで豪雨を降らせる雨雲がまだそこここにいて、不安定な気圧のせいで「西から東へ移動する」という通常のルートではない動きをしているのだぞ。 ゲリラ豪雨にあっても知らんぞ!
 実際、今日も15時前後で空気がもやもやっとしはじめた。 つい仕事場でも雨雲レーダー見ちゃうんだけど、なかなか不思議な動きをしている。 こっちまで降る感じではないけど、湿気だけは伝わってくるって・・・なんかいやだわ。
 神戸方面は大丈夫そうなので、もう早く帰ろうと思ったけれど・・・そういうときに限って仕事が終わらない。
 でも梅雨が明けたらぐぐっと暑くなるんだよな〜。
 もう、エアコンなしの生活はできない。

ラベル:季節もの
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2017年07月18日

あと、残り5冊。

 土曜日一日外にいたせいか(といっても屋外にいたわけではなく、ほとんど屋内で過ごしたのであるが、移動で外を歩くこともあった)、すっかり疲れ切ってしまったというか、暑さがこたえたというか、残りの連休をほとんど寝て過ごしたあたし。 というか、休みが残り二日あってくれてありがたかった・・・。
 さて、『ポーの一族 春の夢』以外に買ってた本は次の通りです。

  アメリカ銃の謎.jpeg アメリカ銃の謎/エラリー・クイーン
 国名シリーズ新訳、ばんばん進んでおります。
 えっと、あと何冊だっけ・・・もう後半だよね(うろおぼえ)。
 これはなんかウェスタンなイメージしか残っていない・・・多分読み返したら記憶と全然違うんだろうな、という自信あり。

  やりたいことは二度寝だけ文庫.jpeg やりたいことは二度寝だけ/津村記久子
 単行本時、図書館で読みましたが面白かったので文庫化に際し購入。 でもなんかちょっと薄くなってる?! 時間が経過しているからネタが古いもの・自分が不出来と思ったものはカットしたらしい。 だったらその分、新しいのをつけてよ! ← 横暴。
 文庫版あとがきはついてます。
 そして帯裏にて『二度寝とは、遠きにありて想うもの』というエッセイ第二弾が出ていることが判明! 図書館に予約したぜ。

  流 文庫版.jpeg /東山彰良
 『火花』と同時期に直木賞を受賞したのに文庫化が遅れたってどういうこと?!、ではあるが、出版社が違うのでそのへんの事情はあるでしょう。
 でもあたしはなんとなくこの作者を「SFメインの作家」と思っていたので・・・なんかいろいろびっくりで。 これも買おうかどうか迷ったけれど、まぁ読んでみなければわからないかと思って。 これ読んで「合わない」と感じたら今後の見る目変わっちゃうかもな・・・。

  東京タラレバ娘09.jpg 東京タラレバ娘 9/東村アキコ
 ついに、というかやっとというか、最終巻。
 前半の飛ばし具合に比べれば後半はトーンダウンしたというか、ドラマ化に合わせて商売っ気優先がリアルに見えてしまって醒めたとか、そういうこともありますが、ぐだぐだでなまぬるく終わったドラマよりもまぁましな終わり方というか、マンガとしての矜持を示してもらったというか。
 「結婚したいとなんとなく思っていたけれど何も行動に移していなかった。 この本読んで目が覚めて、がんばって結婚した!」という方々が結構いたようなので、評価うんぬんよりは作者としてはそれがいちばんうれしかったのかな、と思います。
 あたしもなんだかおせっかいおばさんになってきており、「仕事に生きる!、一人で全然構わない!、と覚悟を持っているのなら全然OKだけど、そのうちいつか結婚して子供産むんだろうな、と具体案なくぼんやり思っているようじゃ、いまどきはどうにもならないから!」と言うようになってしまいました。 あたしに言われても説得力ないと思うけど、覚悟とか明確な意思なしでぼんやり生きている人が意外に多いということが近頃急激にわかってきたので。

  なごみクラブ08.jpg なごみクラブ 8/遠藤淑子
 安定の『なごみクラブ』にはいつも癒されます。
 薄いから、「そんなに一気に読んでしまってはすぐ読み終わっちゃう!」と自分をおさえても、休憩を一度しか挟めなかった・・・。
 でもよいのだ、再読の楽しみがあるから。
 今回は物語性をおさえたエピソードが多く、ちょっとした風景を切り取ったみたいなのが多い。 その分の空白を、読者は自由に想像できるのですよ。
 ドラマ『ブランケット・キャッツ』を見たから余計そう思うのかもしれないけど、重松清よりずっと文学だ(意見には個人差があります)。

 7月20日以降にどどっとまた新刊の波が・・・どうしよう、置き場所がない(汗)。

ラベル:新刊 マンガ
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2017年07月15日

ココナツあずき氷@甜蜜蜜

 友人えすさんと会う約束をして、ランチは元町の甜蜜蜜に決定。
 土曜日なので込むかもしれず、11:30オープンをちょっと並んで待って入るのがいいんじゃない、ということで待ち合わせの時間も決定。
 目的は、『SHERLOCK』について話し合うためである!

 香港粥セットを頼んだのですが・・・写真を撮るのを忘れました。
 1.本日のおかゆ(豚の角煮 八角の香り)みたいなやつをオーダー。 他の2種(3種類の中からおかゆを選ぶ)は定番商品なのでいつでも食べれるや、と思って、結局いつも1番を選んでしまう・・・。
 ちなみに「2.たっぷり野菜のおかゆ」・「3.塩豚とピータンのおかゆ」です。
 今回の大根餅には腸詰めのスライスのようなものが入っていた。 セットの定番品とて、季節によって中身が違っているらしい。
 おかゆはとてもおいしいのですが・・・熱くて、暑くて・・・二人揃ってデザートメニューをガン見してしまう。

  15小豆とココナッツ氷.JPG ココナツあずき氷
 底には甘く煮られた小豆、ココナツミルクとクラッシュアイスがミキシングされたものがどどっと注がれ、上にバニラアイスクリーム。
 太いストローでずずっといただくという、まるでフラペチーノのようなスタイル。
 でもココナツミルクの部分は甘くなくて、あずきを丁寧に混ぜたほうが甘さは均等になるけど、ココナツミルクの風味を楽しみたい場合は混ぜ具合を加減するとよい(でもときどきあずきが甘くてびっくりするが、くどい甘さじゃないのがよろしい)。 アイスクリームの周辺が凍って、ココナツミルクのシャーベットみたいになるのも楽しい。 まるで、クリームソーダのようだ(ていうかクリームソーダなんて何年飲んでないんだろう?!)。 でもココナツが強いから、バニラの味に負けることがない(というかバニラはいつの間にかどこかにいってしまう感じ?)。
 なんとなく、ココナツの実を砕いて乾燥させたもののイメージが強かったけど(あれはあれであのじゃりじゃり感が好き)、ココナツミルクってこんなにもさっぱりしているのか、とうれしい驚き。
 「なんか、罪悪感を覚えないデザートだね」とえすさんが言うように、カロリー低そう&身体によさそうです(ココナツと小豆はむくみ解消に有効だそうです)。

  15黄金桂.JPG 本日のお茶は黄金桂。
 天井のランプが映り込んでしまいました。
 烏龍茶なんだけど、青茶なのでどことなく緑茶っぽい感じが。 若々しいけど、そんなにクセがない。
 これもなんか効用が書いてあったんだけどな・・・忘れた。
 どちらにせよ、飲めば飲むほど(どんどんお店の方がお湯を注ぎ足しに来てくれるので)カラダにいいような気になる。

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2017年07月14日

ポーの一族 春の夢/萩尾望都

 『ポーの一族』、40年振りの新作!、ということで掲載雑誌が即日完売で全然手に入らない・・・という事態が続いた昨年の悲劇(?)をへて、待望の単行本化!
 実は新連載第一回の『月刊Flowers』は電子書籍化されていて、のちにあたしはそれを購入したのだけれど・・・連載一回目しかないわけですから、「こ、この続きは!」と飢餓感が半端なかった。 いっそのこと読まない方がよかったのかもしれない、と思うほどに。 でも山岸涼子の対談や『訪問者』の再録など、読みどころはあったので損した気はしなかった。
 熱狂的なファンの方々からは「絵が、線が全然違う」という文句もあったようですが、あたしはずっと萩尾望都マンガをリアルタイムで読める分は読んできたので(多分、『マージナル』あたりで追いついた気がするので、それ以前の作品の線の細さなどの違いをあたしはその段階で受け入れている)、あたしは全然気にならない。 そりゃ40年もたてば絵が変わるのは当たり前だし、むしろはっきりした線のおかげで「子供のはずなのにずっと大人みたい」と思われるエドガーたちの特徴が強調されたように思う。

  ポーの一族 春の夢.jpeg 『春の夢』はシューベルトから。

 ときは第二次世界大戦末期。 空襲を避け、イングランド郊外の田舎町にやってきたエドガーとアランはある山荘で暮らし始める。
 町中でエドガーは印象深い少女を見かける。 のちに、その少女ブランカは弟とともにナチスドイツから逃れてきたドイツ人(実はユダヤ人)であることがわかる。 過去から逃れてきた姉弟、しかし二人の心には幸せだった時期の記憶も残っていて・・・エドガーはその悲しみに共鳴する。
 これだけだったら、これまでの流れで断片的なエピソードのひとつだったかもしれない。 だが、物語は大きく転換を見せる。
 ポーの村にいる他の一族とエドガーのつながり、一族ではないバンパイア(バンピール?)・ファルカの存在、ついに大老キング・ポーの登場!、など、これまで触れられてこなかった一族の秘密について少しずつですが出てくることに違う種類のどきどきが。
 この物語はこれ一冊で終わっていますが、来年から新たな『ポーの一族』の連載が始まる様子。 叙情的ではなく論理的に進む話になるかもしれませんが、それもまた時代の変化というか、そういう流れのほうが求められているような気がするし(むしろそれはあたしの好みである気がする)。
 個人的にはアランの我儘さ・きまぐれさがちょっと・・・だったあたしとしては、本作でその理由がわかって納得でした(子供だったあたしは理解できてなかったです、ごめん)。 でもアランのそんなある種の無邪気さがエドガーの救いになっていたことは感じ取っていたので、それが確信に変わってよかったです。 ブランカの変容は、『すきとおった銀の髪』にもつながるようで・・・切り口は変わってもやはり世界観は揺るがないのだとためいき。 ストーリーテラーとしての萩尾望都の衰えを知らない確かなチカラを思い知らされました。
 だって、あたしが生きてきた時間よりもずっと長く<現役>なんだもんなぁ。
 常に期待は裏切られる、いい方向に。 そして常に度肝を抜かれる。

ラベル:新刊 マンガ
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2017年07月13日

巣立ちの時期

 朝、駅のホームをスズメがちょこまかと歩きまわり、ホームのいろんなところをつんつんしていた。
 いや、そんなところにはエサっぽいものはないと思うよ・・・(係員の方、掃除してるし)。
 しかしあたしのそばを通過していったそのスズメは意に介することなくちょこまか動き続ける。 「あれ、スズメってこんなに小さかったか?」、とそうなってからあたしはようやく気付く(いや、意外と野生のスズメってこちらの思い込みよりは小さいものなのですが)。

  朝の小雀.JPG 巣立ったばかりか、一人歩きはじめの子供。 点字ブロックの上にいます。
 向かい側のホームの屋根と柱の隙間に、巣のようなものがある。 そこから来たのかな? 確かにここならば電車にさえ気をつければ、そんなに天敵はいないだろうし(だから人間のすぐそばも気にせずうろうろできちゃうんだろう)。

 そういえば、家の近所の道で夜に遭遇するネコたちも、やたらちいさいのが多い。
 何故か一人歩きと、三人揃ってのパターンが多い(三人の場合、うち二人が同じ柄、一人だけ全然違う柄の組み合わせばかり。 きょうだいなのか、親の姿がわかる感じ)。 夜にうろうろするあたり、ひとり立ちの練習なんだろうな、とは思うものの、さすがに生後半年未満では?、の一人歩きは心配になるので、「早く家に帰るか、人に見つからないところを歩きなさい」と真剣に忠告してしまった。 車も通ったりするからさ。 通じたのかどうかわからんが、人目のつかないところに向かっていってくれました。
 それとも、そういういとけない姿を見せて拾ってもらおうという作戦だったとか?!
 ひとり立ちは、いろいろ大変です。

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