2017年06月26日

パトリオット・デイ/PATRIOTS DAY

 『バーニング・オーシャン』(DEEPWATER HORIZON)を観そびれてしまったので、是非こっちは行かねば、とがんばった。
 どっちも実話、しかも近年に起こった事件。 アメリカ、立ち直って(もしくは立ち直った振りをするために?)エンタメに消化する期間がどんどん短くなっている。 それは映画でなくてはならんのか? テレビのドキュメントドラマではだめなのか? そう思うくらい、完全にアメリカ国内に向けた内容だった。

  パトリオットデイP.jpg 最大の危機は最大の奇跡を生む――

 それは2013年4月15日のこと。 アメリカ独立戦争開戦を記念する<愛国者の日(PATRIOTS DAY)>に毎年開催されるボストンマラソンにおいて爆弾テロ事件が発生。 ボストン市警のトミー(マーク・ウォールバーグ)はゴール付近で警備を担当していて、爆発を間近で見ていた、そして自分もけがをした一人だった。 街中に戒厳令がしかれ、ボストン市警とFBIは協力して(ときには対立しながらも)実行犯を追う。 、捜査の指揮を執ることになったFBI捜査官のリック(ケヴィン・ベーコン)は複数の監視カメラ映像からあやしい人物を見つけ、「この時間にここにいる人物は次はどこに向かう?」と街に詳しいトミーに問い、トミーもまたそれに答えつつ一瞬だけの映像が人物の行動の流れを繋いでいく。 やがて、黒い帽子の男と白い帽子の男が実行犯として確定されるが・・・。
 この事件はリアルタイムでニュースで見ていたけれど、比較的短期間で犯人が捕まったこともあり(組織的なテロではなく単独犯だったという発表もあり)、あまりその後を追いかけていなかった。 その裏側にそんなことがあったとは・・・といろいろ驚くこと多し。

  パトリオットデイ3.jpg マラソン開催前の警備巡回、まだ平和。 蛍光色のベストが内輪で「ピエロのかっこ」と言われているらしい。
 トミー役は何人かのボストン市警警察官をモデルにした架空の人物らしいが、それ以外の登場人物は基本的に実在する。 映画終盤ではご本人たちのインタビュー映像に結構長く時間を割いている(そのへんが、アメリカ国内向け、と感じた理由)。
 ボストンマラソンテロ事件追悼のイメージがスニーカーだったのは、それがマラソン大会だからだけではなくて、爆弾が地面に置かれていたために足を怪我した人(それこそ軽傷から切断レベルの怪我まで)が多かったからだと知る・・・数としての死者は3名で、街中で人が多く集まったイベント会場でのテロとしては少ない方かもしれないけれど、犠牲者・被害者へのリスペクトは半端ない。
 そして、そのリスペクトは犯人検挙のために奔走する捜査陣たちにも向けられている。

  パトリオットデイ2.jpg すっかりFBI捜査官づいているケビン・ベーコン。 ボストン市警のおえらいさんを演じるジョン・グッドマンはコメディ演技を封印、ずっとシリアスキャラで逆に新鮮。

 何が驚いたって、爆発した場所を中心にボストンの街並みを空き倉庫にチョーク線と模型で再現してしまうというアナログ手法と監視カメラ映像との照合といったデジタル手法との融合。 「そのとき、そこで何が起こっていたか」を秒単位で指摘、その街に詳しくない者でも理解できる仕組みでもあり、点と線を結んで立体にすることで多くのことが一目でわかる。 アメリカ全土が捜査範囲であるFBIのすごさを垣間見ましたよ(そういうフォーマットがあればこそ、現地に詳しい地元警察の協力も活きるわけで)。
 テロ捜査っていったいどこから手をつけるんだろう?、という素人の漠然とした疑問に答えを提示してくれる。 この場面だけでも正直観た甲斐はあったと思える(ただ・・・日本ではどうなのかな、という心配は生まれるけど。 ある意味、よろしくないことであるがアメリカはテロ慣れしてきているのでしょう)。
 更に驚いたのは、逃走する実行犯(監視カメラ映像などから、かなり早い段階で実行犯映像を公開したせいもあるが)を追い詰めるべく、住宅地で銃撃戦が繰り広げられたこと。 住民には「地下室があるならそこに入ってて」と警官が注意を促していたけれど・・・アメリカの家には地下室がたいていあるものなのね。 竜巻被害が多い地域ならわかるけど、ボストンってそういうイメージあまりないし。
 おまけに逃走する際、犯人はカージャックもしていたのだ・・・そんなこと、日本で報道されてましたっけ?

  パトリオットデイ4.jpg J・K・シモンズ、渋い! でもずいぶん老けこんだなぁと思っていたら、モデルの方に似せているからだった。

 しかも映画にはところどころ実際の映像が挿入されていて、否応なく「これは実際に起きたことです」と強調されてひやりとする。 これ、本国で公開された時問題にならなかったのかな、という思いがよぎるほど。
 基本的にはトミー視点で映画は語られるものの、実行犯たちの姿は最小限描写され、まだわかっていないことに推測を加えないという中立の姿勢は保たれている。 実行犯の妻に「今でもシリアでは大勢のイスラム教徒が殺されている」と言わせるなど、アメリカが正義でイスラムは悪、という単純な構図を避けたのは賢明だ(実際、まだ捜査中であることも最後には言及されている)。
 だからこれは「テロとの闘い」という一言でくくられるものではなく、何もかもすべて根深いことの証明にもなってしまっている。
 なのでこの映画は群像劇の形をとって、被害者とわけのわからないまま捜査を続けるしかなかった人々の奮闘を描くことに重心を置いている。 努力をたたえることにイデオロギーは関係ない。
 トミーの乗った車が犯人の逃走車両に似ていたからと警察側から一斉射撃を受ける場面もあるのだが、「おい、こっちも警察だ!」 「すまん、間違った!」というやりとり、本来ならば笑えてしまうところなのかもしれないけれど笑えない・・・それが逆にリアルに感じる。 警察官でも、無差別テロに対してはどうにもできない恐怖を抱いているのだな、と。
 トミーがいいところをもっていきすぎる、というきらいはあれど、そこは架空の人物だから(なんか久し振りにマーク・ウォールバーグのチャーミングなところがよく味わえた気がする)。 実在の人物一人をヒーローにしない、という視点もまた実録ものとして正しい選択(多分、この映画のヒーローは被害者の方たちだ、というスタンスなのであろう)。
 実行犯の背景や具体的な動機がわからないのは些か不満だが・・・これは犯人たちが喋っていないのだから仕方がない。 現実は映画やドラマのように簡単には解決しないものなのだ。
 とはいえ、豪華な再現ドラマを世界発信してしまうハリウッドの底力は感じてしまう。 観に行ってしまったあたしもあたしだが。

ラベル:映画館 外国映画
posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする