2017年06月16日

音もなく少女は/ボストン・テラン

 読み終わっちゃいました、『音もなく少女は』
 あの当時、いろんなところで絶賛されていた意味がわかったわ〜。
 筋書きはいたってシンプル。 でも文体が独特。 雰囲気としては『あなたに不利な証拠として』に少し近いというか、似たような空気を感じた(あくまで日本語訳としては、という意味ですが)。 どちらも女性を三人称で距離をとって描いているから?
 こちらもバイオレントな内容なんですが、その文章故にちょっと格調高くなっているというか、「読んでて具合が悪くなる」ことはない(よく考えたらかなりひどいこと書いてあるんですけどね)。
 なるほど、これがボストン・テランか。 納得。

  音もなく少女は.jpg 原題は“WOMAN”と直球。
 でも出てくる女性は複数。 WOMENとしなかったのは、単数形で「女性たるもの」を意味したかったのかも。

舞台は1950年代のアメリカ、ブロンクス。 ニューヨークの北端にある町だが、当時は移民の住む街として治安も悪く、ほとんどが貧困だった時代。       
 そんなところで、イタリア系の両親のもとに生まれたイヴは耳が聞こえない。 イヴの母親クラリッサは敬虔なキリスト教徒で、これは髪が自分に与えた試練(つまり自分にいたらないところがあるから)と考えていて、クズのような暴力夫ロメインにも黙って耐えている。
 近所に住むドイツ系(ナチスの迫害からアメリカに逃げてきた過去あり)のフランは見るに耐えかね、クラリッサとイヴを助けようとするが・・・という話。
 イヴが生まれてから18歳になるまでの出来事を中心に、冒頭で時間軸を織り込み悲劇の予感を漂わせつつ、この物語は始まる。
 『このミステリーがすごい』の上位に入ってしまったせいか、「ミステリーじゃなかった」という批判が見受けられますが・・・「トリック・謎を解く」のが狭義のミステリということなら、「この先、何が起こるのか・何故起こったのか」を追うのもミステリなんじゃないかと思います(“広義の”となってしまうかもしれないけれど)。 少なくともあたしは「これはミステリじゃない」なんて考え、まったくよぎることなくページを追い続けた。
 「あぁ、こうなってしまうのか、やはり」と感じつつも、彼女たちの人生を、運命を、見届けずにはいられなくて。 三人の女性の痛みはそれぞれに違うけれど、違うからこそわかり合うこともある。 三人以外の女性たちの選択もまた、自分の人生をかけた覚悟ばかり。
 まさに、「強きし者、汝は女」という話で・・・でも彼女たちを強くしたのはダメな男たちのろくでもない行動の結果で、ある意味、「女から男への絶縁状」ともいえる内容になっています。 でも爽快さは伴わない。 後味の悪い利己主義や暴力が全編を彩っているから。
 なのに、本編はひそやかなまでの静寂を漂わせている。 誰かが激昂しても、ショットガンをぶっ放しさえしようとも、どこか静かなのだ。
 あぁ、もしかしたらこれが、イヴの世界なのか。 耳の聞こえない(でも手話はできるし、リップリーディングも可能、メモ帳に文字を書き意志疎通もできる、ただ音だけが聞こえない)彼女の体験を、読者もまた共有した結果なのか。
 だとしたらすごいことでは・・・。
 個人的にフランの人生から得た強さには圧倒されました。 イヴが心酔するのも当然。 弱い女性の代表ともいえるクラリッサとフランが友情を確かめ合う場面では(このままではいけないとクラリッサが自分の弱さから脱却するところでもあり)、電車の中だけど泣いちゃいました・・・。
 『音もなく少女は』という邦題は、イヴに寄り添った言葉だけれど、詩的で美しい。 ときどき困った邦題のある中、これは正解です。
 というわけで・・・今更ながらボストン・テランのすごさに気づいた今日此頃。 手遅れにならなくて、よかったです。

ラベル:海外ミステリ
posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | ☆ 読んじゃいました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする