2017年05月05日

午後8時の訪問者/LA FILLE INCONNUE

 ダルデンヌ兄弟の映画を観るのは、ある程度の覚悟がいる。
 それは観たらとんでもなく心にダメージが来るから、ということではなく・・・日常の静かな描写の中でドキュメンタリータッチに浮かび上がる人々の心の動きやドラマを映し出すので・・・全体として淡々としているというか(だからこそじわじわと静かに一言一言が滲んでくるのですが)、疲れているときに観たら眠ってしまう危険性があるから。
 でもこの映画は予告からかなりのサスペンスタッチを煽っていて、大丈夫なんじゃないかと思ってしまった。 だから疲れ気味ではあったが、無理して観に行ってしまった。 だって、他に行ける日があるかどうかわからなかったのだもの。

  午後8時の訪問者P.jpg あの時、ドアを開けていれば――。
   診療所近くで見つかった身元不明少女の遺体。 少女は誰なのか。 なぜベルを押したのか。

 診療所を臨時で任されている若き医師のジェニー(アデル・エネル)は、まもなく大きな病院に好待遇で異動することが決まっている。 今日はこれから新しい職場での歓迎パーティーに出席予定。 そんな日、診療時間を大幅に過ぎてからドアベルが鳴るが、対応しようとする研修医を止め、「もう時間は過ぎたんだから。 それに緊急なら、もう一度鳴らすはず」とジェニーは玄関モニターも見なかった。 その翌日、刑事が訪ねてきて、近所で身元不明の少女の遺体が発見されたと知らされる。 診療所の監視カメラにはその少女が助けを求める姿が映し出されていた。 自分がドアベルに返事をしなかったせいでこの少女は死んだのではないか、という思いにさいなまれるジェニーは、彼女の生前の足取りを調べ始めることに・・・という話。

  午後8時の訪問者1.jpg 恩師に相談。 「君のせいじゃない」と言われても・・・慰めにはならない。

 やはり向こうでも若い女性だからなめられるみたいなことはあるのか、ジェニーはとても強気で、笑顔を見せることはない。 他人にもきびしいが、それ以上に自分にもきびしい。 患者さんたちにきつく当たることはないものの、愛想を振りまくタイプではない。 とはいえそのことを気にしていない感じでもないらしく・・・助手的な立場の男性医師に厳しく指導をしてしまった穴埋めに、「診療時間終了をとっくに過ぎているのだからでなくていい」と言ったのではないだろうか。 それは彼女にとって珍しく、だから多分慣れないことで、それ故に引き起こされた結果の大きさに彼女はまた自分を責める。 なにしろ自分にきびしい人だから。 死んだ少女になにがあったのか、調べて回ってしまうのは好奇心でも罪悪感からでもなくて、本来ならばしていなければならなかったことを取り返すための行動、という気がした。 勿論、罪悪感がないわけではないし、それなりの正義感もあるだろう。 でもいちばんの動機は、それだったんじゃないだろうかという気がする。

  午後8時の訪問者2.jpg 脅されたりもするけれど、彼女の信念は動かされない。

 サスペンスタッチに思えたのは、少女の謎の死やこういった「ジェニーの行動をよく思わないものの存在」があるから。 そこはまるっきりの嘘ではないんだけど、本筋ではない。 なんというか・・・たとえ非日常な出来事が起こっても、それでも変わらず日常は続いてしまうというか(非日常も続いてしまえばそれが日常になる場合もあるけど)、たまたまジェニーは今回少女の死を追ってはいるけれども、医師としての自分の生活基盤というか人生の選択は揺るがない。
 ダルデンヌ兄弟の作品は、「普通に生きる人々をいかに描くか」に重心が置かれている、ような気がする。

  午後8時の訪問者3.jpg 患者には真摯に対応。 それが謎を解くきっかけになる。
 ジェニー役の人、なんとなく知っている人のような気がしていたのだが・・・『水の中のつぼみ』のあの女の子ですか!
 あのとき高校生を演じていた彼女が、もう医者の役! こういうとき、時間の流れを感じます。
 窓から遠くを見るジェニーの佇まい、好きでした。
 ただ中盤、ちょっと眠くなっちゃったけど。

ラベル:映画館 外国映画
posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする