2017年06月10日

今日は12冊(その2)。

 では、残りの5冊ですが・・・すべてハヤカワ文庫だという。

  白熱光.jpg 白熱光/グレッグ・イーガン
 ついに手にしてしまったグレッグ・イーガン(新銀背シリーズは文庫になったら買い揃えようと思っていたので)。
 しかし、<世界の法則を自ら発見する魅力溢れるハードSF>ですよ! ついていけるかしら、あたし・・・。
 でも最初の一行、「あなたはDNA生まれですか?」でガツンとやられてしまったのですよ。

  暗い暗い森の中で.jpeg 暗い暗い森の中で/ルース・ウェア
 タイトル・表紙からイヤミスっぽい空気が漂っておりますが・・・。
 学生時代の友人の独身さよならパーティーに招待された主人公。 なのにその場所ときたら、携帯電話の電波も届かないような森の奥にある別荘。 一体そこで何が起きるのか・・・クローズドサークル・サスペンス(スリラー)はちょっと珍しいかなぁと思いました。
 多分、含みのある女同士は怖いぞ、みたいな話っぽいし。

  マシュマロテスト.jpeg マシュマロ・テスト/ウォルター・ミシェル
 『成功する子・しない子』という身も蓋もない副題がついておりますが・・・。
 これは単行本で出たときから気になっていて・・・でも2年ぐらいで文庫になったような。
 幼稚園児の前にマシュマロを一個置いて、「20分したら戻ってくるから、それまでマシュマロを我慢したら二個食べていいよ。 でも我慢できなかったら食べてもいいよ。 そのかわりこれ一個だけね」と言われた子供が、我慢して二個もらった子の方が将来的に成功する、という実験結果と追跡調査により判明した事例と、「自制心は後天的に身につけられる」という指南書。
 あたしは、ある方向ではかなり自制心が働きますが(それ故にブチギレた時の怒りはすさまじい)、ある方向にはまったく自制心が働かない(むしろめんどくささが勝つ場合があり)という大変厄介なパターンなので、自制心をバランスよく持つヒントでもないかしら、と思いつつ、単に事例が読みたいという興味本位です。

  パードレはそこにいる1.jpegパードレはそこにいる2.jpeg パードレはそこにいる/サンドローネ・ダツィェーリ
 正確にはこれは新刊ではないですが・・・近々これの続編が出るとハヤカワのメルマガにあったので、「あ、そういえばこれ、気になってたんだよね」ということを思い出し。 無事、まだ売ってました。
 イタリアを舞台にしたミステリーは昨今ハード寄りの作品が紹介されることが多くなったけれど(『カルニヴィア』三部作とか)、これもそんな作品。 これはちゃんとイタリア語からの翻訳です。

ラベル:新刊
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2017年06月09日

今日は12冊(その1)。

 ついに梅雨に入ってしまいました。 あたしの苦手な季節、更に到来。
 今のところは朝晩の風はいい感じではあるものの、これからどんどん風が湿気を含んできて、本によろしくなくなる・・・。 本棚に入りきれない本の置き場所を本気で考えないといけないわ。 なのにまた本を買っている・・・。

  その犬の歩むところ.jpeg その犬の歩むところ/ボストン・テラン
 ボストン・テランの新作が出ると聞いて・・・「あぁ、『音もなく少女は』も読まないとなぁ」と思ったのですがなんと品切れ重版未定! 当然のように『神は銃弾』もありませんでした。
 あれだけ話題になった作品でも、数年で手に入らなくなるのは翻訳小説あるあるですが、まさか『音もなく少女は』までとは。 あと何年かしたらルメートルの『その女アレックス』もなくなるんだろうなぁ・・・。 というわけで、これは買っておく。 犬の話みたいだし、しかも珍しく薄い(でもこの薄さで820円はちょっと納得がいかない)。
 『神は銃弾』と『音もなく少女は』は図書館にオーダー入れました。

  トオリヌケキンシ文庫.jpg トオリヌケ キンシ/加納朋子
 単行本時に図書館から借りて読んだけど、「文庫になったら買う!」と思ったのでその約束を果たす。
 表紙イラストは丹地陽子さんです。 また新たなタッチに出会っちゃいましたよ。

  義経号、.jpg 義経号、北溟を疾る/辻真先
 『よしつねごう。ほくめいをはしる』と読んでください。
 時代は明治。 天皇が北海道に行幸し、義経号に乗車することに。 だが、北海道大開拓使・黒田清隆に恨みをもつ屯田兵が列車妨害を企てていた・・・という著者お得意ジャンル歴史&鉄道のミックスもの。 1%の史実があればあとはいくらでも風呂敷広げちゃえます。
 書き下ろしがバンバン出るのは、シリーズ作品は書かないと決めたからですかね。 あたしは筆者の歴史鉄道もの、好きです。

  砕かれた少女.jpg 砕かれた少女/カリン・スローター
 『三連の殺意』につぐ、ウィル・トレントシリーズ2作目。 3作目の『ハンティング』が図書館から来るまでに読んでおきたい。
 なんだか更にウィルがひどい目に遭いそうで、つらい(前作なみに分厚いし)。
 しかしそれにしてもこの表紙、怖すぎる。 読み終わったら即刻図書館に寄贈予定。

  スノウブラインド.jpeg 雪盲−SNOW BLIND/ラグナル・ヨナソン
 北欧系かなと思ったら、アイスランドだった!
 アイスランドといえばアーナルデュル・インドリダソンだが、アイスランド語から訳せる翻訳家は日本にはいないはず、と思ったら英語版からの翻訳だった! せめてアイスランド語にいちばん近いといわれるスウェーデン語版から訳そう。
 とはいえ新人作家ラグナル・ヨナソンを仕掛けたのはヘニング・マンケルのエージェントをしていた人だという・・・英語版を出すことが世界に広まるいちばんの近道だと知っているからだろうか。 でもなんだが、いろいろ切ない。

  ちゃんぽん食べたか1.jpegちゃんぽん食べたか2.jpeg ちゃんぽん食べたかっ!/さだまさし
 市川での下宿生活から始まる<自伝的小説>。 かつてさだまさしのコンサート(ライヴではない、コンサートである)に行ったことのある者やアルバムのライナーノーツを読んだ者、『噺歌集』シリーズを読んだことのある者なら多分ほとんどのエピソードを知っているのではないだろうか。 ただ、それが時系列に並んでいる。
 最近、さださん<自伝的小説>多くないですか? あたしは『はかぼんさん』みたいな風土記シリーズが読みたいんですけども・・・と思ったのだけれど、ふと気づいた。 昔からのファンは知っていることでも、小説という形でまとめたものはない。 時代が変わって「こんなこと、もうないだろう」という内容だからこそ、あえて残したかったのでは。 自分を狂言回しにして、その当時知り合った愛すべき人々の姿を多くの人に知ってほしかったのかも。
 解説は又吉くんが書いてます。 そのことにちょっと驚きました。

ラベル:新刊
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2017年06月05日

BLAM!/ブラム

 『君の名は。』『この世界の片隅で』のおかげで、「昔はそこそこ見てたんですけどねー、最近のアニメはさっぱりわかりませんのよ(特に萌え系入ってからは遠ざかる一方でして)」のオールドアニメファンとしては「大人(この場合、おじさん・おばさん年齢を指す)も一人でアニメ観に行っていいよね!」と免罪符をもらったような気になりまして・・・予告編で面白そうだったこれにチャレンジしてみることに。
 でもシネ・リーブル神戸でアニメを上映すると、客層がいきなり違ったり人が多すぎたりとひるむ要素いっぱいだったんですよ・・・でも今回は、比較的大丈夫でした(ということは、マニアはいないのか?!)。
 長らく映像化不可能と言われた原作、とのことでしたがあたしは知らず・・・今回、映画化のおかげで新装版の1巻が電子書籍無料になっていたので読んでみた。 アフタヌーンに連載してたんですね、あたしはモーニング派だったから知らなかったのか(でも20年前の作品ということで、その頃モーニングをがっちり読んでいたはずなので姉妹誌の宣伝ページだって見ていたはずなのに)。
 そんなわけで今頃原作を読み・・・全然意味がわからなかった。 原作1巻を読み終える頃、ようやく世界観がわかりかけたぐらいだったのだけれど・・・この映画はオープニングのナレーションで世界観をしっかり説明してくれました。
 なので原作未読でも十分楽しめる。 むしろこれを観てから原作に入るほうがわかりやすいと思う。

  ブラムP.jpg 生き延びろ―――。

 遥か遠い過去になにかが蔓延・感染し、人類はテクノロジーから切り離され、都市は自らの意志により無限に増殖しはじめた。 そして都市は人類を違法居住者と認識し、見つけ次第攻撃・抹殺を図る指令が出される。 どうにか残された人類は防衛システム“セーフガード”の影におびえつつ、点在して日々の暮らしをどうにか守っていた。
 そんな集落のひとつ、<電基漁師>たちの村も長らく安定を保っていたが“セーフガード”の脅威が迫ってきたことと食糧不足で追い込まれつつあった。 少女・づる(雨宮天)は、村を救おうと仲間を募り、食糧を求める旅に出るが、あっという間に<監視塔>に見つかり、“セーフガード”の一群に襲われる。 仲間たちが次々に襲われ、追いつめられたときに現れたのは、“この世界を正常化する鍵”であるらしい<ネット端末遺伝子>を求める探索者・霧亥(キリイ)であった・・・という話。

  ブラム2.jpg とりあえず、右目に光が二個あるのがコワいんですけど!
 で、何故か右の下の方が小さい。 彼女らがかぶるヘルメットも同じ構造をしているので、かつての遺物なのだろうなぁと推測されます。
 あ、映像はすごくきれい。 でもCGや3Dポリゴン使ってます!感は薄くて、セル画アニメのタッチを要所に残しているので、「最近のアニメはわかんないよ!」な方々にも抵抗ないかと。 少なくともあたしはすんなりその世界に入れました。 実力ある声優を集めたのもよかったです(といってもあたしはなんとなくしか知らない人が多かったですが、萌え声とかに特化してなくてよかったです)。
 最近はアニメ専業っぽい声優さんも外画(海外ドラマや映画の吹替え)に出たりしているので、うまい人はちゃんと使い分けられるというか、それだけ場数を多く踏むことになるので、アニメであってもナチュラル演技っぽく聞こえる技術が培われる感じが。 海外ドラマでもまわりがベテランの中(外画中心に活動する方は基本、舞台俳優さんが多いからか)、「海外ドラマ初めてです」という声優さんはいかにアニメのキャリアがすごくても微妙に違和感があるんだけれど、シーズン終わりぐらいには合わせてくるのでさすがだなと思います(今、『シカゴメッド』という医療ドラマに霧亥役の櫻井孝宏さんがメインで出てますけど、まだ話数一ケタなので、ちょっと違和感あり。 『虐殺器官』のジョン・ポール役ではそんなことはなかったので、やっぱり慣れの問題でしょう)。

  ブラム1.jpg 何故あなたはそんな強力な武器を持っているのですか(勿論、正解は提示されないが)。
 キリイさん、謎です。 ほとんど喋らない、喋ってもそこにはほぼ感情がこもっていない(なのに櫻井孝宏をあてるということはどういうことか)。 原作のイメージよりもはるかにキリイは人間離れしている。 彼が求めるのはネット端末遺伝子だけで、彼女らを助けたという意識もなく、誰も知らないならとその場を立ち去ろうとする。 ネット端末遺伝子って・・・未来は生体サイボーグ中心の世界なの? それともナノテクによるなんらかの遺伝子操作?、とあたしの頭の中はぐるぐるしますが、勿論正解が提示されることはなく。
 ずるは「自分は知らないけど、もしかしたら村にいる大人たちなら知っているかも」とキリイを説得、一緒に村に戻ることに。
 無限に増殖する都市により、キリイは700階層下からやってきたらしきことを言うけれど、そんな下の世界のことは村の誰も想像できないのだった。

  ブラム3.jpg 意外にずる、巨乳系美少女であった。
 なんというか・・・、<サイバーパンク・時代劇>とでも申しましょうか。
 かつては高い技術で都市を支配していたはずの人間たちも、切り離されて以降は自分たちでモノをつくることができず、時間とともに「あるモノを使う」ことしかできなくなっていく(まぁ、それは現代に生きる人も同じですが。 マッチを擦って火を起こせても、マッチそのものは専門知識がないとつくれないように)。
 それでもこの村はおやっさん(山路和弘)を中心にまとまりがある。 彼らは<電基漁師>と呼ばれる職業(?)で、ライフルから矢が飛び出してくるような武器を使って狩りをする。 そのときの防御服がちょっと武士の鎧を思わせるデザインで・・・旅人を客人として歓待する、という風習(?)も含め、文化レベルも時代劇っぽいのです。 ずるが密かにキリイに想いを寄せる、というあたりも。

  ブラム5.jpg <電基漁師>たちの村。
 世界は多重階層に覆われている。 何故ここだけ“セーフガード”に見つからずにいられるのかは、ある秘密が隠されています。
 もうここまできたら太陽の光なんてものは存在しないも同然。
 <科学者>の生き残り・シボ(花澤香菜)との出会いもあれど・・・キリイはたまたま通りかかって、そしてまた去っていく。 そういうところも『七人の侍』的な(もしくは『シェーン』的な)ものを感じるのですよね。 伝統的な時代劇・西部劇チックというか。
 その中で<ネット端末遺伝子>をめぐる攻防(?)は、どこか『AKIRA』っぽくもあり『ハーモニー』っぽくもあり、『攻殻機動隊』っぽくもあり・・・勿論まったく同じではないんだけれど、ちょっと思い出してしまうのはそういうアニメ体験が少ないからですかね。 ディストピアな階層都市というあたりは<サイロ三部作>にも通じるものが。

  ブラム4.jpg おやっさんの安定感が素晴らしい。 さすが山路さん!
 改めて考えると・・・これは原作のエピソードをひとつ膨らませたものなのか、それとも同じ世界観のもと新たにつくられたエピソードなのかまったく区別がつかないんだけど(なにしろ原作を全部読んでいないので)、でも原作者・弐瓶勉氏が構成にかなり関わっているようなので
、原作通りではないとしてもアップデートされた世界観は共有されているはず。
 連載当時から「映像化不可能」と言われていたそうなので、たとえ完結していようとも全体の流れはぶった切り、ひとつのエピソードでまとめたのは正解だったと思う。 なにより、初心者にもわかりやすいですし。
 ちなみに劇場公開は2週間限定、それ以外はNetflixで配信、という形態をとってて、上映館がない地域の人でも観られるし、繰り返し観たい人もそっちを利用できるというのはマニアックなファンが存在しそうな作品に対しては有効な手段じゃないかと思う。 製作費が集めにくい作品も、相互乗り入れで資金が確保できるならば。 なんだかんだ言っても映画館で観たい人間はある程度存在するし(スクリーンの大きさ・音響等でのアドバンテージはいかんともしがたい)、ネットで十分と思う人もいるだろうし。 紙の書籍と電子書籍が敵ではないように、映画館での上映とネット配信、そんな配給の仕方もまた敵同士ではないはずで。
 視聴者(?)としては、いい作品が観られればそれでいいので、これがいい例として共存しあってくれればな、と思います。

ラベル:映画館 日本映画
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2017年06月04日

追憶

 降旗康男×木村大作コンビが若いキャストで映画を撮る!、というだけで気になるところ。
 一部、ジャニーズ対決とやらでこの映画と『無限の住人』を比較する人たちがおられますが、いやいや、そもそも立ち位置が違う映画だから! 比較対象になんかなりませんよ、というかしても意味ないです。
 それにしても、木村大作に自然の風景撮らせたら右に出るものはないな!、としみじみ。
 オープニング映像だけで、「北の海だけど、『北のカナリアたち』のときほど寒くないから北海道じゃないし、あたしの知っている北東北とも違う。 そこまで寒くない感じ・・・北陸?」と舞台がわかっちゃうんだから。 映像には美しさだけじゃなくて気温もついてくる。

  追憶P.jpg 会いたくても、会えなかった、愛する人へ――
 『追憶』というありきたりなタイトルはなんとかならなかったのか・・・と思わなくもない。 すでに同じタイトルの映画、過去にあるわけですし。 それがちょっと残念だなぁと思う(監督としては俗っぽい長いタイトルはつけたくないとか、そういう気持ちがありそうなのはわかるんだけど)。
 現在、富山県警捜査一課の刑事をしている四方篤(岡田准一)。 だが、かつて少年期に母親(りりィ)に捨てられ、海が見える喫茶店<ゆきわりそう>を切り盛りしている涼子(安藤サクラ)のもとで暮らしていた時期がある。 同じように親に捨てられた川端悟(柄本佑)と田所啓太(小栗旬)はその頃同じ時を過ごし、出入りの電気屋さん山形(吉岡秀隆)とともにいた日々が彼にとって幸福な記憶だった。 だが、ある事件をきっかけにその時期は終わりを告げ、それ以来四方は自分の感情をうまく表現できずすべてを一人で抱え込む性格になっていった。 妻(長澤まさみ)との関係もすれ違い、戻ってきた母親はあやまりながらもカネをせびり、先輩刑事は気を遣ってくれるものの、四方にとっては鬱屈な日々が続いていた。 児童虐待で捕まった男のうそぶく姿に、つい殴りかかってしまうほど。

  追憶1.jpg ささやかな幸せの時代。 それを幸せと呼ぶことが切ない。

 そんなある日、四方はある店で川端悟に声をかけられる。 25年振りの再会だった。 川端は東京で妻の父親の遺した会社を引き継いでいるという。 田所もまた能登で父親から譲り受けた小さな建設会社を営んでおり、金策に来たのだと告げる。 自分の知らないところで二人は連絡を取り合っていたことを知ってショックを受ける四方。 さらに川端は別れ際、「あっちゃんは全部忘れていいんだよ」と言う。
 翌日、川端悟は刺殺体となって発見される。 刑事である自分と幼馴染である自分に引き裂かれ、四方は田所啓太に会いに行くのだが・・・という話。
 殺人事件は出てきますが、それはあくまで題材。 ミステリーではありません。

  追憶2.jpg 四方君が知らないところで二人は前から会っていた。
 あっちゃんがショックなのはそこ。 あの頃は三人で支え合っていたのに、いつの間にか自分一人だけがはぐれ者。 しかも「あっちゃんは何も知らなくていいんだよ、全部忘れていいんだよ」とダメ押しのように言われ、自分の立場は!、って誰でも思うに違いない。
 で、あっちゃんであるが県警の刑事・妻と別居中というだけあって(?)、服装など見かけが必要最低限なのである。 なのでもう、「え、岡田准一ってこんなに胸板厚かった?!」とびっくりしてしまう(やぼったいスーツを着ているのでそれが隠せない・・・時代劇なら問題ないのでしょうが)。 カリの修行、し過ぎではないですか、とちょっと心配になる。 背の高い人ではないから、筋肉の付き方で全身のバランスが悪く見えちゃうのですよね・・・そこに四方くんの苦悩が反映されているという風に見えなくもないのだけれど(たとえば・・・時間に余裕があるときは柔道の稽古ばっかりしている、とか)。
 男の子は単純で傷つきやすい。 だから四方くんは田所くんを問い詰めるも彼は何も喋らなくて、そのことで更に傷つき、それをごまかすために怒る。 ほんとに男の子は単純で、純粋だ。 大人になりきれないことにも精一杯苦しんでいる。
 とはいえ、どうも設定が昭和なのよねぇ。 日本海、湿った雪が降り積もってすべてを覆い隠してしまうような場所ならこの物語にも説得力出るよね、とロケ地にかなり頼っており、上映時間も120分を余裕で切っていて、あと10分あれば結構個々人を掘り下げられたのでは、と思うんだけれども(語りすぎるの問題だけど、キャストの演技にかなり頼ってて若干消化不良の面も)。
 まぁ、確かに豪華キャスト揃えましたよね。 それだけで大作の佇まいだから。
 同僚の刑事仲間として、特に安田顕さんが光ってました(いや、刑事役はいい感じの人たち、集められていたけれども)。

  追憶3.jpg あたしは小栗旬にそんなに魅力を感じないんだけど・・・この映画では抑えた感じがよかったな。 やはり俳優を生かすも殺すも、監督の演出次第。

 正直、演出として“古臭い”と感じられるところはある。 「それが正統派の日本映画なのだ」と言われたらそれまでですが・・・。
 でも妊婦のおなかが明らかに大きすぎたり(しかもまだ臨月ではない)、「見てわかりやすくする」にしてももう少し現実に沿ってもらわないと、現実の妊婦さんたちが苦労することになる(妊婦さんに接点のない人は、「あんなにおなか大きくなるんだ〜。 それほどじゃないうちは、まだ大丈夫?」とか思いそうではないか)。 あと、どうしても納得できないのが、なんで彼女は25年たっているのにほとんど老けていない(見えない)のか。 ここだけが容認できない違和感である。 他の方々はそれなりに老け感を出しているのに。 苦労しているはずなのに、それが表に出ないのはおかしい! 25年はそんなに短い時間じゃないぞ!
 短くない時間だからこそそれぞれが苦しみ、悩み、でもなんとか折り合いをつけることができるところもあり。 どう整理するかは実に人それぞれで、田所くんの生き方がきっといちばん負担の少ない割り切り方ではないかと感じるけれど、誰でもできるのかと言われると多分難しい。 川端くんは家族のために箱モノの“家”を守ろうとして迷走し、四方くんはそもそも「家族とは何か」に答えを出すことを悩んでいるように見えた。
 美しく物語が締まったかのように見えるラストシーンだが、実は何も解決していない。 過去のわだかまりは解けたかもしれないが、それで四方くんは妻に心を開くことができるだろうか、また彼女の方もそれを受け止めることができるだろうか。
 つくづく、うまく生きていくことに必要なのは年齢じゃない。 どんな人と出会い、それを消化し表現できる人間になれるか。 自分のこだわりに振り回されすぎず、他の人に(せめて自分が大切に思う人に)感情をうまく伝えられるように。 誰もができたら人生苦労しないんだけど、そういう心掛けを持つだけでも違うんじゃないかと・・・。
 25年苦しんできた人たちに、この先、いいことがあればいいなと願わずにはいられないではないか。

 エンドロール(今時珍しく、縦に書かれた文字が左から右へと流れていく)で、<撮影者>の中に岡田准一の名が。
 あー、カメラ撮らせてもらったんだ〜。 大作さんから指導があったとすれば、それはそれですごいこと。 彼が「日本映画界に愛されている」というのは紛れもない事実なんだなぁ(近い意味合いで、岡田将生も愛されているなぁ、とあたしは感じる)。

  追憶P2ひらぱー.jpg ひらパーのコラボポスターも貼ってあった。
 「これは一体なんですの」と映画館の人に真剣に問い詰めているおじさんがいて・・・係員の人も返答に困っていた。
 これが関西のノリなのね・・・ジャニーズなのにこういうのが許されるのも、彼が特別であることを意味しているような、していないような。 これは「関西だから」で納得できてしまう恐怖がありますね。

ラベル:映画館 日本映画
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2017年06月02日

一瞬、記憶喪失

 貧血もちで低体温のあたしは、朝起きた時など身体が自分の意志に対してうまく動いてくれない、ということがときどきある。 ちなみに熱があるときはよく物を落とす。 握ったりつかんだりする力が通常より弱くなるらしい(なので立て続けにペンやグラスを落としたら、熱を測ることにしている)。
 そんなわけで、先日もやってしまったのだが・・・いつもとちょっと違った。
 わりと普段は前のめりというか、額やその周辺の頭を壁にぶつけることが多い。 まぁ、痛くないことはないけど・・・慣れているのか、無意識に受動態勢をとっているせいか、「あぁ、またやっちまった」程度。 額が割れて流血、みたいなことは一度もない。
 しかし今回は、どうも後頭部の方を打ったみたいで・・・。
 「みたいで」とはっきり言えないのは、その前後の記憶がないから。 ちょっとやばい?
 がんがんぶつかったりしていろんな場所にいろんな大きさの青あざの絶えないあたしであるが、記憶を失くしたのはこれで2回目。
 一回目は子供のとき(小学生になってたかなぁ、もしくは幼稚園年長)、複数の友だちと遊んでいて、わーっと走って角を曲がったら、そこではある友達のお兄さんたちが野球ごっこをしており、ちょうど振った金属バットがあたしの後頭部を直撃したらしい。
 角を曲がったときに、「あ、人がいる」と認識したことは覚えている。 でもそのあとのことはまったく覚えてなくて・・・気がついたら友だちの家のリビングのソファに寝かされていた。 だから後頭部に一発入ったのであろう衝撃も痛みも、その後に起こったであろう騒ぎも、すべてわからない。 その家のおかあさんは真っ青になってあたしの母に連絡しようと電話していたことは覚えているので、それは目が覚めてからの出来事だったのか、それかあとで伝えられた内容が捏造した記憶かもしれない。 「頭だから念のため病院に・・・」と言うおかあさんに対して、母は「なんともなさそうだから大丈夫ですよ」とかなんとかいっていたような。
 多分、実際なんともなかった気がする。 子供の頭蓋骨はまだやわらかいから? それに家の前の道路で遊んでるぐらいだから本気で振ってたわけではなかろうし、お兄さんといっても小学校のせいぜい中学年ぐらいだったのではなかったか。 だからそれくらいですんだんだろうな、と思う。 後遺症とかもなく。 ただ、<記憶の喪失>だけが不思議で、その直前とその後は今でも鮮明に覚えているんだけど。

 で、今回数十年振りにまた<記憶の喪失>が起こって、昔のことを思い出してしまった。
 昔と違うのは、家に一人だったので見てた人が誰もいないから何が起こったのか教えてくれる人が誰もいない。
 医療に関する知識は昔より増えているので、「軽い脳震盪かな?」と考える。 吐き気が起きるようならやばい、という認識はあったのでとりあえず様子を見ることにして、平日だったので仕事場に「今日休んでいいですか。 急ぎの仕事があるなら午後からでよければ出勤しますが」的な内容のメールを上司に打つのだが、ミスタッチ連発・長い文章が組み立てられない・目の焦点がぼやける、等によりやたら時間がかかる。 下手に頭を動かしてはいかんな、という判断により、冷凍庫の保冷材をいくつかタオルでくるんでぶつかったらしき場所に当て、うつぶせで横になる。 そのとき、頭はがんがんしていた。
 気がついたら、二時間ほど眠っていたらしい。 そのおかげか頭を冷やしていたせいか、頭痛はだいぶましになっていた。
 上司から「今日は休んでおけ」的な返信があったことにそのとき気づく。 保冷剤を冷凍庫に戻し、じゃあ今日はゆっくりするか、とたまった録画などを見ようとするのだが・・・あんまり頭に入ってこない。 本を読むのは論外で、ただぼんやりと、ぼーっとする。 気がついたら、うたた寝したりしていた。 そんなこんなで、あっという間に一日が過ぎる。
 翌日は通常通りに出勤しましたが・・・なんというんでしょう、すごく寝不足のときみたいな頭の痛さとだるさ&乗り物酔いしたときみたいな気持ち悪さ。 でも吐き気はないから大丈夫、と普段はあまり飲まないカフェラテなど飲んで(しかもガムシロ多めに入れた)、カフェイン注入したら少し調子が戻る。 しかし顔色はあまりよくなかったみたいで、仕事場の方に心配をかけてしまうのだった。 実際、視界がぼやける症状はときどき出てきて、夕方前ぐらいにやっと普段の状態になった感じ。
 その後は、特に症状は出ていません。 だから多分大丈夫なんだろう、うん。
 あたしはお酒が体質に合わないので「酔っ払って意識をなくす・酔っ払ってて何を言ったのかもしたのかも覚えていない」という経験はないのだけれど、よくそういう人いるじゃないですか。 それと同じような感じなのかなぁ・・・。
 それがちょっと、気になりました。

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2017年06月01日

僕とカミンスキーの旅/ICH UND KAMINSKI

 『グッバイ・レーニン!』の主演・監督が12年ぶりに再びタッグを組む、というだけでちょっとわくわくのこの作品。 勿論、『グッバイ・レーニン!』と同じレベルのものを期待してはいけないとわかっている。 でも最近は英語作品に出演の目立つダニエル・ブリュールだけど、やっぱり彼の魅力をより引き出してくれるのはヨーロッパ映画のほう。 なんか彼のドイツ語、久し振りな気がする!
 ていうか、『グッバイ・レーニン!』からもう12年もたったんですか・・・そのことにびっくりです。

  僕とカミンスキーの旅P.jpg ピカソ、ダリ、ウォーホル! かつて美術界が熱狂した! 盲目の天才画家と青年の奇想天外なロードムービー

 1920年代にポーランドからパリへ出てきたマヌエル・カミンスキーはその後、マティスの弟子となり、モダンアート華やかなりし60年代ではNYのポップアート展で<盲目の画家>として一躍スターダムに。 ピカソが嫉妬したとか、ウォーホルが褒めたとか伝説には事欠かない存在となった。 しかし現在、カミンスキー(イェスパー・クリステンセン)はスイスの田舎に隠れ住んでおり、美術界から姿を消している。
 無名ながら名誉欲と自己顕示欲が人一倍強い美術評論家のゼバスティアン(ダニエル・ブリュール)は、カミンスキーの伝記を書くと出版社に売り込む。 彼も高齢、近々死ぬだろうから、今伝記を書いておけば彼が死んだときの注目度と売り上げは計り知れない、とプレゼンしたのだ。 早速、カミンスキーを探す旅に出るゼバスティアンだが、カミンスキーも老獪で一筋縄ではいかない相手。 もしかしたら彼は目が見えているのではないか、と疑念を持つゼバスティアンだが確証は得られず、なんとか彼を家から連れ出すことができたものの、忘れられない初恋の女性に会いたいと言われ、かみ合わない二人のドタバタ珍道中が始まる・・・という話。

  僕とカミンスキーの旅4.jpg カミンスキーの作品群。
 オープニングの、カミンスキーの伝記映像が楽しすぎ! 実際のフィルムにさりげなく加工して、いかにもこういうのあるある、みたいな。 よく知らない・うろ覚えの人はあっさりだまされそう、カミンスキーが実在の人物だということに。 でもこのフェイクドキュメンタリーの仕上がりのキュートさが、この映画の魅力−芸術と人生を捉えながらもキッチュで、どこか滑稽−そのものに思えて。 エンディングも様々な絵画のパロディが次々と繰り出されてとても楽しい。
 そしてダニエル・ブリュールが普段の好青年とは程遠い、金と名声ほしさの美術評論家という極めつけの俗物を演じており・・・ほんとにこいつ自分勝手でゲスでクズなんだけど、ダニエルのせいかなんか憎めない。 これもきっと監督の計算のうちなんだろう、まんまとはまっちまったぜ!

  僕とカミンスキーの旅3.jpg このヒゲ姿が胡散臭さを倍増させている(実際は電気シェーバーが壊れてヒゲを剃れないからなんだけど)。 31歳(という設定)に全然見えないし・・・。
 カミンスキーもまた結構困った人ではあるんだけど、もうお年だし芸術家ってのはそんなもんでしょ、と、こちらの頑固ジジイ好きにもすぱっとはまり、不愉快なもの同士の二人のごたごたした旅路が、キュートに見えちゃうから困ったもの。 つくづく、観る分にはあたしはヘンな人が好きらしい。
 若干ストーリー的にはもたつくというか、中盤はオープニングのような勢いがなくなるのでここで脱落してしまう人がいるかもしれないけど(あたしもちょっと眠気に襲われかけた)、そこを切り抜ければ物語は盛り返します。

  僕とカミンスキーの旅1.jpg スイスからベルギーまでごたごたの旅をして、ついに初恋の女性テレーズと再会。
 わー、お歳は召してるけどかわいい人だなぁ(いや、過去に何回か観ている女優さんなんだけど、テレーズという女性の印象にぴったりで)、と思えば、彼女はジェラルディン・チャップリン。 チャールズ・チャップリンの娘だという(知らなかった・・・)。
 なんかもうこの二人のやりとりだけで十分いいものを見た、みたいな感じがした。 時間の流れって、すごいなぁ。 でもあたしには何十年か先、そういうものを突き付けてくるような不意の再会とか、相手がいないわ・・・。
 でもそれは、幸運なことなのかもしれず。
 そんなところまで同席しちゃってるのに、ゼバスティアンとカミンスキーは<心の友>になるわけでもなく(微妙な信頼関係らしきものは生まれるけれど、あくまで微妙なままである)、ゼバスティアンは美術評論家として成功するのかもしくはゲス人間を卒業できるのかもまた未知数で、まったく大人って成長しないな!、という内容であったりするのだが。

  僕とカミンスキーの旅2.jpg とはいえ、「海に行ってみたい」というカミンスキーの願いをかなえるゼバスティアン、二人の散歩姿は見ていてどこかいとおしい。
 芸術には答えがない、価値も時代とともに変わる。 それと同じように人生にも答えはなく、価値判断も人それぞれ。 ゼバスティアンは自分の人生に折り合いをつけられるのだろうか。 つけてほしいなぁ、と心の底から願ってしまった。
 クセのある人物を演じるとき、なんで役者ってこんなにもイキイキしているように見えるのかしら。
 まるですべてが幻想のような曖昧な終わり方も、この物語にはふさわしい気がした。

ラベル:映画館 外国映画
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