2017年06月04日

追憶

 降旗康男×木村大作コンビが若いキャストで映画を撮る!、というだけで気になるところ。
 一部、ジャニーズ対決とやらでこの映画と『無限の住人』を比較する人たちがおられますが、いやいや、そもそも立ち位置が違う映画だから! 比較対象になんかなりませんよ、というかしても意味ないです。
 それにしても、木村大作に自然の風景撮らせたら右に出るものはないな!、としみじみ。
 オープニング映像だけで、「北の海だけど、『北のカナリアたち』のときほど寒くないから北海道じゃないし、あたしの知っている北東北とも違う。 そこまで寒くない感じ・・・北陸?」と舞台がわかっちゃうんだから。 映像には美しさだけじゃなくて気温もついてくる。

  追憶P.jpg 会いたくても、会えなかった、愛する人へ――
 『追憶』というありきたりなタイトルはなんとかならなかったのか・・・と思わなくもない。 すでに同じタイトルの映画、過去にあるわけですし。 それがちょっと残念だなぁと思う(監督としては俗っぽい長いタイトルはつけたくないとか、そういう気持ちがありそうなのはわかるんだけど)。
 現在、富山県警捜査一課の刑事をしている四方篤(岡田准一)。 だが、かつて少年期に母親(りりィ)に捨てられ、海が見える喫茶店<ゆきわりそう>を切り盛りしている涼子(安藤サクラ)のもとで暮らしていた時期がある。 同じように親に捨てられた川端悟(柄本佑)と田所啓太(小栗旬)はその頃同じ時を過ごし、出入りの電気屋さん山形(吉岡秀隆)とともにいた日々が彼にとって幸福な記憶だった。 だが、ある事件をきっかけにその時期は終わりを告げ、それ以来四方は自分の感情をうまく表現できずすべてを一人で抱え込む性格になっていった。 妻(長澤まさみ)との関係もすれ違い、戻ってきた母親はあやまりながらもカネをせびり、先輩刑事は気を遣ってくれるものの、四方にとっては鬱屈な日々が続いていた。 児童虐待で捕まった男のうそぶく姿に、つい殴りかかってしまうほど。

  追憶1.jpg ささやかな幸せの時代。 それを幸せと呼ぶことが切ない。

 そんなある日、四方はある店で川端悟に声をかけられる。 25年振りの再会だった。 川端は東京で妻の父親の遺した会社を引き継いでいるという。 田所もまた能登で父親から譲り受けた小さな建設会社を営んでおり、金策に来たのだと告げる。 自分の知らないところで二人は連絡を取り合っていたことを知ってショックを受ける四方。 さらに川端は別れ際、「あっちゃんは全部忘れていいんだよ」と言う。
 翌日、川端悟は刺殺体となって発見される。 刑事である自分と幼馴染である自分に引き裂かれ、四方は田所啓太に会いに行くのだが・・・という話。
 殺人事件は出てきますが、それはあくまで題材。 ミステリーではありません。

  追憶2.jpg 四方君が知らないところで二人は前から会っていた。
 あっちゃんがショックなのはそこ。 あの頃は三人で支え合っていたのに、いつの間にか自分一人だけがはぐれ者。 しかも「あっちゃんは何も知らなくていいんだよ、全部忘れていいんだよ」とダメ押しのように言われ、自分の立場は!、って誰でも思うに違いない。
 で、あっちゃんであるが県警の刑事・妻と別居中というだけあって(?)、服装など見かけが必要最低限なのである。 なのでもう、「え、岡田准一ってこんなに胸板厚かった?!」とびっくりしてしまう(やぼったいスーツを着ているのでそれが隠せない・・・時代劇なら問題ないのでしょうが)。 カリの修行、し過ぎではないですか、とちょっと心配になる。 背の高い人ではないから、筋肉の付き方で全身のバランスが悪く見えちゃうのですよね・・・そこに四方くんの苦悩が反映されているという風に見えなくもないのだけれど(たとえば・・・時間に余裕があるときは柔道の稽古ばっかりしている、とか)。
 男の子は単純で傷つきやすい。 だから四方くんは田所くんを問い詰めるも彼は何も喋らなくて、そのことで更に傷つき、それをごまかすために怒る。 ほんとに男の子は単純で、純粋だ。 大人になりきれないことにも精一杯苦しんでいる。
 とはいえ、どうも設定が昭和なのよねぇ。 日本海、湿った雪が降り積もってすべてを覆い隠してしまうような場所ならこの物語にも説得力出るよね、とロケ地にかなり頼っており、上映時間も120分を余裕で切っていて、あと10分あれば結構個々人を掘り下げられたのでは、と思うんだけれども(語りすぎるの問題だけど、キャストの演技にかなり頼ってて若干消化不良の面も)。
 まぁ、確かに豪華キャスト揃えましたよね。 それだけで大作の佇まいだから。
 同僚の刑事仲間として、特に安田顕さんが光ってました(いや、刑事役はいい感じの人たち、集められていたけれども)。

  追憶3.jpg あたしは小栗旬にそんなに魅力を感じないんだけど・・・この映画では抑えた感じがよかったな。 やはり俳優を生かすも殺すも、監督の演出次第。

 正直、演出として“古臭い”と感じられるところはある。 「それが正統派の日本映画なのだ」と言われたらそれまでですが・・・。
 でも妊婦のおなかが明らかに大きすぎたり(しかもまだ臨月ではない)、「見てわかりやすくする」にしてももう少し現実に沿ってもらわないと、現実の妊婦さんたちが苦労することになる(妊婦さんに接点のない人は、「あんなにおなか大きくなるんだ〜。 それほどじゃないうちは、まだ大丈夫?」とか思いそうではないか)。 あと、どうしても納得できないのが、なんで彼女は25年たっているのにほとんど老けていない(見えない)のか。 ここだけが容認できない違和感である。 他の方々はそれなりに老け感を出しているのに。 苦労しているはずなのに、それが表に出ないのはおかしい! 25年はそんなに短い時間じゃないぞ!
 短くない時間だからこそそれぞれが苦しみ、悩み、でもなんとか折り合いをつけることができるところもあり。 どう整理するかは実に人それぞれで、田所くんの生き方がきっといちばん負担の少ない割り切り方ではないかと感じるけれど、誰でもできるのかと言われると多分難しい。 川端くんは家族のために箱モノの“家”を守ろうとして迷走し、四方くんはそもそも「家族とは何か」に答えを出すことを悩んでいるように見えた。
 美しく物語が締まったかのように見えるラストシーンだが、実は何も解決していない。 過去のわだかまりは解けたかもしれないが、それで四方くんは妻に心を開くことができるだろうか、また彼女の方もそれを受け止めることができるだろうか。
 つくづく、うまく生きていくことに必要なのは年齢じゃない。 どんな人と出会い、それを消化し表現できる人間になれるか。 自分のこだわりに振り回されすぎず、他の人に(せめて自分が大切に思う人に)感情をうまく伝えられるように。 誰もができたら人生苦労しないんだけど、そういう心掛けを持つだけでも違うんじゃないかと・・・。
 25年苦しんできた人たちに、この先、いいことがあればいいなと願わずにはいられないではないか。

 エンドロール(今時珍しく、縦に書かれた文字が左から右へと流れていく)で、<撮影者>の中に岡田准一の名が。
 あー、カメラ撮らせてもらったんだ〜。 大作さんから指導があったとすれば、それはそれですごいこと。 彼が「日本映画界に愛されている」というのは紛れもない事実なんだなぁ(近い意味合いで、岡田将生も愛されているなぁ、とあたしは感じる)。

  追憶P2ひらぱー.jpg ひらパーのコラボポスターも貼ってあった。
 「これは一体なんですの」と映画館の人に真剣に問い詰めているおじさんがいて・・・係員の人も返答に困っていた。
 これが関西のノリなのね・・・ジャニーズなのにこういうのが許されるのも、彼が特別であることを意味しているような、していないような。 これは「関西だから」で納得できてしまう恐怖がありますね。

ラベル:映画館 日本映画
posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする